《完結》『Hereafter Apollyon Online』~超高クオリティクソゲーの生産職で巨大ロボット造って遊ぼうとしてるのですが何故か勘違いされます~ 作:西沢東
ゲームのスタート地点については未だ曖昧だ。なんて言ったってそもそもの試行回数が少なすぎる。だが今回の場合は見覚えのある牢屋が出現場所だった。……ゲームオーバーならともかく、アプデで場所変わるのなんとかしてくれよ。
無機質な牢屋は以前とは異なり少し傾いており天井の一部が砕け外に繋がっている。そして時たま強い振動がこの牢屋を無限の下へ叩き落そうとしていた。
端末は瓦礫が突き刺さり無言を貫いている。つまり前回のように端末を操作して目的の場所に移動してもらうことができない。端末が生きていてもこの状況では不可能っぽいが。自分の姿を改めて見ると前回の女装姿……ではなく普通に例のパワードスーツを着ているだけである。女装したまま走り回らなければならないのか、という考えは杞憂で終わってくれた。
以前と同じくライフルを持っているのは救いだが一方でApollyonの姿は無い。結局前回のVerでは受け取れなかったし今回も無理なのかもしれない。そんな思考を遮るようにもう一度大きく揺れ、何かが外を転げ落ちる音が聞こえる。恐らく固定しきれなくなった牢屋なのだろう。
ならば早いところこの空間から逃げなければならない、とパワードスーツの力をフル活用しひとっ飛びで天井に張り付きそのまま体を外に持ち上げる。
この施設はコンテナ型の部屋を移動させることで成立している。最上層に行きたければこの牢屋自体が上に移動してくれる。そのための運送システムが組まれていた。上下左右に真っ直ぐ伸びる鉄骨とその上を走る無人リフトの群れ。しかしそれらは今、グチャグチャにひしゃげていた。振動と共に上からいくつかコンテナが降り注ぎ、遥か彼方にある床まで落ちて金属が潰れる嫌な音がする。
それと同時に目眩がし、反射的に俺はマスクに手を伸ばす。酸素をそこから吸うことでようやく目眩は止まった。そして原因もまた直ぐに見つかった。それは遥か上に存在する一本の金属柱である。それはこの箱舟に外から突き刺さり外壁を破壊、酸素を漏れ出させていた。その柱には目が付いている。
「……でっかいカジキマグロ?」
◇
崩れたコンテナの山をよじ登り、この前の商業区の通路までたどり着く。下を見れば崩壊が早まっており逃げ出して良かった、と一安心。
本来はそこにコンテナが接続するはずであった気密扉は完全に砕け散り俺が容易に入れるようになっていた。上を見上げると相も変わらず巨大なカジキマグロっぽいナニカがいる。
勿論全身金属で、魚のものと言うよりは爬虫類のような鱗を身に纏っていた。恐らくそれは船の外から飛び込んできて見事に突き刺さってしまったのだろう。いや、あるいは意図して突き刺さったのかもしれない。機械獣、と言うには余りにも大きすぎるそれに俺は見覚えがあった。
「分裂体なんだろうけど、何でだ。間違って急に出てきていいものじゃ……いや、Ver-1.00でも同じことあったな」
覚えたくない既視感である。角と顔しか見えないその分裂体は船体を少しづつ傾けながら何かを吐き出していた。よく見るとその角には無数の穴が開いていてそこから小さい銀点が落ちてきている。機械獣だ。
「げっ、機械獣の巣なのかあいつ」
あまり考えたくない事実に目を背けながら俺は通路の中に滑り込む。瓦礫の群れと粉塵をかき分けて何とか内部に入るが中はやはり酷い。一応プレイヤーらしき人々の死体は見えるが生存者がいるわけではない。上を見上げると真っすぐ縦に突き抜けており銃撃音が響き渡っている。取り合えずカジキマグロから出てきた機械獣と戦っているわけだ。
しかし、何もわからない。
前のVer-1.00では月の『UYK』を倒すことで全て解決した。だが今回はどうなのだろうか。あのカジキマグロを倒せば良いのか、あるいは別の何かをすればいいのか。
勝利条件の無い、混沌とした状況だけが俺の目の前に置かれている。
その時だった。俺の装着しているパワードスーツのランプが点滅し、それと同時に天井の穴から俺目掛けて一人の獣人が降りてくる。見知った顔であった。白髪にボディスーツの少女はこれまた見覚えのある語り掛けをしてきた。
「お待ちしておりました、お義父様」
……もう驚かないぞ。というかこのパワードスーツ、もしかして発信機ついてたのか。いやまあ合流には凄い便利なんだろうけどプレイヤーの知らぬ間に装備に改変が加えられているの、やめて欲しい。本当に運営クソ。
「オーダーメイドのApollyon、準備できております」
前言撤回。運営最高。
◇◇◇
今一状況が掴めない中俺はカナと共に崩壊する船内を走り抜ける。時たま人が逃げ去る姿が見えるがまばらであり、基本的には瓦礫としか対面しない。というかこの感じだとVer変わってもあのクソ借金システムだったのだろう。でも利率変わったりとかしてくれないのかな。
「今どうなってるんだ? 今回のアプデは何か特別なイベントがあった、というわけではなくてあくまで定期メンテナンスの後なわけだから何でこんなことになっているのかいまいちつかめないんだが」
「Ver2.00からは随時アップデートから定期メンテナンス後のアップデートに変わったので混乱も当然かと。今回の場合ですとお義父様の『オレンジ砲』をメインにした様々な原因があります」
「毒々しい色の砲撃だな」
「ですが、そんなものは一切関係なく『UYK46式始原分裂体』は攻めてきました。
斜め前を走るカナの言葉に衝撃を受ける。まず一つ目、それはあれが46式始原分裂体、すなわちかつて俺とNPCのレイナで討伐したはずの存在であるということだ。つまりVerが変わったせいで討伐履歴的な何かが消滅し蘇ったわけで。いや最悪すぎるだろ、ヤバすぎるボスをそうそう気軽に復活させるな。MMORPGのマップ最奥に引き籠ってくれる一般善良レイドボスとは迷惑度が違うんだぞ。
そしてもう一つが前回の失敗を糧にした、という点である。
「糧にしたっていうのは」
「
最悪情報である。通りで前の偽予言者狩りの時に見た分裂体がUK-08を装備していたわけだ。あれはこのVer2.01で手に入れたのではなくVer1.08で俺の装備をコピーしてそのまま持ち越してきているわけである。そして今回は前回のVerで『モーセの剣』とやらに阻まれ攻められなかった経験を活かして遂にこの箱舟への突入に成功したのだ。まあカジキマグロが船に突き刺さっている光景はとんでもなくシュールなんですけどね。まあでもあのサイズで海のど真ん中まで飛行するのは難しいから途中まで泳いで『モーセの剣』圏内は慣性で押し切る、というのはアリなのだろう。
そうやって出てきたカジキマグロ君は前回とは真逆の、機械獣を餌にするのではなく手駒にして電気を狙いに来たわけだ。
「つまりあの分裂体を倒せばいいのか?」
「いえ、今回は別にやってもらいたいことがあります。お義父様はグレイグ率いる『革新派』についてご存知ですか?」
「
カナが落ちてくる瓦礫を回し蹴りで吹き飛ばしながら解説してくれる。ふむふむ、世界の破滅に乗じて自分たちで世界を統べようとしているのが革新派らしい。しかしそうならこの状況ダメだろ、無能過ぎないかと思っているとカナはこちらを見ずに答えた。
「……これでもかなり上手くやっているんです、彼らは。出来るだけ多くの人を救い分裂体の脅威から逃げるという、2055年の作戦が失敗した後の行動としての現状ですから。彼らがこの箱舟を用意しなかった場合学習した46式始原分裂体によりもう日本近辺に人は存在しない状態になっていたでしょう」
「この状況も革新派の望みではないと」
「彼らの望みは2055年を乗り越えたうえで人類を統治、あるいは強い権力を握ることですから」
「2050年の時点でクリアする気はないんだな。そうなるとあまり善良な組織じゃないっぽいか。なんせトップが女装に気づけないくらい目が節穴だしな」
「何も繋がってないですよ、あとグレイグは守り手でしかありません」
崩壊の音は更に広がっており目の前の床にはいくつもの穴が開いており下の階がむき出しになっている。瓦礫や建物を足場に素早く飛び降りてゆくカナの後に続き不格好であるが進んでいく。今更気が付いたのだが砕けた床の断面を見ると見覚えのある青い金属が挟まっており周囲には冷却水を流す管が入っている。マイナス質量物質を床の下にいれることでこんなバカげた船を成り立たせていたとは、この技術色々と使い道があるものだ。
「そして革新派に私たち『教団』は手を出す事が出来ませんでした。しかし今、この状況で主力となる改造人間達が分裂体討伐に出ていません。だからこそその隙をついて彼らを倒します」
「分裂体はスルー?」
「スルーするしかありません。何をするのかは不明ですが彼らはHereafter社を襲撃しその技術を奪い取っています。何もわかりませんが止めなければ不味い、それが今の状態です。少なくとも彼らは分裂体を無視し箱舟の崩壊を許容できるような事をしでかそうとしているのですから」
特に情報が増えない答えであった。まあ常に情報出続けても頭パンクして困るからな、と一人納得しながら後に続く。カナの言う虚重原子の発する磁場とやらを頼りに下り続けていると見覚えのある炎が下層階より噴き出してくる。カナに蹴飛ばされて辛うじて回避すると共にその先に視線を向けるとやはり見覚えのある人物であった。
裏色愛華。
服装は以前とは違い大学で見た私服に近い。しかしながらその所々に金属部品を仕込んでいる。その若い見た目は変わらないまま年齢を感じさせる圧を込めて彼女は警告する。
「引きなさい。『逆潜引用情報化計画』を進行させればあと2回で世界を救う道筋ができるのがあなたならわかるでしょう、オレンジ?」
学生としての姿とはまるきり別の、戦いに身を置くものとしての言葉。いつものどこか頼りない雰囲気ではない、無駄なことをした瞬間に殺しに来る姿勢。どういった経緯や設定があってこうなったのかは不明であるが現実として裏色愛華は俺たちに明確な敵意を見せていた。
だがそれだけに留まらず状況は混沌としてくる。
「遂に出会えたかオレンジ……!」
金色のApollyonが瓦礫の山の向こうより跳躍してくる。その派手な見た目とは裏腹に装備は極めて簡素で機体は大きく軽量化されている。その声にもまた聞き覚えがあった。ヒニル君である。うん、再会しすぎではないだろうか。彼の声も年老いているしこれNPCか、どんだけ張り付いてくるんだよ。
そして上からコンテナと赤いApollyonもまた降りてくる。
「お前、持ってきたぞ」
「まだ偽名の時の話引きずってるんですか!? もう変装してないですしオレンジでいいですよ!」
気の抜けた話を遮るように砂埃を上げ着地すると共に赤いApollyon、『アンファングロート』が背中のコンテナを地面に荒く落とし裏色愛華に向かって突進する。同時に俺がコンテナに走りだし、自動で受け入れ態勢に入りコクピットが開く。更に金色のApollyonが俺に向かって飛翔しその隙を縫いカナが更に地下に向かって駆け出した。
混沌とした戦場の火蓋が切られる。
『カジキマグロ』
『モーセの剣』を突破するためにこの形状となった。遠距離攻撃をしないのは発電装置を喰らうためにできるだけ傷つけたくなかったから。だから敢えて上層に突っ込んで機械獣を投下するという二度手間を踏んでいる。