《完結》『Hereafter Apollyon Online』~超高クオリティクソゲーの生産職で巨大ロボット造って遊ぼうとしてるのですが何故か勘違いされます~   作:西沢東

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身体測定

 4月7日。身体測定の日である。眠気はいつも通りだが相も変わらず疲れは取れない。むしろ以前より悪化したと言っていいだろう。

 

 とはいっても常に押しかかってくるわけではない。細かい所で気が付くという話だ。例えばこんな風に。

 

「部屋番号、M-312だと思ってった……」

「おはよう勘次君。先生には説明しといたで」

「おはよ、昨日ゲームやりすぎだよ。まあ今日は身体測定だけだから別にいいけどね」

 

 そう、見事に部屋番号を間違えたのだ。目的の場所に着いたと思ったらがらんとした教室。絶望する俺、何故か丁度いいタイミングでかかってくるレイナからの通話。

 

 教室に既に俺達以外の人はいない。二人は教室の後ろに陣取ってひらひらとこちらに手を振っている。身体測定についての説明は終わってしまったのだろう。しかしこういう説明こそオンラインでも良い気がするのは俺だけだろうか。

 

「紅葉、手術は大丈夫だったか?」

「大丈夫やったで。前例も沢山あったし換装は直ぐに終わったわ。数日で仕上げる辺り流石田中さんや」

「そのせいで昨日『HAO』にログインできなかったじゃないか。ログインボーナスなんてものがあったらどうしてくれたんだい?」

「利息というログインボーナスはあるけどな」

「最悪すぎるだろ……。しかもあれログインしなくても貰えるし」

「そういや借金は返したん?」

「利息だけは返してるって朝カナに聞いたね」

 

 俺が『HAO』を再開したこと二人に言ったことあったか……? と疑問が浮かんだがなるほど、カナ経由の情報か。しかし朝にもプレイしているとか相当な廃人っぷりである。まあこいつは昔からそういう気があったが。

 

 机の上に座っていたレイナがとん、と立ち上がる。積もる話はあるがまずは身体測定だ。あのクソ長い列には断じて並びたくはない。もう時すでに遅しではあるが早くいくに越したことはないだろう。そう思っていたところに紅葉が想定外の事を言う。

 

「あ、うちらは事前に済ませてきたから」

「じゃあなんで来たんだよ!」

「いや手術の前にやらざるを得なかったねん。レイナも事情が事情やしね」

 

 事情が事情……? と思っていると紅葉の視線がレイナの帽子に行く。……薄々思ってたけどもしかしてあの下ハゲてるのか? それが恥ずかしくて徹底的に隠しているとかなら常に帽子を被っている説明がつくのだが。俺の内心を読み取ったのかは分からないがレイナはジト目になり一瞬で俺の背後に回る。そしてビヨン、と俺の頬をつねった。

 

「シャラップ」

「なにほひゃべってはい」

「はいはいじゃれないじゃれない。はよいくで二人とも。せっかく復帰したんやし『HAO』帰ったら一緒にやろうよ」

「いいね。でもその前にいらない事しか言わないこの口を塞がないと」

「はがはが」

 

 レイナは遂に俺の口に指を突っ込みあっかんべーさせようと頬を内から引っ張る。いや全く痛くはないんだけど2060年のNPCレイナのパワーを連想して恐怖が浮かんでくるんですが! そんな俺たちを見て呆れた紅葉は腰をがしっと掴み無理やり指を引きはがす。え、人間って腰掴んだだけでこんな簡単に持ち上げられるものなのだろうか。

 

 離されてから初めて自分の指に纏わりつく唾液に気が付いたのかレイナが赤面する。それから少しの沈黙の後先に動いたのは紅葉でポケットから取り出したハンカチで素早く拭きとる。

 

「今いらんこと考えとったやろ」

「さ、さあね」

 

 ……うーん、これやっぱり異性として意識されてるのかもしれん。なんかカナの話がかなり現実的に思えてきてしまう。そんな思考はレイナの叫び声で止められる。

 

「いいから行こう!」

 

 いやお前が足止めしたんだろうが。

 

 それから30分程立って、身長やレントゲンなど多くのポイントは既に通過した。因みにレイナと紅葉は途中までついてきていたのだが途中から測定する人オンリーになって追い出されてしまっていた。中はいつもは使わない施設を身体測定用に置き換えたもので、あちらこちらで最後の問診が行われている。とはいっても問診なんて大したものではない。事前の調査票と比べてOKなら終わり、というだけだ。

 

「つーちゃん、それでね!」

 

 聞き覚えのある声がする。思わず後ろを振り返ると眼鏡先輩と裏色先輩が喋っている。相も変わらず目立つカップルだ。それに目を止めるまでもなく「ハイ次の人はこちらへ!」と俺の問診の番が来てしまう。だがそれを遮る声があった。

 

「そこの君、こちらでお願いできますか?」

 

 少し白髪の入った年配の女性だった。いかにも保険医と言わんばかりの白衣とは裏腹にその鋭い視線は明らかに周囲の人々とは異なっている。ちょっと怖かったので恐る恐る本来指示された場所とは別の席に座った。彼女に問診表を渡すとふんふんと頷いた上でこちらにカードを見せてくる。

 

 そのカードにはそれぞれ絵が描かれている。不審に思った俺を他所に女性は語り始めた。

 

「レントゲンを見る限り体の方に影響が出ているわけではなさそうだから、今度は脳の方を調べさせてもらいますね。これは絵画配列というもので、カードに書かれた内容が物語になるように並べ替えるんです。例えば『散歩をした』『虫を捕まえた』『虫を持って家に帰る』というカードがあればそのまま並べれば良いわけです」

「???」

「ほら、カードを見てください。散歩をしている最中の子は虫をもっていないでしょう? つまり時系列や話の流れがこの順番だとわかるわけです」

「言われてみれば、まあ。でもどうして急に?」

「検査結果を見ました。恐らく大丈夫だと思うのですが念の為に脳の影響も調べておきたいのです」

 

 ……脳がどうこう言われてもよくわからないがこのテストを受ければ帰してもらえるらしい。他の問診の人たちは次々に帰っていくのに俺だけ残されるのは何故なのだ。少しの不満を持ちながら俺は良くわからないテストに答え始めるのだった。……今日って身体測定だったよね?




『絵画配列』
主に知能検査に用いられる。この他のテストも含めて使用することでその人の思考における得意・不得意分野をある程度理解できる。


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