《完結》『Hereafter Apollyon Online』~超高クオリティクソゲーの生産職で巨大ロボット造って遊ぼうとしてるのですが何故か勘違いされます~   作:西沢東

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2章冒頭を思い出して頂ければと


終わらないメンテナンス

 裏色愛華は工作員である。生まれはスラムの路地裏であった、と自分の管理を担当していたママに聞いた話である。幼い頃には下働きを、16歳になった瞬間売春をさせられた。女性の結婚は16歳からであり、そして結婚相手との性行為には問題はない。たとえ相手が18歳以下だったとしても。

 

 故に彼女のもう一つの戸籍には結婚と離婚の文字列が並んでいる。法の隙間を突いた裏技だ。戸籍が偽造でありその件についての訴訟も難しい、という点が商売の繁盛を促していた。大体一人の客につき数か月買われ、大金を得るが直ぐに上に抜かれる、という状況を2年近く過ごしていた。高く売るために整形を重ね顔も胸も、声までも商売の為に置き換えた。

 

 それが変わったのは17歳の秋、自分を買った客と街を歩いていた時に急に一人の男が話しかけてきた。その男こそが『革新派』の一人であると知るのにそう長い時間はかからなかった。

 

 

「……つまりオレンジが直接仲本豪に接触、そのまま友好関係に至ったと」

「間違いないです、課長。ただし仲本豪と私の関係は維持されています」

 

 通話先は公安6課の課長、『革新派』の一人で同時に変装先のモデルでもある。課長と同じ髪色にすることにより公安側の人間である、と暗に示しているのだ。工作員として潜り込んだ先はこの顔が大層お気に入りらしいが、まあ目的を果たせるならそれでよいだろうと裏色愛華は考えている。恋愛感情なんてものをこの方抱いたことのない彼女にとってそれは道具にすぎないのだ。一方で電話先の課長は謝罪に対して憂鬱そうな声色で言葉を返した。

 

「申し訳ありませんっ!」

「……気にする必要はないわ。幸いにも今回は豊作だったから見逃される可能性は高いわ」

「というと」

「現政権並びに野党の政治家たちのスキャンダルを独占したわ。勿論未来の、ね」

「!?」

 

 その価値を裏色愛華はよく理解していた。独占。

 

「更に他の情報も大量よ。技術系の情報は勿論、自殺する政治家や有力者達の情報も。前回の私たちは上手くやったようね、これで物事の進行が速くなるわ」

「なるほど、政治家のスキャンダルを利用して強請るわけですか」

「ええ、それで内部に『革新派』を増やし『固定』された時の混乱を抑える。今回造られた独立都市はいずれも我々の手が入っている、当然パリやロンドン含めてね。この状況を拡張できれば」

 

 そもそも『革新派』とは日本の組織ではないし日本国と目的が異なっている。2030年の『基底崩壊』により生まれた能力者による国家の枠組みを超えた集団だ。そのトップである議会に日本の大臣が一人選ばれている、という噂を耳にしたことがあるくらいでそれ以外は謎に包まれている。

 

 そしてその目的はシンプル。2050年を乗り越え自分たちが世界を牛耳ることである。現在能力者は秘匿されている。その理由は混乱を減らし力を独占するため、というものだ。言い換えれば能力者である時点でまともな人生は送れなくなる。

 

 故に立ち上がったのが『革新派』。救世主として能力者の立場を確保し世界の問題を解決する。その手段として用いられたのが2050年の破滅を乗り越える、という行為であった。世の中には既得権益や伝統により解決しない問題が多数ある。2050年という破滅によりそれらが一度崩れる状況は新たな秩序を構築するという点において最適である。

 

 だからこそオレンジの存在は脅威だった。量産型Apollyonによる機械獣と分裂体への対抗手段の確立。極めて強力な能力を保有しながら『革新派』と合流しないその姿勢。気が付けば彼と鋼光社の周囲には数多の勢力が群がり始めている。それは『HAO』により真実を知った者は勿論、単純に勢力拡大を狙ったものもいる。そして何より恐ろしいのは権益に固執しないことだ。

 

 現在世界に存在する勢力は3つに分かれる。未来を知らない者達と、既存の枠組みを守りつつ利益を得て2050年を乗り越えようとする者達、そして全て壊して新たな秩序を造り支配しようとする者達。そんな中で権益とかどうでもいいからとっとと世界を救おうと言い出すよくわからない派閥が出てきたわけだ。馬鹿みたいな情報を世界に投げつけながら。

 

「Ver1.00からこれができていれば良かったんですけどね」

「あの段階だとほぼ誰も生きていないから『媒体』を探すのも難しかったのよ。しかも酸素もないから獣人を選ばないと死ぬ、という問題もあった。だから『キャラクターメイキングシステム』の導入の為に金を投入せざるをえず、そして未来に干渉する技術を独占するというHereafter社の目的を達成されてしまった。いや正確には未来ではないわね、2040年は2060年なのだから」

 

 自分のミスから話が逸れてゆくのを感じ裏色愛華はほっと胸を撫でおろす。しかし同時に通話先の上司の声色が暗いままなのが気にかかる。それは何かを抱えているような声色だった。そのことを問いただす前に上司から「次のアップデートは3日後よね」と質問が続いた。その言葉にはい、と言葉を返すと陰鬱そうな沈黙が周囲を襲う。

 

 次の言葉には震えがあった。

 

「──次の周は捨てるわ。ごめんなさい」

 

 その意味を裏色愛華は痛いほどよくわかっていた。前のVerでは判明しなかった、Hereafter社が隠そうとした事実。未来に干渉するシステムの本質。自殺者を大量に生み出した理由。

 

 自分がどのVerの人間なのかはわからない。しかしもし運悪くVer2.01の存在であるのならば。恐らく1()0()()1()0()()()()()()()()()()()()()()()()()、裏色愛華は破滅した未来に『固定』されてしまうのだろう。


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