《完結》『Hereafter Apollyon Online』~超高クオリティクソゲーの生産職で巨大ロボット造って遊ぼうとしてるのですが何故か勘違いされます~   作:西沢東

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生産職!

「うちにレイナとの交渉は任せてくれへんか」

 

 昨日紅葉が俺に頼んできたのがこれである。現在の状況として分裂体討伐作戦をしたいのに俺がいないしレイナはログインできない、という問題がある。そうなるとまず人が集まらないし勝てないわけだ。そこで紅葉が連れ戻しに来る、という選択肢となったわけだ。

 

 紅葉のAPは既にボロボロで、俺と同じ型であるはずなのに同一とは思えない状態になっている。にもかかわらず紅葉は無理やりこの場にたどり着くことが出来ていた。その原因は勿論俺がこっそり行っていた生配信である。ただしURLを知る人しか見れない、限定公開のものではあるが。

 

 そう、生配信を行うことで俺は自分の場所を紅葉に伝えたのだ! (発案は紅葉)

 

「……久しぶりだね、紅葉」

「うちにとっては昨日ぶりやけどね、レイナ。それじゃあ向こうでコソコソ話すか」

 

 そして彼女たちは時間が惜しいと言わんばかりに結晶樹の影に隠れてしまう。

 

「分裂体に勝っても負けてもアップデートは進行する。というよりうちの持つ手札でさせる」

「……例の若返りか」

「せや。なんせここで止まったら困るのはレイナも同じやろ? この結末を繰り返したいなら知らんけど」

「そんなわけあるか! あれから5年、どんな思いで生きたと思っている……!」

「やよね。でも今それを解決する糸口、その一つがこの分裂体討伐戦なわけや。だからこそ手伝ってもらいたい。勿論勘次君の拘束は解除してね」

「脅迫じゃないかな、これは」

「いや、ただの後押しや。レイナもこのままじゃいけないとはわかっとるんやろ? でなければ分裂体の見学なんて協力するはずがないやん」

 

 ……なんかがっつりと話をしているようなのであるが、初手から脅しているっぽい発言を聞いて即座に耳を外に向ける。怖い話は聞かないに限るのだ。あの自由人なタイプであるレイナが意思を変えるような話だ、ロクなものではなさそうである。うん、悪いのは私利私欲で俺を拘束しているレイナなのは間違いないんだけどね。街が潰れるのを眺めているよう強要していたわけだし。

 

 言葉の応酬を背中に分裂体を見る。銀色の姿がのんびりと前に進んでいる。意外と移動速度は遅いが触手は機敏そうで、装甲は確かに頑丈であった。しかし一方でじっくり眺めていると弱点が見えてくる。そう、攻撃に特筆するべき点が無い。

 

 あの吊るされた機械獣が攻撃してくるなら怖いが、特殊兵装が無いということはこういうことなのかと納得する。確かにこのサイズでマシンガンを取り込んでいたらもう勝負にもならないだろう。こんな奴相手にプレイヤーたちはあたふたし、NPC達は絶望していたのだ。

 

 ……あの触手、何由来なのか気になる。タコでもなければイカでもないし。

 

「……わかった、協力する。ただアップデートまでの時間は」

「気持ちは前回のうちも同じやったわけやしな。ええよ」

 

 と、気が付けば交渉がまとまっていた様である。こうして数日ぶりに俺は旧大阪市に帰還する事となった。

 

 ◇◇◇

 

 久々の旧大阪市に戻ってきて感じたのは強い奇異、そして興味の視線だった。それはプレイヤーだけではなくNPCからも、である。

 

「オレンジだ……」

「予言者……」

「オレンジって確か10年前に処刑された……」

 

 ……不穏な言葉が聞こえたが無視して、レイナと紅葉をつれて懐かしい鋼光社に足を運ぶ。アップデートの影響か今まで無かった場所に店が出来ていて、それに応じて浮浪者の数も増えていた。首吊り死体の数も。

 

 だがそれ以外は何も変わらない、数日前に来た時と変わらぬ崩壊っぷりである。街の中はひび割れた建物と絶望した人々が歩き回る世紀末だ。

 

「現代アートみたいになってるな。なんかありそうじゃないか、首吊り死体が至る所に隠れているみたいな感じで」

「か……オレンジ君、そんなこと言わへんの。ただでさえ皆絶望してるんやから、さらにからかわれたらどうなることか」

「未来が塞がっている事への閉塞感と絶望感は桁違いだ。しかしこれ見てると分裂体の背中を思い出すね。まあ自分の意思で死ねているだけましだろうさ」

 

 そういやこのゲーム、普通のNPCすら生きているようなクオリティだ。そんなこといったら確かに無神経だったとぺこりと周囲に頭を下げると皆びくりと震え視線を逸らす。え、俺もしかして何かやったのか? 

 

 というかプレイヤーならまだわかるんだ、なんせ悪名高いんだから。だけどNPCに何かした覚えはないのだけれど……。

 

 思考が疑問に包まれる中俺たちは鋼光社前に到着する。だが何故かそこにある建物は以前の倍以上の高さと敷地を持っていた。扉も無駄に大きくなっていて中に入ると以前より多種多様な装備が揃っているのが見えた。

 

 そしていつも通りのおっさんがいた。

 

「どうもです」

「……お前か。面識はなか……いやあったのか? ……まあいい。社長もよくご無事で」

「田中さん、例のものを頼むわ」

「……承知しました」

 

 え、記憶ないのかよ、とレイナに耳打ちすると好感度や関係性だけ無理やりアップデート前後で引き継がせているのだと教えてくれる。いやなんだそのよくわからん理論、この頻度でアップデート来るなら大問題じゃないか。クソゲーすぎるぞ流石に。

 

 おっさんはため息をつきながらガレージに俺たちを案内する。APを移動させそちらから入ると目の前にはあれがあった。人工惑星で使ったあの武器だ。

 

「鋼光社製融合型Apollyon用燃焼兵器UK-02……!」

「よく覚えとるな、せやで」

「ロボットの武装や機体名は大体一度で覚えられる能力があるんだ」

「でも動画で見たものより大分切り詰められてるね」

 

 そこに置かれていた銃は本来砲身20メートルに及ぶ代物だった。しかし今目の前にあるのは10メートル程度の、しかも折り畳み機構が付いている。横幅も大幅にサイズダウンしており抱えるだけで精一杯だったのに今では両手できちんと構えられるようになっている。

 

「前のうちが言ってた通りにやったらうまくいったわ。なるほど、銃を2060年に用意しろという伝言すればそらこうなるわな」

「2050年を乗り越えて、伝言を覚えていて律儀にこのタイミングで用意できる整備士のオジサンすごいね。実は再生能力とか持っていたりしない?」

「サバイブ能力MAXなのは間違いないで」

 

 レイナと紅葉の話を聞かずに目の前の銃に近づく。傷も故障もない、あの人工惑星での狙撃に使ったものとは別物だ。それでもどこかほっとするような、それでいて落胆する自分がいた。

 

 コードを伸ばし武装を接続するといくつかのプログラムがインストールされると共に表示が出てくる。『鋼光社製融合型Apollyon用燃焼兵器UK-08』。なるほど、これはUK-02の改良版であるわけか。

 

「調整は終えたぞ、分裂体をそんなもので倒せるとは思えんが。……射程距離は100mだ。また液体酸素の導入機構を省いているから空気中の酸素を回収する必要がある。発射までに最低10秒はかかると思え」

「射程もっとあるんじゃないんですか?」

「誤射しないであろう距離の話だ。この銃は持ち運び用に銃身を切り詰めていて、しかも反動が制御できん。だから狙った場所に撃ち込むのであればかなり近距離までいかなければならないんだ。もうここまでくればAPにとってはショットガンと表現したほうがいいのかもしれんな」

「100メートルまでAPで近づくのか……結構厳しそうだね」

「だから倒せるとは思えないと言っているんだ。その距離になれば触手によって踏みつぶされてしまうからな。2055年の後何度も分解したさ、血に染まっているひしゃげたパワードスーツをよ」

 

 おっさんは苦々しそうな表情で語る。今回の08型は02型と似て非なるものであるようだ。確かに今回の作戦が装甲に穴を開けてプレイヤーを突撃させる、という作戦なのだから誤射もありえないし遠くからチクチク撃つのも方針としてはおかしな話になってくる。

 

 どうしよう、と考える俺の頭には直ぐに名案が浮かぶ。今回のアップデートが入ってからずっと考えていたAPの改造案だ。

 

「おじさん、マイナス質量物質ってないんですか?」

「あるが……何に使う?」

「質量の軽減に。各部位にマイナス質量物質を追加すれば機体重量が減って回避が容易になると思います」

「問題は二つだ、まずは費用、そして反動だ! マイナス質量物質、それも攻撃を受けても変性しない安定したものを用意するのは滅茶苦茶金がかかる。次にこの銃の反動は機体重量が大きいことを前提に組んでいる。だから軽量化すれば目標に当たらない」

「一つ目の問題は解決されています、そして二つ目は100メートルより更に近づけばいい。そもそも相手はデカブツだ、さすがにそこまでいけば当たりますよ」

 

 俺がおっさんの前にてどや顔で語ると横で紅葉がサムズアップをする。意味は勿論金の事は任せろ、である。おっさんは俺と紅葉の顔を見てため息をつく。よく考えると作戦まであと2日しかない。そう考えるととんでもない速度の作業を依頼することになってしまうわけである。

 

 おっさんはこちらに工具を投げ、俺のAPを指さす。

 

「社長、マイナス質量物質は7439-92-1iの奴を-800kgだけ注文お願いします。おい、オレンジはこっちだ! マイナス質量物質入れる為に今から内部を開けていかなきゃならないんだ、手伝え!」

「あーそっか、マイナス質量物質入れるための場所があるわけじゃないからスペースができるよう改造しなきゃならないんですね。面倒」

「言い出しっぺが何言ってんだ、あとコクピット狭くなるから覚悟しとけよ!」

 

 レイナは少し退屈そうに腕組みし、その横で紅葉が他の社員に向けて何か話し始める。そしておっさんは早速装甲をはがし始め、俺もそれに合わせて反対側のネジを電動ドライバーで回し始めた。少しすると装甲が外れ、本来のAPの姿が見えてくる。《Apollyon構造解説書》を久々に発動し出てきた本と構造を見比べながら脚の部位も開け始めた。銀色の人工筋肉が俺たちを出迎える。

 

「そこの人工半腱様筋をずらして隙間を作る。あ、そこは衝撃吸収用の隙間だから絶対触るな。内部に専用の液体が入ったままだ」

「OK。これ入れたとしたら装甲に入りきらない気がするけどどうなるんですか?」

「馬鹿野郎、装甲の方を曲げるんだよ。一旦過冷却してから電気を流すと急激に軟化するからそれを利用するんだ。そう、で内部のネジを開くときは力任せではなく必ず冷やして収縮させてから外すんだ。でないとネジ穴がバカになる、お前みたいにな」

「酷いですよ、冷却装置使いたいんで貸してもらえますか?」

「ほいよ、凍傷にならないよう必ず皮手袋をつけろよ。特に濡れた手で触るのは厳禁だ」

「何故?」

「その水が凍って大変な事になるからな」

 

 会話をしながら手を動かしてゆく。様々なロボゲーをやってきたがこのレベルで整備、改造を体験できるのはこのゲームだけだ。しかも一つ一つに意味があって分解するだけでもう楽しい。あの配信の時は緊張して頭から抜けていたが改めてその凄さを実感する。期待していた融合型Apollyonがあんなのだったからこそ余計にこの体験は最高であった。

 

 レイナはうつらうつらと壁に寄りかかって立ちながら寝かけているし紅葉はマイナス質量物質を取りに行っているからおっさんと俺とAPだけが物音を発していた。

 

「なあ」

「なんですか?」

「……勝ってくれよ」

「勿論」

 

『《整備:Apollyon機体》《改造:Apollyon機体》を習得しました』

 

 

 時間は静かに過ぎていく。決戦まで後わずか。

 




『i-DNA』
機械獣にとってのDNA。機械獣は血液などを含め生命を再現している。そのためDNAも同様に存在している。『i-DNA』は極めて水平伝播(正確には異なるものであるが)の効果が高く、周囲の生命の死骸だったり道具を取り込めるのはこの物質の力によるものである。

というわけでレイナを説得する回でした。因みに紅葉が脅迫気味に話さなかった場合普通に交渉決裂して街が分裂体に滅ぼされるエンドになります。

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