《完結》『Hereafter Apollyon Online』~超高クオリティクソゲーの生産職で巨大ロボット造って遊ぼうとしてるのですが何故か勘違いされます~   作:西沢東

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シリアスはどこへ……?


『引継ぎ』

 どういう感情で俺はこれを見ればいいのだろうか。むせながら必死に鼻からフライドポテトを食べるスペース社長を見ながらそう思う。柔らかさが足りないのか途中で詰まったらしいフライドポテトを、社長は余りにも必死な表情で鼻に押し込んでいた。頑張れ、あと半分だ!

 

 入ってきた扉が酸素を逃がさないためにがりがりと音を立てながら閉まる。室内は薄暗く、床の至る所に配線が張り巡らせてある。内部の明かりはスクリーンからのみであり、その中に2人の人間がいるのが確認できた。一人はいつもの、田中のおっさんだ。おっさんは俺を見てひょいと片手を上げると再び3つある個室の1つに戻る。そこからわずかにキーボードの音が聞こえてきていた。

 

「『引継ぎ』のための資料がどうしても納得できへんから粘りたいらしいわ。……その様子やと相当メンタルに来てるんやない?」

「鼻からフライドポテトで半分くらいどうでもよくなった」

「これな、鋼光社舐めててすみませんでしたって内容の書類と一緒に送られてきたねん。社長が格好つける背景でこれ流すのが楽しくてなぁ」

「鬼か」

 

 そうやって椅子に持たれかけていた体を起こすのが紅葉。こちらを向く彼女はVer-1.00の時よりマシとはいえどやはり体の端々に傷が見られその義手義足は応急処置に応急処置を重ねたかのようなありさまとなっている。俺が紅葉に近づくとケーブルや人工筋肉が露出しているその腕を顔に伸ばしてくる。そのまま俺の顔を優しく紅葉の顔に近づけ、そしてデコピンされる。

 

「あいたっ」

「半分じゃああかんねん。100%やないと。あのな、これは全てうちとレイナが始めたんや。だからその全ての責任はうちらにある」

「でも俺が」

「ちゃう、もし行動を本気で制御するんやったら自動停止システムをApollyonに仕込んでおくべきやった。あるいはカナを隠れさせずに最速で勘次君の確保に向かわせるべきやった。確かに本来の計画やと分裂体も勘次君の予言も想定外や。でもそれにきちんと対処せんかったうちらの責任や」

「それは、俺にとって都合が良すぎないか?」

「逆に同意も取ってないのに責任だけは取れって方が都合よすぎやろ?」

 

 ぐうの音も出ない。歳を重ね大人の女性と呼ぶにふさわしい見た目の紅葉の言葉には説得力がある。とはいっても感情に整理がつくわけでもなければ疑問が解決するわけでもない。だから俺は取り敢えず沈黙を作らないように口を開く。まずはインパクトのあった話題から。

 

「拷問されたって本当なのか?」

「本当やで。……『雷鳴』と『SOD』が」

「何で???」

「いや未来がどうこうって言う怪しい集団よりシンプルにテロリストの方が危険で捕まえたいやろ? だからそいつらにガチの尋問とかが行っている間にうちらは内通者を使ってうまい具合に「一緒に拘束した鋼光紅葉とその仲間は情報を吐かずに自害した」という事にした。勿論偽死体とか色々やってな」

「想像の100倍逞しい……」

「もっと逞しいで、その体見てみい。違和感無かった?」

「いやなかったけど……え!?」

 

 紅葉の言葉に従って自分の体を見る。服はいつものものであったがその下を覗くと銀色の金属が広がっていた。なんじゃこりゃ、と全身を改めて撫でまわしてみると髪も質の悪い繊維の塊になっているし引っこ抜いてみても痛覚が繋がっていない。あわてて仮面を取って近くに置かれていたコップの水を覗き込む。そこに映るのは最低限の機能を遺した金属の顔。機械獣からくり抜いたと思わしき目が驚いたようにぐりぐりと動く。仮面をつけなおしながら驚きの余り叫ぶ。

 

「なんじゃこりゃ!」

「人工的に『SOD』作れんかと思ってな。ほら、『HAO』のログイン時に種族選べたやろ? あれって2040年と2060年の『同期』を制御することで本来あり得ない肉体の再構築に成功しとるわけや。それを応用してもっと機械人間っぽい第5の種族を作れへんかと思って。あと今回のVerだと完全にログイン不能な可能性も高いからな、せめて君だけでもログインできるような機構にしておきたかったんよ」

「俺だけログインなんてできるのか?」

「脊髄に『HAO』用のID埋め込んでおいてこれがオレンジの体やと誤認するようにしとる」

 

 本当に凄いことをしている。でも何の意味があるんだ、次のVerでは『SOD』の群れが突撃でもするんだろうか。俺の中では狙撃には勝てなかった『海月』のイメージが強すぎてそんなに意味を感じないのだが。何よりVer3.00のテオから聞いた話だと次のアップデートで全て終わらせるはずなのに。

 

 それについて聞こうと口を開こうとした時にカチカチと紅葉が手元の端末を弄る。そしてフライドポテトの画面が消えた後に出てきたのは女装して謎の踊りをしているヒニル君、は目的ではなかったらしくその一つ先が彼女の目的であったらしい。

 

「配信は完全に切っちゃってな。こっちが今日の主題や。まだ妙に落ち込んでいる君に向けた『引継ぎ』や」

 

 なんかリアルタイムの視聴者が100万を超えている配信を慌てて切る。コメント欄は様々な言語でテロや『HAO』についての議論が交わされているがそれを気にする余裕はなかった。そうだ、結局はここにたどりつく。この状況で俺に対して響く言葉が出てくるとすれば他者ではない。もっと近い、同じような体験をした人間。同じような苦しみを味わった馬鹿野郎。

 

『よーし録画開始。初めましてVer-2.00の()。落ち込んでるか?』

 

 ()がそこにいた。2040年から何年も過ぎているのだろう、立派に大人の様相になっている。右目は何があったのか上から包帯が何重にも巻かれており痛々しい。そんな彼は曇った表情で頭を抱えたままカメラの前に座っていた。少し俯いたまま彼はぽつりと、悲壮な感情を乗せて言葉を紡ぐ。俺はその一言一句を聞き逃すまいと耳を澄ます。

 

 

 

『実は俺も落ち込んでいるんだ……昨日やらかした罰としてスーパーメカバトル5の開発データ削除された……』

 

 いや何言ってんだコイツ。


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