「(ガンビーノも老いたもんだな)」
事のあらましが記された書状を机に放り投げた。
歳のせいと言ってしまえばそこまでだが、
もとより計画遂行に支障なしと分かっているから兎や角言いたくないのに、鬱陶しい程に貴族達が騒ぎ立てている。
ガンビーノの
父王との戦いは派閥決戦の側面もあると理解こそしていたが
執務室に椅子の軋む音だけが反響する。
「増援を送るべき…か?」
失策に対する詫び状こそ届けど援軍要請は来ていない。
万全を期すならば送るべきだろうが、送れば貴族達にガンビーノを叩く口実を追加で与えてしまう。
『自分の失態すら自分で拭えぬのか!』と、さも己らが正しいとばかりに責め立てる姿が目に浮かぶ。
噂に聞く多党制の国にある与党のスキャンダルをここぞとばかりに叩きまくる野党の如くガンビーノを叩くだろう。
ガンビーノの排斥を目論んでいる貴族共なら尚更だ。
「(くそっ…クシャーン王国は末期だと言ったガンビーノの意味がやっと分かったわ)」
仮にも現国王軍を相手に1万の兵だけを率いて、半年足らずで首都に迫っている。
我が配下の他の貴族の誰が真似できる?およそ誰にもできないだろう。
遅遅と進まず攻勢限界か補給切れで負けるに違いない。
なのに開戦した今も、ガンビーノを敵視する者は減らない。
父王派・皇后派・第2皇子派とてんでばらばら、同じ派閥内ですらいがみ合っているときた。
「シラット」
「はっ」
部屋の隅、ロウソクの灯りが届かない所から返事が来る。
「ダイバの準備は出来ているのか」
「はい、既に偽装も終わって何時でも発艦できる状態です」
「うむ」
決めたぞ。
増援は送らない。
「ダイバに伝えよ。合図を受けしだい即応しろと」
「はっ」
ガンビーノがダイバの部隊を無理くり再編成して作らせた
私の知識に無い型の軍艦、不格好と言うか…あの真っ平らな船が本当に決戦に役立つのか知らないが金にうるさい傭兵あがりのガンビーノが作った物だ。
無駄なシロモノじゃないんだろう。
何より日頃から意見の相違で仲の悪いダイバに頭を下げてまで前線に引っ張って行ったほどだ。
期待するとしよう。
後は…ああ。
口さがない奴の口も封じねばな
「それとシラット、貴様の部下を数人寄越せ。近く
「御意」
この戦争で要らないものは全部捨ててしまおう。
人も物も、何もかもを。
~~~◇とある漁師◇〜〜〜
「釣れんのぉ」
いつもは良く釣れる
どういう訳か今日は朝から糸を垂らしているのにマトモに当たらない。
「じいちゃん…」
「待て待て、も少し粘ってみよう」
魚を逃がすまいとウキを睨み続けるが、孫はとっくに釣りに飽きてしまっている。
「……じいちゃん」
「なんじゃ」
「見て」
「んん?」
孫の声に誘われて、島影を指差す孫の視線を追う。
「なんじゃ……ありゃァ」
そこには小島サイズはあろう船が漂っていた。
いや、最初は島だと思ったほどだ。
草枝を引っ掛けた網がその大きな船体の所々に絡み付いて、若い頃に見た沈没船の姿を思い起こさせる。
帆も砲も無い、二階建ての小屋の様なものだけが建っている平たい船だった。
「幽霊船じゃ…」
目が離せない。
「じいちゃん、先っぽに鳥が──」
「……。 頭引っ込めるんじゃ!!」
同時に動けるようになった老体に鞭打って必死に
「(ありゃあ鳥じゃない!あげな形の鳥がおってたまるか!)」
幽霊船との距離は数十理はあった。仮に鳥が見えても豆粒サイズがいいところだろうにアレは十分にデカかった。
この距離で頭ひとつ分はあると映る巨躯に、コウモリに近い羽の影を持つ鳥など聞いた事が無い。
「(はよう村の衆に!あん船は不吉の前兆に違いねぇ)」
「じいちゃん…あり何と?」
「黙っとき!すぐ陸に着くけな!」
何が起きたかなどは大事では無い。
逃げるんじゃ、1秒でも早くこの海から───