「悪いようにはしない!だから投降しろっ!!」
「ざけんな!そっちが負けの状況だろうが!!」
「この付近は我が軍の集結地なんだぞ!貴様等に勝機などないのだ、なぜ分からん!?」
「だ〜からなんだ!御託はいいからさっさと武器捨てて馬降りろや!それか首よこせ!」
「「もう諦めろって言ってんだ!!」」
濃霧の中、軍の先頭を行ってたバーランの隊が急に騒ぎ出したから何事かと来てみりゃこの有様よ。
姿シルエットは見えないが声の響きから察するに割と近距離で怒鳴りあっている。
どことなく拙いミッドランド語で投降を促す敵の声を、そんな気なんて更々ないバーランの怒鳴り声が押し返す。
何やってんだコイツら。
「何やってんだバーラン。向こうの規模は」
「それが分からなくてよ…そう多くはないと思うんだが、なにせ見えねぇから」
「俺たちより多いと思うか?」
「まさかぁ!……どうだろ」
「どうってお前…ハッキリしろよ。見合ったからこうなってんだろうが」
「いやそれがよぉ──」
聞けば濃すぎる霧にノロノロ進むのが嫌になったバーランが道を確認する為に斥候を出したらしい。
だが少しして戻ってきた斥候が話したのはクシャーン語。
霧でシルエットだけしか見えなかったせいで自分トコの奴だと思ってたバーランは当然、ミッドランド語で返した。
「何言ってんだオメー」と。
ここまで来て両者共に「あれ?」って空気になった時、送った本物の斥候が駆け戻ってきて叫んだのが「敵です!!」。
この斥候は斥候で、霧で方向感覚が狂って見えた武装集団のシルエットをバーラン隊と誤認してしまい、報告したものの返ってきたクシャーン語にびっくりして来た道を駆け戻って来たんだと…。
そして今に至る、と。
ホントに何やってんだコイツら。
「(てかアレ、援軍なのか新手なのかによるよなァ)」
数日前に落とした城の援軍ならせいぜい戦力は互角と見ていい。
が、新手の軍だった場合は話が変わってくる。
王都に近くなるほど貴族の階級も上がって、動員してくる軍の規模もデカくなっていく。
歩兵電撃戦でここまで来た俺たちの軍の戦える兵隊は9000弱、うち第2連隊は10数㌔後方にいて、ここには約半数の第1連隊しか居ない。
つまりだ、ここで殺りあってもし相手が新手の軍だったら最悪第1連隊が再編しなきゃいけないダメージを受けかねねぇ。
ミッドランド人の兵隊メインで編成してる第1と違って第2はクシャーン人の兵隊がメインだ。
まず間違いなく同士討ちが起きちまう。
それに──
「アイツさっき『ここは我らの集結地』とか言ったてたよな」
「ンなもんガセだ!」
「だとしても、だ。霧が晴れたら包囲されてました、じゃ笑えもしねぇ」
「引くのか」
「仕方ねえだろ?この霧じゃあ罵り合う以外にできる事ァねぇよ」
不承不承といった感じに後退の合図を出したバーラン。
この未だ晴れない濃霧の中で突撃する程バーランもバカじゃなかったって事だ。
視界にいた兵達が溶け込むようにスウッ…っと霧の中へ下がっていく。
剣を真っ直ぐに突き出して、その切っ先が霞む世界で白兵戦なんて悲劇しかうまねぇ。
地図の上では平野でも、何処に窪地があるかも、何処にどの規模の敵集団が構えてるかも分からない。
だからこそ今は撤退だ。
「(上手くいかねぇもんだな…この辺は大軍が集まれるほどデカい平地じゃなかったはずだが)」
ここは周囲を山々に囲まれていて、数本の道がこの平野に繋がっているだけ。
数千・数万の軍が集結するだけならともかく、それが退却となればあまりにも難しい場所だ。
ただでさえ近くの城が落ちたばかりなのに、そんな所で集結なんて無謀な事をするだろうか?
それに地形のせいでここは霧が濃くなりやすい。
そんな視認に苦慮する地で集結なんて事…あるのか?
疑問は残るが第1大隊は下がり始めている。
ボヤボヤしてたら俺自身まではぐれかねない。
「(何がどうなってやがんだ)」
手綱を引いてかろうじて見える道を引き返す。
霧が晴れた頃にまた戻ってくればいいさ。
そう自分に言い聞かせて。
◇◇◇
正直無茶な命令だと思っていた。
たった100騎で1万近い敵の足を止めるなんて「死んでこい」と、捨て駒にされたのだと思った。
願わくば敵が進軍を先延ばしにしてくれないものかと願いながら放った斥候と入れ替わりで敵の斥候に鉢合わせた時は本当に生きた心地がしなかった。
終わった。と
濃霧が姿を隠してくれていると言っても規模を掴まれたかもしれない。
そこからはもう必死だった。
自分が何を叫んだかも覚えてないが、ただ口だけが動いていた。
頭はその機能を放棄した。
いや、させたのだ。
放棄しなければ怖くて舌戦なんて出来なかったから。
いつ濃霧を切り裂いて敵が現れるか、そんな恐怖を押し殺しながらとにかくデタラメを叫び続けた。
それがつい先程、静かになった。
「どうだ…引いたのか?」
「はっ、おそらくは」
副官の相槌に大きく息を吐くと強烈な脱力感に涙が溢れた。
「(生きてる…まだ生きている!!)」
怖かった。
下級貴族とはいえ騎士として、戦で死ぬのを恐れた事など無かったが捨て駒となって無為に死にたくは無かったから。
「戻りましょう。敵が引いたとはいえ再び偵察や斥候を放ってくる可能性は多大にありますから」
「ああ、もう充分だろう」
そうだ。充分なはずだ。
国王陛下が軍を集め、体制を立て直される時間は充分に得られたはずだ。
全ては国のため、国王陛下の為に。
「撤退だ!」
馬の手網を握る手に力が入る。
おそらく歴史に残るであろう確実な戦果を成し遂げたのだ、と実感出来たから。