機は満ちたのだ。
ミッドランドから噂に聞く歴戦の傭兵団が亡命してきた、と王領の港町の代官から報せが入った時、私は不思議な感覚を覚えた。
敗北手前で僅かな手札を全賭けするが如く全てを投じたくなったのだ。
いや、投じねばならない気がした。と言うべきだな。
クシャーンは長らく外国との戦と無縁だったが、無縁ゆえに戦を知らぬ弱兵が増えつつあった。
そこに戦術・戦略共に長けた軍団が亡命してきたのだ。
手に入れない理由などあるまい。
問題は誰が彼等を配下に引き入れるか、である。
もし他の貴族に取られれば厄介な火種に成りかねず、時期王座を狙う弟に取られれば間違いなく私の命が脅かされる。
幸い父は興味が無いらしいが、ならばこそ私の配下に迎えねばなるまい。
影薄く、静かに生きられぬならば足掻くしかない。
その為にも、必ず。
「殿下、例の部隊の居場所を突き止めましてございます」
「ならば早急に使者を送れ。人選はダイバ、お前に任せる。良きにはからえ」
「御意に」
*
クシャーン王家に生まれてこの方、私は自由を感じた事が無かった。
父は私を玉座を脅かす敵とでも思っているのか、おぞましい物を見るような視線しか向けてくれぬ。
自身がそうして王位を継いだからか、それを息子に重ねて見たのか。
私にそんな気など無いというのに。
一方で母は弟に王座を継がせたいらしい。
見た目の善し悪しなのか、性格の可愛げが理由なのか知らないが私を疎ましく思っているのは分かる。
家臣共は父に付くか弟に付くか、水面下で飽くことなく派閥争いを続けている。
そんななか私はいつも暗殺に怯えて生きてきた。
父と母、どちらの刺客に殺されるのか、と。
だがそれももう終わりだ。
この間の城下近くの祭りに忍んで赴いた際に出会った老人『ダイバ』。
それが魔術師だと言うのはある種の運命に思う。
彼を配下に引き入れると同時に
前々から多少の噂話は聞いていたが、聞けば聞くほど惹き付けられる物があった。
何より防城、攻城戦に長けている所が良い。
経歴は奇妙だがこの際目を瞑ってしまおう。
きっと、力さえ手に入れればきっと安らぎの時間が得られるに違いない。
その為ならば私は幾らでも殺そう。
幾らでも血を流して
私の愛する平穏が手に入るまで。
およそ誰も理解出来まい。
大国の王子が望む本当に欲しい物を。
「殿下」
「決まったか」
「はい、ジャリフを向かわせました」
「そうか」
「殿下、何か考え事ですかな?」
「いや、少し…な」
そういえばダイバが言っていた私に送るはずだった『献上品』を横取りしたのも例の部隊だったか。
さすがに王家に渡すものだったとは知らなかったのだろうが、なんの為に欲しがったのかちょっと気になる所だな。
ダイバ曰く「真の所有者以外には無価値な物」、それを知って持っていくなど余程の物好きなのだろうが。
「殿下…お顔が。悪い感じになってますぞ」
「──、相変わらずの無礼者め」
何が悪い顔か。
生まれつきこんな顔だわ。
(2022/09/05 )皆さんにお知らせです。
実は今の携帯の画面が割れてしまい機体を交換する事になりました。
もちろんデータ移行は頑張りますが実は前機の時失敗して消えてしまったことがあります。
万が一失敗した時はこの『霧桜ルー』によく似せた名前で続編を投稿します。
よろしくお願いします