仗助と育朗の冒険 BackStreet (ジョジョXバオー)   作:ヨマザル

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空条貞夫の孤闘 -2000- その1

「オヤジ……久しぶりだな。元気かい」

「ああ……」

貞夫はそう答えた後、少し黙って相手の反応を待った。だが、電話口からは沈黙の時間が流れるだけであった。

そうだった。貞夫は苦笑した。承太郎も自分と同じ無口な人間であった。

ここは父親である自分から話を続けなければ。貞夫は、少し無理をして自分から言葉をつないでいった。

「最近は演奏活動も少しセーブしている……数より質を大事にしようと思ってね。それで今は、長い間もてなかった妻との時間を満喫しているところさ………近々オマエのところにも、顔を出そうと思っているんだ。ジョリーンと奥さんは元気かい?」

貞夫は努めてニコヤカに話しかけた。

「……ああ、こっちはボチボチだぜ」

承太郎は、少し歯切れ悪く答えた。

そして、おもむろに話題を変えて、本題を口にした。実に息子らしい。今やるべき事に集中している――少々集中しすぎている――態度だ。

「実は、少々マズイ案件が出てきたのだが……ヤボ用があって、俺が対応する時間がないんだ……アンタに代わりに調査を頼めないだろうか」

電話越しの息子の声は、いつも通り憎たらしいほどに落ち着いた口調に戻っていた。

「もちろん構わない。詳しい話を聞かせてくれないかね?」

「助かる……調査してほしいのは、1999年に杜王町から100Kmほど離れた場所に隕石が落ちた件だ」

貞夫が思っていたよりも、承太郎の電話越しの口調はホッとした空気を帯びていた。どうやら思ったより息子は困っていたようだ。

久しぶりに息子の力になってやれる。

貞夫は少し嬉しい気持ちになった。

「ああ……DRESSの被害にあった若者がついに助け出された件だな……承太郎と、お義父さんの一族が総出で対応してくれた件だろう?」

お義父さんもまだまだお若かかったな。貞夫はクスッと笑った。

「育朗クンは元気かね」

「ああ、あの件では、裏で色々と便宜を計ってくれて助かったよ」

「なに、ちょっと昔のコネを使っただけさ。それに……新生DRESSの話は父さんにとっても衝撃だったからね」

奴らが相手なら、いつでも『現役』に戻るつもりさ。もともと私が取りこぼした種だからね。その『覚悟』は口に出さなかった。

だが口に出さずとも息子には何か伝わったのだろう。承太郎の声が一段穏やかになった。

「だが、オレが出会った新生DRESSは、それはもう昔のDRESSでは無かった……と思うゼ。そりゃそうだろう、真のDRESSはとっくにアンタが潰してくれたんだからな。日本拠点は8年前に、海外の拠点は5年前に、すべてヨ……とはいえ、新生DRESSの奴らは因縁的にJosterと空条の手で始末すべき敵だとは思ってるぜ……だから、ヤツラの始末は俺が引き継ぐ……イヤ、引き継いだぜ。アンタはオフクロについていてくれればいい」

「そうか……そうだな」

電話越しに貞夫はうなずいた。

DRESSは自分が完全に倒すべき敵だった。だが、いつの間にか時代は変わったのだ。今は承太郎が自分の代わりに闘ってくれている。

それでいいのだ。『自分がすべてをって立つべき時期は終わった』と、そう考えるべきなのだ。

先ほどの嬉しい気持ちが薄れ、貞夫は少しさびしく思った。

自分が始末しきれなかった敵を、いまは承太郎が代わりに引き受けている。

危険はすべて自分で引き受け、家族を決して危険な目に合わせる気はなかった。そのつもりで戦っていたのだ。

だが、自分の後を追ってくれるものがいる。もちろんそれは悪い気分ではなかった。

それで、満足すべきなのだ。

それは、わかっていた。

「ああ……………だが、今回の件だけは頼めないか。先ほど話したが、俺もこっちで立て込んでいる案件があってな……手が離せないんだ」

「フム……話をそらさせてすまなかった。もちろん手伝おう。それで、隕石の件がどうしたのかい?」

「実は、隕石は杜王町に落下する前に複数に分裂していたことがわかった。もちろん大半は海の中に落ちたのだが……」

「陸に落ちた物もあったという訳かい?」

「そうだ。実は、隕石のかけらが一つ、山陰地方の山の中に落ちたと聞いている……しかも、間の悪いことに今そこには育朗とスミレ、それからホル・ホースの野郎が偶然向かっている……」

だが、育朗クンとも、ホル・ホースのヤロウと連絡が取れねぇ。電話越しに承太郎の舌打ちが聞こえた。

「わかった、対応するよ……だが、もう少し教えてくれ。まず知りたいのは、その隕石が落ちた正確な場所と、最後にホル・ホース君と連絡がとれた場所だ」

ああ、今から細かなことを伝える…… と、息子が説明する声を聴きながら、(オマエの望みなら何でもするよ)と、貞夫は心の中でつぶやいた。

サックスを置いて、再び刀を手に取る時がきたのだ。

――――――――――――――――――

『……もうすぐ着くよ』

『この木、覚えている物よりだいぶ小さく見えるわ』

『そう言うモノだよ。君はあの時まだ9才だったんだから』

『そっか……そうだよね』

『おい?あれか……アルファベットでTAKANO と書いてある看板があるぜぇ』

『―――そうよ、高野養護園………私が育ったところよ……みんな、まだいるかな……』

相棒とその連れ合いはなにやら色々と話しながらしばらくその建物の前をうろうろとしていた。だがようやく、意を決したらしい。

相棒の連れ合いが、ゆっくりと建物に向かって歩いて行く。すかさず相棒もその横に並び、黙って連れ添いながら歩いていく。

『ゲンペーッ、ここで待っててね』

少し歩いたところで、相棒の連れ合いがくるっと振り向いてゲンペーに手を振った。

そして、二人連れだってその建物の中に姿を消した。

◆◆

ゲンペーはしばらくその場で相棒の帰りを待っていた。だが、二人はすぐにはもどってこなかった。

二人につきまとっているもう一人のニンゲン、その男は一度ヒヒヒッと笑ったきり、ただ建物の外壁に寄りかかり、黙って身じろぎもせずにいた。

男は、あの嫌なにおいのする『タバコ』と言う物に火をつけて、ただ待っていた。

時折キョロキョロと目を動かし、近くを歩くメスを探しているあの様子では、当面そこを動かずにいるつもりなのだろう。

このニンゲンは。時にボールを投げたりしてゲンペーと遊んでくれるいい奴だ。だが、今はそんな気分では無いようであった。

ニンゲン達からほっておかれたゲンペーは、はじめの頃こそおとなしくしていたが、だんだん、ただ待つことに飽き始めていた。

漂ってくる相棒の匂いから判断すると、相棒は特に危険な目にあっているわけではないようだ。きっとつまらない、ニンゲンのゴタゴタで時間がかかっているのだろう。

ゲンペーはすっかり退屈して、その建物の裏手にある山の様子でも見に行こうかと考え始めていた。

何やら面白そうな、好奇心をくすぐる『ニオイ』が、山から漂ってきていたのだ。

もういい、山を見に行こう。相棒はまだまだ戻ってこないはずだし、戻ってくればすぐわかるはずだ。

「イ――ダァ」

インピンが、山に向かうゲンペーを目ざとく見つけて背中に飛び乗ってきた。建物の中にいるニンゲンの子供たちの臭いに気が付いたのだろう。小さなインピンにとって、ニンゲンの子供たちは『天敵』なのだ。

「がうっ」

ゲンペーは、寛大にもインピンを背中に乗せたまま、山へ向かっていった。

建物の裏山の中は緑豊かで、色々な『ニオイ』に満ち溢れていた。ゲンペーはすっかりうれしくなって辺りをいろいろ嗅ぎまわりながら、木々を飛び回った。

いろいろ嗅ぎまわっていて、思いっきり走りたい衝動にかられたゲンペーは、少し全力で走ってみることにした。

ゲンペーは、まるで空を飛ぶように走った。通常の犬と比較にならないスピードで、あっという間に峰を一つ、二つ越え、谷を渡り、周囲に全く人の気配が無い所まで走って行く。

寄生虫(モデュレイテッド)バオー:宿主に非常に高い戦闘能力を与える、そのバトル・クリーチャーをゲンペーは三匹も身に宿していた。そのゲンペーの運動能力は、もはや普通の生物の持つそれをはるかに超えているのだ。

そんなゲンペーが本気で走り出せば、あっという間に普通の犬の足では行きつけないような森の中に入ることが出来る。

ゲンペーは、あっという間に尾根を越え、人里からだいぶ離れた土地にやってきた。そこまで遠く離れたところに行くと、周囲にようやく人の気配がなくなった。そのかわりに、いい匂いのする花や木の実、木の皮、虫の存在をたっぷりと感じることが出来た。

渓流の匂い、シカや狸の匂い。

ゲンペーは大いに満足して周囲のニオイをかいで回った。

すると、そんな匂いに交じって、ゲンペーの鼻にホンの微かに、ある匂いが漂ってきた。

それは、ゲンペーとほぼ同年代の子犬、それもたくさんの子犬の匂いであった。

(?なんだ、何でこんな山奥で子犬達の匂いだけがするんだ?)

気になったゲンペーは、何とかその匂いをたどろうと色々かぎまわった。

だが、先日に降った雨のせいか、匂いはあまりに微かであった。

ついにゲンペーはその匂いを追跡することをあきらめようとした。

その時……

ガサッ

風下の山から、枯葉が擦れる音がゲンペーの耳に響いた。しかも、音がしたのと同じ方向から、先ほどかいだものと同じ犬のニオイがする。

(しまったッ風下から回り込まれていた?)

うかつだった。

ゲンペーは瞬時に反転した。

すると目の前には、生後10ヶ月位の、つまりゲンペーとほぼ同い年の子犬が立っていた。

その子犬は黒い虎毛を持つ甲斐犬で、黒光りする毛皮がキラキラと美しく光っている。だが、ゲンぺーに向けられるその目は、敵意に満ち溢れていた。

(何だコイツ?ガンつけやがって、ピカピカした毛皮のキザッたらしい奴だな……だが、なぜほとんど匂いがしないんだ?)

ゲンペーは首を傾げた。

例えどんなに立派な成犬だろうが、熊だろうが、普通の生き物が『バオー』たるゲンペーをおびやかせるわけがない。まして目の前にいるのはまだ成長途中の子犬だ。ゲンペーは目の前の犬には何の脅威も感じていなかった。

だがそれでも、この犬からほとんど匂いがしないのは不思議であった。

「動くなッ!お前は囲まれているッ」

子犬はゲンペーに警告を発した。

「ちょっとでも動いたら、仲間たちが寄ってたかってお前を引き裂くぞ」

「なあ……お前なんでそんなにけんか腰なんだよ、気楽にいこうぜ?」

余計な戦いはメンド―なだけだ。ゲンペーはヘラッと笑って見せた。

「何言ってる?ここは俺たちの縄張りだぞ……お前みたいなよそ者を追い払うのは当たり前だ。誰だ?お前ッ」

その子犬は胡散臭げにゲンペーを睨み付けた。

「なぁ、お前達の仲間って……なんで子犬の臭いしかないんだ?成犬は何処にいる?」

「質問しているのは俺だッ!ふざけるなッ」

「おお……悪い悪い、怒るなよ……俺はお前たちの敵じゃねぇーんだからよォ」

「じゃあ……さっさと出て行けよッ」

「オイオイッ」

子犬は、ゲンペーめがけていきなり飛びかかってきたのだ。だがその子犬の首筋をゲンペーはヒョイッとくわえ、かんたんに放り投げた。

「こいつ、やる気かよッ!」

放り投げられながら子犬が叫んだ。驚いた事に、子犬は空中で器用に身をひるがえし、余裕を持って両足で着地した。なかなかの運動神経だ。

「やるってんなら、容赦しねぇ、玉とったらあッ!」

「よせっての」

ゲンペーはげんなりした気分で、つっかかってきた子犬の首を押さえつけた。

「俺はただ散歩をしていただけだぜ。お前と戦いたくなんかねーよ」

「くっそォォォッ!こっ……殺せッ!さっさと殺しやがれッ!」

「……なんだよコイツ」

子犬の剣幕にすっかり閉口したゲンペーは、肩をすくめた。

「勝手に盛り上がってんなぁ……バカバカしい。付き合ってられね――ぜ」

もう、出て行くか。少々げんなりしたゲンペーは、前足の力を緩めて子犬を解放しようとした。

その時

「チ……チョコを離せッ」

またしても背後から、震え声が聞こえた。

振り返ると、そこにはさらに3匹の幼犬たち ――生後半年位か―― がいた。三匹とも、真っ白な毛皮の紀州犬だ。

―――やはり、こんなに近くに来るまで、ゲンぺーは幼犬達のニオイをほとんど嗅ぎ分けることが出来なかった。

「なんだ、お前らぁ〰〰?」

「スー、ユイ、モア……」

どうやらゲンペーが組み敷いている子犬はチョコと呼ばれているようであった。

そのチョコが、ゲンペーに押さえつけられたままうなり声をあげた。

「!?」

不意にチョコが激しく身を震わせ、ゲンペーはうっかりチョコから前足を放してしまった。チョコはさっとゲンぺーの手の届く場所から離れた。

と、そのとき何故か強烈な臭気がどこからか漂ってきて、ゲンペーは顔をしかめた。

「ガッ……」

チョコがゲンペーから逃れると、すかさずその周りをスー、ユイ、そしてモアが取り囲んだ。三匹は心配そうにゲンペーの様子をうかがい、チョコにまとわりついていた。

「チョコォッ、大丈夫?」

「……もちろん大丈夫よ」

チョコは三匹に向かって微笑み、チョコは近寄ってきた幼犬たちの鼻をペロンと舐めた。そして再びゲンペーの方を向く、真剣な表情だ

「お前……強いな……オ、俺のことはイイ。だがこいつらは見逃してくれ」

先ほどとは打って変わった神妙な口調であった。

(コイツ……自分の身を捨てて、仲間を守ろうとするなんて。やるじゃないか)

ゲンペーは少しだけチョコのことを見直した。だが……感心する以上に、もっと大事な『ツボ』にゲンペーは引っかかってしまった。

「お前ッッ、『チョコ』だってぇ?女の子かよ。ダッセェ〰〰」

ヒャッヒャッひゃひゃッッ

先ほどの勇ましい口調と名前とのギャップに、ゲンペーはどうしても大笑いの発作を止めることができない……

「てっテメェ……」

チョコの口調が再び怒りに燃え上がり、どんどん低い声になっていく。

「いッイヤ、悪いなッ。ちょっと予想外だったもんでよ……ぷっ」

とうとう我慢できず、ゲンペーは吹きだした。一旦笑い始めると、どうしても笑いを止めることが出来ない。結局、ゲンペーは息が続かなくなるほど、大笑いをして転げまわった。

ヒャッ、ヒャヒャヒャッッ、ハ―――、ヒィィ――――……クックルシィィ―――ハッ、ハッ……

ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ

「お前たち……後ろに下がってろ」

酷く、冷静な、平坦な口調でチョコがスー、ユイ、モアに言った。

「ちょっチョコね…」

「黙ってろッ」

何かを言わんとしたスーの言葉を遮り、チョコがゲンペーに躍りかかるッ

「テメェッ、無礼に笑うなッ!!許せねぇ〰〰」

と、ゲラゲラと笑っていたゲンペーが、急に真面目な表情を取り戻した。

「いや……悪かったってよッ」

チョコに一瞬遅れ、ゲンペーも宙に飛び出すッ!だが、ゲンペーが飛んだ方向は、チョコにむかってでは無かった。

ゲンペーがむかったのは……二匹の頭上だッッ

頭上の樹から、突然、なにか黒い影がスー達のほうへ襲い掛かってきたのだ!

ガツゥウウンッ!

ゲンペーとその黒い影はまっ正面から衝突した。

―――――地面に叩き落されたのは、体重の軽いゲンペーの方だッ

だが、黒い影もゲンペーに弾かれ、その狙いはそれた。

ゲンペーと衝突した黒い影は、スー達から少し離れたところに着地し、ゴロゴロと転がって地面に激突した衝撃を吸収した。

「子供相手に何を考えている?この馬鹿ッ」

ゲンペーは歯をむき出し、黒い影を威嚇した。

「てっテメェ……こんな所まで来やがってッッ」

チョコがその黒い影とスー達の間に入った。

「Bugyiiii……Bugyiiii」

その黒い影――狸と狼のアイノコの様な生き物――が低いうなり声をあげた。

その生物はゲンペーの牙を全く気にした様子もなく再び襲い掛かってくるッ。

「逃げろッ!コイツには俺たちの牙なんか通らねぇッ」チョコが叫んだ。

「そりゃあ、お前のチャッチイ牙じゃなッ!チョコちゃんッ」

ゲンペーがヘラッと笑った。

「バカッ!逃げろッッ」

チョコが、もう一度叫んだ。

その間にも、《狸と狼のアイノコ》はゲンペーに向かって突進しかけていた。口を大きく開け、牙をつきたてようとするッ!

「へっ、余裕だぜ」

ゲンペーはその突撃をかわしざま、敵の背中をえぐるッ!

『Gbyuaxtu !』

背中を切られた《狸と狼のアイノコ》が、怒りの吼え声をあげた。

「へっ、どんなもんだよ」

ゲンペーは空中でくるっと回転して華麗に着地した。

三匹のメス ――と言っても幼犬だ―― に向けて、ゲンペーは気取ったポーズをとってみせた。

「これで、俺が味方だってわかっただろ?これからは、厄介な敵は俺に任せとけッ」

「ばっか、よそ見するんじゃね――」

突然ッ! チョコは熱心に自慢話をしているゲンペーに、体当たりした。

「なにすんだ、このヤロッ…………はっ?」

ゲンペーは、文句を言おうとした言葉を、飲み込んだ。

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨

突き飛ばされたゲンペーの目の前には、背中を斬られたチョコが倒れていた――――チョコは、さっきまでゲンペーが経っていた所で苦しんでいる。ゲンペーの代わりに、やられたのだ。

『Gkyuaaaaa』

痛い目に合わせ、追い払ったはずだった敵《狸と狼のアイノコ》がとどめの一撃を放とうと、前足を振り上げるッ!

「しまった!このヤロ――ッ」

バシュッ!

ゲンペーは渾身の力で地面をけり、突進していった。

突進力に加え、顎を振り回して回転力を加えることで鋭さを増したゲンペーの牙爪が、敵の前足をいとも簡単に吹き飛ばすッ!

『ギュアアアアアッッ』

前足を失った敵は、だが、その傷を意にも介さずに再び突進してきた。

ゲンペーの着地の隙を突き、かみ殺そうと、牙を閃かせて食いついてくる。

バシュッ!

敵がゲンペーの首にかみつくッ

敵はすかさずゲンペーの首をへし折るために、身をよじり、ゲンペーの体を振り回そうとした。

その敵とゲンペーとの体重差は、優に三倍以上あった。そのため体重の軽いゲンペーは、なすすべもなく、激しく振り回された。

だが、地面にたたきつけられた瞬間、ゲンペーの前脚、後脚の爪が地面にキツクくいこみ、再び体を持ち上げようとする敵の力に対抗した。

「コノヤロォオオオッッ」

そしてゲンペーは、小さな熊ほどもあるその敵の攻撃に耐えきった。

バシュッ

敵のパワーでゲンペーの首の肉が引きちぎられる。

だが、この程度ではまだ生命の危機では無い……まだゲンペーの『バオー・アームド・フェノメノン』は発動しないッ

いや、発動する必要はない。

「痛ッてぇな、畜生ッ」

ゲンペーは逆に敵の喉笛を噛みかえして、平然と振り回した。

そしてその巨体を、山の斜面に向って放り投げた。

『Gyuaaaaaaッ』

敵は悲鳴を上げながら山の斜面を転がり落ち……谷底の岩に激しく体をぶつけ動かなくなった。

「痛ッてえな。なんだぁありゃ?」

谷底を見下ろし、ゲンペーはブルッと体を震わせた。襲ってきた敵を調べるため、ピョンと谷底に飛び降りる。

谷底に倒れていた生き物は、ゲンペーがじっくり見ても、においをかいでも、まったくその正体がわからない不思議な生き物であった。

ゲンペー達は知らなかったが、彼らが遭遇したのはユーラシアクズリ(貂熊)であった。

イタチ科クズリ属、本来の生息地は中国北部、モンゴル、ロシア。体長一メートル、体重20キログラムの『恐怖心がない動物』である。

怖いもの知らずで名高く、一説にはホッキョクグマやオオカミの群れでさえ追い散らう事があるほど、気性が荒いと言われている。

なぜ、そんな危険な動物がここ、日本の山陰地方にいるのか、それは謎であった。

謎の敵:ユーラシアクズリの死体を調べ、ゲンペーは谷底から上がった。すると、崖の上ではチョコがグッタリと倒れていた。

「アイツは倒したぜ……おいチョコッ?大丈夫か?」

「お……お前、奴をやったの……か?」

倒れていたチョコが、首をもたげ、あえいだ。

「やる……じゃねぇか。見なおし…たぜ……」

「大丈夫かよ、お前」

ゲンペーは心配そうにチョコの様子を確認した。

「かッ…かすり傷だぜ、こ、んな…もの」

だがチョコはそれだけ言うと、気絶した。

「チッ」

チョコの傷を見たゲンペーは、舌打ちをした。その傷は無残にめくれあがっていた。

実際はゲンペー自身の怪我の方がかなりひどかった。だが、ゲンペーに潜む三匹の寄生虫バオーの力により、その怪我はみるみるふさがって行く。より軽傷ではあったが、深刻なのはチョコの方であった。

「……チッ」ゲンペーは、チョコの傷口をなめた。あらかじめ自分の舌を噛んで血をだしておき、自分の体を流れるモデュレイテッド・バオーの分泌物をチョコの傷口に塗り込んでいく。

「いっ……痛ってえッ。お前の舌、どうなってんだよ」

ネコみてえにザラザラなのか?この、ネコ野郎ッッ。

あまりの痛みからか、それともバオーの力によるものか、すぐにチョコが気絶から回復し、毒づき始めた。

「……だめだ、傷が深すぎて応急措置にしかならね――、こうなったら、相棒に直してもらうしかねぇな。おい、暴れるなよ」

ひょいッとチョコを抱え上げたゲンペーは、そこで何事かに気が付いて顔色を変えた。

いつの間にか、スー、ユイ、モアと呼ばれていた三匹の子犬、それからインピンの姿が消えていたのだ。

何の気配も、匂いすらなかった。

◆◆

いなくなった4匹の事は気になるが、まずはひどい怪我を負ったチョコの手当が最優先だ。ゲンペーは、はやる心を抑えてチョコを背中にオブリ、いったん相棒の元へ戻った。

『こりゃあ、ずいぶん鋭い爪にやられたな。熊か?』

一番初めにゲンペーとチョコを見つけたのは、ヒヒヒッと笑うニンゲンであった。その男が、チョコの体に手早く包帯を巻いていく。

『この子、かわいそうに……』

スミレ(相棒のツレアイだ)がチョコの頭をそっとなぜた。

「あぎッ」

そのときゲンペーは、スミレの膝の上に抱かれていた。

その背中を、そっとスミレが撫でた。

優しく首筋を撫でられ、ゲンペーは目を細めてうっとりとその感触を楽しんでいた。スミレの匂いも気持ちがいい。インピンが行方不明になり、自分をかばったチョコが苦しんでいる横で完璧にリラックスしている自分に、少しだけ罪悪感も覚えた。

『大丈夫だよ、スミレ、ゲンペー。この子は助かるよ……ブル・ドーズ・ブルースッ!』

相棒はにっこり笑い、相棒の前足の『爪』をチョコに向けて飛ばした。

バシュッ!

相棒の『爪』がチョコの首筋に撃ち込まれた。しばらくして、その爪に仕込まれていた薬が全身に回ったころ、チョコはパチッと目を開いた。

「よう」

ゲンペーはスミレの手の中から抜け出した。そして、パシッと前足の肉球の部分でチョコの頭を叩いた。

「生意気にも、俺をかばおうとしやがって……だがおかげで助かったぜ」

「……ここは?なんでニンゲンがいるんだ?お前、まさか……」

睨むチョコに、ゲンペーが苦笑いした。

「大丈夫だ。こりゃあ、俺の群れの仲間だよ」

「お前の群れ……」

チョコは、胡散臭げに周囲のニンゲンを眺めた。

「お前、飼い犬なのかよ……ところで、スー達は何処だ」

「ああ……」ゲンペーが頭を下げた。「悪い、俺が奴と戦っているすきに、別の犬共にさらわれちまったよ」

「なんだってェ」

チョコは目をいからせた。よろよろとした体に鞭打って、すくっと立ち上がる。

「……Deathの連中だな。すぐ取り返してやるッ」

チョコは、すぐさま山に向って走って行った。

『あの子、もう少し休んでいった方がいいのに』

『……人間とは馴れ合わんってことだろ。俺はご立派だと思うぜ、お嬢ちゃん。むしろ、奴らの立場じゃ人間に下手になれあうとまずいだろ』

『それはわかるけどッ、怪我してるんだからさぁッ……それに、さっきからインピンの姿も見えないの……どうしたんだろう……』

『大丈夫だよ、ゲンペーはすごく強いんだ。知ってるだろう?彼がいて、敵なんか問題になるわけないさ………それに、インピンはあんなに賢くて素早いんだから、困ったことになるわけないよ。万が一インピンが困ったことになっていたら、ゲンペーがあんなに落ち着いているわけないしね……君のWitDも危険なビジョンや警告を見せているわけじゃないんだろ』

『でもッ』

『わかってる。用事を済ませたら、僕も《ブラック・ナイト》で探しに行くよ』

『がうっ』

ゲンペーはうなづいた。

チョコを追わなくては。

群れの仲間たちが話しているのをしり目に、ゲンペーはそっとチョコを追いかけて山に戻るべく立ち上がった。

そのゲンペーを目ざとく見つけ、背後から相棒が声をかけた。

『ゲンペーッ』

『バウンッ?』

『あの子の傷は尋常じゃなかった。頼んだよ』僕もすぐ後を追うよ

相棒は朗らかに言った。

『がうっ』

任せとけと、ゲンペーは相棒にうなづいて見せた。だが相棒の手を煩わせるつもりはなかった。

◆◆

「……オイ……なにしに来やがった?」

一人山道を登っていたチョコは、追いついてきたゲンペーをうっとおしそうに見やった。

「……借りを返しに来たぜ。あの三匹のカタキうちだろ。手伝ってやる」

ゲンペーは肩を軽くチョコにぶつけた。

「お前の助けなんて、イラネ――よ」

チョコが肩をすくめた。

「それに、アイツラは生きてる。カタキ撃ちじゃねぇ――ッ。助けに行くんだ」

チョコは少し口ごもり、付け加えた。

「アイツラはよォ、一週間前に目の前で親を………だから、お……オレが親代わりになってやるって、決めたんだよ」

「…………」

ゲンペーは黙りこんだ。その心に思い起こされたのは、自分を『怪獣』からかばって犠牲になった両親の後ろ姿だ。

「…………お前の親は?」

「……とっくに死んぢまったよ。だけど、アイツラの親はいい親だったんだ。仲良くてヨ」

ゲンペーは、ただ『そうか』と相づちをうち、話題を変えた。

「へぇ……ところで、あのさっき戦った変な生き物、あの狸と狼がまざったみてぇな奴。ありゃあ、あの一匹だけか?」

「……あと、二匹いる」

チョコはポツリと答えた。

「俺が倒したアイツ、犬じゃね――ぜ。ありゃあ〰きっと、オオイノシシより、つええ。下手な熊より強いかも知れね――ぜ」

そんなの二体も相手したら、お前……死ぬぜ。

「アイツが狸と狼の血が入った奴なら、ア…オレだって狼と犬のハイブリッドよ」

チョコが言った。

「オレの親父は甲斐犬だけど、母さんは肥後狼犬だった……二人とも、俺の兄貴共々奴らにやられちまったけどよ」

「じゃあ、その狼の血が入っていたって言うお前の母さんも、お前の兄さんも………ヤラレちまったんなら、まだ子犬のお前が勝てるわけないじゃないか」

チッ。

イライラとチョコが足を止めた。

「ああ〰〰そうかもな、勝ち目なんてないのかもなぁ〰〰だがそれが、どうだっていうんだッ……それともお前なら、勝てるってのかよッ」

チョコがにらみつけた。

「さあな……でもお前と俺が協力すりゃあ、もしかしてあの三匹を助けるぐらいは、出来るかもな」

「……」

「まぁ……お前が止めても、俺は勝手にいくけどな……どうやら俺の連れも、つかまっちまったみたいなんだよ。うるさい奴だが、助けてやらねーと」

「へっ……」チョコが下を向いた。

「それを早く言えよ。勝手にしろッ」

――――――――――――――――――

『Bzyuuuaaa!』

「伏せて下さいッ!運転手さんッ」

「ハッ……ハィィイイッ――――!」

貞夫が突然襲撃を受けたのは、人がほとんどいない山道を進んでいるときであった。

何て事だ。

貞夫は、目指す隕石の落下地点を目指してバスに乗っていた。不意にそのバスの窓ガラスを破って襲い掛かってきた黒い影を、貞夫はかろうじてかわした。

『Giiiyaxtu !』

『Kwiaaaaa!』

その黒い小さな影は、貞夫の周りをまるでスーパーボールのようにアチコチを跳ねまわった。

それは……猿だ。だが、普通のサルよりも圧倒的に素早い!

「なっ……なんですかッこれはァ?」

また、ワンマンバスの運転手が大声を上げた。

バスの中にはほかに乗客はいない。貞夫と、運転手だけだ。

『Fgzyuuuu!』

猿が、大声を上げた運転手に襲い掛かる

「うぁッ」

運転手が悲鳴を上げる

「まずい、ジギ――!猿を倒せッ!」

『オラッ!』

貞夫はジギー・スターダストを飛ばし、かろうじて猿を捕獲する

だが……

バリンッ

バスの正面ガラスが蹴破られ、新たな猿がバスの中に飛び移ってきた。

猿は……貞夫が捕まえる間もなく運転手に飛び掛かる。

「ウッギャアアアアッ」

顔面と首筋を噛み千切られたバスの運転手が、崩れ落ちた。

ギュワワワワッ!

運転者を失ったバスは、コントロールを失ってスピンを始めた。

「まずいッ!ジギー、戻ってこい。」

貞夫は自分のスタンド、ジギー・スターダストを呼び戻し運転席に飛び込んだ。

スピンをしたバスが、崖に向かって疾走していく……

「ウォオオオオオッ」

貞夫は運転手をかみ殺した猿を片手で放り投げ、思いっきりブレーキを踏むッ!

車体がキシンだ。だが、タイヤがロックされたバスは、完全にコントロールを失って崖に向かって滑っていく……

「ジギィ――ッ!タイヤの摩擦力を強化しろッ」

貞夫が叫んだ。

キィイイイイ―――ッ

貞夫は崖ギリギリのところで、なんとかバスを無事に『停車』させた。

「ふぅ―――まさに危機一髪、ヤレヤレだったな」

貞夫は大きく息を吐いた。


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