アイオリアとの修業(結局、技の名前を決めるといった話だったので修業かどうかは微妙)の際に、
突如乱入をしてきた蟹座・キャンサーのデスマスクと乙女座・ヴァルゴのシャカ。
一同は聖闘士候補生であるクライオスの必殺技の名前を考えるため、また技の質を考えるに頭を捻る。
しかし、苦心の末に知恵を出すも上手くそれらが咬み合うことは無かった。
結局、技の名前は決まることは無かったが、尊い犠牲(デスマスク)により二つほどの進展を得るのだった。
それはクライオスの技に新しい形を与え、また普段の修業に少しばかりの幅を与えた。
少しだけ、アニメの冒頭部分を意識した感じのクライオスです。
さて、最初に先ずはご報告。
実は少し前に、あのアクエリアスのカミュがシベリアに意気揚々と旅立っていった。
理由は知らない。
知らないが、もしこれが水晶聖闘士に関係が有るとしたら俺は少しばかり気が萎える。
いや、嫌いじゃないけどさ水晶聖闘士。
ただそうすると自分も星座を冠する聖衣は貰えないのでは? と思ってしまって……どうもね。
まぁ、願わくば……カミュがシベリアに行ったのは唯の勅命――――任務で有りますように。
でもまぁ、既にタイムスケジュール的には無理っぽいけどな。水晶聖闘士の誕生は……。
今現在俺が9歳。
聖域に来てから既に2年と数カ月が経過し、俺は未だに候補生。
勿論、他の同期連中も候補生。
ここに来たばかりの時は時期的に『星矢! カシオス虐待!?』といった感じの試合が起きる約10年前。で、今が約8年前。
そこから逆算すると、残りわずか2年弱で水晶聖闘士が誕生しなければいけないコトになる。
如何にカミュと言えど、2年弱で聖闘士を作るのは無理だろう。
少なくともオレの回りの状況を見るに。
ま、実際は何がどうなるかなんて解らないので、後でミロ辺りにでカミュの事を聞いてみようと思う。
ん? ギガース参謀長? 居ませんよそんなの。
ついでに言うと、アーレスさんも居ません。なので、現在の教皇は先ず間違いなく双子座・ジェミニのサガだと思うのだが……。
しかし、周りに居る黄金聖闘士達の髪の毛の色がどうにも怪しい。
少なくとも、俺が顔を合わせた黄金聖闘士の面々は皆が皆アニメ仕様の髪色をしている。
カミュ→碧、
ミロ→青、
デスマスク→青、
アフロディーテ→空色、
アルデバラン→紫
と言うように、まぁ何と言うか『聖衣装着時の配色バランス』を考えたような髪の色をしている訳だ。
なんだかなぁ……と思わなくも無いのだが、俺自身も髪の色はオレンジ(和色:萱草色)の髪の毛をしてるので強くは言えない。
まぁ、既にこの世界の住人である俺にはどっちでも良い事だけどさ。
強いて言うなら、俺はアニメ版のオリジナル設定を詳しくは知らないから少し困るって事と、
あとはこのまま修業をしていても、星座の聖衣を貰えないのでは? との恐怖があるくらいか?
その時になったらその時だ、深く考えるのはよそう。
さて、最近の自分の話に戻ろうか。
先ずは広がった修業の幅について簡単に説明するが、
要は積尸気冥界波を浴びて『黄泉比良坂』を行ったり来たりをするといった修業をやらされただけだ。
とは言え、単純に『送られて~帰されて~』では面白くないという事で(デスマスク談)、
あの世の入り口でデスマスクによる『教育』を受けることになってしまった。
まぁ全部を全部説明すると『面倒』なのでコレまた省略するが、要は原作における紫龍のような目に合わされたと思っていただければ……。
「さぁクライオス! あの時と同じように、小宇宙を最大にまで高めてみせろ!!」
な~んて言いながら、蹴るは殴るはしてくる始末。
聖衣着用はズルイと思う。
しかも時には、
「お前に黄泉の国への入り口を、拝ませてやる……」
等と言いながら、死者の国へと通じる大穴へ俺の事を放り出そうとするし……。
この人も他の黄金聖闘士と同じく壊れた人だったよ。
もっとも、『前回のアレはシャカの幻術です』なんて正直に言えるはずも無く(言った後のシャカやデスマスクの反応が怖い)、
デスマスクの教育をただ享受する事になっている俺だった。
まぁとは言え、シャカやアイオリアの苛めに比べれば死ぬほど辛いと言うわけでもない。
……いや、積尸気冥界波で死んでるけどさ。
それは置いておくとして他の二人と比較すると、
アイオリアは問答無用で死ぬような勢いで殴り飛ばしてくるし、シャカも問答無用で五感剥奪や魑魅魍魎をけしかける位の事はやってくる。
そんな二人に比べれば、デスマスクのやってる事は非常に優しい部類入る。
蹴る、殴るもちゃんと手加減してるし、流石に本当に大穴に落とそうとはしないからな。
前に落ちそうに成ったときは普通に助けてくれた。
とは言え、修業をする環境が良いのか小宇宙も上がる上がる。
――――で、そんな事を数回繰り返したある日のこと。
「クライオス、お前の技の事だけどよ――――結局アレにしたんだろ?」
何故か処女宮の台所で鍋をかき混ぜている『デスマスク』が、俺にそう声を掛けてきた。
――――? 何でデスマスクがやってるのかって?
……どうしてだろう? 何故か昼ごろに現れて、俺が昼ご飯を作るところだと伝えたらそのまま手伝いを始めたのだ。
もしかして料理好きなのだろうか?
因みに今日は『肉なし野菜カレー』です。 シャカはインドなので。
「アレって……手刀で突くヤツのこと?」
「……馬鹿かお前は。それ以外にねーだろ」
デスマスクの『アレ』との言葉に返事を返すと、軽口でそう言われてしまった。
……一応は『それ以外』も有るのだが、取り敢えずは置いておこう。
「あー……それがどうかしたの?」
「いや、どうも最近な……最初にお前の拳を見たときと比べて遅いような気がしてんだよな」
「うっ…………」
痛いところを付いてくる。
しかし理由を言えないこの状況。
「あの時は光速拳と思うほどの速度が有ったってのに、今ではマッハの拳でしかなねぇからな。少し気になってな」
――――シャカの奴め、有る程度の予想はしてたけどそんな幻覚を見せたのか?
何ていう迷惑。
「それは――――妙に気を揉ませちゃってゴメン」
「馬鹿野郎。『少し』って言ってんだろうが」
と言いながら鍋を混ぜ続けるデスマスク。
正直、デスマスクが此処まで普通の人(少なくとも日常は)だとは思っていなかった俺としては、この人のこんな反応には困ってしまう。
本当の事を言ってやろうか? なんて一瞬頭を過ぎりはしたが、まぁ結局は止めておいた。
やっぱり自分が大切だからな。仮に本当の事を言ったとして、その結果目の前で千日戦争とか起こされたら堪ったもんじゃない。
巻き込まれる可能性大!!
という事で、
余り深く物事を捉えないように、当たり障りの無い返事でお茶を濁して行こうと思う。
「まぁ……調子の問題だと思うけど」
「確かに小宇宙はそん時のテンションで上り下りするけどな……」
「まーね」
「とは言え、そうならねーようにある程度一定のテンションを維持出来るようにする事も必要だぜ」
「なるほどー」
「でだな、クライオス。その励みに成るんじゃねーか? って方法があるんだがな」
「へー」
「『殴打』から『突き』に変化させたお前なら、かなり有意義に感じると思うぜ?」
「それはそれは」
「ツー訳で、飯を食い終わったら早速その方法をやりに行くぜ?」
「良いんじゃないかな…………………はぁ!?」
こういうのも後の祭りと言うのだろうか?
第8話 クライオスの進歩と他所の考え
「うぅ……」
俺は現在、下から数えて10番目の宮『磨羯宮』に居る。
目の前には蟹座のデスマスクと、そしてのこの宮を守護する山羊座の聖闘士、カプリコーンのシュラが対峙していた。
俺は此処で、目の前のシュラから鋭い視線をぶつけられて言葉を詰まらせているのだった。
注:シュラに睨む積りは更々無いが、元々の目つきの鋭さの為にそう感じささてしまう。
しかも何やら、余り友好的な雰囲気ではない様子。
二人はじっと無言のまま暫く視線の遣り取りをすると、シュラがクイクイっと指先を使ってデスマスクを呼び寄せると俺から少し離れた場所へと行ってしまう。内緒話か? まぁ、呼ばれてもいないのにノコノコ顔を出す訳にもいかないからな。
暫くは此処で待っているとしよう。
「どう言うつもりだデスマスク?」
二人は――――と言うよりシュラはだが、クライオスから十分な距離を取ったところでデスマスクにそう口にした。
シュラからしてみれば、『一体何を考えている!!』と大声で怒鳴り散らしたい所だろう。
恐らく、この場所に居るのが自分とデスマスクの二人だけならそうした筈だ。
だが今は幸か不幸か別の人物、クライオスが居る。
アテナの名のもと、地上の正義と平和を守る聖闘士。
しかもその最高峰に位置する黄金聖闘士である自分が、易々と大声を上げる等という醜態を晒すわけには行かない。
そんな事も有って、こうして押し殺すようにして声量を抑えた喋り方をしているのだが。
どうやらデスマスクにはそんな事はどうでも良い事らしく、飄々とした表情をシュラの方へと向けている。
で、一言――――
「――――何のことだ?」
とデスマスクは返したきた。
とは言え、コレでも大声を出したりしないのがシュラの凄いところなのだろう。
眉間により深い皺を刻むことになりはしたモノの、デスマスクのやろうとしている事に歯止めをかけようと試みる。
「巫山戯るなデスマスク。俺は『やらん』と言ったはずだぞ? やるのなら勝手にやれ、俺を巻き込むな」
「まぁそう言うなシュラよ。第一だな、お前は『嫌だ』とは言ったかも知れねーが『やらない』とは一言も言っていない」
「……それは屁理屈だろう」
「まぁまぁ――――クライオス!」
「オイ!?」
シュラの訴えなぞ聞く耳持たんとでも言うように、デスマスクは手をパタパタと動かしながら後方に居るクライオスを呼んでしまうのだった。
それに対して「うっ……」と、妙な反応を示したクライオスだが、それで何をするでも無く、トコトコとデスマスクの元に行くのだった。
あー……なんか呼ばれてるな。
二人で奥に引っ込んだと思えば、今度は急に呼び出しか……。
忙しいな全く。
決して口には出さないが、俺はそんな事を思いながらトコトコと二人の居る所へと移動した。
「来ましたよー」
「おう、話はついたぞ。今日はコイツに手刀の『鋭さを磨く』稽古をつけてもらえ」
やたらとニコニコしながら言うデスマスクと、ムスッとした顔のシュラが目に映る。
俺は、未だ睨みを利かせてくる(シュラ的には睨んでいる積りは無い)シュラの顔を伺うようにしながら様子を伺う。
「――――クライオス」
「はひ!?」
「……お前自身は、俺に学びたいと思うのか?」
キッと視線を強めて言ってきたその言葉に、俺は間抜けな声で返してしまった。
――――しかし、『学びたいのか?』ね……。
正直な所、俺がシュラの教えを受けたとしても『聖剣(エクスカリバー)が使えるか?』と聞かれれば、答えはきっとNOだと思う。
腕を振ったらスパ、スパ、スパ、スパ――――まぁ、ヤッてみたくはあるけどね。
まぁ実際、例の突き技を使う時は聖衣に守られているナックル部分を使う訳ではないので、
下手をすると当たったら相手の聖衣に負ける事も考えられるし……。
常識的に考えて、相手の装備品の強度に負けて負傷する――――とかも十分にあり得るからな。
技を使った所為で突き指とかなったら笑えないし、教えてくれるなら教えてもらいたいけど……。
――――ちょっと想像してみるか?
想像中――――仮想敵:蜥蜴座・ミスティ
『ミスティ、お前の自慢の防御など……俺の拳の前には無意味だと言うことを教えてやる』
『下らん! 貴様の拳など、このミスティの薄皮一枚傷つけることは出来ん!!』
『ならば見るがいい! 自分自身の敗北する様を――――くらえ!!』
『そんなモノ――――バ、馬鹿な!? クライオスの拳が、このミスティの防御を貫いて!!』
『あの世で後悔するんだな、ミスティ!!』
『な、何故だーーーー!!!』
ミスティの惨殺シーンで想像終了。
…………良いかも知れないな、コレ。
ミスティには悪いが、俺はニヤける顔を抑えること無くシュラに顔を向けると、
「是非!!」
と、力一杯に返事を返した。
まぁ、シュラの方は
「――――……まぁ、本人にやる気が有るのなら、俺は一向に構わんがな」
何やら嬉しそうな、それでいて困ったような、何とも微妙な表情でそう言ってくるのだった。
磨羯宮入口前の広場。
俺とシュラはそこで向かい合うようにして立っていた。
一応は言って置くが、シュラは聖衣を着ては居ない。……まぁ、聖衣装着で殴られるとか洒落に成らないからな。
デスマスクの阿呆が。
「……さて、先ずは久しぶりだなクライオス。俺の事を覚えているか?」
「聖域に……それも十二宮に居て、黄金聖闘士の事を忘れるような奴は居ないと思う。――――まぁ、お久しぶり。カプリコーンのシュラ
俺としては、逆に『良く俺のことを覚えていたね?』って言いたいくらいだよ」
「顔、名前を覚えるなんてのは、人として最低限の礼儀だ。ところで――――」
シュラはそこで言葉を区切ると、視線を俺から横の方へと逸らして行く。
俺もそれに成らって視線を逸らし、その先――――磨羯宮の石段に腰をかけている人物を見つめた。
「あー、俺は此処で見学させて貰うから」
と、その人物、デスマスクは軽いノリでそう返すのだった。
「――――……まぁ良い。
ではクライオス、最初にお前の手刀の切れ味を見てみたい。一度なにかを――――そうだな、そこの岩肌にでも斬りつけてみろ」
「……解った」
シュラに促されるままに俺は岩肌の前へと移動し、ダラリと力を抜いていた腕を上げて構えをとる。
そして心を、小宇宙を燃焼させていく。
「おおおぉぉぉおおおおおお! 切り裂け!!」
咆哮一閃、俺は力の限り手刀を振り下ろすのだった。
まぁ……
「切れてないね……これ」
「あぁ、コレでは『砕いた』だな」
俺が手刀を振り下ろした軌跡にそって、粉々に崩れ去った岩肌。
まぁ、破壊力に関しては問題ないか。
あ、手刀が最初に当たったところは切れてる。
「……クライオス、お前の小宇宙は大したものだ。
その高まり、とても候補生とは思えないような強大さを秘めている。だが――――」
「才能が無い?」
「いや、才能は有るだろう。
無才の者では、その年で小宇宙に目覚めるなど不可能だ」
「はぁ……」
それはつまり、黄金聖闘士の方々は『俺は天才だ――――!!』的な……まぁシュラにそんな積りなんて無いのだろうけど。
「お前に足りないのは研ぎ澄ますことだ」
「研ぎ澄ます?」
「そうだ、小宇宙の高まりもそれを解き放つのも申し分ない。だが高めて解き放つ際の密度が足りない」
「??」
「例えば、さっきのお前の同程度の小宇宙で俺が手刀を放つとしよう」
シュラはそう言うと、クルリと俺に背を向けて岩肌の方へと向く。
そして『アッサリと先程の俺と同等の小宇宙』を高めると腕を一閃――――
そこには一筋の切り口が広がるのだった。
「あ、ちゃんと切れてる」
「そうだ。
つまりある程度の段階まで行けば、必要なのは小宇宙の大小だけではなく……その使い方に由来するという事だ」
「使い方か……」
「お前はシャカの弟子だからな、『高めて放つ』というのは得意そうだが。
逆に『高めて使う』はまだまだの様だな」
そう言うと、シュラは俺の頭の上に手を置いて撫で付けるようにその手を動かした。
……長く伸ばしてる髪の毛が絡むので勘弁して欲しい。
「ところでだ。
クライオス、お前は高めた小宇宙を四肢へ――――要は手や足に集中させる事は出来るか?」
「え? そりゃまぁ、それくらいなら」
と言うか、それが出来無いと『対象の破壊』何てのは出来無いからな。
かく言う先程の岩肌破壊も、一応は腕に集中させて振り下ろしのだ。
「ならば今回の、修業はそれを鍛えるところから始めよう。良いか……右手に小宇宙を集中させ、徐々にその範囲を狭めるのだ。
最初は肩から指先迄を包むように、その後は範囲を狭めていき……腕から先、手首から先、指先へと操作していく」
と、シュラは俺の目の前で実技指導をして行く。
俺はその光景に数回頷くと、「よし」と声にだして真似をする事にした。
しかし、結構辛い。
何かを攻撃する際に『小宇宙を叩きつける』又は『小宇宙で包んで叩く』等の事は理解していたので、ある程度は解る。
だが、それが一点集中となると途端に難しくなる。
「コレは……かなり難しいな」
「最初の内はそうだろう……。だが一度コツを掴んでしまえば、後は意識すること無く扱えるようになる」
「要は自転車みたいなものか」
「シャカの扱う技も、基本は『高めた小宇宙を一箇所に集め、それを解き放つ』という物だ。
高めて放つだけなら聖闘士であれば誰でも出来る。それをどう運用するかで個人差が生まれるのだ」
成程。
例えば、アイオリアは小宇宙を高めて雷を、デスマスクは燐気、シャカは圧縮と解放というように。
黄金聖闘士達は、其々が小宇宙を『用いて』あらゆる効果を顕現させる。
そしてシュラは小宇宙を集中させる、といった事に特化させているのだろう。
だからこその手刀、だからこその聖剣なのだ。
「でもさシュラ――――」
「なんだ?」
ふとある事が頭を過ぎり、俺はシュラの方へと視線を向けた。
「この修業ってもの凄く地味だよね?」
「…………」
俺のその言葉に、シュラは一瞬固まってしまう。
しかしだ、現在俺がやっている事は今までにやって来た修業と比べると非常に地味なのだ。
何せ端から見てる分には、何もせずに立ってるようにしか見えないからだ。
まぁ小宇宙を感じる聖闘士だったら、『何かをやってるな』程度には理解出来るのだろうけど。
少なくとも普通の人達からは、
『ずっと立ち尽くして居る』
様にしか見えないことだろう。
もっとこう――――もしかしたら死ぬんじゃないか? と言うような修業をしないで良いのだろうか?
と俺は思ったのだが、シュラの言葉は非常に常識的な内容だった。
「修業とは得てして、こういった小さなことの積み重ねだ」
……だってさ。
それに俺は、眼を丸くして驚いてしまった。
「…………」
「? 何だ?」
「いや、何だか凄いまともな人に出会ったような気がして……」
シュラの言葉や態度に、俺はある種の感動を覚えてそう口に出して行った。
今までが『見るんじゃない! 感じるんだ!!』と言うような内容の修業ばかりだった為、
こうして分かりやすく説明付きで教えてくれる事に感動してしまったのだ。
俺はシュラへこの感動を解って貰おうと、今までの修業の内容を簡単に説明する事にした。
「今まで俺に『何かを教えてくれる』って人は、必ずと言って良いほど死ぬようなことを――――」
「死ぬ?」
「とは言ってもこうして生きてるんだから、ちゃんと手加減されてるんだろうけど……。
まぁ最近は少し落ち着いてきてるのも事実だけどさ。でも積尸気冥界波を何度かくらいはしたか……」
「デスマスク……お前」
「ちょっ、ちょっと待てよ! 俺は殺そうとなんてしてねー!!
ちゃんと手加減してたし、そりゃ黄泉比良坂に送ったりもしたが、それは元々シャ――――」
「だまれ! 言い訳などと見苦しいぞ。
――――お前は普段は変でも、それ相応に分別の有る奴だと思っていたのに……」
急にユラリととシュラが動いたかと思うと、シュラはデスマスクに向かって足を進めてしまう。
まだ話が終わっていなかったのだが……。
これからカミュの『暴走』っぷりや、アイオリアの『脳筋』っぷり、それにシャカの『ドS』っぷりの説明をしようと思ってたのに。
「だから違うって言ってんだろうが!!」
「問答無用!!」
そう一声発すると、二人はやたらと早い速度で追いかけっこを開始するのだった。
目で追いかけるのも大変な速度だよ……全く。
10分後、追いかけっこは未だ続いている。
範囲は律儀にも、磨羯宮前の広場に限定して居るらしくさっきからピョンピョン目の前を通過している。
「黄金聖闘士って何だか元気だよな……。若いからか?」
俺はその光景を見ながら『身体を右へ逸らして』そんな感想を述べた。
「ただ……ッ! コッチまで被害に合うようなのはッ! 勘弁して――――貰いたい!!」
念のため言って置くと、別に俺の発声に問題が出ている訳ではない。
単に、シュラが放っている聖剣のとばっちりを避けているというだけの事だ。
良く避けられるなって?
多分、シュラが手加減でもしながら出してるんじゃないか?
幾ら何でも俺がこの場所に居る事を忘れるほどに、デスマスクとの追いかけっこに没頭するとは思えない。
……多分。
シュラが腕を振る度に、スパ、スパ、スパ、スパと周りのものが切れていく。
「あぁいった柱とか宮の破損って、聖域の予算から修復費用が出るんだろうな……っと!?」
また一つ飛んできた聖剣を、ヒョイっと上手く避けていく。
真面目すぎる性格も問題なのかな?
俺はシュラを見つめながら思うのだった。
その頃の処女宮
「む……この小宇宙は? デスマスク?
デスマスクの小宇宙が一瞬大きくなって……――――まぁ、この世の流れから見れば些細なことか」
「突然どうしたシャカ?」
遠く離れた磨羯宮での異変(?)を感じたシャカ、そしてそのシャカの反応にアイオリアは言葉を挟んできた。
「アイオリア、君は何も感じなかったのかね? デスマスクの小宇宙が――――」
「それなら勿論感じたが……恐らくまた何か妙な事でもしているのだろう。連れていかれたクライオスが心配だが、
一緒にシュラの小宇宙も感じている。……放っておけばいい」
ムスッとした表情でそう言い放つアイオリアに、シャカはほんの少しだけ眉をピクリと動かした。
とは言え、その理由が解らないシャカではない。
アイオリアが『シュラ』を苦手としている理由……。
それは『実の兄、アイオロスの討伐を直接行った聖闘士だから……』と言うことだろう。
「ふむ……君は未だに彼が苦手なようだな? そもそも数年前のあの事は――――」
「シャカ……! その事には触れてくれるな」
「……」
「俺のことなどどうでも良い、そんな事よりもクライオスだ。
何故、アイツをデスマスクに任せたりしたのだ!!」
諭そうとするシャカの言葉を遮って、アイオリアは声を荒げた。
そして、元々此処に来た目的である『文句』をシャカへとぶつけたのだった。
実のところ、今現在の事を言うとアイオリアはそれ程デスマスクの事を嫌っている訳ではない。
現在こうして怒っているのは……まぁ、嫉妬みたいなモノである。
元々の師匠であるシャカは兎も角、次いで教え始めたのはアイオリアだ。
そのためアイオリアにはちょっとした『師弟関係』とでも言うような、クライオスに対する感情があるのだった。
それが前回、突如現れたデスマスクによって若干変化してしまった。
確かに以前もカミュの所に修業に行ったり(本人はその積りは無かった)と、自分やシャカ以外に教えを乞う事は有ったが、
それは結局その場限りで終わっている。
だと言うのに――――だ。
前回技名を決めようという段階で突然やって来たデスマスクは、
事も有ろうにクライオスの拳に難癖をつけてソレに変更を加えてしまった。
そして現在では修業まで手伝っているという現状。その事が気に入らないのだ。
……まぁ『仲の良い友達が他所に行ってしまった~』みたいな感覚なのだろう。
そんなアイオリアの言葉にシャカは溜息を一つ付き、心底面倒だと言わんばかりの態度を顕にした。
そして、
「――――任せてなどはいない。ただほんの少し、後押しを手伝わせたに過ぎん」
「後押しだと?」
との事。
向かい合うようにして立っていたシャカとアイオリアだが、シャカはゆっくりとした動きで処女宮の外に向かって歩き出した。
それに倣って、アイオリアもシャカの後を追うように着いて行く。
「正直なところ……最初からその積りがこのシャカにも有った訳ではないが、今では少し興味があるのだよ」
「何のことだ?」
処女宮の入口付近に到着したところで、シャカは口を開いてそう言ってきた。
しかし、そんな言われ方をしてもアイオリアには何のことだか解るわけも無い。
「クライオスの事を君はどう思うね?」
「どう? ……それなりに飲み込みは早いが、正直まだまだだと言わざるをえんが?」
「私も『ある意味』ではそう思っているが、君は本気でそう思っているのかね?」
「何だその言い方は?……言いたい事が有るのならハッキリと言え」
シャカは視線を――――とは言え、眼を閉じたままだが――――十二宮の外へと向ける。
とは言え、そこには何が見える訳ではなく、有るのは遥か昔に建造された神殿やその跡が残るだけだ。
「何、単純なことだ。
他の聖闘士候補生の餓鬼達と比べてみれば一目瞭然。
知っているかね? 現在、この聖域近辺だけでも数百に及ぶ候補生が存在している。
だがその中で小宇宙に目覚めている者など、僅か数える程度の人数しか居ないのだと言うことを……。
そして、クライオスはその中でも群を抜いて高い小宇宙を持っていると言うことをな」
「クライオスが? まさか――――」
「冗談ではないぞ。 いい加減、自分や回りの黄金聖闘士を基準に考えるのを止めたまえ」
「む……」
「そして、アレは未だにセブンセンシズに目覚める迄には至っていないが、着実にその場所へと向かって進んでいる」
『いずれ、私達の居る場所に届くことがあるやも知れん』
シャカはそう言って一呼吸間を置いた。
そして、かつて教皇が自分に対して言った言葉を思い出す。
「教皇が私にクライオスを預けると言われた時の言葉も、この事を見越しての事かもしれん」
「教皇が……何と?」
「『普通の人間には無い、何かを感じる』要は私にそれが何かを見極めさせる為に、教皇はクライオスを私に任せたのだ」
とは言え、その時の教皇――――サガの事だが。
サガの目論見はそこには無かった。
誰も知らないはずの、双子の弟カノンの存在。単にそれを仄めかすような事をクライオスが言ったというだけの事。
本来ならば放っておくか、一笑に付しても良いようなクライオスの当時の発言だが、
『完璧』を求めるサガには捨て置くことなど出来無い内容だったのだ。
だからこそ自分の眼が届く聖域に、死亡率の高い聖闘士候補生として置く事にしただけだったのだが。
「だが、それがクライオスの成長ぶりを見越しての発言だったというのなら、
もしや教皇は『クライオスを黄金聖闘士に……』と考えておるのやも知れんな」
「だが、今現在黄金聖闘士は……」
「姿を消してしまった双子座と、君の兄がその任に就いていた射手座に其々空きがある」
「シャカ!!」
「例えばの話だ。
私とて、実際にそうなるとは露程も思ってはいない。
そもそも、射手座の黄金聖衣は数年前に持ち去られたまま行方が知れないからな」
今にも掴みかからんばかりの勢いで激昂するアイオリア。
だが、シャカは気にした様子も無く言葉を続けて行く。
そんなシャカの様子にアイオリアは苛立を隠すことも無く表情を歪めると、ソレをぶつける様に腕を振るった。
「――――ならば、お前の言っている興味とは一体何のことなのだ?」
ふと、アイオリアはそんな事を思った。
シャカは確かに興味が有ると言った。小宇宙、セブンセンシズ、黄金聖闘士。
だが、シャカは『クライオスが黄金聖闘士に成れるとは思っていない』と言っている。
アイオリアは最初、話の流れからクライオスを黄金聖闘士に準ずる力をもった聖闘士にでもしようと考えているのか?
とも思ったのだが……。
どうにもシャカの口ぶりから、そうでは無さそうと感じ取ったらしい。
そんなアイオリアの質問に、シャカは『フッ』と小さく鼻を鳴らしてから答えた。
「……我々黄金聖闘士が聖域を守護するようになり、数年前に女神・アテナが誕生した。
そして、現在は才能のある者達が数多く集まり……もう暫くすれば白銀、青銅の聖闘士も数が揃うだろう。
それはすなわち――――」
「聖戦が……近い?」
「その時、クライオスが何をやれるか……また何を出来るか? それが私の興味の対象だ」
空を仰ぎ見ながら言うシャカの顔は、『酷く』晴れやかな笑顔だった。