48話
許さん……っ。
決して許すものか、このような仕打ちをっ!
ギリギリと奥歯を噛み締めながら、俺は窮屈な制服に身を包んで慣れない仕事に胃を痛めていた。
馬鹿げたことだ。
とんでもないことである。
俺を何だと思っているのだ?
黄金聖闘士だ。
世界に冠たる聖域のトップに位置する12人の1人だ。
それが、なぜ、こんな場所でお盆を片手に客に愛想をふりまく様な仕事をしなくてはならんのだ……ッ!?
「おい、テメェ、ミロ! 何をサボってやがるんだ。サッサと客の注文を取りに行けよ。オレ一人に仕事をさせるつもりかよっ!」
――――クッ!
俺が現在の自分の在り方に葛藤をしている最中だと言うのに、なぜ同じ黄金聖闘士で有るはずのデスマスクは普通に仕事をこなしているのだ?
「お前、今のこの状況に疑問を感じたりはしないのか?」
「は? 昼時のこの忙しいときに何を――」
「いいから良く考えろデスマスクっ」
「あん?」
此方が小声で強く言うと、デスマスクは不可思議そうな表情を浮かべて首を傾げてきた。
首を傾げたいのはこっちの方だ!
なんなんだお前のその態度は!!
「……まぁ、確かにな。休日でもないのに昼時だからって店が混み過ぎな気もするよなぁ。だが客商売やってると、たまにそういった日も少しくらいは有るだろうから――――」
「そうじゃないだろっ! 大丈夫か頭は!?」
「何なんだ? 随分と失礼な言い方をしやがるな」
「俺達は聖闘士だぞ! その俺達が何でコンナ事をしてるんだ!」
両手を広げ全身をアピールするように俺はデスマスクに伝える。
どう考えても、この状況には疑問点しか浮かばないだろうが?
「何でってなぁ……クライオスから説明があったじゃねぇか。教皇からの勅命で、聖闘士は上から下まで全員が何らかの仕事に1ヶ月以上就労することってよ」
「いや、確かにそうなんだが……」
そうなのだ。事もあろうに奴は、クライオスはッ!
教皇の勅命だと言って俺達に民間人に紛れて仕事を熟せなどと言ってきたのだ。
なんという馬鹿げた話だ
何度も言うぞ。馬鹿げた話だ、コレは。
「まぁ、俺も最初は巫山戯んな――って思ったがな。だが、やってみれば案外悪くはねぇよ。面白ぇし」
「面白い? 聖闘士であるというのに、この状況が面白いというのかっ!」
「あぁ。俺の性質に有ってるのかもな♪」
元々反りの合う奴ではなかったが、この状況で朗らかに笑われると無性に腹が立つ。
コイツには聖闘士としての誇りはないのか?
「……あのなぁ。お前が何を悩んでるのかは知らねぇけど、クライオスが言ってたじゃねぇか。
『聖闘士が護るのは世界ですが、より正確に表現すれば人の住む平和な世界です』――――ってな。俺達は今、その人が住む平和な世界ってのを知るために仕事してるんだぜ? 聖闘士としての硬すぎる頭なんてのは、今は忘れちまえよ」
「それは…………」
確かに、クライオスが俺達に今回のことを告げる時に言っていた台詞だ。
あの時は『何を当たり前のことを』と思っていたが、こうしてデスマスクに説明をされると意味が理解できるのと同時にイラッとした感情が芽生えてしまう。
しかし、確かに黄金聖闘士達は其々が人に触れ合う仕事に回されている。
牡牛座のアルデバランは現在開発が進んでいる区画の工事現場に、
獅子座のアイオリアは郵便配達のバイト、
水瓶座のカミュと魚座のアフロディーテはとある特殊な飲み屋で女性の接客業を行い、
乙女座のシャカは幼年学校の臨時講師を行っている。
…………若干、シャカの仕事先の選択を誤っているのではないかとも思うのだが、深くは追求すまい。
だが、やはり『何故こんな事を』といった思いが消えるわけではないぞ。
「全部を納得ずくで仕事をしろなんて言わねぇけどよ、オマエもチョットは向こうで冷や汗を流してるシュラを見習えよな」
と、デスマスクは視線を横へとずらす。
その先には引きつった笑顔を浮かべながら、
「ご、御注文はお決まりでしょうか」
接客をしている山羊座のシュラが居た。
シャカだけではなく、シュラの仕事先も選択ミスではないか?
「良いか、兎に角――――いらっしゃいませぇ! ……お前の葛藤に付き合ってる暇はねぇ。こうしてる間にも客は来てる訳だからな。ただ、お前が『こんな事、やってられるか』とか言って逃げ出しても俺は止めぇぞ。蠍座のミロはこの程度のことで逃げ出すやつだったんだと思うだけだからな」
「なっ!? 逃げるだと!」
「この仕事は教皇の勅命だ。文句を言ってやらないってのは、逃げるってことだろうが」
逃げる? この俺が?
だが、クソ。
デスマスクの奴め。コイツはなんて嫌な物言いをするんだ!
逃げるなどと、そんなことが有って良い訳がない。
「誰が逃げたりなどするものか! ――――良いだろう。ならばこのミロの接客ぶりを良く見ておけッ! この蠍座のミロの働きをな!」
「そんな暇はねぇよ」
「良いから見ておけっ!」
神話の時代の怪物を相対することと比べれば、接客業など取るに足らぬわっ!
見ているが良い。俺の完璧なまでの接客をな。
先ずは店に入ってきた客の対応からだ…………いらっしゃいませぇっ!!
※
「ディバイン・ストライクッ!」
一瞬の煌きが放たれると、幾千の槍が放たれて眼前の障害を粉砕しながら敵を撃ちぬいていく。
相手は悲鳴を上げる間もなく吹き飛んでいくと、地面を何度か跳ねるようにしながら転がっていった。
――――あぁ、面倒くさい。
転がっていく相手にユックリと近づきながら、俺は次の手を打つために小宇宙をユックリと高めていく。
痛む身体に鞭打って相手は何とか逃げ出そうと藻掻くのだが……しかしそれで逃走を許す程、残念ながら俺は甘くはない。
「
「ァガァッ!?」
這いずるように逃げていた敵の頭部に向かって、小宇宙と共に拳を叩き込む。
魔拳と呼ばれる『
もっとも幻朧魔皇拳ともなると、どうすれば良いのか見当も付かないのだが……。
「あ、あ、あぁーッ!?」
幻朧拳を受けた敵は地面をのたうつようにしながら身悶えている。
今回は単純に幻覚を見せるために放ったのではなく、幻覚を見せることで相手の精神と記憶を破壊することが目的だ。
上手い具合に記憶の破壊が進んでいるのだろう
何故なら今回の相手は不貞聖闘士。
単純に打ちのめすだけでは、任務の終了とはならないからだ。
デスクイーン島に巣食っている
「ぁ……………」
おっと、どうやら記憶の破壊が終了したらしい。
身悶えていた敵はその動きを止めると、『何が何だか分からない』といった表情を浮かべて此方を見ている。
言ってしまえば、『何だコイツは?』って顔だ。
あー、終わった終わった。
後は下っ端連中に任せるかね。
※
俺が白銀聖闘士の統括に就任してから、1年程の月日が流れている。
裏側で色々と悪巧みをしていた俺であるが、それらの仕事は順調に進み成果と呼べるものが幾つも上がっている。
聖闘士達の社会勉強としての職業体験では殺伐としていた聖闘士同士の関係に一種の仲間意識を埋め込むことに成功した。
白銀聖闘士同士でも、出身地という下らない理由で揉めていたのが嘘のように、今では御互いの尊重が出来ていて――――
――すまん。ソレは嘘だ。
精々が相手を見下すことが減ったと言うくらいで、残念なことに和気あいあいには程遠い。
まぁ、それでも仕事のしやすさは増したといえるだろう。
コレなら将来的に、聖戦が終わった後になら誰かがオレの後釜になってくれそうだ。
また聖域外周には着々と街が出来始めたのは嬉しい限りだ。
たかだか計画から2年程度だが、それでも既に1万人近い人が住み始めているのではないだろうか?
また、聖闘士の連中をバイトに出す計画は今現在も順次実行中である。
最初は近場の白銀聖闘士――ギリシア組のカペラ、シリウス、アルゲティの3人。
グラード財団の下請けで入ってきた工事現場に放り込み、タンクトップにニッカボッカを身に纏わせて建材運びをしてもらったのだ。
まぁ、元々が体力バカの聖闘士。
その労働力は大したもので、現場のおっちゃん達には大好評だったようだ。
特に巨漢のアルゲティ。
その体重のために高所に登るのは無理があるが、重い建材をヒョイヒョイと重機の如く持ち上げるのでおっちゃん達の黄色い声援を独り占めしていたようだ。
コレはある種、適材適所に放り込んだからだとも言えるのだが、ソレで上手くいくかどうかは人によりけりでは無いかとも思う。
例えば、適材適所ということで蜥蜴星座のミスティをモデル業界に放り込んだとしよう。
…………絶対にアイツは増長するよ。
そんな訳で、アイツに任せたのはゴミ収集車の清掃員だ。
あぁいった職業の人が居なければ街中の美観を保つことが出来ないので、非常に大切な仕事であるが、ミスティは自分大好きなナルシストだからな。
汚れの付くような仕事を好んでやったりは出来ないだろう。
一応言っておくが、嫌がらせではない。
そう、嫌がらせじゃないんだよ。
魔鈴やシャイナにも出来れば出来ればバイトをして欲しいんだがな……。
彼奴等は弟子持ちだから調整が難しい。
1ヶ月のバイト生活をさせるにしても、その間に代わりの師匠役を用意しなくてはいけないからだ。
もう少し、修行が一段落するまでは置いておくか。
――――って、ハイハイ。
新しい書類が回ってきたねぇ。
「――って、また不貞聖闘士の報告か! 今月に入って何件目だと思ってるんだよ……!」
目に入った書類に対して疲れたように溜め息を漏らし、ほんの少しだけ疲れを露わにしてしまう。
『不貞聖闘士の討伐』といった任務。
それがまだ月の半ばだと言うのに結構な数で回ってくる。
例えば俺自身もこの手の任務に出かけることが多いのだが、今月だけで5件程。
コレは白銀聖闘士全体での話ではなく、俺個人の任務数が5件目なのだ。
全体で見れば軽く数倍の数になる。
「幾らなんでも数が多すぎるぞ……」
「けど、放っておく訳にもいかないでしょう?」
「まぁ、そうなんだけどね」
再び溜め息を吐く俺を他所に、メガネを掛けたオルフェは黙々と書類にペンを走らせている。
いやぁ、仕事のために事務職へのバイトに放り込んだのは成功だったのか失敗だったのか……。
いや、効率は上がったんだがね。
しかし、その分だけ遊びが減ったという気がする。
ちなみにだが、俺の仕事が増える中で、不思議と同様に『増え続けるモノ』と『減り続けるモノ』が其々にある。
なんだか解るか?
まぁ、解る奴には簡単に解る。
減り続けるモノは『睡眠時間』、そして増え続けるモノは何故か未だに続く『修行の時間♪』である。
前に教皇の許しを得てカノン島へと向かった際に、セブンセンシズに片足を突っ込んだ俺だが、其のせいで黄金聖闘士の御歴々が更にテンションを上げてしまった様なのだ。
結果、彼らは更に過酷な修行を俺に課し、俺はソレによって日々精神と肉体の摩耗を余儀なくされる、と。
誰だ?聖闘士になれば楽になるとか言ってた奴は?
俺が楽をするには、仕事の量が減るか、他の人間に任せられるようにならないと駄目かもしれん。
でなければ引退か?
いや、まぁ、引退はない話なんだけどな。
もっとも、今現在は殆どの黄金聖闘士は出払っている。
バイトの管理者にしてくれた教皇には足を向けて眠れないね。
「不貞聖闘士が皆、青銅聖闘士崩れだったら、私達も楽なのですがね」
と、オルフェが呟くように口にする。
はは、全くその通り……。そうすればもう少し他の白銀聖闘士にも仕事を回せるんだが――――うん?
「いや、確かにそうだよな。幾らなんでも少し変だ」
「クライオス?」
通常、聖闘士崩れっていうのは聖衣に選ばれなかった者たちのことだ。
コレは性格的に問題があったり、実力が伴わなかった連中も含まれるが、大抵は実力が足りない場合が殆どである。
そして其の実力なんてのは精々が暗黒聖闘士――要は、青銅聖闘士と同程度かソレ以下の実力しか無い奴らが殆どのはずである。
にも関わらず、最近の報告に上がる奴らはヘタをすれば並の白銀聖闘士に近い力を有している場合もがある。
……だからこそ、俺が出張る回数が増えているわけだが。
「なんだか嫌な予感がするぞ、おい。黄金聖闘士の殆どをバイトに回してしまった。こんな状態で何かが起これば」
「ですが、常駐している方もいらっしゃるのでは?」
「居るには居るが――――ッ!?」
「クライオスッ! 今のは!?」
不意に、だ。
あまりにも突然に強大な小宇宙が聖域の中に現れた。
もやもやとした、だが酷く敵意を隠さない小宇宙だ。
コレは……聖域全体に向かっている?
いや、行き着く先は――――アテナ神像っ!?
「オルフェ、作業は中断。直ぐに聖域に居る白銀聖闘士に集合を掛けて警戒に当たれ。……俺は十二宮へ向かう」
「十二宮へ? では、この感覚は」
「何者かが聖域に喧嘩を売ってきたってことだ」
俺はそう告げると、身に付けていた外套を外して全力で駆け出していく。
こんな小宇宙の相手、並の聖闘士では太刀打ちも出来ないっ!
頼むから、死に急ぐようなことはしないでくれよ?
内心で祈るように考えながら、俺は血の気が多いであろう雑兵や同僚の聖闘士の無事を祈るのであった。