前回から約2ヶ月が経ちました。
奇妙な役職に就けられて四苦八苦中のクライオスです。
取り敢えず俺がすることは白銀聖闘士各員の所在を明らかにすること、そして上からの命令を精査して適当な人員を配置することの2つである。
本当なら俺のような子供にヤラせるべきではないと思うのだが、其処はそれ、此処は世界の常識が通じない聖域だからな。
俺がどれだけ強く訴えても意味のないことなのだ。
とは言え、白銀聖闘士の管理に関してはそれなりに上手く行っているとも言えるだろう。ダイダロスの奴は色々と話し合いをした結果、『俺達は神話の世界で生きている訳じゃない』と言ったことで納得をさせることに成功した。
まぁ、渋々なのだろうがな。
捨て台詞が
『理解はした。納得はしていない』
だったので、本当に仕方が無く――といった気持ちなのだろう。
ダイダロスは俺とは違って、重度の理想主義なのかもしれない。まぁ、だからこそ聖域に違和感を感じて、教皇の命令を受け付けなくなってしまうのだろうが。
出来れば内輪揉めで始末するなんて未来は回避したいものだ。
実際、和気藹々としている様にも見える黄金聖闘士たちだって、いざ教皇からの命令とも成れば容赦なく同僚を手に掛ける。
まぁだからこそ教皇の命令に逆らうという者達には、それだけの覚悟があるということに成るのだが……。
アイツに回す仕事は、基本的に世界の怪異討伐専門に割り振ったほうが良さそうだ。でなければ、不貞聖闘士の始末とかだな。
でなければ、その手の仕事は全部俺がやるとか、な。
さて、不貞聖闘士とはなにか?
言ってしまえば、
聖闘士になろうと言う候補生は世界各地に多数存在する。ギリシアだけでも千人を超えるほどに数が多い。だというのに、聖衣の数は僅かに88しか無いのだ。
当然彼等はふるいに掛けられ、そのふるいから残った者だけが聖闘士と成ることが出来る。通常は聖闘士に成れなかった者は雑兵として聖域で警備の任に就くか、若しくはその者の資質によっては教官として活躍することに成るのだ。
だが中には当然、『何故、俺が聖闘士に認められないのだ!』といった反発心を持つ者が居る。
この辺りは前回、白銀聖闘士の統括に関する話題でも取り上げたのだが、要は超人的な力を手に入れた彼等は、自分を特別な存在だと過信してしまうのである。
単純に肉体的な強さしか持っていない候補生崩れならば放っておいても問題はない。彼等は一般人に毛の生えた程度の力しか無いからだ。一般社会に入り込んで暴れたとしても、警察組織で十分に対応することが可能だろう。
だが、それが聖闘士くずれともなると話は違ってくる。
聖闘士に成るには単純に肉体的な力が有れば良いという訳ではない。力を示すのは勿論、教皇に認められた上で聖衣にも認められなければならないのだ。
先の2つは然程難しいことではない。
力を示す――つまり小宇宙に目覚めるというのは、死ぬ気で修行をすれば才能の有る奴なら大抵は可能だ。コレは確率的には数百人に一人程度の割合だろうか?
教皇に認められる――と言うのも、俺のような特殊な場合を除けば難しいことではない。
聖闘士の選定を行うのは教皇なのだが、コレは候補生達の経歴を基に聖闘士への挑戦が可能かどうかを仕分けし、そしてその為の試練を言い渡す。候補生はその試練を乗り越え、教皇への信任を得るのだ。
言ってしまえば
うん? 星矢が経験した10日に及ぶデスマッチはどうなのかって?
命が掛かっているとはいえ、候補生同士のデスマッチだぞ? それの何処に無茶な要素があるのか。
自信なければ、初めから試練など受けなければ良いのだ。
――と、話が逸れたな。
で、最後の一つだが、『聖衣に認められる』。
コレは本当に前の2つと比べると基準が曖昧すぎて難しい。
聖衣には意志があり、その意志によって装着者を選別するという。
俺の持つ風鳥座の聖衣は特にその意志とやらが顕著だが、黄金聖衣、青銅聖衣にも同様のことが言えるのだ。
つまり力を示し、教皇の課した試練を超えて尚、聖衣に認められなければその者は聖闘士とは呼べないのである。
そうなると、まぁ、当然のように除外された者達の中には不満も出るだろう。
巫山戯るな、とな。
まぁ、数年にも及ぶ修行を乗り越え、教皇の試練をパスしか結果、聖衣の意思により聖闘士には成れませんでした――では、納得も出来ないだろう。
もっとも、そういった超常的な部分を理解してこその聖闘士なのだが……。
とは言え、皆が皆簡単に納得できるようならば苦労はしない。
そういった『何故だ!』 といった鬱屈した思いが爆発してしまうと、連中は聖闘士に等しい力を持っているだけに始末に悪い。
青銅聖闘士並みの実力程度でも、一般社会には十分過ぎる程の脅威だからな。
俺達白銀聖闘士任務の中には、そういった不貞聖闘士の始末も当然含まれる。相手によっては黄金聖闘士が派遣されたり、青銅聖闘士が派遣されたりと言ったことも有るだろうが、基本的にはそれは白銀聖闘士の役目だ。
まぁ、黄金聖闘士が出張らなければならないような不貞聖闘士など先ず居ないし、逆に青銅聖闘士では手が回らずに被害が広がる危険性もあるからな。どうしても白銀聖闘士の方にお鉢が回ってくるのだ。
そういう意味では、原作で
あぁ、しかし思いの外に不貞聖闘士とやらは数が多いものだ。
この他にも暗黒聖闘士なんてのも居るのだから、この世の中は平和と呼ぶにはやることが多すぎる。
もっとも、こういった話はすべて聖域の問題だから、自分達の不始末を片付けているに過ぎないのだが……。
因みに統括への就任後、俺が最初に行ったのは確認作業である。
白銀聖闘士達の能力を把握し、それを知る必要があると思ったのだ
結果は、まぁ酷いモノであった。
よくもこれだけ能力に差が出たものだ。
白銀聖闘士達にランキングを付けるのなら、オルフェがAランク。続いてダイダロスがBで、その下にアルゴルやミスティがCランク、その下に居る大抵の者達はDランクで一部の者がEランクといったところだろう。
とは言え、それも理由を知っている者、実力が掛け離れている者には何ら意味のない条件なのだがな。
これからもコイツラを上手く捌いていくのかと思うと、正直気が重いよ。
「……大丈夫ですか、クライオス?」
と、思案に耽っていたら、心配そうな顔でオルフェに問いかけられた。
駄目だなぁ。
表情に何か出てしまっていたらしい。
「いや、ちょっと悩んでいてさ。白銀聖闘士の統括に成ったと言っても個人個人で能力にバラつきはあるし、候補生の育成に回されている者も居るからね。上手い具合に仕事を分けないと――って考えると、さ」
「確かに、同じ白銀聖闘士でも違いが大きかったですね」
苦笑を浮かべながら悩みの一つを言うと、どうやらオルフェも同じようなことを考えていたのか同意する台詞を言ってきた。
俺とオルフェは、現在聖域内に用意された部屋に居る。
今回の人事で教皇が用意してくれた事務のための部屋だ。もっとも、今現在は机と椅子以外の物は何もない。その内に報告書やら決済書やらと書類が増えれば、それ専用の棚なんかも増えていくかもしれない。
「まぁ、聖闘士候補生を指導するってのは今後を考えると必要なことだからな。そっちに人を取られてしまうのも或る程度は仕方が無いとは思うけど、コッチに話も通さずに決めるのは止めて貰いたいよ」
俺が統括に成ってそれほど経ちもしていないにも関わらず、既に白銀聖闘士から3人の引き抜き行為が行われているのだ。
もっとも、引き抜きと言っても上記の候補生の指導という形でだが。
……まぁ、その3人が誰なのか? ってのは謎かけにもならないか。
魔鈴、シャイナ、ダイダロスの3人のことだ。
そう、俺の預かり知らない所で、いつの間にやら原作開始のカウントダウンが始まっていたのである。一応は星矢、カシオス、瞬といった面々かどうかを確認するためにそれぞれの候補生を調べたのだが、どうやらプロフィール上は彼等で間違いはないようだ。
そうすると廬山の五老峰には紫龍が、シベリアのカミュの元には氷河が、デスクイーン島に一輝が既に聖闘士候補生として送り込まれているに違いない。
彼等は世界の希望足り得る存在だが、同時に俺にとっては一番の敵になるかもしれない存在だ。接触をするつもりはないが、何かと気に留めておく必要はあるだろう。
「教皇に話をして、急な候補生の割当は控えてくれるように成ったのだろう?」
「あぁ。候補生の有る無しで任務を与えないなんてことはないが、しかしフリーの人間と比べると時間の空きが少ないのも事実だからな。――俺の師匠だったシャカは、結構自由に動き回っていたけど」
「私は正直なところ、そういった事も含めて統括だと思っていましたよ」
「仕方が無いんだろうが、教皇も全ての候補生と指導者を把握しているわけじゃないんだろう。全てを把握するには数が多すぎる」
「聖域内の政治的な取り締まりもあるからか……。手が足りないのでしょうが、教皇になんて成るものでは無いのかもしれないね」
「全くだよ」
オルフェの言葉に思わず苦笑を浮かべてしまった。
サガがどういったつもりで教皇に成りたいと考えたのか? 出世欲のためか名声のためか、それとも単純に地上の平和のために自分しか居ないと思ったのか?
正確な所は解らないが、しかし此処までやることが多いというのは計算違いだったのではないだろう?
「――でも、オルフェが俺の仕事を手伝ってくれて助かるよ。他の連中はこういった事務仕事を嫌がるだろうからさ」
「私だって得意というわけではないのですよ? 時折に書類提出先の文官には嫌そうな顔をされます」
「真面目な話、そういった方面に強い人がそのうち必要になるかもな」
今はまだ良いが、俺としても事務仕事ではなく現場で動き回っていたほうが性に合っている。事務方に強い人間をなんとか確保したいと言うのは、結構マジな話だ。
まぁ、今まで雑兵達の組織しか無い状態が異常だったのだ。
俺達白銀聖闘士の組織が軌道に乗ったら、今度は青銅聖闘士の組織立ち上げも考えたほうが良いかもしれない。
今でも一応、何人かの青銅聖闘士が居るのだから。
あ!
ペンの使いすぎで腱鞘炎に成ったら、労災の適用に成るのだろうか?
「――そうだ、オルフェ。今日も一曲頼んでも良いかな?」
粗方の仕事を終えた後だ。
琴座の聖闘士にこんな事を頼むの気が引けるのだが、俺はオルフェに琴を弾いてくれと頼んだ。
最初は冗談で言い始めたことだったのが、彼の曲を聴くと不思議と心が落ち着くのを感じる。今では仕事終わりに一曲聴くのが密かな楽しいなくらいだ。
「えぇ、解りました」
ニコッと笑みを浮かべたオルフェに感謝しつつ、弾き始めた琴の旋律に身を委ねる。これだけ気を抜いていると、突如オルフェが『ストリンガーノクターン』と技を掛けてきても対処できないかもしれないな。
まぁ、流石にそんな心配はしていないが。
歳を重ねているからかな?
オルフェは話をしていると落ち着きがある分だけ、俺の方も会話をしやすい。他の連中が相手だと、どちらかと言うと俺が引っ張ってやらないと行けない気がしてしまうからな。
出来ればオルフェにはこのまま俺の補佐を続けてもらいたいのだが……
(それは難しいのかな……)
……俺の記憶違いでなければ、確かオルフェが冥界に行く理由は神話のソレと同じことが原因に成っていたように思える。
恋人が毒蛇に噛まれて死んでしまい、死んだ彼女を救うため――と言うやつだ。
最善なのは恋人を作らせない事だが、其処まで強制させるわけにも行かないからな。
いっそ、蛇なんて現れようがないような極寒の地に送ってしまうか。
例えばアスガルドとかに。
その場合は俺が1人で切り盛りをすれば良いだけだしな。
イカン。それでは補佐をして欲しいという願いからかけ離れてしまう。本末転倒だ。
(……ちょっと真面目に検討してみるか)
※
オルフェ――
私の爪弾く旋律に身を委ねているのか? 彼、クライオスは穏やかな表情を浮かべたまま目を閉じている。
クライオス――彼は不思議な人物だ。
始めて顔を合わせた時にも感じたが、彼は天才肌の人間ではない。彼が修行をしていた環境がそうさせたのか、ミスティやアルゴルを始めとした他の白銀聖闘士が持っている選民的な雰囲気を欠片も持ちあわせては居ないのだ。
我々のような歳若い人間が特別な力を手にすると、自分自身を神に選ばれた――と錯覚する者達が多い。
そういった考え方が不貞聖闘士に繋がってしまうのだが、良くも悪くもクライオスにはソレが無いのだ。
だからだろうか?彼が天才肌の人間ではない――と感じるのは。
事務も当たり前の範囲で仕事をしているに過ぎず、天才よりも秀才タイプといった方がよりしっくりと来る。
まぁ、一般的な価値観で言えば十分に年齢不相応と成るのだろうが、それは私を含めて聖闘士全員に言えることだ。取り立てて彼が変ということではない。
それに、彼の持っている雰囲気は私個人としても好感が持てるモノだ。
頭ごなしに権力を誇示するような人間が上に立っては、組織に要らぬ不和を招くことに成る。そういう意味でも、彼が我々白銀聖闘士のトップに立って良かったように思える。
実際、最初に懸念された実力に関しても問題は無い。
これまでに何度か、私を含めて何人かの聖闘士達で彼と一緒に不貞聖闘士の討伐任務を行ったことが有った。
本来ならば白銀聖闘士を何人も派遣する事はないと思うのだが、彼は
『仕事に慣れない最初のうちは、小隊を組んで任務にあたる』
と宣言をし、数人での行動を義務付けたのだ。
コレはそれぞれが各員の能力を把握するためと、一つの物事を数人で行うことで仲間意識を高めようといった考えからである。
実際、結果としてみれば一部の者を除いて仲間意識を持ち始めているし、最初に有った対抗意識も徐々に薄れてきている。
もっとも、それもコレも彼がローテーションを組んで全ての白銀聖闘士たちに自身の力を魅せつけたからこそだと私は考えている。
何故なら私自身、彼の力に魅せられてしまった者の1人なのだから。
※
その日、不貞聖闘士の討伐任務を言い渡された私は、彼――クライオス、そして他に
「今回の任務はお馴染みの不貞聖闘士の討伐だ。まぁ、皆も何度か討伐任務を経験しているから解ってると思うが、基本的に連中は青銅聖闘士以上白銀聖闘士未満が多い。格下が相手ではあるが、俺達よりも歳をとっている分だけ狡猾だ。その辺りを気にしながら任務をこなして行こう」
立場から来るものだったのだろう。
クライオスの言葉は正しくは有ったが、どうしても上から視線の口調と成っていた。元々彼と縁の深いシャイナは素直に頷いていたが、アステリオン等は幾分面白く無さそうにしている。
とは言え、それも不貞聖闘士の討伐を何度か経験しているからといのも有るだろう。反逆者である連中などは烏合の衆だ、自分一人で事が足りる――とでも考えているのかもしれない。
それを前もって釘を刺されたのだ、だから顔を顰めていたのかもしれないな。
情報によると、敵と成る連中は古代の遺跡を根城にして周辺で山賊行為を行っているとの事だった。
情報の提供は周囲の村落と、調査隊の雑兵達である。
作戦は四方からの同時攻撃による殲滅。
撃ち漏らしが無いように、徹底的に攻撃を加えるというのがクライオスの提案だった。まぁ、普通に考えれば妥当な提案だろう。
聖域としても、連中は元々自分達の身から出た錆の様なものだ。
取り逃がして再度同じように暴れられては、聖域の威信にも関わってくるのだから。
作戦は予定通りに行われた。
クライオスの
私達は小宇宙を高め、連中を威圧しながら一気呵成に攻撃を加えていったのだ。
本来、不貞聖闘士と言うのは聖闘士に成れなかった者達が殆どだ。
その実力は精々が青銅聖闘士以下か、有ってもそれに毛が生えたレベルでしか無い。本来ならば連中が10や20集まっていても、白銀聖闘士1人で十分に事は足りる筈なのである。
しかしその日、その場所に居た奴等の中に明らかに別格の奴が混じっていた。大半は前述通りの者達であったが、その中の数人は別物。
少なくとも並の白銀聖闘士よりも格上。
ミスティやアルゴルと同程度の実力者が混じっていたのだ。
全力で戦えば負ける相手ではないかも知れないが、しかし撃ち漏らしが有ってはならない任務。戦っている間に何人かが逃げ出してしまうかもしれないだろう。そうなっては意味が無い。
だがそんなことを考えている間に、私の前にも同じように強い小宇宙を纏った人物が現れた。瞬間、『作戦失敗』の文字が自身の脳裏をよぎる。
だが次の瞬間――その相手は音もなく崩れ去ったのだった。
意味が解らず、しばし理解が追いつかなかったが、
「思ったよりも、順調とは行かないな」
溜め息混じり現れたクライオスの言葉に、合点が行った。
目にも止まらないとはこのことだろう。
クライオスは私の想像を遥かに超えて強い。
敵に感じ取られることもなく、一瞬で相手の意識を奪っていたのだから。
私の前に現れたということは、自分受け持ち範囲での掃討を終えたやって来たのだろう。
「この調子では、シャイナやアステリオンの方はもう少し苦戦しているかもしれないな。オルフェ、君の方は――」
一瞬悩む素振りを見せたクライオスは私に問いかけるように視線を向けた。
だが次の瞬間、小宇宙を消して潜んでいたのだろう数人の男達がクライオスに向かって跳びかかっていたのだ。
「クライオ――!」
「――ディバイン・ストライク」
彼の名前を呼ぼうとした瞬間、閃光が目の前に広がっていった。
後で知ったことだが、それは彼の技だったようである。
気が付くと襲いかかっていた敵は全員が空を舞い、半死半生の状態で地面に激突していったのだ。
疲れた素振りも、慌てた様子もなく、襲いかかる敵をアッサリと仕留めた彼はニコリと笑みを浮かべて言ってきたのだ。
「コッチはコレで片がついたかな。――だが、この分では他の二人が心配だな。手伝ってくれるか、オルフェ?」
と。
颯爽と現れ、敵を打ち倒してみせたクライオスは、私の中の英雄像と見事なまでに合致していた。
私はその時、その笑顔に心を奪われてしまったのだ。
誤解が無いように言っておくが、何もときめいた訳ではない。
いや、ある種ときめきを感じたのだが、私の中での彼の存在が大きく比重を占める様になったのだ。
その時に思ったのだ。
彼以外に、私達のリーダーは有り得ない、と。
仮に黄金聖闘士の誰かが私達の指揮を執る事になったとしても、私はクライオス以上にその人物に信服することは出来ないだろうと。
それほどまでに、私はその時のクライオスの力と、姿に心を奪われていたのだ。
※
クライオス――
……音楽というのは、弾き手の感情が色濃く出やすい芸術だと思う。
今のオルフェは何を考えているのだろうか?
初めて一緒に任務をこなした時のことじゃないと良いのだが……。
あの時、不貞聖闘士の討伐を命じられた俺達であったが、当時予想外に敵側の抵抗が強くて困ってしまった。
と言うのも、相手側には数人の聖闘士の教育係を務めていた者達が居たからだ。しかもその内の1人は、嘗ての魔鈴の担当教官。
そう、俺がぶっ飛ばしてしまった例の人物が居たのである。
えーっとなんて名前だっけか? ジャンゴだったか?
彼は俺の所為で怪我を負い、療養を理由に魔鈴の教育係を解任されてしまっていた。そればかりか、当時の俺との遣り取り――要は相手の実力を正確に見きることも出来なかったということから教育係としての適性は無い――と判断されてしまい、完全に仕事を干されてしまったのである。
地上の平和のために人生を賭けていた彼にとって、そんなことは到底承服しかねる話だったのだろう。
聖域の為に傾けていた情熱は、そのまま聖域への怒りと成ってしまったのだ。
結果として彼は数人の教育係を誑かし、山賊紛いの行動に出てしまったのだが……半ば俺の所為と言えなくもない為、なんとも収まりの悪い話なのだ。
しかし今回のことで記憶を消され、一般人並の身体能力しか出せないような処置を施されたらしい。
デスクイーン島に向かうことなく歴史から姿を消す事になったジャンゴだが、しかし彼の居る居ないは然程影響の出る話ではないだろう。
どのみち一輝の教育係が変わらないかぎり、一輝の実の弟にそっくりな女性、エスメラルダの死は回避のしようがないだろうからな。
とは言え、ジャンゴの奴が居ると解った時は肝が冷えたよ。
俺の所為で聖域を追われた――なんて言われでもしたら、白銀聖闘士内での俺の株が急落していたかもしれない。
死人に口なし……まぁ、死んでは居ないのだが。
余程のことがなければ記憶が甦る事はないだろうし、身体能力が制限されている状態ならば仮に戻ったとしても聖域に喧嘩を売るような事は避けるだろう。
うーん、しかし何だな?
こういった後ろ暗いことをしてると、そのうち聖衣から見放されそうで怖い気がするが……。どの程度までがセーフティなのだろうか?
今回のことは完全にセーフなのか、それとも悪い方向に加点されているのか判断が困るな。
まぁ、大丈夫だと信じよう。
基本的には不貞聖闘士を討伐しただけだからな。
瞳を閉じながら音楽を聴き、そして思案に耽る。
この言葉だけだと何とも優雅な事この上ないようにも思えるのだが、実際は優雅とはかけ離れてる俺の内情である。
(もう少し落ち着くまでは、余り面倒なことが起きないと良いんだけどな……)
内心で溜め息を吐きながら、俺はそう心の奥で零しているのであった。
きっと、此処から長い休載が続くと思います。