聖闘士星矢 9年前から頑張って   作:ニラ

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グダグダ~っと書き連ねて頑張った。
気付いたら結構な文字数に……。


37話

 

 

 

 疲れた……。

 

 自身の体温に依るものだが、適度に暖められた布団の中で俺は只管に惰眠を貪っていた。1日の間に神闘士2人と、他称黄金級のドルバルと戦ったのだ。疲れが無い――なんて訳が有る筈もない。

 

「はぁ……」

 

 ベッドの上で転がると、溜め息を吐いて天井を見上げてみる。

 俺としてはさっさとギリシアに帰りたいところだったのだが、誠に残念なことに戦闘後の俺の身体は正にボロボロ。

 歩くだけでも激痛が走るといった有り様だったため、こうして休養をしているのだが……まぁ、それも、もう直ぐ終わりになりそうである。

 

 何故? それはまぁ、怪我が治りつつ有るからである。

 ビバ、健康! 素晴らしき回復力。

 子供のうちは治りが早いモノなのだろうが、こうも早く治ってくれるとは嬉しい限りである。

 

 もっとも、声の方は相変わらずである。

 潰れた喉の痛みは引いているが、声はまだ上手く出せそうにない。

 

 ――もっとも、溜息の理由は当然『怪我をしてたから辛い』なんてことではない。修行時代は怪我なんてのは日常茶飯事、怪我をしていない時のほうが珍しい――いや、奇跡のような状態だったのだ。

 だからまぁ、良くはないのだろうが怪我自体は慣れっこだから問題には成らない。

 

 問題は、

 

 ドルバルが教皇から受け取った親書、か。

 

 そう内心で思い、懐から取り出したのは教皇からドルバルに宛てられた親書である。ドルバルの騒ぎが一段落した後、俺は(勝手に)ドルバルの私室をガサ入れし、この親書を回収しておいたのだ。

 

 まぁ、今回のドルバルの行動はこの親書に何らかの理由があるのでは? と、そう思ったからの行動だったのだが。

 答えはもう、真っ黒。黒も黒のドス黒いクロであった。

 

 教皇――サガは知っていたのだ。ドルバルの野心と、ヒルダの現状を。ソレを踏まえた上で、親書には『アスガルドでの出来事に、聖域が何らかの手を入れることは決して無い』とか、暗にクーデターを起こしても構わないぞ――といったニュアンスが多数盛り込まれていたのだ。

 

 そのうえ酷いことに、『この度、そちらに送った聖闘士は未だ成り立てゆえ力不足。とは言え、その力量不足故に起こった事故に関しては、前述のとおり聖域からの見聞は一切行わない』といった文言まである。

 

 これはもう、な。

 サガの奴は、俺を出汁にしたのだ。

 始末しようとしたのか、それともアスガルドの内乱を助長させたかったのか、その正確な判断はしかねるがな。

 

 とは言え、この親書はアスガルドに置いてはおけないだろう。

 もしこんな物が誰かの目に止まっては、アスガルドの聖域に対する不信感が増大することにしか成らない。

 

 中身はともかく見た目は子供の俺が、どうしてコンナことで悩まなくては成らないというのか? しかし、こういったことも含めてアスガルドの平和とやらに貢献していく必要があるのだろう。

 

 ……本当、俺ってアテナの聖闘士なんだけどね。どうしてアスガルドのことを、こんなに考えなくちゃならんのか。

 

 はぁ……と、溜め息を吐いて親書を封筒ごと懐にしまうと、丁度いい具合に

 

 コンコン!

 

 と、ドアがノックされる。

 なんぞ? と首を傾げると、

 

「クライオス殿! お時間よろしいでしょうか!」

 

 ドアの外から、随分の元気のいい声が響いてきた。これはワルハラ宮にて務めている、雑兵Aの声だろう。

 

「(――何かようか?)」

 

 本当は、大方何の用であるのかを把握している俺ではあるのだが、こうやって聞いたのは会話のキャッチボールと言うやつだ。

 もっとも、声が使えずに専ら精神感応(テレパス)による返事であるため、会話のキャッチボールと言えるかどうかは疑問だが……。

 

「お疲れのところ、申し訳ありません。――クライオス殿にお会いしたいという貴族が来ておりまして……」

 

 幾分だけ、申し訳無さそうに声を尻すぼみにさせていく雑兵。……まぁ、ここ2~3日の俺のスケジュールを知っているコイツにしてみれば、多少は同情を誘うような状態なのだろう。最近の俺は。

 

 ヒルダの救出から程なくして、俺に待っていたのは完全なオフタイム――等ではなかった。ドルバルの1件を耳にしたアスガルドに住む有力貴族というやつが、こぞって駆けつけてきたからだ。

 皆が皆、『何らかの理由』でヒルダの心配をしている者達なのだろうが、その連中は揃いも揃ってこう宣うのだ。

 

『聖域から来られたという、聖闘士殿にお会いしたいのだが?』

 

 と。

 

 聖域とのパイプでも欲しいのか? それとも個人的に俺との繋がりが欲しいのだろうか?

 まぁ、そういった連中には残念なことに、俺にとっては幸運な事に、俺ことクライオスは聖域に於いて然程重要なポストに居る訳でもない。そのため、俺との繋がりから聖域に打診する――みたいなことは不可能である。

 

 ……まぁ、個人的には聖域の最大戦力(黄金聖闘士)と関わりがあるのだが、俺との関係が有るから――と、あの連中が動いてくれるとは到底思えない。

 

 故に、そういった下心で近づいてくる連中は敢え無く撃沈しているというわけだ。もっとも、中には本当に感謝の言葉を言いたくて呼びつけている奴なんてのも居るがね。

 

「(――解った。直ぐに行くから、向こうにはそう伝えておいてくれ)」

「ハッ! 畏まりました!」

 

 ドアの向こうで敬礼でもしたのだろうか。元気の良い返事をして、雑兵Aは去っていった。俺を捕まえて地下牢に連行した時からそうだったが、何とも騒がしい人物である。

 

 まぁ、それにしても……だ。今回、俺に会いたいと言ってきた貴族はどんな奴なのか? 多少はまともな奴だと良いのだが。

 

 

 ※

 

 

 ……はぁ。

 

 思わず漏れる溜め息。

 貴族なんて連中と話すのは、どう考えても俺の仕事ではないな。この日に相手をしたのは比較的にマトモな分類に入る人間だったが――まぁ、頭が硬いというか、ジークフリードに近いタイプの奴だった。アスガルドのことだけを考えれば優良貴族なのだろうが、その分だけ融通は利かなそうである。

 人材……不足してるな、アスガルドは。

 

「お疲れですか? クライオスさん?」

 

 ふと、横合いから声が――って、フレアか。

 部屋へと帰還中の俺に、後ろから駆けてきたフレアが声をかけてくる。しかし疲れてるのかって? 何を聞くのか。

 

「(フレア? ……ハハハ、疲れてるって誰が?)」

 

 この程度のことで疲れていては、俺はとっくの昔に聖域で衰弱死しているだろうよ。

 

「でも、随分とゲッソリした顔してますよ?」

「(……はい……すいません。本当は結構疲れています)」

 

 俺はアッサリと意見を覆した。

 仕方がないだろう? 溜め息が漏れるくらいに大変なのだ。そもそも、俺のことなんて放っておいてくれれば一番良いのだが、この国の連中からすればそういう訳にも行かないのかもしれない。

 

「申し訳ありません。皆、今回のことで必死らしくて」

「(必死……ね。まぁ、そうだろうな)」

 

 フレアが何処までその言葉の意味を理解しているのか解らないが、少なくとも貴族連中からすれば本当必死そのものだろう。

 ドルバルの暴走に何の対処もできなかった。場合によっては、それに同調しようとしていた連中だって居たかもしれない。

 ヒルダが国のトップという訳ではないのだろうが、それでも、少なくとも教義のトップでは有るのだ。もし、そんなヒルダに敵視でもされようものならば、この国では生きていけなくなるだろう。

 

 そういう意味では、彼等も彼等で必死なのだ。

 ただ――

 

「(――ただ、その必死さを俺の方にまで回すのは止めて貰いたい。俺、こう見えても怪我人なんだけどね)」

「元気そうに見えちゃうから、じゃないですか?」

「(……そりゃ、死ぬような状態ではないけどさ)」

 

 とは言え、少しくらいは労りが欲しいこの頃である。

 声が出せないという部分で、少しくらい察してくれても良いのではないだろうか?

 

 スタスタと廊下を歩き続けると、その後をトコトコとフレアが付いて来る。何処まで行っても不思議なことに、トコトコとフレアは付いて来る。

 

 おや? っと、フレアを見てみると、何やら言いたそうな……言いにくそうな表情をしている。

 ……何か変なところであるだろうか?

 

「あの……クライオスさんは、いつか聖域に帰ってしまうんですよね?」

「(む……いつか?)」

「は、はい……」

 

 再び、何やら凹んだように俯くフレア。

 しかし、いつか――なんて言われても

 

「(正直、明日にでも帰ろうと思ってるんだけど?)」

「えっ!?」

「(え?)」

 

 正直に告白をすると、何やら酷くビックリしたような表情に成るフレア。……何か驚く内容だったか?

 

「明日って……そんな急すぎるじゃないですか!」

「(と、言ってもな。俺って一応は聖域の聖闘士だし、今回は親書を届けに来ただけの人間だからな。早く帰って別の仕事をする必要があるんだよ)」

「で、でも! 怪我だってまだ完治してないではないですか!」

「(これくらいの怪我は、聖域に居た時なら日常茶飯事だったから……)」

 

 と言うよりも、徐々に回復しているので、体の方はもう大丈夫だ。それに、実際に此処で療養するよりも、カノン島にでも行ったほうが良いような気がする。

 

「でも……それじゃあ、お姉さまは……お姉さまの気持ちが……」

「(ヒルダ? どうして其処でヒルダが出てくるんだ?)」

「なんでって……」

 

 再び言いづらそうにするフレアだが、俺にしてみれば『ナンノコッチャ?』といった具合である。俺が帰ることと、ヒルダの気持ちにどの様な繋がりがあるというのか?

 

「(まぁ、ヒルダが心配じゃないと言ったら嘘になるけど、俺が居なくても今のところ何の問題もないだろ? ……防衛的な話なら、今はジークフリードやハーゲンが居る。寧ろ他所の人間である俺が、いつ迄も此処(アスガルド)に居ないほうが良いだろ)」

 

 これは、本気で俺が思っていることだ。

 確かにヒルダは心配だが、心配の種だったドルバルが既に居ないのだ。当面の問題は、クリア出来ていると言っても過言では有るまい。

 

 寧ろ、聖域(サンクチュアリ)からの配達人でしか無かった俺が、いつ迄もこの国でジッとしていることの方が問題が有る。

 もしかしたら、教皇(サガ)に更に目をつけられる原因に成るかもしれないからな。

 つまり、今現在に於いてアスガルドに居続ける理由が、俺には無いのだ。

 ……さっさと帰って教皇(サガ)への任務完了の報告と、それから休暇の申請をしたいものだ。

 

 と……あら?

 フレアが不思議と、それはもう酷く睨んでラッサル。

 

「クライオスさん、一応聞きますけど」

「(うん?)」

「……お姉さまには、帰ることを伝えたんですか? ……いえ、仮に伝えていたとしても、納得してくれたのですか?」

「(……わっつ?)」

 

 思わず妙な返事をしてしまったのだが、……はて、この娘っ子は何を言うておるんだ?

 

「(ヒルダには帰ることをまだ伝えてないけど、そもそもどうして其処にヒルダの許可が必要に成るんだ?)」

 

 首を傾げ、眉間には深い皺の谷間を形成しつつ、フレアに疑問をぶつけてみる。俺は聖域(サンクチュアリ)の人間であって、ヒルダの配下じゃないんですよ? ――と。

 

「許可? 許可ってなんですか? そういうことじゃありませんよっ!」

「(……何故怒るんだ?)」

「怒ってませんよ! 呆れてるんですよ!」

 

 何故に呆れられなければならないのか理解不能であるが、それは呆れつつ怒りが沸騰しているのでは? と、結構冷静に考えてるな、俺は。

 

「(少しだけで良いから、ちょっと落ち着けフレア。……大体だな、今のヒルダは朝から晩までドルバルが抜けた穴を埋めるために公務に勤しんでいるじゃないか?)」

「そうですけど、それが何か?」

「(何かって……まともに会うことも出来ない状態で、話をするでもないだろ?)」

「は?」

「(え?)」

 

 冷静に説明をしていたはずなのに、急激にフレアの雰囲気が悪化していく。言ってしまえば

 

『何言ってるんだ、コイツ……』

 

 といった感じで……もう、本当に訳がわからない。

 思春期の子供の面倒を見る親御さんって、こんな感じなのか?

 

「(フ、フレア?)」

「――クライオスさん」

「(!?……な、なにだね? その、な……普段ニコニコしてる子に睨まれると、ちょっと怖いんだけど?)」

「アスガルドの神闘士(ゴッドウォーリア)を打ち倒し、ドルバル叔父も倒したクライオスさんなら、私みたいな小娘に睨まれたくらい何でも無いでしょ」

「(言葉に凄い、刺を感じるんですが?)」

「そんな、どうでも良い事は気にしないでください」

「(それって、どうでもいい事なんだ……)」

 

 目の前の空間が歪むのではないか? という程に、強烈な視線を叩きつけてくるフレア。血管切れるぞ? なんて、そんな軽口を挟むことさえ躊躇してしまうような凄みを、俺は今のフレアから感じている。

 

 まぁ……変な言い回しをしても、結局のところは、

 

 フレアがやたらと睨んでる――と言う部分に終着するだけなんだがね。

 

「(――兎に角、今のフレアが何を考えているのか良く解らないけど、俺がいつ迄もここに居るのは良くない――ってことだけは、理解しておいてくれ)」

「良いとか悪いとか、そういう難しい話じゃなくて!」

「(然らばゴメン)」

 

 恐らくはこれ以上の建設的な話し合いは困難であろう――と、俺は勝手にだが判断を下す。睨むフレアにそう告げると、そそくさとその場所から逃げ出すことにした。

 

「あ! クライオスさん!」

 

 足早に立ち去っていく俺の背中からフレアが声を上げるも、俺はそれを無視するように部屋へと逃げていく。

 スマン。今のフレアの視線は、ある意味ではドルバルよりも怖い。

 

 流石に全力で駆ける訳でもないが、一般人(フレア)に追いつかれない程度には足を早めている。……寧ろアッサリと追いつかれたら、ソレはソレで問題な気がする。

 

 ――しかし結局、フレアは何を言いたかったのだろうか?

 ……良く解らないが、ヒルダに会っていなかったことは、フレアが特に気に入らない事の一つだったように感じられる。

 

 明日、帰還前にヒルダには顔を見せるようにしておこう。

 まぁ、流石にソレくらいは当然か。

 明日は早い内にヒルダに挨拶に行かなくては成らないな――と、そうなると早く寝ないといけないな――と、そんな風に考えるのだった。

 

 ――が、

 

 

 ※

 

 

「クライオスさん」

 

 世界はやはり、俺に対して優しくはないようだ。

 部屋の前にはあろうことか、件のヒルダが陣取って俺の帰りを待ち構えていた。

 言い方が悪いって? ……それはきっと、フレアの所為だろう。

 

「(どうしたんだ、ヒルダ? こんなところで?)」

 

 首を傾げてヒルダに尋ねると、ヒルダは少しだけ困ったような表情を浮かべて此方を見返してくる。

 

「クライオスさんと、御話をしたいと思ったものですから……」

 

 少しだけ、影を持ったような言い方をしてくる。

 やはり、疲れが溜まっているのだろうか? ……側に仕えているはずのジークフリードは、そういう部分に気を回すことが出来ないタイプだろうからな。

 

 そう言えば、ヒルダの侍従をしていると言っていたイーリスはどうしたんだろうか? ドルバルとの戦闘前に初顔合わせをしてから、一度も顔を合わせていない。

 

「(……まぁ、それなら部屋に入ると良い。俺も丁度、ヒルダと話さなくちゃいけないと思ったところだからな)」

「良いんですか? その、お部屋にお邪魔しても?」

「(此処はワルハラ宮だぞ。ヒルダが入ってはいけない場所なんて、そんな所無いだろ)」

 

  何やら遠慮するような言い方をするヒルダに入室を促すと、何故か少しだけ寂しげな表情を浮かべながらヒルダは部屋の中へと入ってくる。

 

「(少し外に出てたから、部屋の中が寒いな。ヒルダ、毛布を被ってた方が良いぞ)」

 

 と、俺は布団から毛布を引きずり出してヒルダに手渡した。

 ヒルダは小さく「有難う御座います」と告げると、ソレでグルリと全身を覆う。

 

 ……うん。可愛らしいもんだ。

 

 俺はヒルダには部屋に備え付けられている椅子を勧め、俺は対面になるようにベッドに腰を落ち着ける。

 

「(――さて、ヒルダ。こんな時間にどうしたんだ? お前だって、公務で疲れてるだろうに)」

 

 ズルいかもしれないが、先ずは此方からヒルダの来訪の意図を確認する。俺が聖域(サンクチュアリ)に帰る事を伝えた後では、聞きそびれる可能性があるかも知れないからな。

 

 しかし、ヒルダは俺の問いかけに

 

「え?」

 

 と漏らすと、何やら言い難そうにソワソワとし始めた。

 

「――えぇっと、その……どうしたと言いますか……」

 

 しどろもどろと言うのだろうか? 何故か理由を今考えているような雰囲気をヒルダから感じてしまう。

 ……もしかして、単純に俺に会いに来たかっただけか?

 

 ……まさかね。

 仮にそうであったとしてもストロベリー的なことではなく、気分転換的な意味合いが強いだろう。

 

「(ヒルダ、公務の調子はどうなんだ? やってみて、大変だって感じはしないか?)」

 

 上手い『この場所に来た理由』を考えていたヒルダに、俺は続けて違う質問をする。どうにも、このまま考えさせていたら先に進め無さそうに思えたからだ。

 

 ヒルダは俺の言葉に目をパッと開くと、思い出すようにしながら話しだした。

 

「――はい。やはり、大変ですね。初めて行うことが多く、沢山の人達に助けてもらっています」

「(文官みたいな連中か?)」

「えぇ。今まで、私の知らないところで、沢山の人達がアスガルドのために働いてくれていました。今回のことで、私はその事をよく知りました」

「(そうか……。良かったな、ヒルダ)」

 

 思わず上から目線というか、保護者的な視線からヒルダに笑みを向ける。精神的に年をとってるからな……俺は。

 とはいえ、ヒルダは嬉しそうに満面の笑みを浮かべて

 

「はい!」

 

 と返事を返してきた。

 本当に、こんな娘を殺すとか何を考えてたんだか、ドルバルの奴は。……まぁ、アスガルドの掌握と、世界征服を考えていたんだろうけどな。

 

 俺は笑顔を浮かべているヒルダに少しだけ照れながら、自分の髪の毛を少しだけ掻き上げた。

 魚座(ピスケス)のアフロディーテの命令で短髪にすることを禁止されているため、時折コレが邪魔に感じて仕方がない。

 

 ――と、俺の動きが怖かったのか、ヒルダが目を見開いて此方を凝視している。いかん、いかん。相手が子供だってことも有るが、俺とは違ってヒルダは一国のトップである。

 俺の振る舞いが原因で、聖域(サンクチュアリ)との関係に傷が出来ては大変だ。

 

 俺はベッドから立ち上がると、ヒルダに向かって歩み寄る。

 そして――

 

 ポスっ……!

 

 と、ヒルダの頭に手をおいて、優しく、軽く撫で付けた。

 

「……あ」

「(なんでもかんでも独りで――っていうのは、余程の完璧超人じゃなければ不可能だからな。前にも言ったけど、出来ないことは、出来る奴に助けて貰え。まぁ、そういった完璧な奴を目指すのは良いけど、今はユックリ頑張っていけば良いさ。お前を助けてくれる奴ってのは、結構いっぱい居るんだからさ)」

 

 正直、うろ覚えだから何とも言えないのだが、ヒルダは完璧超人になれる可能性はあるのではないだろうか? と、思う。

 真の神闘衣(ゴッドローブ)に在るオーディンサファイアを捧げることで現れる、オーディンローブ。それをヒルダが身に付けることが出来るのかどうか疑問だが、少なくともアスガルドに安定をもたらすだけの小宇宙(コスモ)を有するに至るのは事実だ。

 

 適正もあるのだろうが、あのアテナでさえ1日保たせるのがやっとだった事を、ヒルダは軽々とやってのける。

 

 恐らく、単純に小宇宙(コスモ)の過多だけで見れば、ドルバルに匹敵するほどの強さを身につけることだろう。

 ……なんだかズルい気がするが。

 

「――イオスさんも……」

「(うん?)」

 

 脳内シュミレーションをしていると、不意にヒルダが何かを言ってきた。その声に耳を傾けると、ヒルダは頭を撫でていた俺の手を取ってギュッと握りしめてくる。

 

 なんぞ?

 

 と、急なことに驚く俺だが、真っ直ぐに視線を向けてくるヒルダにお巫山戯で返すことは出来そうにない。

 

「……」

「…………」

 

 ヒルダからの言葉を待ち、当然の訪れる静寂。

 この空気は……なんか非常に居づらい!

 

「……クライオスさんも、『私を』助けてくれますか?」

 

 俺の内心を読み取った訳ではないだろうが、意を決したのか、じっくりと時間を掛けてヒルダが口にした言葉はそれだった。

 真っ直ぐに、懇願するのではなく、願う様に尋ねてくるヒルダ。

 ……チョットばかり驚いたが、そういう質問か。

 しかし、そういうことならば俺の答えは決まっている。

 

「(当たり前だろう。俺は、お前をどんな時でも助けるさ)」

 

 前々から決めていたことだ。

 でなければ、わざわざドルバルと戦ったりはしない。

 俺は、その事を再び、今度は口に出して――まぁ、正確には声が出せないので精神感応(テレパシー)でだが、そのことを笑顔と一緒にヒルダへと伝える。

 

「あ――っ……」

 

 小さく声を漏らすようにするヒルダ。

 嬉しかった……のだろうか? ヒルダは握りしめていた俺の手に、更に強く力を込めてくる。

 ちょ、痛い!

 思ったよりも握力が強いよ、この()

 その後、続けざまに、感極まったように俺の手を抱きしめるヒルダ。……なにか、俺は選択肢を間違えたのであろうか?

 

 ウットリとしたように、目元を蕩けさせているヒルダに、俺は少しだけ困ってしまう。

 

「クライオスさん……」

「(――あー、なんだ、少し落ち着けヒルダ。まだ、俺から聞きたいことが有るんだ)」

「……え? ――あっ!? は、はい! すいません!」

 

 慌てたように俺の手を離し、ヒルダは勢い良く頭を下げてくる。

 ……いや、まぁ、良いけどね。

 

「(えーっと、そう、ジークフリードだ。アイツは、今何をしてるんだ?)」

「ジークですか? ……頑張ってくれています。私の護衛だけではなく、執務の方も手伝おうと夜遅くまで勉強をしているようで」

 

 へぇ、流石はジークフリード、だな。

 アイツなぁ……どう考えても、ヒルダを崇拝以上の気持で見てるとしか思えないんだよなぁ。……まぁ、それが別に悪いとか言う訳じゃないけど。

 ただヒルダの方は、きっとそう云うつもりはないんだろうな。

 

「(アイツも、それなり大怪我してたはずなのにな……)」

「本当に、彼には申し訳ない気持ちでいっぱいです」

 

 顔を俯かせるヒルダであるが、ジークフリードはきっと、ヒルダが笑みを浮かべるだけで簡単に元気一杯になるんだろうな。

 

「ハーゲンはフレアの護衛をしていますし、フレアも私のことを気遣ってくれて……」

「(フ、フレア?)」

 

 部屋に戻る前にフレアに色々と言われたこともあって、ちょっとだけ言葉を詰まらせる。

 

「はい。今日も私の仕事を手伝うと言って、いつもより早く執務を終えることが出来ました」

「(……そ、そうなんだ)」

 

 こうして此処にヒルダが居るのも、全てはフレアが原因ということか。

 まぁ、ヒルダが居て困るということではないから別に良いのだが、フレアは俺に何をさせたいのだろうか?

 俺に対しても、何やら怒っているような感じだったしな。

 

「……クライオスさん。クライオスさんは、聖域(サンクチュアリ)聖闘士(セイント)ですよね?」

 

 ふと、急にどうしたのだろうか? ヒルダは既に解りきっているだろう事柄を聞いてくる。俺はその質問の理由が解らずに、首を傾げた。

 

「クライオスさんは、私のことを助けてくれるって言ってくれました。でも、クライオスさんは……聖域(サンクチュアリ)に、帰ってしまうのですよね?」

「(……あぁ。俺は元々、親書を届けるためにアスガルドに来た人間だからな。用件が済んだなら、聖域(サンクチュアリ)に戻らなければならない)」

「そう……ですよね」

 

 ずっと此処にはいられない。それは、元々決まっていたことだ。そもそも、聖闘士である俺がいつまでもアスガルドに居ることは出来ない。何せ聖闘士は元々女神アテナの為に闘う者なのだ。その聖闘士が、オーディンの治めるアスガルドに入り浸っていてはバツも悪くなろうと言うものである。

 

 それに、

 

「(もう一つ理由が在る。残酷な言い方かも知れないが、此処にいては俺の喉は治らない)」

「――あッ!?」

 

 自分の喉を手で抑えて伝えた言葉に、ヒルダはハッとしたように成って俯いてしまった。ドルバルトの闘いで潰された喉の事を思い出して、自責の念に駆られてしまったのだろう。

 

 まぁ、声を出さないというのも、一応は修行に成るようだからそれほど気にはしてないのだけどな。

 

「(ヒルダ、俺がお前を守ってやる――と言ったのは嘘でも何でもない。俺の本当の思いだ。だが、だからと言って俺だけがお前の味方という訳じゃないんだぞ? それは、もう解っていることだろう?)」

「……はい」

 

 返事はするが、しかしやはり落ち込んでいるようなヒルダ。

 俺は苦笑を浮かべ、再びヒルダの頭に手を置いた。

 

「あぅ」

「(フレイもそうだが、ジークフリードにハーゲン、それと文官の連中に、それとイーリスだってお前の手助けをしてくれるんじゃないのか?)」

「それは……ジークも、皆も私を助けてくれ――……イーリス?」

「(どうした?)」

 

 不意に言葉を止めて、眉間に皺を寄せるヒルダ。

 なにやら疑念と攻撃的な意思を伴った小宇宙(コスモ)が、ヒルダの奥底から感じる。

 

 ……なんで?

 

「クライオスさん。イーリスとは、誰のことですか?」

「(……なんだって?)」

「イーリスとは、何処の誰のことなのですか?」

「(何処の誰って……。ワルハラ宮で働いている侍従のことじゃ――)」

「私は、そのような人物は知りませんけれど?」

 

 なんだって? ヒルダはイーリスを知らない? そう言ったのか?

 だってアイツは、自分をヒルダの侍従だと言って――あぁ、いや、ちょっと待て……。

 

「(なにか、可怪しいぞ)」

 

 不意に、俺の中にも疑念が浮かび上がってくる。

 確かにあの女、イーリスは自分のことを『ヒルダの侍従だ』と言っていたが、そのことに関して俺は、一切確認も何もしていなかったのだ。

 

「――あ」

 

 口元を押さえて、それでも嗄れた声が漏れだしてしまう。

 そもそもあの時、どうしてあの場所に侍従何かが居られたんだ? 敵だったロキの言葉を全部信じる訳じゃないが、奴は一般人はワルハラ宮から遠ざけたと言っていた。

 

 なら、イーリスは? アイツは一般人じゃなかったというのか?

 ……いや、そうじゃない。一番の問題は――そもそも、アイツは本当にアスガルドの人間だったのか?

 

 そう考えた瞬間、俺の中で焦燥感が膨れ上がる。

 

「(――ヒルダ、お前の侍従に、イーリスって奴は居るか?)」

「え? ……いえ、そのような人物は居ません」

「(……そうか)」

 

 一瞬だけムッとした表情を浮かべたヒルダだったが、俺はソレを上手くフォローしてやる余裕が無くなってしまった。

 俺が頭の中で考えた事柄、イーリスかヒルダの何方かが嘘を付いたのでなければこのような考えは浮かんだりはしない。

 なら何方が嘘を付いたのか? となれば、それは確実にあのイーリスと名乗った女のほうだろう。……少なくとも、こんなことでヒルダが俺に嘘をつく理由など在るわけがないのだからな。

 

「クライオスさん?」

 

 未だにヒルダの奥底から奇妙な感情が内混ぜになった小宇宙を感じるのだが、どうやら急ぐ必要が出来てしまったらしい。

 

「(ヒルダ、俺は今直ぐにでも、聖域(サンクチュアリ)に帰らなければならいみたいだ)」

「え? ……ど、どうしてですか!?」

 

 イーリスと言う女のことが気がかりだ。

 どれだけ意味があるかは解らないが、教皇にこの事を伝えて置かなければならない。黒サガではなく、白サガの方であれば、何かしらの防衛策を講じることもしてくれるであろう。……いや、世界征服を考えている黒サガの方も、イーリスという第三勢力の存在を上手く誇張して伝えることが出来れば動いてくれる可能性は大いにある。

 

 ……まぁ、その場合。

 俺が出来うる限り、サガにとって有用な人間であるということを納得して貰わなければならないのだが。

 

「(ドルバルの今回の行動の理由。単純に奴が持っていた不満感だけが原因じゃない可能性がある。俺はソレを、教皇に伝えなくてはならない)」

 

 ……イーリス。

 ここまで考えて、その挙句に奴は味方だ――なんて考え方は絶対にできない。

 アイツは、間違いなく敵だ。

 

 だが何処の勢力に入る奴なのかを考えると、一番可能性が大きいのは海王(ポセイドン)配下の海闘士(マリーナー)だ。聖闘士星矢でアスガルド編が発生する切っ掛けとなったのは、海王(ポセイドン)側からヒルダにニーベルンゲンの指輪を付けられたからである。

 

 その流れの1つとして、今回の出来事に絡んでいる――とも考えることは出来るだろう。……まぁもっとも、今の時期に其処まで活動範囲を広げているとは思えにくい部分も在るため、絶対とはいえないのだが。

 

 俺は其処まで考えると、部屋の入口であるドアに向って歩き出した。もっとも、何も其処から出ていこう――と思ったわけではなく、

 

「(……お前らも入って来い)」

 

 外に居る人物たちに精神感応(テレパス)を送りながら、勢い良く扉を開ける。

 

 ガチャッ!!

 

「――あっ!?」

「し、しまった!」

「……!!?」

 

 ドアの前には、まるで部屋の中を伺うように耳を傾けていたフレイと、簀巻きにされながらも暴れているジークフリードを押さえつけているハーゲンが居る。

 

 ……いや、何をしているのかは直ぐに解ったが、ジークフリードの格好がどうにも笑いを誘ってくる。

 

「違いますからね!」

 

 と、此方が何かを言う前に、フレイは俺を制するように手を翳してくる。

 何がどう違うのか? それをジックリと問い詰めてやりたい所であるが、残念ながらそんな時間さえも今の俺には惜しく感じてしまう。

 

「(お前たちが何かしらの目的で出歯亀しようとしていたことに関しては、この際目を瞑る。そんなことよりも、伝えておかなくちゃならないことが出来たからな)」

「伝えて置かなければ成らないこと、ですか?」

 

 疑問を浮かべて首を傾げるフレア以下2名。

 ……ジークフリードは猿ぐつわをさせられたまま、此方に視線を向けてくる。

 怖いわさ、ジークフリード。

 

「(……内容自体は大した話じゃない。単純に、ヒルダを支えてやれと言うだけのことだ)」

「そんな事は、当たり前のことじゃ無いですか。私はお姉さまの力になることを。拒んだりはしませんよ」

「フレイ様がこう言っているのだ。無論、俺もそのつもりでは有るし。此処に転がっているジークフリードも同じだろう」

 

 顎をシャクるようにして、床に転がっているジークフリードに話を促すハーゲン。ジークフリードはもぞもぞと動きながらも首をコクン――と動かした。

 

「(――ソレならいい、俺は、今直ぐに聖域(サンクチュアリ)に帰ることにしたんでな》」

「えっ!? ど、どうしてです! なんで!?」

 

 先程のヒルダ以上に驚きの声を漏らすフレア。フレアは直ぐに視線をヒルダへと向けるが、ヒルダはソレに対する答えを持ってはいない。

 まぁ、こんな夜中に出立する等と言われれば、普通は驚くか。

 

 しかし、ある程度の誤解は解いておく必要があるだろう。

 

「(別に、アスガルドが嫌だとか……そんな事が理由じゃない。確かに此処は住みやすい土地とはいえないかもしれないが、それでもヒルダを始めお前たちが居る場所だ。俺はヒルダのことも好きだしな)」

「え――!」

「――っ!!!」

 

 不意に声を挟んでくるヒルダと、簀巻きジークフリード。

 何故驚く? 其処によっぽどの利益でも絡まない限りは、嫌いな相手を助けようとは思わないぞ、普通は。

 

 二人の反応に内心で首を傾げつつ、俺は説明を続けていく。

 

「(だが、出来るだけ急いで身体を復調させることと、聖域(サンクチュアリ)とアスガルドの関係をより良くするために、教皇に会う必要性が増したのだ。……それも。早急にな)」

 

 イーリスという女が何者で、そしてどういうつもりでアスガルドに居たのかは解りかねるが、このままでは完全に後手に回る可能性が高い。

 少しでも先手打てるように、教皇に会うのは速いほうが良いのだ。

 

 それに、仮に何かが有った場合、今の俺ではアスガルドを守り切ることは出来ないだろう。

 

 俺の説明が終わってから、ヒルダは勿論、フレアもハーゲンも何も言わずに黙っていた。いまいち、俺の言っている言葉の重要性が理解し難いのかもしれない。

 

 ……それも仕方がない、か。

 ドルバルの反乱という、一つの出来事が終わったばかりなのだ。

 それなのに、急にこのような話をされても受け入れ難いだろう。

 ――と、そんな風に思っていると。

 

「行かせてやれ」

 

 ――と、そう言ってきたのはジークフリードだった。

 どうやら自力で簀巻き状態から脱出をし、猿ぐつわを外したらしい。

 フレアとハーゲンはジークフリードに視線を向けるが、フレアは眉間に皺を寄せて、なにやら噂好きなオバちゃんの様な表情を浮かべている。

 見ればハーゲンも似たような表情をしていた。

 

「ジーク……? あのね、それは、貴方はクライオスさんを余り好いてはいないでしょうけど」

「今回の監視に関しても、サッサと突入して二人を引き離すべきだ――とか言っていたしな」

「あ、のなぁ……! ハーゲンは兎も角、フレア様も何を言っているのですか! そういうことでは有りません!!」

 

 二人の言葉に、唸るようにして返すジークフリード。

 どうでも良いが、ヒルダの俺に対する思いはそういったモノとは違って、恐らくは依存に近いと思うのだが?

 まぁ、此処で俺が言葉を挟むと話しが泥沼化しそうなので、取り敢えずは黙っているとしよう。

 

 ジークフリードは『コホン』と咳払いを一つすると、フレアとハーゲンに言い聞かせるような声色で話を始める。

 

「私は、クライオスのことを認めています。その実力は元より、先を考えるということに関してもです。そのクライオスが必要なことだと言うのならば、我々はその邪魔をすべきでありません。我々がアスガルドのことを、本当に思うのであれば」

「ジーク、貴方は……其処までアスガルドのことを」

「む、無論です」

 

 感動したように言うヒルダの一言に、若干口ごもりがちに成るジークフリード。

 

 とはいえ、俺に対する過大な評価、どうもありがとうございます。

 しかし、別に俺は頭が回るわけではないぞ? 単にこの世界における人間関係を少しだけ知っていて、尚且つこの先数年間のちょっとした時間を断片的に知っているに過ぎない。

 

 だから色々と考えることが出来るという程度のことで、実際は対して頭が回るわけでもないのだ。

 

「信じて良いのだろう、クライオス? お前のその行動は、自分の為ではなくアスガルドの――ヒルダ様の為にしなければならないことなのだと」

 

 ジッと視線を向けてくるジークフリード。

 ……俺はそんなに頭がいい訳じゃないのに。

 正直、そんなに期待を向けられても困る。……困るが、

 

「(あぁ、信じろ。俺はヒルダを護ると言ったんだ。その言葉は嘘でも何でもない)」

 

 この言葉は嘘ではない。

 出来る限りの事はやってみせよう。

 俺の生命を護る、気に入っている連中の生命を護る、ついでに地上の平和を護る。流石に最後のやつはチョットばかり盛大なので、星矢たちに任せたいが。

 

「(ジークフリード、ヒルダを守ってやれよ。今のアスガルドで、一番の実力を持っているのはお前だ。お前がヒルダを護るんだ)」

「……ジークだ」

「……?」

「俺のことは、ジークで良い。俺は、お前のことを認めている。お前にならば、ジークと呼ばれても良い」

 

 海将軍(ジェネラル)クラスの敵が来れば手も足も出ないだろうが、しかし当分其処までの脅威はないだろう。それまではジークフリードが率先してヒルダを始め、アスガルドの平和を守らなければならない。

 

 その為の意思の刷り込みだったのだが……

 何があったんだ? 急にジークフリードがデレたぞ?

 

 あぁ、いや、ジークフリードじゃなくて、今度からはジークで良いんだったな。

 俺はジークの言葉に笑みを浮かべ、

 

「(解った、ジーク)」

 

 と返事をする。

 これで、ヒルダを補佐する奴等への説明は十分だろう。

 後は――

 

「(ヒルダ。フレイとジークの事を信じろ。あの二人は、お前に近い場所に居る。ジークは苦言を呈することもしないかもしれないが、フレアはその辺りは上手く立ち回りそうだからな)」

 

 ジークとフレアの大凡の性格を考えて、ヒルダに今後の対応方法を説明する。

 ジークは耳に痛いのか、「うぐっ……」などと言っているが、フレアは

 

「なんでしょう……。クライオスさんに、私は酷く強かな女と思われているのでしょうか?」

 

 なんて、結構余裕のある発現をしていた。

 ほら、間違いではないだろう?

 

「(ヒルダ。俺は、またアスガルドに必ずやって来る。いつに成るかは、正直なところ解らないけどな)」

 

 教皇への説明が上手く言っても、それがどういった結果になるかまでは俺にも解らない。理想としては誰か実力のある聖闘士を派遣して欲しいところだが、だからと言って黄金聖闘士(ゴールドセイント)が派遣されるなんてことは絶対に在り得ないだろう。

 

 黄金聖闘士(ゴールドセイント)聖域(サンクチュアリ)の最大戦力。

 他所の土地の防衛に、わざわざ駆り出す――とは、正直思えないのだ。

 

 かと言って、俺がアスガルドに赴任するとも思えない。

 俺は、ドルバルを撃退してしまった人間だ。

 黒サガとしては、出来る限り目の届く場所に置いておきたいだろう。実力的には黄金に届かないとはいえ、俺が今回の出来事を解決するとは黒サガも思っては居なかったはずだ。

 

 だからこそ、親書の内容もあんな物になっていたのだ。

 

 そんな俺をわざわざ遠くへ置いて、『何か画策されるのではないか?』 といった、心配の種を作ることは決してしないだろう。

 

 まぁ、結局のところ、聖域(サンクチュアリ)とアスガルドにおける相互扶助協定を結ぶ……といったところで落ち着くはずだ。

 サガとしてはアスガルドが滅びても痛くも痒くもないだろうが、もしもの場合には味方にしておきたいだろうからな。

 

 とは言え、だからと言ってズット此処に来ない――なんて事は絶対にない。

 俺は必ず、またアスガルドに戻ってくる。

 

「(だからソレまで――)」

 

 ジッとしているヒルダに近づいた俺は、ユックリと手を伸ばし

 

「(泣かずに頑張れよ)」

 

 ヒルダの目元を軽く指で拭った。

 僅かに溢れようとしていた涙が俺の指によって払われ、しっとりとした感触が指先に伝わる。

 

「……は、はい!」

 

 ヒルダは一瞬目を見開いたが、直ぐに何かに堪えるように肩を震わせて返事をしてきた。

 って、駄目だな。やっぱり既に泣いているし。

 ヒルダに思わず苦笑を浮かべてしまうが、ふと

 

「(――あぁ、そうだ)」

 

 1つ、いいことを思いつく。

 

「(コレを、お前に預けておこう)」

 

 俺は自分の聖衣ボックスから、1つの白銀色の欠片を取り出し、ソレをヒルダへと手渡した。

 

「コレは、クライオスさんの聖衣(クロス)の一部?」

「(あぁ、俺の聖衣である、風鳥座の白銀聖衣の欠片だ)」

 

 不思議そうにしているヒルダに、俺は頷いて返した。

 

「(ボロボロに成ったそんな欠片でも、一応は本体との関連性が多少はある。ソレむかってに小宇宙を流し込めば、遠く離れた場所でもその事が俺にも伝わる筈だ。――だからもし、本当にどうしようもないくらいに困ったことが有ったら、ソレを使って俺を呼べば良い。その時は音速で助けに来てみせるから)」

 

 そこ迄の機能が風鳥座の聖衣に在るかどうかは甚だ疑問ではあるのだが、あながち在り得ない話でもない。

 

 ヒルダは俺から手渡された聖衣の欠片を握り締めると、

 

「それじゃあ、寂しくなったら使わせてもらいますね」

 

 と、イタズラっぽい笑みを浮かべながら言うのだった。

 ――いや、そこは限界まで困ったときにしろよ。

 

 と、俺の考えが顔に浮かんだのか、

 

「ふふ。冗談ですよ」

 

 と、これまた上手い具合に返されてしまう。

 ヒルダは、コレで大丈夫……かな?

 

「(――それじゃあ、そろそろ俺は行かせて貰う。元気で頑張れよ?)」

 

 最後に、俺はその場に居た皆に向けて挨拶をする。

 皆は夫々が返事をしてきたのだが、その中には一様にこういった言葉が含まれていた。

 

『また、会おう』

 

 と。

 

 俺はその言葉に満足な笑みを浮かべ、ワルハラ宮から外へと飛び出していった。

 目指すは聖域(サンクチュアリ)

 今となっては故郷とも呼べる場所に成った、土地である。

 

 ……しかし。親書を届けるだけの簡単な仕事だったはずなのに、随分と大変だったな。帰ったら、何かしらのボーナスとか在るのだろうか?

 そういった旨味がないと、そのうちストを起こしかねんぞ。

 

 

 ※

 

 

「お姉さま?」

 

 クライオスの去った室内で、最初に言葉を発したのはフレアだった。

 誰も何も言わず、ただその場に立ち尽くすようにしていた中で、フレアは姉であるヒルダの事が心配だったのだ。

 

「良かったのですか? クライオスさんを行かせてしまって」

 

 残酷な質問をしている――と、フレア自身にも自覚は有った。

 しかし、聴かずはいられない。

 オーディンの地上代行者としてみれば、ヒルダがクライオスを見送ったのは当然の行動なのだろう。だが、一人の人間としてはどうなのだろうか?

 

 もしかしたら、こんな自分の考え方はタダの邪推でしか無いのかもしれない。

 だけどもしかしたら、そうではなく、正にその通りのことであるかもしれないのだ。

 

 ヒルダは口元に小さく笑みを浮かべると、

 

「良いのですよ。クライオスさんが仰るとおり、アスガルド全体のことを考えるのなら、今は一刻も早く聖域(サンクチュアリ)に戻っていただかなくて行けませんからね」

 

 そう、普段と変わらないような口調と声色で、自分の立場に沿った回答を口にする。手にした聖衣の欠片を強く握りしめながら。

 フレアはそんなヒルダの内心を理解して、

 

「お姉さま……」

 

 と、ただそう呼ぶことしか出来ないのであった。

 思わずフレアは、ジークが余計なことをわなければ――なんて考えも持ってしまうが、それは完全に八つ当たりである。

 

「――って、どうしたのハーゲン?」

 

 ふとしてみれば、隣に居たハーゲンが何やら考え込んでいる。

 珍しいことも在る――なんて、チョットばかり酷い感想を思いうかべるフレア。

 

「え、あ、いや……大したことではないのですが」

「ないのだけれど――なんなの?」

 

 言いにくそうにしていたハーゲンに、フレアは続きを言うように促す。

 すると、

 

「クライオスの奴は、どうやって聖域(サンクチュアリ)の教皇に話をつけるつもりなのか、と」

 

 ジークフリードも、フレアも、ヒルダも、そのハーゲンの言葉に首を傾げる。

 そうなのだ。そもそも、クライオスは親書を届けると言う名目でこのアスガルドにやってきたのだ。では、その返事は?

 

 内輪揉めがなければ、ドルバルがソレを用意していたのであろうが、しかし今やドルバルは既に存在しない。そうなると――

 

「……それは、ヒルダ様に一筆書いていただいて――」

「一筆……書いたのですか?」

「え?」

 

 ジークフリードが口にした言葉に、ハーゲンが質問としてヒルダに返す。

 しかし、ヒルダはどうやら初耳――といった内容だったようである。

 

 不意に訪れるシーン……とした空気。

 

 どうやらクライオスの前途は、この先もまだまだ暗いようである。

 

 




気がつけば、書き始めてから結構な時間が経ったこの作品。
アスガルド編もそうでしたが、全体的に此処まで書き続けるつもりは無かったのに……。
短編――的な? そんな感じで適当に始めたものが、思ったよりも長く続いている。
私にとって、気分転換には丁度いい作品なのかもしれませんね。

取り敢えず今回で、アスガルド編は終了。
次回からギリシアでの中間話を書く……書くのかな? 兎も角、中間話を書いたら、その後に新章『聖闘士星矢・4年前から頑張って』に突入する――かも知れません。

そいでは皆さん。アスガルド編はコレまで~

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