聖闘士星矢 9年前から頑張って   作:ニラ

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続けて投稿とか……俺はどうかしてしまったらしい。
次話の投稿は流石に時間が空くと思われる。



30話

 

 

 

 俺の身体を包み込んでいく、白銀に輝く風鳥座の聖衣。

 暫く放置してあったためか、少しばかり聖衣が怒っているのかもしれない。普通の聖衣とは違って攻撃的な意志の塊である風鳥座の聖衣は、戦うということに関しては敏感に反応してしまう。

 

 今、こうして持ち主である俺の身体を包んでいる最中でも、目の前に立っている神闘士(ゴッドウォーリアー)に対する敵愾心が全くと言って良い程に消えていない。

 

「それは……まさか、聖衣!? 何故だ、その聖衣はワルハラ宮に……」

「並の聖衣とは違って、俺の聖衣には意志がある。『悪を倒せ、正義を行え』といった、強い意志だ。俺が悪と戦う決意をすれば、例え何万光年と離れた場所であろうとも、この聖衣は直ぐ様に俺の身体を包んで戦いに備える」

 

 指をさして、相手に言い聞かせるように強気な台詞を口にする。

 実際に『何万光年――』なんて事は解らないが、即興の口上としては上出来だろう。

 

「……フ、フフフフ」

「なんだ?」

 

 突然笑い出したウルの反応は、俺の予想とは違うものだった。てっきり、『……クッ!? だがそんな程度で――』なんて、言う。悪役臭の漂う台詞を口にしてくると思ったのだが。

 

「面白い。正直、丸腰のネズミや候補生共の始末などという下らん任務に、少々鬱憤が溜まっていた所だ。貴様が戦う力を持っているというのなら、精々俺の苛立を鎮める役に立ってもらおうか」

 

 言いながらウルが剣を軽く振るうと、その剣圧で足元の雪が吹き飛んでちょっとした溝を作る。流石は腐っても神闘士と言うことだろう。しかし、ハッキリとフレアの事を始末するつもりだった――と宣言したな。

 

「やっぱり、フレアの事も始末するつもりだったのか」

「ドルバル様の治められるアスガルドに、既に命脈を絶たれたヒルダの妹など何の役に立つというのか」

「何だと! 貴様、よりにもよってフレア様にまで手を掛けるつもりだったと言うのか!!」

 

 鼻で笑うように言ってくるウルに、当事者であるフレアもそうだが、ソレ以上にハーゲンは反応を示す。

 

「当然の流れだ。……貴様も、仮にも神闘士を目指す候補生であるのなら、そんな一人の人間に固執などせず、もっと大きな視点で物を見るようにするのだな」

「黙れッ!!」

 

 ウルの態度が、ハーゲンには腹に据えかねたのだろう。怒りに身を任せて、ウルへと跳びかかっていった。それでも唯襲い掛かるだけではなく、小宇宙を燃やしているのは大したものだといえるだろう。

 

 だが……それは、相手が一般人程度の実力であったのならばだ。

 

「愚か者めが」

 

 迎え撃つウルの方には、何ら気負った様子はない。

 ユラリと流れるような動きで剣を構えると、飛びかかるハーゲンに向かって躊躇いのない一撃を見舞うのであった。

 

 とは言え、ソレはこの場に俺が居なければ、だ。

 

「貴様……」

 

 振るった剣に手応えを感じなかったウルの視線は、睨むようなモノへと変化して俺へと注がれた。

 俺はその視線を受け止めながら、腕の中で呆然としているハーゲンを地面へと放り出す。

 

「あいたッ!」

「お前ね、無闇矢鱈と飛び込むんじゃあ無いよ」

「フ、フレア様に対して、あのような事を言われて――!」

「それをカバーする、俺のことも少しは考えろ。馬鹿者」

 

 何ていうことはない。

 ウルの剣がハーゲンを捉える前に、ハーゲン自体を横から掻っ攫っただけだ。

 俺はハーゲンを放って一歩前に踏み出し、ウルの視線を受けながら問いただす。

 

「大きな視点で見た結果が、今回のクーデター騒ぎなのか?」

「クーデターではない。これは、より良い状態へと変化を促す……言うなれば浄化だ」

「浄化ね。ヤる側の理屈ってのは、勝手なものだな」

「力を持って正義を成す。貴様ら聖域(サンクチュアリ)の連中が、今までやって来たことだろうが」

「そうだな、それは確かにそうだ」

 

 言い分としては、ウルの言葉は間違ってはいない。

 聖域は、今まで『地上の愛と平和のため』に、それを害する存在と戦ってきた。それは神話の化け物や神であったり、場合によっては人であったりと様々である。しかし総じて言えることは、それらを討ち倒すために使ったものは、ソレ全てが力だということだ。

 

 まぁ、そういう意味では、アスガルドで行われようとしていることと、今現在の聖域(サンクチュアリ)が行っていることとでは、然程の違いはないのだろう。

 

「でもな、聖域(サンクチュアリ)がそうだからって、お前達のやろうとしてる事を、俺が黙認する理由にはならないんだよ」

「何だと?」

「究極的には、だ。聖戦だろうがなんだろうが、要はその当事者達が気に入るかどうかなんだよ。俺は今の聖域(サンクチュアリ)も結構気に入ってるから、ソレをどうにかしようとは然程思わない。もっとも、お前は今のアスガルドが気に入らないから、ドルバルの側に付いたんだろうがな」

「まさか、ソレが許せない――等と、言うつもりではないだろうな?」

 

 睨むと言うよりも、呆れるといった方が正しいような表情を、ウルは俺へと向けてくる。とは言え、そんな風に思われるだろうことは、自分自身良く解っている。それに

 

「そんな事を言うつもりは、更々無い。ただ俺は、俺の平穏を邪魔する奴等は許さないし、気に入らない奴には絶対に味方しようなんて思わない。そもそもドルバルよりも、ヒルダのほうが好感が持てるんでね。言っただろ? 『究極的には、気にいるかどうかだ』――って」

「聖域(サンクチュアリ)から来たドブネズミ風情が……随分とイキの良いことを口にする。既に賽は投げられたのだ! もう1日もせずに、ヒルダの小娘は死に絶える!」

「そんな! お姉さまが!」

 

 俺に対しては嫌悪感を、そしてこの場に居る他の者達に立ちしては優越感を醸しだしながら、ウルはとうとうヒルダの情報を口にした。

 その内容にフレアは勿論だが、ジークなども声には出さずとも狼狽えた表情に成っている。

 だが俺は、その言葉にほくそ笑んだ。

 

「へぇ……じゃあ、後半日は大丈夫ってことか。貴重な情報、どうも有り難う」

 

 そうなのだ。

 ウルの言葉を何処まで信用して良いのか? ということに関しては疑問が残るが、少なくともフレア達を纏めるのには十分に役立つ。

 俺はウルを挑発する意味も込めて、ニヤリと笑みを浮かべた。案の定、ウルはその表情に反応して顔色を変化させる。

 

「ふん! 今ここで死ぬ、貴様には何の意味もない情報だ!」

 

 瞬間、ウルの身体から小宇宙が立ち上る。

 俺は一歩踏み出して、その攻撃に備えて動き出した。

 

「ノーザンエッジ!」

「させるか!」

「ヌゥ!?」

 

 振り上げた剣を、ウルは勢い良く振り下ろそうとするが、俺は振り切ろうとする腕を掴んで抑え、その動きを制限する。

 

「小僧! 離せ!」

「誰が離すか! 馬鹿者が!」

 

 力を込めて、無理矢理に剣を振るおうとするウルの動きを、力を込めて何とか抑え続けるが、当然こんなことをズット続けようとは思ってもいない。

 

「ハーゲン! ジークフリード! 何をボサッとしてる!! サッサとフレアを連れて避難しないか!」

「ひ、避難?」

「フレアが近くに居たら、満足に戦えないんだよ!」

 

 怒鳴るように発した俺の言葉に、漸くハッとしたハーゲン。

 直ぐ様に慌てるような動きで走り出すと、フレアの元へと駆け寄った。

 

「フレア様、此方へ。クライオスの邪魔になってしまいます」

 

 そう言うハーゲンはフレアの腕を取ると、引っ張るようにしてこの場から避難していく。しかしジークフリードは?というと、何度か此方を盗み見るようにするものの、結局はフレアやハーゲンの後を追って行くのだった。

 

 全く……面倒な奴だな。ジークフリードは。

 

「いい加減に……離せ!!」

「クッ!」

 

 ギリギリと力を込めるウルの剣を、俺は横に逸らして自分自身もソレとは反対の側へと身体をずらす。振られた剣はそれでも威力の有るものらしく、鋭い剣圧が雪と前方に有った木を両断した。

 

「ハァッ!」

「フンッ」

 

ウルは更に返すように腕を翻すと、横薙ぎに剣を振るって此方を狙う。

 隙かさずウルの腕を抑えていた手を、パッと離した俺は、大きく跳躍をして後方へと跳ぶ。そして「ふぅ……」と息を吐きながら、プラプラと手を振るった。

 

(流石に……単純な腕力なら向こうが上か)

 

 簡単な分析をする俺だが、当然腕力以外にも身体的な差――要は、手足の長さなども向こうの方が上なのだが……

 

(コイツに負ける気は、しないな)

 

 目の前に居る人物の敵意と小宇宙を感じながらも、俺は薄っすらと笑みを浮かべていた。

 

「何を笑っている? 気でも触れたか?」

「どちらかと言えば、気が触れてるのはソッチの方じゃないか?」

「何だとぉ」

「いや、ある意味、本気で忠告するけどな。……諦めた方が良いと思うぞ? 俺が思うに、ドルバルの企みは、アスガルドを平定するだけじゃ終わらないんだろ? どれだけの戦力を用意するつもりなのかは解らないが、俺程度を始末することも出来ない体たらくじゃあ……とてもとても」

「なら安心しろ、今直ぐに貴様は殺してやる!」

 

 俺を殺せたらどうこう――といった話ではないのだが。どうやら、理性的な話し合いは無理なようだ。とは言え、元々話し合いに期待していたわけではない。

 

 フレア達が、ある程度の距離まで離れる時間が欲しかっただけ。

 そして、そのある程度の距離も今の時間だけで十分に稼ぐことは出来た。

 

 剣を構えて駆け込んでくるウルは、俺を一刀の元に斬り捨てようと大きく振りかぶってみせる。コレは

 

「聖闘士には、一度見た技は通用しない」

 

 この台詞を使う場面だろう。

 

「ノーザンエッジ!」

 

 小宇宙を高め、力強く振り下ろされたその一撃は、速度も威力も前回までの比ではなかった。縦一直線に走る剣圧は数十m先にまでその威力を伝え、大地と木々を両断して突き進んでいく。

 とは言え……

 

「遅い」

 

 既にその程度の速度では、俺を捉えるには遅すぎた。

 

「なっ!?」

「遅すぎる」

 

 自身の背後から聞こえた声にウルは驚いたように飛び上がり、そして自身の放った剣の衝撃と、アッサリと背後へと回った俺とを交互に見比べている。

 流石に黄金聖闘士の様に『身動き一つ見せずに避けきる――』といった芸当は不可能だが、ウルが剣を放つよりも早く回避をするくらいのことは造作も無い。

 

 ……恐らく、ウルの実力は青銅聖闘士に毛が生えた程度なのではないだろうか? さて、他のルングやロキはどの程度なのか。とは言えアスガルドの神闘士は、聖域の聖闘士以上に層が薄いように感じる。

 

 数少ない神闘士の一人であるウルが、俺程度をどうにも出来ない事実を見るに……連中は黄金聖闘士の実力を、過分に過小評価しすぎなのではないだろうか?

 

 もしくは……教皇(サガ)と、ドルバルの間で何らかの密約が――と、

 

「舐めるなァ!」

 

 余計な考えに没頭している間に、ウルが吠えながら突撃をしてくる。

 今まで生活環境が、物事を深く考えるタイプの少ない状況下に有ったため、妙な考え癖が付いたのだろうか? 戦闘中は、少しくらい自重する様に心がけなくてはいけないな。

 

「取り敢えず、ここまで情報を引き出せれば、後は十分」

 

 迫るウルに対して、俺は指を突きつけて言葉を漏らす。

 そして体の奥で渦巻く小宇宙を燃焼させ、指先から相手に向かって技を仕掛けた。

 

「氷結輪(カリツォー)」

「なに――グッ!?」

 

 言葉と同時に技は発動し、指先から現れたキラキラと光るリングがウルの身体に纏わり付くように拘束していく。徐々に身体の動きを鈍くさせるウルは、駆ける足も動きを止め、自身の体を包む氷結輪(カリツォー)の輝きに視線を巡らせた。

 

「ぬ、ぬぅ……何だ、この俺の体を包むリングは」

「便利な技だろ? 相手の動きを封じるための技だ。お前はそこから、一歩も動くことは出来ない」

「巫山戯るな……!」

 

 呆れたように溜め息を吐く俺を他所に、ウルは身体に力を込めて氷結輪(カリツォー)の呪縛から逃れようとする。しかし徐々に氷結輪(カリツォー)は数を増し、その拘束力を増大させていく。

 

「諦めた方がいい。その氷結輪(カリツォー)から逃れるには、アンタじゃ少し時間がかかる」

「おぉおおおおおおおおお!」

「そして、その時間を放っておくなんて事は、俺はしない」

 

 動けない相手に強がる俺も相当だと思うが、しかし手段を選ぶには、時間と戦力が極端に此方側には少なすぎる。

 どうか、悪く思わないで欲しい。

 

「彼の世で来世を待ちながら、ただ只管に後悔を繰り返せ。――デヴァイン――ッ!?」

 

 腕を振り、拳を放とうとした矢先に、俺は嫌な感覚に動きを鈍らせる。

 ……見られている。

 そう感じた瞬間、俺は拳を引いて歯軋りをする。

 この現場を遠間から見ている人物に、正確に言えばこの場を眺めている陰湿な小宇宙に憶えが有ったからだ。

 

「ハァアアアアアア!」

 

 俺が拳を引いたその間は、相手にとっては十分な時間だったようだ。

 氷結輪(カリツォー)の呪縛を無理矢理に引きちぎる様に粉砕したウルは、僅かに肩で息をしながら口元を吊り上げる。

 

「何が時間が掛かる――だ。アレくらい、少し本気に成れば何ということもないわ! そもそも、この極寒のアスガルドで生まれ育った俺に凍結拳を放つなど……愚かにも程が有るぞ!」

「チッ!」

 

 思わず舌打ちをしてしまうが、当然その理由は見当外れなことをウルが口走っているからだ。ウルはどうやら、自分が唯の捨て駒にされていることも解っていないらしい。

 

 どうする?

 この場を監視しているのは、間違いなくロキだろう。

 ロキの監視など無視をして、ディバインストライクを放つか? しかし、ソレをすれば手の内がバレてしまう。ディバインストライクは俺の拳、俺の技だ。コレ以上に上手く扱える技は、今の俺には無い。

 

 うん? それを――使わなければ良いのか? ハハッ、なんだ。単純な話だったじゃないか。

 

「フフフ」

「うん?」

「フハハハハハハ!」

 

 出来るだけ大きな態度に見えるように、俺は大きな笑い声を上げた。

 そして大胆に、不敵見えるように口元を釣り上げて笑みを浮かべる。

 

「面白い! ならば俺の持つ『最大の凍結拳』で、お前のその傲慢な表情ごと凍りつかせてやろう!!」

 

 小宇宙を高め、腕を振るうことでキラキラと煌く氷の結晶の様なオーラを出現させる。それに依る影響だろう、周囲の温度は更に一段と温度を下げる。

 ウルは俺の行動、そして周囲の変化に片眉を持ち上げるが、直ぐに挑戦的な表情へと変化した。

 

「言った筈だぞ! 凍結拳など、俺には通用しないとな!!」

「ソレはこの拳を受けてから言うんだな!!」

 

 俺も、そしてウルも、互いに構えを取り小宇宙を高めていく。ウルの小宇宙は剣へ、そして俺の小宇宙は拳へと集まっていく。

 

 渦巻く様な凍気の塊。

 それが掌の上で十分な形となると、俺はソレを一気に握り潰した。

 

「ダイヤモンド……ダスト!!」

「ノーザン・クロスエッジ!!」

 

 拳に纏ったっ凍気を一直線に打ち出す、水瓶座AQUARIUSのカミュ直伝の凍結拳――ダイヤモンドダスト。ソレに対してウルの手にした剣は炎を纏い、音速を超えた剣戟で襲い掛かってくる。

 

 目前の対象を尽く凍て付かせる氷の拳。

 そして炎を纏い、敵を滅ぼす炎の剣。

 

 此等2つが宙空でぶつかり合い、瞬間の交差の後に俺とウルの立ち位置は真逆になっていた。

 

 ダイヤモンドダスト……。俺の扱える最大の凍結拳を、確かにウルの身体に叩き込んだ。しかし

 

「――ッ!?」

 

 ピィ――と、線が走るように、俺の身体の上を十字の光が駆けると、その場所から炎が吹き上がった。

 

「ぐ、ガァ!?」

 

 流石に、熱い。

 全身を覆う炎が呼吸を遮り、酸素の供給を邪魔しようとしてくる。

 

「言ったはずだぞ。……この俺に、貴様の凍結拳など効かんとな」

 

 勝利を確信したのか、ウルは饒舌に成りながらほくそ笑む。

 だが、舐めるな!

 

「今直ぐに止めを――なッなんだ!?」

 

 自身の肉体に起きた変化に戸惑い、ウルは慌てた声を出す。

 何故なら、バキバキと音を立てながら体中が凍り始め、全身が氷に覆われだしたのだから。

 

「残念だったな」

「おのれッ! 貴様!!」

 

 俺は腕を振るって自身の身体を覆っていた炎を吹き飛ばすと、殆ど氷像と言っても良いほどに固まり、身動きの取れなくなったウルを睨みつけた。

 

「言っただろ? 『この拳を受けてから言え』ってな」

 

 凍りついているウルに、俺は余裕を見せてニヤリと笑ってみせた。顔以外を殆ど氷に覆われている状態で、ウルは尚も噛みつかんばかりの視線を俺にぶつけてくる。

 

「この、程度の拳で……!」

「ダイヤモンドダストの威力は、最初に放った氷結輪(カリツォー)の比じゃない。諦めろ」

「諦めろだと? ……巫山戯るな! 今まで虐げられてきた、我等アスガルドが立つ時が今なのだ! それをこんな事で、お前のような子供に邪魔をされて堪るか!」

「……ッ! 嫌な言い方をする奴だな」

「俺達はアスガルドを、ドルバル様ならば更に素晴らしき国へと導いてくださると確信している! それを、その思いを、こんなことで諦めて――」

「お前、思ったよりも純粋な奴だったんだな?」

 

 声を荒らげ、非難するような言い方をするウルであるが、思いの外に強い愛国心を持っていることに、俺はただ驚かされた。

 しかし、コイツの選択した方法というのは、残念なことにヒルダと、そして何より俺という人間を犠牲にすることを絶対条件として考えられている。

 

 残念なことに、俺はアテナのように慈しみや自己犠牲の精神を持った慈悲深い神ではない。あの、もっとも神に近い男にして、慈悲の心など一切持たないと公言する、乙女座ヴァルゴのシャカの弟子である只の人間なのだ。

 

 考えさせられることはあれど、それで俺が目の前の神闘士の意見を汲むことは有り得ない。

 

「でもな、俺はヒルダの味方なんでな。お前のその考え方、立場が違えば共感したかもしれないが、国を良くするという思いをヒルダの下で形にする――と考えなかった時点で、お前たちは唯の悪党なんだよ」

「くそ! くそーーーーーーー!!」

 

 言い切った後で俺は一瞬で相手の元へと踏み込み、再びダイヤモンドダストをゼロ距離で叩き込んだ。拳は相手を覆っていた氷を砕き、神闘衣を破壊し、ウルの体ごと大きく吹き飛ばした。

 

 弾かれるように飛んでいったウルは、何度か地面をバウンドするよう跳ねると、樹の幹に打つかって力なく倒れこむ。そして倒れたその体は、ダイヤモンドダストの影響により凍てつくような氷に覆われて行くのであった。

 

「先ずは一人目……か。流石に黄金聖闘士程には強くはなかったが、コイツ……思ったよりも強かったな」

 

 殴り飛ばした相手の小宇宙が完全に消えたのを確認した後、俺は溜め息を吐きながら小さな声でボヤいていた。

 

 自身の記憶にあるウルという神闘士は、アンドロメダ瞬には強かったが、フェニックス一輝には一瞬で負けた、所謂『最弱の神闘士』といったイメージしかなかった。

 それが思いの外に強く、完全に無傷と言うわけには行かなかったのだ。俺が一輝よりも弱いとも考えられるが、それよりも問題なのはこの先、ヒルダの救出が予想以上に困難そうであると言うことだろう。

 

 そこまで考えた所で、俺はこの場を監視していた小宇宙の事を思い出して意識を向ける。

 

「……消えた、か」

 

 周囲を隈無く探ってみるが、どうやら相手は俺の索敵範囲から離れたようだ。上手い具合に、ちゃんと騙されてくれると良いのだが。

 

 前途多難、先行き不安、色々なネガティブワードを頭に思い浮かべながら、俺は避難していったフレア達と合流するべく、移動を開始するのであった。

 

 

 


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