俺の名前はクライオス、生粋のギリシア人です。
クライオスという名前以外に、二つ名や異名のような物は特に無い。「将来的に付けば良いなー」とは思うが、今現は無いので仕方が無い。
さて、俺は『俺という存在を中心とした物語の主人公』で、ある筈なのだが。どうにも普通の人とは勝手が違うようだ。
普通の人間は『自分が主役のどうなるか解らない物語』を経験するのだろうが、俺はこの先どうなるのかは、ある程度知っているのだ……。
要は転生―――とか、トリップ―――とか、憑依―――とか、そういう奴だ。
それらの言葉のどれが一番正しいのか? と聞かれても、残念ながら判別のしようがまるで無いのだが。
実際、自分が死んだ記憶は今のところは無い。元々日本で働いていた一企業戦士だったことは覚えているんだが、死んだ覚えはまるで無かった。
とは言え、『突発的なことで死んだので記憶に無いのだ』とも取れるし『まだ思い出していないだけ』とも取れる。
そのため、自分が転生したのか憑依したのか、その絶対的な違いに答えを出せないのが現状と言えるだろう。
まぁ、とは言えだ。そんな事は『今の状況』と比べれば、非常に些細な事だと斬って捨てる事が出来る。
前世の記憶?
過去の自分?
そんな物は生きていてこそ意味のあることだ。
つまり―――
「無理ーッ! 無理だってば!! もう限界なんだってさっきから言ってるだろ!!」
「安心したまえ……。君の目指す所は、その『限界』とやらを超えた先に在る」
「そういう問題じゃ無いんだよ! このままじゃ死ぬって言ってんだ!!」
「その時は私自らが経を読んでやろう……。気にせず迷わず逝き給え」
「ぶっ飛ばすぞシャカ!!」
「―――其れが出来れば一人前だ」
第一話 此処は聖域! 死ぬって言ってんだろ!!
さて、俺の発した『シャカ』と言う言葉で気付く奴は気付くだろうが―――そう、シャカとは、あの黄金聖闘士・
此処はギリシア聖域(サンクチュアリ)の中に存在する修練場で、俺は其処で『今日も』シャカに鍛錬という名前の虐めを受けていた。
『聖闘士の育成は聖闘士が行う』
つまり、どういう訳か、俺はシャカの弟子として、悪魔超人が感嘆の声を漏らしそうな修行の日々を強要されているのだった。
『え!? シャカは嘆きの壁で死んだんじゃないの!?』
と、思う人も大勢居る事でしょう。
御安心下さい。
現在の時間軸は原作が始まるずっと前、星矢がカシオスを苛めて天馬座の聖衣を手に入れる約9年前なのだ。
当然シャカも若く、現在はなんと11歳。
頼れる兄貴的な存在だった他の黄金聖闘士の方々も、今現在の事を言ってみればちょっと頼れる『小僧共──』といった所だ。
『前回(敢えて前世とは言わない)』の記憶と併せて既に30オーバーの俺からすると、微笑ましいやら扱いが難しいやら……。
あ、因みに俺は8歳です。
さて今の状況をより詳しく説明する為に、普段の俺の生活を教えようと思う。
まず日の昇る前から目を覚まし、朝食の準備を行い(肉類は全てカット)、訳の解らん説法を聞かされ(大地に頭を擦り付けて、この私を拝め!!)、精神修養という名の座禅を昼過ぎまで続け、肉の無い昼食を食べ、肉体鍛錬という超過トレーニング(星矢がやっていたのを思い出して頂ければ幸いだが、簡単に言うと筋トレを千回単位で行う)をした後に、『小宇宙を感じろ!!』とその日その日によって違う修行をし、動物性タンパク質のまるで無い夕食を食べてから湯浴みをして寝る。
―――そんな毎日をただただ過ごしている訳だが、現在はそんな中でも一番厄介な『小宇宙を感じろ!!』の修行の真っ最中だ。
長々と説明してきたが、俺は足場の悪い切り立った崖の上に一人で立っていて、一歩脚を踏み外せば転落は必至。
そのうえ下には剣山の如く突き出している岩山が顔を覗かせている。落ちれば最後、昆虫採集の虫のような姿を曝してしまうだろう……。
だと言うのに―――
「何で俺は、こんな場所でこんなポーズをしてるんだ!!」
心からの叫びが修練場―――まるでムウの館へと続く聖衣の墓場のような場所に木霊した。
現在の俺の姿勢は右足一本だけで立ち、身体を前傾にして顔を上げ、左の足は後ろに持ち上げお尻よりも高く、そしてその足首を左手で掴み、右手を真っ直ぐ前に伸ばしている―――所謂、『踊るシヴァ神のポーズ 』というヨガのポーズをとらされていた。
しかも、かれこれ数時間……だ。
始めた頃はどうして『シヴァ神? 貴方は仏教徒じゃ無いんですか?』とも思ったが、今はそれど頃ではない!
注釈(そもそも、仏教徒がアテナの聖闘士をしている点を突っ込んでください)
「クライオス……君が其処でその様な姿勢をとっているのは、君の内に眠る意識……つまりはコスモを感じ取るためだ。
私はそう何度か説明をしたはずだが?」
「今のは質問じゃねーんだよ!! この馬鹿師匠!!」
シャカの何処かずれた説明に俺はすかさず突っ込みをいれるが、その間も身体はプルプルと情け無い震えを繰り返している。
そんな俺の窮状を知ってか知らずか―――いや、間違いなく知っているのだろうが、シャカは溜息を吐いて言ってのけた。
「程度の低い雑言を言ってる暇があるのなら、さっさと現状を乗り切る努力をしたらどうかね?
もうそろそろ、限界なのだろ?……其の侭では落ちてしまうぞ」
「んな事いったって―――っ!?」
「君がその窮状が脱する方法は、自らの小宇宙に気付き、其れを高める術を行って私に認められるか……もしくは―――」
「も、もしくは!?」
悲鳴を挙げる身体に鞭打って、何とかバランスを維持し続けながら俺は言った。
とは言っても、そろそろ限界です!
「大地に頭をも擦り付けてこの私を拝む事だ!! そうすれば万が一にも―――」
「出来るかぁ! この状況でっ!!『ガラ…』アッ!?」
「む?」
……落ちた。
「……うぅ……ぃ、生きてる。何でだか知らないけど生きてるよ……」
「岩山に突きつけられる直前に、私が拾ってやったのだ。―――感謝したまえ」
大きな岩を背もたれにして膝を抱えて蹲っている俺に、シャカが上から見下すような視線を向けながら言ってのけた。
その態度に、俺は少しばかり怒りの気持ちを募らせてしまう。
大体、どうせ助けてくれるのなら落ちた瞬間に拾って欲しい!
あんな突き刺さる直前まで放って置くのはやめて欲しい!!
「……そもそも、あんな酷い修行やらなければ落ちる心配も無かったじゃないか」
ジト眼で睨みつけるような表情で、目の前に居るシャカ少年に文句を言う。
まぁ、俺も少年なので威力半減。その上、シャカは目を閉じているので更に半減と言ったオマケつき。
「君は強く成りたいのだろう? ならばあの程度の事は『哂って』乗り越えて見せたまえ」
「『笑って』?」
「そう……『哂って』だ」
フフフ―――と笑みを浮かべながら言うシャカ。
何やら、微妙にイントネーションと言うか、語意がずれている様な感じがするのだが……。
とは言え、シャカの言ってる事も『理解』は出来る。納得は出来ないけど。
そもそも聖闘士とは、人の範疇を越えるような化物と闘うための存在だ。……偶に例外があるようだが。
兎に角、基本的には対化物、もしくは対神々などの超常の者が相手となる。つまりは理不尽が相手な訳だ。
ならば此方も常識を超えて理不尽な存在になるしか無いのだろう。其れは解る。重々承知している。
だが問題なのは……
「もう少し段階を踏んで行って貰えると助かるのですが?」
どう考えても急ぎすぎだろ?と言える様な修行内容だ。
こちとら20年以上―――下手したら今の人生も含めて30年近く普通の人間をやっていたのだ。
急に『小宇宙を感じたまえ!』何て言われても、そんなの出来るわけが無い。
「充分に優しく扱っている積りだ。 そもそも、私が君の歳の時はすでに乙女座の黄金聖闘士だったのだぞ?」
「俺みたいな常識人を、アンタ達の様な奇人変人と一緒にしないで下さい」
大体、身体が成長しきる前に『光速で動く』とか馬鹿じゃないのか?
まぁ身体の成長なんてのは、聖闘士からすれば些細な事なのかも知れないけどな。
「やれやれ、君がこの聖域に来てから何年が経つ?」
「聖域に?……俺の時間感覚がアホに成ってなければ、まだ1年程度ですけど?」
眉間に皺を寄せて聞いてくるシャカに、俺は憮然と言って返した。
「違う……。もう1年が経過してしまったのだ。
確かに神仏からすれば僅か1年の月日など、瞬きにも満たない瞬間の出来事であろう。だが、君は人間なのだぞ?」
「それは……はい」
要は、有限でしかない人の命なのだから、一瞬一瞬を大切に取り組め―――という事を言いたいのだと思う。
なんて言うか、シャカの言葉は解り難いよな?
「仕方が無い。陽が落ちるまでにはまだ時間がある。君にはもう一度、小宇宙とは何なのか? という事について説明をするとしよう」
「え!? い、いや、あの、そろそろ買い出しに行かないと。……処女宮の食料備蓄も無くなりそうだし―――」
「その時は断食行に入って、自らの五感を研ぎ澄ます修行を行う」
「で、でも―――」
「あまり下らぬ口を挟むようなら……要らないのでは無いかね? その口。何なら、暫く閉じて置けるように協力してやっても構わんのだぞ?」
「何を言ってるんですかシャカ? さぁ、説法をお願いします」
すかさず姿勢を整えて、真面目な顔でシャカに向き直る。
シャカはそんな俺に溜息を一つ漏らして、向かい合うようにして座禅を組んで説法を始めた。
俺の変わり身が早い? 仕方ないだろ! 俺は『聖闘士候補生』で向こうは『黄金聖闘士』なんだよ!!
しかも人生経験は俺の方が上の筈なのに、精神年齢は向こうの方が高そうだし……要は口でも勝てません。
もっとも、大抵は論争に成る前にシャカの方が力技で押し通そうとするんだけどさ。
そもそも俺の訴えなど、最初から聞く気が無いんだこの男は。だいたい今回だって『口を閉ざす』=『天舞宝輪』って事だろう?
『先ずはその口からだ!!』
って、このドS聖闘士が!
大体自分で『慈悲の心を持ち合わせていない』とか言うような奴だもんな。
きっと、自分のS心を満足させる為に聖闘士になったに違いない。
まぁ、怖くて正面切っていう事は出来ないけどな。
「―――聞いていたかねクライオス?」
「……へ? 聞いてましたよ。小宇宙とは五感を越えた第六感末那識だって言うんでしょ?」
実際は全く聞いては居なかったのだが、この話は既に耳にタコが出来るほどに聞かされている。
そのため、特に耳を傾けていなくても大体どんな話をしているのか解るのだ。
事実、過去に何度かこれで乗り切った事があって―――
「クライオス、私は最強と言われる黄金聖闘士12人の中でも『最も神に近い』と言われているのは知っているな?」
「へ? えぇ、まぁ……。正直、どの神様と比較しての事なのか?って疑問はあるけど」
急に何を言い出すのだろうかこの人は?
と、俺は首を傾げながら返事を返したのだが。
「その私にだ。いやそれ以前に、師である私に嘘が通じるとでも本気で思っていたのかね?」
「あ、あれぇ?」
「私の話を聞いていなかったのだろう?」
徐々、にシャカから感じる雰囲気が重い物へと変わって行く。
俺はそれに『何でばれたんだ!!』ではなく、『どうしてそんな神の如き洞察力を、いま発揮するんだ!?』と思っていた。
サガの事には気づいていないクセに!?
「如何やら私は君に対して、少々優しく接しすぎていたようだ」
そう言うと、シャカはいつの間にか手に数珠を持っていてゆっくりと立ち上がっていく。
「そうだな、前々から気には成っていたのだが。君は私に対して敬意が足りないところがあるようだ……」
「いやいやいやいや!!そんな事無いって! 尊敬してま―――」
「先ずはその口からだ!!」
「んな―――!?」
とまぁこんな感じで、この日は結局、五感を剥奪されて一晩の間外に放置されました。
俺の第二の人生は、大体こんな感じで過ぎていってます。あぁ……シャカと出会って直ぐの頃の自分を殴り飛ばしたい。
どうして弟子になんてなったんだ!!と……。