大丈夫だ、問題しかないから。-Blue trajectory- <1st Season>   作:白鷺 葵

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6.シミュレーター・インフレーション

 軽快な着信メロディが鳴り響く。イデアぱっと表情を輝かせ、端末を開いた。

 『夜鷹』から、またコラボ企画およびオフ会の相談事だ。メッセージを読み込むうちに、ふと目を留める。

 

 

「オフ会予定日が、友人の誕生日に近いんだ……」

 

 

 『夜鷹』の友人とは、ユニオンの軍人、グラハム・エーカーのことだ。MSWADの精鋭であり、フラッグファイターとしての実力も高い。

 乙女座のA型で、刹那に運命を感じており、彼女に熱烈なアタックを繰り返している。彼のおかげ(?)で、刹那にも情緒が芽生えてきたように思う。

 姉貴分としてそれは嬉しい限りだ。こういう件に鋭い方々は、なんやかんやと苦言を呈しながらも、「あの子に春が来た」と喜んでいる。

 

 事情は知っていた。自分たちは、世界に矢を引く者。どう考えても、普通の幸福なんて望めそうにない。だからこそ、彼女のささやかな幸福に対して、複雑な色を見せるのだろう。

 心配なのはわかるけど、自分たちだって人間だ。誰かを大切に思うことを、誰かに文句を言われる筋合いなんてない。たとえ明日に死が待っていても、人を想うことを止められるはずがないのだ。

 

 最近、グラハムからのメールに返信する刹那の姿をよく見かける。時折、顔を赤らめて照れるような素振りも見せるのだ。

 

 少しづつではあるが、グラハムに絆されているのだろう。普段、彼に口説かれて殴り返すのは、照れ隠しなのかもしれない。

 刹那は言葉足らずであり、同時に言葉そのものを惜しむタイプだ。言葉にすれば薄っぺらくなってしまうとでも感じているためだろう。

 

 

「下半身がサイコロ……」

『気を付けろアレルヤ! ふざけたナリだが、あいつぁヤベーぞ!!』

 

「こんな機体、ヴェーダのデータには存在していない……!」

 

 

 シミュレーターの方から声がした。現在、アレルヤ/ハレルヤとティエリアが利用している。

 

 対戦相手の機体はタイプアンノウン、G-Dice型。その言葉通り、頭部はガンダムタイプでありながら、下半身がサイコロのような機体である。

 到底、まともに動くとは思えないデザイン。どこからどう見ても、誰もが「なんだこれ、ふざけてんのか?」とツッコミを入れたくなる姿をしていた。

 アレルヤが困惑から顔をしかめ、ティエリアが一抹の不安を抱えたまま機体を駆る。彼らは未知の敵へと挑みかかった。

 

 この中で状況判断に長けていたのは、アレルヤと会話していたハレルヤである。彼の直感は正解だ。G-Dice型は、外見こそふざけているものの、機体性能数値は異常なのだ。

 2人はもうすぐ、地獄に直面するだろう。正直、虚記(きょおく)でこの機体の情報を手にしたイデアでさえ、奴と戦ったら確実に撃墜され戦死する。賭けてもいい。

 

 戦闘が始まった。次の瞬間、四角い死神が牙を剥く。

 

 G-Dice型が出してきたサイコロの目は6。次の瞬間、穴から巨大ミサイルが発射された。

 キュリオスが機動力を活かして躱し、ヴァーチェとの連携で5発は叩き落とすことに成功した。残りの1発を、防御と超火力に特化したヴァーチェが受けに回る。

 轟音。爆音。けたたましい警戒音が鳴り響き、ティエリアのシミュレーターにDENGERマークが点滅した。あまりの状況に、彼の焦った声が響く。

 

 

「たった一撃でヴァーチェが大破しただと!? あのMS、大きさも威力も化け物か……!?」

 

 

 愕然としたティエリアを逃すほど、死神は優しくない。

 

 間髪入れずに爆発音が響き、ティエリアのシミュレーターが止まった。大きく出た『撃墜』の文字。出撃からわずか数分足らずのことだった。

 彼の『撃墜までの最短記録』更新である。ティエリアは、己のキャパシティを軽く超える現象に耐えきれず、ぼんやりと画面を眺めていた。

 

 

「くそっ! よくもこんなMSを」

 

 

 ハレルヤの言葉は、最後まで続くことはなかった。

 

 G-Dice型が出してきたサイコロの目は1。次の瞬間、穴から拡散メガ粒子砲が放たれた。慌てて回避しようとしたキュリオスであったが、間もなく光に飲み込まれた。

 轟音。間髪入れずに爆発音が響き、アレルヤのシミュレーターが止まった。画面に大きく出た『撃墜』の文字。彼もまた、『撃墜までの最短記録』更新である。

 あっけにとられる男2人の背中はシュールであった。しばしの沈黙。彼らは茫然自失のまま、交代時間まで座っていた。

 

 何も知らない刹那とロックオンがシミュレーター室に入ってきた。それを察知したアレルヤとティエリアが、燃え尽きたような表情を浮かべて立ち上がる。そのまま、2人はふらふらとシミュレーター室を出ていった。

 刹那とロックオンは首を傾げて2人を見送る。2人はこれから地獄へと踏み出すのだ。イデアは生暖かい眼差しで、刹那とロックオンの背中を見守っていた。2人がシミュレーターを起動させる。エクシアとデュナメスが出撃した。

 

 

「相手は……――!!?」

「な、なんだこりゃあ!?」

 

 

 2人の相手として出てきた機体は、HARO-86型。どこからどう見てもハロだ。艦内でよく見かける、ソレスタルビーイングの愛くるしいクルーにしてマスコットたち。ただし、自分たちの知っているサイズよりはるかに大きい。

 物々しい起動音とともに、普段はしまわれている足と手のアームが伸びる。「こいつ、動くぞ!?」と、ロックオンが戦慄する声が聞こえた。刹那なんて、驚きすぎてコメントできないでいるようだった。丸い悪魔が立ち上がる。HARO-86型の目が不気味に光った。

 マスコットが巨大化したという印象が強いHARO-86型だが、可愛らしい外見とは裏腹に、G-Dice型とタメ張れるほどの能力を持っている。機体能力値も搭載された武装もとんでもないものばかりだ。これを開発してしまったら、世界のパワーバランスは大崩壊するだろう。

 

 単純な戦闘力で言えば、ガンダムなんて殲滅できる。「当たらなければどうということもない」で回避し続けることも可能だろうが、それはもう人間の域を超えなければ不可能だろう。ニュータイプでも連れてこないと。いや、ニュータイプでも辛いかもしれない。

 

 次の瞬間、HARO-86型は耳(?)のカバーを開けた。そこから放たれるハロの雨あられは、ふざけてるとしか言いようがない。だが侮るなかれ。一撃でも喰らえば、先程のティエリアやアレルヤ/ハレルヤと同じ末路を辿るのだ。真面目にやる方が損する世の中だ。

 エクシアが必死に回避し、デュナメスが攻撃を射撃で相殺しつつ回避する。間髪入れず、ハロの雨あられが降り注いできた。HARO-86型の弱点は『武装がマルチロックに対応していない』ことだが、それがどうしたと言わんばかりにHARO-86型は攻撃を続ける。

 

 シュミレーター室は阿鼻叫喚。刹那の焦る声とロックオンの悲鳴が、見事な二重奏を奏でていた。

 

 

「何がハロ・ビットだ! まんまハロじゃねえか!」

 

「くっ! あまりにも量が多すぎる!」

 

 

 次の瞬間、ビットではなく大量の泡が飛んできた。エクシアの移動範囲がグッと狭まる。デュナメスが射撃で泡を壊すが、間に合わない。

 そのタイミングを待っていたかのように、HARO-86型はまた大量のハロを放つ。泡で逃走範囲を潰されていたエクシアは、あっという間に飲み込まれた。

 

 轟音。間髪入れずに爆発音が響き、刹那のシミュレーターが止まった。画面に大きく出た『撃墜』の文字。彼女もまた、『撃墜までの最短記録』更新である。

 

 

「刹――!?」

 

 

 ロックオンは、刹那の名を呼ぶことができなかった。HARO-86型が、デュナメスに向かって猛スピードで突っ込んできたためである。慌てて防御体制に移ったが、HARO-86型のタックルは難なくデュナメスの装甲をぶち抜いた。

 轟音。間髪入れずに爆発音が響き、ロックオンのシミュレーターが止まった。画面に大きく出た『撃墜』の文字。彼もまた、『撃墜までの最短記録』更新である。接近戦対応用としての剣を使う間もない終わりだった。

 2人もまた、アレルヤ/ハレルヤとティエリアと同じように、無言のままシミュレーター画面を見つめる。刹那とロックオンの口元が戦慄(わなな)いた。気持ちはよくわかる。理不尽にも程がある『蹂躙』だ。

 

 ややあって。

 ようやく2人が口を開く。

 

 

「俺は、ガンダムになれない……。ガンダムは、ハロだったのか……?」

 

 

 刹那は愕然とした表情でそう言った。アイデンティティが崩壊してしまいそうな顔だった。

 

 

「どうしてこんなMSを出した!? こんな悪魔を出したんだ! 言え、言うんだ!!」

 

 

 「この前も色々アレだったけど、今回は輪をかけて酷いな!」と叫んでシミュレーターを責めるロックオンは、先日のシミュレーターで出てきた敵を思い出しているようだった。

 ちなみに、先日に現れた機体はタイプアンノウン、G-Devil型シリーズ。本体と一緒に、本体が子飼いにしてると思しき機体が大量に現れた光景は(悪い意味で)壮観である。

 頭部はガンダム、下は触手のようなものが地面を割って屹立するその姿は、「こいつ本当にガンダムなの?」と首を傾げたくなるような出で立ちであった。勿論、それを見た刹那は「お前はガンダムではない」と否定していた。

 

 シミュレーション結果は、全員が連携してどうにか撃破できたシロモノだ。G-Devil本体型さえいれば、全自動でG-Devil型シリーズがセットになって登場する。

 今度はプトレマイオスも交えてシミュレーターをしてみたい。おそらく、スメラギやクルーたちは絶叫するだろう。

 

 イデアは端末に視線を戻した。

 

 今の刹那では、オフ会の話し合いをするのは無理だろう。もうしばらく時間を置く必要がありそうだ。

 端末を操作して『夜鷹』へのメッセージを打つ。『あの子ともよく話し合ってみます』というメールを送り、イデアは端末を閉じた。

 

 しかし、イデアは知っている。数時間後、刹那にこの話題を振り『誕生日をお祝いしてあげようか』と提案すると、彼女は満更でもなさそうにすることを。

 何度かのやり取りの後で、次のオフ会が『3泊4日の日本・京都巡り』に決定し、コラボ企画と共にグラハム・エーカーの誕生祝いをすることが決まることを。

 イデアは笑みを深くした。『夜鷹』から了解のメールが帰ってくる。端末を閉じ、そろりとシミュレーター室を後にする。あの地獄絵図を見て、単騎出撃する気にはならなかった。

 

 出たとしても、開始早々撃墜がオチだ。メンバー中、イデアの『撃墜までの最短記録』がTOPになるだけである。

 

 ティエリアが鼻で笑う図が見えていたが、今回のシミュレーター結果がそれを捻じ曲げていた。

 「その気持ちはよくわかる」と深刻そうな顔で、肩を叩いてくれるだろう。

 

 

(でも、その励ましは、あの子たちにしてあげてほしいな)

 

 

 でなければ、イデアが知っている数時間後に繋がらない。だから、シミュレーター室の外にある休憩室で項垂れていたアレルヤとティエリアに声をかけた。

 

 

「シミュレーター、大変なことになってたね」

 

「なんであんなもの受信しちゃったの」

 

 

 ぐったりした表情で、アレルヤが訊ねてきた。そんなこと言われても、視えてしまったのだから仕方がない。

 イデアは遠い目をした。自分の表情から、アレルヤとティエリアも何かを察したらしい。深刻そうな顔をして、ぽんと肩を叩いてくれた。

 

 

「ということは、あの2人も?」

 

「ええ。出てきたのはこれよ」

 

 

 ティエリアに端末を見せる。表示されたのは、先程のシミュレーターの戦闘結果である。

 

 HARO-86型、と2人が機体名を呼んだ刹那、展開する地獄絵図。圧倒的な戦闘力に、アレルヤとティエリアは顔を青くした。

 こんなのが三大国家やテロリストに流通していなくて本当に良かった。自軍が開発できれば儲けものだが、敵に開発されたらもう目も当てられない。

 シュミレーター室の扉が開く。刹那とロックオンがふらふらとした足取りで廊下を進んでいった。燃え尽きた顔をしている。つい先程のアレルヤとティエリアと同じだ。

 

 アレルヤとティエリアはしばし顔を見合わせた後、刹那とロックオンの肩にぽんと手を置いた。

 その気持ちはよくわかる、という言葉の代わりに頷いて見せる。それだけで、4人は通じ合ったようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、俺も質問していい?」

 

 

 淡い栗色の髪を揺らして、少年は無邪気な笑みを浮かべる。

 

 

「空が綺麗だって思ったことある?」

 

 

 問われた壮年の男性は、戸惑いながらも「是」と答えた。少年は嬉しそうに表情をほころばす。

 どこからどう見ても、彼は『人』と同じだった。この少年がフェスト■ムだなんて信じられない。

 空について語る少年の姿は、いつぞやの友人のことを思い出させてくれる。クーゴはちらりとグラハムを見た。

 

 グラハムも嬉しそうだ。奴は空を愛し、空を自由に翔けたくて、空軍に入った男である。空を愛したきっかけは、空の美しさへの憧れだった。

 クーゴも同じような、けれど少しずれた理由で、空軍に入った。その根底には、『「空が綺麗だ」と思ったから』もある。

 

 

(『空が綺麗』か……)

 

 

 こんなにも単純な共通認識。共有できる感情。『目覚めた』クーゴだからこそ、胸に響くものがあった。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 紆余曲折あったが、■ェストゥムの少年はアルティメット・クロスに同行するという。

 

 彼は自分のミ■ルの代わりに、人類がどのような答えを出すかを見守るつもりだ。その顛末によっては、彼はミー■の判断に従って敵対することもありうる。

 その証拠が、竜宮島の空だった。彼が無邪気に思いを馳せた空は、赤いオーラに覆われている。それが、竜宮島のコアを殺すのだ。

 

 

『人の心を理解するのは難しいよ。でも、『空は綺麗だ』って思ってくれて嬉しい!』

 

 

 出撃前、少年が言っていたことを思い出した。あのときは何も言えなかったけれど、「俺もだ」と頷きたくて堪らなかった。

 仲間たちのブリーフィングは終わっており、皆は竜宮島での自由時間を過ごしている。わずかな休息期間だ、今のうちにゆっくり休んで欲しい。

 クーゴはゆっくりと背伸びし、立ち上がる。少し離れた場所では、道□寺が司馬□に教えを乞うていた。互いの情報交換は捗っているらしく、熱を帯びた会話が続いている。

 

 グラハムは相変わらず、□□にちょっかいをかけては宙を舞っていた。受け身の態勢が様になっており、何度倒されてもすぐに立ち上がる。

 彼女の顔は真っ赤だ。照れ隠しでやっていると知っているからこそ、グラハムは積極的にスキンシップを取りたがる。『彼女』のリアクションに一喜一憂したいようだった。

 

 周囲に集う人々は、恒例行事だと言って静観している。茶化す者もいるが、馬に蹴られたくないので、深く追及するものはいなかった。

 

 それを見て首を傾げる少年の元へ、クーゴは歩み寄った。こちらに気づいた少年が、きょとんと見返してきた。

 敵意がないことを示すように、クーゴはふっと頬を緩める。どうやらそれが伝わったらしく、彼も無邪気に笑い返した。

 

 

「キミは確か、クーゴ・ハガネだね。名前に『空』が入ってる」

 

「ああ。『空』を『護る』と書いて、クーゴなんだ」

 

 

 読心術が発動していたようで、少年はクーゴの名前を言い当てた。補足してやれば、彼はより一層表情を輝かせる。

 

 

「いい名前だね」

 

「友達にも言われたよ」

 

「あそこで□□に蹴り飛ばされた人?」

 

「…………ああ」

 

 

 少年が指をさす。その先で、グラハムが吹っ飛んだ。巻き添えで□一が下敷きになり、それを助けようとした美□と絵□が睨み合う。

 軍配は、真っ先に浩□に駆け寄った□島に挙がった。漁夫の利。少女2人が彼の背中を射抜かんばかりの勢いで睨みつけている。文字通り目が光っていた。

 グラハムはまた立ち上がった。満面の笑みを浮かべて□□にまたちょっかいをかける。流石、しつこくて人に嫌われるタイプと自他ともに認められた男だ。

 

 正直、これを「友人だ」と言いたくない。実際に友人なんだけど、他人のフリをしたくてたまらなかった。

 

 

「貴方も、空が綺麗だって思ったことがある?」

 

「あるよ。そんな空が大好きだ。……だから、今の竜宮島の空を見ると、とても悲しい」

 

 

 クーゴはそう言って、竜宮島の空に思いを馳せる。

 コアの代替えとして乙□のサポートへ向かった少女が、「青い空が見たい」と叫んでいた姿を思い出した。

 

 少年も悲しそうに目を伏せる。「俺だって、こんなことしたくない」と、憔悴しきった声で呟いた。

 だが、自分たちは彼の■ールの提案に従うつもりにはなれなかった。その先にあるのは、竜宮島の終わりである。

 竜宮島の子どもたち、およびアルティメット・クロスは、第3の道を模索している。未だ、答えを探している最中だ。

 

 

「じゃあ、島の機能は?」

 

「完全にとは言えないケド、各機能の安全稼働が確認できたわ」

 

 

 山□の問いに、レ□チェルが報告する。代替えの効果が出ているという証拠だ。

 

 しかし、□イチェルは表情を曇らせた。コアの代替えには限界があり、数週間を過ぎると、代替えの人物の命が危なくなるという。

 仲間たちの表情も晴れない。タイムリミットは刻々と近づいてきている。仲間と共に話を聞いていた□□□も、心配そうに眉を下げた。

 

 

「だからさぁ、早く降伏すればいいんだよ。そうすれば、キミたちはみんな助かる」

 

 

 クーゴの隣に座っていた少年が立ち上がり、不満そうに仲間たちに言った。だが、彼のミ■ルに従うことだけはどうしてもできない。それは、アルティメット・クロス全員の見解である。

 □ズナが眦を吊り上げた。「『伝えろ』と言った、一□の言葉を忘れたんか!?」と、彼女はいきり立つ。少年は首を傾げた。これ以上何を伝えればいいのかと問いかける彼の目は、どこまでも純粋だった。

 

 「戦いたくないという意志は伝えたのか」――□騎の問いに、少年はますます眉をひそめた。

 

 

「無理だよ……。■ールは俺にとって、キミたちで言う『神様』なんだ。神様には逆らえないでしょ?」

 

「それは、お前が思い込んでいるだけだ」

 

 

 少年の言葉をやんわりと制したのは、グラハムを押しのけた□□だった。『彼女』はかつて、神のための聖戦だと信じ兵士として戦っていたことがあったらしい。

 悲痛な表情で『神などいない』と断じた少女は、今では静かな目をした女性へと成長した。その背中を見つめ、グラハムは愛おしげに目を細める。

 『彼女』の言葉を皮切りに、張□や孫□香が少年に促す。「神様は超えることができる」「神様に意見を言ってみろ」と。少年はますます困り果ててしまった。

 

 

「話さなけれな何もわからないよ。相手の気持ちも、自分の気持ちも」

 

 

 真□の言葉に、少年は首を振った。自分は指だから、神様を変えることなど不可能だと。

 

 

「キミたちだって、相手が自分の話を聞いてくれなきゃ、いつか諦めちゃうでしょ?」

 

「いや、俺は諦めない」

 

 

 少年の後ろ向きな言葉を遮るように、浩□が立ち上がった。

 

 

「たとえ話が通じない相手だろうと、何度だって諦めずわかりあおうとしてみせる。□□さんがそうだったようにさ」

 

 

 □一は力強く笑った後、『彼女』へ向き直る。ロック□ンも笑い、茶化しながら頷く。

 未知なる金属生命体の大群に後先考えず突っ込んだことを引き合いに出してだ。

 

 

「そこが『彼女』のいいところだよ」

 

「可能性が1%でもあるなら、諦める理由なんてないわ」

 

「だな。可能性が0じゃないなら、それだけで充分試す価値がある」

 

 

 グラハムと□□□も、『彼女』に優しい眼差しを向けながら頷いた。その通りだとクーゴも思う。

 『彼女』は表情を緩めた。可能性が残っているのなら、チャンスを捨てるべきではない。

 それを聞いた少年は押し黙る。一□が少年を諭したが、彼は固く目を閉じて首を振った。

 

 世界を敵に回し、すべてを滅ぼす戦いに身を投じてしまえば、アルティメット・クロスの面々は『自分自身ではなくなってしまう』だろう。

 だけど、件の少年も同じだった。アルティメット・クロスの助言に従い、ミー■を裏切るような真似をすれば、彼も『自分自身ではなくなってしまう』。

 

 『空が綺麗』だと笑った少年。『自分と同じように、『空が綺麗』だと思ってくれて嬉しい』と笑った少年。

 

 同じだと笑いあえたはずなのに、どうしてこうもうまくいかないんだろう。

 世の中は本当に世知辛い。世界は、思った以上に難しいようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うわあああああ! フラッグが、フラッグがぁぁぁぁぁ!」

「コイツ、フラッグに擬態した!? しかもメタリックカラーになった!」

「気を付けろ! コイツに直接触れると同化されるぞ!」

 

 

 本日、ユニオンのシミュレーターは満員御礼。おまけに阿鼻叫喚であった。

 

 向うにいる者たちが相手取っているのは、未知なる金属生命体だ。件の金属生命体は、直接機体に取りつくことで同化し、同化した機体と同じ姿・同スペックの能力を持つ存在へと変貌してしまう。

 取りつかれて同化された場合、待ち受けるのは「死」一直線。「当たらなければどうということはない」を地でいく戦術を求められる。いかに敵の攻撃を躱し、相手を撃墜できるかにかかっていた。

 

 この金属生命体のデータは、クーゴの虚憶(きょおく)を再現したものだ。同時に、“多元世界技術解析および実験チーム”が正式な調査隊になれるかどうかの試金石でもある。

 クーゴの虚憶(きょおく)から再現されたデータは、この金属生命体だけではない。他にも多くの異種生命体のデータが集まっている。こんなに集めてどうするんだという勢いで。

 データの持ち腐れになるのは実にもったいなかったため、上層部に掛け合ってシミュレーターに導入してもらった。期間限定配信ではあるが、対人戦とはまた違った技術が求められる。

 

 対異種生命体の訓練と銘打たれてはいるが、その戦い方は対人戦にも充分応用できるだろう。

 「対人戦とは一味違ったスリルがある」という反響をいただいた。好評なら、また配信できるよう上層部に掛け合ってみるつもりでいる。

 

 

「あ、でもかっこいいかも。カラーバリエーションで、この色を提案してみようかな」

 

 

 金属生命体がフラッグに擬態した画像を見ながら、ビリーはのんびりと言った。

 

 

「やめておけ。見分けがつかなくなったら困る」

 

 

 クーゴは強い調子でビリーを止めた。思った以上に棘がある口調に、クーゴは自分自身で驚いてしまった。ビリーも目を見張る。

 しばし目を瞬かせた後、ビリーは肩をすくめた。冗談だと彼が口にして、クーゴはやっと安心できた。現実になったら大変なことになる。

 見分けがつかないというのは戦場で一番危惧すべきことだ。下手をすれば同士討ちという痛ましい事故が起きる可能性だってあるのだ。

 

 そういえば、いつぞやAEUの軍事演習で同士討ちが起きたそうだ。情報共有不足が原因の、痛ましい事故だったという。

 確か、そのときの指揮官の1人がリーサ・クジョウ。その人物こそ、ビリーが想いを寄せる高嶺の花であった。

 

 彼女はその事件がもとで軍を辞めたと聞いた。事件で恋人を失ったショックから抜け出せず、アルコールに逃げているという。

 

 ビリーがいつも心配しているから、気づいたらクーゴも見ず知らずの女性のことを暗唱できるようになってしまった。

 あまり嬉しくない副産物である。クーゴは肩をすくめて、別な方向を向いた。あちらでは別の敵と戦うシミュレーター利用者たちがいた。

 

 

「何だコイツ!? きっしょ! きっも! 超ひっでぇ!!」

「仲間を取り込んで強くなりやがった! なんて奴だ、インベーダーめ!」

「サイズ差なんて関係ない! 俺たちにだって、戦いようがある!」

 

 

 彼らが対峙しているのは、インベーダーという宇宙生命体だ。『ゲッター線』と呼ばれる特殊な光を浴びた生き物たちが進化を進めた結果、たどり着くと思われる種である。

 ゲッター線は、コーヴァレンター能力や虚憶(きょおく)の研究が進んでいくうちに見つかった情報でもある。特に、人革のゲッター線研究は三国の中で一番進んでいた。

 といっても、『ゲッター線』関係の研究は黒い噂が漂っている。『危険性を知りながら、禁断の領域に足を突っ込んでいる』なんて話も上がるくらいだ。火のないところに煙は立たぬ。

 

 研究者たちは「正しい進化をすれば、あんなものにはならない」と主張している。しかし、クーゴには嫌な予感しかしなかった。

 アレはだめだと本能が叫ぶ。アレに手を出せばロクなことにならないと、確証を持って言える。根拠が説明できないのが痛い。

 

 

「こんな進化はしたくないなぁ。ゲッター線も使いよう、ってことか」

 

「人のように喋るタイプもいるのだろう? しかも、データを分析すると、元は人間だった可能性が高いと聞いたが……」

 

 

 ビリーとグラハムが複雑そうに画像を見た。確かに、インベーダーを取り込んでいる特異体は、人を思わせるような部分がいくつかある。

 インベーダーは言葉を話す種類はその特異体だけである。人間にゲッター線を浴びせたら、あれと同じものになってしまうのだろうか。

 

 

(そういえば、人革の民間企業に努めてる身内から『ゲッター線についての研究始めた』って聞いたけど……うん、まさかな)

 

 

 クーゴはまた別な方向を向いた。

 

 

「虫だー!」

「人間が、虫の女王と合体したぞー!」

 

 

 あちらのシミュレーターでは、虫のような外見の異種生命体がいた。彼らは女王の作り出すネットワークにより、思考を共有し統一されている。

 しかし、クーゴの虚憶(きょおく)から組み上げられた虫たちは状況が違った。女王が人間の介入を受けたため、こちらに攻撃を仕掛けてくるというものになっている。

 

 思考回路を1つにすることができれば、確かに便利かもしれない。しかし、女王を乗っ取り攻撃を仕掛ける人間は、虫を兵隊のようにしか思っていなかった。

 対異種生命体戦でありながら、野望に燃える人間の悪意をくじく戦いでもある。そんなシチュエーションが受けたのか、これは意外と人気だったりする。

 虫の特徴は、ネットワークを構成する脳のような器官が、頭ではなく腹にあるという点だ。特殊な音波でコミュニケーションを取るという。

 

 中には、人間の歌に反応を示す場合もあるそうだ。

 

 虫の研究を進めていくうちに、人類が虫の歌を解読したものもある。

 それが後に、この事態の突破口を開くカギになるのだ。

 

 

「この突破口を開くのは、『アイモ』だな」

 

 

 そう言って、クーゴは首を傾げた。『アイモ』が何か、説明できなかったからだ。

 虚憶(きょおく)に引っ張られているのだろう。

 

 助け舟を出してくれたのはビリーだった。彼は端末をいじりながら、たどたどしく補足する。

 

 

「『アイモ』って、確か、恋の歌だっけ? あの虫の群れが、別の虫の群れに向けて贈るやつ。数百年に1回歌うか歌わないかの……」

 

 

 そこへ、間髪入れずグラハムが食いつく。

 

 

「クーゴ、是非とも歌詞を教えてくれ!! ちょっと少女宛に歌ってくる!」

 

「やめんか」

 

 

 グラハムに『アイモ』を教えることは、ゲッター線の研究と同じくらいロクなことにならない。クーゴはそう直感した。

 むくれるグラハムを尻目に、クーゴは別のシミュレーターで戦っている人々を見た。

 

 

「機械に支配されてたまるか!」

「人間様を舐めるなよぉぉ!」

「機械仕掛けの神が、なんだってんだー!」

 

 

 彼らが戦っているのは、マキナと呼ばれる機械兵である。本来は人類をサポートするために生み出された機械だったのだが、人類滅亡後に紆余曲折あって、再び生まれた人類を監視するようになった。

 マキナたちは自らの力で進化し、人間の赤ん坊と似たような姿になったものもあった。「想像しろ」と、常日頃語る男が恐れた敵。後輩の部下を一瞬で葬り去った、恐ろしい敵だ。奴らは今も、世界を監視しているのだろうか。

 最終決戦で崩壊する世界に取り残された機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)は、あの後どうなったのだろう。少しは「人間も捨てたものではない」とわかってくれたらいいのだが。

 

 マキナたちの一部は、地球と月を繋ぐワープホールを開くカギとして、自分の同胞を送り込む。

 

 裏切り者は最良の共犯者を得て、人類の運命に挑んだ。

 運命を変える力を持つものを救うため、未来を予知し、それを掴みとって見せた。

 

 彼らの希望の名前は、何だったか。点と点をつないで、飛ぶ。その機体名を、何と言ったか。

 人類すら超えてやると叫んだ少年は、その言葉通りの奇跡を起こし、正義の味方となったのだ。

 

 

「管理社会、か……」

 

 

 ビリーが悩むように呟いた。人類は監視された方が平和に発展できるのではないか、なんて、思考を巡らせているのだろうか?

 

 

「未来は自分たちで決めるものだと思うけどな」

 

 

 クーゴは思う。箱庭は、作る側にとってのみ都合がいいのだ。

 押し込められる側にとってはたまったものではない。

 

 

「『あなたはそこにいますか?』って訊かれたんだけど、どう答えればいいんだ?」

「俺はここだ! ここにいるぞー!!」

「消されてたまるか! 俺がお前を消してやるー!」

 

 

 なにやら懐かしい単語が聞こえてきて、クーゴは振り返った。

 

 彼らが戦っているのは、フェストゥムと呼ばれる生命体だ。彼らは命そのもの――人間でいうところの『神』の命令に従い動くため、個という概念がほとんどない。

 生態は金属生命体に似通ってはいるものの、体の構成物質はシリコンに近かった。金ぴかのくせに、と誰かが不満そうにしていたことを思い出す。彼は万年金欠だった。

 フェストゥムは常に問いかける。『あなたはそこにいますか』と。これに気を取られると、存在ごと消しにかかってくるため注意が必要である。

 

 存在そのものを消し去る攻撃。それを喰らえば、何も残らない。

 やはり、金属生命体同様、「当たらなければ(以下略)」の戦術が求められる。

 

 

「深い質問だよな。『あなたはそこにいますか』って」

 

 

 クーゴはうんうん頷いた。隣にいたグラハムが、ふと思い出したように顔を上げた。

 翠緑の瞳は、窓辺の向うにある空を見ている。彼はふっと笑みを浮かべ、噛みしめるように呟く。

 

 

「……矛盾の肯定。愛や憎しみ、そして痛みを知ったからこそ、勇気を得たか」

 

「どうしたんだグラハム。何か悟ったような顔をしているけど」

 

「何って……何だったんだ? 思い出せん」

 

「キミの虚憶(きょおく)も穴だらけだね。『エトワール』と接触してもわかりそうにないの?」

 

 

 ビリーとグラハムが軽口の叩き合いを始めたとき、丁度いいタイミングで端末が鳴った。連絡の主は『エトワール』。

 

 見れば、今度のオフ会とコラボ企画についてのものだ。「せっかくなのでグラハムの誕生日も祝いたい」というクーゴの話に、彼女は乗ってくれた。

 どうやら、グラハムが熱を上げる少女も協力してくれるらしい。そのため、今回は3泊4日の小旅行という予定になっている。

 行先は京都。グラハムが日本に行きたいと言っていたので、古都の面影を残す京都を案内しようと思ったのだ。首都の東京はビルしかない。

 

 奴はどんな反応を示すだろうか。満面の笑みを浮かべてくれればいいな、と、クーゴは笑みを深くする。

 ビリーと漫才に近いやり取りを続けるグラハムを呼べば、奴は端末をいじるクーゴの姿を見て察したらしい。「次はいつ、どこでだ?」と、目を輝かせて近寄ってくる。

 

 悪戯を計画する子どものようにワクワクする心を隠しながら、クーゴはグラハムに詳細を告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このときのクーゴ・ハガネはまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「ゲッター線の研究してた軍事施設や企業が、根こそぎソレスタルビーイングの攻撃対象になったらしいね」

 

 

「他のところも、施設が壊滅した直後、施設周辺に異形の生き物が現れたって話だよ」

 

「…………あれ、こいつらどこかで見たことあるな」

 

「奇遇だな。私もこれと同じものを見たことがある」

 

 

『ユニオンのXXXに怪物が出現! 至急迎撃に当たれ!!』

 

 

「ガンダムのパイロットよ、聞こえるか?」

 

「ここは共闘した方が得策だと思うが、どうする?」

 

 

「――了解した。目標を駆逐する!」

 

「――ええ、お願い! 援護は任せるわ」

 

 

 

 フラッグファイターとガンダムマイスターが、一時的に共闘関係を結ぶことを。

 

 

 

 

 

 

「ハロ、サイコハロ、サイコロガンダム、マスターガンダム、デビルガンダム、金属生命体付リーブラ……」

 

「マークニヒトが2体、ヴァーダント、プリテンダー、飛影、零影、オウカオー、ナナジン……」

 

 

「……どうやら、俺たちはシュミレーターに嫌われているようだな」

 

「ふざけんのもいい加減にしろよ!? こんなモン、狙い撃つなんて無茶だっつの!」

 

「あらら。今日は奮発しましたねー」

 

「うおおおおおおおお!? 忍者早ぇ! こっちくんなぁぁぁぁ!!」

 

「怖くなんか……怖くなんか、ないんだから! こ、怖くなんかぁぁぁうわああああん!!」

 

「ネーナ、ミハエル! 最後まで泣くんじゃない!!」

 

 

 シミュレーターの難易度が、ムリゲーレベルまで跳ね上がることを。

 

 

 

 

 

 

 

「誕生日おめでとう、グラハム」

 

「おめでとうございます、グラハムさん」

 

「……誕生日、おめでとう」

 

 

「――ありがとう。今日は最高の誕生日だ!」

 

 

 そう言って、乙女座の男が幸せそうに笑うことを。

 

 

 

 

 

「アタシは、絶対にアンタを許さない」

 

「アンタが大人しく死んでいれば、アタシはこんな人生を歩まなくて済んだのに!」

 

 

「そうだ。この力が、あれば――!」

 

 

 

「アタシは虚憶(きょおく)保持者のアンタなんかと違うのよ」

 

「最強の『■■■』であるアタシに、敵うと思ってんの?」

 

 

 

 悪意の種が、残酷なまでに美しく咲き誇ることを。

 

 

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難は続く。


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