大丈夫だ、問題しかないから。-Blue trajectory- <1st Season> 作:白鷺 葵
青が爆ぜる。命の輝きにも似た光を纏い、クーゴが乗ったGNフラッグは
赤い光を纏ったUnicornを翻弄するほどの速さで、青い光は不規則な機動を描いた。否、完全に、凌駕したと言っても過言ではない。
「おおおおおおッ!!」
GNフラッグは躊躇うことなくガーベラストレートとタイガー・ピアスを振るう。バズーカが真っ二つにされ、頭部のバルカンを突き壊され、ビームトンファーは持っていた腕ごと斬り飛ばされ――武装をすべて無力化させられたUnicornが沈黙する。
今、自分/GNフラッグに何が起こったのか、クーゴにはよくわからない。しかし、今なら――Unicornを止めることができると確信していた。
不意に、Unicornの機体に紫電が爆ぜる。機体が爆発する前兆だ。このままだと、搭乗している少年の命が危ない。クーゴは反射的に手を伸ばした。
少年の瞳が薄らと開き、クーゴに視線を向けてくる。弱々しい手がこちらに伸ばされた。少年の手を掴み、思い切り引っ張る!
『システム、全停止』
機械の合成音声が響く。同時に、どこかで何かが切れる音がした。
Unicornは白い煙を吹きあげながら
クーゴのGNフラッグはそれを引っ張り上げた。
「Unicornのパイロット、聞こえるか?」
通信を開き、パイロットに呼びかける。少年は小さく呻いて瞳を開けた。黒い瞳はぼんやりとクーゴを見返していた。
「……誰?」
弱々しい声だが、まともに話せるようなので大丈夫らしい。クーゴはほっと息をついた。
「国連軍所属の、クーゴ・ハガネだ」
「ハガネ……? お母さんと、同じ……」
少年の言葉に、思わずクーゴは眉をひそめた。やはり、というべきか。
不意に、モニターに映し出された少年が安堵した笑みを浮かべる。
「よかった。僕、殺さなくて済んだんだ」
齢10歳未満の子どもが浮かべるには、あまりにも不釣り合いな微笑だった。沢山の絶望や悲しみの中から、やっと光を見つけ出したような儚い微笑み。
姉は――蒼海は、自分の子どもになんて顔をさせるのだろう。姉への怒りを燃やすクーゴの心情を察知したのか、少年は「違います」と声を張り上げる。
「お母さんは悪くない。殺したくないってわがままを言った僕が悪いんだ。出来損ないの僕が悪いんだ」
「そんなことはない!」
だから、要らない子だと言われても仕方がない――その先の言葉を聞きたくなくて、クーゴは声を張り上げた。少年は驚いたように目を見開き、言葉を止める。
少年の考えが間違っているとは思わない。人を殺したくないと願うのは、人間として当然のことだ。
自分の意志を貫くというのは、簡単なようで非常に難しい。誰かを殺したくないという願いは、一歩間違えれば「自分が殺される」可能性の裏返しにもなりかねない。そうなったとき、自分が助かり相手を殺すかその逆かを迫られる。どちらか片方を、選ばなくてはならないときがあるのだ。大人でさえ、自分か他人かで悩むというのに。
子どもが考えるには、あまりにも重すぎる。成長するにつれて少しづつ学んでいくであろう命題を、答えを出すにしても長い時間がかかる命題を、迷い悩む時間も与えずに「即決しろ」と蒼海は言うのだ。本人の意思に関係なく、そうしなければならない環境に放り込むことも、クーゴには納得できないことであった。
「キミのそれは、わがままなんかじゃない。人として当然の想いだ。……それを蔑ろにする、あの人がおかしいんだ」
人として当然、という言葉に、少年は目を見開く。
自分は間違っていないのか、と、彼は問いかけているようだった。
クーゴは微笑み、頷く。
「キミは何も、間違ってない。キミは自分の考えを持って、それを貫こうと頑張っていた」
ユニオン基地を強襲したときも、彼の乗っていたガンダムだけは、フラッグに対して襲いかかろうとはしなかった。威嚇射撃と攻撃の回避を集中して行っていた。そして、結果的にだが、ハワードの生還に協力してくれたのだ。
少年は、沢山悩んできたのだと思う。蒼海や他のガンダムパイロットたちから否定され、馬鹿にされ、それでも必死になって自分の意志を貫こうとしていた。人を殺したくないという想いを貫きつつ、蒼海に認めてもらいたいと願っていた。
まるで誰かの――嘗てのクーゴや蒼海の焼き直しだ。クーゴは蒼海のことを認めてもらいたいと願っていたし、蒼海も自分のことを認めてほしいと頑張っていた。認めてもらえないことの悔しさや悲しみは、誰よりも自分たちが知っていたことだったのに。
「だから、キミは出来損ないなんかじゃない。要らない子なんかじゃない。優しくて、立派な人間だよ」
「僕……僕は……」
「偉いよ。よく頑張った。……だから、もういい。殺さなくていいんだよ」
モニター越しに浮かんだ少年の顔が、くしゃりと歪む。黒の瞳から、ぼろぼろと涙が零れ落ちた。
沢山、否定されてきたのだろう。誰一人として、少年の考えを肯定しなかった。だから、彼は自己否定的だったのかもしれない。ついでに言うなら、少年の言動は、虐待を受けた子どものそれであった。
どんなに理不尽なことがあろうとも、「間違っているのは自分。自分がダメな子だから」と無理矢理納得させて、虐待している親を庇う――そんな話を連想させるようだった。酷く、胸が痛む。
自分の子どもに、自分が味わった苦しみを課す――そんなの、おかしい。因果は自身の代で断ち切るべきではないのか。
言いたいことは数あれど、それを少年にぶつけるのは筋違いと言うものだ。蒼海の後ろ姿が脳裏にちらつく。
この戦いは、絶対に生きて帰らなくては。モニターに映る少年を『撫で』ながら、クーゴはひそかに決意を固める。
「救難信号は使えるか?」
「予備のエネルギーを使えば、多分……」
「よし。じゃあ、キミは助けを求めるんだ。いいね?」
クーゴの言葉に、少年は不安げに目を伏せた。どうしたのかと問う間もなく、彼はすぐに顔を上げて頷いた。
予備電源が動いたようで、機体のカメラアイが淡く輝く。それを確認し、クーゴはUnicornの傍を離れた。
救難信号さえ送れれば、国連軍の救助隊がこの宇宙域にやって来るだろう。そうすれば、この少年は助け出されるはずだ。クーゴは操縦桿を動かし、先を急ぐ。
先の戦闘のせいか、GNフラッグは損傷していた。肩の装甲は剥がれ、各関節部からは小さく火花が飛び散っている。これから戦いが待っているというのに、機体の状態は万全とは言い難い。
機体はボロボロで、しかも完全に遅刻である。イデアが怒っていそうだ、なんてバカなことを考えたけれど、彼女なら笑って許してくれそうな気がしなくもない。クーゴはひっそり苦笑しながら、
グラハムのように「ここに行けば運命が(以下略)」ではないけれど、どこへ行けばいいのかは薄らとわかる気がする。イデアとの決着、あるいはグラハムと刹那の行く末を見届けるには、このまま突き進めばいい、と。
(まっすぐ、まっすぐ。ただひたすらに)
思い描く明日へ向かって、クーゴは操縦桿を動かした。
◆
「見つけた……!」
グラハムは目を輝かせ、操縦桿を動かした。モニターの向う側には、デブリの散乱する宇宙域に白と青基調のガンダムが佇んでいる。先程、彼女とガンダムを追いつめていた金色のMAおよびMSの姿はない。散乱するデブリからして、刹那は金色のMA/MSを退けたようだった。
焦げ付くようなじれったさは鳴りを潜め、次に湧き上がったのは高揚感だ。待ち焦がれていた瞬間が、刻一刻と近づいてきている。グラハムはGNフラッグの動きを止めた。それに気づいたかのように、ガンダムが振り返る。
グラハムの脳裏によぎったのは、刹那と相対峙したときの光景だった。夕焼けに染まった空と海で、グラハムと刹那は互いの素性を知らぬまま、戦いを繰り広げた。あのときはクーゴとイデアもいたが、今は2人とも不在である。
いつもは傍にいるはずのパートナーもいなければ、自分たちに横やりを入れるような無粋な奴らも存在しない。ここには、グラハムと刹那だけだ。
白と青基調のガンダムは、どこも損なわれていないようだった。先程『視えた』光景では、金色のMSによって倒される寸前の光景だったので不安だったが、グラハムの杞憂だったらしい。GNフラッグも、先程Unicornと一戦交えてきたけれど損傷個所はない。
万全の状態とは言い難いのかもしれないが、自分たちの決着をつけるには何も問題なさそうだ。刹那の駆るガンダムと、グラハムの駆るGNフラッグが対峙する。あの光景の続きを望んでいたグラハムにとっては、感慨深い
「こうして相対峙するのは、久しぶりだな。少女」
「……そうだな」
グラハムは微笑んだ。緊張した面持ちで頷く刹那の姿がはっきりと『視える』。刹那の声が、ほんの少し震えていたような気がしたのは気のせいだろうか。
その予感は間違っていなかったようで、刹那はどこか険しい眼差しでグラハムとGNフラッグを見据える。目を逸らさなかったのは、彼女の矜持だったのかもしれない。
「いつか、この瞬間が来ると思っていた」
「私もだよ」
対して、グラハムは笑みを崩さなかった。場違いかもしれないけれど、自分を見返す刹那に対して、愛おしさすら感じていた。
「刹那」
グラハムの呼びかけに、刹那は呆けた顔でこちらを『視』返した。そんな些細な様子にさえ、心が満たされる。
どうやら自分は、相当の末期状態らしい。そのことを、むしろ、グラハムは誇りに思っていた。口には出さないが。
「キミが後悔するようなことや苦しむようなこと、悲しむようなことは、何もないよ。あのときの言葉に、二言などないのだからな」
刹那が大きく目を見開いた。グラハムの言葉が何を指しているのか、即座に理解したらしい。ほんの少しだけ、表情が柔らかくなったような気がした。
それに、と、グラハムは言葉を続ける。脳裏に浮かんだのは、親友であり副官であるクーゴの発言だった。彼は、イデアと再び会うことを諦めていない。
クーゴはイデアと再会し、「彼女の話の続きを聞く」という明日を手に入れるために戦っている。それに、グラハムもまた影響を受けたのだ。
もう一度、刹那と笑いあいたい。今までと変わらず、顔を合わせて笑いあう日々を――互いを想いあう日々を、望んでいる。そんな未来を勝ち取るために、グラハム・エーカーはここにいる。
自分たちの間に横たわる運命だとか、宿命だとかを超えて、決着を望んでいるのだ。今まで歩いてきた道程に、これから歩んでいきたい道に、自分たちの望む未来の形を手にするために――自分たちが慈しんできた、この想いに。
「私がここに来たのは、明日を手にするためだ」
「明日?」
グラハムの言葉に、刹那がこてんと首を傾げた。グラハムは厳かに頷く。
「いつかの夢の先を、キミと共に。その続きを手にしたい」
「それが、お前の望む明日か?」
「ああ」
彼女にとっては、想像もしていなかったことらしい。グラハムが何を思い、この決戦場に赴いたのかを。
決着をつける、というところは予想できたのかもしれないが。
「私にとってキミは、運命の相手だった。そして、これからも運命の相手であり続ける」
「グラハム……」
「……キミにとっての私も、そうであってくれたなら、嬉しい」
胸を張って、グラハムは微笑む。刹那がくしゃりと表情を歪ませた姿が『視えた』。幾何かの沈黙の後、絞り出すようにして、刹那が言葉を紡ぐ。
「……俺にとっても、あんたは……運命だった」
過去形。何かを諦めたかのような響き。
グラハムは思わず、声を荒げそうになった。
「刹那」
「
悲痛な響きを宿しながらも、刹那の意志は揺らがない。彼女の声が、言葉が、グラハムの心を抉る。
「でも、不思議だ。……あんたが言うと、希望が見える」
「!」
「俺のような人間でも、あんたの言う“明日”を手にすることができるのではないか、と」
根拠も何もないのに、と、刹那は呟いた。何かを堪えるかのように、彼女は俯いてしまう。
まるでいつかの焼き直しだ。グラハムに刹那がソレスタルビーイングの人間であることを告げたときと、同じ。
グラハムは何か言葉を発しようとしたが、喉につかえてしまった。弱々しい吐息がか細く漏れただけで、音を紡げない。
情けない、とグラハムは歯噛みする。なんてもどかしいのだろう。
グラハムの言う“明日”は手に入ると頷きたかったが、刹那は現実をしっかり理解している。その可能性が低いことを、彼女はグラハム以上に熟知しているのだ。
だから、薄っぺらい希望に縋るような真似はしない。淡々と、事実を受け止める。――たとえ、事実がどれ程残酷で、残忍で、惨たらしいものであろうとも。
良くも悪くも、刹那は夢と現実を見据えている。戦争根絶なんて夢物語を描きながらも、現実が非常で無情なものであることを誰よりも理解していたし、それを踏まえた言動を崩さない。
素直に夢を見続けるには子どもではいられなかった。同時に、現実を知って荒みきってしまう程、絶望することもできなかった。誰よりも世界を信じていないがゆえに、世界を変えたかった優しい
こんなにも近くで対峙しているというのに、自分たちの間に横たわる隔たりを感じる。年上だというのに、いい大人だというのに、グラハムは何も言えなかった。この世界に神などいないと言った、彼女の気持ちがよくわかる。
「この世界に、神などいない」
刹那がぽつりと呟いた。丁度、グラハムが連想していた言葉だった。
でも、と、刹那は付け加える。花が咲くような、柔らかな微笑を浮かべて。
「……この世界には、あんたがいた」
真正面から『視た』その微笑に、グラハムは息を飲んだ。刹那は静かに言葉を続ける。
「だから、何も恐れていないし、悲しんでもいない。……大丈夫だ。俺は、あんたの心を信じている」
赤銅の瞳には、蕩けてしまいそうなほどの優しい光が揺れていた。未だかつてない表情に、グラハムは茫然と刹那を『視』返す。次の瞬間に湧き上がったのは、やはり、刹那が愛おしいという感情だった。
無表情で不愛想。何を考えているか読み取りにくいと人は言うけれど、刹那は顔より目で語るタイプである。照れたときは顔や耳に赤みがさすことを知っているのは、彼女と親交のある人間だけであろう。
でも、と、グラハムは思う。こんな風に微笑む彼女を見たのは、自分が初めてなのではなかろうか――などと。
刹那が微笑むなんて想像していなかった。しかも、戦いの直前にだ。場違いであるということは重々承知している。
にも関わらず、口元が緩むのを抑えられない。気のせいでなければ、視界も滲んできたような気がする。
けれど、瞬き一つすれば、視界は瞬時にクリアになった。微笑んでいたはずの刹那は、どこまでも真剣な眼差しでグラハムを『視』返している。それに応えるようにして、グラハムも不敵な笑みを浮かべた。
ガンダムとGNフラッグが対峙する。向かい合う自分たちに、言葉なんかいらない。不安なんて何一つなかった。自分の胸を占めるのは、好敵手と対峙することに対する喜び。
願わくば、グラハムと向き合う刹那も、同じものを感じてくれていたら嬉しいと思う。そうして、同じ明日を思い描いてくれたら――それはなんて、幸せなことなのだろう。
「我々は何も知らずに出会い、わかり合い、すべてを知っても尚、“こう”あることを選んだ」
グラハムは静かに言葉を紡ぐ。そうして、声を高らかに宣言した。
「だからこそ、私は望んでいる。今この瞬間、キミとの真剣勝負を!」
そうして、積み重ねてきた絆に――抱き続けてきたこの想いに、思い描いた明日を手にするために、決着を。
「……俺もだ。決着をつけよう、グラハム・エーカー」
グラハムの意図は、刹那にきちんと伝わった様子だった。真摯な光を宿した赤銅色の瞳が細められ、真剣な面持ちで刹那が頷く。
同時に、ガンダムが実体剣を、GNフラッグがビームサーベルを構えて飛び出した!!
◇
周囲を見回す。ZEXISは、
疑似太陽炉搭載型のフラッグが近づいてきている、と叫ぶオペレーターの声が『聞こえる』。女性の声は驚きと緊張を帯びていた。ZEXISの面々が驚くのも無理はない。太陽炉搭載の機体は、『
いや、彼らの情報網は、提供された太陽炉の台数と作戦に参加していた太陽炉搭載型の機体数が一致していなかったことを知っていたようだ。誰かが「太陽炉搭載型の機体と提供された太陽炉の数が一致していなかった」ことを話題に上げる。足りなかった数は2つ/2機。その答えが、クーゴとグラハムの駆るGNフラッグだった。
まさか「既存の機体に疑似太陽炉を取り付ける」なんて荒業をやってのける人間がいるとは思わなかったらしい。ついでに、その機体を駆って、「イマージュと戦うZEXISたちの元へ乱入してくる」奴がいるとも。
グラハムのGNフラッグは、ニルヴァーシュの背後から遠距離攻撃をしようとしたイマージュをビームサーベルで一刀両断した。その勢いのまま、刹那のガンダムに突っ込んできたイマージュにライフルをお見舞いする。異形は悲鳴を上げて体液をまき散らし、朽ちていった。
振り返ったGNフラッグのカメラアイは、ニルヴァーシュをガン無視して刹那のガンダムに向けられる。……蛇足であるが、ニルヴァーシュの背後にいたイマージュは、刹那のガンダムに遠距離攻撃を仕掛けようとした個体だった。
「会いたかった……会いたかったぞ、ガンダム!」
突然現れた
お前ら一体何しに来た、と、彼らの眼差しが訴える。敵対していた彼らは、そちらの意味で一致団結した様子だった。特に刹那/白と青基調のガンダムは、ぽかんとグラハム/GNフラッグを見上げている。
「やはり、私とキミは運命の赤い糸で結ばれていたようだな、少女!」
グラハムは不適な笑みを浮かべた。
しかし、クーゴは知っている。彼が運命だと語っていることの大半が、彼の実力によって手に入れたものだ。言い方を変えれば、意図的に、途方もない手段を使ったということを意味していた。
クーゴもグラハムの巻き添えを食ったクチであるが、最終的に「彼と共に、ZEXISとイマージュたちの決戦場へ赴く」ことを選択したのはクーゴ自身である。だから、自分は何かを発現できる立場ではなかった。苦笑するにとどめておく。
「
「本当は、もっと早くここに到着する予定だったが、予期せぬ事態が起こってしまってね」
グラハムは困ったような笑みを浮かべた。予期せぬ事態というのは、少し前にクーゴたちの前に立ちはだかったUnicornのことを指しているのだろう。確かに、Unicornの乱入は予定外だった。パイロットの意志に反して、機体を遠隔操作する――思い出すだけで頭にくる。
イマージュとの最終決戦が終わって、他の問題を片付けて、全てにひと段落ついたなら、次は蒼海を問い詰める番だ。脳裏に浮かんだのは、冷たい眼差しでこちらを見返す蒼海の姿だった。普段はどうしても萎縮してしまうが、今回は睨み返すことができた。あとは、それを本人にやれれば完璧である。
「あいつら、一体何しに来たんだ……!?」
「心配しなくても大丈夫だよアレルヤ。少なくとも、今はね」
白と橙基調のガンダムを駆るパイロットが不安そうに眉をひそめる。しかし、それをやんわりと黙らせたのはイデアだった。
アレルヤと呼ばれた青年が不安そうにしているのが『視える』。彼らの不安は最もだが、自分たちはZEXISの邪魔をしに来たのではない。
「塩を贈りに来た」、と言えば、日本人ではない/日本文化に詳しくない者たちが首を傾げる。
「戦国時代、とある武将が宿敵を助けるために援助をしたそうだ。『宿敵とは、ちゃんとした形で決着をつけたいから』ってな」
そういうことだとクーゴが笑えば、グラハムも大仰に頷いた。
「そのためにも、刹那。キミには――ZEXISのキミたちには、生き残ってもらわなければ困る。……キミと私の関係は、まだ何も終わっていないのだから」
翠緑の瞳は、どこまでも優しく細められる。宝玉のようなそれは、溢れんばかりの愛おしさに満ち溢れていた。
「……そう。この気持ち、まさしく愛だ!!」
「愛!?」
「愛ィ!?」
次の瞬間、グラハムは斜め上にかっ飛んだ発言をしてくれた。発言の前後に脈絡を感じないのだが、言い放った当人は大真面目である。グラハム・エーカーという男は昔からそういう奴であった。反射的に、刹那とクーゴがオウム返ししてしまう。
刹那の顔は真っ赤だった。それにつられたかのように、周辺がざわめき始めた。特に、ニルヴァーシュに搭乗する少女が困惑した表情を浮かべる。だが、残念ながら、流石のクーゴでもフォローやリカバリのしようがなかった。
そこへ、レーダーが更なる乱入者の到来を告げる。現れたのは、303と呼ばれる機体だった。どうやら、ニルヴァーシュのパイロット2人にとっての因縁の相手らしい。男は少女を使い、世界崩壊の引き金を引こうとしている様子だった。
少年少女は、男と戦う道を選択した。その様子を見つめていたグラハムは、ふっと遠くを見つめるような表情を浮かべる。
「彼はわかっているんだな。愛を超越した憎しみの意味を」
「……そうだな。『エゴまみれの人間である』という点では、俺たちも似たようなものじゃないか」
クーゴは自嘲して肩をすくめた。グラハムとクーゴもまた、自分たちのエゴでこの場所に立っている。私情を挟んだ身勝手な行動に、イマージュはさぞかし幻滅したことだろう。
これで生き残れたとしても、帰還すれば、次は始末書の山が待っていることは明らかだ。ヘタすれば、決着をつけられない状況に陥る可能性もある。
それでも、クーゴとグラハムは動かずにはいられなかった。ZEXISの元へ、駆けつけずにはいられなかったのだ。彼らには――刹那やイデアたちには、大きな借りがある。
不意に、通信が入った。
声の主は――イデア・クピディターズ。
「でも、そのエゴによって、救われた人間がいたのは事実ですよ」
「イデア……」
「世界中の人間がエゴだと非難しても、貴方たちが一生懸命頑張っていること、私は知ってます」
「……ありがとう」
またひとつ、貸しができてしまった。クーゴはゆるりと笑みを浮かべたが、即座にイマージュの群れへと向き直る。そのタイミングに合わせたかのように、クーゴのGNフラッグの隣にイデアのガンダムが並んだ。
向うでは、グラハムのGNフラッグが刹那の駆るガンダムと共にイマージュを撃退している様子が伺えた。ならば、と、クーゴは操縦桿を動かす。弾かれたように動き出したフラッグとガンダムの、コンビネーションアタックが炸裂した。
◆
(……あれ?)
クーゴは思わず目を瞬かせた。今見た
以前まで見ていた
『会いたかった……! 会いたかったぞ、ガンダムゥゥゥ!!』
聞き覚えのある、男の声。見覚えのある、ユニオンのフラッグ。パイロットは、グラハム・エーカー。
『いたか、我が愛しのガンダムよ!』
フラッグは、ソレスタルビーイングのガンダムに向かって突進する。この場には、他にもガンダムと銘打たれた機体が存在しているのにだ。
いいや。グラハム・エーカーにとっては、本当の意味で『愛しのガンダム』と呼べるものは、この機体だけだった。
『どれだけのガンダムが現れようと、私の心を射止めたのはキミ……。美しき光と共に、我が眼前に降り立ったキミだ!!』
あまりにも単純明快な理由。しかし、グラハムにとっては、それこそがすべてである。
同名の機体にふらふらしたのは、愛しのガンダムと呼べるこの青い機体が、彼が駆ける戦場にいなかったからだ。
『彼、メロメロなんですよ』とはビリーの台詞だった。メロメロという単語で表現していいものではなさそうだが。
戦場は変わる。砂漠の中から、大気圏内へと。
異種生命体が牙を剥く。エゴまみれの人間に愛想を尽かし、彼らは侵攻を開始していた。遊撃部隊がそれを倒し、少年と少女の道を切り開こうとしている。
そこへ乱入したのはやはりフラッグだった。ガンダムと対抗できるカスタマイズを受けたGNフラッグが、遊撃部隊に攻撃を仕掛ける。
指揮官機の狙いはただ1機。グラハムが恋い焦がれた、『愛しのガンダム』だ。
そして、パイロットは盛大に宣言する。
彼がガンダムに焦がれた理由を。
ついに理解した、執着の答えを。
『この気持ち、まさしく愛だ!』
『愛……!?』
『愛ィ!?』
そんな言葉が飛び出してくるなんて、誰が予想できるか。超展開にも程がある。
味方からもこんな反応をされているというのに、フラッグのパイロットは本気らしい。言葉を続ける。
『だが愛を超越すれば、それは憎しみとなる! 行き過ぎた信仰が内紛を誘発するように!』
おかしい。もうこの時点で何かがおかしい。何がおかしいのか説明できないが、はっきりとそう断言できた。
グラハムと同じGNフラッグを駆るパイロットは、愕然と相棒の姿を眺めている。ついに恐れていた事態が起きた。
薄々感づいていたのに。彼の副官として傍にいたというのに。自分は、その姿を眺めていることしかできなかったのだ。
遊撃部隊とは一時休戦したはずなのに、グラハムは戦いをやめようとは思わなかった。そんな彼を心配して、自分はここまで来た。
ガンダムを駆る刹那たちが問う。もう終わったはずなのに、と。自分もそう考えていた。だが。
『まだ何も終わっていない! 私とキミとの関係は!』
グラハムはそう叫ぶなり、攻撃態勢に入る。
副官が彼の名前を呼んだが、彼はもう振り返らなかった。『愛しのガンダム』と刹那へ向かって突き進む。
それを間近で目にした少女が身を震わせている。文字通り「ドン引き」していた。少年が少女を励ます。
こちらも同じ気持ちなのだが、少女とは違って励ましてくれる相手などいない。彼を止められない、出来損ないの副官には相応しい末路だろう。
しかし、もう1機の乱入者が現れる。それに伴い、彼の進軍は止まった。
そちらは件の少女と少年の関係者のようだ。どうやら、異種生命体と世界滅亡の鍵は少女にあるらしい。
男の誘いを蹴り、男と戦う。愛する少女のために少年は決断した。
少年は少女を守り、少女は少年を信じる。若い2人が育む愛に、副官は胸を痛めた。
本当ならば。若者たちと形は違えども、グラハムもそんな風に刹那を想うはずだったのに。想っていたはずだったのに。
何を間違ってしまったのか、どうすればいいのかさえ、もうわからない。ハンプティ・ダンプティ。マザーグースの歌が頭を駆ける。
『彼はわかってるよ。愛を超越した憎しみの意味を』
『貴様もエゴに囚われた人間か……!』
噛みしめるようにグラハムは言った。刹那は険しい表情で彼を見返す。
ならばどうする、と、グラハムは問うた。お前を討つ、と、刹那は答えた。
それでこそだ、と、彼は笑った。それは間違ってる、と、副官は言えなかった。
少年と少女が男と激突する。それとほぼ同じタイミングで、グラハムと刹那も戦いを始めた。
『貴様は歪んでいる!』
『そうしたのはキミだ! ガンダムという存在だ!』
その言葉に、刹那はひどく傷ついた顔をした。変わり果ててしまったグラハムの姿に、赤銅色の瞳が悲しげに揺れる。
いつもは(本人曰く)愛の力で彼女の変化に目ざとく気付いていたのに、彼はもう、彼女の感情など見ようともしなかった。
いいや、違う。変わってしまったグラハムにはもう気づけないのだ。刹那を見ているが故に、刹那の心に気づけなくなっている。
グラハムの頭の中にあるのは、刹那を倒すという決意と意志。
もう、それだけだ。それだけが、彼をこの
だから自分は戦うのだ、と、グラハムは叫んだ。お前も世界の一部だろうに、と、刹那は問う。
ならばそれは世界の意志だ、と、グラハムは返した。違う、と、刹那はグラハムの歪みを断じる。
その歪みを自分が断ち切る、と、刹那は宣言した。よく言った、と、グラハムは笑った。
こんなの間違ってる、と、副官は呟いた。その言葉は、2人のどちらにも届かなかった。
『……なんでだよ』
やりきれなくて、副官が呟く。グラハムと刹那の恋愛ごとに巻き込まれ、なし崩し的に仲人的な役回りをする羽目になり、走り回っていた日々。
思えば、このときが一番楽しい時間だった。幸せな時間だった。平和の象徴、そのものの光景だった。なのに、どうして、こんな末路が待っているのか。
『俺は、認めないぞ』
副官は操縦桿を握り締める。視線の先では、グラハムと刹那が戦っていた。
『こんなの、絶対に認めない……!』
GNフラッグが赤い粒子をまき散らした。友人がチューンナップしてくれた、疑似太陽炉搭載型のフラッグである。
疑似太陽炉のおかげで、自分やのフラッグはガンダムと対等に戦える。この推進性があれば、2人の間に割り込むことも可能だ。
止めなければ。『友人』が間違った道を突き進もうとしているのを、黙って見ていることなんてできない。
やめろ、と、副官は言った。この場で戦う遊撃隊たちや2人には聞こえなかった。
やめろ、と、副官が言った。イマージュと戦っていたイデアのガンダムがこちらを向いたが、2人は戦いを続けていた。
やめろ、と、副官が言った。操縦桿を握り締め、文字通り2人の元へと突撃する!
『――やめろって、言ってんだろうがァァァァァァァァァァァァァ!!』
――そうして、割り込んだGNフラッグは。
ガンダムの実体剣と、GNフラッグのビームサーベルによって貫かれた。
「…………」
クーゴはきつく目を閉じた。愕然とした表情を浮かべたグラハムと刹那、そしてイデアの顔が、浮かんでは消えていく。
あの2人と
おそらく、前者のように
殺し合いがなくなったという点では良いことだ。だというのに、背中を駆ける悪寒の正体は一体何なのか。
頭の奥底が痛む。何かが脳裏に浮かびあがりかけ、けれど、それを追いかけようと集中すると闇の底へと消えてしまうのだ。
デブリの散乱する
その悪意は、どこかで感じた覚えがあった。――そう、蒼海がクーゴの前に現れたとき/蒼海がクーゴの近くにいるときに感じる寒さである。
彼女がこの宇宙域にいる、ということだろうか? クーゴは首を振った。あり得ない。彼女は軍人でもなければ傭兵でもないのだ。戦場に向かう理由はない。
けれど、クーゴには『わかっていた』。確実に、この周辺に蒼海がいる。強い悪意を持って、彼女は何かを成そうとしている。クーゴには予感があった。
(っ! ……こうしちゃいられない!!)
クーゴは操縦桿を動かした。心を焦がすような衝動に突き動かされる。呼応するように、GNフラッグが加速した。
向かう場所はただひとつだ。グラハムと刹那の、決闘の場所。彼らにとって神聖なものを壊さんとする悪意を、何としても止めなければ。
逸る気持ちを抑えながら、GNフラッグは
クーゴ・ハガネの災難は続く。