大丈夫だ、問題しかないから。-Blue trajectory- <1st Season>   作:白鷺 葵

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大丈夫だ、これでも平和だから。
5.愛すべき喧騒と日常


「私はキミが好きだァァァ! キミが、欲しいィィィィィィ!!」

 

「貴様は歪んでいる……!!」

 

 

 グラハムはわき目もふらず、少女の元へと突っ込んでいく。

 少女はその手を振り払い、グラハムを睨みつけた。

 

 『エトワール』とコンタクトを取る度、この2人のやり取りは恒例行事になっていた。

 

 

「やめないか、グラハム。彼女が困っているだろう」

 

 

 クーゴは無理矢理グラハムをひっぺがした。これもまた、自分たちの恒例行事である。

 

 グラハムは全く気にする様子はない。

 「今日のキミも可愛らしい。まるで天使のようだな!」などと彼女を口説いている。

 

 少女はいつも、白を基調としたワンピースやスカートを着ていた。今回も同様で、レースがふんだんに使われた、ふんわりとした印象のワンピースである。最初の頃は動きづらそうにしていたけれど、最近は慣れてきたようだ。今は、動きにくさよりも恥じらいの方が勝っているように思える。

 グラハムは七分丈のテーラード風ジャケットを着ていた。上下の色が同じなので、一見するとスーツのような服装である。ただ、インナーはワイシャツではなく、涼しげな七分丈のシャツを着ていた。奴は似たような服の色違いばかり所持している。あとは式典用のスーツくらいだ。

 周囲から色めき立った声が聞こえてきた。中には、この光景を指さして、連れの人々に怒られている人もいる。自分たちを指さした赤い髪の少女が、保護者と思しき青年たちに咎められていた。ヘルメットに近い仮面をした青年は、3人を促して雑踏へと消えていく。

 

 クーゴは不安になった。この2人が結ばれようと結ばれまいと、なんだか嫌な予感がして仕方がない。

 自分が巻き込まれる末路だけは変わらない気がするからだ。いつもすみません、と、『エトワール』に視線で謝罪すれば、彼女は楽しそうにクスクス笑った。

 

 腰まで伸びた薄緑の髪が風になびく。紫苑の瞳は、確かにクーゴを見ていた。本当に目が見えないのかと思うくらい、澄んだ眼差し。

 親戚にジュエリーショップを経営している者がいるが、彼女が見せてくれる宝石なんかよりもはるか美しい。アメジスト、と、クーゴの脳裏に単語が浮かぶ。

 『エトワール』はレース重ねのシフォンブラウスに、足元まで隠れてしまいそうなフレアスカートを穿いていた。空と草原を思わせるような色合いで纏められている。

 

 

(……眩しい、な)

 

 

 クーゴは思った。対して自分はどうだろうか、と、改めて服装を確認してみる。

 

 青いストライプ柄のシャツをジャケット代わりに着て、七分丈のカットソーをインナー代わりにしている。下は黒いデニムジーンズを穿いていた。

 カジュアルめな格好にした方がいいかと迷走した結果がこれである。ファッション誌を参考にしても、わからないものはわからないのだから仕方ない。

 

 

「素敵ですよ。とっても」

 

 

 『エトワール』は静かに目を細めた。まるで、クーゴの思考回路、特に不安な気持ちを読み当てたような発言である。

 クーゴは息を飲む。じっと『エトワール』を見ていたが、彼女から敵意や悪意に満ちたものは感じない。警戒する必要はなさそうだった。

 彼女といると、なんだかペースを狂わせられっぱなしである。しかし、それは決して不快ではない。むしろ、穏やかで心地よい感じがした。

 

 相変わらず、グラハムは少女を口説いている。少女が拳を突き出したが、彼は軽くその一撃を受け止めた。

 

 

「少女よ。今日のキミは、窓辺に佇む令嬢のようだな」

 

「俺に触るなッ!!」

 

 

 次の瞬間、無防備となっていたグラハムの鳩尾に一撃が入る。

 くぐもったような奇声がしたが、流石はMSWADのエースパイロット、グラハム・エーカー中尉。

 意地とプライドは一級品で、尚も踏みとどまっていた。少女のカウンターにも屈しない。

 

 クーゴは苦笑し、再びグラハムをひっぺがした。少女には迷惑をかけっぱなしである。後で何かおごってやるべきか。いいや、かえって逆効果だろう。

 

 「キミばかりアピールしてずるいぞ!」と、クーゴに当たってくる可能性がある。もしくは、対抗しようと意地になって、少女へのアピールが激化する可能性だってある。

 グラハム・エーカーは、クーゴの想像力を斜め上に飛んでいくような男だ。何が起こっても「グラハムなら仕方ない」で片づけられるレベルで済む。

 

 クーゴは頭を抱えてしまいそうになった。進むも地獄、戻るも地獄とはこういうことか。

 

 

「ほら、行くぞ」

 

「こんなところで立ち話してもしょうがないし、ね」

 

 

 クーゴと『エトワール』は2人を呼び、促す。

 グラハムと少女は、慌てたような調子で自分たちに続いた。

 

 『エトワール』との初接触から、もう数か月が過ぎた。クーゴは歌い手仲間の『夜鷹』として、月に何度か『エトワール』とのコラボ企画のために顔を合わせている。

 

 護衛役とは名ばかりのグラハムと『エトワール』の補助兼護衛役の少女が、常に自分たちに同行していた。前者は完璧に下心満載であることは明らかだ。

 さもありなん。グラハムが愛を叫ぶ少女は、『エトワール』と共に行動している。少女の連絡先は無理矢理聞き出したようだが、誰でも使えるフリーメールのアドレスだ。

 名前やその他の情報は一切教えてもらえなかったらしい。彼女の判断は正しかった。1日10通近くメールを送る熱の入れようである。

 

 正直、ストーカーとして訴えられても庇えないとクーゴは思っていた。

 

 

『犯罪には走らないでくれよ、グラハム』

 

 

『クーゴも。グラハムのこと、ちゃんと見張っててくれよ』

 

 

 あっけらかんと笑ったビリーの顔が頭をよぎる。そんな軽い状態ではないのだ、グラハムは。

 

 おそらく本気だ。少女と会う直前のグラハムは、出撃前と同じ表情をしているから。

 本気になるとあんな顔するようになるんだなぁ、と、クーゴは遠い目をしていた。

 

 ショッピングモールは相変わらず、人々でごった返していた。どこもかしこも人の話し声が聞こえてくる。行楽シーズンだから当然か。手をつないだカップルとか、仲良さそうな家族連れとか、仲良しの学生や社会人グループとかが、楽しそうに笑いあっている。

 クーゴは眩しさに目を細めた。ユニオン軍に入り、グラハムやビリーたちと出会って、調査隊が結成された後はメンバーたちとも交流を重ねてきた。充実した日々を送っていると、胸を張って言える。自分は果報者だとクーゴは思っていた。

 ふと、クーゴは後ろを振り返った。グラハムも少女も、家族連れをぼんやりと見つめている。前者はどことなく羨望の色が混じり、後者はどこか悲しそうな色が見える。そんな2人に共通するのは、何とも言えない寂しさだった。

 

 グラハムは孤児だったと聞く。時折、家族の光景を見ては、もの鬱気にしている彼の姿を見かけた。

 

 彼の気持ちをすべて理解することはできないし、彼自身も触れてほしいとは思わないだろう。

 クーゴはあえて、何も言わないことを選んだ。触れられたくない傷は誰にだってある。

 

 

『キミはどこにいっても、キミと血がつながる『誰か』がいるんだな』

 

 

 痛々しい笑顔を浮かべて、グラハムはクーゴに言ったことがある。本人にその気はないのだろうが、翠緑の瞳は、確かに『羨望』に満ち溢れていた。

 当時のクーゴは返答に窮した。彼の想像する『家族』とクーゴの知る『家族』の姿は、あまりにも違いすぎる。その落差を、グラハムに語る気になれなかった。

 

 

「……どうかしたのか?」

 

 

 心配そうなグラハムの問いかけに、クーゴはハッとした。いつの間にか、クーゴは面々の最後尾にいたらしい。

 

 

「なんでもない。行こう」

 

 

 クーゴは面々へと駆け寄る。木漏れ日の光が綺麗で、その中で自分を待つ人々の笑顔が愛しくて、静かに目を細めた。

 これからもこんな日々が過ぎていくのだろう。クーゴはそれを疑いはしなかった。疑う要素なんて、どこにもなかったからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 踊り狂っていた議会が、圧倒的な力でまとまっていく。誰も彼もがその案を称賛し、あれよあれよと話が進んでいった。

 自分の友人たちがイキイキと計画を練り上げ、上司が満面の笑みを浮かべて親指を立てる。

 

 議会の評決がとられた。鳴りやむことのない、割れんばかりの勢いで響き渡る拍手。

 

 反対派は1票。問答無用で多数決の原理(数の暴力)が執行される。議会に響く歓声に、自分だけが取り残されてしまったような気分になった。

 いや、実際、クーゴは完璧に置いてけぼり状態である。反対に1票投じたのは、他でもないクーゴだからだ。本当にどうしてこうなってしまったのか。

 満面の笑みを浮かべる友人たち(1人以外仮面着用)が、クーゴの肩に手を置いた。「言いだしっぺの法則発動」と、奴らの眼差しが叫んでいる。

 

 

「誰か。嘘だと言ってくれ」

 

 

 クーゴは茫然自失のまま、そう呟くので精いっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 雨降って地固まるという諺がある。

 今回の一件は、(固まり方には難があるが)文字通りの結末だと言えた。

 

 

(■■■■ファイトが議会を通ってしまったときは、どうなることかと思っていたが……)

 

 

 しかも、その戦犯にして言いだしっぺは、まさかのクーゴ自身である。踊り狂う会議に飽き飽きしてぽつりと零した言葉が、ここまで発展してしまうとは思わなかった。

 

 クーゴの呟きを聞いたブ□ドーが目を輝かせ、□クスが目から鱗を落とし、シャ□が名案とばかりに頷き、トレー□が大歓喜したときの表情が未だに忘れられない。彼らは参観日に親の前で張り切る小学生の如く手を挙げて、いい笑顔でこの意見を述べたのである。

 待ってくれとクーゴが叫んだのだが、議会とキリ□アは満場一致および満面の笑みを浮かべてゴーサインを出した。そのときの絶望感と言ったら、本当にない。仮面の下に決意を固めた代表者たちであったが、決意の方向性が明らかにおかしかった。

 ブシド□はともかく、まさかゼ□スやシ□ア、終いにはト□ーズや□リシアまでもが食いつくなんて。誰が予測できるかこんなもの。どこぞの誰かが『想像しろ』とやたら連呼していた気がするが、クーゴは叫びたい。「お前はこれを想像できたのか」と。

 

 誰かが『こんなもん想像できるか』と匙を投げ、『俺も想像力が足りなかったのか……』と項垂れた姿が見えた。満足した。

 言いだしっぺの法則が適用され、コネク■・フォースの元へ「見届け人」として向かう羽目になったときの気持ちなど、決して貴様にはわかるまい。

 

 つい耐えきれなくなって、コネクト・フォー■の面々に土下座してしまった。俺のせいなんだ、と、洗いざらい報告した。ヒ□ロと『彼女』がポンと肩を叩き、『エトワール』が飲み物を差し入れてくれた。涙が出た。

 

 仮面3人組による仮面舞踏会につき合わされたア□ロ、□イロ、『彼女』も災難である。一番の災難は『彼女』であるが、ア□ロも大変だったとクーゴは思った。

 彼は全然乗り気じゃなかったし、『負けたら私の同志になってもらおう。キミの仮面も手配済みだ』なんて言われてた。よかった、仮面なんかつかなくて済んで。

 

 

「まさか、一緒に戦える日が来るとは思いませんでした」

 

 

 クーゴを真正面から見上げ、『エトワール』は微笑んだ。

 

 

「俺もだ。前の一件以来、この面々が顔を揃えることはないと思っていた」

 

 

 遠い日を思い出す。あの日、自分たちはお互いの譲れないものをかけて戦った。

 その結果、たくさんのものが失われてしまった。

 

 歌い手仲間の『夜鷹』と『エトワール』、その付き人であった『グラハム・エーカー』と『少女』。戦いが始まる前に紡がれていた平穏は、もう戻ってこない。

 

 けれど、すべてがなくなったわけではなかった。『夜鷹』はクーゴ・ハガネに、『エトワール』は□□□・□□□□□□□□に、『グラハム・エーカー』は□スター・□シドーに、『少女』は□□・□・□□□□になり、形は違えどコネクト・■ォースに集っている。

 ここからもう一度、笑いあうことはできるだろうか。前と同じにはなれなくとも、前と同じように笑いあう日々を築きたい。クーゴは心からそう思う。□□□を見れば、彼女も頷き返してくれた。薄緑の髪がさらりと揺れる。紫の瞳は、いつ見ても宝石のように美しい。

 前の方に視線を戻す。仮面2人組がライバルたちと打ち解けあっている姿があった。ちなみに、もう1人は「機体を返しに行ったっきり帰ってこない」と見せかけて、もう1つの姿を使ってクルー内に溶け込んでいる。ア□ロとセイシロ□が何も言わなければ/気づかなければ、あとは問題なさそうだった。

 

 

「これで、人々も戦いの愚かさに気づいてくれればいいのだが」

 

 

 うむ、と、クワト□が頷いた。相変わらず大きなグラサンだ。

 事情を知る人間からしてみれば、「いけしゃあしゃあと」としか言いようがなかったりする。

 

 もっとも、クーゴも似たようなことをやった経験があるため、あまりクワ□ロのことを悪く言えないのだが。

 

 

「まあ、世界中へ向けた放送だからな。皆、わかってくれるはずさ」

 

「そうだな。これは、地球にも宇宙にも放映されている」

 

 

 □ワトロの言葉に□クスが頷いた。その言葉に、クーゴはハッとする。

 

 まずい。これは本当にまずい。

 

 慌てて『彼女』の方を見れば、顔を真っ赤にしてわなわなと震えていた。今にも湯気が出てしまいそうである。気のせいか、瞳が金色になっている気がした。

 対して、ブ□ドーは『この戦いが全国放送されていた』ことを今更思い出したようで、「ああそうだったな」と笑った。清々しい、爽やかな笑みを浮かべている。

 

 見ていて可哀想なくらい羞恥に震える□□が、湧き上がる感情に任せて□シドーへと突っかかった。対して、ブシ□ーは誇らしげに胸を張る。自分には何の後ろめたいこともないと言い放った。不敵で不遜な所は『グラハム・エーカー』の頃から何も変わらない。

 『彼女』はますます顔を赤らめてしまう。本当に湯気が漂ってきた気がした。そこは、『彼女』が『少女』であった頃と何も変わっていない。おそらく、この後に待ち受ける出来事も、あの頃と同じものなのだろう。クーゴには見当がついた。

 聡い者たちは頭を抱え、朴念仁どもが首を傾げ、おちゃらけ担当どもが茶々を入れる。次の瞬間、ブシド□の体が宙を舞い、床に思いっきり叩きつけられていた。柔道の投げ技である。しかしブシ□ー、寸でのところで受け身を取ったらしくピンピンしていた。

 

 

「いきなり何をするのだ、少女! 私はただ、キミに、全力で愛を語ろうとしただけではないか!」

 

「人のプライドやその他諸々を叩き折っておいて何を言うんだお前はァァァァ!!」

 

 

 □シドーが、今度ははるか彼方へと吹っ飛んだ。運悪く近場に居合わせたア□ロとク□トロを巻き込み、彼ら共々壁に激突する。

 他の面々が慌てて止めに入るが、先程の「全国放送」で人一倍恥ずかしい思いをしたのは□□なのだ。『彼女』を止めつつ、さりげなくブ□ドーをとっちめる者が続出した。

 

 「そんな大人、修正してやる!」やら「アンタって人はァァァァ!」やら「任務了解。ターゲット、ミスター・ブ□ドー」やら「誰か警察を……ああそうか、自分が警察だった」やら、様々な声が聞こえたような気がする。

 幼い子どもたちには、良識ある大人たちが対応してくれていた。彼らの目と耳をふさぎ、教育上に悪い情報すべてをシャットアウトする。さりげなく、□□□もそれに協力してくれたようだった。年齢制限は大事である。

 ■■■■ファイトは終わったはずなのに、新しい争いの火種(……火種?)は身近に転がっていたらしい。また□シドーが宙を舞い、近くにいたケロ□軍曹と甲□を巻き添えにした。そろそろ収拾がつかなくなりそうだった。

 

 

「いい加減にしないか」

 

 

 クーゴはため息をつき、ブシ□ーの首根っこをひっ掴む。

 

 

「俺の相棒がすみませんでした」

 

 

 参事になりかけているクルー全員に対して、クーゴは深々と頭を下げた。

 いつかと変わらない、いつもの出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最近、中尉の虚憶(きょおく)が、前より鮮明に見えるようになった気がするな」

 

 

 

 虚憶(きょおく)のデータをまとめ終えたハワードが、考え込むように顎に手を当ててそう言った。

 

 以前よりも多くの情報が集まるようになったのと、調査部隊の面々が収集できる情報量が圧倒的に増えたのも、ここ数カ月のデータが証明している。

 『エトワール』と接触し、彼女と歌を歌う等の交流を重ねたことが原因だろうと皆が言っていた。実際、クーゴのコーヴァレンター能力におけるヴィジョン共有の精度は増してきている。ついでに、虚憶(きょおく)が残る時間も長くなってきた。

 ただ、虚憶(きょおく)主であるクーゴ――おそらくは、その虚憶(きょおく)を実際の記憶および経験として体験したであろう『クーゴ』の感情をもろに受けるようになったとも言えた。

 

 

虚憶(きょおく)の『クーゴ』さん、苦労してますね……。ついでに、ブシドーさんがすっごくめんどくさいっす」

 

「むしろ、仮面3人組が面倒だった気がするぞ」

 

 

 アキラが苦笑し、ダリルが遠い目をした。その気持ちはクーゴもよくわかる。この虚憶(きょおく)は、見るだけで疲れ果ててしまうからだ。

 あの仮面舞踏会(と言う名の茶番劇)は、「人の心の光を人々に指し示す」という大義名分がある。しかしその実情は、仮面3人組の私念を払拭する禊と言った方が正しかった。

 

 

「『犯罪には走るな』って、常々言い聞かせてたのに……。……あれ、誰に対してそう思ったんだっけ?」

 

 

 ビリーは深々とため息をついた。が、彼はすぐに首を傾げる。虚憶(きょおく)が以前より長く残るようになったとはいえ、それでも時間制限があることには変わりない。

 もちろん、ヴィジョン共有した虚憶(きょおく)自体が穴あきで不鮮明な部分があるから仕方がなかった。『エトワール』と交流を続ければ、虚憶(きょおく)も鮮明になるだろう。

 一通りの記録を終えた面々は、早速、今回の虚憶(きょおく)についての感想を述べていく。調査隊の面々との交流も兼ねており、この時間はクーゴにとって楽しい時間であった。

 

 

「でも、よかったよね。アムロくん。仮面舞踏会の仲間入りしなくて」

「だよなー」

 

「珍しく、ジオンがまともな判断下したな」

「あれも『まとも』と言えるかどうか……」

「ジオンの上層部が脳筋であることが発覚したって感じっすね」

 

「クワトロ・バジーナ。奴は何アズナブルなんだ……」

「あいつのいけしゃあしゃあっぷりには、もう笑いしか出ないよ」

「シャアだけに?」

「やめろ、寒い!」

「しかもくだらない!」

 

 

 わいわいがやがや。カラオケボックス内が団欒の声で埋まる。

 

 ふと、クーゴは違和感を感じた。普段は団欒に加わっているはずの声がひとつ足りない。見れば、件の人物は隅に座って頭を抱えていた。

 グラハムの顔が青い。青いが、どうしてか、クーゴはその理由を察していた。察してしまえる時点で、虚憶(きょおく)の影響が出ている証拠かもしれない。

 

 

「大丈夫か?」

 

「ああ、問題ない」

 

 

 グラハムは息を吐き、眼差しを遠い場所へ向けた。黒歴史を抱えながらも、その中にある美しいものを集めて慈しんでいるかのようだ。

 後悔なんてしない、と、翠緑の瞳が語っている。揺るぎない眼差しは、何を見ているのか。疑問には思ったが、今のクーゴにはそれを知る術はなかった。

 ブシドー、と、グラハムは噛みしめるように呟く。いつもはその言葉に苦い表情を浮かべるのだが、今はどこか清々しさを感じるような微笑を浮かべていた。

 

 ああ開き直れるのなら、迷走している真っ最中の『彼』でも許せるのかもしれない。それもまた、ひとつの答えの形なのだから。

 

 何かを吹っ切ることができたのだろう。グラハムは、団欒の中に飛び込んでいった。彼の横顔には、先程までの苦さはない。

 クーゴは微笑を浮かべ、持ち込んでいたエルダーフラワーのコーディアルを飲んだ。今日はこれで最後である。喉をしっかり休ませておきたい。

 

 

「あのカエル軍曹も白々しかったな。フォローのつもりだったのだろうが」

 

「それが、かえってクワトロのいけしゃあしゃあっぷりを助長してるんですぜ」

 

「言いだしっぺの法則で巻き添えを喰らった『クーゴ』氏には、本当に同情するよ」

 

「誰があんなことになるなんて予想できるんですか。んなモン想像できませんよ」

 

 

 いつもの光景が帰ってきた。それを眺めて、クーゴは目を細める。彼らの会話から、思い出したことがあった。

 

 

「そうだな。いつぞや体験した、『マグロ解体用の包丁で強盗団を制圧する』羽目になったときより酷かったかもしれん」

 

「え」

 

 

 クーゴは目を閉じて頷いた。全員が弾かれたようにこちらを見る。

 そして、何か合点が言ったように「あ」と声をそろえた。

 

 5年程前、日本で起こった事件。デパートに強盗団が押し入ってきたが、その場に居合わせていたマグロ解体士(?)がたった1人で強盗団を一網打尽にしたというものだ。彼は何も言わずに去ってしまい、以後も名乗り出なかったという。

 丁度そのとき、クーゴは休暇を取って日本へ戻っていた。休暇を楽しんでいたとき、親戚から「マグロ解体のプロが突然来れなくなった。資格持ってるお前にピンチヒッターを頼みたい」と応援要請が入ったのである。

 断る理由がなくて受けたが、まさかその先で強盗団とエンカウントする羽目になるとは誰が予想できたか。そして、それをマグロ解体用の包丁で撃退する羽目になるとも。クーゴはため息をつき、肩をすくめる。

 

 ユニオン内で一時期話題になった事件である。そして、同時期からユニオンの基地で『マグロ解体ショー』と寿司パーティが行われるようになった。

 

 その解体ショーの最中、クーゴは観客席にいない。会場には確かにいるが、解体ショーを間近で見ることはなかった。寿司パーティでマグロを食べている現場なら、グラハムたちは目撃している。

 つまり何が言いたいかと。マグロ解体ショーの間、壇上でマグロを解体している職人は、紛れもないクーゴ・ハガネその人なのである。空色のツナギに黒いエプロンとバンダナをして、マグロ解体用の包丁を片手にマグロをばっさばっさ解体していく男。

 

 

『マグロ解体用の包丁は、まるで刀のようだな!』

 

 

 解体ショーを見終えたグラハムは、寿司をほおばりながらそう言っていた。

 ショーの最中、奴の歓声が一際うるさかったことは今でも記憶に残っている。

 

 

「そっか! だからハガネ中尉、解体ショーにいなかったんだ!!」

 

 

 アキラがぽんと手を叩いた。

 

 

「イベントでの危機を救った代わりに、払ってもらった対価だよ。俺が解体するって約束でな」

 

「いつの間にそんな資格持ってたのか……」

 

「相変わらず、油断ならないお人ですぜ……」

 

 

 ダリルとハワードが笑うが、口の端が引きつっていた。

 自覚はある、と、クーゴも苦笑する。

 

 親戚が資格を取る際に巻き込まれ、なぜか一緒に試験を受け、親戚よりも先に試験をパスし、親戚よりも早く資格を取ってしまったことは今でも覚えていた。

 それと似たようなパターンで、クーゴは様々な資格を取得している。大半が宝の持ち腐れに等しかったが、こういうことに使えるならそれでいいと思う。

 ちなみに、現在でも役に立っている資格があるとするなら、二刀流の剣道や居合、十手や鎖鎌くらいだろうか。主に、機体開発やコンバットパターンに活かすための資料としてだ。

 

 特に十手は「日本武術の絶滅危惧種」と名高いレアモノである。使えるかどうかはわからないが、史料価値は高かった。

 

 

「そういえば! クーゴのおかげで、例の試作品が完成しそうなんだよ。エネルギーコストの低い新武器」

 

 

 そう言って、ビリーが端末を操作した。

 映し出されるのは、日本刀を思わせるようなブレード。

 

 

「菊一文字則宗、か」

 

「上は『ガーベラストレート』って呼んでるけどね」

 

 

 無理矢理な訳し方だ。ビリーは苦笑する。確かに、「キクイチモンジノリムネ」より「ガーベラストレート」の方が言い易いだろう。

 

 

「ガーベラと菊じゃ、全然違うんだけどな」

 

 

 クーゴは端末を動かした。ガーベラの写真と菊の写真を並べてみる。

 一応、菊でありガーベラとも呼ばれる花があることは事実だ。しかし、やっぱり、似つかない。

 

 

「あ、俺、飛行機の関係があるんで戻ります」

 

「我々も、そろそろ戻らなくては」

 

 

 アキラたちが時計を見て立ち上がった。

 

 時間も押しているし、任務に支障をきたすわけにはいかない。実験チームと銘打たれてはいるが、皆、所属はバラバラだ。時間を見つけては、集まれる面々で集まって情報収集をしているにすぎない。そのまま解散し、面々は帰路についた。クーゴはグラハムやビリーと共に道を行く。

 せっかく虚憶(きょおく)の調査も進んできたというのに、「メンバー全員に、自由に招集がかけられない」というのは地味にネックである。正式な調査隊として認められればいいのだが、不確かなものが多くてうまくいかないのだ。

 今回の『ガーベラストレート』は、実験チームが集めた情報で生まれた新武装だ。これが認められれば、調査隊の成果になるだろう。『ガーベラストレート』は、調査隊が正式に結成できるかの試金石でもある。

 

 クーゴは『ガーベラストレート』の図面を確認する。

 宇宙を漂う隕石に含まれる特殊金属を使った、日本刀を模したブレード。

 

 原料である特殊金属は、とある会社が提供してくれるそうだ。ただ、少々気になることがあるとするなら。

 

 

「経営者は余程の酔狂なんだろうな」

 

「会社名が『悪の組織』とは、随分と個性的じゃないか」

 

 

 クーゴの言葉をグラハムが引き継いだ。

 

 とある会社――『悪の組織』は、『何でも屋』の色合いが強い技術者集団であり、有名なボランティア集団でもある。会社名および団体名とは裏腹に、彼らの存在は人々の生活を支えていた。

 会社員は皆「世界征服をもくろんで行動しているが、それはいつも、ただの善意にしかならない」という設定を忠実に再現しつつ、会社経営およびボランティア活動を行っている。彼らのノリにさえついていければ、最高のパートナーになると言われていた。

 具体的には、『街に凶悪なモンスターを放ってやった』と言って、有名なマスコットキャラクターを模したラジコンを街に放ち、老若男女問わず笑顔にするような連中である。彼らにとって最高の褒め言葉とは、『くそう、悪の組織め! 人を笑顔にするとは、なんてことをしてくれたんだ!!』だそうだ。

 

 どうやら、技術班はその「設定」について行けたらしい。

 「面白い集団だったよ」とは、ビリーの談である。

 

 

「クーゴは確か、二刀流だよね。もう1本のブレードも制作中だよ。大小サイズあるから、実質的には2本だけど」

 

 

 ビリーはそう言って、図面を提示する。

 「長曽禰虎徹」、上層部は『タイガー・ピアス』と呼んでいるブレードだ。

 

 脇差タイプのものと、『ガーベラストレート』同様の打刀タイプのものがある。

 打刀と脇差、打刀2本。剣道ではどちらの型も使いこなせるクーゴであるが、実際の戦闘ではどちらが使い勝手のいいかはまだわからない。

 パイロットの技量も関係してくるだろう。どちらをメインにするか、悩ましいところだ。

 

 

「頑張ってくれよ。『ガーベラストレート』と『タイガー・ピアス』のテスト役はキミなんだから」

 

「はは、重いなそれは」

 

 

 ビリーに期待され、クーゴは苦笑する。対して、グラハムは目を輝かせながら図面を見ていた。

 

 日本かぶれである彼からしてみれば、刀なんて飛びつきたい代物だろう。本当は、彼自身が使ってみたかったに違いない。しかし、彼は日本武術のコンバットパターンにはあまり精通していなかった。

 精通者と非精通者。テスト役にしたいのは、精通している方だ。師範代の免許を有するクーゴが選ばれたのは当然の結果と言える。でも、グラハムならば、意地と根性でコンバットパターンをマスターしそうな気がした。

 

 次の瞬間、脳裏に見たことのない光景が走る。それが虚憶(きょおく)だと気づいたのは、すべての光景が駆け抜けた後だった。

 黒い機体。近接戦闘に特化した、フラッグの究極系。益荒雄。佐之男。妄執。愛。憎しみ。仮面の男。……ミスター、ブシドー。

 クーゴは思わずグラハムを見た。図面に気を取られたグラハムも、クーゴの眼差しに気づいて顔を上げる。彼はきょとんと首を傾げた。

 

 まさか、そんなまさか。

 

 「どうした?」と声をかけられ、クーゴは「なんでもない」と答えた。

 そうやって、自分たち3人は並んで帰路につく。今日もまた、平穏だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このときのクーゴ・ハガネはまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

 

「フハハハハハ! 『悪の組織』第1幹部、リボンズ・アルマークとは、僕のことさ!」

 

「わー、おにいちゃんすごーい!」

「何もないところからお花が出てきたー!」

「コップもないのに水が出てきたぞ!」

「紙袋からうさぎがー! かわいい!」

 

 

「……どうしてか、僕たちは子どもに親しまれてしまうんだ。なぜだろうね?」

 

「なんでだろーねー」

 

「ボクたちは、世界征服を目指してるのにねー」

 

「今回のマジックはうまくいったな」

 

「次は大掛かりなものに挑戦しよう。資料の収集に」

 

「ブリング、デヴァイン! そういう『設定をぶち壊しにする』会話禁止!!」

 

 

「どうかしましたか? アレハンドロ様」

 

「……い、いや。相変わらず、面白いなと思って」

 

 

 『悪の組織』の徹底っぷりを。

 

 

 

 

 

「それ、『彼』の……」

 

 

「『彼』の想いを継いで、私は空を飛ぼう」

 

「そのためにも、私は――!!」

 

 

「……あいつら! 俺のコンバットパターン、覚えた上に組み込んだのか……!!」

 

 

 クーゴの予想が、悲しい形で的中してしまうことを。

 

 

 

 

 

「……あれ? このメンバーって、大半が“多元世界技術解析および実験チーム”のメンバーだよな」

 

「あ」

 

 

「こんな偶然、あるんですねー!」

 

「まさか、こんな形で隊が組まれるなんて思いませんでしたよー!」

 

「なんて僥倖! これで、おおっぴらに虚憶(きょおく)調査ができるな!!」

 

「新技術の解析もやり放題だね」

 

 

「あ、俺、『人の心の光/Z』が見たいです」

 

「『HEAVEN AND EARTH/UX』もお願いしますぜ!」

 

「『殴り合い、宇宙(そら)/OE』! 『殴り合い、宇宙(そら)/OE』がいい!」

 

「私は『桜花嵐/UX』を所望するぞ、クーゴ!」

 

「あーはいはい。暇な時間があったら歌うから、な?」

 

 

「なんだ? このアウェー感……」

 

 

 “多元世界技術解析および実験チーム”の面々が、オーバーフラッグス隊に選出されることを。

 

 

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難は続く。




【参考および参照】
ニコニコ動画より、『悪の組織 ekot企画』の『やったー!はぐれメタルいたよー!\(^o^)/【ekot企画】』

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