大丈夫だ、問題しかないから。-Blue trajectory- <1st Season>   作:白鷺 葵

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51.戦場 -しゅらば-

 一点のシミもない真っ白な部屋が、地獄絵図になっていた。

 

 ここはユニオン領の、どこにでもあるような病院の、どこにでもあるような一室だ。何か特筆すべきことがあるとすれば、持ち込みテロの発生率が異常に高いということである。

 テロが頻発している場合、普通は厳重な警戒態勢が敷かれるものだ。だが、この病室には物々しい警備など敷かれていないし、看護師や医者にそのことを言えば、「優しい同僚さん

じゃないですか」で流される。

 のほほんと笑って流す彼/彼女たちは、タッパーの内容物が何かを確認していない。タッパーが入っている入れ物の大きさを見て、「差し入れに気合が入っている」と思うだけであった。

 

 ザル警備の極みである。いいや、そもそも医者や看護師たちには警備するつもりなどないから、患者の異常事態も軽く流しているのだろう。意識の違いは大きい。

 度重なるテロのせいで、ただの怪我人だった入院患者3人(いずれも軍人であり、20代半ばの屈強な男性である)の入院期間日数がじりじりと増え/長くなっていた。

 

 

『また、ジョシュアさんが皆さんに差し入れ持ってきたんですって』

 

『口と態度は悪いけど、仲間想いのいい人じゃないか』

 

 

 医者と看護師がのほほんと話す声が『聞こえた』。病室の扉一枚隔てた廊下は、扉の向こう側は和気あいあいとした空気に包まれているものだと思っている様子だった。彼らの頭はお花畑ではなかろうか――ハワード・メイスン、ダリル・ダッジ、アキラ・タケイは、そう思えて仕方がない。

 目の前に広がる光景は、普通の人間が考えるお花畑とはベクトルが違った。お花畑という字面は正解であるが、「向う側に三途の川が見える、眺めのいいお花畑」である。ヘタをしたら「花畑で戯れていたら、夢中になりすぎて川遊びになり、向う岸に渡ってしまって戻ってこれなくなりそう」だった。

 

 男3人の前に広がるお花畑――もとい、半透明なタッパーにぎっしり詰め込まれていたのは、彩のある見た目のものばかりだ。

 

 1つ目のタッパーには、薄紅色のご飯がみっちりと詰め込まれていた。日本料理で、主におめでたい日に食べる『赤飯』という料理がある。米を炊く際に食紅を入れ、赤く色を付けるのだ。あとは好みに合わせ、栗や小豆を入れて、ごま塩等で味付けをする。食紅は色を付けるだけであって、食紅自体は無味無臭だ。しかし奇妙なことに、この赤飯からは甘ったるいシロップの香りが漂っている。いや、ご飯から香る『におい』と考えると、『匂い』という字面よりも『臭い』の方がよく似合っていた。

 2つ目のタッパーには、チョコレートでコーティングした何かと、歪な形のオムレツが詰め込まれていた。奴らはアルミホイルの敷居で、互いの居場所を住み分けしている。前者はよくよく見ると、見覚えのある形をした葉っぱだった。辛うじて、上半分が緑の面積が多く、下へ行くと白い芯になる野菜――白菜の面影が見えた。後者は生焼けの魚とマーマレードジャムが混ざったような、奇妙な悪臭が漂ってきている。いや、実際に混ざっていた。

 3つめのタッパーには、パスタが入っていた。どぎついオリーブオイルの臭い。使用された油の量を物語るかのように、パスタの麺がテカテカと光を反射していた。ミートソースやトマトソースは使われていない、盛り付けた具材と和えただけのシンプルなものだ。具材として入っていたのは、赤い果肉に黒い種が点々と混在しているもの、薄緑の皮がついたまま輪切りにされたもの、鮮やかなオレンジ色のもの――順番に、でんすけすいか、グリーンレモン、夕張メロンが惜しみなく盛り付けられていた。

 

 蛇足であるが。

 

 でんすけすいかは北海道で生産・出荷される、スイカの『世界最高級ブランド』の品種である。夜闇を思わせるような暗緑色の皮には縞模様がない。品種的に空洞化や肥大化が発生しやすいため、生産には高い技術力が必要となるそうだ。初競りで65万以上の金額を叩きだしたものもあったという。

 夕張メロンもまた、北海道で生産・出荷される、メロンの品種である。メロンの出来栄えが4段階で評価され、最高級評価のものは「糖度13%以上、重量1.5~1.8kg、網目が90%以上完全なものである」等の厳格な基準を乗り越えたものだけが与えられるのだ。厳しさに見合う程のおいしさが保証されている。

 いずれも、沖縄基地に駐屯していた日系人――アキラ・タケイの親戚が、面々の快気願いに持ってきた高級品たちであった。こんなパスタの食材として使う/使われてしまうなんて、お見舞いに持って来てくれた親戚たちに対する、最大の裏切りであろう。

 

 閑話休題。タッパーたちの中身は、苺シロップの甘ったるい臭いが漂う赤飯、チョコレートでコーティングされた白菜、魚特有のにおいと果実と砂糖のほの甘い臭いが鼻を衝く歪なオムレツ、オイルでギトギトになった高級フルーツ和えのパスタの4品だ。

 

 テロ内容は『飯テロ』。

 

 テロリストの名前はジョシュア・エドワーズ。

 元・オーバーフラッグス隊最凶の“メシマズ”であった。

 

 

「お前、俺たちに何か恨みでもあんのか!?」

 

 

 ハワードが息を絶え絶えにして叫び、

 

 

「おかあさぁぁぁん! おかあさぁぁぁぁぁあん!! 助けて、ごはんがまずいよォォォォォォ!!」

 

 

 アキラが幼児退行して泣きわめき、

 

 

「ま、待ってろ……今、ナースコールを……!!」

 

 

 ダリルがのたうち回りながらも必死になってナースコールへ手を伸ばす。

 

 

「な、なんだよ! せっかく作ってきたのに……ッ!」

 

 

 そんな阿鼻叫喚図を目の当たりにした戦犯――ジョシュア・エドワーズは、ムッとしたように眉間に皺を寄せた。心なしか、海を思わせるような青い瞳が涙で滲んでいるように見える。

 しかし、3人にとっては自分の生死が賭かった重要な案件であり、切羽詰っている状態であった。生き残るためならなんだってやってみせるという心持だった。生存本能に従っただけであった。

 だから、彼らが「生き残ろうとして差し入れの入った入れ物をひっくり返す」のは仕方がなかったことである。「ご飯は無駄にしてはいけない」と仰る彼らの副隊長の座右の銘を破ったのは、やむを得ぬ理由があったためだ。

 

 4人は常に戦っている。宇宙(そら)で戦う隊長――グラハム・エーカーと副隊長――クーゴ・ハガネが最終決戦を行っているのと同じように。

 

 片や、『仲間たちを気遣うが故に、様々な料理を試す側』。

 片や、『自分たちが生き残るために、テコでも相手の料理を口に入れまいとする側』に分かれて、だ。

 

 

「畜生! どうしてお前のような奴が、俺たちの中で一番最初に日常生活へ復帰するんだ!?」

 

「神様は俺たちのことが嫌いなんだろう!? そうなんだろう!? でなきゃこんなメシマズを、一番最初に野に放とうなんて思わないだろうが!」

 

 

 この世の理不尽を噛みしめるようにして、ダリルとハワードが咽び泣く。彼らの言葉にジョシュアが愕然とした表情を浮かべていることなど誰も知らないし、知るつもりもなさそうであった。

 注記するが、ジョシュア・エドワーズは「この面々の中で一番回復が早い」だけであって、現在も通院中。軍人として復帰するためのリハビリや特訓に勤しんでいる真っ最中であった。

 

 その傍ら飯テロを行っているのだ。有難迷惑にも程があろう。

 

 

「うわぁぁぁぁん! メロン雑炊も、パインご飯もいやだよォォォォ! こんなの虐待だよぉぉぉぉぉ!」

 

 

 親戚からの差し入れを魔改造された恨み節と、その際に味わった地獄がフラッシュバックしたのだろう。アキラが頭を抱えて叫んでいた。

 文字通り、「なんてことをしてくれたのでしょう」である。普通に味わった方がおいしいとはこれいかに。

 

 

「ふくたいちょぉぉぉぉう! ふくたいちょぉぉぉぉぉぉう!! はやく、はやくかえってきてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」 

 

 

 アキラがわんわん泣き喚く。

 

 “副隊長(クーゴ)が作ったおいしいご飯が食べたい”。

 それは、この場にいる全員の叫びであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ、危ね……!」

 

 

 降り注ぐ弾幕をスレスレで回避し、クーゴはUnicornから距離を取った。だが、Unicornはクーゴが回避行動に移ると読んでいたようで、即座に距離を詰めてビームトンファーを振りかぶってきた。

 

 

『これじゃあフラッグが躱せない……!』

 

 

 Unicornから悲痛な叫び声が『聞こえた』。クーゴは即座に操縦桿を動かし、ガーベラストレートとタイガー・ピアスで受け止める。派手な火花が飛び散った。

 ビームトンファーと実体剣が鍔迫り合いを演じ、互いの刃を切り払うようにして距離を取った。間髪入れず、もう1機のGNフラッグ――グラハムの機体だ――が射撃で援護に入る。

 降り注ぐ攻撃を、Unicornは強引に回避した。機体に搭乗しているパイロットの身体的負担を無視し、つんのめるような形でビームの雨を躱していく。子どもの呻き声がした。

 

 ガンダムはパイロットの悲鳴など聞かず、クーゴのGNフラッグ目がけて突進してくる。グラハムのGNフラッグにも牽制攻撃をしてくることはあるが、クーゴのGNフラッグに対して異常な敵意を抱いているように思えた。

 少年の声が『聞こえなければ』――否、少年の抱くイメージを幻視しなければ、その理由を察することはできなかっただろう。彼のイメージに映し出されていたのは、クーゴの双子の姉――刃金蒼海であった。

 

 彼女が関わっているならば、クーゴのGNフラッグに対して猛攻、及び執着を見せるのは当然だ。蒼海はクーゴを嫌っているし、クーゴには早く死んでほしいとすら思っている。……ということは、少年が搭乗するUnicornを遠隔操作しているのも、蒼海ということになるではないか。

 

 

(そうまでして、俺に死んでほしいのか)

 

 

 昔から嫌われていたことはわかっていた。何をやってもうまくいくクーゴに対し、どんなにいい結果を示そうとも蔑ろにされた蒼海が憎しみを積み重ねていくのは当然である。

 普段のように、言動で憎しみをぶつけられることは慣れていたけれど、他人を使って発散させるやり方に直面したのは初めてであった。正直、どうすればいいのかわからない。

 

 思い返せば、家を出て以後の姉が何をしていたのか、クーゴはよくわかっていなかった。様々な分野に才能を持っていた蒼海は、それ故に、何をやっていてもおかしくなさそうだった。

 だが、MSを遠隔操作するプログラムを作るような技術職に就いたという話や報告は聞いたことがない。クーゴの親戚には存在自体がスピーカーと言えるような、お喋りな人もいる。専ら、家族の近況報告はその人経由であった。

 噂が大好きで、噂を聞くためにグレーゾーンぎりぎりまでのことをする親戚でさえ掴めていなかったとすれば、蒼海は相当ガードを固くしていたことが伺えた。我が姉ながら、なんて恐ろしい女だろう。

 

 

(あおちゃん……)

 

 

 脳裏をよぎったのは、小さい頃の姉の呼び名だった。昔はクーゴが蒼海を「あおちゃん」と呼び、蒼海がクーゴを「くーちゃん」と呼び合っていた。それが、「姉さん」と「クーゴ」に変わったのは、いつのことだっただろう。

 

 Unicornは相変わらず、クーゴのGNフラッグに襲い掛かっている。このガンダムに足止めされて、時間は刻々と経過していた。

 グラハムだって、本当はここを突破し、刹那との決着をつけたいと思っているだろう。だが、攻撃の余波が降り注ぐため、なかなか突破口が掴めないでいる。

 

 

「ちぃッ!」

 

 

 再び散弾が降り注ぐ。グラハムが舌打する声がした。間髪入れず、グラハムのGNフラッグが距離を取る。クーゴのGNフラッグは、それと反対方向に飛び退った。

 一進一退を何度繰り返したのか。近隣に漂っていたデブリは、攻防を繰り返していくうちに塵と化した。遮るものなど何もない宇宙空間で、鍔迫り合いは続いていた。

 

 

『やめて、やめてよお母さん……!』

 

 

 少年の悲鳴が『聞こえる』。その叫びを踏みにじるように、Unicornはビームガトリングを連射した。弾幕を張るように降り注ぐ散弾を回避し、クーゴとグラハムのGNフラッグはUnicornと向き合う。

 もし、Unicornが無人機だったら、自分たちは容赦なく彼を撃墜しただろう。搭乗者がいたとして、パイロットが少年であることは躊躇う理由にはならない。パイロットは遠隔操作された機体に乗せられているだけで戦意がない場合は別だ。

 できることなら、少年を助けたい。彼もまた、姉の被害者だ。クーゴと同じ痛みを抱えた者なのだ。何とか救出するタイミングを探しているが、相手が相手だ。Unicornの連続攻撃が降り注ぎ、GNフラッグたちは散開するように飛んで躱す。

 

 そのとき、クーゴの視界の端に何かが映った。毒々しいまでもの金色の光が、宇宙の闇に煌めく。

 

 男の笑い声が響き、金色のMAが紫煙を上げていた光景が『視えた』。国連軍の総大将が駆る機体で、名前はアルヴァトーレといったか。だが、動かなくなったアルヴァトーレを乗り捨てるような形で、中に入っていたMSが降り立った。

 数世代にも及ぶ野望に向き合っていたのは、イナクトのお披露目会で降り立った、白と青基調のガンダムだ。パイロットは勿論、刹那・F・セイエイその人である。その佇まいはどこまでも凛としていて、不退転の意志を宿していた。2機は鍔迫り合いを演じはじめる。

 

 

『新しい世界に、キミの居場所はない! ――塵芥と成り果てろ、エクシア!!』

 

 

 男の声と共に、金色のMSが背中の翼を砲門にして、巨大なビーム砲を撃ち放った!

 毒々しい金色の光は、白と青基調のガンダム――エクシアに襲い掛かる!

 

 

「刹那……ッ!!」

 

 

 通信越しから、震えるような声が漏れた。歯噛みしたグラハムの横顔が『視える』。どこか焦りの色をちらつかせる彼は、先程の光景を『視た』に違いない。我慢弱い男からしてみれば、この場に足止めされていられるような状態ではないだろう。

 

 ああもう、しょうがない。本当にしょうがない、と、クーゴはひっそり苦笑した。

 我慢弱い男をここまで付き合わせてしまったのだ。先に進ませてやらないと。

 

 

「グラハム。Unicornは俺が引き受けるから、お前は早く刹那のところへ行け」

 

「!? 何を言っているんだキミは!?」

 

 

 いきなりの発言に、グラハムは大きく目を見開いた。UnicornとGNフラッグの機体性能差は火を見るよりも明らかだし、何より、Unicornを遠隔操作する相手はクーゴの天敵である。クーゴは苦笑した。

 自分が無茶をやるときは思いっきりやるのに、他人の無茶には反応するのか。それなら、いつもグラハムのフォローに奮闘していたクーゴの気持ちを、ようやく彼は理解したということだろう。

 なんて滑稽な光景だ。立場が変わると、気持ちも大きく変わるものらしい。わざとらしく笑い、クーゴは茶化すようにして言葉を紡ぐ。

 

 

「早くしないと、ぱっと出てきた男に“刹那とガンダム(愛しの姫君)”を掻っ攫われるぞ。我慢弱いお前が、耐えられるわけないだろうが」

 

 

 もっとも、刹那も、ぱっと出てきた男に倒される程ヤワではないが。

 

 グラハムのGNフラッグは躊躇うようにこちらを見ていたが、Unicornへ――正確には、Unicornの奥へ視線を向けた。

 彼の目には、刹那とエクシアの姿が『視えて』いるに違いない。クーゴは微笑み、Unicornへ向き直った。

 

 

「突破口は、俺が切り開く。……いつもと逆だが、大丈夫か?」

 

「問題ない。いつもキミのフォローを間近で見てきたからな!」

 

「自信たっぷりに言われても困るのは何故だろう」

 

 

 軽口をたたき合った後、GNフラッグはお互いの顔を見合わせて頷き合う。そのタイミングを待っていたとでも言わんばかりに、UnicornがクーゴのGNフラッグ目がけてビームガトリングを撃ち放つ。攻撃の雨あられを縫うように、2機のGNフラッグは飛び回った。

 但し、クーゴとグラハムの飛び回る方向は真逆である。Unicornはほんの一瞬、迷うように動きを止めた。そこ目がけて、2機のGNフラッグはライフルを撃ち返した。グラハムのGNフラッグが牽制を、クーゴのGNフラッグがUnicornの武装に狙いを定める。

 Unicornが回避行動を行ったのとほぼ同じタイミングで、クーゴは武器を持ちかえた。ガーベラストレートの長さを、一気に50mへ伸ばして切りかかる! 不意打ち同然であったのだが、Unicornは寸でのところで回避に成功する。しかし代償として、右脚が切断された。

 

 攻撃を喰らったのが予想外だったのだろう。途端に、Unicornに怒りと憎しみの色が『視えた』。今度はガトリングガンではなく、スナイパーライフルを構える。赤い粒子が充填され、クーゴのGNフラッグ目がけて降り注いだ!

 

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 

 クーゴはガーベラストレートを振りかぶる。勢いそのまま、一太刀叩きこんだ!

 放たれた一撃ごと、Unicornの持つスナイパーライフルの半分が真っ二つになる。

 搭乗していたパイロットが息を飲む音が『聞こえる』。Unicornの動きが止まった。

 

 

「今だ、行け!」

 

「感謝する! ――死ぬなよ!」

 

 

 クーゴの言葉に従って、グラハムのGNフラッグは急加速した。赤い光と共に、GNフラッグの機体が宇宙の闇へと消えていく。その背中を見送った後、クーゴはUnicornへ向き直った。

 UnicornはグラハムのGNフラッグになど見向きもしない。憎い、と、蒼海の声が『聞こえた』ような気がした。使えなくなったスナイパーライフルを投げ捨て、再びバズーカを連射する。

 

 降り注ぐ散弾の雨あられをガーベラストレートで薙ぎ払う。Unicornはしばらくバズーカを撃ち放っていたが、弾が切れた様子だった。蒼海が舌打する音が『聞こえた』後、ビームトンファーを振りかざして突っ込んできた。

 

 攻撃を回避しようとした刹那、ぞっとするような寒気を感じた。Unicornの機体が赤く発光し、間接部分の光がさらに強くなったように思う。

 ひ、と、少年が引きつったような声を上げた。コックピット内部でDANGERマークがけたたましく輝いているのが『視え』て、クーゴは息を飲む。

 高速戦闘。Unicornに元々搭載されていたシステムと、疑似太陽炉に搭載したシステムを組み合わせることで、数倍以上の機体性能を引き出そうとしているのだ。

 

 だが、高速戦闘のシステムを2つ取り入れるためには、機体の強度を強化するだけでなく、パイロットへの負荷を軽くするようなシステムや構造を取り入れなければならない。

 にもかかわらず、コックピット内でDENGERマークがけたたましく鳴り響いているということは――搭乗者にも、命の危険があるということだ。少年が愕然としている様子が『視えた』。

 

 

『お母さんは、僕を殺すつもりなの……?』

 

 

 絶望と悲哀に満ちた黒い瞳は、虚空を見ていた。少年の視線の先に、蒼海がいるのだろう。

 

 

『僕は、いらない子どもだから?』

 

 

 か細い声が『聞こえる』。ああ、と、少年は納得したように、寂しそうな笑みを浮かべた。諦めの影がちらつく。

 

 

『僕は、出来損ないだから、いらないんだ――』

 

 

 次の瞬間、少年の声が途切れ、Unicornが視界から『消えた』。レーダーに映し出された機影がでたらめな動きを披露する。前を向いたら、UnicornがGNフラッグの目と鼻の先に来ていた。反射的に操縦桿を動かす。

 何が起きたのかわからなかった。肩に一太刀浴びせられ、追撃とばかりにUnicornが二刀流のビームトンファーを振り上げる。間一髪、ガーベラストレートで受け止めた。鍔迫り合いをする間もなく、GNフラッグが弾き飛ばされてしまう。

 

 クーゴは思わず呻いた。赤い残像がGNフラッグを嬲り者にせんと襲い掛かってきた!

 反撃はおろか、回避も防御も間に合わない。自分に待ち受ける運命は――死だ。

 どんなにそれを否定しても、逃れようのない現実が迫る。すべてがスローモーションのように思えた。

 

 少年の声は、ない。戦いたくないという叫び声がふつりと途切れる。命の灯火が、吹き消されそうになっているのだ。クーゴも、少年も。

 

 このまま消されてしまう運命を、受け入れる? ――冗談ではない。クーゴも少年も、蒼海の玩具ではないのだ。気に入らないから処分されるなんて、真っ平ごめん被る。

 不意に、Unicornのコックピット内部が『視えた』。機体のGに耐えきれず、気を失った少年の顔は苦悶に歪んでいる。どうにもならない運命に対する諦めと絶望に打ちひしがれていた。

 

 まだ10にも満たない子どもが浮かべるような顔ではない。そんな彼を見返す蒼海の眼差しは、どこまでも冷たかった。

 

 

「ふざけるな」

 

 

 Unicornが接近してくる。クーゴは操縦桿を握り締めた。

 

 

「ふざけるなよ」

 

 

 Unicornがビームトンファーを振りかざしながら接近する。クーゴは前を向いた。

 

 

「それが、母親の――人間のすることかぁぁぁッ!!」

 

 

 Unicornのビームトンファーが眼前に迫る。クーゴは、勢いよく操縦桿を動かした。

 クーゴの感情に呼応するかのように、青い光が派手に輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アレハンドロ・コーナーの野望――アルヴァトーレを滅多刺しにしたのは、刹那・F・セイエイ――ガンダムエクシアの実体剣であった。

 

 モニター画面に真一文字の裂傷が走る。アルヴァトーレのパイロットは満身創痍でいた。

 黄金のパイロットスーツは血で汚れ、口の端からも血を流している。胸部に破片が突き刺さったためだ。

 痛みに呻く男へ通信が入った。映し出されたのは、ペールグリーンの髪と紫の瞳を持つ少年――リボンズ・アルマークである。

 

 

「リボンズ……」

 

 

 アレハンドロは弱々しく彼の名を呼んだ。天使に縋りつくような声に対し、リボンズは能面のように静かな表情を浮かべて奴を見返している。

 

 

「アレハンドロ・コーナー、貴方はいい道化でしたよ」

 

「何……!?」

 

 

 唐突に告げられた言葉の意味が理解できず、アレハンドロは問い返した。リボンズは相変わらず静かな顔をしたまま、淡々と語り続ける。

 

 

「自分が最初から踊らされていたことに気づいていない。自分が世界を動かしているのだと信じて疑わない。……そんなんだから、貴方は『イオリア・シュヘンベルクとその仲間(あのひとたち)』が“未来のために”打っておいた布石に敗北したんだ」

 

「……貴様、まさか、最初からこのつもりで……!」

 

 

 リボンズの物言いから、アレハンドロは大体を察したのだろう。

 自分の前に降り立ったのは天使ではなく、自分を野心を粛清するために送り込まれた死神だったのだと。

 

 

「よくも……よくも、コーナー家の悲願を……ッ!!」

 

「たかだか200年弱の話だろう? 僕も人のことは言えないけどさ、そんな物言いだから『器量が小さい』って言われるんだよ。(ワン)留美(リューミン)やアオミ・ハガネも、裏で指さしてほくそ笑んでたし。今頃、どこかで『予定調和だ。世界の行く末は私たちのもの』って笑ってるかもよ?」

 

「あ、あの女どもめ……!」

 

 

 リボンズは尾ひれを付けたうえで、さらりと告げ口した。アレハンドロが大きく目を見開き、忌々しそうに歯噛みする。格下だと思っていた共犯者たちに馬鹿にされていたことが相当腹立たしかったと見えた。

 女たちへの怒りを湧き上がらせていたアレハンドロがモニターから視線を外す。図らずとも、それと同じタイミングで、リボンズはモニターから視線を外した。紫苑の眼差しは虚空へ――もう二度と会えない相手へ向けられている。

 

 

「……こんなことなら、彼が眠りにつく前に、恥ずかしがらず『お父さん』と呼べばよかったなぁ」

 

 

 彼の言葉に、アレハンドロが血相変えてモニターへ向き直った。驚愕に歪んだ顔が、見る見るうちに真っ青になっていく。

 青年(リボンズ)仇敵(イオリア)の間にある、繋がりの意味を知ったためだ。リボンズもまた、イオリアの申し子だった。

 しかも、イオリア・シュヘンベルクに一番近い場所にいて、この瞬間が訪れるのを待っていたのだから。

 

 

「あの男の……イオリア・シュヘンベルクの、敵討ちのつもりか……!?」

 

「そんなことやったら、『お父さん』(イオリア)が呆れ果てるよ。『そんなどうでもいいことで長い時間かけてどうするんだ。もう少し別なことに時間を使いなさい』って」

 

「ど……ッ!?」

 

 

 忌々しい相手に切って捨てられるほど、アレハンドロ・コーナーという男は価値のない存在でしかなかった――その事実に、アレハンドロが目を剥く。

 

 

「それに、世の中には、『貴方を討ち果たす』という宿願(ひがん)のために長い時間をかけた人がいるからね。……“彼”の方が、貴方を打つに相応しい」

 

「“彼”……!?」

 

「キミがアルヴァアロンおよびアルヴァトーレを設計開発する際の下地は、ライヒヴァイン家から奪い取ったものだろう? その家の、最後の生き残りだよ。……アルヴァーシス・ジス・ライヒヴァインの1人息子――テオドア・ユスト・ライヒヴァインさ」

 

 

 アレハンドロが大きく目を見開いた。現在進行形でコーナー家がもみ消し続けたことを、リボンズが知っていたためである。

 それだけではない。彼の発言から、もうすぐ訪れる死刑執行人が“ライヒヴァイン家の生き残り”であることを悟ったためだ。

 

 

「バカな……今生きていれば、そいつは80歳近くの老人だ!」

 

「僕の『同胞』だからね。人間とは違って、かなり若作りな見た目をしているよ。……気づかなかったのかい? 彼ならずっと、貴方の傍にいたじゃないか」

 

 

 追い打ちとばかりに、リボンズは付け加えた。死刑執行人は、アレハンドロの身近にずっとひそみ、その瞬間を待ち続けていたということを。

 

 

「今は、『ノブレス・アム』という名前を名乗っているよ。ちょっと前までは『テオ・マイヤー』だったかな」

 

 

 すっとぼけたような口調で笑うリボンズの様子に、アレハンドロはぞっとしたような表情を浮かべた。自分がこき使っていた男が死刑執行人だと知ったのだから、恐怖も強くなるだろう。

 そのタイミングを待っていたかのように、死に絶えたはずのアルヴァトーレの機材関係が再起動した。敵影が表示される。カメラに映し出されたのは、白と青基調のガンダムだ。先祖が強奪してきた資料を読み漁っていたアレハンドロには見覚えがあろう。

 モニターに映し出されたのは、目が覚めるようなプラチナブロンドに琥珀色のアーモンドアイの青年だった。普段のような営業スマイルではなく、ゾッとする程冷たい眼差しをアレハンドロに向けている。明らかな敵意と殺意を持って、だ。

 

 

「僕はね、ずっと楽しみにしていたんですよ。貴方を堂々と叩き潰せる、この瞬間を!」

 

 

 ノブレスは表情を変えずにそう告げた。

 

 

「はじめましてこんにちわ。……そして、永遠にさようなら」

 

 

 すべては、この瞬間のために。

 

 アレハンドロの顔が醜悪に歪む。

 怒りか、恐怖か、悲しみかはわからないが。

 

 

「き……」

 

 

 モニターに映るガンダムが、ビームガンを構えた。そちらには目もくれず、アレハンドロはリボンズとノブレスを画面越しから睨みつける。

 

 

「貴様らァァァァァァッ!!」

 

 

 アレハンドロがモニターを殴ったのと、ガンダムが引き金を引いたのと、その端を青い光が横ぎったのは、ほぼ同時だった。

 奴の視界は、真っ白な光に覆いつくされる。そして――

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 ――男は意味が分からないと言いたげに、こちらを見上げていた。

 

 上も下も右も左もない、真っ白な世界。そこに佇むのは、金ぴかのパイロットスーツを着たアレハンドロと、黒髪をお団子に束ねた女性だけだ。

 女性が恐ろしい笑みを浮かべていることに気づいたアレハンドロは、頭の上に大量の疑問符を浮かべる。問いたいことが沢山ありすぎて、どうすればいいのか分からない様子だった。

 でも、教える必要なんてないし、教えなければいけないこともない。女性は笑みを崩さぬまま、アレハンドロの胸倉を引っ掴んだ。潰れた蛙ような悲鳴が耳をかすめたけれど、どうでもいい。

 

 

「お、お前は誰だ!?」

 

「――誰かって?」

 

 

 咽ながら問いかけてきたアレハンドロに対し、女性はニタリと笑みを深くする。

 

 

「イオリア・シュヘンベルクの計画を乗っ取るために、様々な調査をしてきたんでしょう? なら、私のことも、当然調べてるはずよ」

 

 

 「この顔に見覚えは?」――問いながら、女性はずいっと顔を近づけた。アレハンドロが女性の顔を凝視する。間近で見つめたことで思い出したことがあったようで、アレハンドロの顔がみるみる真っ青になっていく。

 イオリア・シュヘンベルクを調べると、必ず“イオリアの妻”に行き当たる。そこまでは当然のことだった。だが、その人物と瓜二つの女性が目の前にいて、「私は200年前に存在していた男の妻です」なんて仄めかしたら、どうだろう。

 

 

「そんなバカな! “イオリアの妻”がコールドスリープで眠りについた記録も、目覚めた記録も存在していない!!」

 

「そうだね。私は眠っていないよ。現在進行形で、200年間生き続けてきた」

 

「あり得ない……! 人間の寿命は精々100年が限度だ。しかも、老衰もしていないなんて……!」

 

「正直に言うと、私の年齢は200歳なんて軽く超えてる。リボンズの言う『同胞』は、アンタが思っているものとは別のものを指してるけどね」

 

「何……!?」

 

「はい、このお話はここでおしまい」

 

 

 女性は強制的に話をぶった切り、胸倉から手を離す。ぱんぱんと手を叩いた女性に、アレハンドロは畏怖の感情を向けてきた。

 何か質問しようとしていたその口を封じ込めるように、再び顔を近づける。鳶色の瞳は恐怖に打ち震えていた。

 

 

「どのみち、アンタは死ぬから。つーか、今、意識が『死ぬ』直前?」

 

 

 あっけらかんとした女性の言葉に、アレハンドロは目を剥いた。

 

 

「まあ、そのまま気持ちよく死んでもらうのは、夫を殺された妻からしてみりゃ『腹立たしいことこの上ない』もの。アンタを打つのはノブレスに任せてるからね。……(イオリア)は『こんな無駄なことに時間を費やすな』って怒るかもだけど、私だってヒトの子だし?」

 

 

 あはは、と、女性は笑った。記憶の中で呆れた夫に対して謝罪するかのような、申し訳なさを含ませて。

 イオリアが肩をすくめたのを確認し、女性は一瞬、表情を完全に消し去る。――そうして、笑った。

 怒りを、憎しみを、殺意を、それらすべてをごちゃまぜにしたような、歪んだ笑みを浮かべてみせる。

 

 アレハンドロの顔は恐怖におののいていた。自分に待っている運命を、なんとなく察したためだろう。

 長らく使っていなかった牙であるが、自分でも驚くほど研ぎ澄まされているようだった。

 

 

「うん、だからさ」

 

 

 そして、女性は終わりを告げる。

 

 

「――楽に死ねると思うなよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……終わった」

 

 

 ノブレス・アム――本名、テオドア・ユスト・ライヒヴァインは深々と息を吐いた。

 

 爆散するアルヴァトーレを確認し、Hi-νガンダムの踵を返す。使命と復讐を成し遂げた今、充実感よりも区切りがついたという気持ちの方が大きかった。同時に、「これから」という単語が、より重く、ノブレス/テオドアにのしかかってくる。でも、それは苦ではない。新たな始まりの一歩となる。

 『テオ・マイヤー』は残りの新曲を発表して引退し、表舞台から完全に消える段取りとなっている。『ノブレス・アム』は、もしかしたらまた使うことがありそうなので保留にしておくつもりだ。『テオドア・ユスト・ライヒヴァイン』は死んだ人間なので、表に出すとなると苦労しそうだった。

 

 そんな夢を描いていたとき、レーダーが何かを捕らえた。

 何とも言えない寒気を感じ、ノブレス/テオドアが顔を上げる。

 刹那、宇宙の闇を焼き尽くさんばかりの勢いで、白い光が迫ってきた!

 

 

「ッ――!?」

 

 

 慌てて操縦桿を動かす。ヴァーチェのGNバズーカを連想させるような砲撃をスレスレで回避し、ノブレスは攻撃してきた相手を見上げる。

 毒々しい紫が目に痛い機体だった。MSというより、MAと呼んだ方がいいデザイン。楕円形だったアルヴァアロンとは違い、翼を広げた鳥のような外観だ。

 

 

『お前はいらない』

 

 

 女の声がする。明確な殺意を抱いたその声には、聞き覚えがあった。アレハンドロや留美(リューミン)と共にいた女――アオミ・ハガネ。

 

 

『私の世界に、お前はいらない』

 

 

 宇宙の闇に、紫色の光がぎょろりと浮かぶ。まるで、複数の目を持つ化け物のようだ。強い殺意を持って、あの機体のパイロットはHi-νガンダム、あるいはノブレス/テオドアを狙っているのだ。

 今の自分では、あのMAを迎え撃つことは不可能だ。機体性能差云々の理屈ではなく、『ミュウ』の持つ能力が直感的に告げている。ノブレス/テオドアは操縦桿を動かそうとし――次の瞬間、大量の光が降り注いだ!

 

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難は続く。




【参照および参考】
『逆に真似したい発想力!「メシマズ嫁のショッキングな料理」6つ 』より、『かき氷のいちごシロップで炊いた赤飯』、『白菜のチョコレートがけ』
『なんでもまとめ速報』の『俺の愛妻弁当に同僚「ひっでえ卵焼きだな~、こういうのメシマズって言うんだろ?料理下手な嫁をもらった男はかわいそうだよな~」』より、『ジャムと刺身の入ったオムレツ』
『世界的に知られている10種類の「高価な食べ物」 - GIGAZINE』より、『でんすけすいか』、『夕張メロン』
『【メロン雑炊】嫁のメシがまずい111皿目【パインご飯】』のスレタイより、『メロン雑炊』、『パインご飯』

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