大丈夫だ、問題しかないから。-Blue trajectory- <1st Season>   作:白鷺 葵

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50.命の色

 毒々しい金色のMAは、これまた同じような輝きを宿したビーム砲を撃ち放つ。スナイパーライフルで狙い撃たれたレベルからの砲撃など、()()()()操舵士が回避できるはずがない。

 しかし、プトレマイオスには優秀な操舵士がいる。リヒテンダールの操縦技術なら、あの砲撃をスレスレで回避することは可能だった。プトレマイオスに衝撃が襲い掛かる。第1粒子出力部が被弾したと、クリスティナの声が響いた。

 被弾はしたものの、プトレマイオスはまだまだ健在だ。ガンダムたちも問題なく出撃できる。間髪入れず第2波、第3波が放たれた。勿論――寸でのところでだが――プトレマイオスはMAの砲撃を回避した。流石はリヒテンダールである。

 

 視界を遮るデブリが少ないということは、相手はこちらを狙い放題ということを意味する。しかし、それはプトレマイオス側にも言えることだ。もっとも、プトレマイオスには攻撃用の武装がないため、狙い撃つことは不可能だった。その代わり、相手の攻撃がはっきりと視認できた。

 

 

(しかし、本当に絶妙なタイミングね。リヒティの操舵スキルとプトレマイオスの性能を踏まえたうえで、ギリギリ回避できるよう、相手側の砲撃時間やその他諸々が調節されてる)

 

 

 出撃のタイミングを待つイデアは、MAのパイロットに張り付いていた『同胞』へ思いを馳せた。ゆるくウェーブした金髪の髪を結んだ青年技術者と、薄緑の髪に紫の瞳を持つイノベイドが、悪戯っぽく笑う姿が『視える』。

 あの2人のことだ。金ぴかのMAには、彼らの悪意による手抜きが満載しているのであろう。敵の捕虜となり働かされた5人の技術者が、味方側が有利になるように采配した戦艦を造り上げた話が脳裏をよぎる。2人がやったことはそれと同じだった。

 

 『隕石作戦(オペレーション・メテオ)』。隕石に紛れて、5機のガンダムを地球に降下させる――地球に住まう民たちから弾圧を受けるコロニー側の民が、コロニー解放のために起こした作戦である。その際、コロニー側のガンダムを開発したのは5人の技術者たちであった。

 後に、その技術者は敵に捕らえられ、戦艦の開発を命じられる。彼らの技術力にかかれば、高い破壊力を有した要塞を造り上げることができたはずだった。だが、技術者たちは「第3者から見れば『時間がないから仕方ない』と流す」レベルで手抜きと欠陥を施したのである。

 その代名詞が『主砲の連射が利かない』、『主砲のチャージ時間がやや長めである』という欠陥であった。彼らに戦艦を造らせた張本人は「時間がなかったから仕方がない。でも、上々の出来栄えだ」と判断を下した。最後の最後でネタ晴らしをされ、その人物が憤慨していた姿が『視えた』。

 

 MAのパイロットは、このことに気づいているのだろうか。……いいや。きっと、“プトレマイオスが砲撃を回避したのは運が良かったから”だと本気で信じていそうだ。

 

 

(相手にそうと悟らせない程度の、だけれどこちらにとっては有利に働く手抜き加減……これが、あの2人が私たちにしてくれたアシストか)

 

『――ここまでやったんだから、必ず生き残ってくれよ?』

 

 

 不意に、聞き覚えのある声が耳を掠めた。ヴェーダを掌握した薄緑の髪のイノベイドが、期待と優しさに満ちた眼差しでイデアを見返している。

 

 

『……まあ、まだやることは沢山あるからね』

 

 

 薄緑の髪のイノベイドは、ニヤリと笑みを浮かべた。誰もが「こいつ、悪いこと考えてる」と言いそうな顔である。アレハンドロに対する強い感情が流れ込んできそうだった。

 彼がヴェーダを介して行っていることは、金色のMA――アルヴァアロンの砲撃タイミングの調整である。他にも様々な部位の調節(と言う名の手抜き及び欠陥作成)に勤しんでいる。

 

 

「強襲コンテナ出撃! 目標、敵MA!」

 

「了解!」

 

「強襲コンテナ、出撃する!」

 

 

 エクシアを載せた強襲コンテナが、プトレマイオスから飛び立った。現時点で切り札となり得るのは、強襲コンテナと対ガンダム用を想定した武装が施されているエクシアだけである。最大の切り札2つを敵の指揮官にぶつけるのは当然だと言えよう。

 

 

「リヒティ、トレミーを近くの隕石の陰へ!」

 

「了解ッス!」

 

「キュリオス、ナドレ、スターゲイザーはコンテナから直接出撃! トレミーの防御を!」

 

「了解!」

 

 

 スメラギの指示に従い、リヒティがトレミーは隕石の陰へと進路を向けた。間髪入れず出された出撃命令に、イデア、ティエリア、アレルヤが返事を返す。

 コンテナから飛び出した3機は、ジンクスたちを迎え撃つために飛び立った。視界の端に、エクシアを搭載した強襲コンテナが敵の包囲網を突破したのがちらつく。

 実際のところ、『アルヴァアロンに、強襲コンテナとエクシアのことを任せた』というのが本音であろう。彼らもまた、大将の性能を信じているらしい。

 

 ジンクスたちは2手に分かれて、プトレマイオスに攻撃を仕掛けるつもりだ。ティエリア/ナドレとアレルヤ/キュリオスがその部隊へ突っ込み、攻防を始める。

 

 その中でも、他の機体にナドレとキュリオスを任せて、プトレマイオスへ直接攻撃を仕掛けようとする機体がいた。イデアは操縦桿を動かし、スターゲイザーと共にジンクスの前へと立ちふさがった。

 フレキシブルアームズに取り付けていた刃を回転させながら、狙いを合わせる。ソレスタルビーイング製のガンダムが皆ビームサーベルを有しているが、スターゲイザーには搭載されていない。否――これが、スターゲイザーが持つ剣だ。

 

 両側に展開するスピナー同士を合体させる。その出で立ちはまるで花のようだ。

 GN粒子の淡い燐光が舞い、刃が大きく展開した。フレキシブルアームズを動かし、思いっきり投げつける!

 

 

「貴方たちに花を――そして、天国への片道切符を贈ります!」

 

 

 スターゲイザーの周囲が青く光った。そうして、高速回転した花の武装が、襲い掛かるジンクスたちのコックピットを真っ二つに叩き切る!

 

 天国の花(ブルーム・イン・ヘヴン)。名前の通り、この武装(はな)は攻撃対象者を天国へ導くためのものだった。本来は、虚憶(きょおく)で出てきた真珠の爪が有した武装の1つである。真珠の牙は、天国に対して地獄だったが。

 能力を駆使し、イデアは花の軌道を調節する。花は楕円形の軌道を描きながら飛び回り、プトレマイオスに近づくジンクスの群れを天国送りにしていった。その合間に、ビームライフルを使って牽制するのも忘れない。

 複数の機体を相手取ることの難しさは、以前から熟知していた。絶対的に不利な状況だが、諦めるわけにはいかない。ついでに、ジンクス程度の連中に、自分の首を易々と渡してたまるものか。

 

 

「私を好きにしていいのは、あの人だけなんだから……!」

 

 

 イデアはただ1人へと思いを馳せる。ユニオン軍の“空の護り手”、黒髪黒目の東洋人男性――クーゴ・ハガネ。イデアにとっての、運命の人だ。

 彼がイデアと出会う以前から、イデアは彼のことを『知っていた』。そのことは、まだクーゴに伝えてはいない。()()()()ときに伝えようと思っている。

 

 だから、こんなところで、こんな奴らに、撃墜されてやるつもりは毛頭ないのだ。彼が来るまで、意地でも持ちこたえてやる。無様な姿を晒すことになるかもしれないが、クーゴにだったら見られてもいいと本気で思っていた。

 『希望を守り抜いて』――母の声が耳を掠める。ここで出し惜しみすれば、イデアが『ここにいる』理由がなくなってしまうだろう。しかしながら、自分が『人間として異質であることを晒す』ことには抵抗があった。

 人革連の包囲網に晒されたヴァーチェとキュリオスが目撃した“青い流星”の意味を、彼らは知ることになる。そうなったとき、彼らは――人類は、イデアやイデアの『同胞』のような異端者を、どんな目で見るのだろうか。

 

 古の同胞たちが味わった悲しみが木霊する。否定され、迫害され、根絶やしにされそうになり、命からがら放浪し続けた旅路の記憶。

 

 また、同じことの繰り返しになるのだろうか。否定され、迫害され、根絶やしにされそうになって――。

 イデアは首を振る。たとえそうなったとしても、イデアにとって、刹那やスメラギたちは大切な希望だ。絶やしてはならない。

 

 

(一緒にいられなくなっても、絶対に守るよ。それが約束だし、何より――私が自分で選んだことだもの)

 

 

 恋も、使命も、妥協するつもりなどない。こめかみから伝う汗をそのままに、イデアはふっと笑みを浮かべた。

 

 レーダーがけたたましい音を上げる。

 見れば、ジンクス以外にも反応が出た。

 

 

『MD!? しかも、機体数はおよそ30機!』

 

『っ、強襲コンテナへ行くわ! こっちも迎撃しないと! イアンに連絡を……』

 

 

 機体データを照合したクリスティナが金切り声を上げた。スメラギが慌ただしく飛び出していこうとしている。

 

 刹那、すさまじい悪寒が背中を駆ける。悪意の矛先は、プトレマイオスに向けられていた。

 男が不気味な笑みを浮かべた姿が『視える』。反射的にイデアは『叫んで』いた。

 

 

「リヒティ、舵! ドクター、避難ッ!!」

 

『へ――!?』

『なぁッ――!?』

 

 

 しかし。その叫びの意味を彼らが理解する前に、黄金の光がプトレマイオスに降り注いだ。クルーの悲鳴が木霊する。避難を促した相手の命が燃え尽きたことが『分かり』、イデアは愕然とする他なかった。

 希望を守り抜くと誓ったはずなのに、その決意は空しく、仲間が1人犠牲になった。長い間一緒に戦ってきた同期の仲間(せんゆう)を失った、イアンの悲しみが流れ込んでくる。躊躇っていた弊害だ、と、イデアは思った。

 悪いことは立て続けに起こるらしい。プトレマイオスが有する唯一無二の守りの要――GNフィールドが、先程のビーム攻撃によって使用不可能になったという。もし、また、先程と同じような攻撃に晒されてしまったら――待ち受ける結末は、全滅だ。

 

 躊躇うな。たとえその先に拒絶と迫害があっても、希望を絶やすことだけは絶対にあってはならない。

 なんのために、イデアは今まで『ここにいたのか』。それを忘れたことは、一度もなかったのだから。

 

 

「――っ、おおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 

 イデアは操縦桿を動かした。同時に、トランザムシステムを作動させる。

 

 

「私の希望に、手を出すなァァァァァァァッ!!」

 

 

 赤い光を纏ったスターゲイザーは、ジンクスやMDに攻撃を仕掛けた。体当たりを喰らわせたり、アームに接続し直したスピナーを回転させ振り回したり、アーチャーを各方面に飛ばしてビット攻撃を仕掛けたりして、次々とジンクスやMDを屠っていく。

 少し離れた場所で、足を失いながらもジンクスと戦うキュリオスが見えた。追いすがってはいるものの、3対1は不利である。スターゲイザーも似たような状態といえば状態だが。そんなことを考えながら、ファルシアを屠ったときだった。

 背後から紫の光が炸裂する。不利だったキュリオスに援護射撃を行ったのは、プトレマイオスに搭載された強襲コンテナである。アレルヤ/ハレルヤはそちらに任せ、イデア/スターゲイザーは自分に与えられた使命に集中する。

 

 MDはプトレマイオスに殺到していた。ゼダスの頭を撃ち抜き、ファルシアを弾き飛ばし、トーラスの首を吹き飛ばし、ビルゴを切り裂く。

 プトレマイオスの死角に回り込もうとしたジンクスが、イデアの視界の端に移った。トランザムを駆使していても、スターゲイザーで向かうには間に合う距離ではない。

 

 ――そう、()()()()()()()で向かうには。

 

 イデアは能力を駆使して『飛んだ』。スターゲイザーのコックピットから、プトレマイオスとプトレマイオスに銃口を向けるジンクスの間へ、割り込むように転移する。

 そのコンマ数秒で、ジンクスが引き金を引いた。赤い光が爆ぜる。イデアは躊躇うことなく、力を行使した。ありったけの力を注いで、シールドを展開する!!

 

 GN粒子の弾丸は、イデアが展開したシールドによって弾かれた。流れ弾が周辺に飛び散り、その余波が周囲のデブリやプトレマイオスの下部に命中した。

 クリスティナを庇ったリヒテンダールが床に背中を打ち付ちつける。小規模の爆発が、リヒテンダールの右半身を飲み込んだ。宇宙服に隠されていた部分が露わになる。

 彼の姿を見たクリスティナが驚いた声を上げた。しかし、彼女はリヒテンダールを否定することなく、困ったように笑って彼を抱きしめた。リヒテンダールが目を丸くする。

 

 長らく片思いだったリヒテンダールに、春が来た。こんなときでなければ諸手を上げて祝福したのだが、状況が状況なだけに、それはできそうになかった。

 

 

『に、人間!?』

 

 

 ジンクスのパイロットが、素っ頓狂な声を上げた。彼の怯えた顔が『視える』。イデアは機体越しからパイロットを睨みつけた。

 ひ、と、パイロットが引きつった声を漏らす。どこからどう見ても、人間業ではないものを目にしたのだ。当然と言えよう。

 

 

『ち、違う……こんなの、人間なんかじゃない!』

 

 

 ジンクスは再びプトレマイオスに銃口を向けた。イデアもシールドを解き、それを攻撃用の思念波へと変換し、ジンクスのコクピット目がけて叩きこんだ!

 

 

『ば、化け物――』

 

 

 パイロットの断末魔と一緒に、吹き飛ばされたジンクスが爆散する。他のジンクスやソレスタルビーイングの面々も、流石にこの異常事態に気づいたらしい。精神操作系の力を行使していなかったため、この光景の目撃者が笑って流すことはないだろう。

 誰もがイデアに視線を向けていた。得体の知れないものに対する怯えや恐怖、異端の者に対する嫌悪、その力が自分の方に振るわれるのではないかという恐れ――古の『同胞』に注がれた眼差し、そのものだ。歴史というのは、何度でも繰り返されるものらしい。

 

 

「イデア」

 

 

 名前を呼ばれた。振り返った先にいたのは、顔をひきつらせたクリスティナとリヒテンダール。

 

 

「貴女は、“何”?」

 

 

 いつかされるだろうと思った質問だ。

 その答えは、いつだって1つである。

 

 

「――ヒトよ」

 

 

 イデアは視線を逸らすことなく、クリスティナの質問に答えた。

 

 

「泣いて、笑って、怒って、恋をする。――貴女たちと同じ、どこにでもいる……ただのヒトだよ」

 

 

 イデアはそう言うなり、頭に被っていたヘルメットを外した。宇宙空間でそんなことをしたら、人間は生きていけない。しかし、イデアにとって、そんなものは必要なかった。

 自分の周囲に漂う青い光が、宇宙空間であるにも関わらず生身で活動できる理由である。これが、イデアの――荒ぶる青(タイプ・ブルー)が有する力だ。

 イデアは静かに手をかざす。リヒテンダールは反射的にクリスティナを庇い、クリスティナは身を縮こませた。2人の態度に、イデアは寂しくなって目を伏せた。

 

 青い光が2人を包む。あ、と、間抜けな声を残し、2人はプトレマイオスのコックピットから消え去った。今頃、スメラギ、イアン、フェルトが搭乗する強襲コンテナの中で転がっていることだろう。

 

 視界の端に、強襲コンテナへ襲い掛かろうとしたトーラスが見えた。

 次の瞬間、スターゲイザーがトーラスに体当たりを仕掛けて弾き飛ばす。

 

 元々、スターゲイザーという機体は、調査や探索を目的としたMSだ。人間では到達できない場所を探索するため、自動学習型のAIが搭載されている。

 本来ならそのAIは戦闘用ではないけれど、学習のさせ方を応用すれば、こんな風に戦わせることもできるのだ。使い方を間違った感が否めないのだが。

 ……本当のパイロット(セレーネ・マクグリフ)がこの状態を見たら、怒髪天になりそうだ。彼女がC(コズミック).E(イラ)の人間で本当に良かった。

 

 閑話休題。

 

 イデアは流星のようにスターゲイザーに近づくと、そのままコックピットへと転移した。操縦桿を握り締め、目を閉じる。青い光が舞い上がり、この場一体に不可思議なシグナルを響かせた。

 思念波を察知したパイロットたちが困惑する声が『聞こえる』。しかし、思念波を受け取ったのは人間だけではない。強襲用コンテナに襲い掛かろうとしていたMDたちが、一斉にスターゲイザーへと向き直った。

 

 

「さあ来なさい、機械人形! 貴方たちの思考回路に刻まれた本来の役割――『ミュウ』抹殺を果たすために!」

 

 

 イデアの宣戦布告に惹かれたのか、大量のMDがスターゲイザー目がけて殺到する! それを確認したイデア/スターゲイザーは、プトレマイオス――及び強襲コンテナとは正反対の方向へと飛び出した。まるで蟻のようにMDが群がっていく。

 

 

『待って、行かないで!』

 

 

 クリスティナの金切り声が『聞こえた』ような気がしたが、イデアの願望だろう。それを振り払うようにして、イデアはスターゲイザーを加速させる。

 トランザムは切れてしまったが、どうにかする手立ては存在している。隠し通す理由はなくなったのだから、もう、躊躇ったり手加減する必要はない。

 

 充分MDを引き付けたことを確認する。プトレマイオスや強襲用コンテナよりも、遠い場所に来たものだ。周囲に漂うのはデブリばかりで、とてもクーゴが来そうな気配はなかった。

 だからといって、クーゴと相見えることを諦めたつもりはない。イデアは不敵に微笑み、能力を発動させた。青い光が一際激しく輝く。己の命を燃やしつくすかのように。

 そして――

 

 

「私は生きる! 生きて、未来(あした)を掴むんだァァァァァァァァァァッ!!」

 

 

 イデアの叫びを引き金にして、青が爆ぜた。周囲一帯が光に飲まれる。

 そのコンマ数秒後――MDの群れは、スターゲイザー共々、爆炎とともに消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『命の色って、何色だと思う?』

 

 

『――青』

 

 

 唐突に思い出したのは、先程自分たちを置いて行ってしまったイデアの言葉だった。

 聞いた話では、休暇の直前、彼女はガンダムマイスターたちに『命の色』について訊ねていた。

 イデア本人は命の色を青だと思っているという。地球と同じ色だから、と言うのが理由なのだそうだ。

 

 命の色が青だとするなら、あそこで輝く青い光は、イデア・クピディターズの命そのものなのだろう。光は激しく輝いている。まるで、己の命を燃やしているかのようだ。

 

 刹那、一際激しい光が炸裂した。遠くの方で沢山の爆炎が上がる。レーダーに映し出されていた敵影が、あっという間に消えてしまった。あまりの出来事に、強襲用コンテナにいた全員が息を飲む。

 スターゲイザーに殺到したMDのすべてが沈黙した。おそらく、イデアとスターゲイザーがやり遂げたのだろう。最後の最後まで、プトレマイオスクルーを守ろうとして戦い抜いたのだ。

 

 

「っ、応答して! イデア!」

 

「お願い! 帰って来て!!」

 

 

 スメラギとクリスティナが呼びかけたが、イデアからの返事がない。

 

 遠くで輝いていた青い光が、どんどん弱々しくなっていく。あれが命そのものだと言うなら、彼女の命は風前の灯火になっているということなのか。だとしたら、消えないでほしい。自分たちはまだ、何も伝えていない。

 助けられたことに対する感謝の言葉も、彼女が隠そうとしていた不安や恐れに気づいてやれなかった謝罪も、何があっても自分たちはソレスタルビーイングの仲間であるという当然の事実も、まだ何一つ伝えてはいないのだ。

 

 ダメだ、消えないでくれ――5人の叫びは、届かなかった。

 光はふつりと途切れ、残ったのは、永遠に広がり続ける宇宙の闇。

 言葉が出なかった。結局、何も伝えられなかった。あ、と、誰かの喉から声が零れる。

 

 そうしてまた1人、仲間が散っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――っ!?」

 

 

 今、クーゴの視界の端で、青い光が煌めいたような気がする。誰かが命を燃やして、大切なものを守ろうとしていた。

 思わず周囲を確認してみるが、青い光らしきものはもうなかった。この場一帯には機体の残骸が散乱している。

 国連軍とソレスタルビーイングの戦いは、かなり激しく厳しいものになっているらしい。

 

 最初は第一波攻撃の後に作戦を中断して撤退するはずだったのだが、国連軍に補充が回されたため、指揮官役のカティ・マネキン大佐がGoサインを出したという。そのおかげで、補充要因でクーゴとグラハムのGNフラッグがこの戦場に降り立ったという訳だ。

 しかし、作戦の終了間近であるにも関わらず、国連軍がここまで疲弊していると考えると、ソレスタルビーイングも侮れない。壊滅寸前を感じさせない、獅子奮迅の戦いぶりが伺えた。どちらかというと、窮鼠猫を噛むに近い状態なのだろうが。

 

 グラハムの駆るGNフラッグが先導するように飛んでいた。クーゴのGNフラッグは、彼に随伴している。

 

 

「……しかし、どこに行けばいいんだろうな。当てはあるのか?」

 

 

 闇雲に進んでもどうしようもない。もしかしたら、その間に、誰かが刹那/ガンダムとの決着をつけているかもしれないのだ。

 他者がガンダムを口説こうとしていることに嫉妬を燃やす我慢弱い男が、黙っていられるはずがないだろう。

 

 

「ある。乙女座の勘と私の魂が、『このまま突き進めば運命に――刹那とガンダムに会える』と叫んでいる!」

 

 

 その意味を込めて問えば、グラハムは不敵に笑い返した。成程、グラハムには刹那/ガンダムの居場所が『分かって』いるらしい。友人の人外化は、順調に進んでいるようだった。

 彼とは対照的に、クーゴにはイデアがどこにいるか『分からない』。羨ましいと言うべきかは謎だが、相棒に付き合うことを選んだ手前、今更離れるわけにはいかないだろう。

 しょうがない。クーゴは苦笑しつつ、グラハムのGNフラッグに続いた。彼は迷うことなく、まっすぐに突き進んでいく。迷いのない横顔が目に浮かんできそうだった。

 

 どれ程の間、自分たちは宇宙を突き進んでいたのだろう。ジンクスらしき残骸や、ガンダムの装甲らしき残骸が漂っては消えていく。兵どもが夢の跡という諺が脳裏を掠めた。

 

 武力による介入で戦争根絶を夢見た施設武装組織、ソレスタルビーイング。己の内包する矛盾に歯噛みしながらも、彼らは的確な介入行動を行ってきた。彼らのおかげで解決した紛争があったことは事実である。それは認めるべきことだった。

 同時に、彼らが存在しているが故に起こる争いが発生したことも事実だ。しかし、彼らの名前を使って破壊行動を起こした連中がいたために、ソレスタルビーイングは『悪』とされ、滅び去ろうとしている。滅びの渦中にある彼らは、どんな思いで戦っているのだろうか。

 

 

(しかしどうして、国連軍のお偉いさんは殲滅という早期決着を望んでいるんだろう? 威信をかけているとはいえ、ここまで泥仕合を繰り広げてまで殲滅に拘る必要があるんだろうか)

 

 

 27機あったジンクスのうち、第1波攻撃を無事に生き延びたのはたったの13機である。損害に対し、国連軍が戦闘不能にしたと思しきガンダムは1機だけだ。

 

 第2派攻撃を行うにあたり、大量の犠牲者が出るだろう。下手したら、ジンクスが全滅することだってあり得る。ソレスタルビーイングが壊滅すれば揉み消せるとでも思っているんだろうか。世の中はそんなに甘くはない。

 歴史は勝者が作り上げるものだ。きっと、倒れた者たちは英霊として祭り上げられるのだろう。そんなもののために戦っている訳じゃないと声高に叫びたいけれど、クーゴレベルの軍人が言ったところで難しそうであった。

 

 残骸と隕石の海を越えて、まだ、対峙すべき相手の姿は見えない。本当に、グラハムに先導させて大丈夫なのだろうか――と、不安に駆られたときだった。

 レーダーの端に、反応が出た。識別は味方であり、ジンクスとは違う源流を組む疑似太陽炉搭載型の機体である。機体の周辺には何もなく、その反応だけがぽつんとあった。

 

 

「識別コード、Unicorn……?」

 

「パイロットは……機密事項のため確認不可能だと?」

 

 

 クーゴとグラハムは怪訝そうに首を傾げた。反応が徐々に近づいてくる。しかし、どこか控えめというか、躊躇いのようなものを感じた。

 味方に対して怯える理由なんてないはずなのに、どうしたのだろう。クーゴとグラハムは立ち止まり、機体が近づいてくる方向へカメラアイを向ける。

 白い機体がこちらに近づいてくる。額には一角獣を思わせるような角があった。ガンダムに似ているかと問われれば、ちょっと悩むような外観であった。

 

 白い機体は何もしてこない。友軍相手に何かするというのもおかしい話だが、何もしないで眺めているだけというのも違和感がある。恐る恐る、クーゴは声をかけてみた。

 

 

「こちらGNフラッグ。Unicorn、応答せよ」

 

「…………!」

 

 

 まさか話しかけられるとは思っていなかったらしく、パイロットが息を飲む音が聞こえた。そこから漏れた声の高さからして、パイロットはまだ10にも満たない子どものようだ。

 どうして子どもがこんな戦場にいるのだろう。軍は実力主義ではあるが、子どもを兵士に使う程劣悪な環境ではなかったと思う。まさか、いつぞやの超兵機関と似たような組織が新しく作り出されたのだろうか。

 

 もう一度声をかけてみた。Unicornのパイロットは答えようとしない。ただ沈黙を貫くだけだ。

 今度はグラハムが、同じようにUnicornへ声をかける。しかし、相変わらず沈黙が帰ってきた。

 Unicornは一体何がしたいのだろう。クーゴとグラハムが顔を見合わせたときだった。

 

 突如、機体の装甲が変形する。関節部から赤い光が溢れだし、頭部のデザインが変わった。仮面のような装甲が外れ、一角獣の角がV字に開く。――その顔立ちには、見覚えがあった。

 

 

「ガンダムだと!?」

 

「しかもこいつ、ソレスタルビーイングじゃないぞ!?」

 

 

 グラハムが驚きの声を上げる。思わず、クーゴも叫んでいた。

 しかし、叫んだのは三十路一歩手前の男性だけではない。どこからか、少年の声が『聞こえた』。

 

 

『なんで!? どうして勝手にデストロイモードが起動したの!? ……まさか、お母さん? お母さんなの……!?』

 

 

 泣き出してしまいそうな子どもの姿が『視える』。黒髪黒目の男の子は、まだ10にも満たぬ少年であった。顔立ちはどこからどう見ても、クーゴと瓜二つである。

 しかし、クーゴには子どもはいない。血縁関係が外見に影響すると考えると候補は1人に絞られる。彼女はまだ未婚であるが、精子バンクに手を出す財力は有していた。

 クーゴの予想を肯定するかのように、少年の心が『伝わってきた』。彼が思い浮かべている『母親』は、クーゴにとって馴染み深い相手だった。

 

 黒髪黒目の東洋人女性。艶やかな花が描かれた薄桃色の着物を着ている彼女は、どこまでも冷ややかな眼差しを向けている。クーゴの双子の姉――蒼海。

 

 

(姉さんの、子ども……!?)

 

 

 何故だ。何故、姉の子どもがこの戦場にいるのだ。そもそも、姉が「子どもがいる」なんて話をしたことはない。……いいや、壊滅的に冷え切っている相手には、報告する必要はないだろう。クーゴが思考回路を働かせようとしたとき、突如としてUnicornが動き出す。

 Unicornが突っ込んでくる。バズーカを構えたUnicornが、こちらに容赦なく攻撃を仕掛けてきた。放たれた弾丸が派手に飛び散る。さながら豪雨のようだ。クーゴとグラハムのGNフラッグは寸でのところで回避した。周辺を漂っていたデブリに散弾が直撃し、爆発四散する。一体何がどうなったというのだろうか。

 

 

『嫌だ……! 戦いたくない、戦いたくないんだぁぁぁぁ!!』

 

 

 泣き叫ぶ子どもの悲鳴と反比例するように、Unicornは急加速する。

 

 何故だ。何故、姉は自分の子どもにこんなことができるのだ。これが母親のすることなのか。言いたいことは沢山あるが、生き残らなければどうしようもなさそうだった。

 イデアと()()()()ためにも、蒼海に文句を言うためにも。――ああ、生き残る理由がまた1つ増えた。そうして、生かさねばならぬ存在も。

 

 

「グラハム!」

 

「わかっている! Unicornを止めて、この場を突破するぞ!」

 

 

 クーゴとグラハムは顔を見合わせ、頷き合う。2機のGNフラッグは、角を持つガンダムへ照準を合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、優秀な無垢なる子たちも出戻ることになった。無事に動けるのは、出来損ないの臆病者――宙継だけである。彼は一足先に出撃していた。

 あそこまで使えないものを残しておくつもりはなかったので、そろそろ潮時だろう。次の行動次第では、然るべき手を下さねばならない。

 

 息を吐き、格納庫に納められた機体を見上げる。

 

 

「……さて、行かなくちゃね」

 

 

 パイロットスーツに着替え、乗り込む。向かう場所は、『“夜明けの鐘”作戦(オペレーション・デイブレイク)』の舞台となっている宇宙域だ。

 操縦桿を動かし、アオミは宇宙へと飛び出す。宇宙域をしばらく飛んでいたら、暗号通信が入った。エクシアおよび強襲コンテナとアルヴァアロンが戦闘を開始したらしい。

 

 宙継が乗る機体は、すぐに見つかった。その目と鼻の先に、アオミにとって邪魔で仕方がない存在――『イレギュラー』、クーゴ・ハガネがいる。彼の隣には、グラハム・エーカーの搭乗する機体があった。

 宙継の乗る機体がGNフラッグへ接近する。しかし、そいつはただ、じっと2人を見つめるだけだ。やはり宙継は出来損ないだった――アオミはつまらなそうに映像を一瞥すると、コンソールに手をかけた。

 途端に機体の様子が変わる。隠されていた装甲が開き、本当の姿と本当の力が露わになった。宙継が驚き、悲鳴を上げている姿が容易に想像できる。これで、この場所に用はない。アオミは振り返ることなく先を急いだ。

 

 そうして、目的地が見えてくる。エクシアとアルヴァアロンが戦っている場所だ。アオミがその光景をモニターで視認できる距離にたどり着いたとき、エクシアの実体剣がアルヴァアロンを引き裂いた!

 爆発。行動不能になったアルヴァアロンを視認した刹那は、被弾したGNアームズに搭乗しているラッセを気遣っている。しかし、アルヴァアロンが行動不能になっただけで、アレハンドロ・コーナーの機体を倒せたわけではないのだ。

 

 

「第2幕、開始か。……道化の最終公演、じっくり観賞させてもらうわ。アレハンドロ」

 

 

 ――そうして、アレハンドロにとっての晴れ舞台が/アオミにとっての『予定調和』が始まった。

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難は続く。


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