大丈夫だ、問題しかないから。-Blue trajectory- <1st Season>   作:白鷺 葵

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幕間.ノブレス・アムとチームトリニティ、もしくはテオ・マイヤーの厄災

「アンノウンが、ユニオン基地に介入行動をしただって!?」

 

「馬鹿な……あそこには、軍人以外にも多数の民間人や非戦闘員が出入りしているんだぞ!?」

 

 

 通信画面越しのミハエル・トリニティとヨハン・トリニティの表情は、驚愕に打ち震えていた。

 自分――ノブレス・アムの報告を聞いたネーナ・トリニティは心配そうに表情を曇らせる。

 

 

「教官、大丈夫だった!? 丁度あの場には教官もいたんでしょ!? 教官がスカウトするって言ってた技術者も……」

 

「僕も彼も問題ない。文字通りの間一髪だったからな。その後、いろいろ立て込んでいたんだ。連絡遅れてすまなかった」

 

「よ、よかった……! 心配したんだからねっ!!」

 

 

 ノブレスの話を聞いたネーナは、ほっとしたように表情を緩めた。花が咲いたような笑顔を見ていると、ノブレスの心も温かいもので満たされたような気持ちになる。

 緩んだ頬を引き締めて、ノブレスは話を続ける。世の中はいいことだらけではないからだ。チーム・トリニティに罪を被せる形で、アレハンドロたちの悪意も動き出す。

 

 

「だが、世間は奴らの行動を、『我々が介入行動を取った』と捉えている」

 

「何ですって!?」

「ええっ!?」

「なんだって!?」

 

 

 3人の驚きは当然だ。チーム・トリニティは同時刻、PMCトラストのMDを処分して回っていたのだ。

 立派なアリバイがあるにもかかわらず、世間は彼らを悪人と非難し、断じている。

 諸悪の根源は報道機関だ。あそこにもアレハンドロ派が幅を利かせ始めているのだろう。

 

 ノブレスは友人の姿を思い浮かべた。フリージャーナリストのセキ・レイ・シロエも、この悪意に気づいているはずだ。ただ、別件のミッションで忙しいだけで。

 彼と彼の後輩――ジョナ・マツカが護衛している対象者もまた、ジャーナリストである。グラン・マが気にかけており、真実の語り手に相応しいと豪語する女性だ。

 

 閑話休題。

 

 

「何者かが報道機関に働きかけ、我々に罪を被せようと画策しているようだ。しかも、この情報はヴェーダからチーム・プトレマイオスにも伝わったらしい。……そう考えると、本部隊との衝突も想定されることになる。気を付けてくれ」

 

「わかりました」

 

 

 ノブレスの言葉に、ヨハンは神妙な顔つきで頷いた。ミハエルとネーナも頷く。

 2人の表情は晴れない。ミハエルが絞り出すような声で言葉を紡いだ。

 

 

「くそっ。誰だよ、こんな悪趣味なこと考えた奴は! 見つけたら、ただじゃおかねえぞ……!」

 

「落ち着け、ミハエル。……すまない。キミたちに余計な負担をかけてしまうな」

 

 

 彼を諌めながら、ノブレスは申し訳なく思った。この子たちに余計な負担をかけてしまう。

 

 テコ入れは予測していた。初っ端から入る可能性も考慮していた。現実になってしまい、気が滅入ってしまいそうだが。

 ノブレスの不安を察したのか、トリニティたちは力強く微笑み返した。こちらを励ますように、ネーナが言葉を続ける。

 

 

「大丈夫だよ教官。あたしたち、アンノウンの嫌がらせになんて負けないからっ!」

 

 

 笑顔が眩しい。ノブレスはふっと表情を緩めた。ネーナやヨハンたちが笑っているのを見ると、本当に心強い。どんなことがあっても、乗り越えられるような気がするのだ。

 いつの間に成長していたのだろう。この様子なら、トリニティ兄妹がノブレスの元を卒業する日は近そうだ。ノブレスがお役御免になったとしても、大丈夫だろう。

 教え子たちを失いたくないと、ノブレスは強く思った。そのためにも、決して気を抜いてはいけない。ノブレスは微笑み、通信越しのトリニティたちを見返した。

 

 自分が弱気になってどうするのだ。しっかりしなければ、と、ノブレスは自分に言い聞かせる。

 

 今の自分は、ノブレス・アム。チーム・トリニティの教官であり、ソレスタルビーイングの遊撃部隊であり、νガンダムのガンダムマイスターなのだから。

 自信に気合を入れ直すように、ノブレスは掌に拳を打ちつけた。前を向いて、これからをまっすぐ見据えなくては。

 

 

「次の任務は、キミたちだけで行ってもらうことになる。僕は別件があるからな。そちらに合流できるのは、キミたちのミッション終了後だ。合流ポイントはAEUのスペイン領。詳細は追って連絡する」

 

「了解!」

『ワカッタゼ、ワカッタゼ!』

 

 

 通信が切れた。周囲を確認し、ノブレスは静かに仮面を外した。ゆるくウェーブしたプラチナブロンドが零れ落ちる。

 切れ目がちのアーモンドアイ。黄昏を思わせるような琥珀を鋭く研ぎ澄まし、ノブレスは深々と息を吐いた。

 

 

(フェレシュテの皆さん、頑張ってくださいよ。裏切り者に関する情報、ヴェーダにバレないよう送信するの大変だったんですから)

 

 

 PMCトラストに介入する前に接触した、ソレスタルビーイングのバックアップ組織のことを思い返す。彼女たちに『ノブレスが接触して伝えたかった情報』を送信したのは、フォン・スパークとの戦闘後であった。先日、情報提供感謝のメールが届いたばかりである。

 ヨハンがフォンの首輪を爆発させたり、それでもフォンが異種生命体並みのポテンシャルで逃げ延びたり、任務失敗に落ち込むトリニティたちをノブレスが励ましたり、ネタばらしに対するツッコミと恨みつらみのメールが感謝メールとは別に届いたりした。

 文章量の割合は1:9で、感謝より恨みつらみの方が多い。相手に大きな貸しを与えたのだ。別件で、ノブレスがフェレシュテにこき使われる可能性もあり得る。「『同胞』たちとのコネクションになれ」と言われそうだ。「代表取締役は同性が大好きなので気を付けるように」と伝えておくべきだろうか?

 

 不意に、扉をノックする音がした。入ってますか、と、少年の声がする。ノブレスは即座に端末をポケットへねじ込み、後ろ手でレバーを下げた。大量の水が流れる。

 被っていた仮面はトートバックの中にぶち込む。何事もなかったかのように、ノブレスは扉を開けて外に出た。自分とすれ違い、少年は慌ただしく個室の中へ入ってしまう。

 

 ワンテンポ遅れて、個室に入った少年――沙慈・クロスロードはノブレスの『表の顔』に気づいたようだ。慌てる声をBGMに、ノブレスはさっさとトイレを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テオ・マイヤーは、現在、AEUのスペインにいる。

 

 かねてより交友のあった芸能関係者と、その恋人――今この瞬間からは妻――の門出を祝いに来たのだ。ついでに、サプライズとしてちょっとしたゲリラライヴを開く許可も得ている。この話をしたら、恋人たち――現時点を持って夫婦となった2人も大喜びしてくれた。

 テオのファンであり、大切な友人であり、マネージャーである仲間たち――リボンズ・アルマーク、リジェネ・レジェッタ、ヒリング・ケア、リヴァイヴ・リバイバル、ブリング・スタビティ、デヴァイン・ノヴァ、アニュー・リターナーも顔を出してくれた。

 仲間たちの目的は、『テオの友人を祝う』というよりは『テオのゲリラライヴを見に来た』と言った方が正しい。実際、この結婚式の余興で行われるサプライズでは、まだお披露目していない新曲発表を行うつもりでいる。

 

 自分たちは、談笑しながらそのタイミングを待っていた。2人の結婚式を幸せなものにするためにも、失敗なんて許されない。

 テオはちらりと周囲の様子を伺う。要人たちが談笑する輪のはずれで、ソフトドリンクが入ったグラスを片手に座る少女を見かけた。

 

 

(ああ、この子がルイス・ハレヴィですか)

 

 

 日本にいた『同胞』たちが話していた『後輩/先輩/教え子』とは、この少女のことらしい。年齢はネーナより少し上のようだが、性格はかなり近そうだ。

 透き通るような金髪に、サファイアを思わせるような青い瞳。どうやら彼女は母親に似たようだ。そんなことを考えていたら、彼女の『未来のお婿さん』がやって来る。

 確か、彼の名前は沙慈・クロスロード。両親を早くに亡くし、姉の絹江・クロスロードと2人暮らしをする高校生である。彼は友人たちと一緒に、スペインへ招かれていた。

 

 その恩師と友人たちは現在、ハレヴィ夫妻と談笑している。2人のゼミを担当するクラール・グライフ教授、先輩である草薙征士郎、八重垣ひまり、悠凪・グライフ、2人の後輩である南雲一鷹だ。他に、グライフ教授の作ったロボットであるAL-3――愛称アリスとHL-0――愛称ハルノも同伴している。

 

 懐かしさにふらりと近寄ってしまいそうな自分を抑え込み、テオは時計を確認した。

 そろそろ時間である。マネージャーたちに目配せすれば、彼らは談笑をやめて準備に取り掛かった。

 

 

「さて、頑張りましょう!」

 

 

 テオは自分に気合を入れるように、小さくガッツポーズを取る。

 

 舞台袖に引っこみ、早着替えを行う。式典用のタキシードを脱いで、煌びやかなステージ衣装を身に纏い、テオは舞台へと躍り出た。

 結婚式の司会者がサプライズを告げれば、人々の視線がこちらに釘付けになる。テオは観客たちをまっすぐ見つめて、満面の笑みを浮かべた。

 

 

「ご結婚、おめでとうございます。僭越ながら、新郎新婦へのささやかなプレゼントを」

 

 

 音楽が鳴り響く。今回のメドレーは、新郎新婦が好きな曲に、2人のために書き下ろした曲と別件で使う予定の新曲を引っ下げていた。

 周りが熱狂に包まれた。音楽に合わせてステップを踏みながら、テオは歌い始める。1曲目はアップテンポな明るい曲だ。

 新郎新婦が嬉しそうに表情を綻ばせた。一番後ろの方でそれを見ていたルイスが、沙慈を巻き込んで音楽に乗り始める。

 

 沙慈は困ったように笑っていたが、すぐに手拍子を打った。そんな彼氏の様子に、ルイスは満足そうに頷く。

 ルイスはペンライト代わりに、先程ブーケトスでキャッチした純白の花束を振りながら、歌を楽しんでいた。

 

 次の花嫁は彼女だ。その隣には、はにかむように微笑んだ沙慈の姿が『視える』。是非とも、このカップルにも幸せになってほしい。

 

 

『テオさんの歌を生で聞くのは久しぶりだなぁ。テレビでなら何度も聞くんだけど』

『コンサートを見に行く暇もないし、予定が重なったりして、うまく合わないからなぁ』

 

 

 一鷹が懐かしそうに目を細めた。ひまりも頷く。征士郎や悠凪は、そんな2人を生温かい眼差しで見守っていた。

 彼らの斜め後ろでは、アリスがハルノにペンライトの使い方をレクチャーしている。

 

 以前、ハルノが誘導棒を持ち出してきたときは度肝を抜かれたものだ。本人は素で「ペンライトだと思って持ち出してきた」らしく、ちょっとした大惨事になっていた。

 今回は誘導棒を持ちだしていない。テオが内心ホッとしたのもつかの間、ハルノは納得できなさそうな顔をした。そうして、どこからともなく誘導棒を持ちだす。

 あのときと変わっていなかった。テオは心の中で盛大に転倒したが、舞台の上で醜態は晒せない。全力で踏みとどまる。幸い、ステージ上で転倒することはなかった。

 

 ギリギリセーフ。冷や汗が伝って落ちそうになった。

 

 そうして、テオは次の曲を歌う。最前列で、はっぴと団扇とペンライトで完全武装したリボンズたちが踊り狂っていた。

 いっそ、彼らはバックダンサー役にした方がよかったのではなかろうか。そう思ったが、最初から『この約束』だったことを思い返す。

 

 曲が流れ終わった。最後の2曲は、このサプライズ――ゲリラライヴで初お披露目する曲である。

 

 

「次の曲は、今回の結婚式のために作った曲になります」

 

 

 テオの言葉に、新郎新婦は顔を見合わせた後、嬉しそうにこちらへ手を振った。

 周囲も俄然盛り上がる。しっとりとしたバラード調の曲に合わせ、テオは彼らの門出を祝う歌を贈るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回の任務は、カルト教団およびテロリストたちの壊滅である。奴らは勢力を増やし、テロ行為を行っていた。そのカルト兼テロ団体にいる者は皆「ズール皇帝こそ正義だ!」と口癖のように叫ぶのが特徴である。先程潜入してみたのだが、話をした信者たちは、根っからの悪人という訳ではなかった。

 しかし、教義およびズール皇帝の話をするとき、誰も彼もが『目がイッてい』たことは記憶に新しい。名目は勿論、件の口癖――「ズール皇帝こそ正義だ!」であった。正直、ネーナ・トリニティは宗教のことに詳しくない。しかし、正義を免罪符にすれば何をしてもいいという訳ではないだろう。

 この考えはいずれ、自分にも跳ね返ってきそうだ。それを考えながらも、ネーナは操縦桿を動かした。スローネドライは、こちらへ強襲を仕掛けようとしたヘリオンを撃ち落とす。向うではスローネツヴァイがリアルドを、スローネアインがアンフを、それぞれ撃退したところだった。

 

 

「これで、最後!」

 

 

 ネーナは引き金を引いた。プラズマソードを振りかざして襲い掛かってきたユニオンフラッグを撃ち落とす。

 

 

『ぐああああッ! ……ズ、ズール、皇帝こそ、正義……』

 

 

 最後の言葉は、爆発音に飲まれて消えた。その声は、ネーナが聞いたことのある声の主であった。潜入していたときに身の上話をしてきた、ユニオンの脱走兵。彼はシミュレーターで訓練をしていたときにズール皇帝と対峙したのがきっかけで、この宗教に出会ったそうだ。その後、軍からは精神疾患者と言われ、檻付の病院に入れられていたという。

 先のユニオン基地襲撃のどさくさに紛れて脱走した彼はこの宗教団体と合流し、現在に至ったという訳である。気さくに話しかけられたためか、ネーナは彼のことをしっかりと覚えていた。数時間前まで談笑していた相手を討つ――潜入任務では当たり前のことだとは知っていた。でも、やはり心に来るものがある。

 

 任務完了だ。ネーナは大きく息を吐いた。

 兄たち――ヨハン・トリニティとミハエル・トリニティと、互いの無事を確認し合う。

 

 

「よし、任務完了だな」

「今回も完璧だぜ、兄貴! ……でも、暫くカルト関連の任務は勘弁な」

「あたしも。全部が全部あんなノリじゃないってのはわかってても、なんか怖いよね……」

 

『ザヒョウガキタゼ、ザヒョウガキタゼ』

 

 

 紫のロボット――HAROの目がチカチカと点灯した。モニター画面に映し出されたのは、自分たちと教官――ノブレス・アムの合流地点である。

 

 ネーナたちは座標へ向かって移動を開始した。青い空はどこまでも広く、美しい。眼下に広がる景色を眺めていたとき、不意にネーナの目を惹いたものがあった。

 教会で、幸せそうに微笑む新郎新婦。「ウェディングドレスは女の子の夢だ」と豪語した、孤児院の元院長を思い出す。車椅子に乗った女性の笑顔が浮かんだ。

 女性はそのときの写真を見せてくれた。「ネーナちゃんも白いドレスを着ることができるよ」と、女性は断言していたか。今なら、そうなってほしいと思う相手がいる。

 

 ノブレスの後ろ姿が脳裏をちらつく。流石に結婚となったら、仮面を外すことになるだろう。

 彼は一体、どんな顔をしているのだろうか? プラチナブロンドの髪が揺れる。穏やかなテノールの、心地よい声が響いてきた。

 

 

『綺麗だよ、ネーナ』

 

 

 穏やかに微笑む青年の顔が『視え』そうな気がした。

 影がかかっていた部分に光が差す。

 

 あと少しで、彼の顔が『視える』。あと少し、あと少し――

 

 

『ソリャネーヨ、ソリャネーヨ!』

 

「ッ、うっさい黙れ!」

 

 

 HAROの言葉で、ネーナの思考回路は一気に現実へと戻ってきた。即座にネーナはHAROの頭をどつく。こいつはどうして、いつも人に水を刺すようなことを言うのだろう。

 こいつのプログラムを組んだ奴を呼び出して、文句の1つや2つ言ってやりたい。『イテー!』と喚き散らすHAROの声を聞き流しながら、ネーナは深々とため息をついた。

 そのとき、不意に、ネーナは目を留めた。式場に作られたステージで、男性が踊っている。何かの音楽に合わせているようだ。ネーナはその映像を拡大する。

 

 最大限度まで拡大して、ようやくその人物の顔が伺えた。

 緩いウェーブのかかったプラチナブロンドに、琥珀色のアーモンドアイ。

 

 

(テオ・マイヤー!? 嘘、どうして!? 活動休止中なのに……)

 

 

 ネーナは自動操縦を解除し、その場に留まる。カメラアイ越しに彼を見つめた。歌が『聞こえてくる』。聞いたことのない歌だ。もしかして、新曲?

 

 そう思ったとき、不意に先程と同じ光景が『視えた』。白いドレスを身に纏った自分の隣に、ノブレスが佇んでいる。

 顔はよく見えないけれど、彼が笑う気配がした。それが嬉しくて、ネーナが頬を緩める。振り向けば、2人の兄が自分たちを祝福してくれた。

 ネーナはノブレスに向き直る。彼の手が、ネーナの頬に触れた。慈しむように触れる手に、思わずネーナは表情を綻ばせた。

 

 

『綺麗だよ、ネーナ』

 

 

 穏やかに微笑む青年の顔が『視え』そうな気がした。

 影がかかっていた部分に光が差す。

 

 あと少しで、彼の顔が『視える』。あと少し、あと少し――

 

 次の瞬間、レーダーが反応を捕らえた。機体の反応は4機、所属は不明。画面には、大きく『Unknown』の文字が表示されている。

 自分たちに罪を擦り付けた奴らだ。ネーナは即座に顔を上げる。自分たちが翔るガンダムや、教官であるノブレスが翔るガンダムとよく似た機体がいた。

 機体のカラーリングくらいしか、相違点は見当たらない。ここまで似ているなら、周囲の人間がネーナたちを責めるのは当然だ。ネーナは歯噛みする。

 

 

「あいつら、何をしにここへ……!?」

 

「やる気か!?」

 

 

 ヨハンは即座に戦闘態勢を取る。ミハエルも同じようで、戦闘態勢を整えた。ネーナもそれに続く。

 

 しかし、アンノウンたちは自分たちのことなど気にする様子もなく、ゆっくりと教会へと近づく。スローネアイン、スローネツヴァイ、νガンダムによく似た機体が、ビーム兵器を向けた。照準は――ステージで歌う、テオ・マイヤー。民間人だ。

 スローネドライに似た機体はうろたえていた。撃ちたくないと声がする。3機のパイロットはスローネドライに似た機体のパイロットを罵った。そうして、エネルギーを充填し始める。もしそれが放たれてしまえば、教会にいる民間人の多くが犠牲になることは明らかだ。

 

 

「ミハエル、ネーナ。ここからは、我々の独断行動になる」

 

 

 ヨハンは確認するような声色で言った。

 

 

「この行動は、ソレスタルビーイングの規律に反するだろう。……だが、アンノウンの行動を見過ごすわけにはいかない」

 

「当然だ! これ以上、奴らの好き勝手にさせらんねーぜ!」

 

「うん!!」

 

 

 自分たちは顔を見合わせ頷いた。操縦桿を動かす。

 3機の座天使たちは、自分たちを騙る偽物目がけて攻撃を仕掛けた!

 

 ライフルが、ファングが、ハンドガンが唸る。無駄撃ちは、民間人に流れ弾の被害が出るため控えなくては。確実に当ててやる!!

 偽物どもは攻撃を中断して、回避行動を取った。攻撃に転じた3機とは違い、スローネドライの偽物は何もしない。戦いたくないというのは本気のようだ。

 敵意がない奴はいい。問題は、民間人に攻撃を仕掛けようとしたスローネアイン、スローネツヴァイ、νガンダムの偽物たちである。

 

 

『なんだよ、邪魔しやがって!』

 

『『母さん』から、ミッションプランの変更だ。きちんと確認しろよ。狙いに変更はない。あの歌手だ』

 

『変わらねーじゃん。みーんな撃ち落とせばいいんだから!!』

 

 

 『聞こえた』会話からして、アンノウンたちの狙いはテオ・マイヤーだ。何故彼を狙うのかは知らないが、俄然引けない理由ができた。

 

 ネーナは即座に操縦桿を動かし、偽物へと攻撃を仕掛ける。兄たちと息を合わせ、てんでバラバラに力を振るうガンダムたちを追いつめていった。圧倒的な力をむやみに振るう相手に対して、自分たちは連携や総合力、メンタリティで勝負する。

 癇癪を起こす子どもの声がひっきりなしに響く。この程度で叫び散らすとは、余程メンタル面に難があるらしい。伊達に、シミュレーターとはいえ、女の敵を護衛する羽目になった訳ではないのだ。そのときの苛立ちと比較すれば天と地ほどの差があった。

 

 地上にいた民間人たちが避難していく。(何故かは知らないが)誘導棒を持っていた赤い髪の女性や、テオ・マイヤーたちが避難誘導を買って出ていた。彼らは他の人たちの非難を優先している。

 正直、彼には早く逃げてほしい。けれど、ネーナは彼の判断を踏みにじりたくはなかった。ならば、こちらも踏ん張らねばなるまい。大好きなアイドルを守れるのは自分だけとは、ファン冥利に尽きた。

 ネーナは即座にハンドガンの照準を合わせる。撃ちだした一発は、νガンダムの偽物の肩に当たった。うわあ、と、子どもの悲鳴が『聞こえ』る。想い人の機体を模した奴なんて、恋する乙女からしてみれば腹立たしいことこの上ない。

 

 

「あたしを怒らせると、怖いんだからッ!!」

 

 

 怯んだ偽物目がけて突進し、ネーナはビームサーベルを振りかざす。νガンダムの偽物も、ビームサーベルを引き抜いた。剣がぶつかり合い、バチバチと火花を散らした。

 力を込める。恋する乙女と乙女が恋した相手の誇りを踏みにじる存在を、許しておけるはずがない。――恋する乙女を舐めるな!!

 

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

『ビームサーベル、シュツリョクオーバー! マジカヨ!? マジカヨ!?』

 

 

 HAROが何か叫んでいた気がした。そんなの、どうでもいい。ネーナはそのまま、思い切りビームサーベルで偽物を弾き飛ばす。サーベルの赤が、薄らと黄色の燐光を纏っている気がした。心なしか、いつもより威力が上がっている。

 追撃に走ろうとして、けれど即座に回避行動へ移る。間髪入れず、νガンダムの偽物が反撃に転じた。背中に背負った自律端末が全て展開し、こちらにビーム攻撃を仕掛けたのだ。直撃はしなかったものの、一歩間違えたら撃墜されていただろう。

 兄たちも他の機体を追いつめていた。相変わらず、スローネドライの偽物は状況を静観している。彼の兄弟が、彼をなじった。出来損ない、という言葉が耳にざらつく。スローネドライの偽物を駆るパイロットの方が、人間として成熟しているのではなかろうか。

 

 ネーナも即座に攻撃態勢を取った。νガンダムの偽物は、ふらつきながらも迎撃しようとしていた。

 偽物たちは、精神的にも限界が近いらしい。日本のことわざで言う、『年貢の納め時』だ。

 

 満身創痍の3機と、戦意喪失の1機。さあ、最後の詰め。

 

 

「これで終わりだ!」

 

「観念しやがれ、アンノウン!」

 

「あたしたちを悪者に仕立て上げた罪は重いよ!」

 

 

 ヨハン、ミハエルらと共に、3機のガンダムに攻撃を仕掛けようとした――刹那、子どもがニヤリと嗤った姿が『視えた』気がした。

 

 

『だめだ、逃げて! 兄さんたち、“とっておきの呪文”を使う気だ!!』

 

 

 スローネドライの偽物が悲鳴を上げる。ネーナの背中に悪寒が走り、反射的に操縦桿を動かした。

 緊急回避をしたスローネドライは、視界の端で、他の2機も緊急回避したのを捕らえた。

 

 次の瞬間、

 

 

『――“ト ラ ン ザ ム” ! !』

 

 

 耳慣れない単語が響き、偽物たちの機体が毒々しい赤を纏う。視界に捉えていたはずの3機の姿が、いきなり消えた。

 何が起こったのか、ネーナは分からなかった。気づいたときにはもう、何もかもが遅かった。背後で響く爆発音、人々の悲鳴。

 振り返れば、無残に破壊された教会。煙と瓦礫で覆われたそこは、つい先程までテオ・マイヤーが避難誘導をしていた場所だった。

 

 3機のガンダムはその勢いのまま、自分たちの機体に攻撃を仕掛けた。まったくもって、相手の動きが見えない。機体に何回も衝撃が走り、ネーナは呻いた。HAROが『ヤラレテッゾ、ヤラレテッゾ!』と悲鳴を上げる。

 また、凄まじい悪寒が走る。敵の攻撃をどうにもできないネーナは、己の勘に従って操縦桿を動かした。敵が放ったとどめの一撃は、機体のコックピットすれすれをかする。後ほんの数秒遅れていたら、ネーナの命はなかっただろう。

 

 奴らはあっという間に遠くへ逃げていく。スローネドライの偽物は、惨劇に飲まれた場所を愕然と眺めていた。泣き出してしまいそうな子どもの姿が『視えた』ような気がする。幾何の間をおいて、スローネドライの偽物は、後ろ髪をひかれるような様子でこの場を去っていった。

 

 

「っ、ヨハン兄、ミハ兄! 大丈夫!?」

 

 

 ネーナは慌てて兄たちに連絡を取る。すぐに、満身創痍だが大丈夫そうな兄たちの顔が、通信回路に映し出された。

 

 

「我々は平気だ。だが、教会にいた民間人が……!」

 

「畜生、何なんだあいつらッ! 俺たちが太刀打ちできなかったなんて!」

 

 

 ヨハンが苦々しい表情で教会を見た。焦土と化した大地が映像として映し出される。初めて味わった挫折に、ミハエルが悔しそうに表情を歪ませた。操縦桿を握りしめていなかったら、拳を思いきり叩きつけていたに違いない。

 ネーナは教会へと視線を向けた。頭から血を流して倒れている鳶色の髪の少年を抱え、泣き叫ぶ金髪の少女が見える。ペールグリーンの髪の青年が、周りに指示を飛ばしながら負傷者の手当てをしていた。

 彼の隣りで同じように指示を出す、テオ・マイヤーの姿が映り込む。煌びやかな衣装は黒ずんでおり、頭から出血していた。それ以外に、目立った外傷は見当たらない。大丈夫だったと安堵したのもつかの間、彼はこちらを見上げた。

 

 気のせい、だろうか。安堵したように微笑んだテオ・マイヤーの笑い方が、ノブレスの笑い方と重なって見えた。

 ネーナは思わず息を飲む。HAROが『ナニテレテンダヨー』と声をあげ、不意にくるりと向きを変えた。耳がパタパタと上下する。

 

 

『ツウシンダゼ、ツウシンダゼ!』

 

「――お前たち、大丈夫か!?」

 

 

 ネーナの思考を断ち切るかのように響いたのは、ノブレスの声だった。それを聞いたヨハンが、悔しそうに現状を報告する。

 

 任務終了後にアンノウンと出くわしたこと、そのうちの1機――スローネドライの偽物には戦意及び敵意がなかったこと、奴らを追い詰めたが逆に撃墜されそうになったこと。

 スローネドライの偽物を翔るパイロットが言った“とっておきの呪文”。自分たちは、それによって敗北したのだ。あれは一体何だったのだろう。高速移動する機体に、ネーナたちは成す術がなかったのだ。

 

 

「あいつら、確か、“トランザム”とか言ってた」

 

「“トランザム”……」

 

 

 ネーナが補足するように言えば、ノブレスは苦い表情を浮かべた。端正な口元と漂うオーラに陰りが見える。

 憂いの原因は、自分たちがアンノウンをみすみす逃してしまったせいだ。自分たちの不甲斐なさに、兄妹たちは歯噛みする。

 そんな自分たちの気持ちを察したのか、ノブレスは静かに語りかける。通信機の向こうで、彼は穏やかに笑っているのだろうか。

 

 

「キミたちは悪くない。アンノウンについてのデータは極端に少ないんだ。この情報を持ち帰れただけでも充分だよ。……キミたちが無事で、本当によかった」

 

「教官……」

 

 

 ノブレスは、何かを考え込むように息を吐いた。思案している内容が一体何を意味しているのかは、まだわからない。

 

 彼はMS開発の技術者だった。もしかしたら、“トランザム”に関する単語の意味や、それに対抗するための技術理論を構築しているのだろうか。なら、ますますネーナたちではどうしようもないだろう。自分たちにできることは、彼が開発したMSのテストパイロットになることくらいか。

 通信は、「太陽炉の特性が云々」だの、「疑似太陽炉が云々」だの、「そろそろこちらも計画を進めるべきか云々」だのと呟くノブレスの声を拾い上げる。熟考しかけた彼は、しかし、自分でそれにブレーキをかけた様子だった。すまない、と謝罪し、話を続ける。

 

 

「合流ポイントは変化なし。……ただ、僕は合流が遅れる。その間、ゆっくり体を休めておくこと」

 

「わかりました」

「了解!」

「教官も、早く来てね!」

 

 

 通信を切り、3機の座天使は空を翔る。程なくして、合流ポイントである(ワン)留美(リューミン)の用意した隠れ家が見えてきた。

 隠れ家と言うには些か豪勢な家だ。金持ちの別荘と言った方がしっくりくる。オーシャンビューのプールとか、まさしくそれであった。

 ネーナは、煌びやかなものは好きだ。しかし、留美(リューミン)の別荘を見ると、何とも言えない気味の悪さを感じる。素直に綺麗だと言えなくなっていた。

 

 ガンダムを着地させ、迷彩被膜を展開する。そのままコックピットから大地に降り立った3人は、足取り重く屋敷へと踏み入れた。

 

 シャワーで汗を流し、ノブレスから貰った制服へと着替え、大広間のソファに座り込む。何の気なしにテレビをつければ、先程起こった『ガンダムによる教会襲撃事件』がニュースになっていた。やはり、報道機関はチーム・トリニティらを犯人だと報じている。

 許せない、とネーナは思った。自分たちを悪人に仕立て上げて、世界の敵にして、犯人はのうのうと笑っている。誰が、どうして、何のために。考えてもわからない。何もできないというのは、こんなにも歯がゆいことだったのか。ネーナは大きくため息を吐いた。

 

 ノブレスが隠れ家にやって来るまでの数時間。

 トリニティ兄妹の表情は、陰に包まれたままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっでぇ……!」

 

 

 絞り出すような悲鳴を上げて、青年はそのまま崩れ落ちた。瓦礫の付近にしゃがみ込み、痛みに呻く。

 

 

「真正面から『3倍速による複数のレーザー兵器連射』をやる馬鹿野郎どもが……! 僕らじゃなきゃ死んでましたよ……!?」

 

 

 能力をフルパワーにしても、あの速さでは、被害を減らすのがやっとである。大きくため息をつけば、ずきりと背中が悲鳴を上げた。

 負傷した民間人――ハレヴィ家の親戚の結婚式に参加していた人々の呻き声や、家族や恋人の痛々しい様子に悲鳴を上げる声がひっきりなしに響く。

 

 

「沙慈、沙慈! しっかり、しっかりしてぇ!」

 

 

 頭から血を流して動かない婚約者に、ルイスは必死に声をかけていた。先程の襲撃で、沙慈はルイスを庇ったのである。彼は生きているものの、重傷であった。

 能力で相殺したとはいえ、完全ではなかった。その余波が、沙慈や倒れた民間人たちのような形で表れてしまった。己の無力さに反吐が出そうになる。

 沙慈やルイスの友人であり、青年の『同胞』たちでもある面々――クラール、征士郎、ひまり、悠凪、一鷹、アリス、ハルノらが、2人を心配しつつ走り回っている。

 

 向うの方では、最前列で踊り狂っていた面々――リボンズ、リジェネ、ヒリング、リヴァイヴ、ブリング、デヴァイン、アニューらが人々に応急処置を施していた。

 彼らは能力で防御したものの、相当のダメージを追っている。それでも、彼らは倒れた怪我人の治療を優先していた。

 

 結婚式の主役だった新郎新婦は、倒れたっきりピクリとも動かない。外傷もないため、眠っているかのような表情だ。しかし、生気は一切ない。――死んでいるのだ。

 

 

(GN粒子の毒性、か。疑似太陽炉では、その毒性が極めて高いというのは知っていましたが……くそっ!!)

 

 

 荒ぶる青(タイプ・ブルー)といえども、その能力は万能でもない。完全な無敵でもないのだ。

 青年や青年たちの『同胞』では、自身が危機を回避し、砲撃の威力やGN粒子の毒性を、局地的且つある程度削ぐことしかできなかった。

 

 「あまりにも突発的且つ超大火力だったため、対応が追い付かなかった」――悔しいが、そうとしか言えない。

 

 

「あれが、イオリアや『マザー』が言っていた“トランザム”か……。理論構築や構想は聞かされていたけど、実際に動いているのを見たのは初めてだよ」

 

 

 生存者の治療がひと段落し、救助を待っている状態のリボンズがこちらへ歩み寄ってきた。そのまま、彼も壁にもたれかかる。

 

 

「こんな形で見ることになるなんて思わないさ。いや、見たくなかったというべきかな……」

 

 

 地面に座り込み、リジェネが額を抑えた。メガネは爆発の勢いで歪んでしまっている。

 リボンズは目を閉じた。ヴェーダにアクセスし、今回の一件について調べているのだろう。

 

 

「しかも、追い打ちとばかりにバッドニュースがある」

 

「大方、今回の襲撃もトリニティの仕業になったということでしょう?」

 

「大正解」

 

 

 茶化すような会話をしているが、全然楽しい内容ではない。事態はどんどん最悪の方向に転がっている。

 

 青年は静かに目を閉じた。決意を固め、瞳を開ける。

 そうして、彼は能力を使って『同胞』たちと会話した。

 

 幾何か後、青年はよろめきながら体を起こす。リボンズは何かを察したように眉をひそめた後、諦めたように肩をすくめた。

 

 

「あまり無茶しないでくれよ? いざとなったら、この前保護した『彼』にも……」

 

「視野に入れてますよ。……色々な意味で後が怖いですけどね」

 

 

 そうして、青年は能力を使って『飛んだ』。

 焦土と化した教会の風景は、あっという間に大きな野原へと変わった。

 遠くから黒煙が漂っているのが見える。教会だったはずの場所だ。

 

 

「プライオリティをノブレス・アムに変更。迷彩被膜解除」

 

 

 青年――ノブレスの言葉に反応し、野原に隠されていた機体が姿を現す。『連邦の悪魔』と呼ばれた白い機体――νガンダムのコックピットに乗り込み、起動させた。

 隠れ家では、きっと教え子たちが待っているだろう。秘密裏に機体の改良と武装変更、専用ドライヴの手配をしておきたい。

 

 あとは、自信の専用ドライヴに搭載され、封印されている“力”も解放しておかなければ。

 

 

(伝家の宝刀は最後まで取っておきたかったのですが、それを守り抜くために犠牲者を出すのは本末転倒。開発された理念に反します。……やるしか、ない)

 

 

 νガンダムは空を翔ける。教え子たちの待つ場所へ向かって。


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