大丈夫だ、問題しかないから。-Blue trajectory- <1st Season>   作:白鷺 葵

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36.大混戦、大量発生、大問題

 夕闇に覆われた砂漠を翔る16機のフラッグから数百メートルほど離れた場所に、MDで組まれた隊が見えた。機体構成はビルゴ、トーラス、ファルシアに、ようやく合流した操作用の友人機および無人機としての併用可能な機体――ゼダス。

 ゼダスはMDを遠隔操作することが可能なだけでなく、自身もまた遠隔操作による行動が可能だ。MDを操るMSとしてだけでなく、MDとしても運用できる機体である。MDに搭載された自立思考回路だけではカバーできない、細かな部分を動かすという役割を担っていた。

 『MDとしても使用可能』という触れこみは伊達ではないようで、両掌に装備されたビームバルカン、ビームバルカンの砲口から発生させるビームサーベル、胸部に内蔵されたビームキャノン、高い斬撃力を持つ高周波ブレード――ゼダスソードという4種類の武装を持っている。

 

 今、オーバーフラッグス部隊の周囲を取り囲むような形で、MD部隊の3部隊が飛んでいた。部隊の中心にいるゼダスが有人機体だ。

 ゼダスのパイロットについてはわかっていない。ユニオン、AEU、人革連の中には、該当者はいなかった。

 

 

(十中八九、PMCトラスト側の人間だよな。でも、それに関する情報は非公開……キナ臭いにも程があるぞ)

 

 

 クーゴはそんなことを考えながら、砂漠を見回す。作戦ポイント到達まで時間と距離は充分あるが、道中でガンダムと接触する可能性は否めない。

 

 地上では、ティエレン部隊が歩みを進めている。肉眼で視認できるぎりぎりの位置に、イナクトの群れがちらついていた。

 しかしながら、やはり引っかかるのは、オーバーフラッグス部隊を包囲するような位置に陣取るMD部隊だった。

 

 背中に悪寒が走る。以前、ユニオンで起こったMD暴走事故を思い出し、クーゴは苦い表情を浮かべた。

 原因は未だ不明。有力かと思われる説は、『共有者(コーヴァレンター)もしくは虚憶(きょおく)持ちを襲うバグがある』というものだ。

 MD暴走事件はユニオンの一件のみ。しかも、主張する人間がセキ・レイ・シロエという一介のジャーナリストのためか、信憑性は薄いとされている。

 

 

「……しかし、気になるな」

 

 

 視界の端にちらつくMD部隊に、クーゴは胸騒ぎを感じていた。MD暴走事故が起きる直前、新武装のテストに挑む前の悪寒と同じものが背中を撫でる。

 何故、MD部隊はオーバーフラッグス隊の周辺にいるのだろう。こちらを標的としている訳でもあるまいし。

 

 

「なあ、グラハム」

 

「どうした?」

 

「何故MD部隊が俺たちの周りを飛んでるんだ? 戦術プランを確認したときには、そんな話は聞いていないんだが」

 

 

 クーゴの言葉に、グラハムは少し考え込むように視線を落とした。確かに、と、映像越しで彼の口元が動く。

 

 

「前回、MDが暴走してキミを襲ったときも、キミの近くでMDの稼働が行われていたな」

 

「しかも、稼働実験で使われていたすべてのMDが襲い掛かってきた。あれは本当に壮観だったぞ。二度と拝みたくないレベルのな」

 

 

 150mガーベラがなかったら、おそらくMD部隊を沈黙させることはできなかっただろう。いいや、そもそも、MDの稼働実験が行われていなければ、今回のような嫌な予感を感じることなく、周囲を飛ぶMD部隊を眺めていただろう。

 もし、ここで飛んでいるMDたちすべてがこちらに襲い掛かって来たら、オーバーフラッグス部隊の戦列は崩壊する。ガンダムと戦う前に戦線崩壊なんてことになったら、本当にシャレにならない事態だ。接触した後でもごめん被るが。

 

 仲間たちの不安を煽るような真似はしたくない。

 しかし、何も知らないままでは、万が一という可能性もあり得る。

 しばし悩んだ後、クーゴはオーバーフラッグス部隊全機の無線を開いた。

 

 注意事項として、面々に通達する。

 

 

「以前、ユニオンでMDの暴走事故が起きたことは知ってるな? その事故に巻き込まれた人間として言っておく。万が一の可能性も考慮して、MD部隊の動きに注意してくれ」

 

「了解!」

「わかりました!」

「副隊長も注意してくださいね」

 

「そんな大げさな。……でも、気には留めておきますよ? 副隊長殿」

 

 

 オーバーフラッグス部隊全員が返事を返す。皆、不安や翳りを感じさせぬ不敵な笑みを浮かべていた。そのことに安堵し、クーゴは前を向く。

 レーダーが作戦ポイント到着を告げた。広がる砂漠の中に、砂地が異常に凹んだ場所があった。超火力に特化した、白と紫基調のガンダムがやったのだろう。

 凹んだ砂地に身を隠していた機影があった。白と緑基調のガンダムだ。スナイパーライフルを構え、蟻のように群がるMS部隊を確実に()としていく。

 

 気のせいだろうか。グラハムがちょっとだけ落胆したような気配がした。しかし、彼はすぐに割り切るようにして敵を見据える。

 グラハムの本命は、刹那が駆る白と青基調のガンダムだ。戦場で対峙する可能性に賭けていた節があったのだろう。白と緑基調の方は次鋒あたりか。

 

 

「コマンダー、目標を視認。作戦行動に入る。オーバーフラッグス隊、フォーメーションEでミッションを開始する!」

 

 

 グラハムの声が、部隊全体に響き渡った。了解、と、クーゴが応える間もなく、ダリルの通信が割り込む。

 

 

「隊長! ジョシュアが!」

 

 

 その言葉につられて見れば、ジョシュアのフラッグが戦列を離れて突っ込んでいくのが見えた。彼が突っ込む先にいるのは、白と緑基調のガンダムだ。

 仲間たちの制止を振り切るようにして、ジョシュアのフラッグは加速する。己の技量に対する絶大な自信と、功を挙げたいという焦りの感情が伝わってきた。

 

 寒気がする。脳裏に浮かんだのは、爆散したフラッグ。

 

 

「――っ、すまん! 頼む!」

 

「副隊長!?」

 

 

 今感じた予感を言葉にする時間も惜しい。クーゴは即座に操縦桿を動かし、ジョシュアの元へと向かう。速度的に、どう考えても間に合わない。

 ジョシュアも、クーゴからの横槍を振り払おうと更に加速する。伝わってきた感情は、負けず嫌いの子どもに近いものだった。

 悪寒がますます強くなった。狙われている。誰が? 誰に? その答えを追い求めるように、クーゴもフラッグを加速させる。

 

 

『対象視認』

 

 

 声がした。以前聞いた機械音とは違う、少しくぐもった人の声。

 

 

『作戦行動へ移行』

 

 

 声がした。くぐもっているが、ソプラノの響きを宿した少年の声。

 

 

『フォーメーションD、プランA-1で、ミッション開始』

 

 

 声がした。この場一体に、言いようのない殺意が爆ぜる!

 

 

「そのまま行くんじゃない、ジョシュア!」

 

「――って、うおお!?」

 

 

 クーゴの叫び声が届いたのか否か、ジョシュアのフラッグは急ブレーキ気味に空中変形した。その際、上昇させるように操縦桿を動かしたのだろう。降り注いだビーム攻撃は、ジョシュアがそのまま加速して突っ込んでいたら到達していたと思しき位置を過ぎて砂漠に着弾する。

 空中変形したのはジョシュアのフラッグだけではない。クーゴもまた、急ブレーキ気味に、フラッグをMSモードへと可変させていた。もし飛行形態のまま突っ込んでいたら到達していたであろう位置に、攻撃が着弾する。派手に砂が上がり、砂漠の大地が大きくえぐれた。

 あとコンマ数秒反応が遅かったら、フラッグは跡形も残らず爆散していたに違いない。ゾッとする。反射的に上を見上げれば、隊列を組んでいたオーバーフラッグス隊がMDの攻撃に晒されていた。自分たちを取り囲むような布陣で、MD部隊が配属されていたためだろう。

 

 

「い、言われてなかったら突っ込んでた……!」

 

 

 ジョシュアが小さく呟く声がした。なんやかんやで、クーゴの忠告を気にしてくれていたらしい。

 

 先程から感じていた嫌な予感は、やはりMDの暴走に絡んだものだったようだ。

 おまけに、万が一の注意が現実になっているとは。これではガンダム鹵獲以前の問題ではないか。

 

 

『おい、どうした!? 何故オーバーフラッグス隊が、MD部隊からの攻撃を受けているんだ!?』

『大変です! この戦場に現存するMDの大半が、オーバーフラッグス隊に殺到しています!』

『残りの半分は、“輪っか付き”の方へ殺到! しかも制御不能だって!? 何がどうなってるんだ!?』

『どうしてこんなときに……!!』

 

 

 通信を開いていた覚えはないのに、管制室からの悲鳴がはっきりと『聞こえる』。部隊が異常事態に見舞われているのは、ユニオン軍――しかも、オーバーフラッグス隊だけらしい。

 

 

『大佐! 我が軍所属のMDたちが、ユニオンの精鋭部隊に襲い掛かっています!』

『くっ……! 至急、ゼダスのパイロットに通信を!』

『ダメです! ゼダス、応答しません!!』

『大佐、ガンダムを鹵獲しましたー!』

『パトリック、至急オーバーフラッグス隊の援護へ向かえ! MD部隊が、彼らに襲い掛かっている!』

『はぁ!? っ、了解しました! ――おいゼダス、応答しろ! ゼダス! 俺の友僚に何しやがる!? こら、答えろぉ!!』

 

 

『中佐! MDが勝手に!!』

『馬鹿な……一体何が起きたというのだ!?』

『中佐、羽根つきを鹵獲しました』

『少尉! ユニオン軍に異常が発生した! 至急そちらの援護へ向かうぞ!』

 

 

 MDに関する異変は、どうやら全陣営で起きたようだ。

 ユニオンで起こった一件の再来に、どこもかしこも大慌てらしい。

 しかも、被害にあっているのはユニオンのみ。後で色々大問題になるだろう。

 

 閑話休題。

 

 

「ジョシュア!」

 

「ッ、言われなくとも!」

 

 

 功を立てる以前の問題だ。斜め後ろにいたジョシュアに声をかければ、彼はすぐにフラッグを上昇させた。

 クーゴも仲間たちの元へと合流し、襲い掛かってくるMDを片っ端からなぎ倒していく。

 

 文字通りの大混戦。ガンダムの鹵獲なんてやっている場合ではない。

 

 

『なんだかよくわからんが、撤退するチャンスだ。ハロ!』

『イマノウチ、イマノウチ!』

 

『――シグナル、覚醒予備軍個体と判明。攻撃対象に追加する。フォーメーションGへ変更、プランD-2に移行。殲滅続行』

 

 

 どこからか、青年の声と機械音が聞こえた。おそらく、白と緑基調のガンダムのパイロットたちだろう。彼らはオーバーフラッグス部隊を襲ったMD暴走のドサクサに紛れて逃げようとしていた。

 しかし、MDが殲滅すべき相手に彼もリストアップされている。幼い少年の声が、その事実を淡々と告げていた。彼はまだ、自分が狙われている事実に気づいていない。ゼダスが指揮をするように実体剣ゼダスソードを振り上げれば、ガンダムの元へファルシアたちが殺到する!

 

 

「気を付けろ、ガンダムのパイロット! お前もターゲットに入ってる!!」

 

『何ィ!?』

 

『テッキセッキン! テッキセッキン!』

 

『畜生、俺も巻き添えかよ! いい加減休ませてほしいもんだぜ!!』

 

 

 クーゴの警告に、ガンダムのパイロットが悲鳴を上げた。戦い始めてわずか数十分であるクーゴたちとは対照的に、ガンダムのパイロットは15時間以上ぶっ続けで戦っている。パイロットの叫びも尤もだ。原因はクーゴたち側にあるのだが。

 さて、自分たちは何の目的があってタクマラカン砂漠へやって来たのだろうか。少なくとも、MDを相手取って大立ち回りをするためではなかったはずだ。おまけに、ガンダム鹵獲のための部隊だというのに、MDたちはガンダムを殲滅するつもりで攻撃を放っている。

 ガンダムのシールドは機械が制御を担当しているようだ。しかし、機械制御がどうしたと言わんばかりに、四方八方からレーザーのシャワーが降ってきた。自動防御で悲鳴がこだまするくらいだ。防御系統は自前で操らねばならないフラッグには、いささか厳しい。

 

 主に狙われているのはクーゴ、次点でグラハム、その他同率でフラッグファイターとガンダムのパイロットだ。

 ライフルで牽制し、ガーベラストレートでレーザー攻撃ごと敵機を叩き切る。この場の混迷を抜けるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあグラハム! 俺たち、何時間こうしてるんだっけ!?」

 

「飛び立ったのが昨日の夜だからな、4、5時間程だろう。それでもまだ来るか……!!」

 

 

 クーゴの問いかけに、グラハムは剣呑な面持ちで返答した。MDの群れは未だ健在。有人機であるはずなのに、ゼダスのパイロットたちは誰1人として通信に返答しようとする者はいない。そもそも、通信回路も開いていない様子だった。

 この異常事態を収拾するためには、MDを操っているゼダスに、MDの暴走を止めさせるのが一番だ。それが不可能となるなら、MDの破壊およびゼダスを()とさねばならない。現在進行形ではあるが、友軍同士のぶつかり合いとなってしまっている。

 

 無人機で疲れ知らずのMDたちに対して、クーゴたちは人間だ。いくら精鋭といえど、疲労が蓄積されれば動きが鈍る。

 その隙をMDたちが逃すはずもない。レーザー攻撃が、味方のフラッグを撃ち抜いた! 爆発音が響き、断線する通信。

 

 

「畜生、ランディがやられた!」

 

 

 ハワードの悔しそうな声が響いた。その悲しみに暮れる暇はない。

 彼は怒りをぶつけるように、MDに反撃を加えた。

 フラッグが撃ち放ったライフルが、ランディのフラッグを撃墜したファルシアの頭部をぶち抜く。

 

 視界の端で、スチュアートの乗るフラッグが撃墜されたのが見えた。

 

 

「いつになったら止むんだ、この攻撃は……! このままでは……」

 

「お前、それでもフラッグファイターか!? 精鋭部隊が聞いて呆れるぞ!」

 

 

 弱音を零したダリルをジョシュアが叱咤する。ジョシュアだって、この地獄のような現状に弱音を吐きたかったはずだ。

 だが、彼が踏みとどまろうとするのは、フラッグファイター、およびアラスカ基地のトップガンとしての矜持とプライドからだろう。

 ジョシュアは即座にライフルを撃ち放った。弾丸は、ダリルに迫っていたトーラスの顔面に直撃する。

 

 してやったり、と笑うジョシュアの背後に、ゼダスがゼダスソードを構えて突進してきた。ジョシュアのフラッグもソニックブレイドで応戦しようとするが、鍔迫り合いに押し負けて弾き飛ばされてしまう。

 だが、ゼダスソードの追撃は、ジョシュアのフラッグに叩きこまれることはなかった。寸でのところで、死角に回り込んだダリルのフラッグがソニックブレイドでゼダスの右腕を切り落としたのだ。そのまま薙ぎ払い、横一線にゼダスを切り裂く。

 

 今度はダリルが笑い返した。ジョシュアが苦い表情を浮かべつつ、MDたちの掃討に精を出す。

 

 

「いい加減にしろよ、この野郎!」

 

「ゼダスのパイロットは、何を考えていやがるんだか……!」

 

 

 後ろの方では、アキラとハワードがビルゴ部隊をなぎ倒していたところだった。

 ビーム攻撃を無効化する相手には、実弾や実体剣で対応するしかない。

 

 

「クーゴ!」

 

「了解!」

 

 

 彼らが頑張っているのだ。自分たちだって、ここで倒れるわけにはいかないだろう。

 クーゴとグラハムも、MDたちを迎撃していく。

 

 

『あーもう、答えろって言ってるだろ!? そっちがその気なら容赦しないぞ!』

 

 

 離れた場所で、コーラサワーのイナクトと、MD部隊を率いるゼダスが鍔迫り合いを繰り広げていた。

 

 

『邪魔をするな、機械人形(モビルドール)風情が!』

『ゼダス、応答しろ! く、聞く耳持たずか……!』

 

 

 別の場所で、セルゲイのティエレンやピーリスのティエレンタオツーと、MD部隊を率いるゼダスが鍔迫り合いを繰り広げていた。

 

 どこに潜んでいたのかはわからない。しかし、この機を待っていたとでもいうかのように、新たなMD部隊が出現したのだ。援護に向かおうとした他国軍に立ちはだかる。

 これでは援軍を望むことは不可能である。混迷する戦場に、どうにかケリを付ける方法はないか――そう思っていたときだった。

 

 数百メートル先で、突如爆発音が響いた。空と大地の間に、沢山の火花と黒煙が花を咲かせている。誰かが一掃兵器を使ったのだろうか?

 確認する間もなくレーダーが鳴り響く。反応は、ガンダム。数百メートル上空をカメラで拡大すると、イデアが翔る純白のガンダムが映し出された。

 彼女の翔るガンダムは、恐ろしい勢いでこちらに突っ込んできた。流星を思わせるような速さと、普段からは想像できないような荒々しい調子で、MDたちの元を通過していく。

 

 次の瞬間、MDたちの大半が、何の攻撃も受けていないのに爆発四散した。あまりの出来事に息を飲む。降り注ぐ破片に我に返り、クーゴは慌てて操縦桿を動かした。

 

 

『――シグナル、荒ぶる青(タイプ・ブルー)覚醒個体と判明。優先攻撃対象を変更する。フォーメーションBへ変更、プランE-7に移行。殲滅続行』

 

 

 淡々とした声が響く。ゼダスソードの切っ先が、純白のガンダムへと向けられた。それを見越したかのように、イデアのガンダムはオーバーフラッグス隊から距離を取る。

 

 ほんの一瞬、イデアがコックピット越しからクーゴを見返したような気がした。思わずクーゴも、コックピット越しから彼女へ眼差しを送る。

 それを確認したイデアが、安堵したようにふわりと微笑んだ姿が『視えた』。クーゴは息を飲む。彼女が何をしようとしていたのか、わかってしまった。

 

 

(彼女は、俺たちを助けたんだ。ここに来れば、自分がMDたちから集中砲火を喰らうとわかってて……!)

 

 

 クーゴの予感を肯定するように、MDたちはイデアのガンダムへと殺到する。ビルゴも、トーラスも、ファルシアも、執拗なまでに純白のガンダムへと牙を向いた。

 あっという間に、オーバーフラッグス部隊とスナイパー型ガンダムに群がっていたMDたちがいなくなった。ようやく解放された仲間たちは、唖然とMDの行動を見つめている。

 スナイパー型ガンダムのパイロットがイデアの名前を呼び、彼女を援護しようとライフルの照準を向ける。疲労のせいか僅かにブレが出た。狙撃手にとっては致命的だ。

 

 僅かなブレをはじき出したMDたちは、スレスレで砲撃を回避する。白と緑基調のガンダムなど目にくれず、MDたちは純白のガンダムへと集中砲火を浴びせた。

 

 そうして、ついに天女が地に落ちる。

 崩れ落ちた天女を見下ろしながら、ゼダスとMDたちが周囲を取り囲んだ。

 

 

「今だ! ガンダムを鹵獲する! クーゴ、キミはあの天女の元へと向かってくれ!」

 

「はぁ!?」

 

 

 グラハムの指示に、クーゴは思わず反抗していた。

 

 彼の指示は間違ってない。実際に、疲弊したガンダムをパイロットごと鹵獲するのがこの作戦の目的だった。

 しかし、イデアはオーバーフラッグズ隊を助けてくれたのだ。自分が死ぬかもしれないとわかっていたのに。

 クーゴが反論しようとする前に、グラハムが叫ぶようにして言葉を続ける。

 

 

「我々の任務はガンダムの鹵獲だ。だが、MD部隊は、あのガンダムのパイロット共々、機体を消し飛ばすつもりだぞ!」

 

 

 だから行け、と、グラハムが通信越しから指示を出した。それは、事実上の『イデアを助けろ』という命令に他ならない。

 グラハムが力強く笑った。それが、彼ができる精一杯の譲歩なのだろう。クーゴも笑みを返し、操縦桿を動かす。

 

 死刑執行を宣言するかのように、ゼダスがゼダスソードを振りかざす。切っ先は、確実にコックピットへと向けられていた。

 

 躊躇なく振り下ろされた剣。フラッグはそこへ割り込み、ガーベラストレートでゼダスソードを受け止める! バチバチと火花が飛び散り、激しい鍔迫り合いを繰り広げた。

 イデアが驚いたように目を見開く姿が『視えた』。クーゴは彼女へ微笑み返し、即座にゼダスへ向き直る。フラッグとゼダスは獲物を構え、打ち合いを演じた。

 パイロットはフラッグとの打ち合いについていくのが大変らしく、MDたちの動きが鈍った気がした。その隙を見逃さなかった友軍が、MDを撃墜していく。

 

 

(これで、戦いに集中できる!)

 

 

 クーゴは笑みを浮かべ、即座にガーベラストレートを振るった。MD部隊が押され始めたことに気を取られたのか、ゼダスの反応が遅れる。

 そこを逃すことなく、ガーベラストレートの刃がゼダスの利き手を切り落とした。ゼダスソードを握った腕ごと空を舞う。

 しかし、ゼダスはビームサーベルを掌から展開し、ガーベラストレートの刃を受け止める。また、バチバチと火花が上がった。

 

 

「ぐ、――このおおおおおおおおおおおっ!」

 

 

 思い切り、力任せに押しのける。ぐらりと体勢が傾いたゼダスに、クーゴは容赦なくガーベラストレートを突き立てた!

 そのまま刃を振るい、ゼダスに袈裟切りを喰らわせる。蹴りを叩きこんで距離を取れば、ゼダスは一拍の間をおいて爆散した。

 

 次の瞬間、斜め上空からビームバルカンが降り注いだ。攻撃を回避すれば、間髪入れずにビームの雨あられが降り注ぐ!

 

 レーダーには真っ赤なマークが大量に点滅する。オーバーフラッグス部隊に対し、数の暴力と言わんばかりにひしめくMDたち。

 取り囲まれたのはグラハムたちだけではない。クーゴの周囲にも、ビルゴ、トーラス、ファルシア、ゼダスらが陣取っている。

 

 

「こいつら、どこから湧いて出た!?」

 

「キリがないぞ! これでは……」

 

 

 クーゴが眉間に皺を寄せれば、グラハムが苦い表情を浮かべる。

 文字通りの万事休すだ。

 

 ファルシアたちのビットが、トーラスやビルゴのキャノンが、ゼダスのビームキャノンが展開する。

 因果応報、という言葉が脳裏をよぎる。物量戦で疲弊させ、心を折り、完全な敗北を味あわせる。

 完全に、自分たちがソレスタルビーイングに対して行ったことだ。それがそのまま返ってきたのだ。

 

 充填されたエネルギーが、容赦なく自分たちに牙を――向かなかった。

 

 

『――フィン・ファンネル!』

 

 

 この場一体に何かが飛び回り、四方八方からレーザー攻撃を撃ち放つ! それらは不規則な軌跡を描きながら、的確にMDたちを撃ち抜いていった。

 何事かと振り返る。謎の兵器は縦横無尽にこの場を飛び回りながら、攻撃主の元へと戻っていった。逆光のせいで、機体がよく見えない。

 しかし、その佇まいやフォルムには見覚えがあった。その機体から舞い降りる緑色の粒子にも、見覚えがあった。ガンダム、と、口が動く。

 

 白基調でコックピット部が青いガンダム。シンプルな出で立ちではあるが、機体からは静かな貫禄がにじみ出ている。

 『連邦の白い悪魔』という言葉が、意味もなくクーゴの頭をよぎった。伝説の男が『人の心の光』を示した機体。

 

 しかし、それを翔っているのは伝説の男本人ではない。彼と似たような力を持つ、全くの別人だ。

 

 そんなことを考えていたとき、どこからか声が聞こえた。

 

 

『こちらスローネドライ。教官、MD部隊やっつけたよー! エクシアのパイロットちゃんも救出したから、任務完了!』

『スローネツヴァイだ。こっちもキュリオスの救出、完了したぜ! MD部隊も軽くひねってやったよ!』

『こちらスローネアイン。教官、MD部隊の殲滅と、ヴァーチェの救出に成功しました』

 

 

 1人の少女と2人の青年の声だ。

 それを聞いたガンダムのパイロットが、ふっと微笑んだ気配を感じる。

 

 

『こちら、νガンダム。これから、デュナメスとスターゲイザーの救出と、MD殲滅に移る』

 

『教官、我々も援護に……』

 

『大丈夫だよ、ヨハン。キミたちの教官として、恥じぬ戦いをさせてもらおう』

 

 

 男の声だ。ガンダムは再び武装を展開しつつ、銃を構えた。

 

 

『人から奪った上に、こんな使い方をされては……腹立たしいにも程がある!』

 

 

 その言葉の意味を、誰も知らないまま。

 ガンダムの攻撃が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんな形で、自分が開発に関わった機体と対峙することになるとは思わなかった。ノブレスは深々と息を吐き、ファルシアとゼダスを睨みつける。

 ゼダスはゼダスソードを指揮棒のように振るった。それに従い、まず、ビルゴ部隊が飛び出してくる。レーザー攻撃のフィン・ファンネルには相性が悪い。

 プラネエイトディフェンサー。ノブレスにとって、懐かしい武装の名前だ。自分がまだ『ノブレス』になる前に、その武装を見たことがある。図面も、実物も。

 

 ノブレスは操縦桿を動かした。ノブレスの力をダイレクトにフィードバックしたνガンダムが、即座に行動を開始する。

 

 放たれたレーザーガンを躱しながら、背中に背負っていたバズーカを構える。実弾は装填済み、いつでも撃てる。引き金を引けば、ビルゴ部隊の真ん中にいた機体に直撃した。

 爆発に巻き込まれ、他のビルゴも爆散する。ビルゴ部隊を黙らせたノブレスは、次にファルシアやトーラスたちに狙いを定める。バズーカを背中に戻し、ビームライフルを構えた。

 

 

(他のMD部隊は撤退を開始している。しかも、三大国家陣営の作戦基地には戻っていない……。やはり、あいつらと関係しているということですかね?)

 

 

 ノブレスは思案しつつ、ビームライフルで次々と敵機を撃ち抜いていく。

 

 

「パイロットの感情が読めないな……」

 

 

 少なくとも、パイロットが怖気づいているような様子はない。そもそも、感情らしき感情が伝わってこないのだ。本当に、パイロットは『人間』と呼べる者なのか。

 一抹の不気味さを抱えながら、ノブレスはビームライフルを撃ち放った。足を撃ち抜かれたファルシアが吹き飛ばされ、頭を撃たれたトーラスが爆散する。

 

 次の瞬間、背後から別のファルシアたちとトーラスたちがビットやライフルでビーム攻撃を撃ち放ってきた。回避するには間に合わない。

 ノブレスは即座にフィン・ファンネルを展開する。飛び出した3機のファンネルが、νガンダムを守るシールドを展開した。派手な音を立ててビームが弾け飛ぶ。

 普段はビーム兵器として使うファンネルたちだが、シールドとして展開することも可能である。今時はファングが主流らしいが、ノブレスはこちらを好んでいた。

 

 

(ファングと比較した場合、純粋な攻撃力は劣ります。ですが、使い方次第で色々なことができるので、個人的にはこっちが使いやすいんですよね。逆に、このマルチタスクが面倒だと言う人もいるんですけど……)

 

 

 自分はマニアックなのだろうか。

 考えてみたが、今は関係ないので保留することにした。

 

 ノブレスは他のファンネルたちを動かし、ファルシアやトーラスたちを撃ち抜いていく。

 

 

(あとは、このゼダスたちですね)

 

 

 兵を失った指揮官は、両手を突き出した。掌からレーザー弾が放たれる。

 しかし、ノブレスが展開したシールドを揺るがすには至らなかった。

 

 

「スターゲイザーのパイロットに比べれば、防御系統はあちらの方が上だからな。僕も精進しないと……」

 

 

 小さく独り言ちて、操縦桿を動かした。νガンダムはバリアを纏ったまま突っ込む。周囲に飛ばしていたフィン・ファンネルが周囲を舞った。

 フィン・ファンネルたちは不規則に動き、四方八方からゼダスに向けて攻撃を打ち込んでいく。それに混ざるようにして、νガンダムもビームライフルを繰り出す。

 ビームライフルの紫と、フィン・ファンネルの青が交錯し、ゼダスを翻弄した。その隙をついて、νガンダムはゼダスたちの真下へと回り込む。

 

 そのまま、ノブレスは引き金を引いた。真下からコックピットをぶち抜かれたゼダスたちは、そのまま爆発四散する。これで、全ての敵が沈黙した。

 

 あとは、『満身創痍状態のユニオン軍がどんな対応をするか』である。喧嘩を売ると言うなら買うし、引くと言うなら見送るつもりでいた。

 戦闘不能の相手を叩きのめすことはソレスタルビーイングの理念に反するし、自分の役目はユニオン軍の殲滅ではない。

 

 

「ユニオンの第8航空部隊(オーバーフラッグス)、聞こえるか? 無駄な抵抗はやめろ。ガンダム2機を置いて、この場を去れ。……でなければ、僕はキミたちを撃たねばならなくなる」

 

 

 フィン・ファンネルを自機の周囲に展開させながら、ノブレスは厳かに言い放った。

 

 

「戦闘行為の終結が、我々の目的だ。だが、その名を借りた、むやみな殺生は望むところではない」

 

 

 フラッグたちが立ちすくむ。まるで、パイロットたちの心がそのまま投影されたかのようだ。

 困惑。新たに出現したガンダムに、どう対応すべきか迷っているようだ。

 

 

「そして何より、スターゲイザー……そこのガンダムのパイロットが守った命を、手折るような真似をしたくないのでね」

 

 

 その言葉に、スターゲイザーを守るようにして刀を構えていたフラッグが反応した。カメラアイ越しに、パイロットが息を飲んでノブレスを見つめてくる。

 

 デュナメスを鹵獲しようとしていたフラッグたちも止まる。

 ノブレスは即座に操縦桿を動かし、フラッグたちの周囲にフィン・ファンネルを展開した。

 

 

「MDの暴走は、コーヴァレンター能力や虚憶(きょおく)を持つ人間、もしくはその人間と頻繁に接する人間が近くにいることが原因だ。その力が強ければ強いほど、優先的に狙ってくる。スターゲイザーがここに来たとき、キミたちを襲っていたMDたちがそちらに殺到しただろう。それを見ていたなら、僕の言っている意味がわかるはずだ」

 

 

 「それでも向かうなら、仕方がない」とノブレスは言いきった。

 あとは、相手の出方次第だ。こちらは黙り、相手の返答を待つ。

 

 指揮官の男が悔しそうに表情を歪ませた姿が『視えた』。ここでもし、彼らが戦う姿勢を見せていたら、ノブレスは躊躇うことなくファンネルの雨あられをお見舞いしただろう。

 

 

『……撤退する』

 

『了解』

 

 

 苦渋の決断を下した指揮官機に続いて、フラッグたちが空へと帰っていく。

 

 その背中を見送った後、ノブレスはデュナメスとスターゲイザーへ通信を入れた。ロックオン・ストラトスもイデア・クピディターズも、酷く疲れた様子でいる。

 しかし、充分元気そうな様子だった。どうやら、ノブレスは彼らの危機に間に合うことができたらしい。ミッション成功だ。ノブレスは安堵の息を吐き、頬を緩ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「PMCトラストに提供した新兵器たちは?」

 

 

 アオミの問いに、アレハンドロは肩をすくめて首を振った。「残念な結果になったようだよ」と、彼は苦笑する。

 そう、と、女は淡々と答えた。MDたちにも、ゼダスに乗せていた肉塊どもにも、愛着なんかない。だから、女は何とも思わなかった。

 

 

「まあいいわ。なくなったなら、作ればいいんだし。そのために必要なものはすべて持っているもの」

 

「キミは、日本人のステレオタイプからは想像できない程怖い女なんだな」

 

 

 アレハンドロの言葉に、アオミはつぅっと目を細めた。

 

 

「帰る。用事ができたから」

 

 

 淡々と告げて、アオミはアレハンドロの部屋を出た。彼は自分を止めなかった。

 

 

 

*

 

 

 

 どことも知れぬ場所。

 

 薄暗い部屋の中に、培養試験官がぎっしりと並んでいる。その中には、様々な髪や肌を持つ少年や少女が眠っていた。

 ごぽり、と、気泡が浮かんでは消える。試験管のコンソール部にある液晶ディスプレイには、識別番号が赤い光を放っていた。

 分類コードが緑の光を放つ。『消費品』と、はっきり映し出されていた。人間につける呼称にしては、あまりにも無慈悲である。

 

 アオミは書類に目を通す。今回のテストで得た結果を分析したものだ。

 今回の経験を記録し、眠り続ける部品たちに学習させる。

 

 どこかで試験管の光が消えた。大方、脳に直接知識や経験を刻み込んだことでショック死したのだろう。所謂失敗作だ。

 

 試験管の光が消えた個所を確認し、その中に浮かぶ肉塊を処分する。

 その試験管に、新しい胎児を追加した。

 

 

「こっちは、これでよし」

 

 

 アオミは満足げに微笑み、『消耗品』の部屋を後にした。『無垢なる子』と書かれた部屋へ足を踏み入れる。

 その部屋もまた、培養試験官が並んでいた。『消耗品』の部屋とは違い、試験管の数は少ない。眠っているのは少年ばかり。

 しかも、どの少年も特徴は一緒で、黒髪の東洋人。女性や、女性の弟と非常に似た少年たちだった。

 

 アオミの遺伝子をベースにして生み出された子どもたち。自身の優位性を確立するために必要なものたちだ。

 

 いずれ、この子たちは自分の忠実な手足となり、後継者となる。

 自分が作り上げる理想郷を思い描き、アオミはにやりと笑みを浮かべた。

 

 

「この物語は、私の舞台。私のためだけに用意された場所」

 

 

 アオミはうっとりとした口調で呟く。

 

 いとし子たちを見つめた後、アオミは部屋を後にした。

 エレベーターに乗り込み、地上へ戻る。

 

 扉を開けて出た場所は、別荘の中にある大広間だった。刃金の本家が所有する場所の1つであり、幼い頃からアオミが出入していた場所である。

 思い出深い場所であると同時に、ここはアオミにとって『運命を変えた場所』でもあった。ここで、アオミは知識を得た。そうして、生まれ変わったのだ。

 その出来事を思い返そうとしたとき、丁度いいタイミングでチャイムが鳴った。時計を見れば、約束していた時間である。待ち人が来たらしい。

 

 アオミは玄関へと向かい、扉を開いた。そこにいたのは少女と男性。

 黒い髪をツインテールに結んだ少女と、彼女の隣に控える、黒髪を束ねた男だった。

 

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難は続く。


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