大丈夫だ、問題しかないから。-Blue trajectory- <1st Season>   作:白鷺 葵

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35.戦場へ

 三大国家の誇るエース(パイロットおよび戦術指揮官)勢の交流会が開かれることになった。ユニオンの代表者として声がかかったのは、オーバーフラッグス部隊に属する面――グラハム、クーゴ、ハワード、ダリルらと、戦術指揮官の代表者たちだ。

 AEUからはパトリック・コーラサワーやカティ・マネキンを筆頭とした面々、人革連からはセルゲイ・スミノルフやソーマ・ピーリスを筆頭とした面々が出席している。交流会ということもあって、雰囲気は和やかなはずだ。多少ピリピリしている部分に目を閉じれば。

 

 上層部の思惑を、この交流会から探ることは困難だった。しかし、連携を密にするという意味では、現場の人間にとってありがたい。

 今回の軍事演習は、ガンダムの鹵獲を狙ったものだ。今のところどれだけの規模が参加するかは不明だが、相当な戦力が投入されることは明らかだろう。

 以前、イデアおよびソレスタルビーイングに対して「敬意を持って立ち向かう」と宣言した手前、今回のコレは、彼女を裏切ったような気がしてならない。

 

 

「お前ら、ユニオンの代表者だよな? トップガンは誰だ?」

 

 

 思考に沈んでいたクーゴを現実に引き戻したのは、どこかで聞いたことのある声だった。

 

 見上げれば、AEUの軍服に身を包んだ茶髪の色男がこちらに近づいてきた。クーゴは思わず首をひねる。彼は、どこかで。どこかで会ったことがあるような、気がする。

 いつだっただろう。AEUの軍事演習場で、イナクトのデモンストレーションを務めていたパイロットがいた。初めてガンダムに介入され、完全敗北を喫したパイロット。

 

 

「失礼だが、キミは?」

 

「がふっ!」

 

 

 真面目な顔をしたグラハムの発言に、AEUの軍人が顔面からすっ転んだ。

 奇跡ではないかと問いたくなるような、高校野球やプロ野球並みのスライディングである。

 男はしたたか顔面を床にぶつけた後、がばりと顔を起こす。眦を吊り上げ、彼は怒った。

 

 

「俺はAEUのスーパーエース、パトリック・コーラサワーだ!」

 

 

 「俺の名前を知らないなんて、どこのモグリだ!?」と、AEUの軍人――パトリック・コーラサワーががなり立てる。

 コーラサワー。その名前に、クーゴは聞き覚えがあった。頭を一気に回して、記憶を手繰り寄せる。

 

 AEUの軍事演習場。イナクトのお披露目会。ガンダムの介入。白と青基調のガンダムに叩きのめされたイナクト。コックピットから這い出して来て、がなり立てる男。

 

 クーゴが顔を上げれば、丁度いいタイミングでグラハムが手を叩いた。

 何を思ったのか、相手を値踏みするような眼差しをコーラサワーに向け、不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「ああ、あのときのパイロットか。久しぶりだな」

 

「え? 俺とアンタ、どっかで会ったっけ?」

 

「ガンダムの恐ろしさは、キミを通じて、しっかりこの目に焼き付けさせてもらったよ」

 

 

 グラハムの言葉に、コーラサワーは頭の上に疑問符を浮かべた。しかし、すぐに合点がいったのだろう。ぎろりと目を剥いた。

 コーラサワーにしてみれば、自分の敗北を他国のトップガンに見られていたということになる。この上ない赤っ恥だ。

 ハワードやダリルもちょっとだけ視線を逸らした。口元もしっかりガード済みである。コーラサワーにはバレバレであるが。

 

 怒りに任せて拳を突き出しかけているコーラサワーであるが、必死になって感情を抑えている。視線を向ければ、女性軍人――カティ・マネキンが鋭い眼差しでコーラサワーを見ていた。

 大佐の前で醜態は晒せない――その想いだけが、彼の怒りを抑え込む最大の理由だった。ぎりぎりと歯ぎしりして、手を戦慄かせている。対して、ニヤリとした笑みを崩さないグラハム。

 

 これじゃあまるで、子ども同士の喧嘩だ。

 

 

(ああ、嫉妬だ。こいつ、ガンダムと初めて戦った相手に嫉妬してる)

 

 

 クーゴは耐えきれなくなってため息をついた。トップガン同士が何をしているのやら。

 グラハムとコーラサワーは、おそらく似た者同士だ。性格はともかく、根本的にあるいろんなものが。

 

 何とかして、この空気を変えなければ。クーゴが思案したときだった。不意に、頭の中に1つの単語が浮かぶ。次の瞬間、クーゴの口はその単語を紡いでいた。

 

 

「『不死身』……」

 

「へ?」

 

 

 ぽろりと零した単語に、コーラサワーが目を白黒させる。

 

 

「いや、キミの二つ名ではなかったかな、と……」

 

 

 あれ、違ったか?

 クーゴが問おうとして、言葉を止めた。

 

 なぜ自分は、コーラサワーの二つ名を『不死身』だと思ったのだろう。確かにコーラサワーは、ガンダムが現れて介入行動を行って以後、戦場では必ず撃墜されているという。しかも、その度にほぼ無償で帰還しているらしい。

 ただ、二つ名に『不死身』が適用されるには、まだ数が少なかった。AEUとガンダムがぶつかり合ったのは、イナクトお披露目会とモラリア戦役による派兵だけだ。たった2回では、『不死身』の二つ名は名前負けだろう。

 コーラサワーはしばらく『不死身』という単語を呟いては、うんうん考え込んでいた。クーゴの発言を聞いたフラッグファイターたちが「完全に名前負けした二つ名だ」「副隊長、一体どうしたんだろう」と言いたげにクーゴを見てくる。

 

 そうして、コーラサワーが顔を上げた。その表情は、子どもみたいにきらきら輝いている。

 

 

「『不死身のコーラサワー』……なんか、かっこいいな! エースパイロットの俺様にこそ相応しいっ!!」

 

 

 空を語るグラハムの様子がフラッシュバックしたのは、気のせいではない。

 フラッグを語るグラハムの様子がフラッシュバックしたのは、気のせいではない。

 刹那への愛を語るグラハムの様子がフラッシュバックしたのは、気のせいではない。

 

 クーゴが思い付きで言った『不死身』は、コーラサワーのお気に召したようだった。先程のように険悪な空気にならなくて、本当によかった。

 うんうん頷いたクーゴは、彼の二つ名の意味を噛みしめるようにして目を閉じる。脳裏に浮かんだ光景を辿るようにして、言葉を続けた。

 

 

「だな。自爆してもちゃんと帰ってきたんだし、傍にいた人間すら不死身にしたんだし」

 

「えっ」

「えっ」

 

 

 クーゴとコーラサワーの声が重なった。

 

 あれ、とクーゴは首を傾げる。どうして自分は「コーラサワーが自爆してもちゃんと帰ってきた」ことや「そばにいた人間すら不死身にしたこと」を『知っていた』のだろう。

 端末を確認すると、そのソースが出てきた。虚憶(きょおく)名、『空に咲く花/UX』。この虚憶(きょおく)は、未だに内容が穴だらけである。

 鮮明になっている数少ない場面の中に、『不死身の二つ名を持つ軍人が、近くにいた別な軍人と自爆したはずなのに、彼を伴って無傷で帰ってきた』という場面があった。

 

 そういえば、その軍人、目の前にいるコーラサワーと似ていた気がする。

 補完するようにして描いていたイラストのデータを見れば、瓜二つの男が描かれていた。

 

 着ている軍服はAEUのものではないが、顔も髪型も、まごうことなき『パトリック・コーラサワー』である。どうやら、虚憶(きょおく)の話をしてしまったようだ。

 

 ならば、コーラサワー本人が覚えがないのも当然である。混乱するのも当然である。クーゴは苦笑した後、コーラサワーへと向き直った。

 コーラサワーはじっとクーゴの様子を見ていたが、端末をいじって何かを確認していたクーゴの様子に何か気づいたのだろう。

 

 

「もしかして、お前、虚憶(きょおく)持ち? もしくは記憶障害?」

 

「前者が正解。後者だったら、軍人になれないよ」

 

「お前若いのに凄いなぁ! しかもその年齢(とし)からして、飛び級の軍学校卒で即ユニオンの精鋭入りしたんだろ? 虚憶(きょおく)だけじゃなく、センスも一流ってか?」

 

 

 「ユニオン期待のルーキー……俺の未来のライバルに相応しいぜ!」なんて、コーラサワーは上機嫌である。

 彼の勘違いを察したユニオン代表者全員が、眉間に皺を寄せた。クーゴと対峙した者が必ず陥る間違いであった。

 

 嘗て、自分も同じ間違いをしたことがあったグラハムが、渋い顔をしてコーラサワーの肩を叩いた。

 

 

「ひとつ、訂正がある」

 

「何だよ?」

 

「彼は私より年上だ」

 

 

 沈黙。コーラサワーは目を瞬かせた後、グラハムの発言を頭の中で何度も繰り返した様子だった。

 

 

「……なあ。アンタ、何歳?」

 

 

 コーラサワーが戦々恐々とした様子で問いかけてきた。

 答えない理由はないので、クーゴは当たり前のことを言うように年齢を告げた。

 

 

「28歳」

 

「嘘だぁぁぁ! どこからどう見てもティーンエイジにしか見えないぞ!!」

 

 

 周囲がざわめく。軍人たちがクーゴを凝視し、ひそひそと話を始めた。大体が「外見から連想する年齢と、クーゴの実年齢がかなり差がある」ことに対する驚きである。

 コーラサワーがおろおろしていたのを見かねたのだろう。奥からつかつかとマネキンがやって来た。ベリーショートの黒髪に、眼鏡をかけた知的な女性だ。

 申し訳ない、と彼女が頭を下げる。隣でコーラサワーはおろおろしていた。頭の中は、マネキンのコーラサワーに対する株が下がったことに対する焦りだろう。

 

 東洋の神秘って怖い。周囲から、そんな声が聞こえてきた。

 

 いつも間違われるので、別段気にしていない。

 クーゴは微笑み、大丈夫だと告げた。

 

 

「車を運転すれば呼び止められ、夜の街を歩けば警察に連れていかれ、酒を購入しようとしたら店員に呼び止められた挙句店のバックヤードへ拉致されて説教され、免許証を提示すれば偽装だと決めつけられて警察署へ連れていかれるので、もう慣れましたよ。流石に腹立たしくなったので、現在では友人と一緒に行動するようにしたり、軍の証明証を持ち歩いたりしています」

 

「……そ、そうか。災難だな……」

 

 

 クーゴは朗らかに返答すれば、マネキンが居たたまれない顔をする。災難すぎんじゃねーか、と、コーラサワーが口元をひきつらせた。

 

 数分前までマネキンと談笑していたと思しき人革連の軍人――セルゲイ・スミノルフは何か思い当たることがあったようで、酷く遠い目をした。

 セルゲイの右目には大きな傷跡がある。それが原因で、色々勘違いされたことがあったのかもしれない。例えば、危ない人に間違えられたとか。

 不意に、学校に息子を迎えに行ったら凶悪犯と見間違えられて大変なことになっていた男性の姿が『視えた』。

 

 その男性が彼によく似ていたように見えたのは、気のせいだったのだろうか。

 確認する術は、ない。本人に尋ねてみるのも憚られた。

 

 

「まあ、うん。これから宜しく」

 

「お、おう!」

 

 

 とりあえず、先程から放置気味だったコーラサワーへ手を差し伸べた。

 乗り掛かった舟とでも言うかのように、コーラサワーも手を伸ばす。

 AEUのトップガンと、ユニオンのトップガンの副官が、しっかりと握手を交わした。

 

 交流会は、特に問題が起きることなく。

 つつがなく進行していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは、絶望の淵に立つ英雄が作り上げた、哀しい世界だった。

 そこは、3世紀以上も前に、実際に起こった戦争の光景だった。

 

 思い出せ、と声がする。忘れるな、と声がする。クーゴの中に刻み込まれた、日本人のDNAが叫んでいる。胸が、痛い。

 

 

「皇軍だ、皇軍であるぞ! あっはははー!」

 

 

 そう叫びながら、敵兵に突っ込んで行った兵士がいた。次の瞬間、その兵士は弾丸で蜂の巣にされ、地面に転がった。

 あるいは、そう叫びながら敵機に突っ込んで行った戦闘機があった。次の瞬間、眩い光が炸裂し、戦闘機が木端微塵に爆散した。

 

 

「とぉーとう、とぉーとう、かみふとぅきがなしー、みまんでぃ呉みそぉりー」

 

 

 防空壕の中から声が聞こえる。次の瞬間、爆発音が響いた。手榴弾を使った、集団自決。

 

 この場にいる誰もが息を飲む。この光景は本当にあった出来事なのか、と、誰かが怯えた様子で問う声が聞こえた気がした。問い主はおそらく、未来に住まう日本人や日本を知らぬ外国人、あるいは地球を知らぬ宇宙の民たちだろう。

 クーゴもまた、第2次世界大戦を知らぬ“未来の日本人”の1人だ。歴史の教科書でさらりと触れる程度でしか習っていない。教科書の時点で沈痛な気持ちになったのだ。追体験として現状に光景を示されて、何も思わぬわけがない。

 カイルスの面々だってそうだ。争いを止めて地球を守りたいと願う人たちが集まり生み出された集団である。誰もが息を飲み、愕然とその光景を眺めていた。それが人の業なのか、と、戦く声が聞こえてきた気もする。

 

 

「ここは……大東亜戦争時代の沖縄か」

 

 

 加藤が何かを思い返すように、その光景を見つめていた。

 彼はかつて、滅びの未来(かこ)から過去(いま)の世界へと降り立ち、第二次世界大戦を経験している。

 

 石神は過去(いま)の世界の人間だが、加藤と出会ったことで戦場の行く末を知っていたはずだ。

 件の男は、「子どもまで犠牲にした惨劇が、本当にあったことなのか」というつばきの問いに対し、是と肯定した。

 険しい顔をしながら沖縄戦の惨状を眺めている。石神も、この光景をよく知っていたのだろう。

 

 

「沖縄戦だけではない。目を逸らすな、地上人!」

 

 

 サコミズ王の声がした。光景が切り替わる。

 

 落とされた爆弾。消し飛んだ街並み。空に現れたキノコ雲。クーゴはその光景を、教科書の写真で見たことがある。日本人としてのDNAが戦慄いた。

 黒こげになった人間。皮膚がべろりと剥がれた、人のような何か。異様な人間たちが、ぞろぞろと川へ向かって行進する。彼らは水を求めているのだ。

 水を口にした人間が、次から次に動かなくなった。屍が累々と築かれていく。海の干潮と満潮で川の水位が変化する中で、死体はあっという間に水に沈んでしまった。

 

 それだけではない。軽傷だった人間が、突然立ちくらみを訴えた。髪の毛がごっそりと抜けた。そのまま倒れ、血を吐きながら死んでいった。

 放射能に被爆したことで、軽傷あるいは無傷だったはずの人間が次々と倒れていく。原爆の被害は、爆発による死者だけでは収まらなかったのだ。

 

 広島で。長崎で。その地獄は繰り返された。小倉に落とされるはずだった3発目を防いだのは、目の前にいるサコミズ王本人である。

 

 

「こんな……こんな、ことが……!」

 

「っ……!!」

 

 

 グラハムと刹那が息を飲む。自分たちが関わった戦いや、自分たちの過去に根差す戦場の光景からでは想像できない地獄絵図だ。

 戦禍に飲まれる世界の中で、鮮やかな真紅の羽が舞い落ちている。羽の存在に気づいたシンジが首を傾げた。

 

 

「この羽は?」

 

「命の羽……、死んでいった人たちの命の色だよ」

 

「これが、サコミズ王が体験した嘗ての戦争なんです」

 

 

 彼の問いに、エレボスが答える。

 

 エイサップは、沈痛な面持ちで語った。彼もまた、サコミズ王のリーンの翼を介して、この光景を見たのだろう。他の面々より幾分か落ち着いているものの、心の中では強い感情がぐるぐると渦巻いている。

 こんな戦争は二度と起こしてはならない。過ちは繰り返してはならない。教科書に書かれていた言葉を、碑に刻まれていた言葉を、クーゴは思い返した。けれど人類は、過ちを繰り返し続けている。戦禍を広げ続けている。

 

 死者の命の色が赤なら、生者の命の色はきっと青だ。己の持つ輝きの色を思い返しながら、クーゴは羽の行方を見つめた。

 イデアたちも、痛々しい顔でその戦禍を見つめている。目を逸らしてなるものかと、己自身に言い聞かせるように。

 この悲しみを忘れて、人類は戦いを始めている。その度に後悔して、その度に忘れてを繰り返しているのだ。

 

 

「それをわかっているのに、繰り返しているのか。俺たちは……」

 

 

 アスランが噛みしめるように呟いた。そうだ、と、サコミズ王がいきり立つ。次の瞬間、オウカ■ーの纏うオーラが肥大した。

 行き場のない怒り、悲しみ、憎しみが渦巻く。怒髪天を突く、という言葉が頭によぎったのは何故だろう。

 

 

「故に、この苦しみを貴様らにもわからせる!」

 

 

 真紅の羽が激しい光を放った。その輝きが、徐々に機体の姿を取り始める。目の前に現れたのは、カイルスの部隊を構成するMSやロボットたちだ。

 ミレ□ナが驚きの声を上げながらも、仲間たちにその異変を伝えた。機体反応は徐々に増え続けているという。周囲に動揺が走った。

 

 

「間違った道を歩んだツケは、自らの手で払えよなぁ!」

 

 

 未来に対する怒りと悲しみを、サコミズ王はぶつけてきた。

 

 現在生きる命たちに、嘗ての死者が問いかける。

 「己が命を賭けて守った未来には、その価値があったのか」と。

 「今の地球は、英霊(かのひと)たちが守ろうとした『未来』に足るものだったのか」と。

 

 

「死者の魂の嘆きを否定するならぁ、自らの魂で答えてみろよぉぉぉ!」

 

 

 サコミズ王が叫んだのと同時に、カイルスの機体を模したものたちが襲い掛かる!

 仲間たちはそれらを迎撃した。未来を信じ、戦い続ける。過去の悲しみと、未来への想いがぶつかり合った。

 

 

「僕たちは、死者の嘆きを否定するつもりはありません! ただ、知りたいんです。過去と未来を繋ぐ、その想いを!」

 

 

 だから伝えてほしい、と青年は言った。教えてほしい、と青年は言った。

 彼の言葉に呼応するように、白と青のガンダムが青い光を纏う。

 それに続くようにして、イデアと純白のガンダムも青い光を纏った。

 

 

「そして、知ってほしい。現代人(私たち)が持つ希望と、未来への想いを!」

 

「自らの魂で答えろというなら、全力で応えさせてもらおう! この魂を賭けて!!」

 

 

 クーゴもそれに続く。ブレ■ブの操縦桿を動かし、能力を開放する。真空色の機体が、鮮やかな青の光を纏った。

 そのまま全速力で突っ込み、カイルスの機体を模した影たちを切り伏せていく。

 

 円環の輪を壊し、未来へ続く道を切り開くために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 卑怯者。

 

 今の自分には、多分、ぴったりの言葉なのだろうと思う。

 これ程までに似合ってほしくなかった言葉は、未だかつてない。

 

 

(物量特化で押し通す、ね)

 

 

 作戦プランを反復しながら、クーゴは深々と息を吐いた。三大国家がソレスタルビーイングにしようとしているのは、第二次世界大戦で連合国が枢軸国にやったことと同じようなものだ。少数精鋭より、数で押し通す方が有利であることは歴史が証明している。

 例え話に第2次世界大戦が出てきたのは、最近、虚憶(きょおく)調査で『桜花嵐/UX』や『大和魂の嘆き/CC』を見ていたからだろう。サコミズ王の嘆き具合を考えると、何とも言えない気持ちになる。突き刺さるような痛みを感じて、クーゴは肘をさすった。

 フラッグファイターたち総勢16名の中で、体を丸めているのはクーゴだけだろう。場違いにも程がある。クーゴは深々と息を吐き、画面に向き直った。作戦プランについての情報が映し出されている。10時間を超える長丁場だ。気を引き締めなくては。

 

 

『オーバーフラッグス隊は、命令があるまで待機です』

 

 

 通信越しから、通信担当者が待機命令を伝えてきた。

 仲間たちもそれに頷き、真剣な面持ちで画面を見つめる。

 

 部隊総数は52、参加MSは852機。投入されたMDの数は、三国合わせて250機だ。

 

 こんなものは『戦争という名前を借りた、一方的な蹂躙』としか言えない。もしくは虐めだ。タチが悪い系の。

 

 

「卑怯者と罵られようとも、軍の決定には従わせてもらうぞ。ガンダム」

 

 

 そう言いきったグラハムの顔は、真剣そのものだ。複雑そうな色をほんのわずかにちらつかせただけで、すぐに職務を全うする軍人の横顔へと変貌する。

 蟠りを抱えながらも、ただまっすぐに相手に向き合う。見習いたいものだ、と、クーゴは呟いた。もちろん心の中で。

 

 作戦開始まで、時間はまだ充分すぎるほど残されている。クーゴは立ち上がり、部屋を出た。この時間を利用して、適当な場所で『Toward the Terra』を読み進めておくつもりでいる。

 現在、人類篇の上巻を読み終えて、『ミュウ』篇の下巻を読み進めているところだ。新天地で穏やかに暮らす『ミュウ』たちの暮らしに、人類の間の手が迫る部分まで読み進めている。丁度、ソルジャー・ブルーが目覚めたあたりだ。

 そこから先に進むことができないでいた。早く読み進めなければ、『悪の組織』からの技術協力が打ち切りになってしまいかねない。ちなみに、グラハムは人類篇の上巻を読み進めているという。

 

 部屋から本を引っ張り出し、適当なラウンジを見つけて座る。さあ本を読むぞと意気込んで――

 

 

「あ」

 

 

 少し離れた場所に座り、本を読んでいたジョシュアの存在に気づいた。

 彼が手に持っているのは、『Toward the Terra』人類篇の下巻。

 互いが互いに、物珍しいものを見たような眼差しを向け合う。

 

 

「……なあ。アンタもこれ、読んでるのか?」

 

 

 おずおずとジョシュアが問いかけてきた。クーゴが頷けば、ほんの少しだけ、表情が明るくなったような気がする。

 まるで、子どもみたいな笑い方だ。普段の嫌味節全開のジョシュアからは想像できない。彼も、そんな風に笑うのか。

 

 なんとなく微笑ましい気持ちになって、クーゴも頬を緩ませた。

 

 

「俺、この物語の登場人物の中で、シロエとブルーが好きなんだ。シロエが死んじゃったときは、かなりショックだったんだよ」

 

 

 クーゴが話を切り出せば、ジョシュアは目を点にした。こちらを馬鹿にするような態度はないが、何とも言い難そうに目を右往左往させている。

 言うべきか言わざるべきか、真剣に悩んでいる様子だった。ジョシュアは一体、どうしてしまったのだろう。

 もしかして、ジョシュアはこの先を読んだことがあるのだろうか。『ミュウ』篇の話を読んだことがあったのだろうか。

 

 どうかしたのかと問えば、ジョシュアは言葉を濁した。

 なんとも居心地悪そうにしている。

 

 この空気をぶち壊すかのように、クーゴを呼んだ声があった。振り返れば、グラハムが大きく手を振っている。振っていない方の手に抱えられているのは、『Toward the Terra』の人類篇上巻だ。

 

 途端にジョシュアが嫌そうな顔をする。逃げようか否か迷うようなそぶりを見せている間に、グラハムはクーゴたちの元へと歩み寄っていた。

 退路を塞がれたジョシュアは苦い表情を浮かべている。どうやら、ジョシュアはグラハムに対して苦手/対抗意識があるらしい。

 

 

(その割には、好みのものがよく似ているんだよなぁ)

 

 

 グラハムとジョシュアのやり取りを眺めながら、クーゴは生温かい笑みを浮かべてそれを見守っていた。

 

 出撃の時間が、刻々と近づく。

 それと反比例するような、穏やかな時間が流れていた。

 

 蛇足だが、2人のやり取りをなだめすかしたり止めたりするのに手一杯で、本を読み進められなかったことを追記しておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうして自分たちはこんな目に合っているのだろうか。

 イデアは荒い呼吸のまま、降り注ぐ物量攻撃を堪えていた。

 

 最初にここに来たときは、まだ空は青かった。

 攻撃に晒され早15時間強。夕焼けは沈み、夜のとばりが落ちかけている。

 昼食休憩も取れていないし、操縦桿を握る手の感覚もなくなってきていた。

 

 

(タクマラカン砂漠のテロリストを退治に来ただけなのに、なんで三大国家陣営から包囲されて、攻撃を受けてるんでしょうかっ!?)

 

 

 自分自身に問題を出してみた。疲れすぎて頭がちょっとばかし、ハイになってるとしか思えない。

 

 

(答えは、『テロリスト襲来を予期していて、且つ、私たちがやって来るのも予測していた三大国家陣営が、ガンダムを鹵獲するために罠を張っていたから』です!)

 

 

 どこからか、正解を告げる音が響いた気がする。次の瞬間、上空から大量のミサイルが降り注いで来た!

 シールドを展開し、ミサイル群をやり過ごす。いくらシールドを張ったとしても、機体への衝撃は計り知れない。

 喉から呻き声が漏れた。歯を食いしばりながら、イデアは反撃を開始する。スターゲイザーはシールドを解除し、レーザーガンの照準を向けた。

 

 まるで餌に群がる虫のように、フラッグやイナクト、ティエレンやMA(モビルアーマー)たちが襲い掛かってくる。狙いを定めて撃ち放つが、ロックオンのような射撃テクニックは持っていない。いともたやすく回避された。

 降り注ぐ攻撃に晒された。機体に傷はついていないけれど、攻撃の衝撃はダイレクトに伝わってくる。耐えきれず、イデアは派手にせき込んだ。荒い呼吸のまま、それでもまだ、闘志は折れていない。負けるつもりは微塵もなかった。

 

 

「っ、アーチャー! 1番から6番!」

 

 

 光輪についた宝石のビットが外れ、四方八方に乱れ撃つ!

 

 その一撃や流れ弾を喰らった機体が次々と爆散した。だが、数は一向に減らない。そんな攻撃がどうしたといわんばかりに、砲撃とミサイルの雨あられが降り注ぐ!

 重量火力と防御に特化したヴァーチェを守っていたエクシアが膝をつく。キュリオスとデュナメスも、ろくに反撃体制が取れない。八方塞がりだ。

 守らねば。イデアは荒い息呼吸を繰り返しながら、操縦桿を握り締めた。大切な人と交わした、大切な約束。イデアを突き動かす、大切な理由。

 

 ガンダムマイスターたちは、希望だ。

 来るべき(とき)に訪れる、人類の未来のための。

 

 

(奪わせない。絶やさせない。――絶対に!)

 

 

 操縦桿を握り締める。彼らを守るのが、自分の役目だ。

 

 

「皆、ちょっとキツイかもしれないけど、一か所に集まって!」

 

「ええっ!?」

「何!?」

「待て! それじゃあ相手にとっていい的だ! 共倒れの危険性も……」

 

「いいから! 私が時間を稼ぐから、ティエリアはGNバズーカのチャージを! ロックオンは、新型ライフルを一掃モードに切り替えて!」

 

「キミに言われる必要はない! もうやっている!!」

「何か手があるんだろうな!? 信じるぞ!」

 

 

 イデアの言葉を聞いた仲間たちは、攻撃をやり過ごしながらも一か所に集まる。ヴァーチェはGNバズーカのチャージを始め、デュナメスが新型ライフルにカードリッジを装填する。カードリッジには、予め高濃度圧縮されたGN粒子が込められており、装填さえすればチャージなしで撃ち放てた。

 しかし、今回の場合は敵機を一掃する必要がある。GNバズーカ発射と同じタイミングに合わせ、砲撃を撃ち放つのだ。そこまで考えて、今回の任務に合わせてデュナメスのライフルがリニューアルされたことを改めて思い出した。

 元になった武装は、アレルヤが『スターダスト・トレイマー』の機体から譲り受けた銃である。普段は精密射撃専用のモードとなっているが、モードを切り替えカードリッジを装填することで、バズーカのような威力重視の攻撃も可能だ。

 

 カードリッジは、大気圏スナイピングに使った圧縮チャージ用の装備と同じ役割を持っている。

 そう考えると、随分と小型化したものだ。イアンが分解(バラ)した銃とカードリッジを眺めては唸っていた姿を思い出す。

 

 イデアは仲間たちの様子を確認した後、スターゲイザーの操縦桿を動かした。スターゲイザーは、仲間たちを守るようにして砂地から浮かび上がる。

 

 そのタイミングを待っていたかのように、敵機やミサイルの群れが突っ込んでくる!

 スターゲイザーは、それらすべてからガンダムたちを守るようにして手を広げた。

 

 

「ぐぅぅぅぅ……ッ、――おおおおおおおぉぉぉぉッ!!」

 

 

 GN粒子のシールドを展開させつつ、イデア自身の能力も解放した。普段は自身を包む程度でしか展開できぬシールドを、仲間たち全員を守り通すほどの大きさで展開する!

 

 シールドを包み込むようにして、すさまじい風が巻き起こった。砂漠の砂を巻き上げ、この場一体を震撼させるほどの砂嵐を生み出す!

 誰かが息を飲んだ声が聞こえた気がした。刹那、敵機とミサイル攻撃のすべてを巻き込み、爆発を引き起こさせる。しかしそれらは、壁を揺るがすには至らない。

 砂嵐が晴れた。巨大なドーム型のシールドを目の当たりにしても尚、敵の攻撃は緩まない。突っ込んできた無人機が、シールドに触れた途端に爆散した。

 

 全ての攻撃は、スターゲイザーが展開した鉄壁の前に成す術なく弾き飛ばされ、吹き飛ばされた。

 その間にも、ヴァーチェのGNバズーカはチャージを続けていた。あと、もう少し。

 

 

「GN粒子圧縮率、97.58%……発射準備完了ッ! ――イデア!」

 

「待ってました! シールド解除!」

 

 

 ティエリアからの通信が入る。チャージ完了を告げるそれに、イデアは笑みを浮かべてシールドを解いた。

 

 間髪入れず、ヴァーチェのバズーカとデュナメスの一掃用にチェンジされたライフルが唸る! 紫色の光が、周囲を覆い尽くしていた敵機を殲滅した。

 何機のフラッグが、ティエレンが、イナクトが吹き飛んだだろう。戦線は崩壊し、沈黙した。荒い呼吸が響き渡る。

 

 

「今だ、撤退するぞ!」

 

 

 ロックオンの声を皮切りに、各機がばらけて離脱を行う。

 荒い呼吸を整えながら、イデアもそれに従おうとし――ハッとした。

 そうこうしている間にも、仲間たちはバラバラに分かれて行ってしまう。

 

 

「だめ! まだ……いいえ、本体が来る――!!」

 

 

 イデアの警告は、背後からの攻撃によって阻まれた。攻撃に気づいて、慌てて緊急回避を取る。砂漠の大地が一気にえぐられた。

 砲撃の主は見えない。変わりに、見知らぬ機体が大量のMD部隊を引き連れ飛来した。黒基調の機体を中心に、ビルゴ、トーラス、ファルシアたちが降り立つ。

 

 あの黒基調の機体が、MDたちを操るアンテナの役割を持っている。どうやらあの機体は有人機らしい。

 

 今日は本当に厄日だ――イデアは荒い呼吸のまま苦い表情を浮かべた。

 力を使い果たしたところを叩くのは、戦術論の基本である。でも、人としてそれはどうだろう。

 なんて言っても、敵は待ってくれない。イデアは腹をくくって、敵と対峙することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 待ち続けて15時間強で、発進要請が出た。待ってましたと勇ましく、フラッグファイターたちが格納庫へ集結する。

 新しくなったフラッグのカメラアイ付近がきらりと輝いた。早く戦いに行きたいと言っているかのように。

 これから宜しく、と、クーゴはそっと囁いた。応えるようにしてまた、目元付近がちかりと瞬く。

 

 気のせいだと人は言うのかもしれない。でも、クーゴには、フラッグがそう主張しているようにしか思えなかった。

 真っ先にグラハムが乗り込む。ハワードやダリル、ジョシュアがフラッグに乗り込むのが見えた。クーゴもフラッグに乗り込む。

 

 先陣を切ったのは、オーバーフラッグス隊の隊長、グラハム・エーカーだ。彼に続いて、クーゴも準備する。

 

 

「クーゴ・ハガネ、出る!」

 

 

 滑走路を滑るようにして、フラッグが夕闇へと飛び出す。他の面々のフラッグも、すぐに自分たちの元へと飛び出してきた。誰1人欠けることなく、無事に飛べたようだ。

 作戦ポイントの座標を見つめながら、クーゴはグラハムの隣へ並んだ。他の面々も隊列を組む。16機のフラッグは、夕闇の空へ整然と並んだ。風を切るようにして飛んでいく。

 

 

(さて)

 

 

 カメラアイ越しから見る空を眺めつつ、クーゴは思いを馳せる。

 あの砂漠に、イデアの駆るガンダムがいるのだろうか。

 落日を思わせるほど寂しい空を翔けながら、オーバーフラッグス部隊は飛んでいく。

 

 戦いの(とき)は近い。

 

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難は続く。


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