大丈夫だ、問題しかないから。-Blue trajectory- <1st Season>   作:白鷺 葵

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34.楽しい職場です

 

「オーバーフラッグス?」

 

 

 ハワードが首を傾げる。グラハムは大仰に頷いた。

 

 

「ああ。対ガンダム調査隊の正式名称だそうだ」

 

「そういえば、正式名称は追って名づけられる予定だと聞いてたな。やっと決まったのか」

 

 

 グラハムの言葉に、クーゴは少しだけ遠い目をした。名前を決めるのに時間がかかるのはわかるが、ガンダムと対峙してからもう大分時間が過ぎている。

 流石にちょっと遅すぎやしないだろうか。正直、部隊の正式名称に関する案件など、クーゴの頭の中からすっかり忘れ去られていた。

 それを聞いたグラハムは肩をすくめた。曰く、「この部隊、表向きは『フラッグのみで編成された第8独立航空部隊』という扱いになる」という。

 

 確かに、公に対して堂々と「ガンダム鹵獲を目的にします」なんて主張を前面に押し出すような名前や扱いにしたら、周辺から叩きのめされることは確実だろう。

 周囲だけで済めばまだマシだ。もしかしたら、ガンダムご本人様が直々に叩きのめしにくる可能性だってあり得る。殲滅する気満々で、だ。

 

 名づけ云々より、色々とごまかすための下準備もあったのかもしれない。フラッグだらけの部隊なんて、どこぞに対して本気で戦争しに行くようにしか見えないだろう。実際、ガンダムに対して戦争を仕掛けるのだから、あながち間違いではないか。

 

 

(もしかして、グラハムが小耳に挟んだ『人事の話』は、オーバーフラッグス編成のためのものだったのか?)

 

 

 ならば、時期もぴったりだし、大規模人事が行われることは頷ける。

 それを知らないダリルが問いかけた。

 

 

「パイロットの補充はあるんですか?」

 

「だからこそ、ここにいる」

 

 

 グラハムは不敵に笑った後、どこからか双眼鏡を取り出した。ハワードにそれを手渡し、空を見上げる。

 どこかで見たことあるタイプの双眼鏡だ。確か、AEUの軍事演習で、グラハムが客からひったくったものと同型である。

 ……そういえば、グラハムはあの後、持ち主に双眼鏡を返却したのだろうか。当日が徹夜明けだったのと、大分前のことのため、記憶は既に朧げだ。

 

 閑話休題。

 

 ダリルが空を見上げる。ハワードが双眼鏡を持ち、空を見上げた。クーゴも彼らと一緒に空を見上げる。

 真っ青な空を飛ぶ、12機のフラッグ。しかも全員、ユニオン各基地の精鋭たちだ。

 

 

「よくもまあ、こんな凄まじい人事を敢行できたな」

 

 

 フラッグのマーキングを確認しながら、クーゴは深々と息を吐いた。やはり、グラハムが小耳に挟んだ大きな人事とは、オーバーフラッグス編成のためだったらしい。

 各基地の責任者は大変だったろう。問答無用でトップガンたちを引き抜かれるのだ。今後のことを考えると、編成やら人員補充やら後任育成やら、色々と大変だろう。

 不意に、誰かが喜んでいるような気配を感じた。視線を動かせば、沖縄基地のマーキングが目に入る。沖縄のトップガンは、確か――アキラ・タケイ。

 

 そういえば、アキラと顔を合わせるのは久しぶりのような気がする。最後に直接顔を会わせたのは、ガンダムが降り立つ前だった。

 ガンダム降臨以後、ガンダム調査隊はバタバタしていた。他の基地の連中も、色々その余波を喰らったという話を思い出す。

 

 

「驚くのはまだ早い」

 

 

 グラハムはもったいぶったように目を閉じた。言いたくてたまらない、と、横顔が訴えている。

 

 

「プロフェッサー・エイフマンの手で、フラッグ全機がカスタム化される予定だ」

 

「本当ですか!?」

 

「嘘は言わんよ」

 

 

 ハワードの問いに、グラハムは不敵に笑い返す。

 彼の瞳は、どこまでも澄み渡っていた。

 

 

「調査隊が軍隊になり、12人のフラッグファイターが転属……」

 

 

 クーゴが呟いた途端、自分の背中を寒さが這ったように感じたのは気のせいだろうか。

 悪意とほぼ同等にタチが悪い、私利私欲に満ち溢れた感情。そのために、政治家たちは天使を捕らえようとするのか。

 

 

「かなり大掛かりな作戦が行われると見た! 気を引き締めろよ」

 

「はっ!」

 

 

 グラハムが笑みを浮かべつつ、自分たちに念を押した。仲間たちも頷き、敬礼を返す。クーゴもグラハムを見て、敬礼をした。

 

 ユニオン屈指の技術者とその弟子によって、この部隊のフラッグは特別な改良が施される。現在で、ユニオン軍最強の機体。

 文字通り、パイロットにとっては最高の環境だろう。しかし同時に、技術班はとんでもない強行軍を行うことになる。

 12機のフラッグ全てをフルチューンするだけでなく、クーゴたちが搭乗してきたフラッグも再チューンされるのは確実だ。

 

 技術班が過労死しなければいいのだが。

 

 クーゴはそんなことを考えながら、改めてフラッグのマーキングを確認する。

 そのうちに、この面々の大部分に共通する点を思い出した。

 

 

「……あれ? このメンバーって、大半が“多元世界技術解析および実験チーム”のメンバーだよな」

 

「あ」

 

 

 その言葉を皮切りに、格納庫から我先にとパイロットたちが飛び出してくる。彼らの後に続くようにして、ビリーとエイフマンがやって来た。

 

 

「隊長、副隊長! お久しぶりです!」

 

 

 真っ先に自分たちの元に辿り着いたのは、ガンダム来襲以前に顔を合わせて以来ご無沙汰になっていたアキラである。

 彼に続いて、“多元世界技術解析および実験チーム”に属する他の面々も加わった。心なしか、誰も彼もテンションが高い。

 そんな仲間たちにつられたのか、グラハムやハワードたちも目を輝かせていた。まるで子どもみたいだ。

 

 

「こんな偶然、あるんですねー!」

 

「まさか、こんな形で隊が組まれるなんて思いませんでしたよー!」

 

「なんて僥倖! これで、おおっぴらに虚憶(きょおく)調査ができるな!!」

 

「新技術の解析もやり放題だね」

 

 

 後から合流したビリーが、嬉しそうに頷いた。オーバーフラッグス部隊は、ガンダム鹵獲以外にも役割があったのだ。

 偶然にしてはできすぎている。これもまた、誰かの意図した画策なのだろうか? そこはわからない。

 

 久々に“多元世界技術解析および実験チーム”、しかも全員が揃ったのだ。和やかな空気はどんどん広がっていく。いつの間にか、自分の好きな虚憶(きょおく)が見たいという話になっていた。

 

 

「あ、俺、『人の心の光/Z』が見たいです」

 

「『HEAVEN AND EARTH/UX』もお願いしますぜ!」

 

「『殴り合い、宇宙(そら)/OE』! 『殴り合い、宇宙(そら)/OE』がいい!」

 

「私は『桜花嵐/UX』を所望するぞ、クーゴ!」

 

「あーはいはい。暇な時間があったら歌うから、な?」

 

 

 仲間たちにせがまれる中で、クーゴはちょっとだけ苦笑した。でっかい子どもたちを抱えた母親のような心地になるのは何故だろう。

 

 

「副隊長の鍋が食べたい人、手を挙げてーっ!」

 

「はーい!」「はーい!」「はーい!」

 

「はいはいはーい!」

 

 

 仲間たちは、そんなクーゴを尻目にまた何かを話し合っている。

 どうやら、鍋料理の味について語り合っている様子だった。

 

 

「俺、水炊きがいいですー!」

「いいや味噌だろ!」

「ブレンドは赤味噌多めでお願いしまーす!」

「白味噌がいいです!」

「バカ、麹味噌だろ!」

「塩麹ですって!」

「醤油こそ至高だ!」

「醤油は濃口だよな!」

「いいや薄口だ!」

「昆布ダシだろ!」

「鰹ダシが一番だ!」

「鶏がら一択に決まってるだろう!」

「豚骨風味がいい!」

 

「ううむ、どれも甲乙つけ難いぞ……!」

 

 

 誰も彼もが主張する。隊長であるグラハムに至っては、難しそうな顔をして唸っていた。

 

 虚憶(きょおく)収集のときに大人数が集まる場合は、いつも鍋を振る舞っていた。人数が人数のため、パーティみたいな賑やかさだったか。

 この光景も久しぶりだ。最近は特に、“多元世界技術解析および実験チーム”全員が揃う機会は皆無に等しかった。クーゴはふっと笑みを浮かべる。

 

 

「意見がまとまらないなら、問答無用でカレー味にするぞ」

 

 

 クーゴがはっきり宣言すれば、仲間たちの顔が真っ青になった。

 

 

「五つ数えるまでに決めないと強制だから。はい、いーち。にーい……」

 

「う、うわああああああああーっ!」

「カレーは嫌だー!」

「おいしいけども嫌だーっ!」

「前回も、前々回も、そのまた前もカレーじゃないですかー!」

「むしろ鍋やる度カレー味じゃないですかー! やだー!!」

「他の味が食べたいよー!」

「おい早く! 早く決めろよ!!」

「誰かー! 誰かー!」

 

 

 わあわあ叫びながら焦る彼らの様子を見守る。あの調子では、今回も強制的にカレー味決定だろう。

 クーゴが五つ数え終え瞬間、仲間たちががっくりと項垂れた。中には膝をついてしまった者もいる。

 「おいしいんだけど。おいしいんだけど……」と、面々はうわ言のように、力なく呟いている。

 

 萎れた花みたいな背中を見送った。ふと気づく。

 

 オーバーフラッグス部隊の人数は、ガンダム調査隊の4人を含んで16名。今、肩を落として歩いていく人数は、クーゴを引いて14名。あと1人足りない。

 振り返れば、グラハムたちの輪に加われなかったフラッグファイターが1人。金髪に青い瞳を持つ男性――ジョシュア・エドワーズが、所在なさげに、ぽつねんと佇んていた。

 

 

「なんだ? このアウェー感……」

 

 

 突きつけられた孤独に、どう反応すればいいのかわからない――。ジョシュアは、困惑と寂しさを滲ませながら呟いた。

 

 クーゴは彼の元へと歩み寄る。

 

 

「行こう」

 

「は?」

 

「カレー鍋、作るから。皆と一緒に食べよう」

 

 

 ほら、と、佇んでいた男性を促す。野良猫に餌をやる気分になったのは何故だろう。

 ジョシュアはクーゴとグラハムたちの背中を交互に見比べては、何とも言い難そうに顔を顰めた。

 そういえば、“多元世界技術解析および実験チーム”の中に彼は含まれていなかった。

 

 ならば、“多元世界技術解析および実験チーム(じぶんたち)”のノリについていけないのも当然である。クーゴに促された男性はしばらく目をぱちくりさせていたが、ふてぶてしい笑みを浮かべて肩をすくめた。

 ジョシュアはずかずかと足を進める。向かう先には、“多元世界技術解析および実験チーム”がいた。彼はグラハムたちと一定の距離を取りながら、けれども同じ方向へと歩いていく。歩く速さにも気を使っているらしい。

 

 ……天邪鬼、なのだろうか?

 

 

「何やってんだ。カレー鍋だか何だか知らないが、それを作るご本人様がちんたらしてたら世話無いぜ?」

 

「……了解」

 

 

 クーゴの予想通り、彼は天邪鬼らしい。

 吹き出しそうになるのを堪え、クーゴは歩みを進めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在、オーバーフラッグス部隊は、太平洋を移動中である。

 

 クーゴは、昼飯係としての仕事の真っ最中であった。誰が言い出したことではなく、命令されたわけでもなく、クーゴが自分でやり出したことである。

 料理をするのは苦ではない。材料を考えたり、味付けを考えたりするのは楽しいことだ。あと、料理を食べてくれた人々が「おいしい」と言ってくれることも。

 

 今日の昼ご飯はコンソメゼリー入りのヴィシソワーズ、ニース風サラダ、鶏肉とキャベツのみそミルク煮、アボカドのレアチーズケーキである。この4種類を、おかわり含んで20人近く作るのだ。かかる時間も膨大である。

 しかし、今回は援軍が来てくれた。クーゴはちらりと隣を見る。手際よく材料を洗い、刻み、煮ているものの火加減を確認するジョシュア・エドワーズの姿があった。軍服の上に、どこからか持ってきたエプロンをして、彼は作業を続けている。

 「アンタはよくこんなことやってられるな。それでもトップガンかよ」などとぶちぶち呟いているが、作業の手は止まらない。クーゴも凝り性ではあるが、ジョシュアも妥協しない気質の持ち主のようだった。口は悪いが、腕は確か。それを地でいくタイプらしい。

 

 

「で、次はどうすんだ? 副官殿」

 

「じゃあ、サラダに使う材料を切ってくれ」

 

 

 彼のおかげで、料理も早くできそうだ。クーゴが礼を言えば、ジョシュアは「そりゃどうも」と不敵な笑みを浮かべる。

 見れば、頼まれた盛り付けだけでなく、他の料理の火加減調節や材料の投入、その他確認などを積極的にやってくれていた。

 

 これで、あとは各種料理の盛り付けだけだ。そう思ったとき、いいタイミングで来訪者が顔を出す。

 

 

「そろそろ昼時だ。いい匂いがすると思って通りかかったら、案の定だな」

 

 

 現れたのは、グラハムとハワードたちであった。

 料理のラインナップを見て、仲間たちはパアアと表情を輝かせる。

 そういう顔を見ると、嬉しくなるものだ。やりがいを感じる。

 

 

「お、今日もうまそうですね!」

 

「どれも凝ってますなぁ」

 

 

 ハワードとダリルが料理を覗き込む。クーゴは肩をすくめて見せた。褒められるというのは、なんかこう、いつまでたっても照れくさい。

 それに、今回の料理には協力者がいるのだ。彼だって、褒められるべきだろう。クーゴはくるりと振り返り、ジョシュアを指し示す。

 

 刹那、場の空気が凍り付いた。ハワードたちとジョシュアの間に、ぴりぴりとした空気が漂う。

 

 料理に勤しむクーゴと、しれっとした顔のグラハムだけが場違いだ。自分が調理室に立てこもって昼ご飯を作っていた間に、いったい何が起きたのだろう。

 クーゴはただ首を傾げる。助けを求めるようにグラハムを見れば、奴は気にするなと言うように微笑んで見せた。いつもと変わらぬ不敵な笑み。ならば問題ないだろう。

 

 

「ジョシュア、手伝ってくれてありがとうな。あとは盛り付けだけだから」

 

 

 クーゴがそう言ったとき、また空気が変わった。

 

 ハワードとダリルが目を瞬かせ、ジョシュアをじっと見つめている。意外なものを目撃した、と、彼らの瞳が語っている。それはグラハムも同じだったようだ。

 やがて、3人の目がゆっくりと細められる。「ははーん」と零したのは、一体誰だったのか。なんとなく居心地悪くなってきたようで、ジョシュアが眉間に皺を寄せた。

 逃げるようにジョシュアは盛り付けを始める。やはり手際がいい。「おー」と、棒読みの声で感嘆したのは誰だったか。クーゴも、彼に続いて盛り付けを始める。

 

 

「折角だから、3人も手伝ってくれ。その方が早くご飯食べれるぞ」

 

「その旨をよしとする!」

 

「了解!」

 

 

 グラハムが、ハワードが、ダリルが、2つ返事で加わった。

 おかげで昼食が予定時間よりも早く完成したことは、言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 守りたい場所があった。大切な場所だった。命を賭けてまで、守りたいと願った場所だった。

 

 手渡された想いがあった。それは、弱くなりそうだった自分を奮い立たせてくれた。勇気をくれた。

 

 人の心に、何度救われてきたのだろう。

 わかり合いたいと願う心が、沢山の奇跡を起こしてきた。

 

 どうか、教えてほしい。過去を生きた貴方は何を見て、何を守ろうとして、戦い続けてきたのかを。

 どうか、知ってほしい。今と未来を生きる自分たちが、何を守ろうとして、戦い続けてきたのかを。

 どうか、思い出してほしい。戦いに赴く貴方を送り出した人々が、何を思い、祈り続けていたのかを。

 どうか、触れてほしい。自分たちを送り出してくれた人々が、何を思い、祈り続けていたのかを。

 

 過去から今へ、そうして――未来へ。

 

 

 

*

 

 

 

 歌が聞こえる。兵士たちを想う人々の心が伝わってくる。

 歌が聞こえる。今もさすらう、魂の唄が。

 歌が聞こえる。忘れてはいけない想いが、そこにあった。

 

 

(これが、日本人の魂に刻まれた想い。受け継がれてきた心なんだ)

 

 

 クーゴは静かに、歌に聞き入っていた。特攻人形に宿った想いは、この場にいるすべての人々の心に響き渡る。

 

 日本国籍を捨ててアメリカへと鞍替えした売国奴――サコミズ王の言葉は事実であった。だから、クーゴはそこに反論しない。ただ、「自分が日本人として生まれてきたことが嫌だから、アメリカ国籍に変えたのではない」という点と、「日本人として生まれ育ったことは誇りである」という点は譲れなかった。

 その主張も、それを踏まえたクーゴの想いも、おそらくサコミズ王に伝わったのだと思う。伝わり、理解したのだと思う。それでも、今まで背負ってきた想いと自分の信念を曲げることは、すべてを捨てることを意味しているように思ったのだろう。

 

 

『怒る理由がなくなったのなら、怒るのをやめたらいいんじゃないかな』

 

 

 誰かがそんなことを言っていた気がする。多分、サコミズ王も、自分たちの想いに触れて、怒る理由もなくなったはずだ。

 言葉にすれば単純明快であるが、中には「怒るのをやめようとする自分自身が許せない」という理由で怒り続ける人間だっている。

 

 サコミズ王には、守りたい故郷(くに)があった。大切な祖国(ばしょ)だった。命を賭けてまで、守りたいと願った故郷(ふるさと)だった。

 彼が戦う中で、彼へと引き継がれた想いがあった。それを守り続けようとして、サコミズ王は戦っていた。けれど、それが崩壊した未来を垣間見た。

 植民地同然の故郷を垣間見たショックは計り知れない。故郷へ向けた国防への祈りが、堕落した故郷への憎しみへと転化した。

 

 祖国を守りたいという人々の想いが聞こていたサコミズ王は、いつしか「堕落した故郷への怨嗟」にしか聞き取れなくなってしまったのだろう。

 

 

(でも、聞こえるはずだ。……これで、聞こえたはずだ)

 

 

 オーラバトラーたちが集う方角を見つめながら、クーゴは祈る。

 

 本来の祈りは、救われなかったことに対する怨嗟の念ではなかったはずだ。未来に生きる人々が、笑顔でいられるようにと願ったはずだ。

 大切な人たちへ向けた、優しく温かな想いに満ち溢れていたはずだ。大切な人を残してゆくことに対する悲しみと、彼らの幸福を願って、戦いに赴いたはずだ。

 

 

『生き神さまでした……』

 

 

 特攻人形から声がした。少女の声だった。

 おそらく、若き特攻隊員――迫水真次郎を見送った人々の想いだったのだろう。

 

 その想いが、届いた。

 

 

「そ、そう言って……そう言って、哀れんでくれたぁぁぁ!」

 

 

 オウカオーから響いた声は、先程対峙していた苛烈な王の声ではない。悲しみに満ちた老人の声だ。

 

 いつの間にか、サコミズ王の姿は若者の姿から老人へと変わっている。

 王の専用機体から発せられていた禍々しいオーラも消え去っていた。それを見た仲間たちが安堵の表情を浮かべる。

 

 しかし、もう1つの危機が近づいていた。

 

 

「皆さん、核の起爆装置が……!」

 

 

 キャシーの言葉に、全員が慌てて空を見上げた。核兵器が東京に着弾したら、爆発によって何十、もしかしたら何百万人も死ぬことになる。放射能による被害も含めれば、被害者や犠牲者の数はとんでもないことになるだろう。

 打破する方法はないものか。仲間たちが慌ただしく話し始める。しかし、打破する方法は見当たらない。そのとき、名乗りを上げるより先に飛び出していった機体があった。エイサップの駆る■ッカナナジンと、リュクスの駆るギ■・ゲネン。

 

 エイサップ、エレボス、リュクスの3人は、己の命と引き換えにして、この国を守るつもりなのだ。

 あたかも、かつての特攻隊員――迫水真次郎が、小倉に落とされそうになった原爆投下を、己の命と引き換えに阻止したかのように。

 

 

「よせ! そんなことをすれば、キミたちは……!」

 

 

 キラが止めようしたが、フ■ーダムとアッカ■ナジンたちの距離が離れている。止めに入ろうにも間に合わない。

 

 

「やめるんだぁぁぁぁーっ!」

 

 

 アニエスの悲痛な叫びが木霊する。あの日、師と呼べる人を手にかけざるを得なかったアニエスだって、本当は、そんな結末を受け入れられるはずがなかった。

 手が届かない。他の面々も同じく、若者たちがむざむざ命を散らす現場を、ただ茫然と見守ることしかできないなんて。

 

 次の瞬間。

 

 

「エイサップくん、ナ■ジンにリーンの翼はないぞ」

 

 

 静かな老人の声がした。割り込むようにしてアッカナナジ■を追い抜いたのは、サコミズ王のオウカオーであった。

 彼が何をしようとしているのか、日本人である面々は察してしまった。日本人だったクーゴもその1人である。

 迫水真次郎が守ろうとしたのは祖国、日本だった。鈴木エイサップが守ろうとしているのもまた祖国、日本だ。

 

 

「サコミズ王、まさか……!」

 

 

 エイサップが息を飲む。

 

 嘗て命を散らした特攻隊員も、今を生きる若者たちも、守りたかったものは同じ“祖国(にほん)”。

 こんなにもわかり合えたのに。こんなにも通じ合えたのに。だからこそ、面々は驚愕した。

 

 リーンの翼が輝く。自分たちの予想を肯定するように。

 

 

「父上!」

 

「…………リュクス、すまなかった」

 

 

 リュクスがサコミズ王を呼ぶ。サコミズ王は、ふっと表情を緩ませた。

 そこにいたのは王ではなく、どこにでもいる父親だった。

 娘のことを想ってやまない、優しい父親。

 

 感極まったリュクスがまた父を呼ぶ。しかし、そこにはもう、リュクスの父はいなかった。

 そこにいたのは、祖国を守るために命を賭けた愛国者。特攻隊員、迫水真次郎。

 

 時を超えて、特攻隊員迫水真次郎が、再び空へと向かう――!

 

 

「――リーンの翼が聖戦士のものなら、我が想いを守れぇぇえええええええええええええッ!!」

 

 

 美しく輝く翼が、一際爆ぜるような光を放った。あまりの眩しさに目を覆う。遠くで何かが破裂するような音が聞こえた。何かが砕けるような音も。

 白い世界の中で声がする。誰かが、短歌を詠んでいた。若い声と、老人の声。特攻隊員の迫水真次郎と、シンジロウ・サコミズ王。

 

 敷島の 大和心を人問わば 朝日に匂ふ 山桜花

 

 これが、彼の祈り。国を守りたかったと願った愛国者。彼が残した、最期の想い。

 桜の花びらが舞う光景が『視える』。桜は日本の国花であり、日本人が愛してやまない花だ。

 透き通った青空に、桜の花びらが栄えていた。なんて綺麗なのだろう――。

 

 

(貴方は最後の最期に、王としての在り方、聖戦士としての誇り、日本人としての心を……取り戻したんですね)

 

 

 クーゴはふっと笑みを浮かべた。

 

 光が晴れる。そこに広がっていたのは、どこまでも真っ青な空だった。桜の花びらの代わりに、リーンの翼の残骸がひらひらと舞い降りていく。

 サコミズの想いは核爆弾を防ぎ、オーラロードをも拓いてみせた。ホウジョウ軍はそれに飲み込まれ、地上から姿を消す。残されたのは、アルティメット・クロスの人々。

 

 時を超えて日本を守った特攻隊員、迫水真次郎。彼が守り抜いた空が、そこにある。

 その美しさを瞳に焼き付けるように、クーゴは空を見上げていた。迫水真次郎もまた、空の護り手であったのだ。

 喉からかすれた声が漏れる。視界が滲み出す。クーゴは操縦桿から手を離し、静かに敬礼する。

 

 空に散った戦士へ、敬意を込めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 虚憶(きょおく)内容、『桜花嵐/UX』。「最期は是非とも空で」と豪語する、グラハム・エーカーが惹かれてやまないものである。

 空軍パイロットであるクーゴやフラッグファイターたちも、これに惹かれるものがある人間たちの1人だ。迫水真次郎/サコミズ王の生き様に。

 

 

「本当の軍人って、ああいう人のことをいうんだろうなぁ」

 

 

 日系人故に、『日本から受け継いだもの』が反応しているのだろう。アキラが鼻を鳴らしながら呟いた。

 

 気高すぎてもう何も言えない。この虚憶(きょおく)を見る度、クーゴが思うことだ。汚職まみれの上層部や政治家たちがこれを見たら、いったいどんな反応を示すだろう。

 時計を見る。そろそろ休んだ方が良さそうだ。面々もそれを理解しているようで、短い挨拶を交わしてそれぞれの部屋へと戻っていく。クーゴも彼らに続いて部屋を出た。

 クーゴ、グラハム、ハワード、ダリルの部屋は同じ区画だ。途中まで一緒に向かうことになっている。日常会話その他で、ささやかな談笑をしていたときだった。

 

 

「うわぁぁ!?」

 

「っ、すまん! 大丈夫……え?」

 

 

 廊下の向う側からやって来たのはジョシュアだった。ぶつかった衝撃で、彼が抱えていた本がばらばらと音を立てて床に落ちる。

 慌てて本を拾うジョシュアを手伝おうとして、ふと手を止めた。彼が持っていた本に、共通点を見つけたからだ。

 

 日本、戦争、特攻隊。中でも、特攻隊という言葉が出ている。

 

 

「これ、『特攻隊』関係の本じゃないか」

 

「な、なんだっていいだろ!? 俺が何を読んだって自由じゃないか!」

 

 

 本を抱え込んだジョシュアが、キッとこちらを睨みつける。よく見れば、彼の眼元が微妙に赤くなっていた。

 もしかして、彼は泣いていたのだろうか。抱えていた本を読んで?

 クーゴが思案していたとき、何を思ったのか、ジョシュアが突如叫び出す。

 

 

「……か、勘違いするなよ。べつに、アンタの歌を介して見た虚憶(きょおく)の『桜花嵐/UX』や『HEAVEN AND EARTH/UX』の影響を受けたわけじゃないんだからなぁぁぁぁっ!!」

 

 

 まるで、嵐が去っていったかのようだった。あるいは、脱兎のごとく。

 

 ジョシュアの背中は、あっという間に廊下の向うへと消えていく。クーゴたちは、それをぽかんと眺めていることしかできなかった。

 一体なんだったのだろう。そう思ったとき、足元に1冊の本が転がっているのが目に入った。ジョシュアが落としていったのだろう。

 

 

「おーい、ジョシュアー。1冊忘れてるぞー」

 

 

 本を拾い上げてジョシュアを呼ぶが、まったくもって返答がない。

 それもそうか。彼の姿はもう見えない。明日届ければいいか、と、クーゴは結論付けた。

 

 ふと、隣を見る。グラハム、ハワード、ダリルが、何やら会話をしていた。

 

 

「あいつ、意外と可愛いところあるんだな」

 

「後で、奴の部屋の前で『桜花嵐/UX』と『HEAVEN AND EARTH/UX』の虚憶(きょおく)が視える歌、熱唱してやりましょうぜ」

 

「よしきた。ダリル、ハワード。音源の準備を頼む」

 

 

 グラハムの言葉に、2人は2つ返事で頷いた。何事かと首を傾げれば、グラハムが何かを期待するようにしてこちらを見てくる。

 歌え、ということだろうか。ハワードとダリルの目には、悪戯小僧のような色が見え隠れしている。ジョシュアいじり――そんな単語を連想したのは何故だろう。

 対してグラハムは、打ち解けるチャンスだと意気込んでいるように見えた。チームプレイを構築するためには、普段からの交流が一番である。

 

 おまけに、ジョシュアが影響を受けたと零していた虚憶(きょおく)は、グラハムが惹かれてやまないものたちだ。

 

 片や、祖国を守るために空で散った戦士。片や、わかり合えた相手が「綺麗だ」と言った場所を守るために存在そのものを賭けた優しい少年。

 どちらも「空」が共通している。そこから突破口を見出した、と、グラハムは思っているのだろう。まるで子どもみたいに笑うので、クーゴもちょっと苦笑した。

 

 

(まあ、ジョシュアは悪い奴じゃないしな)

 

 

 昼間だって、昼食づくりを手伝ってくれたわけだし。

 

 そういえば昼間、ハワードたちとジョシュアの間に変な空気が漂っていた気がする。

 ジョシュアが料理を手伝っている姿を見て薄れてしまったが、殺気に近いものがあった。

 殺伐とした空気が和らぐのなら、何も悪いことではない。クーゴは一人納得したのだった。

 

 

 後に、ジョシュアの愛読書が『Toward the Terra』であることが発覚したり、料理の手際と外見はいいのにアレンジや味付けがゲテモノ級だったことが発覚したり、面々の中で唯一「カレー鍋がいい」とひっそり主張するようになったりするのだが、それは別の話である。

 

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難は続く。




【参考および参照】
『羊羹が大好きな外国人たちと日本食のお話 - NAVER まとめ』より『日本びいきの外人を見るとなんか和むpart92 鍋談義で大論争』
『COOKPAD』より、『ヴィシソワーズ 帆立と海老のコンソメゼリー(さにぃさいどあっぷさま)』、『ニース風サラダ(Y'sさま)』、『鶏肉とキャベツのみそミルク煮(単身赴任の料理人)』、『✣アボカド レアチーズケーキ✣(ラ・ランドさま)』

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