大丈夫だ、問題しかないから。-Blue trajectory- <1st Season>   作:白鷺 葵

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32.機械は悪意を抱くか

 ヴァイエイト、メリクリウス。これらは、モラリア戦役で投入されたMDであり、現在コンテナに積まれている機体――ビルゴの原型機だ。

 ビルゴには遠距離攻撃と破壊力に特化したヴァイエイトのキャノン砲と、接近戦および防御に特化したメリクリウスのプラネエイトディフェンサーが搭載されている。

 ちなみに、プラネエイトディフェンサーは、磁気フィールドを作り出すことでビーム関連の攻撃の威力を相殺することのできる防御型兵装の1つである。

 

 新開発されたビルゴはヴァイエイトとメリクリウスの『いいとこ取り』のMDだが、その分、機動力は原型機と比較して劣っている。

 PMCトラスト側曰く、「将来は宇宙圏にも進出できる機体にする」予定なのだという。予算回収がうまくいかないのが玉にキズらしいが。

 

 機体の色はカーキ色と黒の2パターンある。ずんぐりとしたフォルムは、武骨で物々しい。

 

 

「乙女座の名前を冠する機体にしては、センチメンタリズムの欠片も見当たらんな」

 

 

 窓越しに佇むビルゴを睨みながら、グラハムが険しい表情で呟いた。言いたいことはよくわからないが、彼が憤っていることは明らかである。

 クーゴも、グラハムが見ているビルゴへと視線を向けた。センチメンタリズムを感じるどころか、殲滅兵器らしさが上乗せされていているように思えてならない。

 

 

「むしろ、苛烈さと攻撃性に満ち溢れているように思う」

 

「キミもそう思うか」

 

 

 クーゴは小さく頷いた。

 ビルゴ以外のMDは、あと2種類ある。

 

 黒と白のカラーリングと、ひし形に近いフォルムを特徴にしたトーラス。可変機体であり、こちらもビルゴと同じ宇宙運用を目指しているという。機体名の由来は牡牛座のギリシャ語読みからきていた。攻撃力と耐久力は、ビルゴに勝るとも劣らない。

 春を思わせるようなピンク色を基調とした、可愛らしい外観のファルシア。本来は有人機体として開発されたものらしいが、AIを使った遠隔操作に特化した機体に開発し直したため、花を思わせるような台座がつけられていた。純粋な攻撃力は2機に劣るが、機動力ならこちらが上だ。

 本当はもう1機が「遠隔操作の中継点用」についてくる予定だったが、開発中に少々トラブルがあったようで難航しているらしい。その機体は、有人機体とMD用機体、どちらにも流用可能のものだという。民間軍事会社と侮るなかれ、というところだろうか。

 

 

『――シグナル、荒ぶる青(タイプ・ブルー)半覚醒個体と判明。数、2体。目標視認』

 

荒ぶる青(タイプ・ブルー)半覚醒個体の能力値計測。優先順位を決定。パーソナルデータの照合開始』

 

 

 どこからだろう。無機質な合成音声が聞こえる。冷淡でありながら、まるで仇敵を見つけたかのような声色に思えてならない。

 クーゴは思わずMDたちを見上げた。機体はコンテナに入ったまま、全く動く様子を見せなかった。まだ起動していないのだから、当然と言える。

 

 

(……なんだろう、この違和感)

 

「クーゴ。例の新武装のテスト、決まったよ」

 

 

 クーゴの思考回路は、廊下の向うから駆けてきたビリーの言葉に遮られた。

 彼は慌ただしくタブレットを示して見せる。そこには、新武装の図面が描かれていた。

 ざっとそれを見て――クーゴは凍り付いた。自分の目がおかしいのかと思い、何度も目をこすったり、瞬きを繰り返した。

 

 視力、両目とも2.0。クーゴの目は、ある数字をしっかり映し出している。

 

 それは、3桁の数字だった。その後ろには、メートルという単位を表す「m」が表記されている。

 もう一度、クーゴは祈るような気持ちで数字を確認した。

 

 全長、150m。音にして、『ぜんちょう、ひゃくごじゅうめーとる』。

 

 何度見直しても、同じだった。

 

 

「無茶言うな! こんなもの振り回したら、敵どころか味方までぶった切りそうな勢いなんだが!?」

 

 

 クーゴの突っ込みに、ビリーはこちらを諌めるように弁明する。

 

 

「大丈夫だよ。普段は15mの長さのまま鞘に収めていられるし、長さの調整だってできるし、地上で振るっても腕が折れないようにチューンナップできるし!」

 

「長さ調節って、高枝切り鋏じゃあるまいし。刀として、それはちょっとまずいんじゃ」

 

「この武装のテスト次第で、新しい武装に関するデータが追加される可能性があるんだ。……いや、『やってくれないと契約が切られてしまう』と言った方が正しいかな?」

 

 

 ビリーがしょんぼりしたように肩を落とした。技術班の面々も、なんとかしようと努力したのだろう。でも、結局、最近ここに来た『悪の組織』の技術者に圧されてしまった様子だった。

 対ガンダム用の新機体を開発するにあたって、ガンダムの武装と機体性能を参照にしたチューンナップは急務である。技術班は、そのための図面作成や技術開発に追われているという。

 

 クーゴは図面に視線を落とす。武装名は、『150ガーベラ』。『150mの刀身を持つガーベラストレート』という意味からつけられた名前だった。

 

 よくもまあ、そんな武装を思いつくものだ。クーゴは素直に、『悪の組織』の技術者たちに感嘆する。この図面を再現できる技術力にも、それを思い至る頭脳にも。

 振り回すこと前提で話が進んでいたが、そもそも、クーゴがこれを振り回せるかという問題がある。そのための武装テストなのだろうが、前提を忘れていたのではないかと思えてならない。

 グラハムも図面をじっと眺める。その目はきらきら光っていた。150mの刀は、彼の浪漫をくすぐって止まないようだ。グラハムは日本文化が好きだからなぁ、と、クーゴは心の中で呟き苦笑した。

 

 

「……技術班の進退が懸っているんだ。やらないわけにはいかんだろう」

 

 

 図面から目を離し、クーゴは窓の外に視線を向けた。先程まで晴れていた空に、雲がかかり始めている。

 なんとなく気になって端末を起動させ、天気予報を確認した。晴れ間は今日限り、あとはしばらく曇りが続くらしい。

 

 

「ところで、武装のテストはいつだ? カタギリ」

 

「この日だね」

 

「ふむ、曇りか」

 

 

 グラハムとビリーが話している内容を聞きながら、クーゴは薄ら寒さを堪えるように身をすくめる。振り返れば、その先にはMDの群れ。

 MDは機械人形だ。機械人形が意志を持つとは思えない。意志がないことは、心も感情もないということに他ならない――……はずだ。

 モラリア戦役で感じた『機械の殺意』も、普通に考えたらあり得ない現象である。一体何がどうなっているのだろう?

 

 また、声がする。無機質な、機械の合成音声。

 

 

『パーソナルデータ、一致』

 

『――優先■■対象、クーゴ・ハガネ』

 

 

「――!?」

 

 

 名前を呼ばれた。機械の合成音声に。

 クーゴは慌てて振り返る。そこには、静かに佇むMDの姿だけがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テスト当日。

 

 天気予報の通り、空は曇天。むしろ、雨が降って雷が鳴り出してしまいそうなレベルの分厚い雲に覆われている。風が唸るように吹き抜けたのは、きっと気のせいではない。

 それでも、テストを行うのには支障がないという。技術者たちも上層部もGoサインを出した。クーゴ自身の体調も良好だった、というのもあるだろう。但し、『演習場に入る前の体調』が良好だったという補足がつくが。

 

 

「……寒いな」

 

 

 パイロットスーツに着替えたクーゴは、小さく零しながら腕をさすった。テスト開始の時間とクーゴが演習場に近づくほど、その寒気がますます酷くなっていくように思う。

 メディカルチェックの結果は良好だ。何度やっても同じだった。気味が悪くなるくらい同じだった。背中を撫でる寒気を持て余しながら、クーゴは歩みを進める。

 廊下の突当りで、グラハムやビリーたちが誰かと何かを話しているのが見えた。金髪碧眼の、凛とした佇まいの女性。どこかで『視た』ことのある女性だ。

 

 

『時間ピッタリのご到着ですね、グラハム少佐。乙女座の男性は几帳面だったかしら?』

 

 

 そう言って、カリフォルニアの基地にやって来た自分たちを迎えた女性は、誰だったか。

 

 クーゴが思考回路をそちらに向けて回転させ始めたとき、不意に、脇から何かが飛び出してきた。どん、と、強い衝撃がかかる。流石に倒れこむことはなかったが、驚いたのは事実だ。クーゴが振り返ると、そこにいたのは4人の少年少女であった。

 茶髪に鳶色の目を持つ少年、紫の髪に青い瞳を持つ少年、黒い髪に赤みのかかった紫の瞳を持つ少女、金髪に青みのかかった紫の瞳を持つ少女。彼らが身に纏う制服の胸元には、『悪の組織』のロゴが刺繍されている。とても若いが、彼らも『悪の組織』に所属する技術者なのだろう。

 

 ざり、と、頭の奥底でノイズが響いた気がした。

 知っている。クーゴは、彼らとどこかで『会った』ことがある。

 脳裏に浮かんだのは、別の方向を向いた4人の若者たちの後ろ姿だった。

 

 

(いのちのこたえ)

 

 

 2つの側面から補完され、示された答えがあった。

 その答えを示すために、命を賭けて戦った男女がいた。

 

 可愛い後輩。片方は同じ部隊に所属する仲間として、片方は自分たちに立ちはだかる敵として、2つに分かれて戦っていた。

 

 クーゴとグラハムの関係性とよく似ていた彼らを見て、ずっと心配していた。同時に、どこかで恐れていた。

 何か一つでも歯車がずれていたら、クーゴとグラハムが辿っていたかもしれない可能性のように思えてならなかったから。

 

 

(キミたちは――)

 

 

 クーゴの脳裏に浮かびかけた『何か』が形になる前に、少年が謝罪する方が早かった。

 

 

「ごめんなさい、ハガネ()()!」

 

 

 茶髪の少年が慌てて頭を下げる。大丈夫だと応えようとして、ふとした違和感に気づいた。

 クーゴの階級は中尉。それに対し、少年はクーゴを見て()()と呼んだ。

 途端に、少年少女の顔が「しまった!」と叫びそうな表情を浮かべる。

 

 紫の髪の少年が、茶髪の青年の頭を小突いた。「馬鹿!」「ごめん! ()()ハガネ中尉だった!」――少年2人が会話を繰り広げる。

 茶髪の少年と紫の髪の少年の会話には、大きな違和感がある。その違和感を掴もうと思案したとき、こちらに気づいたグラハムがクーゴを呼んだ。

 

 クーゴは彼らの元へと足を向けた。グラハム、ビリー、エイフマン、女性の輪に加わる。

 

 

「お待たせしました、ノーヴル博士」

 

「いいえ。開始10分前です、クーゴ中尉」

 

 

 女性に一礼する。彼女――ノーヴル・クルーガーはふわりと微笑み、会釈を返した。

 グラハムがちらりと後ろにいるアニエスたちに視線を向ける。クーゴも同じようにして、少年少女たちに視線を向けた。

 

 

「そちらの少年たちは?」

 

「娘と、()()()()()たちです」

 

 

 ――あれ?

 

 危うく「そうなんですか」と言ってしまいそうになったが、クーゴは自分の思考回路にブレーキをかけた。

 他の面々も違和感に気づいたらしい。「え?」だの「あれ?」だのと首を傾げる。ノーヴルも首を傾げたが、自分の発言が私的なものだったことに気づいたようだ。

 

 彼女は頬を赤らめながら、視線を逸らした。

 

 

「……ええと、この子たちも、私と同じ『悪の組織』の技術者なの。まだまだ若いけれど、実力は確かよ。――サヤ、アユル、アニエス、ジン。自己紹介を」

 

 

 ノーヴルに促された4人が、自己紹介を始める。どことなく緊張した面持ちだった。

 

 

「アニエス・ベルジュです」

 

「ジン・スペンサーです」

 

「サヤ・クルーガーです」

 

「アユル・クルーガーです」

 

 

 よろしくお願いします! と、少し幼い声が綺麗に重なった。見ていて微笑ましい光景である。

 だが、クーゴは、気づいたら『そう』口走っていた。

 

 

「あれ? ノーヴル博士とアユルのファミリーネーム、ディランじゃなかったんですか?」

 

 

 それを聞いたノーヴルは目を瞬かせる。彼女は表情を緩め、是と頷いた。

 

 

「確かに、私の旧姓はディランよ。でも、どうしてわかったの?」

 

 

 ノーヴルに問われ、クーゴは言葉に詰まってしまう。何故、自分はそこに思い至ったのだろうか――答えはすぐに出た。虚憶(きょおく)である。

 そのことを包み隠さず話せば、彼女は面白そうにくすくす笑った。現実的かつ堅実な山羊座の人間が、虚憶(きょおく)の話をするとは思わなかったのだろう。

 最も、星座占いには限界があった。星座の行動原理とは全く違うタイプの人間もいる。山羊座でありながら異性に対して軽い人間だっているくらいだ。どこまで正確なのやら。

 

 ひとしきり雑談に興じた後、ノーヴルはアニエスたちに目配せした。彼らも小さく頷き、集まって話を始めた。

 耳を立ててみる。若いながらも優秀な技術者――ノーヴルの言葉通り、面々は端末と睨めっこしながら討論を行っていた。

 

 懐にしまっていた時計を確認する。丁度、テスト開始時刻だ。

 

 

「それじゃあ、お願いします」

 

「こちらこそ、よろしく」

 

 

 クーゴとノーヴルは互いに頭を下げた。その様子を見ていたグラハムたちが、力強い笑みを浮かべてこちらを見返す。

 頑張ってこい――言葉でなくとも、彼らの思いが伝わってきた。それに応えるため、クーゴも微笑み返して頷いた。

 

 格納庫を見上げれば、『150ガーベラ』を装備したクーゴのフラッグが佇んでいる。カメラアイ付近の頭部に、光が反射して輝いたような気がした。

 

 どうやら、クーゴの愛機(あいぼう)もやる気らしい。一緒に頑張ろう、と、クーゴは小さく呟いて頷いた。そのまま、フラッグに乗り込む準備に移る。

 図面を見ていたアニエスたちが、期待に満ちた眼差しを向けてきた。頑張ってください! と、少し幼い声が4つ、綺麗に重なった。本当に微笑ましい光景である。

 彼らに背を向け、フラッグに乗り込もうとしたときだった。アニエスたちのひそひそ話が聞こえてくる。

 

 

「あの、グラハム・エーカー少佐とクーゴ・ハガネ少佐が、僕たちの目の前にいるんだ……!」

「アーニーの馬鹿! 不用意にあの2人を()()って呼んじゃいけないって言われてるだろ? 今は2人とも中尉なんだから、気を付けろよ」

「でも、グラハム中尉は、近いうちに上級大尉になりますよね?」

「アユル!」

「ご、ごめんなさい……」

 

 

 面々の様子を視界の端に入れながら、クーゴはフラッグに乗り込んだ。

 

 フラッグが起動する。コックピットのモニターに、演習場の全体が映し出された。

 隣に仕切られた区画では、PMCトラストから提供されたMD3種――ビルゴ、トーラス、ファルシアの性能テストが行われている。

 

 

(なんか、嫌だな)

 

 

 MDに対する嫌悪と嫌な予感を持て余しつつ、クーゴは操縦桿を動かした。フラッグは、腰に装備されたガーベラストレートを引き抜く。

 現時点では刀身15m弱。これが10倍の刀身になるのだ。一歩間違えれば、武器に振り回されてしまう危険性だってあり得る。

 小回りが利かなくなるのは確実だ。それを、担い手であるクーゴがどこまでカバーできるか。新型武装と己自身を相手にした戦いだ。

 

 もう一度、この武装のメリットとデメリットを思い返す。

 

 メリットは2つある。1つめは、広範囲に攻撃をすることが可能であること。2つめは、戦艦から放たれる砲撃を(計算、および理論上)戦艦ごと真っ二つにできる攻撃力を有していることだ。

 デメリットは3つある。1つめは、タイガー・ピアスを用いた二刀流の戦術スタイルを使えないということ。2つめは、刀身の長さが凄まじいことになるため、小回りが利かなくなってしまうこと。3つめは、1度振り回すだけでもかなりの負荷がかかるらしいこと。

 

 

「『パワーグローブやOSの改造等で補強されていても、多少の影響が出る』……だったか」

 

 

 カスタムフラッグの12Gも相当アレ(今は、多少キツさが残るものの、もう慣れた)だったが、150ガーベラについては未知数だ。一歩間違えれば、『ゼクスの前にトールギスに乗った人間』と同じ末路を辿る危険性だってあり得る。

 その恐怖と対峙しながら、機体改良のためのテストパイロットをしていた人間がいる。フラッグの育ての親こそ、クーゴの親友にして相棒、グラハム・エーカーその人なのだ。開発者にしてもう1人の育ての親とその後継者――レイフ・エイフマンとビリー・カタギリも、このテストを見守っている。

 

 

(……フラッグの育ての親が目の前にいるんだ。無様な真似は晒せないぞ)

 

 

 まあ、晒す気もないのだが。ぴりぴりとした緊張感を感じながら、クーゴは不敵に微笑んだ。

 

 150ガーベラを構える。まずは、長さを少しづつ変更し、徐々に長くしていく。長さの変化で起きる現象を、しっかり確認するためだ。

 最初から150メートル全開にすると言うのは、かなりの危険が伴う。まずは5m増の20mから挑戦していく。

 

 刀身を水平に構えて柄を撫でれば、ガーベラストレートの刀身は20mに変化した。今のところ、フラッグの体制が崩れる等の異常は発生していない。

 試しに、的へ向かって刀を振るう。普段よりも長くなっているため、ほんの少し軸がずれそうになった。そのズレが、戦場では致命的な隙/タイムラグに繋がる。

 練習なしの一発勝負には危険な武装だ。OSに搭載された誤差修正機能があっても、それを過信しすぎるのは問題だ。クーゴは大きく息を吐く。

 

 

『OSにも改良の余地あり、か。リアルタイムで、できるだけやってみよう』

『剣道のコンバットパターン、もう少し多く集めなきゃダメだな』

『でも、ハガネ少……中尉の動きは、演劇などで使われる殺陣も取り入れているみたいですよ?』

『そっちは役者の動きを取り込むしかなさそうですね。日本の時代劇を分析する必要があります』

 

 

 不意に、アニエス、ジン、アユル、サヤたちの声が聞こえた。

 彼らは真剣に、改善策の検討をしている。

 

 

『とりあえず、現時点で改良できる範囲はここまでかな?』

 

 

「――ハガネ中尉。現時点で改良したデータを送ります」

 

 

 どこか遠くで響いていたアニエスの声が、急に鮮明に響きだした。

 

 

「もうできたのか!?」

 

「急ごしらえの突貫工事ですけどね」

 

 

 通信の向うから、アニエスの照れたような声が聞こえた。アニエスたち4人組は、その場でOSの改良を行ったという。ノーヴルの言うとおり、若いが優秀な宇宙技師たちだ。

 試しにもう一度、20mの刀身を振るってみる。今度は、体勢はふらつきにくくなった。先程と比べれば、かなり楽に振るうことができる。しばらく振るい続ければ、いずれ慣れるだろう。

 

 しばらく刀を振るっていたら、またOSが改良および更新されていた。

 

 あまりの速さに、ビリーやエイフマンが感嘆の声を漏らしていた。通信機越しから伝わってくる。若き技術者たちは、年上の同業者から褒められたことが嬉しいらしい。

 そんな彼らに対して、ノーヴルは厳しい様子で苦言を呈している。彼女の指摘に、若者たちは緩んでいた表情を引き締め、再びOSの更新のためデータを打ち込んでいく。

 彼らの様子に火がついたのだろう。ビリーやエイフマンも、一緒になってOSの改良を行い始めた。酷く真剣な面持ちで端末と睨めっこする技術者たちの姿が『視えた』気がして、クーゴは知らず知らずのうちに操縦桿を握り締めていた。

 

 

(これだけのバックアップがあるんだ。ますます、無様な真似は晒せないぞ……!)

 

『しっかりやれよ、クーゴ』

 

 

 不意に、グラハムの声が聞こえてきた。見れば、端末と睨めっこしている面々とは違い、グラハムは観客席からじっとクーゴを見上げている。

 彼の口元には不敵な笑み。「キミができないはずがない」と、翠緑の瞳が挑戦的に細められていた。クーゴもつられて微笑み返す。

 

 砲撃の照準がクーゴとフラッグを捉える。それへ向かって、クーゴはガーベラストレートを振るったのだった。

 

 

 

*

 

 

 

 

「――よし、今日はこれくらいにしよう。帰投してくれ」

 

「了解」

 

 

 ビリーの終了宣言に、クーゴは大きく息を吐いた。今日は最長の150mに挑戦することはできなかったが、最大長さは50mまで扱えるようになった。

 OSの適宜改良もそうだが、クーゴの慣れもある。あまり欲張っても、一朝一夕で結果が出せるわけではないのだ。

 

 分厚い雲の間から、ぽつぽつと雫が落ちてくる。雨脚はすぐに強くなり、遠くからは雷鳴が聞こえてきた。

 

 

(MDの機動実験は、まだやってるみたいだな)

 

 

 隣に仕切られた区画では、PMCトラストから提供されたMD3種――ビルゴ、トーラス、ファルシアの性能テストが行われている。

 こちらは、まだまだ時間がかかるらしい。それを一瞥し、クーゴはフラッグの操縦桿を動かす。格納庫へ帰還しようとした矢先だった。

 視界の端に、ビルゴが映った。黒い雲の間に、雷の光が瞬く。白い閃光は、ビルゴのカメラアイ付近に反射してぎらりと揺らいだ。

 

 

『――クーゴ・ハガネ』

 

 

 声がした。機械の合成音声だった。

 

 

『これより、対象の殲滅を開始する』

 

 

 物々しい単語に、クーゴは振り返った。己の感情を投影されたフラッグも、MDたちをテストしている区画の方を向いた。

 空中戦のテストをしていた機体が目に入る。――次の瞬間、その機体たちからの攻撃/砲撃の雨あられが降り注いだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ファルシアが、MDで出てきたか」

 

 

 端末に出てきた情報を見つめて、ノブレスは苦い表情を浮かべた。

 

 自分が開発に関わった機体のデータ。昔、別の人間に奪われた研究資料の1つである。それを魔改造された挙句、こんな形で利用されることになろうとは。

 犯人は分かっている。しかし、その相手はもう、この世にいない。資料を奪った張本人どもは、寿命という名の死神によって、遠い場所に連れていかれてしまった。

 残っているのは、その資料を託された人間だけである。もとい、『奪った張本人から手渡された機体データを悪用した人間』とも言えた。

 

 

「機体性能テストは、各地でも行われているらしいが……む」

 

 

 ユニオン軍の演習場が赤く点滅している。そこには、MDたちに襲われるカスタムフラッグが映し出されていた。

 この映像はリアルタイムである。ジャーナリストのセキ・レイ・シロエは、この映像を見てアップを始めている頃だろう。

 

 

(MDに使われたAIのデータに、S.Dの技術――特に、青い星(テラ)の“母親”に絡むものが使われていましたからね。当然のことです)

 

 

 AIには、『同胞』を殺すことに特化したプログラムが搭載されている。『同胞』の因子を持つ者を視認すれば、その排除のために動く。何よりも、それを優先するように組まれているのだ。本当に危険極まりない。

 丁度、ユニオンの軍事演習場には、『同胞』の因子を持つ人間がいた。しかも、その人物はフラッグに搭乗していた。結果、演習中のMDたちが演習を終えたカスタムフラッグに襲い掛かっているのだ。

 AEUや人革連では一切反応していない。投入されたMDは、何の異常もなく運営されている。異常が発生しているのは、付近にいた人間が『同胞』の因子を持っていたユニオン軍だけである。

 

 ユニオンは、今回の一件でMD導入計画が遅れるだろう。その脇で、AEUと人革連はMDを試験的に導入することを承認する。

 

 近々行われるであろう『大規模な作戦』に、大きな影響が出ることは間違いない。

 そうして、その『大規模な作戦』が、ノブレスの教え子たちの初陣なのだ。

 

 

「な、なんなのよコイツら!」

 

「うおおおお!? あの青いガンダム、背中の翼からビーム撃ってきたぞ!」

 

「ミハエル、ネーナ! 気を付けろ、奴らのコンビネーション攻撃は脅威だ……!」

 

 

 件の教え子たち――もとい、チーム・トリニティたちは、今日も今日とてシュミレーターに挑んでいる。

 

 相手は自由と正義の名を冠したガンダム。遺伝子改造を受けた人間――コーディネーターが駆る機体だ。特に自由の名を冠する機体には、ドラグーン・システムという武装が搭載されている。数の攻撃端末を、量子通信による無線誘導で同時に制御しオールレンジ攻撃を行う兵装のことを指す。

 各攻撃端末はドラグーンと呼ばれており、個々にビーム砲と多数の推進・姿勢制御用スラスターを備え、高い攻撃力と機動力を持っているのだ。先程教え子たちが悲鳴を上げた攻撃は、ドラグーン・フルバースト。文字通り、各攻撃端末の最大出力でオールレンジ攻撃を行うのだ。やられる側からしてみれば、たまったものではない。

 トリニティたちの連携攻撃を乱すには、充分すぎる威力を誇る。おまけに、自由を冠する機体の隣には、友の背を守るかのように、正義を冠したガンダムが並ぶ。パイロット同士の能力もさることながら、彼らの絆もトリニティ兄妹に負けていない。そして何より、彼らは軍属だ。経験も、敵の方が上である。

 

 

(それでも、立ち向かわなくてはいけないときがあります)

 

 

 ノブレスは、教え子たちを静かに見守った。

 来るべきとき、その経験が、彼らを生かすことに繋がるようにと願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ……!」

 

 

 降り注ぐレーザーの光を縫うようにして、クーゴは攻撃を躱した。一歩間違えれば直撃していたが、今まで以上に素早く回避することができたような気がする。

 OSが更新されている。観客席を見れば、異常事態を察知した面々がクーゴのフラッグを見上げていた。その中で、アニエスたちは一心不乱に端末にデータを打ち込んでいく。

 兵士たちからの避難要請にも、ノーヴルたちは逃げようとしない。技術者として、彼女たちは最後まで『戦う』ことを選んだようだ。またOSが更新される。

 

 彼らの姿に感銘を受けたエイフマンとビリーも顔を見合わせ、頷いた。アニエスたちの隣に並び、適宜アドバイスとデータ入力をサポートし始める。

 グラハムは端末を起動させ、誰かと何かを話していた。おそらく、上層部たちに対して、この状況を鎮圧するための出撃許可を求めているのだろう。

 

 

「だったら尚更、逃げるわけにはいかないな……!」

 

 

 この場に残って戦っている人間たちがいる。その最前線に立っているのがクーゴなのだ。自分が倒れれば、後ろにいる技術班に危険が及ぶ。

 

 暴走しているMDは18機。ビルゴ9体、トーラス5体、ファルシア4体の内訳であり、PMCトラストから提供されたすべてのMDである。何の前触れもなく、MDたちはクーゴの乗るフラッグに向かって攻撃を仕掛けてきた。MDが止まる様子はない。

 上が損害で嘆きを叫びそうだが、人命がかかっている。そして何より、クーゴ自身も死にたくない。降り注ぐ攻撃を回避しつつ、クーゴは腰からガーベラストレートを引き抜いた。そのまま、ビーム攻撃を真っ二つに叩き切る。

 

 なんとか接近戦に持ち込みたいが、MDたちの攻撃は遠距離戦闘が主体である。ならばこちらもライフルで対応すればいい。しかし、ビルゴ部隊が前線に出てプラネエイトディフエンサーを展開してしまうのだ。プラネエイトディフェンサーは、ビーム系の攻撃を無力化してしまう兵装。故に、ライフルに対して高いアドバンテージがある。

 プラネエイトディフエンサーにも『対応範囲が限られている』という弱点が存在しているものの、それをカバーするために、ビルゴは3体1組の部隊を組んで行動するようにプログラムされていた。その防御兵装を打ち破るには、ビーム兵器ではない攻撃を叩きこむ必要がある。

 

 クーゴの持ちうる武器でそれに対応できるのは、ガーベラストレートだけだ。しかし、15mでは相手に届かない。

 

 

「相手の懐に潜り込めないなら……」

 

 

 クーゴはガーベラストレートを水平に構える。15mの長さを、一気に3倍の45mに伸ばした。

 改良されたOSとクーゴの慣れもあり、初めて振るったときのように『振り回される』ような感覚も、軸がぶれることもない。

 

 

「――これで、どうだぁ!」

 

 

 即座に突きの構えを取り、フラッグは勢いよくビルゴに突っ込んだ! 宇宙を漂っていた特殊金属で構成された刃は、ビルゴの装甲を穿つ!

 食い込んだ装甲を薙ぎ払えば、傍にいたビルゴたちを一気に巻き込んで切断した。文字通りの一刀両断、あるいは真っ二つという言葉が相応しい。

 引きちぎられたMSたちが爆発を起こす。フラッグは即座に刀を振るった。ビルゴ部隊の後ろにいたファルシアの脚を切断する。AIの受信装置を壊されたMDは、そのまま地面に叩き付けられ爆発した。

 

 思い切り刀を振りかぶれば、その余波で白のトーラスが弾き飛ばされた。別の機体に直撃し、派手に爆ぜる。

 勢いそのまま、ガーベラストレートを一閃。攻撃してきたビルゴを、ビーム攻撃ごと真っ二つに切断した。

 

 次の敵はどこだ。振り向きざまに、クーゴがそんなことを考えたときだった。

 

 

『――シグナル、完全なる防壁(タイプ・グリーン)過激なる爆撃手(タイプ・イエロー)思念増幅師(タイプ・レッド)覚醒個体と判明。各種、1体づつ。目標視認』

 

 

 聞こえる。

 機械の無機質な合成音声/仇敵を発見したことを告げる声が。

 

 

『――シグナル、荒ぶる青(タイプ・ブルー)覚醒個体と判明。数、2体。目標視認』

 

『殲滅対象の優先順位に変更有り』

 

『――対象を殲滅する』

 

 

 ビルゴが、トーラスが、ファルシアが、客席の方向を向いた。視線の先には、リアルタイムでOS改良に取り組むアニエス、ジン、サヤ、アユル、ノーヴルの姿がある。

 上層部から出撃許可を勝ち取ったグラハムが端末を切った。そのまま、格納庫に向かって走り出そう踵を返しかけ――彼は、何かに気づいたように立ち止まった。

 MDが急加速した。向かう先は、客席。グラハムが、ハッとした顔でMDの方を向く。他の面々も、自分の迫る危機を察して顔を上げた。しかし、それ以上はもう、何もできない。

 

 クーゴのフラッグは、突然マークを外されてしまったことに驚いたため、反応が遅れてしまった。なんてことだ、と悔やんでももう遅い。全機、ガーベラストレートの範囲外だ。

 このまま、見送ることしかできないのか。彼らに牙をむこうとしているMDに対応する術はないのか。命が無慈悲に摘み取られていくその瞬間を、眺めていることしかできないというのか。

 

 ――いや、まだだ。まだ、方法がある!

 

 

「ッ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 

 MSモードのフラッグを全速旋回させ、ガーベラストレートを水平に構える。刀身45mでは、有効範囲に届かない。

 MDたちが客席に迫る。砲撃やビットに収束する光が放たれるまで、もう時間がない!

 クーゴは躊躇うことなく、ガーベラストレートの長さを最大まで伸ばした。刀身150mの刃は、確実にMDたちを捉える!

 

 斜め右上からの袈裟切りは、ビルゴ部隊を打ち首に処し、トーラスやファルシアたちを切り捨てた。切り裂かれたMDたちは、そのまま地面に落下する。

 

 派手な爆音が響いた。振りかぶった勢いのまま、フラッグが体勢を崩す。

 ぶっつけ本番とは、流石に無茶なことをした。軸がぶれ、文字通り刀に振り回される――!!

 

 

「ハガネ()()ぁ!!」

 

 

 アニエスの声がした。がくん、と、機体が揺れる。OSが更新されたようだ。振り回されかけていたフラッグの体勢が、ほんの少しだけ持ち直した。

 即座にクーゴは操縦桿を動かした。ガーベラストレートの風切音が響く。ふらついていたフラッグは、どうにか体勢を元に戻すことができた。

 

 

「無事か!?」

 

「こちらは問題ない!」

 

「MDは!?」

 

「全機沈黙! 見事な対応だ!」

 

 

 クーゴの問いに、グラハムがいい笑顔で答える。他の面々も、感嘆の表情を浮かべていた。

 アニエスたちは惜しみない拍手をくれたし、ビリーとエイフマンはやり遂げたと言いたげな笑みを浮かべている。

 安堵の息を吐いたクーゴは、そのままコックピット席に体を沈めた。ガーベラストレートの長さを15mに戻し、鞘に納める。

 

 眼下に転がるのはMDの残骸たちだ。自立回路が組まれたMDに、何が起こったというのだろう。AIの不調と片付けるにしては生ぬるい。

 

 いつの間にか、雨が止んでいた。曇天はいつの間にか去っており、気持ちの良いくらいの青空が広がっている。気のせいか、虹がかかっているようにも見えた。

 天気予報で「雨が上がれば、しばらくは晴れ間が広がる」と言っていたことを思い出す。本当に、先程までの天気が嘘みたいだ。

 

 

「クーゴ!」

 

「了解! 今から帰投する」

 

 

 ビリーに名前を呼ばれて、クーゴは満面の笑みを浮かべて答える。

 帰るべき場所へ向かって、操縦桿を動かしたのだった。

 

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難は続く。


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