大丈夫だ、問題しかないから。-Blue trajectory- <1st Season>   作:白鷺 葵

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28.焼野原広し

 アザディスタンの夜空を切り裂くようにして、4機のフラッグは空を翔けていた。

 

 この国の治安は本当に不安定だ。首都だろうと郊外だろうと、テロが絶えない。停戦援助なんて表だけだろうと思ったが、本格的にしないと対応できない程酷かった。

 ユニオンのお偉いさん方は、治安維持なんて手を抜いて、本命であるガンダムに集中したかったに違いない。手抜き不能な状態だとは予想外だっただろう。

 今晩だってそうだ。改革派の象徴である太陽光発電受信アンテナ施設に、保守派の過激派が攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

 保守派の重鎮であるマスード・ラフマディー氏の誘拐事件のせいで、改革派と保守派の対立は更に深まっている。

 犯人は改革派か、保守派のマッチポンプか、第3勢力か。理由はわからないが、だだっ広い焼野原のイメージが頭から離れないでいた。

 

 

「行くぞ、フラッグファイター!」

 

「了解!」

 

 

 グラハムに従い、クーゴたちは彼の後ろに続く。

 MS同士が激しい銃撃戦が繰り広げられていた。

 しかも、同じ機種のMS同士が戦っている。

 

 

「隊長! 味方同士でやり合ってますぜ!」

 

「どうします!?」

 

 

 ハワードとダリルが、グラハムに問いかける。グラハムも戸惑っている様子だった。

 

 

「く……! どちらが裏切り者だ……!?」

 

 

 攻撃する方を間違えれば、最悪の結果が待っている。下手に手を出せない状況だったが、静観することもできない状況だ。

 クーゴも歯噛みしながらMSたちを睨みつける。どれが敵だろうか。見分けがつかないというのは本当に不便――……?

 

 

(え)

 

 

 焼野原が『視える』。だだっ広い焼野原。

 

 それを抱くMSがどれか、『分かる』。おそらく、そいつらが裏切り者だ。判別がついたなら話が早い。

 クーゴは即座に操縦桿を動かした。狙いを定めて、勢いよく急降下。裏切り者の眼前に迫る。

 即座に飛行モードからMSモードへと機体を可変させ、クーゴはガーベラストレートとタイガー・ピアスを振るった。

 

 1体、2体、3体。焼野原を抱くMSを、クーゴは次々と屠っていく。

 相変わらず、この武装の切れ味は凄まじい。装甲が紙のようにスパスパ切れる。

 

 

「隊長、副隊長が!」

 

「大丈夫なんですか!?」

 

 

 ハワードとダリルが困惑した声を上げる。

 それを聞いたグラハムは、迷うことなく頷いた。

 

 

「大丈夫だ! おそらくクーゴには、倒すべき相手が『分かっている』!」

 

「ええっ!? 分かるんですか!?」

「ほ、本当ですか!?」

 

「ああ! 『分かっている』とも!」

 

 

 困惑する部下2人を尻目に、グラハムは力強く言った。強い確証を宿した翠緑の瞳に、2人は気圧された様子だった。困惑したような感情に触れる。

 クーゴは苦笑した。ハワードたちの気持ちはよくわかる。普通の人間では得られない確証を得て行動するクーゴの様子は、どこからどう見ても異質の一言に尽きるだろう。

 そんなクーゴの行動に理解を示すグラハムの判断もだ。人間卒業間近だからこそできる芸当である。自分で肯定してしまうというのも、色々と複雑な気持ちになるのだが。

 

 不意に、泣き叫ぶ子どもの声が聞こえた気がした。廃墟と化した場所で、家族と思しき少女を抱えて叫ぶ少年。

 次の瞬間、レーダーにノイズが走った。思わずクーゴが動きを止める。その隙を狙ったMSが攻撃を仕掛けようとし、寸前で、MSの脚が吹き飛んだ!

 

 

「狙撃か!?」

 

「この粒子ビームの光は……ガンダムか!」

 

 

 クーゴに続いてグラハムが声を上げる。MSたちは脚や腕の武装を吹き飛ばされ、次々と戦闘不能に追い込まれた。

 

 

「しかも、この距離からの攻撃となると、スナイパー型のガンダム! ということは……」

 

「ということは?」

 

 

 どこか戦慄くグラハムの様子に、疑問を持ったハワードが問いかける。

 グラハムは、屹然とした表情で答えた。

 

 

「――お父さんだ!」

 

 

 奴の表情は、どこからどう見ても真面目一徹だった。そこに、冗談を言うような空気など一切感じない。

 あまりにもあんまりな発言に、クーゴは思わず「はぁ!?」と、ハワードとダリルは「え」と間抜けな声を上げてしまった。

 何をどうすればその結論に行きつくのか。そういえば、以前にも似たような状況に陥ったことがあったような、なかったような。

 

 奴が言ったのではない。奴の発言にリミッターが振り切れてしまった、スナイパー型ガンダムのパイロットが叫んだのだ。自分のことをお父さんと言い、「そんなの許さない」と主張していた。

 ゲッター線の施設を攻撃しに来たときに聞いた。あと、その際見てしまった虚憶(きょおく)でも同じ光景があった。久しく忘れていたが、グラハムの発言のせいではっきりと思い出してしまったではないか。

 

 

『私は彼女が好きだ! 彼女が、欲しいィィィィィィィ!!』

 

『お父さんは! お父さんは赦しません! こんなの絶対に認めないぃぃぃぃぃぃ!!』

 

 

『何人たりとも、私の愛を阻むことはできない! 阻むものがあるなら、そんなもの、私の無茶で押し通す!』

『年の差その他諸々考えろ、この変態が!!』

『キミにそれを言える資格はないな! キミは私と同類と見た!』

『天地がひっくり返ったとて、お前さんとだけは一緒にされたくないね! こっちは頑張ってお兄さんやってるんだからな!』

『そうやって、キミは愛するものが他人にかっさらわれていくのを、手をこまねいて静観すると? そんなこと、私はお断りだ!』

 

 

 あのときと同じように、色々と脱線してしまうのではないか――クーゴがそんなことを考えたときだった。

 

 

「――ところがぎっちょん!」

 

 

 ほんの一瞬。一際鮮明に、焼野原が『視えた』。どこまでも広い焼野原を背にし、高笑いを挙げる男の姿。

 新たなる戦乱を巻き起こすために、その男は笑いながらトリガーを引く。

 

 クーゴがその光景から現実に戻ってきた刹那、空にミサイルが放たれた!

 

 

「何っ!?」

 

 

 その数、4弾。いや、正確に言えば4弾ではない。クラスター爆弾と同じ原理だ。

 花を咲かせるように展開したミサイルの中から、大量の爆弾が、施設目がけて降り注ぐ!

 

 

「……っ!」

 

 

 クーゴは操縦桿を動かした。

 

 間に合わないと思い、衝撃に対して身構えていたが、予想していたことは起きなかった。

 クーゴの真上に降り注いだ爆弾を、スナイパー型のガンダムが撃ち落したのだ。

 

 間一髪、クーゴのフラッグは空へと舞い上がった。一歩遅れて爆弾が施設に着弾する!

 

 

(あ、危なかった……)

 

 

 スナイパー型ガンダムのパイロットは全弾撃ち落としたかったのだろうが、量が多すぎたらしい。ピンポイントの狙撃は得意でも、複数相手の乱れ撃ちは不得手のようだ。

 そういえば、別の虚憶(きょおく)で喧嘩をしていた双子の得意分野も正反対だった。兄は狙撃と精密射撃を得意としていて、弟は早打ちと乱れ撃ちを得意としていたか。

 いつぞや見た別の虚憶(きょおく)では、兄弟そろって恋人を怒らせて大変なことになっていた気がする。被害の度合いで言えば弟の方が大惨事だった。義実家からの攻撃のせいで。

 

 スナイパー型のガンダムが爆弾の一部を撃ち落としてくれなければ、クーゴは今頃爆発に巻き込まれていただろう。

 おそらく、それに関する感謝を告げる機会は、戦場では巡ってこない。戦場では、きっと。

 

 

「グラハム!」

 

「ああ、任せるぞ!」

 

 

 クーゴが何を言わんとしたか察したグラハムは、二つ返事で送り出してくれた。

 

 

「ハワード、ダリル! クーゴと共に、ミサイル攻撃をした敵を追え! ガンダム、もといお父さんは私がやる!」

 

「りょ、了解!」

 

「おと……!? が、ガンダムは任せますぜ!」

 

 

 続けざまに、グラハムはハワードとダリルに指示を出す。

 お父さんという単語に引っかかりかけたものの、彼らも即座にクーゴの元へと随伴してくれた。

 

 クーゴはフラッグを加速させる。体にかなりのGがかかってきたが、それを振り払うように操縦桿を動かした。襲撃者をこのまま野放しにしては置けない。

 奴はまだ近くにいるはずだ。脳裏に浮かぶ『だだっ広い焼野原』のイメージが、どんどん鮮明に見えてくる。それこそが、襲撃者に近づいているという証拠だ。

 荒野の真ん中に佇む男の元へ距離が迫る。奴がこちらに気づいて振り返った。ぼさぼさの茶髪に、伸び放題の無精髭。鋭く、けれど愉快そうに細められた瞳。

 

 その顔が鮮明に見えたと思った次の瞬間、

 

 

「何ィ!?」

 

 

 驚愕の声がした。そこで、クーゴは現実へと引きもどされる。雲を突き破った眼下には、AEUイナクト。

 しかも、ただのAEUイナクトではない。モラリア戦役でグラハムの『意中のガンダム(天使)』を追いつめた、緑青のイナクトだ!

 

 世界中を戦果に陥れることを生きがいとし、その中で戦うことを生業とし、それこそが己の娯楽でありすべてなのだ――と。

 

 焼野原を抱く男は笑う。

 狂ったように笑い続ける。

 これ以上、好き勝手にさせてはいけない。

 

 

「なにが――」

 

 

 フラッグを急降下させつつ、飛行モードからMSモードへ機体を変形させる。

 

 

「ぎっちょんだ、この野郎!」

 

 

 鞘からガーベラストレートとタイガー・ピアスを引き抜き、イナクトへと振り下ろした!

 

 

「ちぃっ!」

 

 

 イナクトは寸でのところで機体を可変させ、プラズマソードで攻撃を受け止める! 刃がぶつかる音が激しく響いた。

 何度か切り結びを繰り返し、フラッグとイナクトは距離を取った。流石は傭兵、確実に相手を屠ることに特化した戦い方だ。こちらの型に嵌めづらい。

 相手も、日本武術(主に剣道と殺陣)をベースにしたクーゴの戦い方が珍しいのだろう。己の型に嵌めることが難しいようだ。しかし、それすらも奴は楽しんでいる。

 

 日本文化についても多少は齧っていたらしい。

 しばしガーベラストレートとタイガー・ピアスを見比べたのち、男が愉快そうに笑ったのが『視えた』。

 

 

「成程な。これがサムライってヤツか。面白れェ!」

 

 

 今度はイナクトが攻撃を仕掛ける番だった。リニアライフルの照準がフラッグに向けられる。クーゴは即座に操縦桿を動かした。

 

 リニアライフルの弾丸を避け、ときにはガーベラストレートとタイガー・ピアスで真っ二つに切り裂き、クーゴは再びイナクトとの距離を縮める。

 待ってましたと言わんばかりに、イナクトがプラズマソードを振りかざした! フラッグも迷うことなく、刀で剣を受け止める!

 

 

「おらよっ!」

 

 

 しかし、それだけでは終わらない。

 ぶつかり合う中で、イナクトが突如回し蹴りを叩きこんできた!

 不意を突かれたフラッグが大勢を崩す。プラズマソードが再び振りかざされた。

 

 

「なんのッ!」

 

 

 イナクトの追撃を紙一重で受け止め、今度はクーゴがカウンターに入る。

 その一撃は、イナクトが咄嗟に突き出したリニアライフルによって阻まれた。

 

 ガーベラストレートはライフルを真っ二つに叩き切ったが、イナクトの決定打としての意味を成さなかった。イナクトのパイロットは、障害物(ライフル)に阻まれた僅かな時間とズレを利用し、クーゴの攻撃を流したのである。再び、フラッグとイナクトは距離を取った。

 

 

(やりづらい相手だな)

 

 

 クーゴが侍なら、相手は無法者だ。何物にも縛られないがゆえに、何をしてくるのかまったく見当がつかない。ルール無用、むしろ奴のルールは奴にしかわからないのが恐ろしい。

 状況は、遠距離用の武装を失ったイナクトの方が不利だ。しかしこのパイロットは、己の置かれた状況も楽しんでいる。ここからどうやって、自分の望む――自分が楽しめる戦争をするか、考えているのだ。

 

 

『お父さん、刹那を私にくださぁぁぁぁぁぁぁいッ!』

『誰がやるかコンチクショウ! お父さんは赦しませんよォォォォ!』

 

 

 どこかからか、グラハムとスナイパー型ガンダムのパイロットが叫んでいる声が聞こえた。

 やはり、似たような会話をどこかで聞いたことがある。今はどうでもいいことだが。

 フラッグとイナクトが睨み合う。再び、相手に攻撃を仕掛けようとしたときだった。

 

 寒気がした。纏わりつくような悪意と殺意。本能が大音量で悲鳴を上げる!

 

 ほぼ勘に近いが、クーゴは迷わずそれに従って操縦桿を動かした。イナクトのパイロットも同じようで、クーゴのフラッグと鏡合わせのように回避に動く。

 刹那、数秒前までフラッグとイナクトがいた場所に向かって、金色に輝く弾幕が降り注いだ! あと一歩遅かったら、直撃していたに違いない。

 

 

「何だ!?」

 

 

 レーザーが降り注いだ方向に視線を向ける。黒い機影が、夜闇の中におぼろげな姿を見せていた。

 

 背中に巨大な何かを背負ったMSが、フラッグの方を向いた。機影に動きが見える。次の瞬間、何かがフラッグ目がけて飛んできた!

 操縦桿を動かして回避行動に移ろうとしたが、それよりも、何かがフラッグを捉えるほうが早かった。正体は、巨大なアームである。

 アームの後ろには長いワイヤー。機影はそれを、ヨーヨーの原理で振り回すつもりなのだ。逃れようともがくが、どうしようもない。

 

 

(まずい!)

 

 

 このままでは、思い切り振り下ろされる。高度数百メートルから、地面に叩き付けられるのだ。その末路は――言わずもがな、である。

 背中を襲った悪寒は、己の末路に対する恐怖だけじゃない。もっと別な場所にあるものだ。少し前、自分はそれと対峙していたような気がする。

 

 クーゴの思考回路は、体を襲い始めた遠心力とGによって、強制的に中断させられた。代わりに湧き上がるのは、己が死へと向かっている事実と、それに対する恐怖のみ。

 

 死にたくない。

 でも、死ぬ以外に道がない。

 それでも、死にたくない。死んではいられない――!

 

 

「クーゴさん!」

 

「――っぉう!?」

 

 

 次の瞬間、何かが切断されるような音と聞き覚えのある声が響いた。フラッグを振り回していた力から、投げ出されるような形で解放される。

 

 寸でのところで機体の態勢を整え持ちこたえると、緑の光が見えた。顔を上げる。

 眼前には、何度も見慣れた純白のガンダム。天女は心配そうにフラッグを見つめていた。

 

 どうやらクーゴは、イデアに助けられたらしい。彼女がここにいるということは、ソレスタルビーイングが動いているということだ。

 何者かの悪意により、戦禍に陥れられそうなアザディスタン。『ソレスタルビーイングが介入行動を起こす』と踏んだ上層部の予想は、見事に正解だったようだ。

 

 

『身持ちが堅いな、ガンダム! 流石はお父さんだ!』

『このしつこさ、尋常じゃねえぞ!? 刹那はこんなのに言い寄られてたってのか……!?』

『そうだな。私はしつこくてあきらめも悪い。俗に言う、人に嫌われるタイプだ!』

『言った! 自分で認めやがったぞコイツ!』

 

 

 どこかからか、グラハムとスナイパー型ガンダムのパイロットが叫んでいる声が聞こえた。

 やはり、似たような会話をどこかで聞いたことがある。今はどうでもいいことだが。

 

 

「大丈夫ですか?」

 

「あ、ああ。ありがとう」

 

 

 安堵したように微笑んだイデアの顔が『視えた』クーゴは、困惑しながらも礼を述べた。

 まさかガンダムに――しかもイデアに助けられるとは思わなかった。ゲッター線のときとは真逆である。

 何も知らずに、クーゴは彼女と切り結んできた。互いの立場を知った上で、空で対峙したのは初めてだ。

 

 そこまで考えていて、はっとした。

 

 緑青のイナクトは、どこへ行ったのだろう。

 クーゴを襲った襲撃者の行方も気になる。

 

 

(そうだ、あいつ!)

 

 

 クーゴは慌てて周囲を見回したが、緑青のイナクトも、襲撃者と思しき機影も、もう見えなかった。

 

 

「逃したか……!」

 

 

 とんだ失策である。危うくモニターに八つ当たりしそうになった。

 どうにかして堪えて、クーゴは大きく息を吐いた。

 

 

『皮肉なものだ。嘗て空を飛ぶためにすべてを絶った私が、ただひとりを求めて空を飛ぶことになろうとは』

『あんた……』

『そういう訳でお父さん、彼女を私にくださぁぁぁぁぁぁぁいッ!』

『やっぱりあんたはダメだ! 絶対にダメだ!!』

 

『くっ! よくも私のフラッグを傷物にしてくれたな!』

『お前こそ、よくもウチの刹那をたぶらかしてくれたな!』

 

 

 どこかからか、グラハムとスナイパー型ガンダムのパイロットの会話が聞こえた。

 途中から叫び声になった気がする。……いいや、今はそんなことはいい。

 

 イデアには、こちらを攻撃する意思はない。クーゴにも、彼女を攻撃する意思はない。必然的に、フラッグとガンダムは空で向かい合っていた。

 

 いつぞやのオフ会で、喫茶店の対面席に座っていたときのことを連想したのは何故だろう。上には満天の星空が、下には雲の海が広がっている。

 場違いなほどに穏やかな時間が流れた。こんな逢瀬も悪くはない。クーゴの思考回路を読み取ったのか、イデアも嬉しそうに笑った。

 しかし、彼女の微笑はすぐに寂しそうなものに変わった。どうしたのか、と問う間もなく、クーゴのフラッグに緊急の無線が入る。

 

 

「MSが、王宮に向かって侵攻……クーデターか!?」

 

 

 至急防衛に向かってください、という無線内容が繰り返される。

 

 

『クーデターだとよ。早く行け、フラッグのパイロットさんよ』

『彼女に会えなかった上に、お父さんとの決着も付けられず仕舞いとは……!』

『いいから! さっさと行ってくれよ頼むから! 軍人の本分を思い出して、それを果たしてくれ! もうこれ以上、俺の精神を侵さないでくれ!!』

『……言い返したい言葉は山ほどあるが、私とて人の子だ! 今は何を成すべきかくらい心得ている!』

 

 

「クーゴ、ハワード、ダリル! 首都防衛に向かうぞ!」

 

「了解!」

 

 

 どこか遠くから響いていたような声が、突然鮮明に響いた。いつの間にか、通信が開いている。

 映し出されているのは、他の誰でもないグラハム・エーカーであった。

 

 クーゴはハワードとダリルに続き、彼の言葉に返事をする。

 

 ちらりとイデアの方を向く。純白の天女は静かにフラッグを見つめていた。頑張って、行ってらっしゃい、と、彼女の声が聞こえた気がした。

 名残惜しい気もするけれど、自分が今何を成すべきか、クーゴはきちんと心得ている。ガンダムに背を向けて、クーゴは首都へと進路を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでロックオン・ストラトス。貴方は誰と会話していたの?」

 

「またかよ!? もう嫌だこのパターン! 俺は一体どうなったっていうんだァァァァァァァァ!!?」

 

 

 留美(リューミン)の言葉に頭を抱えて慟哭する、ロックオン・ストラトス25歳。

 彼は順調に、人間としての坂道を転がり落ちていた。ゴールはまだまだ先である。

 

 ちなみに、今回の出来事はこれで2回目だ。まだ2回目であるのだが、彼にとっては相当ホラーな出来事だったらしい。

 

 

(彼がストレスで潰れるのが先か、無事に『目覚めの日』を迎えるのが先か)

 

 

 イデアはスターゲイザーを翔ながら、そんなことを考えていた。

 刹那との合流地点到着まで、まだもう少し時間がかかりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 首都は現在、厳戒態勢が敷かれていた。大半の要人や富裕層、および観光客の避難は軒並み完了している。

 数メートル先に建っていたビルが崩れていくのを見ても尚、アレハンドロは避難しようとすらしなかった。

 

 

「避難しないのですか?」

 

 

 リボンズの言葉に振り返ったアレハンドロは、優雅な笑みを浮かべる。

 

 

「リボンズ、ノブレス。キミたちも見ておくといい。ガンダムという存在を」

 

『もう既に見てますけどね』

 

『搭乗したことすらあるけどね』

 

 

 偉そうに言い放ったアレハンドロに対して、リボンズとノブレスは反論した。勿論、心の中である。

 戦場の範囲は、どんどんこちらに近づきつつあった。それと同じように、ガンダムも近づいてきている。

 ここに介入する予定なのは、エクシアを操る刹那・F・セイエイ。リボンズが見出し推薦した、ガンダムマイスターであった。

 

 顔は無表情そのものだが、リボンズは結構浮かれていた。

 娘の初舞台を見守るような父親並みに、じっと窓辺を見つめている。

 

 

『楽しみですか?』

 

『とても』

 

 

 アレハンドロがいなければ、彼は満面の笑みを浮かべていたであろう。ノブレスは、心の中でゆるりと微笑んだ。

 

 

『なんてったって、刹那・F・セイエイは僕が見出したんだ。僕に可能性を見せてくれた彼女の姿を、モニターではなく、間近で見れるんだよ? これ程嬉しいことはない……!』

 

『ここにアレハンドロがいなければ最高だったでしょうね』

 

『本当にね。あとはワインとチーズがあれば……』

 

『あるけど飲めませんもんね。全部奴のですし』

 

『後でワインセラーから年代物の奴かっぱらってきて飲もう』

 

『冷蔵庫を漁るのは任せてください。チーズ、市販のものと入れ替えておきます』

 

『高級品から一般流通してるやつに入れ替えても、全然気づかないよね。アレハンドロ・コーナー』

 

『本当にセレブなんですかねー』

 

 

 ノブレスとリボンズが脳内で会話を繰り広げていたとき、白と青基調のガンダムが降り立った。お、と、リボンズが小さく歓声を上げる。ノブレスも、彼女の戦いを見守った。

 エクシアはあっという間にMSを撃墜していく。その出で立ちは戦乙女と呼ぶに相応しい。戦い方はやや荒削りさが残るものの、以前モニターで見たときと比較すれば、かなり良くなった。今では美しさも加わっている。

 

 花のつぼみは着実に、開花へと向かっているのだ。彼女を見出した人間として、リボンズも嬉しいだろう。

 窓から刹那の活躍を見守りつつ、リボンズは驚いたふりをしながら「これがガンダム」と零した。完全な棒読みだった。

 

 

『ちょ、棒読み』

 

『ノブレス、草まみれになってるよ。草刈機を持ってこないと』

 

 

 日本のネットスラングで言えば、ノブレスの台詞の横には「w」が延々と続いていただろう。

 それを指摘しながら、リボンズはアレハンドロに視線を向けた。えへん、と胸を張っている。

 彼に台詞を当てるとするなら、『どうだ、凄いだろう? 何せ刹那・F・セイエイは(以下略)』が相応しい。

 

 ガンダムの勇士を見ていたアレハンドロが鼻で笑う。やれやれ、とでも言いたげな様子だった。

 

 

「力任せだ。ガンダムの性能に頼りすぎている」

 

 

 アレハンドロの発言は、見事にリボンズの地雷を踏みぬいた。彼の表情から、完全に感情が消え失せる。能面のような顔に対し、紫の瞳には炎が揺らめいていた。

 怒っている。リボンズが本気で怒っている。脳量子波や能力を使わずとも、ノブレスにはそれが手に取るようにわかった。

 

 

「パイロットは刹那・F・セイエイだったか」

 

 

 たかだか16歳の子ども。ちっぽけな少女。

 そんな奴に、ガンダムマイスターが務まるはずがない――。

 アレハンドロの目は、口以上に雄弁に語っている。

 

 奴は、己こそがガンダムマイスターに相応しいと思っている。しかしヴェーダはアレハンドロを認めなかった。

 

 だから、奴は自分の手でガンダムを作ろうとしている。

 アルヴァトーレおよびアルヴァアロンは、アレハンドロの夢の結晶であった。

 

 

『…………のくせに』

 

 

 リボンズが、ぽつりと呟いた。ノブレスは思わず首を傾げる。リボンズは絞り出すように紡いだ。

 

 

『……エレガン党四天王の中で、一番小物且つ最弱のくせに……!!』

 

『あー……』

 

 

 彼の言葉に、ノブレスは納得したように頷いた。もちろん、心の中である。

 リボンズの怒りは収まるところを知らない。最近見た虚憶(きょおく)を諳んじるように、彼は朗々と言葉を紡いだ。

 

 

『リモネシアが吹き飛んだときは『仕方のないこと』なんて失言をかまし、外宇宙からの侵略者に対して楽観的な判断を下し、他の面々から呆れられ、3人より先に行動した挙句一番最初にやられたくせに。実力順に並べると、トレーズ=ミリアルド>シュナイゼル>超えられない壁>アレハンドロになるってのに、何なんだアレ。本当に人間ってわからないよ』

 

『トレーズ、ミリアルド、シュナイゼルが再世戦争で敗北したのに対して、アレハンドロはそれ以前の事件――破界事変でやられちゃったんでしたっけ?』

 

『腹立たしい。釈然としない憤り……ああ、怒っているさ。僕は怒っている。相当にね』

 

 

 リボンズの眼差しはアレハンドロに向けられている。自分の従者にそんな眼差しを向けられているとすら思っていないアレハンドロは、優雅な出で立ちを崩さなかった。

 

 

『ノブレス』

 

『何ですか』

 

『アルヴァアロンのモニターに施した嫌がらせ、爆発の威力上げよう』

 

『合点承知!』

 

 

 リボンズの言葉に、ノブレスは2つ返事で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アザディスタンの夜空には、星が瞬いていた。

 

 クーゴたちは首都へ向けて進路を取っている。

 グラハムとはそこで落ち合う予定だ。

 

 

「ミサイルを発射した者は?」

 

「MSらしき機体を見つけましたが、特殊粒子のせいで……」

 

 

 グラハムの問いかけに、ハワードが苦い表情を浮かべて答えた。

 しかし、次に聞こえた彼の言葉に、クーゴは目を見開くことになる。

 

 

「しかもそのとき、副隊長の機体が突然消えたんです! つい先程合流しましたけど、今まで、一体どこに行ってたんですか?」

 

「――え?」

 

 

 そんなことを言われても。クーゴは心の中でぽつりと呟いた。

 

 そういえば。イナクト交戦している最中も以後も、随伴してくれたはずのハワードとダリルの姿がなかった。ハワードとダリルがイナクトを見失ってしまったというなら、クーゴもイナクトを見失っているはずだ。

 自分たちは一緒に行動していたし、別行動を取った覚えもない。クーゴがイナクトに追いすがっていたとき、一体何が起きたのだろう。空間転移でもしてしまったのだろうか。次元科学でもあるまいし。ぐるぐる悩んでも仕方がない、ありのままを報告しよう。

 

 

「ミサイルを撃ったと思しき機体を追いかけて、交戦していたんだ。犯人はAEUイナクトだが、軍の所持するものではなさそうだった。機体のカラーリングは緑青で、カメラアイ付近に傷のような模様が入ってたよ」

 

「緑青のイナクトだと? それはまさか――」

 

「ああ。モラリアで、白と青基調のガンダムを追いつめた奴だ。間違いない」

 

 

 クーゴの言葉に、グラハムが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。そういえば、モラリアのときも、グラハムはイナクトを目の敵にしていたような気がする。

 彼はイナクト――正確に言えば、イナクトのパイロットに、強い対抗心を燃やしていた。その原動力は嫉妬だろう。本人は未だに、頑なに否定しているが。

 正直、状況が状況じゃなければ盛大に茶化してやるところだ。それをぐっと堪えて、クーゴは言葉を続ける。

 

 

「けど、見失ったよ。途中で邪魔が入ってな」

 

 

 クーゴの発言に、グラハムが首を傾げた。

 

 

「邪魔?」

 

「ああ。MSらしき機影は見たが、確認できなかった。危うく殺されかけたよ。間一髪で、天女が助けてくれたけど」

 

「成程。運命の女神は、キミに微笑んだという訳か」

 

 

 天女、という単語が何を意味しているのか、グラハムはすぐに察した様子だった。

 そのまま、彼は考え込むように俯く。思考回路は、クーゴを襲ったMSへとシフトチェンジしていた。

 

 

「となると、あのイナクトには協力者がいたということか?」

 

「それはないと思う。俺を襲った奴は、イナクト共々撃墜しようとしてきたからな」

 

 

 思い出すだけで寒気がする。

 纏わりつくような悪意と殺意。

 確実に、襲撃者はクーゴを殺すつもりだった。

 

 機影からして、アザディスタン軍やアザディスタンの傭兵が有するようなMSではなかった。おぼろげな姿しか見えなかったけれど、それだけはハッキリ言える。

 襲撃者は何のために、クーゴのフラッグを()とそうとしたのか。ユニオン軍への反発にしては、狙いがピンポイントすぎるような気がしなくもない。

 

 

「確かに。フラッグ1機を撃墜するより、ユニオン軍が駐留する基地に、攻撃を仕掛けた方がいい見せしめになるはずだ……」

 

「相手は何を考えているんだ……?」

 

 

 ハワードとダリルが眉をひそめる。

 しかし、いくら悩んでも答えが出るわけではない。

 

 今はともかく、首都防衛へと向かわなければ。

 

 面々の思考回路は一致したらしい。通信越しからそれを確認したクーゴは、操縦桿を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「増援部隊は、首都圏全体の制空権を確保しました!」

 

 

 朝日が眩しく降り注ぐ中で響いた通信を聞いて、グラハムは小さく頷いた。

 フラッグから見えた首都の惨状に、酷く胸が痛む。

 

 

『この世界に、神はいない』

 

 

 今にも泣き出してしまいそうな声音で、刹那が言ったことを思い出す。

 

 グラハムは、彼女のことを何も知らない。刹那にそう言わしめた出来事が何なのか、知る由もない。

 けれども、この光景の中に、その答えがあるような気がした。MSの残骸と、死体の山の奥底に。

 彼らは神を信じ、神のために暴挙に走った。神のために戦い、神のために死んでいった。

 

 彼らは真剣だった。他者から見れば「暴徒」という単語で片付けられるような行動であるが、彼らからしてみれば、己の命を賭けるべきものだったのだろう。

 死への恐怖を信仰という鎧で覆い、楽園に召されることを信じて散っていく。死の先には何も残らない。残るとしたら、憎しみだけだ。そうしてそれは、連鎖となって続いていく。

 

 

「信心深さが暴走すると、このような悲劇を招くというのか……」

 

 

 グラハムはぽつりと呟いた。痛ましい光景は、現在進行形で目の前にある。

 何人の人間が犠牲となったのだろう。何人の人間が殺し、殺されたのだろう。

 彼らは皆同じ国に住み、同じ神を信じている、同じ人間だというのに。悲劇を避けることはできなかったのだろうか。

 

 この世界に神がいるならば、どうしてこの悲劇を回避させなかったのか――。誰もが考えることだろう。

 これは試練だと言う者もいる。これは罰だと言う者もいる。これは予定調和だと言う者もいる。正しいのは、どれだ。

 

 

『この世界に、神はいない』

 

 

 今にも泣き出してしまいそうな声音で、刹那が言ったことを思い出した。

 

 神がいるというならば、今すぐにでも、少女の涙を止めてほしい。その悲しみを終わらせてほしい。

 グラハムがそんなことを考えたときだった。

 

 

『……俺は、ガンダムになれない……!』

 

 

 どこからか、少女の悲痛な叫び声が聞こえる。

 己の無力さに打ちひしがれたような、弱々しく、けれど絞り出したような声。

 

 俯いた少女の姿が『視えた』ような気がしたグラハムは、思わず息を飲む。

 自分ではどうにもならぬ『それ』を目の当たりにして、彼女の名前を呼ぶので精一杯だった。

 『それ』を終わらせる術を、グラハムは、何一つして持っていなかったから。

 

 

「刹那。キミは、今……」

 

 

 泣いているのか。

 

 グラハムの喉につかえた言葉が、音として成されることは、終ぞなかった。

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難は続く。


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