大丈夫だ、問題しかないから。-Blue trajectory- <1st Season>   作:白鷺 葵

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1.歌い手はじめました

 クーゴとグラハムの愛機(専用カスタムフラッグ)が、数分間目を離した隙になくなってた。

 何を言っているのかわからないと思うが、クーゴたちも何が起こったのか全然わからない。

 

 愕然と佇む自分の背中を叩いたのは、00ク■■タと呼ばれる白い機体を操っていた女性だった。『彼女』は、わけのわからぬ世界に放り出されて四面楚歌状態だったクーゴとグラハムを助け、この部隊に迎え入れるよう進言してくれた恩人でもある。

 女性の表情も晴れない。何とも言い難い表情を浮かべて、『彼女』はふるふる首を振った。どうやら、『彼女』が駆っていた愛機も被害にあったらしい。指揮官殿は一体何を考えているのだろう。いくらパイロットがいても、機体がなければ意味がないというのに。

 グラハムはぼんやりと格納庫を見上げていたが、変わらぬ現実に打ちのめされてしまったようだ。愛機の名前を呼びながら、がっくりと膝をつく。気のせいでなければ、彼の肩がプルプルと震えていた。

 

 

「泣いてるのか?」

 

「泣いてなどいない!」

 

 

 キッ! とグラハムはクーゴを睨む。普段は彼を見上げているのだが、彼を見下ろす構図は珍しかった。

 

 言葉とは裏腹に、グラハムは泣きそうなのを耐えている。口はへの字に歪み、新緑の瞳にじわりと涙がにじんでいた。

 自分が大切にしていた愛機がなくなってしまったのだ、無理もない。落ち込む気持ちはよくわかる。

 

 クーゴの場合は、諦め半分で達観していた。普段からグラハムに振り回されてきたのだ。多少のことなら動じないでいられる。

 ただ、今回はかなり斜めにかっ飛んだ状況に置かれていた。人間、想定外のことに遭遇すると茫然とすることしかできないとは、本当のことらしい。

 女性はグラハムの肩を叩いた。『彼女』は口数が少ないが、相手を思いやれる優しさを持っている。

 

 

「大切な愛機だったんだな。その気持ちはよくわかる」

 

 

 女性はうんうん頷く。

 そして、重々しく息を吐いた。

 

 

「よく、やられるんだ。突発的な“シャッフル乗せ換え”をな」

 

 

 その単語にグラハムとクーゴは顔を見合わせた。首を傾げた自分たちに、女性は訥々と説明を始める。

 

 どうやらこれは、指揮官によって行われる“お遊び企画”のようなものらしい。戦い詰めである自分たちの気分を紛らわせるためには、このような娯楽が必要なのだという。お茶目と笑えばいいのか、悪質だと非難すればいいのかわからない。

 向う側から悲鳴が聞こえた。喧騒はあちこちに広がっていく。他の部隊も似たような被害にあったようだ。自分たちだけじゃなくてよかったと安堵すべきか、なんで自分たちがこんな目にと嘆けばいいのか。

 自分たちの扉が開き、メカニックたちがやって来た。乗せ換え用の機体が用意できたことを伝えに来たようだ。誰も彼もが苦笑を浮かべている。端末に、今回自分たちが乗ることになる機体の名前が表示された。

 

 クーゴの機体名は『■■■■ア■ト■イ・■■ドフ■ーム』。遺伝子改造を施されていない人間が使用することを意味した赤い機体であるが、元の持ち主がOSに手を加えたり、疑似人格コンピューターによるバックアップを受けていた。刀を使った接近戦を得意とする機体である。

 ただし、空中戦闘は行えないという欠点があった。宇宙空間での戦闘は可能なのに、空は飛べないのだ。世の中にはそんな機体もあるらしい。クーゴは落胆したが、頭を切り替える。ア■ト■イ・レ■ドフ■ームでどう戦うか、作戦を練らなければ。

 

 何より、グラハムや他の面々との連携についても考えなければならないだろう。

 

 まずはグラハムの機体がどんなものか、知る必要があるった。端末を操作して確認してみる。

 機体名は『ゴッ■■■■■』。名前を聞いた瞬間、何の脈絡もなくぞっとした。恐る恐るグラハムを見れば、目をキラキラ輝かせているではないか。

 

 

「クーゴ、□□! 我々は■■■■タイプの機体で戦えるようだぞ!」

 

 

 一度、隅々を眺めてみたかったのだと奴は笑う。そもそも■ッド■■■■は、自分たちの世界で運用されていた■■■■とは違うものだ。勿論、■■炉も搭載されてない。彼が追いかけてやまない“天使”とは似て非なるものだというのに、このはしゃぎ様。余程■■■■が好きなのか。

 子どものように大喜びするグラハムに、女性は静かに目を細める。何かを懐かしむような瞳の奥から、深い慈しみと悲しみが滲み出ていた。『彼女』の過去に何があったかは知らないが、『彼女』自身が決して語ろうとしないだろう。

 

 

『ジ■ネ■■シ■ン・システム起動。ステージを再現します』

 

 

 無機質なシステムアナウンスが響く。戦闘が始まる合図である。

 自分たちはメカニックに挨拶し、戦闘準備に入った。パイロットスーツに着替え、指定された機体へ飛び乗る。

 

 

『皆さん、出撃してください! ――・――、行きます!』

 

 

 指揮官の指示が飛んだ。パイロットたちは頷き、次々に宇宙(そら)へと飛び出していく。

 

 

「ウイング■■■■ゼロ。□□・□・□□□□、未来を切り開く!」

 

「ゴッ■■■■■! グラハム・エーカー、出るぞ!」

 

「■■■■■ス■レイ・■■ドフレ■■。クーゴ・ハガネ、出る!」

 

 

 □□に続いてグラハムが、グラハムに続いてクーゴが、宇宙へと飛び出した。

 

 

 

*

 

 

 

 

「ゴッド・グラハムフィンガー! ヒート・エンド!!」

 

 

 奴の拳が黄金(こがね)に爆ぜる。敵を倒せと轟き叫ぶ。終いには、元の機体の持ち主に無断で技を改名してしまった。

 まともに一撃を喰らった機体は、耐えきれずに爆発四散。視覚的にも威力的にも、ゴッドフィンガーはオーバーキル過ぎるのだ。

 文字通りの一騎当千である。「もうこいつ1人でいいんじゃないかな」と言いたくなるような光景であった。

 

 これはひどい。とにかくひどい。べらぼうにひどい。

 

 

(始末書どころか裁判沙汰だ)

 

 

 ■ッド■■■■の持ち主から、何か言いたげな視線が突き刺さってくる。彼の場合、始末書や裁判よりも■■■■ファイトを所望するのか。

 いずれにしろ、ロクなことになりゃしない。胃がキリキリと痛むのを感じながら、クーゴはため息をついたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(何だ、今の)

 

 

 クーゴは固まっていた。周囲を見回したが、特に変化はない。変わったことと言えば、今まで聴いていた歌が止んだだけだ。

 PCのデスクトップ画面に浮かぶのは、動画サイトの再生プレイヤーである。再生動画が終わったため、画面は真っ暗になっていた。

 

 隣で、同じイヤホンをシェアして歌を聞いていたグラハムも微動だにしない。「隣にいるのは、彼を模した蝋人形だ」と言われたら、何の疑いもなく信じられた。

 

 視聴していた動画は『歌い手』のものだ。歌い手とは、Webサイトに動画で曲を歌った映像を投稿している者のことを指す。その中でも特に、最近人気の歌い手が『エトワール』というハンドルネームで動画を投稿している女性であった。まさか、彼女の動画を見てヴィジョンを共有()せられる羽目になるとは。

 歌によってヴィジョンを介した虚憶(きょおく)の共有を可能にするクーゴだが、予め録音されたものであれば虚憶(きょおく)の共有は発動しない。ただし、『それがリアルタイムの肉声である』ならば、スピーカー越しでも発動してしまうという欠点がある。

 「リアルタイムの行動でなければ、コーヴァレンター能力は発動しない」というのが、30年弱の研究で定着した説だ。動画は録画・録音されたもののため、本来ならヴィジョン共有現象は発生しない。だというのに、現に今、それが発生している。

 

 先程共有させられたヴィジョンの虚憶(きょおく)はクーゴ自身のものだ。何の疑問もなく、その事実がすとんと胸に落ちてくる。

 この歌声の主も、自分と同じコーヴァレンター能力者であり虚憶(きょおく)持ちだ。証拠は一切ないものの、なぜか強い確信があった。

 

 

(でも、今まであんな虚憶(きょおく)は見たことがなかった。どうして、いきなり出てきたんだ? しかも、本来ならヴィジョンの共有現象なんて起きないはずなのに)

 

 

 考えてみたものの、その方面に精通していないクーゴには見当もつかなかった。

 

 研究が進められているとは言えど、『まだまだコーヴァレンター能力は未知数な部分が多い』とは研究者たちの談である。

 今回のケースが今後の研究に役立てばいいのだが。後で研究員やチームメイトらにも報告しよう、とクーゴが思ったときだった。

 

 瞬きひとつしなかったグラハムが、弾かれたように立ち上がった。その勢いで、彼の耳についていたヘッドフォンの片割れが吹っ飛んで床に落ちる。

 

 

「ゴッドフィンガーだ」

 

 

 グラハムの瞳が輝く。エメラルドを思わせるような緑色には、光で満ち溢れているようだった。

 その横顔は、いつ見ても自分と1つ違いだとは思えない。むしろ一回り年が離れているように感じる程だ。笑顔が眩しい。

 

 そういえば、彼が呟いた言葉は聞き覚えがあった。先程見えた、クーゴの『新しい』虚憶(きょおく)

 

 

「……ゴッドフィンガー?」

 

「ああ。ゴッドフィンガーだ」

 

 

 子どもがいる。目の前に、20代後半のでっかい子どもがいる。グラハムは念を押すように、「ゴッドフィンガーだよ、クーゴ」と笑った。

 嫌な予感がした。最初は漠然としたものだったのだが、少し離れた廊下で見かけたビリーの姿に確信に変わる。

 案の定、グラハムはわき目も振らずにビリーの元へ駆けだした。ボールを追いかける犬を思わせるような走りっぷり。慌ててクーゴも追いかける。

 

 

「カタギリー! ゴッドフィンガー、ゴットフィンガーだ! 私は是非とも、ゴットフィンガーが打ちたい!」

 

「ゴットフィンガー? なんだいそれ?」

 

 

 グラハムの言葉に、ビリーが首を傾げる。

 クーゴは彼の肩に手を置いて、己の頭の中に浮かんだ未来予想図を告げた。

 

 

「やめとけビリー。どう考えても、お前が過労死する未来(まつろ)しか見えない」

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 動画編集は、趣味で何度かこなしたことがある。だが、自分の歌を動画にして投稿するのは初めてであった。

 

 機材の使い方はマニュアルを熟読したから何とかなりそうだ。マイクの準備もばっちりだし、部屋の遮音性は優秀である。研究者と上層部にダメもとで掛け合ったのだが、世の中はどうにかなるらしい。快く許可を出してもらった。

 今回もチームメイトたちに集まってもらっている。虚憶(きょおく)の情報は1つでも多く収集しておきたい。彼らの雑音が入ったとしても、編集でかき消すことは可能だ。身も蓋もない発言だが、『前略、露天風呂の上より』における『どうにかなるさ、編集で』のフレーズは伊達ではない。

 

 記録媒体からヴィジョンの共有を可能とする歌い手『エトワール』と関わりを持つ方法を考えた結果、歌い手仲間として接触した方がよいのではないかとクーゴは思い至った。

 インターネット上で活躍する人間とリアルで顔を合わせるには、掲示板やコミュニティを使い、且つ、その人物と共通の話題を使って関わるのが一番手っ取り早い。

 『エトワール』は歌い手であること以外、目ぼしい情報は手に入らなかった。そこで、クーゴは閃いたのだ。「自分も歌い手として活動すれば、『エトワール』と関わりが持てるのではないか」と。

 

 突拍子のない賭けだとは自覚している。しかし、どんなにIPアドレスやサーバーを追いかけても『エトワール』にたどり着けなかった。

 

 終いには、『エトワール』を追いかけてくれたサイバー捜査員の精鋭たちが、身に覚えのない濡れ衣を着せられ、責任を取るような形で職を辞す羽目になった。

 痴漢、汚職、不倫、盗撮、盗聴、不当こう留、備品横流し等々、軍部や軍人のイメージを失墜させるような容疑ばかり。肉体的被害はないが、精神および社会的な抹殺にかかっている。

 

 

『このままいったら、我がユニオンの精鋭たちが別な意味で壊滅してしまう。これ以上人材を失うのも、軍部のイメージダウンに拍車がかかるのも困るんだ』

 

 

 上司が頭を抱えていた姿がよぎる。ここ数週間で、彼はすっかり窶れてしまった。方々に弁明するため、駆け回っていたからだ。

 『エトワール』には“情報を自由自在に操れる後ろ盾(パトロン)”がついているらしい。うかつに手を出せば、社会的な死は免れない。

 

 こうなれば“歌い手仲間として接点を持ち、近づいていく”以外に、安全で確実な方法が見つからない。今回は、そのための動画投稿なのだ。

 

 

「で、どの曲を歌うんですか?」

 

「これ」

 

 

 ダリルの問いに、クーゴは迷わず曲名を指さす。音源の準備は完璧だ。音声だけを消すくらい、なんてこともない。

 多元世界の虚憶(きょおく)を集めるために、何度も歌ってきた曲の1つなのだ。その中でもこの曲は、とても思い出深いものだった。

 

 

「おお、この曲か!」

 

「僕らの“はじまり”の曲だね。最初の活動で、一番初めにクーゴが歌ったのがこの曲だった」

 

 

 グラハムとビリーが目を輝かせた。他の面々も懐かしそうに微笑む。

 思えば、“多元世界技術解析および実験チーム”の面々とも長い付き合いになったものだ。

 

 

「準備はいいな?」

 

「ばっちりです!」

 

「うむ、いつでもいいぞ!」

 

 

 頷いた彼らを見て頷き返した。機会を操作すれば、イントロが流れ始める。クーゴは息を吸い、旋律を紡いだ。

 

 空を愛した男がいた。男は、空を飛ぶために様々なものを捨ててきた。それでも男の手の中には、かけがえのないものが輝いていた。大切な友人、大切な仲間たち、尊敬できる人々。

 ある日あるとき、男は偶然にも、“天使”が降り立つ瞬間に居合わせた。その瞬間、男は恋に落ちた。男は天使を追いかける。「これは運命だ」と笑いながら、“天使”を捕まえるために空を駆けた。

 “天使”を愛し、“天使”に焦がれた男。その代償として、男は尊敬できる人を奪われた。仲間たちを奪われた。ついには空まで奪われた。手の中にあったものが零れ落ちていく度に、男は“天使”に恋をする。“天使”への愛が深まっていく。

 

 積りに積もった愛は、ついに憎しみに転じた。男は歪んだジレンマを抱えて、なおも“天使”を追い続ける。

 追いかけて、追いかけて、追いかけて、追いかけて――最後に男は、どうなった?

 

 

「愛って何だろうな」

「あれも1つの愛の形なんだろう」

「愛の末路、か。愛と憎しみは紙一重だっていうからね」

「日本でもありましたよね。確か、巷で噂の『やんでれ』とかなんとか」

「恋の病があそこまで悪化するパターンも珍しいよ」

 

 

 面々は、何とも複雑そうに顔をしかめる。その気持ちは、クーゴにもわからなくない。

 だがしかし。この場で唯一、違う反応を示している男がいた。グラハムである。

 

 緑の瞳は虚空を見上げ、口元には柔らかな笑みを浮かべていた。何かに見とれているのか、うっとりとしている。その眼差しはどこか熱っぽい。

 普段通り「記録しないのか」と仲間たちに問えば、弾かれたようにビリーやハワードたちは動き出す。それに対して、グラハムは一切反応しなかった。この曲を歌うときはいつもそうである。

 最初のうちは、皆がグラハムを心配して声をかけたものだ。しかし、グラハム本人の「大丈夫だ」宣言もあって、今では皆虚憶(きょおく)の整理に集中するようになった。

 

 正直に言おう。彼のこんな姿は、何度見ても慣れない。

 

 記録を終えて、クーゴはグラハムの方を向き直った。彼の眼差しは相変わらず虚空に向けられている。口元には、幸せそうに緩んだ笑み。まるで、情人に愛を語らうかのような佇まいだ。奴に恋人はいないけれど、恋人がいたらこんな感じかとクーゴは思う。

 次もまた、同じ曲を歌う。今度はバックコーラスを録音した。バックコーラスからも虚憶(きょおく)のヴィジョンは共有できるようで、皆がまた複雑そうに眉をひそめる。やはり、グラハムだけは笑っていた。

 

 

「どれだけの“天使”が現れようと、私の心を射止めたのはキミ……。美しき光と共に、我が眼前に降り立ったキミだ」

 

 

 甘ったるい声で、グラハムは囁く。ここにはいない“誰か”へと。

 

 

「誰が何を言おうとも、キミは確かに私の“運命の相手”だよ。……過去も、今も、そしてきっと――未来(これから)も」

 

 

 どこまでも真摯な眼差しで。/痛々しいほどの笑顔で。/歯に浮くような台詞で。/一切の冗談などない響きで。

 グラハムは、確かに“天使”への愛を語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「会いたかった……! 会いたかったぞ、■■■■ゥゥゥ!!」

 

 

 ユニオンに所属するフ■ッ■の中で、一際異様なテンションを纏う機体が1つある。おそらく、敵機パイロットの名前は『彼』のはずだ。

 名前を呼ばれた機体名のパイロットたちが険しい表情を浮かべる。特に、ソ□□タ□□ー□ング式■■■■の001に搭乗する『彼女』が。

 自分たちが『彼』と出会った当初から、『彼』は■■■■タイプの機体にご執心だった。『彼』らの部下が困った様子で顔を見合わせる程度には。

 

 一途といえば聞こえがいいが、その一途さがたいへんなことになっている。

 

 理由は簡単。

 この場に■■■■と名の付くものは、この場に『いくらでも』いたからだ。

 

 □レ□□ルビ□□□□のマイスターが駆る機体(もの)、□□ニーの面々が駆る機体(もの)、□ーディ□ータ□たちの駆る機体(もの)等、様々だ。『彼』は■■■■と名の付く機体なら、大喜びで突っ込んでくる。『彼』の歪んだ笑みが、見たくもないのに見えてしまう。

 この多元世界には様々なロボットたちが集っている。世界には■■■■と名の付く機体は沢山あった。■■■■という名前に執着を持っている『彼』には、色々と思うところがあるらしい。

 

 

「■■■■がこんなにも! ああ、目移りしてしまうなぁ!!」

 

 

 『彼』は今日も単騎フルブラスト。三大国家陣営における主力の一角を担っている。

 

 

「私の邪魔をする者は故事にのっとり、馬に蹴られるものと思え! うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

「た、隊長ー!?」

 

「自分で陣形乱してどうするんですかー!?」

 

 

 ■■ッグファイターを束ねる隊長でありながら、自ら率先して突っ込んでいく。後方のフ■■■に乗っていたパイロットが茫然と口を開けていた。他の部下たちも反応に困っているらしい。

 しかし、迷うことなく『彼』のフォローに飛んだ機体があった。その後ろ姿に我を取り戻したらしく、■■ッ■ファイターズたちも動き出す。相変わらず、あのパイロットは優秀な“副官”だ。敵ながら惚れ惚れとしてしまう。

 

 『彼』が焦がれる■■■■だらけの戦場で、『彼』はどの相手と踊るのだろう。翼を持つ天使か、あるいは自由の名を冠した天使か、運命の名を冠した天使か。

 ある程度の候補を立ててみたが、予想は全て裏切られた。翼を持つ天使は騎士と、自由の名を冠した天使や運命の名を冠した天使は別の相手と戦っているではないか。

 慌てて黒い機体を追えば、『彼』は迷いもためらいもなく一点を目指す。□□スタ□□ー□ン□式■■■■の001番機――■ク■アへと。

 

 

「いたか、我が愛しの■■■■よ!」

 

「またお前か……!」

 

 

 嬉々とした『彼』とは対照的に、『彼女』は苛立ちを露わにした。いつも通り、『彼』は『彼女』を口説き始める。

 

 

「どれだけの“天使”が現れようと、私の心を射止めたのはキミ……。美しき光と共に、我が眼前に降り立ったキミだ!! あの日の甘美なときめきが今の私の胸にある……! そう……それこそが、私をこうも突き動かす!!」

 

 

 猛烈なアピールだ。友人が教えてくれた『告白シーン』のひとつが脳裏を駆ける。

 『彼』なら、それを一字一句再現してくれそうだ。「愛を語るには叫ぶ必要がある」を地で行く『彼』ならば。

 しかし、『彼女』はそれを切って捨てる。即座に迎撃体制へ移行し、白い機体と黒い機体がぶつかり合った。

 

 

「この想い、今日こそキミに!」

 

「目標を駆逐する!」

 

 

 火花を散らし合う両機を視界の端に捉えつつ、自分も敵機を撃墜していく。随分と不誠実な男だと思っていたが、自称一途も嘘ではなさそうだ。

 『彼』が『彼女』に対する想いは本物らしい。『彼女』も大変だと苦笑する。ここまで想われて幸せだと言えばいいのか、不幸だと言えばいいのか。

 

 そうこうしていたら、こちらのほうにも■■■グが接近してくる。あの“副官”だ。彼は日本の剣道を思わせるような構えを取り、攻めるチャンスをうかがっているようだった。

 最初の遭遇では射撃による援護を主体にしていたため、■ュ■■ス同様スナイパータイプかと思っていたのだ。しかし、ブレードの構えからして接近戦もこなせるらしい。

 黒い機体がぼんやりと発光する。パイロットも、周囲で戦う仲間たちも、きっとこの事態に気づいてない。パイロットもまた、“目覚め”が近いのだろう。惜しむべきところは、彼と同じ部隊で立つ機会は『まだ先』であることくらいか。

 

 操縦桿を握り締めつつ、自分の持っている『力』を機体へと送る。青い光が輝いていることを、この場にいる誰が気づいているだろうか。

 

 フ■ッ■のパイロットが息をのんだ。違和感を感じ取ったのか、眉間にしわが寄る。

 しかし、彼はすぐにこちらに向き直った。彼の瞳をまっすぐに見返す。

 

 

「本気で行くぞ!」

 

「迎撃します!」

 

 

 こちらも戦いも、火蓋が切って落とされた。

 

 

 

*

 

 

 

 ――そして、黒の機体は次々と落とされていく。

 

 自分と彼は、お互い満身創痍に等しかった。あと一撃で勝負が決まるだろう。

 そのとき、視界の端で何かが爆ぜる音が響く。見れば、『彼』と『彼女』の決着がついたらしい。

 

 『彼』の機体が悲鳴を上げている。軍配は『彼女』に挙がった。

 

 

「それでこそ、私が命を懸けて恋い焦がれるだけの相手だ!」

 

 

 『彼』は相変わらずの様子だった。むしろ、更にノリノリになっている気がする。

 その様子に、副官は萎むように息を吐いた。脱力して肩を落とす。

 

 

「現在進行形で、墜とされかけている側が言う台詞ではないだろう」

 

「む。キミは無粋だな。今いいところなのに」

 

「どこがだ。愛の言葉はいいから、撤退するぞ」

 

「相変わらずひどいぞ」

 

 

 軽口をたたき合う2人は、とても仲がよさそうだ。ただの上司と部下、および隊長と副官とは思えない。

 

 自分と鍔迫り合いを演じていた黒い機体が離れる。本格的に撤退するつもりのようだ。

 無抵抗の相手を追い打ちする趣味はないので、あえて迎撃態勢を取らなかった。向うもその意図を察したようで、肩をすくませる。

 

 

「どうやら見逃してくれるらしい。気が変わる前に撤退するぞ。……ほら、□□□□」

 

 

 隊長機は相変わらず■クシ■の方を名残惜しそうに眺めている。勿論、搭乗している『彼』も、『彼女』に眼差しを向けていた。まるで、買ってもらえなかったおもちゃを見つめる子どものようだ。

 しかし、最後は諦めて撤退することにしたらしい。引き上げの態勢に入る。が、去り際に黒い機体をエ■■アのほうへと向いた。『彼』の眼差しはまっすぐに『彼女』の方を見ていた。

 互いの顔なんてわからないはずなのに、2人が対面しているような錯覚に駆られていたときだ。『彼』から自分たちへ、大音量の通信が入る。

 

 

「また会おう! それまで誰の手にも落ちるなよ、我が愛しの君“たち”よ!」

 

 

 言い残し、隊長機が撤退した。副官機の動きが止まる。

 いつの間にか、撤退を促していた副官機と立場が入れ替わっていた。

 

 終いには、副官機に「どうした、撤退しないのか?」と訊ねる始末だ。はっとした副官も、少し慌てた様子で随伴した。

 副官は首をひねっている。「“たち”ってなんだ。まさか、ハーレム……?」としきりにブツブツ呟いていた。その姿も見えなくなる。

 ■■■■の名を持つ機体のパイロットたちが居たたまれなさそうにしている。先程、迷わず『彼女』の元へと突撃していった一途さはどこへ行ったのだろうか。

 

 へんたいだ。たいへんなへんたいだ。マニアの末路に近い廃人臭がする。

 

 一途であるが故の迷走。しかも、本人は真面目にやっているから尚タチが悪い。

 だからこそ、前言撤回だ。『彼』の『彼女』に対する件は、まだまだ疑うべき部分がある。

 

 ■■■■タイプであれば誰でもいいだなんて、まるで『女であれば誰でもいい』と同義ではないか。不誠実にも程があるだろう。

 その怒りを抱きながらも、冷静に状況を分析しなおす。自分の愛機はぼろぼろだ。近くには■■■マイオ■がある。補給と修理のためにも、一端引いた方がいい。

 □メラ□に帰投の旨を伝え、プ■レ■イ■■スへ戻る。ソ■■タル■ーイングのメカニックたちが、大急ぎで機体へと駆け寄った。

 

 戦場は予断を許さない。三大国家戦力と自分たちの遊撃部隊では規模が違いすぎる。物量で押され続けたら、ひとたまりもないのだ。

 

 

「修理完了だ!」

 

「ありがとうございます。行きます!」

 

 

 カタパルトから再び飛び立ち、戦場へと舞い戻っていった。まだ戦いは、終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今のヴィジョンは、なんだろう。

 

 女性はぴたりと手を止めた。周囲を見回したが、特に変化はない。変わったことと言えば、今まで聴いていた歌が止んだだけだ。

 PCのデスクトップ画面に浮かぶのは、動画サイトの再生プレイヤーである。再生動画が終わったため、画面は真っ暗になっていた。

 

 

(この音楽を聴いて見えたヴィジョンは、私の知っている虚憶(きょおく)と全然違う。でも……この虚憶(きょおく)は、私のものだ)

 

 

 女性の持つ虚憶(きょおく)は、『世界管理システムにエラーが発生したため、世界と立場を超えたMS連合艦隊を率いてプログラム修正のために戦った』というものだ。自分は指揮官兼MSパイロットとして戦場を駆けるオーバーワークに励んでいた。

 確かに自分の虚憶(きょおく)には、やたらと“ある機体”にこだわる人が出てきた。こだわりをこじらせすぎて、方向性を見失ってしまっていたが。根が真面目であるだけに、かえってタチが悪かったことが忘れられない。

 その人物は、自分の指摘に対して「失礼だ」と心外そうにむくれるか、年齢に見合わぬ童顔できょとんとこちらを見返すかの二択である。『彼』の横で、『彼』の副官が申し訳なさそうにしているのが常であった。

 

 

「あ、そうだ。記録しないと」

 

 

 そこまで考えて、女性はハッとして目を閉じた。先程見た自分の虚憶(きょおく)は、後学のためにまとめておく必要がある。

 誰もパソコンに触れてないにもかかわらず、勝手にパソコン画面が勢いでウィンドウを開いていく。常人が見ると、わけのわからない画面がチカチカしているようにしか思えないだろう。

 

 先程、女性の脳裏に浮かんだ光景が、ドラマのワンシーンのように展開していった。

 

 個人的なことだが、自分の虚憶(きょおく)は一般流通しているハリウッド映画よりもぶっ飛んでいると思っている。

 試しに、自分が普段見ている虚憶(きょおく)をマイスターたちに“共有さ()”せてみたことがあった。皆、開始数分で発狂してしまって大変だったことは記憶に新しい。しかも全員、反応が違っていた。

 「ぼ、僕は、俺は、私は! う、うわぁぁぁぁぁぁ!!」と叫びながら頭を抱えて脅えだしたり、「どうしてお前が“ここ”にいるんだ、ライルゥゥゥゥゥ!!」と叫びながら艦内を駆け回ったり、暗い顔をして「ハブられた」と落ち込んだり、「俺もお前もガンダムだ。そうだ、皆ガンダムだ! 俺たちはわかりあえる!!」と絶叫したり。

 もちろん、マイスターたちの記憶からは綺麗さっぱり忘れ去られてしまった。虚憶(きょおく)の特性と、計画始動の準備で大忙しだったからだ。時折、PTSDや薬物中毒によるフラッシュバック現象のような反応を示すことがあったが、マイスター間はおおむね平穏であった。

 

 画面いっぱいに展開していたウィンドウ画面が閉じる。残されたのは、再生が終わったメディアプレーヤーのみ。

 女性には見当がついていた。この歌を歌った人物が、自分と『同じ』であることも。この歌が、彼の仕掛けたトラップであることも。

 

 

(彼こそ、“私たち”が探し続けた『力』の持ち主。しかも、かなり強い潜在能力を秘めている)

 

 

 そう考えただけで、自然と口元が緩む。

 

 

「……ええそうね。“私たち”は、貴方のような人を探していたの」

 

 

 女性は迷うことなく投稿者の名前をクリックした。メッセージ欄を開き、文字を打ち込んでいく。そして、送信ボタンを押したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このときのクーゴ・ハガネはまだ知らなかった。

 

 

 

 

「わんっ!」

「ダーリン! お前ロリコンじゃったのか!?」

「フフフ…ハハハハハハハハ! アハハハハハハハハハ!! アヒャヒャ! ヒャーハッハッハッハ!」

「レーベン…ああ…レーベン!!」

「僕はね…ぶつのも、ぶたれるのも、大好きなんだよ!」

 

 

「カイメラ隊はー?」

「病気ー!!」

 

 

 クーゴの歌ってみた動画を視聴したとあるアイドルが、そこから見た虚憶(きょおく)から“とある虚憶(きょおく)”を連想し、電波ソングをリリースすることを。

 

 

 

 

「運命だ……」

 

「は?」

 

「彼女こそ、私の運命だ! 間違いない!!」

 

「何を言っているんだ、お前は」

 

 

 クーゴに同行していたグラハムが、『彼女』と運命の出会いを果たすことを。

 

 

 

 

「大佐ぁぁぁぁ! 俺と石破ラブラブ天驚拳を一緒に打ちませんかーっ!?」

 

「ルイス! 僕と一緒に……」

「沙慈! 私と一緒に、石破ラブラブ天驚拳を打ってほしいの!」

「ルイス……!」

「大丈夫よ、私たちならできるわ!!」

 

「少女よ! 私と一緒に、石破ラブラブ天驚拳を」

「俺に触るな!!」

 

 

 何故か巷で『石破ラブラブ天驚拳』が流行語になることを。

 

 

 

 

「あれ? どうしたんですか、ハガネ少佐」

 

「いや、俺の目の錯覚かな。“空に咲いた花”に、何か刻まれているような…………相合傘?」

 

「下に名前が書いてあるぞ」

 

「何々? 『□□』と……」

「その隣には、少佐の名前が書かれてますね」

 

「なぁっ!!!?」「なんと!?」

 

 

 クーゴの虚憶(きょおく)で、世界三大告白シーンの1つが再現されたものが出てくることを。

 

 

 

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難が始まるまで、もう少し時間がかかるようだ。


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