大丈夫だ、問題しかないから。-Blue trajectory- <1st Season>   作:白鷺 葵

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9.幸せな時間

「――――」

 

 

 名前を呼ばれて、顔を上げる。『彼女』が柔らかな微笑を浮かべていた。

 

 『彼女』は感情を表に出さない人間だと言われることが多い。元来より不器用なところも相まって、無口で不愛想だと思われがちであった。

 事実そうではあるが、『彼女』は世間一般が思う以上に直情的な性格だ。ただ、その表現方法が少し不器用なだけである。そんなところがいじらしい。

 

 込み上げる感情のまま、男は女性に手招きした。大きく手を広げて、『彼女』を迎え入れる。華奢な体はすっぽりと腕の中に納まった。

 今、女性と“こう”していられる。その“事実”の尊さに、男はますます笑みを深くした。うまく説明できないが、あの戦い以来、今この瞬間が奇跡のように思える。

 「苦しい」と『彼女』は身じろぎした。耳と頬が淡く染まるのは、照れている証拠だ。今頃、男の顔はだらしなく緩み切っているだろう。

 

 

「今日は、お前の誕生日だろう」

 

 

 『彼女』の言葉に、男は硬直する。どうも、この言葉を聞くと反射的に身構えてしまうらしい。

 おまけに、無意識的に「誕生日である」という思考回路を排除しようとする癖があった。

 穏やかな時間を過ごせる相手と出会っても尚、男の癖は治らないようだ。男は苦笑する。

 

 

「地球の共通時間ではな。ここは外宇宙だから、そんなことは関係ないだろう」

 

「それを言ったら、俺の誕生日を盛大に祝ったのはどう説明するんだ」

 

「キミの生まれた日を祝わないわけがないだろう。私は君に会えたことを、何よりもの幸いだと思っているからな!」

 

 

 男はえっへんと胸を張った。

 女性も微笑む。

 

 

「それと同じだ。俺も、お前に出会えてよかったと思ってる」

 

 

 男は思わず、『彼女』の名を呼んだ。女性は静かに目を細めると、とても優しい声で、言った。

 

 

「誕生日おめでとう。お前が生まれてきてくれて、お前と出会うことができて、嬉しい」

 

「っ、――!」

 

 

 感極まって女性の名前を呼んで、思いっきり抱きしめた。『彼女』が何か言った気がしたが、男は構わず頬を摺り寄せる。

 そのまま接吻せんばかりの勢いで顔を近づけたら、丁度いいタイミングで扉が開いた。げ、と、茶髪の色男が顔を顰める。

 

 彼の後ろには、旅の仲間たち。色めき立った面々を抑えるのは、男の友人である黒髪黒目の東洋人であった。

 

 何をしに来たのかと問えば、彼らは笑う。「今日はお前の誕生日だと聞いた」――そう言って、面々は『彼女』の方を見た。

 主役を呼びに行ったっきり帰ってこなかったから気になった、ということか。『彼女』は苦笑した後、男の手を引く。

 食堂は綺麗な飾りつけが施されており、机の上にはたくさんの日本料理が並んでいる。殆ど、友人が作ったものらしい。

 

 

「キミの日本料理は、いつみても美味しそうだな」

 

「まあな」

 

 

 褒められて悪い気はしないのだろう。友人は穏やかに微笑んだ。

 

 料理を見たクルーたちが次々に感想を漏らす。

 

 

「日本料理を食べるのは初めてだな」

 

「綺麗に盛り付けられたもんだ。でも、米に酢か……」

 

「地球にいたときに食べたことがあるけど、そのときは海苔で巻いていた気がしたね」

 

「□ラ准将、それは手巻き寿司の方です」

 

 

 わいわいがやがや。誰も彼もが楽しそうに談笑している。その様子が眩しくて、優しくて、男の視界がじわりと歪んだ。

 それを悟られたくなくて、男は小さくかぶりを振った。『彼女』はなんとなくそれを察したようで、ちらりと男の方を見る。

 

 男は苦笑った。幸せすぎて苦しいのだと、小声で自己申告する。女性は安心したように表情を緩めた。そして、男を主役席へと案内する。

 

 

「ハッピーバースディ、――――・――――少佐!」

 

「35歳の誕生日、おめでとう!」

 

 

 食堂内に、拍手とクラッカーの音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男は目を瞬かせた。

 

 広がる光景は旅館の大広間。おかしい。自分は今、とても幸せな場所にいたはずだったのに。

 そこまで考えて、男は「自分が虚憶(きょおく)を視ていた」ことに思い至った。

 

 今日は9月10日。“男にとって”特別な意味を持つ日だ。それの俗称を言うのは、男にとって憚られるべきことである。言葉にしてしまったら最後、胸につかえる氷塊に耐えられなくなってしまうためだ。

 虚憶(きょおく)の光景があっという間におぼろげになってしまう。消えないでくれと思ったが、もう何も思い出せなかった。幸いなことは、「とても幸せな光景だった」という余韻だけは消え去らないということだろう。

 生きていると、思うようにいかないことだらけだ。今まで「道理を無理でこじ開けてきた」男であるが、男にも「こじ開けられない」ことはいくらでもあった。虚憶(きょおく)持ちの友人も、同じように悩んでいたに違いない。

 

 よりにもよって、こんなときに。

 こんな、残酷な虚憶(こうけい)を見なくてはならないとは。

 

 

「どうかしたのか?」

 

「いや、なんでもないよ」

 

 

 隣にいた少女が、じっとこちらを見つめている。赤銅色の瞳の奥底には、男のことを心配する感情が揺らめいていた。

 平時の男だったら「少女が自分に声をかけてくれた」事実に狂喜するのだが、あいにくそんな余裕はなかった。

 

 

「これ、頼まれてたやつ」

 

「ありがとうございます、叔父さん」

 

「いいっていいって。お前はお得意様だからな」

 

 

 ふと見れば、友人が彼の叔父から何かを受け取っているところだった。先日、期せずして遭遇した彼の実姉と実母によって、大幅に予定が狂ってしまったことを思い出す。

 友人が今受け取ったものは、本来なら先日に立ち寄るはずだった場所で受け取るものだったのだろう。帰っていく叔父の背中を見送った彼は、こちらに戻ってきた。

 待たせてすまないと謝る友人に、歌い手の女性は首を振った。男も頷く。それを見た友人は、ほっとしたように笑う。彼を先頭にして、自分たちは食堂へ向かった。

 

 

「今晩の夕食も豪勢だな!」

 

 

 食堂のふすまを開けた男は、思わず声を上げた。

 

 並んでいるのは懐石料理。煮物と焼き物と中心にした昨日も豪勢だったが、今日は豪勢さに拍車をかけているように思う。

 鯛の刺身は尾頭付きだし、しゃぶしゃぶ用の肉は霜降りである。天ぷらはオーソドックスなものだけでなく、今朝採れたであろう山菜も加わっていた。

 テンションが鰻登りになるのを抑えきれない。男はワクワクした気持ちで席に座る。一番乗りになった男に続き、苦笑交じりで友人が続く。全員が席に着いた。

 

 ふと、友人が歌い手と少女に目で何かを合図した。彼女たちも頷き返す。歌い手は悪戯っぽく笑い、少女は酷く緊張した面持ちを見せた。

 どうしたのだろう。男は思わず問いかけたが、友人たちは何も語ろうとしない。そういえば3人とも、今朝からどこか様子がおかしかった。特に少女が。

 

 

『大丈夫ですよ。あの子や『夜鷹』さんは、貴方が思っている以上に、貴方のことを大切に想っていますから』

 

 

 昼間、期せずして一緒に行動することになった歌い手が言っていたことだ。問いかけても曖昧にはぐらかされてしまったけれど。

 友人と行動していた少女が何をしていたのか、男は知らない。友人を疑うわけではないが、男は思わず彼をジト目で見てしまった。

 途端に友人が不満そうにジト目で見返してくる。しばし睨み合ううちに、なんとなく言い負かされたような気がして、男は先に根を上げた。

 

 肩をすくめて俯く。必死になって飲み下していた氷塊が、喉に痞えているような錯覚を覚えた。

 

 しつこいくらい言うが、今日は9月10日。普通の日より、ほんの少しだけ“特別な”日。

 “男にとっての”9月10日とは少し違うけれど、確かに“特別な”日だった。

 

 だけれども。

 

 

「釈然としないな」

 

 

 男が思わずそう零せば、真正面に座っていた少女が顔を上げた。友人や歌い手もこちらを注目する。

 

 

「何がだ?」

 

「今日は、何やら私だけ除け者にされている気がする」

 

 

 友人の問いかけに即答し、男は恨めしそうに彼を見下ろした。身長180cmの男から見下ろされても、169cmの友人は微動だにしない。

 外見は彼の方が若作りだが、彼の年齢は男より1つ年上だ。ユニオン内では「存在自体が年齢詐欺」だと言われている。

 

 正直、彼が「高校生だ」と自己申告すれば、充分通用するレベルだと男は思う。何をやっても年齢提示を求められるのがネックだと友人は苦笑していた。

 

 

「お前、もしかして拗ねてる?」

 

 

 ははーん、と、友人は悪い笑みを浮かべた。黒髪黒目の若作り顔――外見年齢高校生程度からは想像できない、嫌な笑い方だ。

 彼の星座は厳格な山羊座であるが、こういうときの顔を見ると、悪ガキな射手座の方が正しいんじゃないかと思ってしまう。

 そういえば、「母曰く、『陣痛が来た日に生まれれば射手座だったが、難産だったため日付を跨ぐことになり、結果的に山羊座になった』」という話を聞いた。

 

 もしかしたら、その名残がこういうときに出てくるのではないか。

 男はそんなことを考えたが、はっとして友人を睨みつけた。このまま流されるわけにはいかない。

 

 

「拗ねてなどいない! 話を逸らさないでくれないか!?」

 

「そう怒らないでください。ね?」

 

「いいから落ち着け」

 

 

 年甲斐もなく声を荒げた男を宥めたのは歌い手だった。少女も歌い手に同調するかのように頷く。

 そんな風に言われてしまったら、立つ瀬がなくなるではないか。男は釈然としない気持ちを押し殺し、先の言葉を飲み込んだ。

 

 食堂に入ったときの高揚感は、今ではもう鳴りを潜めてしまった。どこか薄暗い気持ちで夕飯のテーブルについたのは久しぶりである。

 

 必要最低限のものしか置かれていない自室。立てかけたカレンダーの日付は9月10日だ。帰り道に見かけた親子連れが「誕生日のお祝いで外食する」という話をしていた光景を思い出した。薄暗い部屋で1人で食べた、作り置きの夕食。「また1つ」と、口をついて出そうになった言葉を、飲み物で強引に流し込む。

 胸の内に居座っていた氷塊が、ひときわ大きくなった気がする。冷気と圧迫感に押しつぶされてしまいそうだ。男は心の中で頭を抱える。どうして今、そんなことを思い出したのか。今日ははじめから、“男にとっての”9月10日を連想しないよう努めてきたというのに。

 まさか、内心はずっと“男にとっての”9月10日を望んでいたとでもいうのだろうか。それはない、と男は心の中で断言する。男は他者や自分の扱うモノに対して注文や要求はすれど、我儘(よわね)だけは絶対に吐かない主義であった。たとえそれが、どんなにささやかなものであろうとも。

 

 気を抜くと、余計に醜態をさらしてしまいそうだ。男にだって意地と矜持がある。

 好意を寄せる相手の目の前では、大人として振る舞いたい。実際、自分の方が大人なのだし。

 

 

「失礼いたします。グラハム・エーカー様宛です」

 

 

 ふすまを開けて入ってきた中居が、何かを抱えて男――グラハムの元へとやってきた。

 

 鮮やかな黄色の包みでラッピングされた、色とりどりの花束。付属のカードには、筆記体の英語で『Happy Birthday to Graham』とある。

 グラハムが思わず顔を上げれば、満面の笑みを浮かべた友人と歌い手がいた。少女は笑ってこそいなかったものの、普段よりも表情が柔らかい。

 

 

「誕生日おめでとう、グラハム」

 

 

 友人――クーゴが差し出したのは、藍色基調でラッピングされた細長い箱であった。

 先程、彼が彼の叔父から受け取っていたものだ。グラハムはすぐに気づいた。

 

 

「おめでとうございます、グラハムさん」

 

 

 歌い手――『エトワール』が差し出したのは、白基調でラッピングされた中くらいの箱だった。

 気のせいでなければ、中でかちゃかちゃと音が鳴る。おそらく陶器だろう。

 

 

「……誕生日、おめでとう」

 

 

 少女が差し出したのは、空色基調でラッピングされた細長い包みと、神社の名前が入った小さな紙袋であった。

 彼女はどうやら、グラハムへのプレゼントを別々の場所で買ったらしい。

 しかも、神社は昼間に行った場所だ。グラハムと別行動を取ったときに購入していたのだろう。

 

 

(これを隠すために……。だから、彼らは、どこかよそよそしかったのか)

 

 

 そう考えると、今朝から様子がおかしかったことに合点がいく。突発的に考えていたのだろうか?

 いいや、彼らの表情を見る限り、最初からこのサプライズを計画していたに違いない。むしろ、そのために、この旅行を計画したのだろう。

 先程まで拗ねていた自分がばかばかしくなってきた。『エトワール』が言っていた言葉の意味を理解し、グラハムは思わず笑みをこぼす。

 

 胸につかえていた氷塊はない。けれど、それ以上に、熱いものが込み上げてきた。

 

 何もしないままだと飲み込まれてしまいそうだ。グラハムはそれをごまかすようにして、包みを開けてもいいかと3人に問うた。

 彼らは満場一致で頷く。それに従い、1つずつ包み紙を開けていく。まずはクーゴからの贈り物を開けた。

 

 

「キミのは、箸か」

 

「ああ。初日、洛西を回るときに受け取ろうと思ってたんだ。発注は以前済ませてたからな」

 

 

 クーゴはそう言って、次に、申し訳なさそうに苦笑した。

 

 

「本当は箸箱も同じ材質で作ってもらいたかったんだが、青黒檀の箸箱は材質の都合上作れないんだ。代わりに、黒柿・孔雀杢の箸箱にしたんだが……」

 

「いいや、充分だ。ありがとう」

 

 

 光沢がある青緑色の箸と、黒の上に黄金色を帯びた孔雀の羽模様が幾重にも重なる美しい箸箱。

 グラハムが練習用に使っている箸なんか比べ物にならない。早く箸使いを上達させ、この箸を使って何かを食べてみたいものだ。

 

 次に手を伸ばしたのは、『エトワール』からの贈り物だ。包みを開けていく。

 

 

「……すごいな。これは、焼き物のコーヒーカップとソーサーか」

 

「ええ。清水焼って言うらしいですよ。日本の伝統工芸品と洋食器の組み合わせって、素敵ですよね」

 

 

 『エトワール』はうっとりとした口調で呟く。彼女は友人のお土産として、様々なものを買い込んでいた。特に伝統工芸品には目がなかったように思う。

 

 

「グラハムさんは、あの子と仲良くしてくれてますよね? そのお礼です」

 

「その笑い方を見るに、それだけではなさそうだが」

 

 

 彼女の微笑に何かを感じ取り、グラハムは問うた。

 夜に浮かぶ桜の花をイメージさせるような、青基調の陶器。

 どんな技法が使われているのだろう。相当な価値がありそうだ。

 

 そんなことを考えていたとき、『エトワール』が悪戯っぽく笑って、グラハムに耳打ちした。

 

 

「正解。これからも、あの子のことをよろしくお願いしますね」

 

「望むところだと言わせてもらおう!」

 

 

 小声で、けれども勢いよくグラハムは答えた。『エトワール』は満足げに微笑むと、元の席へと戻る。

 彼女は少女と何か話しているようだった。途端に少女の顔が真っ赤になる。責められても尚、『エトワール』は余裕綽々であった。

 

 それを横目に、グラハムは少女からの贈り物を開けていく。

 

 神社の名前が書かれた紙袋の中には、厄除けのお守りが入っていた。海を思わせるような深い青に、金色の糸で文字が刺繍されている。無病息災を祈るそれに、グラハムは胸が熱くなった。『エトワール』の言葉が頭の中で反響する。

 次の包みには何が入っているのだろう。開けてみると、扇と扇袋のセットが入っていた。こちらは空を思わせるような蒼色。触れてみると、絹のようなな手触りを感じた。和紙が丈夫な素材だとは知っていたが、紙にしてはかなりの強度がある。

 グラハムは息を吐き、慈しむように扇を撫でた。少女はどんな気持ちでこの品物を探していたのだろう。想像するだけで、どうしようもなく心が弾む。感謝の言葉を述べれば、少女は安堵したように表情を緩めた。もしかして、不安だったのだろうか?

 

 

「それから、これも」

 

 

 少女は懐から何かを取り出した。手渡されたのは、ハートを象った銀色のストラップ。しかし、これは見覚えがあった。

 神社で売っていた「愛を深める」お守りは2種類ある。グラハムが選んだのは、日本一般で言うデザインのお守りだった。

 

 少女が手渡してきたのもまた、「愛を深める」縁結びのお守りである。現代の若者に受けが良さそうな、シンプルだけれど可愛らしいデザインのもの。

 

 つがいのお守りの片割れを手渡してきた。それが何を意味しているのか、グラハムは知っている。自分もまた、同じ気持ちでつがいの片割れを手渡したのだから。

 少女は無言のまま、片割れを示す。金色のハート。彼女はそれをすぐにしまい込むと、顔を赤らめながらそっぽを向き、俯いてしまった。素直になれないところもいじらしい。

 口元が震える。視界がにじんだような気がするが、気のせいだ。たとえそれが気のせいではなかったとしても、口に出せそうにない。

 

 なんて幸せなのだろう。そのとき、グラハムは漠然としたデジャウを覚えた。

 似ている。同じ光景を、知っている。いつ、どこでその光景を見たのか。

 

 

(そうだ。先程の虚憶(きょおく)の光景だ)

 

 

 もう何も思い出せないけれど、幸せだったことだけは心の刻まれている。

 

 グラハムは幸福をしっかりと噛みしめ、満面の笑みを浮かべながら、かけがえのない人々へと告げた。

 

 

「――ありがとう。今日は最高の誕生日だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 変な奴らがいる。

 何度見直しても、変な奴しかいない。

 

 

(通報しよ)

 

 

 男たちを見たクーゴが真っ先に思ったことは、それだった。

 

 仮面が1人、2人、3人。金髪碧眼、仮面を取ったらイケメンと思しき男が3人、椅子に座って並んでいる。

 その中の1人は見覚えがあった。見覚えのある男が、見覚えのある仮面と陣羽織を身に纏っている。

 彼がそれを買う現場にいたクーゴからしてみれば、何とも言えない気分になるのは当然であった。

 

 先程顔を合わせたキリ□ア・ザ□の目元から下を覆うタイプの仮面もアレだったが、これも相当である。ジオンでは仮面が流行(はや)っているのだろうか。ついていきたいとは思わない。

 

 誰か褒めてほしい。この状況で、大声で「変な奴がいるぞ! この国は皆こうなのか!?」と叫んでトレー□の元へ駆け込まなかったことを。

 誰か褒めてほしい。この状況で、『服装その他諸々に見覚えのある男』に対して暴挙に出なかったことを。

 

 前回のゴタゴタ以来、クーゴと彼が音信不通であったことは事実だ。その間に、彼に何があったかなんてクーゴは知らない。

 

 だけど。

 でも。

 これは。

 

 流石にひどすぎるのではないだろうか。

 

 

(なんだ、この、『子どもから目を離したらいつの間にかはぐれてて、探し回ってようやく再開したと思ったら、子どもがヤンキーになっていたのを目の当たりにした親』のような心境は)

 

 

 クーゴの口元が引きつる。半ば脱力してしまいそうになったが、どうにか踏ん張った。

 目元を覆うタイプの白い仮面をつけた男は何かを察知したようで、陣羽織を羽織る仮面の男とクーゴを何度か凝視する。

 彼は最後にクーゴへ向き直ると、これまた何とも言えない表情を浮かべてこちらを見ていた。

 

 無言であるが、おそらく、彼に台詞を付けるとしたらこうだ。『ご愁傷様。キミも苦労しているのだね』と。

 

 

「少し見ないうちに変わりすぎじゃないのか、『グラハム』」

 

「『グラハム・エーカー』は既に死んだ。嘗ての名前も、階級も、全ては過去のものだ」

 

 

 そう言った男は、酷く尖った雰囲気を身に纏っていた。

 空を愛して翔けていたフラッグファイターの面影など見当たらない。

 

 目の前にいるのは侍だ。クーゴはすぐにそう思ったが、同時に嫌な予感も感じていた。彼の愛する侍――もとい日本文化の知識は、9割が思い込みと勘違いで構成されている。

 口を開けばあらびっくり。元日本人の自分が全力でツッコミを入れるような、斜めにかっ飛んだ話をしてくれる。修正すること幾星霜。その努力は、どうやら水泡に帰したらしい。

 特に、『真の愛で結ばれた日本のカップルは、石破ラブラブ天驚拳を放てる』なんて話をされたときはどうしてやろうかと本気で考えた。今でも悩んでいる。

 

 クーゴが目を離さなければ、こんなことにはならなかったのだろうか。考えてみても、もはや後の祭りであった。

 

 閑話休題。

 

 

「じゃあお前、なんて名乗ってるんだ。名前がなきゃ不便だろう」

 

「人は私をミスター・□シドーと呼ぶ。兵士たちが自分を遠巻きにしながら、そう口にしていた」

 

 

 ふんぞり返った『グラハム・エーカー』――他称(コードネーム)、□スター・ブシドーは堂々と名乗った。

 そりゃあそうだろうよ。クーゴは心の中で呟き、脱力してしまった。この空間にいると、ものすごく疲れる。

 

 クーゴは仮面の男たちから距離を取る。部屋の外、むしろジオンの外に逃げた方が得策かもしれない。それに、ここにはクーゴの相棒である『グラハム・エーカー』はいないのだ。ならばもう、ここにいる意味など存在しない。

 

 

「帰ります。俺は、『グラハム・エーカー』と話をしに来ただけですので。彼がいないなら、これ以上の話など無意味だ」

 

「待ちたまえ、******・*****の客員MS乗り。今は亡きグラハム・エーカーから、キミへの言伝を預かっている。……いいや、遺言と言うべきかな?」

 

 

 ブシド□の言葉に、クーゴは思わず足を止めた。ドアノブにかけようとした手を戻し、振り返る。ブ□ドーの瞳はまっすぐにクーゴを捉えていた。

 揺るぎない眼差しはグラハムなのに、彼は自ら「そうではない」と主張する。なんて矛盾に満ちた男なのだろう。

 ただ、はっきりとわかることが1つある。『奴』が『奴』である限り、クーゴはずっと『奴』に振り回され続けるのだ。

 

 

「平和工作を目的とした特務部隊・■ルトロス隊に入隊し、連邦との平和路線打ちだし、および人類の脅威を討つ戦いに参加してほしい。この部隊には、キミのような人物と、キミが持つ力が必要不可欠なんだ」

 

 

 ああ、やはりこいつはグラハムだ。

 外見が変わろうと、佇まいが変わろうと、雰囲気が変わろうと、根っこは何も変わっていない。

 

 クーゴはふっと笑みを浮かべた。そして、ある確証を得るために問いかけてみる。

 

 

「ひとつ、訊ねたいことがある」

 

「何だ?」

 

「お前、□□・□・□□□□という女性のこと、どう思ってる?」

 

 

 それを聞いたブシ□ーは、間髪入れずに返答した。

 

 

「愚問だな! 『彼女』は私の運め」「うん、わかったもういい。やっぱりお前は『グラハム・エーカー』だ」

 

「『グラハム・エーカー』は既に死んだと言った!」

 

「わかった、わかったから」

 

 

 ぷんすこという擬音がよく似合うような怒り方である。そこも全然変わっていなくて、クーゴは目を細めた。

 

 目元のみを覆うタイプの仮面をした男は苦笑していた。自分たちのやり取りに、何とも言えない気持ちになってしまったのだと思う。対して、ヘルメットタイプの仮面をした男は懐かしそうに微笑んでいた。

 ヘルメット仮面の笑い方は見覚えがある。連邦軍時代の戦友にして、年の離れた友人でもあった男だ。自分たちのやり取りを見ていた彼が、柔らかな笑みを浮かべていたことを思い出す。こんな形で3人が揃うなんて、誰が思うか。

 

 

「協力する、『グラハム』」

 

「だから、『グラハム』は既に死んだと……っ、本当か!?」

 

「ああ。只今より、クーゴ・ハガネは、オルト■ス隊に入隊、行動を共にする」

 

 

 ブシ□ーはぱっと表情を輝かせた。奴だけではなく仮面2人組も嬉しそうに笑う。面倒なのが倍に増えるなんて、最初から分かっていた。もう諦めの境地である。この際、グラハム級の問題児が何人増えようと同じことだ。

 クーゴが同意の返事をしたのと同じタイミングで、□リシアとトレー□が部屋の中に足を踏み入れてきた。2人は嬉々とした様子で「歓迎しよう。準備をする」と言い残して部屋を出る。もしかして、最初から会話を聞いていたのだろうか。

 協力すると言って数分しか経過していないが、もう後悔し始める自分に気づく。今からでも協力を撤回できないだろうかと考えて、クーゴは心の中で首を振った。そんな外道は『あの人』だけで充分である。現在進行形で、『あの人』は暗躍を続けていた。

 

 ミュー■スを始めとした人類の脅威どもが湧いているというのに、人類は内輪もめで手一杯だ。ジオンはジオンでガッタガタだし、連邦は連邦で汚職まみれである。こんな人類で大丈夫か? 大丈夫じゃない、問題だ。むしろ問題しかない。

 今こそ、派閥やら何やらを超えた集団が必要だ。キリシ□や□レーズが内密で援助及び協力体制を結んでバックアップしている組織――コネクト・■ォースのように。『目覚めた』クーゴだからこそ、その重要性はひしひしと痛感している。

 

 ■ルトロス隊の和平工作の中には、コネ■ト・フォースのバックアップも含まれているという。とんでもない多重スパイだ。

 

 

(世界だけではなく、獅子身中の虫も騙さなくちゃいけない、か)

 

 

 クーゴは思考回路を別方面にフル回転させる。そのとき、机の上に何か置かれた。

 

 並べられたのは仮面、仮面、仮面。フルフェイスタイプのものから目元のみを覆うタイプのものまで、様々な種類の仮面が並んでいる。

 嫌な予感がしたクーゴは、仮面3人組を見上げた。奴らは無邪気な瞳でクーゴを見つめている。子どもみたいに輝く瞳には、強い期待の色が見て取れた。

 ブシド□とゼ□スが同意するかのように頷く。金髪碧眼イケメン仮面3人組を代表して、シャ□・□ズナブルが厳かに言った。

 

 

「見ての通り、今日から同志となるキミの仮面は手配済みだ。好きなものを選ぶといい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、いらねーよ!?」

 

「どうしたんだ、クー……『夜鷹』。いきなり叫び出して」

 

 

 グラハムの声によって、クーゴは現実に引き戻された。どうやら自分は虚憶(きょおく)を見ていたらしい。虚憶(きょおく)保持者は、『自分が見たいと望む虚憶(きょおく)を好きなときに見る』ことはできない。ある種、発作とも言えるようなものだった。

 グラハムもクーゴの様子から察したようだ。だが、奴は「その気持ちはよくわかる」と言いながら頷いた。普段は「大変だな」と笑い飛ばすのに、何やらしおらしい印象を受ける。グラハムの方こそ何かあったのだろうか。訊ねようと思ったが、やめた。奴はあまり触れてほしくなさそうに首を振ったからである。

 例えるならそれは、『9月10日(グラハム自身の誕生日)を話題にしようとしないとき』の顔だ。クーゴにだって、グラハムの誕生日同様、触れてほしくない場所がある。今回の一件では、見事に地雷(家族の溝)をぶち抜かれてしまった。

 

 そこまで考えて、クーゴは首を振った。

 今は、『エトワール』や少女へのお礼を考えなくては。

 

 2人は“グラハム・エーカーの誕生日旅行計画”に協力してくれた立役者たちだ。お礼の一つできなくてどうする。

 

 

(しかし、難しいな)

 

 

 良さそうな商品を探しているが、なかなか見つからない。そもそもクーゴは、女性への贈り物を選んだ経験など皆無である。

 いくつかピックアップはしているものの、なかなか決まらなかった。問題はそれだけではない。我らがグラハム・エーカーである。

 彼は先日の余波をまともに受けているようで、やたらとテンションが高かった。嬉しいのはわかるが、奴の相手で消耗しそうな勢いだ。

 

 

「キミの親戚が取り扱うキモノはすごいな! どうだ、似合うか?」

 

 

 真っ赤な紋付き袴を試着したグラハムが、クーゴに問いかけた。

 

 

「ああ。意外と派手な色が似合うんだな、お前って」

 

「意外とは何だ、失礼な」

 

 

 グラハムはそう言って、試着室へと引っ込む。

 彼の着付けを見ていた少女が、別の棚に飾ってあった陣羽織に視線を向けた。

 

 臙脂に近い、やや渋めの赤を基調にした陣羽織。グラハムが試着した紋付き袴と比べれば質素で暗めの色合いであるが、太陽を思わせるような金髪や若葉を連想させるような翠緑の瞳がよく栄える。

 

 少女が何か言いたそうにしているのを察したグラハムが、少女に問いかける。

 彼女は迷うことなく、件の陣羽織を指さした。

 

 

「この陣羽織なんかいいんじゃないか?」

 

「うむ、気に入った! 購入だ!」

 

 

 グラハムは即決し、カード片手に店員の元へと突っ込んでいく。それを見た親戚は、嬉しそうに会計を進めた。

 クーゴは苦笑する。正直、あの陣羽織はそんなに高いものではない。主にコスプレ用に作られた、安価なものだ。

 特定のキャラクターに仮装するためのものではなく、あくまでも和風の格好をしたいとき用の品であった。

 

 「手軽に着れる和服という路線でも売れるはずだ」と目論んだ親戚は、このシリーズの商品を試験的に売り出している。そのため、この店で取り扱っている他の着物より安価だ。おまけに品質も高い。おかげで売り上げは安定しているらしい。

 会計を終えたグラハムは、どこか上機嫌に袋を抱えて戻ってきた。少女はそんな彼の背中を静かな目で眺めている。『エトワール』も少女の様子を見守りつつ、京都のお土産を買いあさっているようだった。 

 

 

(…………でも、この陣羽織、どっかで見たことあるなぁ)

 

 

 クーゴは首をひねった。しかし、どこで見たのか思い出せない。

 

 悩みつつも、クーゴたちは店を出た。

 次の店へと向かう。

 

 

「キミの親戚の店で売っていた、この仮面に惹かれてな。つい衝動買いしてしまったよ!」

 

 

 グラハムはそう言って、お土産(せんりひん)を示す。修羅を思わせるようなデザインの仮面だ。

 

 

「へぇ。顎まで隠すタイプと目元だけのタイプ、2種類か」

 

「どちらも精巧な出来だ。惚れ惚れするな……」

 

 

 2つの仮面を見比べながら、グラハムはうんうん頷いた。余程気に入ったと見える。

 クーゴもその仮面を鑑賞してみる。流石は職人、細部まで細かく作り上げられていた。

 

 「この仮面は2つとも1点ものなんだ」と、頼んでもいないけれどグラハムは説明してくれた。職人技が光るものには、二度と同じものを作れない場合も存在する。この仮面もそれにあたるものらしい。しかし。

 

 

(…………あの仮面、どこかで見たことあるんだよなぁ)

 

 

 クーゴは首をかしげた。しかしどこで見かけたのかわからない。

 もしかしたら虚憶(きょおく)と関連しているのだろうか。しかも、かなり重大なレベルで。

 何も思い出せないのが歯がゆい。悩んでもどうしようもないので、クーゴは首を振った。

 

 グラハムも、袋の中に仮面をしまう。次の店へと足を踏み入れた。

 

 

「……ん?」

 

 

 そうやって、何件の店を回ったのだろう。

 ふと漂ってきた香りに気づく。匂いの出どころは、練り香水を扱っているコーナーからだった。

 

 練り香水は、普通の香水よりも上品で柔らかな香りが特徴だ。特に、京都の練り香水は有名で、舞子さんも使用している。

 どんな香りがいいだろう。クーゴはじっと商品を吟味してみる。匂いに目を留めた先にあったのは、砂糖菓子を思わせるような優しい色合いの陶器に入った練り香水だ。

 気分が晴れやかになるような、爽やかな香り。薄緑色の小袋とセットになった、ペールグリーンの陶器に手を伸ばす。香りの名前は天竺葵だった。これは『エトワール』に買おう。

 

 あとは少女の分だ。どれを買おう。クーゴは考える。

 すっきりとして落ち着いた感じの香りにするか、華やかで優しい香りにするか、それとも姉貴分(『エトワール』)とお揃いにしてあげようか。

 

 

「どうかしたのか?」

 

 

 不意に聞こえた声に振り返れば、グラハムが興味深そうにクーゴと商品棚を眺めていた。

 

 

「何を吟味しているんだ?」

 

「練り香水。今回の件で、2人に協力してもらっただろ? そのお礼だよ」

 

 

 クーゴは『エトワール』に買ったものを示す。

 グラハムは感心したような顔をして、同じ商品に手を伸ばした。匂いを確認し、ふっと目を細める。

 

 

「控えめだが、いい香りだな。パーティで嗅ぐような香水は強すぎる。これくらいが丁度いい」

 

 

 グラハムの言うとおりだ。特に、社交界はそれが顕著である。彼に近づいてくる女どもは皆、けばけばしい服と香りを身に纏っていた。

 欧米でいう香水では出せないだろう。香りにまつわる文化はどちらにも共通しているが、日本の場合はお香のように控えめな香りの方が好まれがちだ。

 といっても、つけすぎれば周囲の迷惑になるのは変わらない。適量を考えて使う必要があるのは、両者に共通することであった。

 

 

「今、あの子のお土産を選んでたところなんだ」

 

 

 クーゴが少女に視線を向けると、奴は目の色を変えた。どうやら、こいつもこいつでお礼の品物を探していたらしい。

 その割には脱線が多かった気がした(一例.仮面)が、黙っておくことにする。

 

 

「クーゴ。カタギリ司令が仰っていたのだが、『日本では、香りで愛を伝える文化がある』と聞いた」

 

「平安時代には盛んだったらしいぞ。手紙に香の匂いを付けたりとか、部屋に香を焚いたりとか」

 

 

 補足してやれば、グラハムは真剣な面持ちで練り香水を睨みつけた。この中から選ぶのだろう。視線で問えば、奴もまた視線で答えた。

 そうして、商品を手にとっては匂いを嗅ぎ始める。どれもいい香りで甲乙つけがたいらしく、様々な商品をキープしては棚に戻してを繰り返す。

 『エトワール』は少女と一緒になって商品を選んでいた。こちらの様子に気づいていないらしい。それはそれで好都合だ。

 

 

「ふむ。彼女には、この香りが似合いそうだ」

 

 

 悩みに悩んだ後、グラハムは薄い青紫色の小袋とセットになった淡い藤色の陶器を手に取った。穏やかで上品な香り。香りの名前は白檀だった。

 

 『エトワール』たちに知られぬうちに会計を終えた。グラハムはまっすぐ少女の元へ向かう。

 クーゴも『エトワール』の方へ向かって歩き出した。彼女はクーゴが名前を呼ぶよりも先に振り返る。

 

 

「どうしたんです?」

 

「大したことじゃない。今回の計画に協力してくれたお礼だよ」

 

 

 クーゴは練り香水の入った袋を手渡した。

 

 練り香水の説明と、薄緑の小袋が『エトワール』、薄い青紫の小袋が少女のものだと伝える。彼女は嬉しそうに微笑んだ。

 早速使ってみることにしたらしい。『エトワール』の白い指が、陶器から練り香水をすくい上げる。試すように匂いを嗅いで、うっとりとした心地で頷く。

 

 

「ありがとうございます。いい香り」

 

「そうか、よかった」

 

 

 気に入ってもらえてよかった。クーゴはほっと胸を撫でおろした。

 

 

「せっかくだから、ほかの人たちのお土産に買っていきます!」

 

 

 『エトワール』はそう言うなり、練り香水のコーナーへと突撃する。まるで、陣羽織を即決で買ったグラハムみたいだ。そう思ったとき、彼女は大量の練り香水を抱えてレジの前に立っていた。

 接客対応に追われる店員の後ろで、別の店員が商品の補充へと向かう。「ひー」という悲鳴が聞こえた。どうやら、『エトワール』によって商品の大半が持っていかれたらしい。彼女は“自分が気にいった品物”に対して、惜しみなく散財する性格のようだ。

 女性陣の皆に配るのだと彼女は笑う。好きなものを選んでもらい、余ったものは自分で使うつもりのようだ。だから商品棚を空っぽにする程買い込んだのだろう。思い切ったら全力投球とはこのことだろうか。

 

 『エトワール』の会計が終わり、全員の買い物が終わる。

 それは即ち、この京都旅行が終わることを意味していた。

 

 解散場所は京都駅だ。旅行の終わりを惜しみながら、クーゴたちは道を行く。

 

 空を見る。地上の光と暗い雲ににかき消されたせいか、星は1つも見えなかった。ざわめく喧騒は遠く、周囲は行きかう人々で埋め尽くされていた。

 次、この4人が揃う機会があったら。今度は北海道や沖縄あたりに足を延ばしてみようか。それとも、日本ではなく別の場所にするべきか。

 クーゴはそんなことを考えていた。そんなことを考えられるくらい、平和な時間だった。穏やかな時間だった。楽しい時間だった。充実した時間だった。

 

 ――幸せな、時間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このときのクーゴ・ハガネはまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

 

『あの機体……ユニオンのフラッグか!?』

 

 

「はじめましてだなぁ、ガンダム!」

 

 

『何者だ!?』

 

「私はグラハム・エーカー。キミの存在に、心奪われた男だ!」

 

 

「踊りましょう? 空の護り手さん。私は一途でしてね、貴方以外の男は眼中にないんです」

 

「熱烈なアプローチをどうもありがとう、レディ。ご期待に添えるかどうかはわからんが、精いっぱいエスコートさせてもらうとしよう。――そこを、動くな!」

 

 

 この4人が、戦場で相見えることを。

 

 

 

 

「うわぁぁ!?」

 

「っ、すまん! 大丈夫……え?」

 

 

「これ、『特攻隊』関係の本じゃないか」

 

「な、なんだっていいだろ!? 俺が何を読んだって自由じゃないか!」

 

 

「……か、勘違いするなよ。べつに、アンタの歌を介して見た虚憶(きょおく)の『桜花嵐』や『HEAVEN AND EARTH』の影響を受けたわけじゃないんだからなぁぁぁぁっ!!」

 

 

「おーい、ジョシュアー。1冊忘れてるぞー」

 

「あいつ、意外と可愛いところあるんだな」

 

「後で、奴の部屋の前で『桜花嵐』と『HEAVEN AND EARTH』の虚憶(きょおく)が視える歌、熱唱してやりましょうぜ」

 

「よしきた。ダリル、ハワード。音源の準備を頼む」

 

 

 部下の1人が、とある点から日本に興味を持つようになることを。

 

 

 

 

「この香り……クリスが近くにいるっス! やっば、俺の格好大丈夫かな? ねえイデア、俺おかしくないっスか?」

 

「そうねえ。これでも嗅いで落ち着いたらいいんじゃないかしら? ついでに体に塗ってみるとか」

 

「ぎゃああああああああ! クリスの香りとお揃いにィィィィィ!?」

 

 

「……おかしいわね。リヒティが発狂しちゃった」

 

「ラベンダーの香りなのに?」

 

「ラベンダーの香りなのに」

 

 

 

「お、フェルトの匂いだ」

 

「何とも言えない臭いがするわ。ロックオンから」

 

「え? 俺、何もつけてないぞ?」

 

「そりゃあもうプンプン。練り香水どころかどぎつい香水でも消せない程の、犯罪の臭いが」

 

「ちょっと待て!」

 

 

 

「練り香水っていい匂いね」

 

「種類も豊富だし、外見もかわいいですしね」

 

「ねー」

「ねー」

「ねー」

 

 

「そんなマリーがかわいい」

「そんなアニューがかわいい」

 

「……お前ら」

 

 

 プトレマイオスの女性陣クルー内で練り香水が流行し、男性陣に余波が直撃することを。

 

 

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難は続く。




【参考および参照】
『オーダーメイドのお箸専門店「京都 おはし工房」』より、『箸 青黒檀箸』、『箸箱 黒柿・孔雀杢箸箱』、『包装 桐箱』(青黒檀は箸箱が作れない/黒柿・孔雀杢は箸が作れない)
『京都清水寺 陶点晴かわさき|清水焼 お茶碗 陶器|観光トイレも有り 京都・清水焼の器』より、『一珍夜桜  コーヒーカップ&ソーサー』
『縁結び祈願 恋愛成就 京都地主神社|初詣 お守り 恋占い おみくじ 桜 七夕祭り 紅葉』より、『愛のちかい』、『厄よけ守』
『紋竹落水和紙扇子セット 紳士| 扇子の京都老舗【白竹堂】 | 創業享保三年(1718) | 扇子・京扇子販売』より、『紋竹落水和紙扇子セット』

『和雑貨「花楽堂」  和風雑貨のセレクトショップ。桜・うさぎなど季節の和小物や和食器を販売。』より、『【遊中川 】粋更 練り香水 天竺葵』、『【遊中川 】粋更 練り香水 白檀』

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