大丈夫だ、問題しかないから。-Blue trajectory- <1st Season>   作:白鷺 葵

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大丈夫だ、まだ平和だから。
0.彼の仲間たちとの平穏


 巨大な隕石の上で、様々な機体が戦いを繰り広げていた。

 

 

「風神の次に、雷神と日輪の使いが続く! クーゴ!」

 

「任せろ、グラハム!」

 

 

 ゼ□□が搭乗するMS――騎士をモチーフにした機体に続き、クーゴとグラハムのMSが攻撃を仕掛けた。グラハムが駆るナイトブルーの可変機体は、相変わらず無茶苦茶な機動力と変形を見せてくれる。クーゴもグラハムを援護し、撃ち漏らしを掃討した。

 敵機撃墜およびパイロットの脱出を確認し、新手に挑む。最も、最近の役割は専ら『機体の無力化』や『撃ち漏らしの掃討およびトドメ』になりつつある。グラハムと□□スが前線での切り込み隊長役を買って出るためだ。

 “秘密機関(■リ■■■ー)の風神雷神”を自称するだけあって、□ク□とグラハムはいいコンビネーションだ。共に戦ってきたというのは伊達ではない。クーゴは一時期『彼らと共に、再び戦う未来(あした)を手にするため』に袂を分かっていたが、ブランクなんて関係なかった。

 

 ダメージを受けながらも尚、兵たちは撤退しようとしない。捨て身覚悟でグラハムに突っ込んでくる。

 

 

「っ、グラハム下がれ!」

 

 

 両者に割り込むようにして、自分は愛機を駆った。クーゴのMSは2本のブレードで、蘇芳色の量産機が振り下ろしたサーベルを受け止めた。

 敵機体にあるコックピットの場所は把握しているため、あえて関係ない場所を狙う。攻撃を切り払い、即座に突きに転じた。剣道における二刀流の動きを戦術に組み込んだ近接用のコンバットパターン。

 手ごたえを感じて離れれば機体は爆発した。きわどかったが、パイロットは脱出できたらしい。それを確認した後、すぐさまグラハムの駆る指揮官機に視線を戻す。彼の機体に損傷はない。ウィンドウ越しから感謝の言葉を告げられ、ほっと息を吐いた。

 

 

「戦況は?」

 

「相変わらず混戦状態だ。とくに赤い彗星同士が」

 

 

 グラハムの問いに答え、クーゴは戦場を見回した。相変わらず、ジ■■軍と■-B■■■の戦いは続いている。その中でも特にぶつかり合いが激しいのは、2機の赤い機体。

 外観は兄弟のように似通っているが、細かいところを見比べるとデザインも性能も違うことが分かる。機体と同じく、搭乗するパイロットの外観もよく似ていた。

 

 片や、世界を救うため、一時的に自分たちの敵になった壮年の男。

 片や、壮年の男になりきるために生み出され、巨大隕石を落とそうとする仮面の男。

 

 ビームサーベル同士が火花を散らしている。両者とも、パイロットとしての腕前は互角だ。勝利を掴めるか否かは、パイロットの想いや覚悟にかかっている。

 これは自分の個人的な意見だが、想いや覚悟は壮年の男のほうが上だ。破界や再世の戦い、あるいは友人や本人が語っていた「それ以前」の戦いで、様々な人々の想いに触れてきたためである。

 心の中に虚無を抱える仮面の男に、彼が負けるはずがない。共に戦ってきた仲間ゆえに知っている。だからこそ自分たちは、彼の邪魔をしようとする者すべてを掃討するのみ。

 

 そして勝敗は決した。負けたのは、仮面の男が駆る機体。

 

 奴が搭乗している機体はぼろぼろだ。片足は第一関節から、腕は肩からちぎれ飛んでいる。機体の至るところから火花が散っており、戦闘続行に耐えられないことは明らかだった。

 しかし、何を思ったのか、赤い機体は隕石の中心へと飛んでいく。機体が破損しているというのに、流星を思わせる勢いだ。壮年の男も、仮面の男の後を追った。満身創痍の赤い機体は、損傷の少ない赤い彗星に抑え込まれる。

 

 

「このままお前は、私と時空修復をやってもらう!」

 

「私が同意すると思うか、□ャ□? 私は人類の未来に対する覚悟がある。そう……この生命を投げ出すだけの」

 

 

 仮面の男が駆る機体の動きがおかしい。

 

 

「奴はまさか……!」

 

「自爆する気か!」

 

 

 ■-■L■■全体の切り込み役として戦場を飛び回っていた2人の革新者が、はっとしたように叫んだ。

 2つの特異点が揃わなければ、時空修復は失敗する。奴はそこまでして、地球を滅ぼしたいのだろうか。

 

 

「なんという執念だ……!」

 

 

 グラハムが苦々しい表情で赤い機体を睨む。しかしクーゴにとって、あの手の執念は身に覚えがあった。

 

 

「仮面をつけてた頃のお前みたいだな」

 

「こんなときまで手厳しくなくてもいいじゃないか!」

 

 

 身に覚えのありすぎるグラハムが即座に反応する。巻き添えで、仮面をつけていた時期があったゼ□□は閉口してしまった。

 後で□ク□をフォローしておかなくては。ぎゃんぎゃん騒ぐグラハムの声を右から左へ受け流し、クーゴはそんなことを考えた。

 

 

「日本人は空気が読めると聞いた! なのに!!」

 

「茶番はそこまで。来るぞ」

 

 

 クーゴがグラハムを制止したのと同じタイミングで、ガ□□□□が現れた。

 

 どうやら、□□アがZ-■■■■を敵に回し巨大隕石を落とすなんて真似に出た理由は、□ド□□□の入れ知恵だったらしい。

 いいや、奴が入れ知恵する以前から、シ□□は特異点が2つではないかと薄々感づいていたようだった。流石は■ュ■■■■といったところか。

 双子座の機体を駆る少年と□□アが息巻く。□□ラ□□は心底拍子抜けしたようだが、何やら悪い笑みを浮かべる。

 

 

「だったら、こういうのはどう?」

 

 

 奴が笑った。次の瞬間、隕石が恐ろしい勢いで加速する。

 これが落ちたら、時空修復どころか地球が滅亡してしまう。そこまでして、奴は地球を滅ぼしたいのだろうか。

 

 白い機体を駆る者の中で最年長であるア□□が、■■■■■ー■艦長の名を呼んだ。彼は頷き、■-■■■Eの全員に連絡する。

 

 

「……すまんが、みんなの生命をくれ……!」

 

 

 重々しく響く艦長の声が何を意味しているか、クーゴはすぐにわかった。□ク□とグラハムらとウィンドウ越しに顔を見合わせ、頷く。

 □ミ□□が了解の返事をし、隕石を受け止めるために翔る。彼らの後に続き、クーゴたちも隕石の下へと降りた。

 自分たち■-■L■■や人類は、決して仮面の男や□□ラ□□の思い通りにならない。隕石の元へ集まる機体の群れを見た□□□イ□と仮面の男が息をのむ。

 

 まさか、と奴らの顔が問うていた。

 そのまさかだ、と自分たちは返答する。

 

 地球に落下する巨大隕石を、Z-■■■■全員で押し返すのだ。

 

 

「無駄だ、■-B■■■。大特異点は落ちるよ」

 

「そんなの、やってみなけりゃわからないだろ!」

 

 

 運命の名を冠した白い機体を駆る少年が叫んだ。それを皮切りに、仲間たちは隕石を押し返す。文字通り、魂を燃やす勢いでだ。

 力の摩擦を受けた隕石と自分たちの機体が赤く発光する。■-■L■■の仲間たちは諦めてなどいない。伊達に、多元歴の地球に攻め込んできた侵略者を撃退してきたわけではないのだ。

 

 しかし、待てど暮らせど時空修復が始まる気配はない。しびれを切らした□ム□が□ャ□に訊ねるが、まだ準備が進まないようだ。

 

 仮面の男曰く『特異点同士が「時空修復を成したい」という意思がない限り、修復は不可能』だというのだ。このまま隕石が落ちれば自分も死ぬというのに、奴はそんなものなど興味がないと言いきった。

 なんて奴だ、とクーゴは思う。姿かたちは確かに人であるのに、男の言動には人間らしさなど皆無だった。無を意味する記号を背負う少年が息を飲む。自由の名を冠した白い機体を駆る青年が怒りを見せるが、仮面の男は歯牙にもかけない。

 むしろ、己に与えられた役目を果たすために死ぬつもりでいる。そんなの、あまりにも空しすぎるではないか。仮面の男が時空修復に同意しなければ、万事休すである。

 

 次の瞬間、シ□□が仮面の男の名を呼んだ。強い脳波を感じ取る。確か、彼らのMSには■■■フレ■■が装備されていた。

 □ャ□はサイ■■■■■の共振現象を利用して、仮面の男の意志を押し殺そうとしているのだ。

 

 

『聞こえるかい? ミスター赤い彗星』

 

 

 □ラ□ア博士からの通信が入る。彼女はシャ□に頼まれ、この日のために準備を進めてきていたというのだ。

 

 

『こちら□□ラン・□□だ。私設部隊組織から提供されたドライヴにより粒子の散布は終了した』

 

『これで各コロニーの間はつながったも同然だよ!』

 

 

 裏方で準備を進めていた面々からの通信に、皆が驚きの声を上げる。ドライヴの粒子を使って人の意識をつなげるなんて、さすがに無理があった。

 提供元に所属するマイスターたちが心配するが、ト□イ□博士笑う。『人の心をつなぐものは1つではない』という言葉に、□ル□がはっとしたように顔を上げた。博士曰く、再世事変で醜態をさらした男に協力させたらしい。

 自分たちと同行していたロボットも『博士に脅されて秘蔵品を提供した』と力強いエールを送ってきた。最後の隠し玉として彼女が示したのは、地球を焦土と化す力を持つ火星のZ■■E。再世の戦いにおける最終決戦場だ。

 

 集めた意志は、大特異点である隕石へと送られる。

 ここからが正念場だ。隕石を押し戻しながら、クーゴは仲間たちを見回す。

 

 

「□□!」

 

「わかっている!」

 

 

 緑の粒子が吹き上がる。人々の意識をつなぐ空間が広がった。

 それを皮切りに、□□ロが仲間たちへと指示を出す。名前を呼ばれた面々が頷き、次々とシステムが起動されていく。

 

 

「バ□ー□、腕に掴まれ! お前の機体を支える!」

「カ□□ユ君は私の機体につかまって!」

「僕の機体に搭載されているフィールドで壁を作ります! その間なら移動できるはずです!」

「こちらもシステムを起動させる!」

「ヒビ□君!」「わかっています! 全開で行きます!」

「こちらのシステムで状況を分析し、最適なルートを算出する!」

「データをこちらにも回せ。お前の計算と俺の機体のシステムを組み合わせれば、さらに精度が上がるはずだ」

 

 

 名前を呼ばれなかった面々も、仲間たちを支えるためにシステムを起動させていく。文字通りの総力戦だ。

 

 Z-■■■■の面々に触発されたのか、■オ■軍のMSたちも隕石を支えるためにやってくる。今このとき、彼らは理解したのだろう。シ□アが何を成そうとしていたのか。

 部下たちの温かな言葉に、□□アは申し訳なさそうに目を伏せる。彼の腹心であり、彼の無茶を止めるのが役目だと自負する青年も力強く笑い返していた。

 彼らの姿を見ていると胸が熱くなる。クーゴはコックピットを仰いだ。隕石の表面が視界を占めていたが、視界の切れ目からわずかに宇宙が見える。自分の背中には地球があるのだと考えると、負けていられない。

 

 人々の心が大特異点へと集まっていく。このチャンスを逃すまいとするかのように、□ム□が後輩のニュ■■■■たちに呼びかけた。後輩たちも頷き、サイ■■■ー■を発揮してシ□アを援護する。

 次の瞬間、大特異点である隕石の周囲に緑の光が漂い始めた。光に触れたとき、たくさんの声が耳を打つ。頑張れ、負けるな、未来を、明日を――聞いているだけで力がみなぎってきた。

 

 

(これが、すべての人々の意志か)

 

 

 クーゴは思わず表情を緩めた。光に触れていると、隕石が落ちてくるかもしれないという恐怖なんて感じない。

 むしろ温かくて安心する。同時に、この温かさが様々な奇跡を起こしてきたのだ。

 

 

「だが、この温かさを持った人間が感情を制御しきれず、自滅の道を歩んでいる……!」

 

 

 仮面の男は尚も抵抗する。しかし。

 

 

「わかってるよ! だから、世界に人の心の光を見せなけりゃならないんだろ!」

 

 

 ア□□が語気を強めて叫ぶ。より一層、緑色の光が眩く輝いた気がした。

 

 

「感じろ。これが人の心の光……未来を望む力だ!」

 

「ぐっ!!」

 

「ララァ! 私を……世界を導いてくれっ!!」

 

 

 シャ□の叫びに呼応するように、彼の機体が白い光に包まれる。

 まるで、彼の機体の背中に白鳥の羽が生えたかのようだ。

 

 

『大佐……』

 

 

 女性が微笑む気配がしたと思った瞬間、この場は緑色の光に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああああああああああああああうわああああああああああああああああああああ!!」

「これが、人の心の光……!」

「見える、見えるぞ! ササビーの背中に、白鳥の羽がァァァァァ!!」

「よく頑張った。みんな、よく頑張ったよ……!」

 

 

 誰も彼も、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。

 

 歌が終わったカラオケボックス内は、男たちの嗚咽で満たされていた。1回歌っただけでこの有様だと先が思いやられる。

 この面々の中に、目的を覚えている人間がどれ程いるだろう。刃金 空護――クーゴ・ハガネは、泣きじゃくる同僚と部下と友人の顔を見回した。

 

 

「……ところで、さっきの歌で見えた『ヴィジョン』で分かったことを、忘れないうちにまとめておくんじゃなかったのか?」

 

 

 ヴィジョンとは、あるとき突然、人間の頭に浮かび上がる画像および映像のことを指している。簡単にたとえるならば、とあるゲームに出てくる『視界ジャック』とよく似た現象のようだった。といっても、視界の共有だけでは終わらないのだが。

 しかし、『ヴィジョンを見る』という現象を発生させるためには“ヴィジョンを見せる力を持つ者の、ある一定の行動”を介する必要があった。例としては、クーゴの“歌う”という行為が挙げられる。『ヴィジョン』で見れる具体例は“ヴィジョン発信者の記憶および経験”や“思考回路の内容”であることが多かった。

 最近ではヴィジョン現象を使った意志疎通やシンクロ等の研究も行われている。特に、デザインベイビーの分野などで期待されているらしい。ヴィジョンを他者に“見せる”ことができる人間は共有者(コーヴァレンター)と呼ばれており、これからもっと増えていくだろう。

 

 コーヴァレンターは2270年代に入って突如現れ始めた。能力が発現する年齢や人種はまちまちで、胎児から90歳を超えた老人までの幅広さを持つ。いつなんとき、誰でも発現しておかしくない能力なのだ。

 

 しかし、この能力を発現する人間の中にも特殊なケースがある。

 

 自身がまったく見たこと経験したことのない記憶および経験や知識を、本人がそうと知らぬまま得てしまうという人間がいる。『身に覚えのない記憶や学んだ覚えのない知識を有するという現象』は虚憶(きょおく)と呼ばれていた。

 虚憶(きょおく)は、第三者が知覚することはできない。あくまでも、記憶を保持する当人だけが虚憶(きょおく)の恩恵を受けられるのだ。おまけに、虚憶(きょおく)の大半が突拍子もないものが多かったため、コーヴァレンター能力が発現される2270年以前に虚憶(きょおく)関連の話をする人間は『精神障害者』として片付けられていた。

 

 クーゴの虚憶(きょおく)は、『異世界同士が何らかの出来事で重なってしまい、そこで出会った人々が愛機(ロボット)を駆り、様々な侵略者から地球を守る』世界のものだった。虚憶(きょおく)では“多元世界”と呼ばれるた“そこ”のテクノロジーは、この世界――2300年代の現在より進んでいる。

 この虚億(きょおく)から情報を引き出すことができれば、自分たちの技術発展に使えるのではないか――そう判断したユニオンの上層部は、クーゴのコーヴァレンター能力と相性が良かったグラハム・エーカーとビリー・カタギリを中心とした人間たちで、“多元世界技術解析および実験チーム”を結成したのである。

 といっても、このチームに選ばれた面々はクーゴと付き合いの深い者たちばかりだ。年下の友人であるグラハム、年上の友人であるビリー、かねてから親交のあった部下ハワードやダリルたちで構成されている。コーヴァレンター能力は、発信者が心を許している相手だと鮮明に残りやすい。それは、虚憶(きょおく)のヴィジョン共有にも当てはまるそうだ。

 

 

「あ」

 

 

 “多元世界技術解析および実験チーム”の面々は、慌てて端末を操作をする。しかしもう手遅れだ。

 

 

「あれだ。ジオなんとか帝国の量産型MS! 名前何だっけ?」

「ヴァルキリーって何のこと指してたんだろう。くそ、この単語以外何も思い出せない……」

「何の共振現象でしたっけ。さ、さい……ああもう! 何で出てこないんだ!?」

「ララァって誰ですか?」

 

 

 歌が終わって数十秒。歌っている間中叫び散らしていた連中が、自分が叫んだ言葉の意味についてうんうん唸っている。

 大半の面々が、単語や人名の一部を覚えているだけだ。簡潔な説明文を覚えていられれば御の字である。

 

 

「赤い彗星、サイコフレーム、世界平和のための秘密組織『プリペンター』、火消しのウィンド、日本神話における太陽神の使いが『烏』、ライトニング……」

 

 

 単語および簡易説明文の数と正確性では、グラハムの右に出るものはいない。

 

 

「大特異点、時の流れが止まることで永遠に未来(あす)が訪れないという『時の牢獄』、仮面、ブシドー……ぐっ、頭が!」

 

 

 グラハムが頭を抱えて唸る。どうやら、ヴィジョンを通して見た虚憶(きょおく)に振り回されている様子だった。

 こいつも悩むことがあるんだな、と、クーゴはひっそり失礼なことを考える。本人に知られたら、間違いなくむくれるだろう。

 

 

「常人とかけ離れた強い脳波を発する人間のことで、サイコミュ兵器を動かしたり、空間認識能力が高かったり、予知能力なんかが使えたりするやつ。一言で言い表す言葉があったはずなんだけど、何だったかな?」

 

 

 人によっては『物の名前は覚えていないが、どんなものなのか説明できる』者もいた。この中では、ビリーがそれに該当する。

 

 虚億(きょおく)をヴィジョンで共有させる場合、ヴィジョンの内容を正確に覚えていられるのは“コーヴァレンター能力が発動している間”らしい。

 時間が経過すればするほど、ヴィジョンで共有した虚憶(きょおく)の内容が薄れていく。クーゴの虚憶(きょおく)は、持って最長10分弱が限界だ。

 

 

「ハガネ中尉も、覚えてることがあったら書きだしてください」

 

「ああ。多分、俺が一番長く覚えていられる人間だろうからな」

 

 

 ハワードの言葉に従い、クーゴは椅子に座って端末を起動した。覚えている単語や対象物の説明を打ち込んでみる。

 虚憶(きょおく)の持ち主であるクーゴ自身は、コーヴァレンター能力でヴィジョンを共有した第三者よりも長く内容を覚えていられた。と言っても、15分持てばいい方だったが。

 

 あらかたその作業を終えた面々は、互いの端末にその情報を送信し合って情報を共有する。情報を組み合わせて整理するのは、今回は後回しだ。

 

 

「これくらいか。クーゴ、頼むぞ」

 

「お前、大丈夫なのか? ブシドーって言った瞬間、辛そうな顔をしていたが」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

 

 グラハムがクーゴを見て頷く。他の面々も端末を打ち込む準備や録音機材の確認を終えたらしい。「もう一度歌え」と目で合図する。

 クーゴは頷き、カラオケ機材に番号を打ち込んだ。落ち着きながらも洒落た感じのイントロが流れ始める。テレビ画面には曲のタイトルが表示された。

 

 歌の出だしに合わせて声を出す。旋律に乗って、歌を歌う。

 

 脳裏に浮かんだのは、巨大な隕石での最終決戦。2つの赤い彗星が対面し、異なる目的のために火花を散らしていた。世界を超えて組織された遊撃部隊の面々は、人類の革新を信じた壮年の男と共に仮面の男へと挑む。

 時間の流れが停止した永遠の牢獄などまっぴらごめんだ。自分たちはこんな時獄(じごく)の中で、永遠にまどろむことなど認められない。その想いは仮面の男の虚無を打ち砕いた。けれども奴は諦めない。いがみ合う双子を宿す侵略者による乱入もあり、隕石は地球めがけて落下する。

 遊撃部隊は諦めなかった。彼らを応援する人々も、地球で生きる人々も、明日を手にしたいと願っていた。文字通りの総力戦。人の心の光が満ち溢れ、不可能を可能にしていく。その果てにある奇跡を、人々は目撃するのだ。

 

 

「シャア、こんなに綺麗になって……! 人類の革新を信じたアンタは、フロンタルなんかに負けるはずがない!」

「せめてハマーンには話しておけよ。こじれにこじれて面倒なことになってるよ。激おこぷんぷん丸だよ」

「そうだ! たかが石ころ1つ、押し出してやれ!」

「みんな頑張れ。文字通りの総力戦だ!」

「地上で待ってる人々の想いが伝わってくる……」

 

「ふふ。……いや、まさかキミと共に戦える日が来るとは。その喜びを、改めて噛みしめていただけだよ。――さあ行くぞ!」

 

 

 曲が終わった。興奮冷めやらぬ面々が余韻に浸っている。その中で一際目立つのはグラハムだ。

 

 虚憶(きょおく)のヴィジョンを見ているときのグラハムは、戦場を翔っているときのようにテンションが高くなる。時折クーゴに指示を出したり、誰かの援護に加わる旨を叫んでいることもあった。まるで、虚憶(きょおく)の中でも戦っているかのように。

 ただ、時折、「人としてその発言はどうなんだ」と首を傾げたくなるようなことを口走ったりする。場合によっては、その相手に対して告白まがいのことを叫ぶのだ。『キミの視線を釘付けにする』だの『乙女座の私には、センチメンタリズムを感じずにはいられない』だのと叫んでいたか。

 別な曲を歌ったときは『意中の相手の代わりというわけではないが、私と1曲付き合ってもらおう!』と、ある種の浮気宣言らしきことを口走っていた。狂気と激情に駆られたグラハムを見たのは、このときが初めてである。思わず『“アレ”であれば何でもいいのか』と訊ねたくなった。

 

 余韻に浸るのに夢中になった面々は、端末に内容を記録することを忘れている。

 かくいう自分も、半ばそれに近い状態だった。

 

 

「ところで、メモ取ったか?」

 

「あ」

 

 

 クーゴの指摘に、面々は慌てて情報をまとめていく。

 

 ダリルが唸り、ハワードが額に手を当て、他の部下たちが己自身の言葉に首を傾げ、ビリーが端末をいじり、グラハムが「ブシドー」という単語に頭を抱える。

 そんな彼らを眺めながら、クーゴは端末に虚憶(きょおく)で見た情報を覚えている限り記録していく。これが、軍事以外のささやかな日常光景。他にも穏やかな時間はあるが、クーゴはこの時間を気に入っていた。

 

 

(この時間が、長く続けばいいんだがな)

 

 

 端末をいじりながら、クーゴは口元に微笑を浮かべた。こうしている面々を見ると、この光景がひどく愛おしく感じるのだ。同時に、砂上の楼閣という言葉が脳裏をちらつく。

 和やかで平穏な光景だというのに、薄氷の上を歩くような心地になったのはなぜだろう。クーゴが己の心情に首を傾げたとき、頭の奥底に鋭い痛みが走った。

 

 断末魔の悲鳴。仲間の乗った機体が無残に爆ぜる。もがれた翼、割れた眼鏡、血しぶき。

 我が物顔で“アレ”が舞う。戦場を蹂躙するのは、天使を思わせるような白のMSだ。

 ■■■■ファイターとしての矜持も、大切な部下たちも、友人の心も、自分たちが愛した空も、すべて“アレ”が奪っていった。

 

 年下の友は、“アレ”を追いかけるために何もかもを捨ててしまった。その権化が、仮面の武士。

 年上の友は、裏切られた悲しみから走り出してしまった。その権化が、殺戮に特化した機械人形(オートマトン)

 

 だめだ。そんなのはだめだ。そんなの、絶対にだめだ。だから――

 

 

「クーゴ、顔色が悪いぞ」

 

 

 グラハムに名前を呼ばれ、はっとした。きょとんとした表情を浮かべる金髪碧眼の青年は、妙に子どもっぽい。

 

 

「今、虚憶(きょおく)が見えた。……内容があまりにも凄惨だったから、少し、精神的にキツくてな」

 

「なんと! それは一大事だ。今日はここで切り上げた方がよいのではないか?」

 

「心配するな、大丈夫だから。今見えたのも、覚えてる限り打ち込んでおく。何かの役に立つかもしれんだろ」

 

 

 大仰に驚き心配するグラハムを制し、クーゴは端末を操作する。思い出すのが正直苦痛であるが、断念するわけにはいかない。この虚憶(きょおく)が、誰かの明日を救うことに繋がるかもしれないのだ。突き動かされるようにクーゴは内容を記録していく。

 打ち込めるだけ打ち込んで、クーゴは次の曲を歌うために準備をした。これから更に喉を酷使するのだ、休憩や喉の痛みを抑える処置はしておかなければ。持参してきた自家製コーディアルを炭酸水で割ったものを飲み干す。イギリスから遊びに来た叔母が作り方を教えてくれたものだった。

 さっぱりとしたレモンの風味と心地よいエルダーフラワーの香りを楽しんだ後、クーゴは再び番号を打ち込んだ。周囲に目くばせすれば、仲間たちは頷く。マイクを持って立ち上がり、クーゴは再び歌い始める。

 

 そうして今日もまた、日常は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このときのクーゴ・ハガネはまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「私はキミが好きだァァァ! キミが、欲しいィィィィィィ!!」

 

「貴様は歪んでいる……!!」

 

「やめないか、グラハム。彼女が困っているだろう」

 

 

 友人の、突拍子のない恋愛劇に巻き込まれることを。

 

 

 

 

 

 

 

「貴方、『グラハムフィンガー』の人ですよね?」

 

 

「僕は、正義の味方を助ける道しるべになりたかったんです。例えるなら……JUDA社長、あるいは一番隊の隊長みたいな」

 

 

 自分と同じ“歌によってヴィジョンを共有させる共有者(コーヴァレンター)”であり、自分とは違う虚憶(きょおく)を有する人々と出会うことを。

 

 

 

 

 

 

『来るべき対話のときに人の心が荒んでいたら、どうしようもないでしょ? だから歌なのよ』

 

『たとえ貴方がうすらハゲになっても、皺くちゃになっても、この想いは変わらない』

『――愛しているわ、イオリア』

 

 

 己の能力に、数百年越しの“願い”が込められていたことを。

 

 

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難が始まるまで、もう少し時間がかかるようだ。


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