我が名はティア・ブランドー   作:腐った蜜柑

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対話(ジョセフ視点)

side:ジョセフ・ジョースター

 

 

 

 最初に興味を持ったのはいつだっけか、あれはそう物心ついた時にエリナ婆ちゃんとスピードワゴンの爺さんと家で遊んでいた時のこと。

 滅多に自室から出てこず、たまに家で顔を合わせても逃げるように去っていく同居人。 日に焼けていない白い肌が雪のように綺麗な人だと感じ……たのはガキの頃の見間違いだ。

 そんな奇妙な同居人に俺自身、どう接して良いか分からずに日々を過ごしてきたがエリナ婆ちゃんやスピードワゴンと過ごしていた時、輪から外れて遠目に人影があることに気がついた。

 

 あの同居人だ。 そう気がついた時、どこか遠く眩しいものを見つめるかのような瞳が俺の視線に気づくと音もなくその場から姿を消す。

 そんなことが何度も起こると妙に気になり、会話に入りなよと誘うと。

 

『私には……余り近寄らない方がいい、あなたの為にならない』

 

 そう言って素っ気無く断ってまたも去っていく。

 

 エリナ婆ちゃんにどうして会話の輪に入らないのかと尋ねると。

 

『きっと家族の団欒に自分は加わる資格がないと諦めているのよ。 あの娘、変な所で奥手になるのだから困ったものだわ』

 

 躊躇するではなく諦める。 その言葉の意味が理解できなかったがどこか寂しい感じがする人だと子供心に感じた気がする。

 そしてその『寂しい』感じは目の前のエリナ婆ちゃんからも感じ、それならばと輪の中にあの同居人を入れようと頑張ったものだ。

 

『私は悪人だから貴方達の傍にいないようにしているの……そう見えない? それは貴方が悪意を持っていないからよ。 例えば嘘吐きの嘘を見破るという言葉があるけれど、それは見破った本人が嘘を知らなければできないこと。 つまり、見破った本人も嘘吐きということよ。 貴方は嘘吐きになりたいの?』

 

 しつこく話しかけ無下に断られ続けることを何度も繰り返し、ようやくいつものように自室に篭る一歩手前で同居人が応えてくれた。

 初めてのまともな会話が好意的なものではなく淡々と突き放すような冷たい会話となったが不思議と嫌な気分にはならなかったのは今でも覚えている。

 同居人は言いたいことは言い終わったとばかりにまた部屋へ篭る為に扉を閉じた。

 

 

 

 その翌日、言われたことの意味をずっと考え、家族とは別に夜遅くに食事をとる習慣がある同居人が帰る頃合を見計らって通路で待ち伏せるのが日課と言えるようになってきた。

 今日も眠気により欠伸の数が増えはじめた頃、ようやくあの目つきの悪い同居人が現れた。

 チラリとこちらを一瞥し、また視線を逸らすとスタスタと早足で自室へと戻ろうとする。 その後ろ姿に俺は―――。

 

 

『友達に嘘を吐かれたら僕は悲しいし、辛い。 けれど僕は嘘を知って良かったと思う。 だって他の人が嘘を吐かれて悲しい気持ちになることを防げるかもしれないから』

 

 

 そう呟いた時、同居人の足が止まった。

 逸らされた瞳が驚いたように丸くなると俺を見つめ暫しの沈黙の中、変化は訪れた。

 彼女の表情が溶かされ、冷たい印象が嘘のように温和な笑みを浮かべているのだ。

 ゆっくりとその手が俺の頭に乗せられ、優しく包み込むように撫でられたのは今でも覚えている。

 

『ほら、そんな悲しい顔をしないの。 貴方は悪人じゃない、悪人は他人に共感なんてしないもの。 他人を想える貴方は気高き人間、それを誇りに思いなさい』

 

 悲しい顔。 昨日の会話の答えを考え続けている間、胸が締め付けられるような苦しい時間が今まで続いていた、けれどそれを表に出したことはない。

 だからこそ、今日他の家族だって何も言われなかった。 答えている最中だって普段通りに振舞っていたはずなのに。

 

『何、その反応は? 普段と様子が違うじゃない……あぁ、そういうこと。 エリナが気がつかないはずないものね。 えぇ、逃げるのはもう止めにしましょう。 私の名はティア・ブランドー、貴方の名前は何かしら、小さな紳士君』

 

 何かを察したように瞳を閉じ、そして普段とは違い親しげな様子で同居人の手が差し出された。

 同居人の言葉にようやく合点がいった。 きっと、昨日の夜から隠していても悩んでいる様子が家族には分かっていたんだと。

 ずっと家で顔を合わせて過ごしていたんだ、相手の様子が変だと気づくのは早いに決まっている。

 

 そうして、同居人と話していて嫌な感じがしない理由も分かった。

 これが他人なら相手のことが分からず、きっと無口で冷たい態度をとる嫌な奴だと感じただろう、何せ相手のことを何も理解していないのだから。

 けれど家で過ごしていると嫌でも相手の行動が目に付く。 気づけば本当に俺の傍に同居人はいつもいた、目立たないように遠く離れているが目はいつも俺へと向けられたいた。

 俺が怪我をすれば家族がすぐに飛んできた、俺が少しでも悩み事があれば家族が傍に寄り添って話しを聞いてくれた。

 

 そんな些細な異変にすぐ気づくのは日頃から俺を見ていないと分からないだろう、また家族が離れた位置から来てくれるのは誰かが呼んだからだ。

 

『いつも遠くから見守ってくれてありがとう。 僕はジョセフ・ジョースター。 ねぇティアさん、僕には親しい人にしか教えちゃいけない秘密があるんだけれど、見てくれないかな?』

 

『秘密? ふふっ、どんな可愛らしいひみ……つ?』

 

 きっと、あの時に調子に乗ったというかもっと仲良くしようと家族から無闇に誰かに見せてはいけないと言われた秘密、波紋を見せた時のティアの反応から察して自重すれば今の関係は良好なものになったんじゃないかと時々思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってもなぁ、子供心からもっと仲良くしたいって純粋な気持ちで行ったものよ? そりゃ調子に乗って地面に波紋流す所を見せようとして足焼いたり、日光浴しないと体に悪いって聞いたから部屋に日差し入れようとしたりしたけどよぉ~……って下手したら死んでたから洒落にならないか」

 

 宿の窓から浮かぶ月を眺め、ふと昔の思い出に浸っていると当時の不満やらが口に出てくる。

 俺がかなり悪かったとしても報復として簀巻きにして炎天下の外に放り出したり、沸騰血を撒き散らすとか虐待ものだぜ全く。

 

 愚痴ばかり出るのに口元がニヤついているのは今となっては笑い話にできる思い出だからだろう。 俺は少なくとも同居人のことをある程度理解しているつもりだった、つい先程までは。

 

 『あら? 何ともまぁ心地の良い視線を浴びせてくれるのね。 勝利の祝杯を持ってきたというのに随分な態度だこと』

 

 俺は最初、その女が誰か分からなかった。 聞き覚えのある声、見覚えのある容姿だというのにだ。

 それもそうだ、見知った人物から隠しもしない明確な殺意を向けられて自然と受け入れられる人間がどこにいる。

 

『やはり私の心の内に存在するは私自身、誰も私の心を理解などできまい。 お前は我が心に不必要な存在だ』

 

 アレは誰だ?

 見覚えのある目つきの悪い目が渦を巻くように濁り、無機質に語るその姿に吐き気にも似た嫌悪感を覚えたのを今でも信じたくはなかった。

 どの記憶にもあんな姿は無い、俺が知らない同居人の姿に困惑しながらも思い当たる節が無い訳じゃあない。

 

「あれはもしかして昔のティアか? 俺が知らない悪人の頃の……でも何だったって今なんだ?」

 

 スピードワゴンの爺さんから散々、ティアの悪行ぶりを聞かされたのを思い出す。

 だがそれは昔だ、今までの俺が知ってるティアとの記憶が偽者だったっていう訳じゃない全て本物だ。

 

「原因……があるはずだ。 切欠は柱の男達、それは間違いねぇ……何だ? 何かひっかかるモノが」

 

 そうだ、俺の知らないティアの姿を見た時が別にある、あれは確かエシディシから逃げ出した後に―――。

 

『最後、そう最後に今の『私』である内に伝えたいことがある。 エリナに、申し訳ないと。 ジョセフ、貴方には……そうね。 私も、貴方のように胸を張れる強さが欲しかった』

 

 そうだあの時、俺はすぐ目を逸らした。 余りにも見ていられない、あんな表情を人がしてはいけない……そんな悲痛に満ちた微笑を浮かべながら話すティアに俺は耐え切れず目を逸らして何もいえなかった。

 

 俺は逃げたんだ、つい自分が楽な沈黙を選んだことに気づいて声をかけようと視線を戻した時にはティアの姿は消えていた。

 そうしてエシディシを倒すことを優先し、倒した後に会った時にはそう、そこから様子がおかしくなっていった。

 

(つまり、俺がエシディシと争う間の短時間の内にナニカ(・・・)したってことだよな? 原因が分かれば対処方も分かるはずだ。 正直、気は乗らねえが覚悟を決めねえとな)

 

 気がつけば宿の従業員に教えてもらったティアの部屋の前へて到着していた。

 今、得体の知れないティアを刺激するのは得策ではないかもしれない、だが放っておくという選択肢は俺には無い。

 だったら俺がすることはただ一つ。

 

「ノックしてもしもぉ~し。 気難しいティアちゃんにナイスでハッピーな話があるんだけどよ、ちょっとばかし部屋に入れてくれない?」

 

 コンコンと2回扉を叩き、いつもの調子で話す俺自身を本気で殴りたいと思う。

 馬鹿か俺は、もうちょっとマシな言葉……あー、でもいつもの調子の方が俺らしくてティアも自然と入れてくれるかもしれねえな。

 

 そう思い、暫らく待つも返事がなく物音一つしない。 不自然に思い、何気なくドアノブに手をかけ回すと呆気なく部屋の扉が開かれた。

 

「ありゃ、鍵かかってねえのか? おーい、ティアいねえのか……って何だこりゃ?」

 

 鍵がかかっていない疑問は部屋を見た瞬間に吹き飛んだ。

 部屋の照明が消されて暗く、開け放たれた窓から吹く風がカーテンを揺らし、何より鏡台の鏡が叩き割られて辺りに破片が散らばっている。 まるで誰かに荒されたかのように。

 

 まさか、敵がここに来てティアを襲ったのか!?

 

「―――動く、な。 おか、しな真似をすれば、殺す」

 

 そう咄嗟に判断した俺が開け放たれた窓へと近寄ろうとした時、ピタリと首に冷たい感触が押し付けられた。

 壊れた録音機のような途切れ途切れの言葉、だがその聞き覚えがある声に割れた鏡へ視線を移すと蜘蛛のように天井に張り付いたティアが腕を伸ばして俺の首にナイフを添えている。

 

「間の悪い時に、私を、殺しにきたか? 周りに呼吸音は、無い。 何しに、きた?」

 

「わざわざノックする殺し屋なんているか? ちっとばかし話があるから来たんだよ、これ外してくんない?」

 

 間の悪い? 準備か他に何かしていたのか?

 いや、それよりもだ。 鏡に映る女はまたも俺が知らない人物だった。

 何も感じない、殺意も、吐き気を催す悪意も、何もない。 人間らしい表情や行動がすっぽり抜け落ちた人形のように生気すら感じさせない。

 ただ赤い目だけがジッと俺に向けられ、手に握られたナイフだけが首元に添えられている。

 次に何かするのか全く読めない、だからこそ下手に刺激しないように平静を装って対応するも反応が一切ない。

 

 仕方がなしに事の顛末、ティアに家へ帰るよう促すように説得するも身動き一つしない。

 

「だからよ、今はその、ちょっと疲れてるだけだって。 家へ帰ればきっと元に戻るからよ、俺も一応心配は――」

 

「ずっと、考えていた。 私と柱の男達との違いは何なのかと」

 

 今まで俺の言葉を聞いているのかどうかも分からない状態のティアが初めて反応を示した。 

 

「人を喰らい、人を利用した、悪の心を今だ宿している。 私と何の違いがある?」

 

 話が通じたと思う間もなく、答えを示すかのように添えられたナイフに段々と力が込められていく。

 

「重ねた罪を誰が許せるだろうか。 私自身、絶対に許されないと感じている。 ならば、最初から……最初から私が歩む道は決まっていた。 えぇ、そうは思わないかな? ジョセフ・ジョースター」

 

(痛ッ!? おいおいおいおい、マジでヤる気か!? 逃れるには波紋しかねえ、けどそうしたら―――) 

 

 プツリと首筋から勢いよく血が噴き出る。 掴まれた腕からは決して逃さないとばかりに万力のような力が込められて振り解けそうにはない。

 

 俺は咄嗟に掴んでいる腕に波紋を流すべきか、それともぶら下がった髪に直接波紋を伝わせてダメージを負わせるべきかと咄嗟に思いついた。

 

 けれど、俺は選ぶことが出来なかった。 いや、そんな選択をすること事態が嫌で『躊躇』した。 僅かな一瞬の戸惑い、だがそれは今の状況においては命取りだ。

 

 俺が覚悟を決めた時、そうして気がついた。

 

 何で俺は覚悟を決める、ほんの数秒もの間生き延びているのかと。

 

 俺を殺すつもりなら、もっと確実に素早く行うだろう。 それに何より手を伸ばせば掴める程にすぐ近くにあるぶらさがった髪だ、これに波紋を伝わせれば頭部に甚大なダメージを負わせる事ができ最悪死に至るだろう。

 

(ダメだなこりゃ、俺が誰かを心配する資格すらねえ。 ヤバくなったらソイツよりも自分を優先する奴を誰が信じるかって話だわな。 そんな俺が今できるのは答えを探すことだ、ティア自身が許せない罪を知り、尚且つそれを許せる信頼に値する人物ねぇ)

 

 切り傷による痛み、首を絞められる圧迫感。 けれども俺はそんなことよりも別に考えを巡らせ、1人の人物に当然の如く辿りつく。

 

「エリナ婆ちゃんだ。 50年間ずっと、ティアの悪行を知りながらも友人として共に過ごした。 それは婆ちゃんがティアを許しているからこその行為だと俺は思う」

 

 軽い金属音と共にナイフが床へ落ち、次いでドサリと頭から落ちる姿が鏡に映る。

 慌てて振り返るも頭を抱え蹲りながら震える彼女にかける言葉が見つからない。

 

「エリ、ナ? ア……ウゥ。 どれだ、どれが正しい『私』だ? 鏡、鏡は……あった! 強かなティア・ブランドーはどこにいる。 不敵に、自己愛の極みに―――」

 

(こいつは……『暗示』か? 人が変わったように感じたが、文字通り内面を変えてやがったのか)

 

 呻くように錯乱していたかのように見えたのも束の間、隠し持っていたのか大きな鏡の破片に自身の顔を映し、その赤い瞳を妖しく輝かせながらブツブツと呟いている。

 まるで自分に言い聞かせるように、そうして俺はティアがおかしくなった原因がコレだと気づいた。

 吸血鬼の能力の1つに強力な暗示をかける力があるのを俺は以前、ティア自身から聞いたことがある。

 心が弱った相手には特に効果があると聞いたが、きっと今のような状態のティアにはとても効果があることだろう。

 

 だがそれは劇薬だ、一体何回これを使ったのか分からないが恐らく2~3回では無いのだろう。 何度も使えばそれだけ人格に悪影響が出る、あの情緒不安定な様子も納得ができる症状だ。

 原因が分かれば過程も理解できた。 きっと暗示に頼らなければならない程に怯えたからこその凶行、他にもっと心を許せる他人がいれば結果は違っただろう。

 

(俺じゃあダメだったか。 過ごした年月が足りねえのか、付き合い方が悪かったのかは分からねえが今、俺が出来る事は説得することだけか)

 

 抱えた悩みを打ち明けて貰えないことに少しの寂しさを感じるが、俺がうだうだ悩んでいても仕方がない。

 エリナ婆ちゃんがいればきっと上手いこと場を収めるだろうが、居ない今では俺が何とかするしかない。

 

「俺は悪ってのは誰もが持ってるものだと思う。 だがな裁かれるべき悪ってのは越えちゃいけねぇ『一線』を超えた奴だけだ、まだティアは奴等のように一線を越えちゃいない、まだ……戻れるんだ」

 

 縋るようにティアが抱えていた手の内にある鏡が砕け、破片がパラパラと床に落ちる。

 ゆっくりとした動作で俺に背を向けながら立ち上がる頃に胸から再び沸き起こる嫌悪感に苛まれる。

 駄目だったのか?

 

「私、は誰だ? 前の脆弱な私か、今の悪意ある私のどちらが正しいのか。 それを迷うこと自体、今の私は弱さだと感じるのに前の私は悩むことが素晴らしい事だと訴える。 どちらが、私だ?」

 

 立ち上がり振り向いた時、悪意によってドス黒く濁った赤い目が俺の視線と合わさる。

 

「ジョセフ、私は吸血鬼になってから人を何十人も欲望のままに喰らった。 いや、それよりも吸血鬼になる以前に私は人の『人生』そのものを犠牲にして生きてきた。 既に私は……一線をとうの昔に超えている」

 

 彼女の告白は俺には許せないものだろう。 それでも尚、俺は彼女を見て理解できるものがある。

 

「今の私はお前を殺すべきだと考える、私にとって脅威であり道を共にすることなどない存在だと考えるからだ。 だが同時に、前の私はお前に殺されるべきだと考える、私は許されざる存在でありもはや言い逃れできる状態でもあるまい。 ジョセフ、どちらが正しい私だと思う? お前が、いや貴方が決めて頂戴」

 

 優しく慈愛に満ちた微笑み、その瞳にはドス黒い悪意が秘めらている何とも奇妙な表情だ。 しかし、その矛盾する様には一切の虚が含まれていない、どちらも真実だと感じる。

 

(どれだ? どれを選べばいい? 言葉通りに受け取るなら俺がよく見知ってるのは前のティアだ。 今のティアは暗示によって作られた偽者の人格のはずだろう? だが、妙だ。 俺の勘だがこれは選ぶこと自体が間違いの選択肢だと感じる、選べば取り返しのつかないことになるって直感だ。 けれど選ばないとなると不安定な状態のままになることも予想できる。 どうすりゃ良い――)

 

 俺が答えるべきか、それとも別に話を持っていくかと悩んでいる最中、唐突に部屋の扉が開かれシーザーが飛び込んできた。

 

「ジョジョッ! 先程、カーズの手下の吸血鬼が現れた。 どうにも襲いにきたというよりカーズの言葉を伝えにきたようだが念の為、お前も一緒に同席してくれとの先生のお達しだ」

 

 カーズの手下? 悪いことは続くと聞いたことはあるがこうにも重なると嫌な気分になる。

 だが、今はそれよりも解決しなきゃならないことがある。 少し待って貰うように言おうとした時、当の本人は悠々と既に部屋の出口へと向かっていた。

 

「ティア・ブランドーは来なくてよいと先生がおっしゃって……って聞いているのか! ジョセフ、お前も急いで来てくれ」

 

 他者の制止など眼中にないとばかりにスタスタと部屋の外へ向かうティアを見て、きっとカーズの手下が来た理由を探りにいったのだろう。

 シーザーも慌ててその後を追い、暗い部屋には俺1人しかいなくなった。

 

 自然と溜息が漏れ、へたり込むようにベッドへと腰掛けると勢いよく傾いた。

 

「うおっ!? 何だぁこりゃ? ベッドの脚が折れてやがる、木が古くなってんのか? ったく、けっこう良い宿だと思ったのにこんな粗末な物置いておくなよな」

 

 軋むような不快な音へと目を向けると木製のベッドの脚がずれるかのように折れている。 触って確かめれば老朽化により木が腐食して折れたようだ。

 宿に入る際、宿泊料を払うのを横目に見ていたがけっこうな金額だっただけにこれじゃあ見返りに見合わねぇと文句が出るのも仕方がない。

 とはいえ、傾いたままだが構わず横になると張り詰めていた気分が解きほぐされる。

 

 あのままの状態が続いた時、俺はどう対応しただろうか。 エリナ婆ちゃんならきっと、迷うことなく正しい対応を導き出せただろうが俺には分からねえ。

 けれど、そんな俺でもするべきことは理解できる。

 

(結局、許せるだとか許せないだとかは自分自身で決めることだぜ。 自分が変わろうと思えば、自ずと結果はついてくるもんだ。 俺は―――あん?)

 

 ふと窓から差し込む月明かりに反射するモノが空中に浮かんでいるのに気づいた。 幾つもキラキラと反射するモノを注視すると、鏡の破片であることに気づく。

 だが、それもおかしな話だ。 鏡の破片が宙に浮くなんてメルヘンな話、童話を信じる子供でもなけりゃあ信じないだろう。

 事実、目の前で起こる出来事に理解が追いつかなかった。

 

 その破片がゆっくりと、割れた鏡に吸い込まれるように張り付き、ヒビ割れた痕跡を残すことなく直っていく。

 俺はただ唖然と、その光景を見つめ続けることしか出来なかった。

 

 まるで何事もなかったかのようにヒビ一つなく修理され、鏡に光景が綺麗に映される頃になっても動けなかった。

 動けたのはシーザーが痺れを切らしたかのように俺を呼びに再び部屋へ飛び込んできた時、ようやく我に返り事の顛末を話すも一言『馬鹿かお前は』とだけ言い、無理やり腕を引っ張られて部屋の外へと連れ出された。

 

 シーザーよ、俺も馬鹿げた話だと思うが少しは信じてくれても良いんじゃねえの?

 

 あれが何か、俺が頭がおかしくなったのか幻を見ていたのかは分からない。 ただ、今はカーズの手下とやらがいる場所へ向かうことの方が先決だと頭を切り替え、案内されるがままに後をついてくことにするか。

 


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