我が名はティア・ブランドー   作:腐った蜜柑

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裁判(リサリサ視点)

side:リサリサ(エリザベス・ジョースター)

 

 柱の男エシディシによって私の身より離れ、カーズの元へ送り届けられた赤石の痕跡を追う内に妙なドイツ軍人との邂逅、カーズの襲撃など予期せぬトラブルもあったが再び私の手の中で美しく輝く赤石が全てを物語っていた。

 

  赤石の郵送先である住所から敵の本拠地が分かり、スイスのサンモリッツの建物であることが判明する。

 故に私とジョセフは決着をつけるべく近くの宿の部屋でシーザーとあの吸血鬼との戦いの報告を待ち続け、その報告が数日前にSPW財団より届き彼等の勝利が伝えられた。

 その際には私も弟子の無事に安堵したのも束の間、苛烈な戦いとなったのだろう右腕を失う傷を負ったとの報告にジョセフが動揺し、それでも尚シーザーが今だ戦う意思を見せているとのことで傷を癒しながらこちらへ向かうとのことだった

 

 取り返した赤石に傷が無いかを確認し、視線をずらせば私と机を挟んだ椅子に座りながらもどこか落ち着きなく体を揺すっているジョセフの姿が目に入る。

 

(強くなったとは感じていたけれど、カーズを退ける程にまで強くなっているなんて成長しているのね。 だけれど、精神はまだ未熟) 

 

 カーズの襲撃においては私の手助けがあったとはいえ、カーズと正面から拮抗する様に頼もしさとどこかそう、誇らしさに似た喜びの感情を覚えた。

 だがそれとは別にシーザーの様子を聞いてからは今日まで部屋をうろついたりと落ち着きなく行動する姿が度々目に入っている。

 戦いにおいて心の動揺など弱み以外の何者でもない、心の抑制あるいは非情さを教えるべきかどうか悩むが……いや、悩む時点で私はこの子にそんなことは教えたくはないのだろう。

 必要な際には私が行えば済むこと、それに表に出さずとも私もシーザーやダイアーの死の件で動揺していた為に行う資格もないだろう。

 

 そしてもう一つ動揺したことがある、これはジョセフには言ってはいないシーザーが私に当てた見逃せない報告の事。

 そう考えていた時、部屋の扉が開かれ全身に包帯を巻きながらもしっかりとした足取りで部屋へ入ってくる金髪の青年の姿に自然と頬が緩む。

 

「シーザー! 何だけっこう元気そうじゃねえか。 うお、まじで腕が無いのかよ。 これなら俺が行ってサクッと倒しちゃった方が良かったんじゃねえの?」

 

「ハッ、お前みたいな半端者がワムウと戦えば腕じゃなく首が飛ぶだろうよ。 それと先生、こちらへ来るのが遅くなって申し訳ありません」

 

「へっ、軽口叩ける程には元気ってことか。 けどその体で大丈夫なのかねぇ? けっこう傷が深そうだから半端者の俺に後を任せた方が―――」

 

 椅子から立ち上がり、どこか嬉しそうに嫌らしい表情で絡むジョセフの目の前にリング状の物体が掲げられた。

 掲げた本人は皮肉げな笑みを浮かべ、挑発するかのようにソレを見せびらかしている。

 

「そうか、そんなに元気が有り余ってるならワムウの解毒剤なんていらんようだな。 これはどっかのゴミ箱にでも捨てておくか」

 

「ゲッ! そういやワムウの毒がまだ残ってるの忘れてた! 冗談、冗談よシーザーちゃん、俺もう心からお前の無事喜んでるからネッ! だからその解毒剤俺にくれない?」

 

 『現金な奴め』と一言呟き、解毒剤を放り投げるシーザー。 それを慌てて受け取ると掌を返すかのように文句を言いながら薬を飲み干すジョセフの姿に屋敷での修行風景を思い出す。

 この穏やかな雰囲気をもう少し味わいたいものだがそうもいかない。

 

「貴方が無事で何よりだわシーザー。 着いて早々だけれどコロッセオでの戦いの顛末を聞かせて欲しいの、ジョセフ貴方もしっかり聞きなさい」

 

 ワムウとの戦い、それはSPW財団を通して大方のあらましを聞いている。 だからこそなぜシーザーの口から再び聞くのかといった疑問顔をジョセフが受かべているが、そう思うのも無理はないこの子には聞かせていないのだから。

 

 これから聞くのはワムウではなく薄汚れた吸血鬼の所業、そして決めるのはどう処分するかということなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 波紋戦士ダイアーの死体への冒涜行為、及びシーザーへの敵対行為が本人の口から語られることによって場の空気は重くなっていく。

 ジョセフは冗談だとばかりに最初は思っていたようだが、聞く内に顔が引き攣り、今は思い詰めたような表情になっていることから真実だと理解したのだろう。

 

「決まりね。 アレは敵、今は居場所が分からないけれど見つけ次第始末することとしましょう」

 

「ま、待ってくれよ。 ちょっとした何かの手違いだって、そのダイアーさんには申し訳ないけどよ。 ティアは婆ちゃんと過ごすようになってから一度も人間から吸血してないんだぜ? そこまで追い詰められたって事は考慮に値するんじゃねえかと俺は思う」

 

「ジョジョ、百歩譲ってだ。 そこを許したとしても俺を殺そうと迫った事は免れん。 俺はアイツが大嫌いだが嘘は言わん。 あれは、あれは危険だ。 野放しには出来ん」

 

 冷や汗を流し、アレを弁解するジョセフに思う所があるがそれ以上にシーザーの様子がおかしい。

 それはジョセフも気がついたのだろう、それまで普段通りの不敵に自信に満ちた様子とは違い小刻みに体を震わせ顔を青ざめさせる彼に。

 

「俺はこれまで柱の男と戦うことに怯えたことはない。 だがアレは明らかに……オカシイんだ。 とても怯えていた、泣きじゃくる姿に赤子のような脆ささえ感じさせる。 そんな奴が俺を殺そうと殺気を隠さず、向かってくるんだ。 俺はその時吐き気に似た強烈な嫌悪感を覚え、本気で逃げ出したいとさえ……アレはそう、俺達とは決定的にナニカが違う存在だ」

 

 搾り出すようなか細い声で語られる言葉に私は思い当たる節がある。 だがジョセフは言葉の真意を測りかねているのだろう、迷うような素振りが見える。

 

「人が恐怖を抱く時、強い心を持つ者は恐怖を我が物として受け入れ勇者となる。 恐怖に飲まれたモノはただ逃げ出すでしょう。 だがそれは生物としての本能、何ら恥じるべきことではない」

 

 だからこそ説明をしなければならない。 ジョセフにも思う所があるかもしれないが覚悟を決めてもらうしかない。 もはや猶予を与える段階は過ぎている。

 

「アレは恐怖に飲まれて尚、その内なる恐怖を消そうとする。 それは決して勇気ではない、ただ存在すること自体が許せないという生物としても人としても歪んだ動悸。 私がアレを『化物』と呼ぶのは吸血鬼のことじゃない、心の在りようの事を言っているのよ」

 

 言葉を聞く内にジョセフの頬に汗が流れ、先程よりも項垂れるように視線を下に向けている。 自由奔放な姿が良く目に入るがこの子は決して馬鹿ではない、むしろ頭が良く回る方だ。

 だからこそ私の言葉の真意を察し、事態が急を要するということが理解できたのだろう。

 

「アレはワムウを殺した事で恐怖を克服したと思うでしょう。 いえ、思い込む(・・・・)はずよ。 そうなればもう歯止めが効かない。 ブレーキが壊れた機関車のように僅かでも恐怖を覚えた対象を排除しようと動き続ける。 例えばそう、アレを殺す力を持つ私達も既に―――」

 

 私が次の言葉を言いかけた時、部屋の扉が音を立てて開かれた。

 この部屋を訪ねる人物など限られている。 私達が思わず椅子から立ち上がり、扉の方へ視線を向けると木製のトレーの上にワイングラスが4個乗せられ、中身にはワインが注がれている。

 ルームサービスならば良かっただろう、だがそのトレーを片手で軽々と持ち、体を覆う大きさのローブを羽織る目つきの悪い赤い瞳の持ち主には嫌というほど見覚えがある。

 

 金色の髪を靡かせながらティア・ブランドーがゆっくりとした足取りで部屋に入ってくる。

 

「あら? 何ともまぁ心地の良い視線を浴びせてくれるのね。 勝利の祝杯を持ってきたというのに随分な態度だこと」

 

「そこで止まりなさい吸血鬼。 良くもまぁ顔が出せたものね、何の目的があってここへ来た」

 

 油断なく武器であるマフラーを構え、相手の出方を伺おうとするもティアは気にする素振りも見せず私達へと迫ってくる。

 シーザーが間合いを取るように離れるもジョセフはその場から動かない。 いや、動けないといった方が良いのだろうか。

 アレは普段通りの姿に見えるが明らかに取り繕っていると分かる。 その瞳が暗く濁り、私達に向けられる視線に含まれる悪意を隠そうともしない。 それも『憎悪』に近い強い感情、それが空気にすら含まれるかのように重圧感を私にすら感じさせる。

 私を前にした時の怯えていた姿とは余りにかけ離れている。 だからこそ、状況が理解できないジョセフは動けないのだろう。

 

「目的? はて、私達は柱の男達を倒すという目的で一致したはずなのだけれど……あぁ、コロッセオでの事を気にしているの? 些細な事に囚われるなど随分とまぁ器が小さいものね」

 

 ジョセフがいる机の位置まで数歩で迫る距離で止まり、笑みを崩さず浮かべている。 いや、何か違和感がある。 部屋に入る前からまるで貼り付けたような微笑が気になる、それに呆気に取られてる無防備なジョセフにそれ以上近づけば私は即座に攻撃することを選択していただろう。 まだ多少は悪知恵が残っているということだろうがもはやどうでもいい。

 

「些細なこと? ダイアーとシーザーにした事の重大さを理解していないと? もはや私も我慢の限界よ。 貴方は今、ここで始末」

 

 唐突に奴の空いた左手が消えたかと思えば轟音と共に傍にあった椅子が砕け散り、壁に激突する。 身構え、敵を見据えれば血走った目で私を睨み、体を震わす得体の知れないナニカがいた。

 

「我慢の、限界? 我慢だと? ふざけるな! 私が、ゲホッ私がどれだけ耐えていると思っている? お前達を殺したいのは山々だがそれではカーズを殺す手段が狭まる。 私を殺したい? 良いだろう殺しにくるがいい、だがカーズを殺し切った後だ! その時は私が貴様等を殺す時だ!!」

 

 あっさりと化物は正体を現した。 怒りと恐れが混じった目、体を小刻みに震わせ、余りに感情が昂っているのか咽ている始末。

 しかし強い言葉とは裏腹に化物の肉体は恐れをなして腰が引けている。 明らかに怯えていると分かるのに瞳に宿る殺意は飛び出さんばかりに滾っている。 この存在を何と説明したものか。

 

 シーザーの言葉をジョセフは理解していないと思ったが私も理解してはいなかった。 胸からナニカがせり上がってくるような吐き気に似た嫌悪感が襲ってくる。

 この感覚はアレを理解できない理性からか、本能からくる拒絶かは分からない。 だが目の前の存在は決して放ってはいけないというのは分かる。

 

 コイツの理性はもはや薄氷を踏むかのように脆い。 容易に破綻することは目に見えている、だからこそ後顧の憂いを絶つべく波紋を纏ったマフラーを靡かせた瞬間、化物の手に置かれたワインを取る者に気がつかなかった。

 

「おっと、ちょうど喉が渇いてたんだよな~! いやー、ティアも冗談を程々にしとけってんだ。 お堅い奴等が多いから冗談だと思われねえぞ」

 

「待てジョジョ! それには()が入っているかもしれん、飲むのは止めろ!」

 

 気づいた時にはグラスに注がれたワインを一息に飲み干し、飲んだ者自身も危険性は重々承知しているのだろうどこか緊張した面持ちだ。 他の3人は呆気に取られ、空間が固定されたかのように静寂が満ちている。

 

 私はこの時、恐らくは他の2人とは呆気に取られた理由が違うだろう。 ジョセフがアレを気にかけている様子は知っているつもりだった。 だが、どうして身を挺してまでしてアレを庇うのかが分からない。

 

 内に起こる疑問を他所に予想外の行動だと誰もが理解していただろうが最初に動いたのは化物だった。

 体の震えは収まり、怒りも恐れもない、だが目の色は暗く濁ったまま。 中身が全て抜け落ちたかのように無表情、まるでそう中身のない人形が動いているかのようだ。

 

 ソレが懐中時計の針のようにゆっくりと顔を横に傾け、ジョセフを空いた手で指差す。

 

「お前、私がカーズを殺す為に波紋戦士が必要だと察し、それならば毒は入っていないと打算(・・)で動いただろう? やはり私の心の内に存在するは私自身、誰も私の心を理解などできまい。 お前は我が心に不必要な存在だ」

 

 先程まで感情を剥き出しにしていたのが嘘のように抑制の無い声で、淡々と語る化物にジョセフが信じられないモノを見るかのように目を大きくしている。

 人形のようにゆっくりと、音も立てずにその指が私をいや胸元の赤石へと向けられる。

 

「私が今回来たのは赤石の破壊の為だ。 協力など二の次、それが本命。 柱の男を2人も殺せた、ならば赤石が無ければ柱の男達を殺せないという言い伝えなど眉唾物だと証明されたも同然。 しかし、それでも尚奴等が強く求めるというのならば奴等を強くするというのは真実の可能性が高い。 故に壊すべきだ、今すぐに」

 

 暗く深い無感情の瞳が赤石へと向けられ、私も釣られるように赤石へと意識を向ける。

 

 傷一つなく美しく深紅の輝きを魅せる『エイジャの赤石』。 思わず守るように手に取り、赤石に関するある記憶を掘り返す。

 

『これは波紋の戦士が身命を賭して代々守り抜いてきたもの。 故に世で一番強い波紋戦士が身に着けねばならない……良くここまで成長したエリザベス。 次の守り手はお前だ』

 

『精進を怠るなエリザベス、怠ればこのダイアーがその赤石を貰い受けるぞ。 ふん、何を不安そうにしている。 不安に思う事など無い、俺もストレイツォも他の波紋戦士もお前を守る為に動く。 1人で守るなどと大層な考えを持つなよ』

 

 当時、年による皺が目についてきた頃の養父ストレイツォから赤石を託され、師として競争相手としてもあったダイアーと共にいた頃の懐かしい思い出が蘇る。

 この記憶は私が波紋戦士としてもう一度生きようと懸命にもがいていた時に覚えたもの。

 私が夫の仇を討ち、世間に犯罪者として認定され家族としての居場所を失った時、一度波紋戦士を辞めた私を再び受けいれてくれた居場所であった。

 その恩に報いるべく、今日まで精進を怠ったことはない。 それでも今では誰もそのことを褒めてくれる2人がいないことに寂しく感じる。

 この赤石はただの宝石ではない、私にとって2人から与えられた役目であり、信頼の証であると共に思い出でもあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然、背筋に悪寒が走る。 何かを見た訳でも聞いた訳でもない、だが感じたのだ。

 赤石へ意識を向け、記憶を掘り返したのは僅か数秒、それでも悪寒の正体を探るべく前へ顔を向けた時にソレに気づいた。

 

 あの無表情だった表情がゆっくりと変わる。

 口元が段々と弧を描き、目も細められてゆく。

 邪悪な笑みを模っていく化物の表情に後悔の念が浮かぶ。 まさか、こいつに気づかれた?

 

「あぁ、そうかそういうことか。 そうだよなぁ、お前にはもうそこしかあるまい。 全てを失ったお前が縋るもの、それは波紋戦士としての居場所! お前の心の拠り所はその赤石を守るという役割(・・)か? どうりで固執する訳だ、何せお前の弱みはそこにあるのだからな。 フハハハハハ!!」

 

 私の心の拠り所を知られたばかりか波紋戦士を侮辱する言葉に私の中でナニカが切れる音が響く。 今日この日まで私がこうなる元凶を前にして耐え続けたがもはや我慢ならない。

 頭に一気に血が上り、視界が狭まってゆく。 見定めるは仇敵。

 

 波紋の呼吸により、私が出せる最も強力な波紋をマフラーに練っていく。 部屋の照明よりも尚力強くマフラーが輝いた時、光の矢の如く標的を焼き尽くすべく伸びてゆく。

 

 化物も私がすることに気がついたのか、もはや逃げ出せる速度でもない。 だが奴は逃げ出すどころか身に纏うローブの内に手を入れるだけで逃げる素振りすら見せない。

 回避不可能と知って観念したかどうかなど関係ない。 確実に殺すべく攻撃の手を緩めぬ私の前に突然壁が立ち塞がる。

 

「ジョセフ!? 貴方、何をしているというの? そこを退きなさい、ソイツはもはや生かしてはおけない!」

 

「あつつつッ! さすがにリサリサ先生の波紋だと俺じゃぁ受け止めきれねぇか。 ちょ、ちょっと待ってくれ! 今のは確かにティアが悪いとは思うが、何も殺すことはねぇだろ」

 

 流星の如く放たれたマフラーは同じく波紋を纏ったジョセフの腕によって阻まれた。 だが私の全力の波紋を受け止め切れないのか触れた腕に大きな火傷の痕が残っている。 それでも尚、化物の前に立ち塞がるジョセフの姿が非情に癇に障る。

 

 何を考えているのか分からない、だがもはや許してはおけない。 再び攻撃を仕掛けようとした時、私はジョセフの背後で静かにしている化物の姿に疑問を覚えた。

 

 まず視線が私を向いていない、自分の体を見ている。 それに身に纏うローブの内に手を入れたままの体勢で動かないのも不可解だ、あれでは攻撃も防御をするも不利な態勢。

 そして何よりもその表情、汗を幾重にも流し頬を強張らせるどこか切羽詰った様子だというのに瞳の色は救いを求めるような妖しい光を宿している。 その視線がゆっくりと私へ向けられる。

 

 チラリとローブの内が他の2人に見えない位置から私にだけ悟らせる。 棒状の物の先にナニカを巻いたような形状の物体。 それが奴の体に糸で何本も巻きつけられてることを知り、私は戦慄した。

 

(こ、こいつ。 自分の体に幾重にも手榴弾を巻きつけている! そんなことをすればヤツとて無事ではないはず)

 

 もし起爆されれば部屋にいる全員、無傷では済まない。 特に今の立ち位置だとまずジョセフが重傷を負う可能性は非情に高い。

 尚且つ起爆させる本人もタダでは済むまい。 あれだけの火薬量ならば全身が砕け散るのが目に見えている、下手をすれば頭部への致命的なダメージもある。 だというのに、奴ならば躊躇なく爆発させるだろう。 そんな決意染みた顔、いや決意ではない恐慌をきたしているが故の突発的なもの。

 

 恐怖に飲まれた化物がこれほど厄介だとは思わなかった、まさか恐怖を消す為に自分が死にかねない手まで打つ、知性ある者・生物としてもオカシイ存在を甘く見ていた。

 

「……? あ、あら、攻撃し、しないのね? い、良いわ。 私もこんなことしたく……ない? えぇ、もう行くわ。 奥に部屋を取ってあるから、赤石に関しては懸命な判断をお願いするわ。 壊さないなら、絶対に、目の届かない場所に置いてね」

 

 途切れ途切れの言葉を残し、フラフラと頼りない足取りで部屋を出ていく。

 誰もそれを止めなかった。 本心では止めるではなく、トドメを刺したいがそれは周りに被害が及ばない場所で行いたい。

 

 それに今は聞かなければならないことがある。 ジョセフがなぜ身を挺してまでアレを庇うのか。

 

「ありゃぁ一体誰だ? 俺の知ってるティアじゃねえ、初めて見る……何ていうか控えめに言っても薄気味悪い奴になってやがる」

 

「ジョジョ、俺はお前が分からなくなってきた。 アイツが今まで何人もの人間を犠牲にしたことを知っているだろう? あの様子ではこれから先も同じ事を繰り返す、後はどうすれば良いか分かるな?」

 

 恐らく屋敷内でいた時と今のティアの変貌ぶりは誰もが感じていることであり、早急に対処せねばならないとも感じているのだろう。

 シーザーがジョセフにどこか言い聞かせるように問い詰めると観念したかのように椅子へ座り込む。

 

 

 暫しの沈黙の後、ジョセフの重い口がようやく開かれた。

 

「なぁ、世の中には『嘘吐き』が一杯いるよな。 俺だって吐くし、シーザーやリサリサ先生だって嘘を吐くこともあるだろ?」

 

 視線を私達に巡らすジョジョにシーザーが同意し、私もたまにはと付け加えて言葉に耳を傾ける。

 

「婆ちゃんからティアの悪行聞いた時、一緒に話してくれた事なんだけどよ。 嘘も種類があって他人を貶める為に吐く嘘、良心からくる嘘、教養の為の嘘とか色々あるって教えてくれたんだ。 だけれど、その中で一番危ういのは自分に対して嘘を吐く奴だって教えてくれた。

 もし自分に対しての嘘が己の身を守るのだと感じたらもう駄目だ。 ソイツは他人にも自分にも歯止めが効かない嘘を吐き続け、最後に破綻するその時になってようやく気づくんだ、それが間違いだったと」

 

 エリナさんが言いそうなことだ、今では絶縁状態だが親しい間柄であった為優しい彼女が誰のことを言っているのかが分かってしまう。

 

「けどな、そもそも嘘吐きが嘘を覚えるのはいつだ? 人が嘘を覚えるのは何時だって誰かに嘘を吐かれた時だけだ。 エリナ婆ちゃんは悪は生まれるのではなく、環境が人を悪へ変えるんだって言っていた。 俺は柱の男達と戦う今の状況がティアを変えたんだと思う、だから婆ちゃんの所へ返せば元に戻ると俺は思うぜ」

 

 ジョセフの理由はしっかりしたものだ。 提示したモノも効果があるかもしれない、だがそれはエリナさんの身の危険性、そして奴の所業に目を瞑ってこそ行える手だ。

 今回ばかりは断じて目を瞑るなどしない、心は既に行動を決している。

 

「分かりました、ジョセフ。 貴方の言いたい事は良く分かります、ですがもはや見守る時は無い。 私はアレを今すぐ抹殺するべきだと決めている。 ……だけれど、アレの正体が分かった今ここの3人で多数決を取りましょう アレを殺すか、野放しにするのかを私は殺す方を選ぶ」

 

「嘘だろリサリサ先生。 マジで本気で聞いているんだよな……俺は見守る方だ、まだ遅くはねえきっと婆ちゃんが傍にいれば元通りになるはずなんだ」

 

 私が本気だと悟ったのだろう、予想していたとはいえジョセフがそこまで庇う理由は何なのだろうか。

 そうして意見が別れ、私とジョセフの視線が自然とシーザーへと向けられる。 彼はアレの危険性を理解している、殺す方を選ぶ確立は高い。 シーザーは静かな表情で佇んでいた、どこか悩むというより気になる表情だ。

 

「一つ、俺が選ぶ前にジョセフに聞きたいことがある。 お前にとってティア・ブランドーはどんな存在だ? なぜそこまで庇うのか俺は理由をまず知りたい」

 

 不意に私も気になっていたことをシーザーが疑問として投げかけ、受け取った本人は先程の話よりも大きくうろたえた。

 次いで頭を抱え、妙に変な行動を起こす様を静かに見つめ続けていると観念したのかふてくされたように顎に手を添え語り出す。

 

「あー、理由? ……ぁー、例えば、例えばよ? 俺とスピードワゴンの爺さんは血も繋がっていない他所から見れば他人に見えるわな。 けどよ、俺が物心つく頃からずっと家で飯食ったり過ごしたりしてた訳よ。 だから俺にとって爺さんは『家族』も同然なのよ」

 

 私はどこかその可能性を考えないでいた。 

 

「だからよ、あいつもまぁずっと家で嫌でも顔合わせたりしたし? 性格糞悪いし、家から出ていけとも思ったがそれでも俺にとっちゃ一応『家族』よ。 本当は臆病者で、たまにほんとたまーに良い面もあるって知ってるから見捨てておけねえのが理由よ」

 

「待ちなさいジョセフ。 そんなくだらない感傷に惑わされないで。 アレに良い面などない、アレは吐き気を催す程の邪悪、人間にとって害成す存在でしかない」

 

「あ? ちょっと待てよ。 何でそう勝手に決めつけるんだ? しっかりとこの目で見た本人が語っているっていうのに間違いだと頭ごなしに言うのは可笑しかねーか、リサリサ先生?」

 

 震えそうになる声を必死に抑え、何とか抑制していたというのに不満気な声によってとうとう決壊する。

 

「ジョジョッ! そんな記憶はアレの見せ掛けでしかないの、騙されないように。 アレは、アレの本性は――」

 

「うるっせぇぞ! アンタ、ずっとアレだの吸血鬼だの会ってから一言でもティアの名前で呼んだか!? どんな因縁があるのか知らねえけどよ、少なくとも俺の方が今のティアのことを知っている。 先生にとやかく言われる筋合いはねえし、そもそもこんなふざけた選択肢に構う必要なんて無いことが今分かったねッ! とっとと帰せばそれで済む話だったんだ、俺は勝手にさせてもらうぜ」

 

「ジョジョ待ちなさい! ジョジョッ! ……あぁ」

 

「せ、先生ッ! 大丈夫ですか?」

 

 椅子を乱暴に蹴り上げ、私の制止の声など聞かず扉の向こうへと姿が消えていく。 気がつけば私も立ち上がっており、目の前の光景が揺らいだかと思えば椅子へ力なく座り込む。

 恐れていた、ジョジョが万が一にもアレをティア・ブランドーを家族などと認識していることを。

 

 信じたくもない、どこか気がつかないフリまでしていたというのに現実を突きつけられ、久しく感じていなかった動揺するということを身に染みて実感する。

 そうして幾許か落ち着いた時、見守っていたシーザーが申し訳なさそうに口を開く。

 

「先生、お疲れの所申し訳ないのですが俺はジョセフを信じたい。 アレ、ティアのことは全く信用していないし、良く知りもしません。 それでもあいつが出来るというなら俺は出来るなら手助けしたいんです。 そしてもしも駄目だった場合は俺がケジメをつけます」

 

「分かりましたシーザー、良く自分の意思を貫きましたね。 それに私のみっともない所を見て驚いたでしょうに」

 

「とんでもない! 先生、俺は貴方を尊敬して―――先生?」

 

 瞼がゆっくりと閉じられ、それと同時に頬を伝う水滴を感じる。

 

 まるでそう私の本来の立ち居地が奪われたように感じる。 私はきっと最初から嫉妬していたのでしょう、あの子の傍にいられることが。

 

 過ぎた時も、起こった結果も戻せない。 悔いたこともあれど、私は今を生き続け、これから先も未来へと歩むのを止めるつもりはない。

 

 全てはより良い結果を求めてのこと、変化が訪れないモノなどないと信じていたから。

 

 けれど変わらないモノがあると今認識したわ、いえより深くなったと言うべきでしょう。 ソレが醜い感情から起因することを分かっていても尚止めることなどできない。

 

 私はアレを、ティア・ブランドーを絶対に許せない。




 ワムウ戦で手傷は絶対に負うだろうなぁと考えて、ふとダイアー印の栄養補給剤があれば飲むかなと考えていたけれど飲んだら飲んだで後は……。

 予定していたルートとは違うものの、次のジョセフsideの話と数話を軽くこなせば2部終了……のはず。

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