我が名はティア・ブランドー   作:腐った蜜柑

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 長くなったので分割。 
 間を置いて書くせいか、いまいち主人公の思考パターンがおぼろげになって書きづらい。。。

 とりあえず、後編は書き終え次第出しますね。 ついでに前置きがものっそい長くなる癖があるので、省略できる所を見つけて削っていきます。


ワムウ戦:決闘の作法

エシディシ襲撃からの翌日、昼間の内に私が眠る棺をヴェネチアへ船で郵送された日の夜のことだ。

 時計で日が落ちた時刻だと判断し、棺の蓋を開けた先には妙に険しい表情をした面々が揃っている。

 

「何で皆が嫌な顔をしてるか分かってるよな? 確かに決断を迫られた状況かもしれないけどよ――」

 

「そうね、私は私が正しいと思える行動をしたのだけれど、今度からは控えるわ。 それで、エシディシの件と今の状況を教えてくださる?」

 

 大方、メイドの件を非難されると予想していたからこの手の話はどうでもいい。 今、こいつらと関係を悪くするのはまずいが良くする必要もない。

 故にそんなことはどうでも良いと一蹴し、最優先に聞き出すべき情報。 エシディシの末路について尋ねるととても喜ばしい答えが返ってきた。

 

 ジョセフはものの見事に寄生した脳だけを破壊し、メイドの命まで助けたと聞いた時には思わず心にもない拍手をしたものだ。

 

 他にも些細な騒動はあったようだがどうでもいい、大事なのはその後の赤石の行方についてだが既にスイスへと郵送されたことが分かった。

 

 普通ならばそのまま赤石を追っていただろうが、一つそうもいかない問題があった。

 ジョセフの体内の毒の指輪が溶けるまで6日しかなく、2つの毒の内1つはエシディシが持つ解毒剤を飲み無事解毒したらしいが残るもう一つの解毒剤の所有者であるワムウが残っている。

 そのワムウはというと、今からちょうど3日後の夜にジョセフとの決闘を果たすためにローマのコロッセオにて待ち合わせをしていると聞き、私の口元が思わず弧を描いた。

 

「良いわ、ワムウを相手にするのは私がする。 但し、誰か1人頼もしい味方が欲しいわね……そう、シーザー。 貴方が来てくれないかしら?」

 

 この決闘の機会を逃せば解毒剤の行方が分からなくなってしまう、そんな風に悩むジョセフに救いの手を差し伸べたように映る所だが、そうもいかないらしい。

 メイドを殺そうとした1件が尾を引いているのか、その場にいた一同が胡散臭そうに私の言葉の真意を探ろうとしている。

 

 私の理由としては単純なことだ。 ジョセフからワムウの性格、言動、知っている技を聞いた際に私ととても相性が良い相手だと常々感じていたからだ。

 そしてもう一つ、私自身驚いていることだが寄生したエシディシを見た直後から奴等への恐怖心が薄まる所か日に日に強くなっているのだ。

 

 身を焼かれる耐え難い苦痛を与えられたのが原因なのかは分からない。 昔の私ならばただ怯えていだろうが今の私は違う。

 恐怖を奴等への悪意に変え続け、この身から溢れんばかりの憎悪に身を焦がすばかりだ。

 

 恐怖を拭い去るには奴等の死を目の当たりにせねばならない。 それも私の手でだ。 こんな思いをするならば制止を振り切ってでもメイドごと殺せばよかった。

 

「あぁ? その提案は俺にとって嬉しい限りだけどよ、なんでシーザーなんだ? 別に俺でも」

 

「……いや、構わんさ。 お前だと騒がしくてかなわんから保護者役を先生にして貰いたいのだろうよ。 俺がさっさとワムウを倒し、ついでに解毒剤を取ってきてやるから大人しく先生の言う事を聞いておけよジョセフ」

 

 ワムウに毒を埋め込まれた当の本人ではなく何故シーザーなのか、当然のように疑問を口にするジョセフだが横からシーザーの澄ました声に阻まれた。

 言葉に余計な軽口まで含まれていた為か、ジョセフとの幼稚な口論に発展する様子を眺めながらも呆気なく提案に乗るシーザーの思惑は何かと考える。

 

(さて、シーザーが考えることとして私の裏切り、解毒剤の破棄、またはいざとなれば躊躇なく私を殺害する為に提案を受けたという所か、ならば問題ない)

 

 反対すると思っていた為に考えていた言い訳が無駄になったがどうでも良いことだ。

 準備をしようとした矢先、私を最も警戒する女が不意に目の前に現れ、鋭い視線が私を射抜く。

 

「……吸血鬼、今度は一体何を企んでいるのかしら?」

 

「貴様が納得する理由を私に求めるのか? 私が何を言っても信じない貴様が。 無駄な言葉は嫌いだが、奴等を消したいとだけ言っておこうか」

 

 何の意味も持たぬ問い程、不愉快なものはない。 女、リサリサの言葉は正にそれだ。

 故に素の態度で早々に話を打ち切り、決まりだとばかりに今だ互いに言い争う小僧共と睨む女を尻目にその場を後にする。

 

「もしも、あの子に……シーザーに手を出したらお前をその場で殺すわ」

 

 背後から私にだけ聞こえる冷たい声が聞こえる。

 しかし、その言葉は私に何ら効果を与えない所かむしろ警戒心を解かせるものだ。

 危険だと知っているのならば早々に手を打ち、排除すべきだというのに後回しにする時点で甘すぎる。

 その甘さが命取りだと知っていても尚、その甘さに浸るしかない奴には哀れみさえ浮かぶほどだ。

 

 私に恐怖などあってはならない。 私に脅威と感じさせるモノなど存在してはならない。

 

 私の行動は全て、私だけの幸福に満ちた世界を実現するために行うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ローマ行きの列車に乗り、私は窓の外に移る美しい星空と共に景色が流れる様を眺めていた。

 このまま眺め続けたい気分になるが、そうもいかないのが今の現状だ。

 

 故にその光景から目を逸らし、前の座席に手を頬に添え不機嫌そうな顔で足を組み座る金髪の青年、シーザー・ツェペリの方へと向きなおした。

 

「さて、これから怪物退治に行く訳だけれども自信はあるの?」

 

「怪物退治、か。 ふん、俺の目の前にいるのが怪物じゃないのなら一体何者なのだろうな」

 

 へらず口を叩く小僧にはほとほと呆れかえるばかりだ。

 こんな小僧との相席など普段なら断る所だがこれから向かう怪物退治には盾は幾つあっても足りない。

 社交辞令も程々にし、ここまで来れば取り繕う必要もない。 薄っぺらい心にもない笑顔を貼り付けるのも少々疲れる。

 

「いいか、良く聞けシーザー・ツェペリ。 私はお前を助けようなどとは考えていないし、お前も私が危機に瀕しても助けなくて良い。 互いを利用する関係でいいが、その前に互いの手の内を明かそうじゃぁないか」

 

「それは良い、願ってもないことだ。 だがなぜ手の内を明かさねばならないんだ? ハッキリ言うが俺はお前を信用していない」

 

 当然の答えだ。 互いに微塵も相手を信用していない今、相手に手の内を明かすなど愚かとしか言いようがないがそうもいかない。

 

「飛び道具、あるいは爆発物といった広範囲に攻撃する術を持っている場合、味方が近くにいては邪魔で使えないだろう? 相手に構わず使うというのも手だが、私に使った場合は真っ先に柱の男よりもそいつを殺す」

 

「なるほど、互いに相手の技を使わせる配慮ぐらいはしようという訳か。 だが2つ言葉を訂正させて貰おうか。 勘違いしているようだが俺はそもそも1人で相手をするつもりだし、先生からお前を味方ではなく排除すべき『敵』として見ろと伝えられている」

 

 一見して敵意を含んだ視線、先程から自信に満ちた態度を崩さない点から嘘ではない。

 敵に回る可能性を考慮し、以前見せた波紋を纏うシャボン玉以外の技を知りたかったがこの様子では無理だろう。

 

 しかし、相手も今倒すべきは柱の男と認識しているらしく睨んではくるが何もせず、沈黙だけが続く。

 そんな折にふと、シーザーが柱の男と戦う動機は何なのかと疑問が沸いた。 波紋戦士の務めか、それとも案外ジョセフの解毒剤の為か。

 本人が目の前にいるのだからと尋ねると、男の表情が少々険しくなる。

 

「俺の祖父は吸血鬼に、父は柱の男を調査している最中に死んだ。 俺の一族は常に石仮面と戦い続けてきたのだ。 だからこそ俺はその意思を受け継ぎ、石仮面との因縁に決着をつけねばならない」

 

「? まさかそれが奴等と対峙する理由か? 死者の為に奴等と戦うリスクを冒すなど冗談は止せ、そんなことをして何の得があるというのだ」

 

 生ある内にその人物がどれだけ名声、力、富を得ようとも、死ねば全てを失う。

 故に死とは人生において真の敗北であり、最大の不幸であり、その者の価値を等しく無価値にするものだ。

 だからこそ目の前の男が死者の意思を受け継ぐなどと訳の分からん事を喚き、奴等の戦う理由だと言われても納得できるはずがない。

 

「冗談、だと? 貴様、今の言葉を取り消せ! その言葉は俺ばかりか一族を侮辱する言葉だ!」

 

 私の価値観とは裏腹に、男にとっては大切な動機なのだろう。

 思わず立ち上がる程に激昂し、今にも飛びかからんとしている姿から容易に見てとれるからだ。

 何度も見た光景だ。 理解できぬ者、そうだ私にとってこいつらは理解のできぬ存在だ。

 

「そうか、すまない。 どうにも私の物差しではお前達の考えることは理解できんようだ。 侮辱に聞こえたのなら取り消そう。 互いに今優先すべきは柱の男のみ、こんな所で争い戦力を消耗する訳にもいくまい」

 

「……ふん、なら良い。 先生が仰っていたがどうにもお前には人の心(・・・)というものが無いらしいからな。 忘れていた俺にも落ち度があるという訳か」

 

 人の心、感傷、それら全てが今の私には理解できぬ事柄だ。 以前の私ならば多少は理解できただろうが、だからこそ不要なのだ。

 己にとって不純となりうるものを身に宿したばかりに前の私は判断を誤った。 その経験から学び、2度も同じ過ちを繰り返す私ではない。

 

 再び澄ました表情で席に座る男を見つめ、私は判断を下す。

 

 こいつは私にとって理解できぬ『障害』でしかないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 列車が目的地に着いた3日後、私はSPW財団に用意された一室にて最後の準備に取り掛かっていた。

 目の前に机に並べられた古今東西の武器や道具の数々、初めてみる鎖鎌や刀といった東方の武器から火薬を扱う銃、手榴弾、果ては火薬そのものまで揃っている。

 これらの武器、道具は今夜の戦いにおいて私の生命を守る大切な剣であり盾だ。 故に慎重に選ばざるを得ない。

 

 この3日間の間、見慣れぬ武器の扱い方を学んだが所詮は付け焼刃程度にしかならず却下だ。

 銃火器は奴等に有効とは言えないが、必要ではないかと言われればそうでもない。 暫し迷った後に余り多くの武器を持ち運ぶと動きが鈍るためこれも却下。

 

 結局は無難に使い慣れた物である手榴弾、鉄製のロングソードやナイフ、他道具数点といった装備を動きに支障が出ない程度に身に着ける。

 そうして最後に以前からSPW財団に写真を送り、作成を依頼した道具を手に取る。

 

(……装飾良し、けど肝心の宝石、いや材料は確か赤水晶だったかしら? 本物と比べれば艶がなく、眼が肥えたものであれば見破れる代物ね)

 

 奴等が執拗に追い求めるエイジャの赤石。 その贋作が今、私の手の内にある。

 中央に磨かれた赤水晶を覆うように金で周りをコーティングし、ルビーやアメシストといった宝石が埋め込まれ、傍目には豪華な装飾が施された宝石に見えるだろう。

 あのカーズとかいう頭が切れるタイプの奴には見破られるだろうが、話しを聞く限りワムウはその逆のタイプであるらしく、十分にこの私の役に立ってくれるだろう。 贋作といえど私の手にかかれば値千金の価値がある代物だ。

 

 本物と同じくネックレスタイプにした為、偽の赤石を首に着けいよいよ準備が整った。

 最後の仕上げとばかりに鏡の前に立ち、目の前に現れたもう一人の私と相対する。

 

「この3日間ずっと考えていた、私の強さとは何なのかと。 武器の扱いならば誇れただろうが違う、私の真の強みは卑しき狡猾さにこそある」

 

 力や技で圧倒し、華々しい勝利を挙げられればどれだけ気分が良いことだろうか。

 だが私は違う。 私の力は柱の男に遠く及ばず、下手をすれば奴等との戦いにおいては波紋戦士にすら劣るかもしれない。

 

 過程や方法を選んでいる余裕など私にはない。 ……いいや、言葉を間違えた。 過程や方法などどうでも良い、ただ勝利という結果だけを得るのだ。

 言葉で、動作で、方法で、敵を欺き罠に嵌めねばならない。 その狡猾さこそが私の強みだ。

 

 しかし、鏡に映る私を見ればどうにも悪人面で雰囲気も禍々しいものがある。 これは騙す相手に無用な警戒を抱かせるだけだ、だからこそ変えねばならない。

 

 鏡に映る私の眼が赤く輝き、口から言葉が紡ぎ出される。

 言葉を発するたびに目の前の光景が揺らぎ、新たな光景が映し出されていく。

 

 

 そうして、目の前の光景が定まったちょうどその時に扉が開かれ、身軽な服装に着替えたシーザー・ツェペリが現れた。

 

「シーザー……ツェペリ。 そうか、時間か。 すまないな、私が向かうと伝えていたというのにそちらから出向かせてしまったようだ」

 

「全くだ。 いくら身嗜みに時間がかかるとはいえ、朝日が出るまで時間を費やされては困るというものだからな」

 

 肩を竦め、不満気な表情で軽口を叩くシーザーの姿にはどこか頼もしささえ覚える。

 私が原因で待たせてしまった照れ隠しに思わず苦笑しながら再度謝罪をすると今度は驚いたように私をまじまじと見つめてくる。

 何か可笑しなことを言っただろうか? 妙な態度を取るシーザーに疑問を覚えるが、今は無駄に時間を費やす余裕もなく、夜風が吹くローマの街並みへと繰り出す。

 

 目指すは古の闘技場、コロッセオ。 柱の男、ワムウとの決着を着けるために向かうのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暫らくの間、歩を進めていると目前に月に照らされた巨大な建造物が眼に入る。 柱の男の一人、ワムウとの決闘場所でもあるコロッセオの前まで来ると否応にも緊張する。

 

「いよいよ、か。 吸血鬼、以前に言っていたことだが本気で……誰だ!?」

 

 私とシーザーが入口へ向かおうとした時、建物の影からローブを纏う人物が音もなく現れ、私達の前に立ち塞がった。

 

「来たか、お前達。 弟子であるリサリサから連絡を受け、このダイアーが援軍として来たからには安心するが――」

 

「シーザー、この者に先の流れについての説明を頼む。 足手まといになりそうなら置いていけ」

 

 以前に橋の下に突き落としたはずのダイアーが影から現れたことに対して感銘を受けず、むしろ落胆さえ感じる。

 SPW財団を経由して味方が増えるとの連絡を受けていたがよりにもよってこいつか。 耳を澄まし、辺りに気配及び呼吸音が聞こえないかと探ってはみていたが残念ながらこいつ一人だけのようだ。

 

戦いに向けて精神を整えていたというのに乱されては堪らない。 早々にダイアーの処理をシーザーに押し付け、一人先へと進む。

 こんな所で無駄な時間を過ごしている訳もいかず地下遺跡へ続く入口を抜け、下へと降りて行く。

 

 コツコツと私の足音だけが響き、入口に入った時より一瞬の気の緩みもなく警戒を続ける。

 この日の為にSPW財団から装備と道具を取り寄せ、念入りに戦いのシミュレーションを繰り返したのだ。 不意打ちによって呆気なく終わるなど許せるはずがない。

 

 そんな折、私の警戒に引っかかる気配が無数の柱の奥にある開けた場所から感じ取れた。

 そこへただ一人、私が赴くと月明かりが僅かに差し込む場所に座禅を組み、目を閉じているワムウが視界に入る。

 大柄の体にはち切れんばかりの筋肉が詰まった荒々しい肉体とは裏腹に、与える印象は静寂の中、祈りを捧げる修道士のように穏やかなものだ。

 

「……あのヘラズ口を叩く、トッポイ男はどうした? ジョジョ、奴はどこにいる?」

 

「初めまして、というべきかな。 残念ながら待ち人のジョジョは来ない。 そう、彼はもう既に勇敢に戦い散ったのだから」

 

 ピクリ、と一瞬ワムウの顔が強張り、その閉じられた目が開かれた。

 構わず話を続け、ジョジョの死因であるエシディシとの戦い、その果てに私がエシディシを始末したと告げる。

 

「馬鹿な、エシディシ様が敗れるだと? くだらぬ戯言を言うか!」

 

「我が言葉を嘘と思うのは勝手だが『怪焔王(かいえんのう)』の流法(モード)、奴の炎を操る技は驚愕に値する。 だがどれだけ素晴らしい技を持とうとも、術者であるエシディシには心底がっかりしたぞ。 奴は瀕死に陥った際、人間に寄生してまで生き延びようと醜態を晒したのだからな」

 

 私がエシディシが持つ技、脳だけの存在となり人間に寄生したことを話すとワムウ自身、私の言葉を信じ始めたのだろう。

 その目が激しい怒りから動揺に変わり、一通り事の顛末を話し終えた後には敵意に満ちた鋭い眼光が瞳に宿っていた。

 

「その赤い目、貴様良く見れば波紋戦士ではなく吸血鬼か? 吸血鬼に敗れるなど俄かには信じがたい、だが貴様の妙に自信に満ちた態度とエシディシ様に関する言葉から信憑性もある。 だが! 例え真実だとしてもエシディシ様をこれ以上侮辱するとなればタダでは済まさん!」

 

「庇うのは忠誠心か、または仲間意識からか。 安心するがいい、恐らく奴がそこまで生に執着し、無様な姿を晒した理由は分かっている。 この『エイジャの赤石』の為だ」

 

 首に身に着けている赤石を服から取り出し、怒りに身を震わせるワムウへ見せるとその目が再び大きく見開かれる。

 

「なるほど、エシディシ様の行動のおおよその見当はついた。 我々が求める赤石があれば仕方のないこと。 だが不可解なのは貴様だ、我々が強く求める物と知ってなぜここに赤石を……いや、そもそもなぜ一人(・・)でここへ来たのか?」

 

 一転して先程まで無防備に見えた男が身構え、警戒を顕にする姿を見て戦いだけはなく知恵が回る存在だということが見てとれる。

 思わず笑みが零れてしまう。 そうでなくてはここへ来た意味がない。

 

「ワムウ、ここはどのような場所だ? 古より続く、伝統あるこの建造物の中では何が行われてきた? 答えは一つ、戦いだ。 ジョセフとの決闘の盟約を果たす為、何よりそのジョセフから貴様は真っ向から戦う戦士だと聞いたからだ!」

 

 聞いた話ではこのワムウ、戦いに誇りを重んじるタイプらしくだからこそ決闘などと回りくどいことを提案したのだろう。

 私の言葉を聞き、疑惑を覚え警戒していたワムウの表情、瞳に若干ながら喜色が伺える。 だが、そこは立場上あるのだろう、何とか堪えているかのように妙な緊張感を張っている。

 

 そして私が目の前の男との間合いを詰め、踏み出せば相手に手が届く距離まで近づいた際にゆっくりと左腕を伸ばす。

 

「私は決闘に来たのだワムウ。 正々堂々、真の強者は誰か、それだけを決めにな。 ……だが、確かめねばなるまい。 貴様が万が一にも姑息な手を使う卑怯者か、誇り高き戦士かを! 我が決闘の作法、受けるか?」

 

 『対手』。

 互いに手の甲を相手の肘に合わせ、腕を触れさせることで正々堂々と戦う様を表す作法。

 私の地方に伝わる決闘の作法だと説明し、腕を離した時が決闘の合図だと伝えるととうとう笑みが堪えきれないのか、ニヤリと目の前の大男が不敵に笑う。

 

「決闘だと? 面白い、だが忘れているようだが俺に触れればお前の肉体は一体化するように消化される。 まさか、知らない訳でもあるまい? 俺が不意を打ち攻撃する可能性もあるこの行為に貴様が罠を仕掛ける可能性も十分あるではないか」

 

「ふん、貴様等が消化せずに肉体を触れさせることも可能だと聞いている。 戯言は止せ、受けるか否かはもう決めているのだろう? 卑怯者ならば、即座に今私を攻撃し、赤石を奪っているだろうからな。 無論、そうならば我が力と技で遠慮なく叩き潰せるというもの!」

 

 いい加減、茶番は止めてくれと溜息を吐いて暗に伝えるとようやく目の前の男の腕がゆっくりと伸ばされる。

 視線を交えた時より私の目を片時も外さず、見据えていた男の瞳にはもはや敵意でも、警戒の色でもなく、ただ子供のように無邪気に輝いていた。

 

「良いだろう! あえて、そうあえてだ! 貴様のその提案に乗ってやろう! フフフ、まさかこの時代にここまで俺の心を昂らせる者がいるとはな」

 

 小心者、いや用心深さを兼ね備えているのだろう。

 一見、この無意味としか思えぬ行動に誇りを見出すものがどれだけいるのだろうか。 その価値が分かる人物が少ないことは本人が一番分かっているのだろう。

 だからこそ最後の最後まで疑い、今でも目の前の現実が真実かどうか見極めようとしている節がある。

 

 

 しかし、男の腕は伸ばされ続け、私の腕と触れ合わせるとその大木のように太い腕の中へと私の腕が吸い込まれていく。

 まるでそう、子供が大好物のお菓子を目の前にし、食べてはいけないと言い聞かされていてもついつい手を出してしまう誘惑に似ているのだろう。

 その一見獰猛とも取れる笑みの内に秘められる純粋なる好奇心。 瞳に眩いばかりの喜びの感情が満ち溢れているのが容易に分かる。

 

「語らずとも、視線を交わせば分かるものがある。 貴様も俺と同じ、純粋なる戦闘者。 戦いに喜びを見出す生粋の戦士ということがな」

 

 私とてそうだ、この戦いの美学を共有できる同行の士が現れたことに歓喜の笑みを抑えきれない。

 

 これからこの無垢なる戦士に名乗りを挙げ、正々堂々と真っ向から決闘に打ち勝ち、栄光の勝利を我が手にt―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前の光景が変わっていく。

 

 

 視界が揺らぎ、私の足元から体が喪失するかのような感覚が頭まで伝わり、再び足元から今度は電流に似た感覚が頭まで伝わった時には目の前の景色が一片していた。

 

 ずっぽりと私の腕が熱くほとばしるむさ苦しい男の腕の中に包まれているのだ。

 そして顔を上げればニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべるワムウがいる。

 

 今だ頭がぼんやりし、記憶もまばらだが問題ない。 全て、予定通りだ。

 

「? 何だ? 雰囲気が変わった……いや、その目は一体―――」

 

 ピキリッと、音を立て私の腕を内包したワムウの腕を瞬く間に『気化冷凍法』によって凍らせる。

 そのにやけた馬鹿面が信じられないといった呆気に取られた表情に変わり、次いで苦痛の表情へ変えるべく内側の腕を動かして粉々に肘から先の腕を砕いた。

 

 

 








『おいワムウ、赤石賭けて決闘しろよ』
 
 うん、ジョジョssよく読む人なら分かったかもしれないけれど……偽赤石のネタが被った件。
 このネタに該当するジョジョ小説が2件あって、他のに変えようかと悩んだけれどもこの後のブチギレワムウさんの対策が思いつかなくてそのまま使ったけれども……。

 一応、ネタが被っても表現が一緒でなければ良いですよー的な感じの一文が書いてあったけれども、いざとなれば土下座する準備だけしておこう。




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