我が名はティア・ブランドー   作:腐った蜜柑

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変化の兆し

 柱の男、エシディシが間近まで迫っている。 

 だというのに焦りや恐怖といった感情は無い。 生まれ変わった私は晴れ晴れとした心地よい気分のまま、ゆっくりと館の廊下を歩いていた。

 

(さて、ここで私が取るべき手段はただ一つ。 問題はタイミングだ、夜明けも近いことも考慮して最適な行動を取らねばな)

 

 エシディシと対峙し、空気をも燃やす高温の血液を放つ能力だと知った今、私が降す判断はこの場を離れること。

 奴と私とでは一際相性が悪いと分かった今、無理に戦う必要などない。 この場に留まり、死ぬ輩がいたとしても気にかける必要など無し。

 

 心残りがあるとすれば奴等が求める『エイジャの赤石』だ。 奴等をより強くする代物など、万が一にも奪われてはたまったものではない。

 

 だからこそ即座に行動に移し、私は廊下の窓から外へ出ると蜥蜴のように壁をよじ登っていた。

 

(問題は赤石の所有者だ。 素直に渡してくれと頼んで渡す相手ではない、となれば盗むしかないか)

 

 以前の私は赤石が重要な代物だと認識できぬ程マヌケではなかったのか、リサリサが唯一赤石を身から外すタイミングが入浴中だということを知っている。

 だが今この場では何の意味もない情報だ。 夜明けが近い今、エシディシと共にこの館に閉じ込められるなど御免こうむる。

 

 上階にあるリサリサの私室を監視し、隙を見て赤石を手に入れられればそれで良し。

 次点で奴がエシディシとの戦闘中に奪えれば良し。 最悪なのは柱の男を倒せる可能性を秘めた波紋使いを減らしてでも奪い取ることだ。

 

 状況によって行動を変えようと目的地の部屋の中を覗こうとした時、遠目に館を目指すジョセフの姿が目に入った。

 ゆっくりとした足取りで館を目指すその姿に違和感を覚え、しばらく迷ったもののジョセフがいる方角へと壁を蹴り、ものの数秒でジョセフの前へと降り立つ。

 

「あら、随分と余裕ね。 柱の男が近づいているのに、どうしてそうものんびりしていられるのかしら?」

 

「うおっ!? いきなり空から降ってくるんじゃねぇ、驚くだろうが! ……へっ、エシディシの野郎なら長い眠りに入った所だぜ」

 

 パチパチと瞬きを繰り返し、言葉を理解するのに暫しの時間を要した。

 この場において嘘を吐く理由もなく、思わず再度尋ねると今度は嫌らしく胸を張って答える様に奴を殺したのだとようやく納得することができた。

 

「まぁ、素晴らしいわね。 貴方の成長、私は嬉しく思うわ。 この朗報を皆に知らせてあげなさい」

 

「そりゃまぁ……ティアも大丈夫そうで少しばかり安心したぜ。 何か様子が変だったからよ」

 

 心にもない賛辞を送ると同時に目の前にいる取るに足らぬ存在が排除すべき『障害』へと変化する。

 まぐれか実力かどうかは関係ない。 化物を倒せる可能性を秘めた存在だということが証明された今、私にとって脅威でしかないからだ。

 

 心の平穏を求める者にとって恐怖とは害悪でしかない、故に恐怖を感じさせる脅威は克服せねばならない。 それが例えどんな手段を用いようともだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ジョセフとの会話を切り上げ、念の為に柱の男エシディシがいた離れ小島へと出向き、隅々まで奴の姿が見えないことを確認してようやく私自身奴の死に確信が持てた。 

 私が部屋へ逃げ込んでいる最中にジョセフは小島へと戻り、奴に波紋を纏わせた毛糸を使って仕留めたと言っていたが、もう少し話を聞けば良かったか。

 

 踵を返し、館へ戻る道を歩きながら脳裏に浮かぶのは厄介な存在であった赤石についてだ。

 

(くだらん、何が柱の男を倒すのに必要な赤石だ。 所詮、カビの生えた言い伝えなど信じるだけ無駄なこと。 早々に赤石は壊すべき代物だ)

 

 赤石無しでも柱の男を倒せると実証された今、奴等を強くする可能性を秘めた赤石など害でしかない。

 あの深紅に輝く美しい宝石を壊すのは惜しい気もするが、惜しんだ挙句に奴等の手に渡ったとなれば笑い話では済まされない。

 

 しかし、同時にこうも考える。 使用方法は分からないが奴等を強くするのであれば、この私にも使えるのではないのかと。

 その考えが浮かんだ時、自然と口角が吊りあがるのを感じながらも私は館を目指していた。

 

 

 

 

 

 リサリサの部屋の前まで来た時、その扉が開き明かりが漏れているのにも違和感を覚えたが中を覗いたその先の人物達に更に疑問を抱いた。

 

 部屋の持ち主であるリサリサは当然として、ジョセフやシーザー、更には館のメイドがなぜ対峙するような形で部屋に居るのか。

 

「ん? あぁ、ティアか。 ちょっとばかし面倒な事態に―――」

 

「吸血鬼ッ! てめえもそこを動くんじゃねぇ! この女の命が惜しくないなら別だがなぁ」

 

 メイドの可憐な容姿からは想像もつかぬ野太い聞き覚えのある男の声に体に刻まれた恐怖が蘇る。

 内側から身を焼かれる痛みなどおよそ言葉で表せるものではない。 そんな痛みを与えた張本人の声だ、忘れるはずがない。

 

 以前の私ならば心は怯え、体は震えていただろう。 だが、今の私は恐怖よりも内に秘められし悪意(・・)が大きく膨れ上がり、体から熱を奪っていく。

 

 冷えきった思考はいかにして目の前の敵を難なく排除するか、その一点のみに絞られた。

  

 ひとまず周りに説明を求めると目の前にいるメイド、名前をスージーQと呼ばれる女性の体内にエシディシの脳と血管が潜み、操っているのだという。

 更によりによってリサリサが持つ赤石を奴に盗まれ、この島から出る郵便船に乗せられどこぞへと送られた所だと話を聞き、私が取るべき行動が決まった。

 

「分かったわ、彼女は殺しましょう。 何よりも優先すべきは赤石、こんな所で足止めを喰らう訳にはいかない」

 

 簡潔に答えを述べると場の空気が一瞬凍り、目の前にいるメイド……いや、血管を体に浮かび上がらせ、不気味な笑みを浮かべているエシディシへと歩み出る。

 一歩、二歩、歩み出る毎に先程まで笑みを浮かべていたエシディシの顔が焦りに変わり、ついで止まれと無様に叫ぶのみ。 これで確信が持てた、奴はいま脆弱な人間に寄生しなければならない程に追い詰められている。

 

 身内を人質に取り、攻撃できないとでも思っているのだろう。 私には関係ないことだ、進路を塞ごうとした小僧共を退かし、横目で『女』が動かないことを確認すると私は右目に力を入れる。

 

「こ、こいつ本気か? 止めろ! その女を早く止め――」

 

 破裂音と共に相手の脳髄を撒き散らすべく光線が右目から発射され、咄嗟に横へ跳んだエシディシの頭部をかすめるように当たるとバランスを崩し、転倒した化物へトドメを刺すべく左目に力を入れる。 

 

 だが、トドメを刺すことは敵わなかった。 横から現れた拳を避けるべく、顔を背けたがために発射することができなかったからだ。

 

 そうして、エシディシと私の間に立つのは今まで見た事がないほどに怒りの表情を浮かべたジョセフだ。 

 

「ジョセフ、一度しか言わないから良く聞いて。 退け、今の状況が分からないほど馬鹿というわけではあるまい」

 

「馬鹿なのはテメエだろうが! 何いきなりトチ狂った行動に出てんだ、他に手を考えるぐらいできねえのかよ」

 

 私に出来る最善の手が他にないから、今こうして楽な方を選んでいるというのに……少しばかり頭が回ると思っていたが、いや頭に血が上って碌にモノが考えられないのだろう。

 溜息を一つ吐き、身を翻すとスタスタと部屋の出口を目指す。

 

 宿主であるメイドを殺し、エシディシ本体を波紋使い共に任せようと思ったが無理ならば私が出来ることはない。

 奴は脳と血管だけになっても他者に憑依できるというのならば、接近戦は止めた方が無難だろう。 攻撃した本人が次に取り憑かれるなど笑い話にもなりはしない。

 

 故にこの場において私が出来ることは存在せず、後はこの場の者達に任せようと部屋を出ようとした矢先、一瞬の内に口元を覆い隠すように巻かれた布に目を見開いた。

 いや、布ではない。 細長いその形状はマフラーであり、今の状況にそぐわぬ代物を使う人物にも心当たりがある。

 

 だからこそマフラーの用途も巻いた意味も理解できる今、非常に癇に障る。

 

「身勝手な行動は慎みなさい吸血鬼。 そのまま進むというのであればどうなるか――」

 

「どうなるか、と? もしや、これは犬っころに繋げる鎖のような役目のつもりか? この私に対して……こんな貧弱な布切れ一枚でこの私が!」

 

 顔に巻かれたマフラーを掴み、即座に腕ごと凍らせ粉々に砕き散らす。

 膨れ上がる怒りは表情に如実に表れ、項垂れるように口元の布が解けると漏れ出る不快な歯軋り音と共に種の証たる牙を恥知らずな愚か者へと向ける。

 

「! 貴方、その目は……えぇ、見覚えがあるわ。 ようやく本性(・・)を曝け出したようね」

 

 向けられた当の本人、リサリサが突然豹変した私に対して呆気に取られた様子だが、千切られたマフラーが手元に戻る際には既に身構えている辺り場慣れしているのであろう。

 勢いのまま、襲い掛かれば返り討ちにあうことを容易く予想できる程に隙がない。 手強い相手、そう感じた時には私の怒りは奥へ引っ込み、代わりとばかりに薄っぺらい笑みを顔に貼り付ける。

 

「あら、驚かせてごめんなさいね。 でも、冷静に考えれば貴方も小娘一人の命よりも赤石の方が大事だと分かるのではなくて? ……私は先に部屋に戻らせて貰うわ」

 

「私は動くなと言ったのだ吸血鬼。 それでも先へ進むというならば―――」

 

 短くなったマフラーを靡かせ、敵意を醸し出す女に対して私は侮蔑の念を抱いていた。 それは視線にも現れていたのだろう、まるで汚物を見るかのように蔑む視線に彼女が眉を顰め、不快な表情をしている点から見て取れる。

  だが、同時にその醜い姿に私は好感すら持てる。 彼女は私に近い性質を持っているからだ。

 

「リサリサ、お前はなぜ今になって止めるのだろうか? 私がメイドを殺すと言った時もそうだ、歩き出した時、最初の体液を放った時、その後! 幾らでも私を止める機会があったのになぜ今止める?」

 

 私がこの部屋に入った時から唯一警戒していたのはリサリサのみ。 

 エシディシ相手に近づくつもりは毛頭ないし、いざとなれば波紋使いを盾にするつもりだったが彼女だけは別だ。 彼女が唐突に私を殺すべく動く可能性もあるし、何より個人の力量において私を上回る可能性を秘めた危険人物だからだ。

 故に動向を監視し、不審な行動を取るかと様子を見ていたが彼女が選んだ行動は何もしない、ただ見ているだけの傍観者(・・・)だった。

 

「私に罪を被せる為、あるいは赤石の為ならメイドの犠牲も止むを得ない。 そう考えていたのではないかな? ならば尚更性質が悪い、己の手を汚さず他者に委ねるなど……傍観者であれば罪は無い、そう本気で思っているのか?」

 

 赤石という単語に僅かに身を震わせる女の姿に思わず笑みが零れる。 

 その僅かな動揺を見逃さず、更によく観察するべくゆっくりと彼女の元へ手を広げて歩いて行く。

 人の心とはまるで門のようだと私は常々考えている。 人によって門は違い、教会のように誰しも受け入れる開け放たれた門もあれば城門のように堅く閉じられたモノもある。

 

 大抵の心は後者であり、彼女の門はその中でも一際堅く閉じられた要塞だ。 

 だが、今になって陳腐な罪悪感もしくは指摘されたことにより『恥』などとでも感じ、動揺しているのか門に隙間が空いているのが感じ取れる。 

 

 だからこそチャンスをモノにするべく、ここは退くべきではなくあえて進むべきなのだ。

 別に門は開け放たなくていい、隙間から私が入りさえすれば十分すぎる。

 心とは得てして外部の敵には容赦しないものだが内側に入った味方(・・)ほど甘いものはない。

 

 そうして友好的に微笑み、門をこじ開ける辛辣な言葉、身振り手振りによる動作を長年の門破りの経験から使い分け、あと数歩で手が届くという所まで近づいた時、彼女の瞳に強い光が宿るのが見て取れた。

 

 先程まで疑りながらも私をここまで接近させるまでに心を許し、後もう少しという所だというのになぜなのか。

 再び油断なく身構え、彼女の門が唐突に閉め切られる。

 

「いい加減、その薄汚い口から吐き出される戯言を止めなさい! えぇ、そうね確かに私は――」

 

エリザベス(・・・・・)。 しかし、だ。 まさか貴方が善良な傍観者を気取り、他者を己の利益だけの為に利用する悪だなんてとても思えない。 そう、全ては私の憶測でしかないのだから。 ……それでは部屋へ戻らせてもらおうかしら、もはや私に出来ることなどないことだしね」

 

 咄嗟に彼女の本名を呼び、言葉を遮る。

 彼女に自身の非を受け入れる程の心の強さが戻り、これ以上近づけば攻撃される可能性があったからだ。

 

 

 即座に身を翻し、背後から留まるように呼びかける声が複数聞こえる頃には既に薄暗い廊下へと出ていた。

 日の出が近い今、船に乗った赤石を追いかけることが出来ないことなどすぐに思いつくものだが気づかなかったのだろうか。

 言葉通り、自室へ向かう途中に思い浮かぶのは先程の女が心の強さを取り戻したことだ。

 

 人を屈服させる上で大事なのは相手の心の強さ、拠り所を知ることに他ならない。

 それは自分への自信、引いては自己の確立に多大な影響を持っているからだ。 だからこそ、心の強さは容易く弱さにも変わる。

 

 私は彼女の心の強さは息子であるジョセフから来ているものだと考えていた。 故に彼女の非をジョセフの前で明らかにし、彼女自身が持つ心の芯をへし折ろうとしたというのに彼女は屈しなかった。

 

 確かに息子は彼女の心の拠り所だが、他にも彼女の心の芯はあったのだ。

 だからこそ途中まで彼女の心は弱っていたが、最後の最後で別の芯を取り戻した。

 

 彼女に残された心の拠り所、それを知らなければ私が奴の上に立つことは有り得ない。

 

「奴の心の強さを探るのはまた次の機会だ。 一番の問題は私の方にある、今思い出しても腹が立つが……」

 

 次に考えるのはそもそもこの事態を引き起こした出来事だ。 

 波紋を纏わせず、武器を見せびらかすだけで屈服すると安易に考えて手心を加えたのだろう、あの気取った女は。

 

 思い出すと口元から再び歯軋りと共に内から烈火の如く怒りが沸いてくる。

 『私』になった直後だからか、どうにも感情を上手く制御できない。 それでは駄目だ、強者とは己の感情すら扱う者。 これはもう少し、強めに暗示をかけて安定させねばなるまい。

 

 

 そうして自室の扉を開け、手鏡でも探そうという時に室内の違和感に気がついた。

 

「一体、誰が鏡を取り替えたのかしら? 部屋を掃除しにきたメイド、という訳でもないようだけれど」

 

 部屋に入った私を写す大きな鏡。

 それは良い、問題なのは私が出る前に叩き割ったはずの姿見だということだけだ。

 

 可能性として館にいるメイドが部屋の清掃の際に割れた鏡に気づき、取り替えたという点だがそれにしてはベッドのシーツが皺になったままだ。

 そして次に気づくのは床に細かな破片すら一片も落ちておらず、一見して丁寧に掃除したように見えるが埃が残っている点からしてもおかしい。

 

 この説明がつかない状況に、ふと思い当たることがある。

 

「……仮に、そう仮に幻だったとしたらあの時、私は生きてはいまい。 だが現実だとしても説明がつかない、いやむしろつかない方が良い」

 

 柱の男エシディシに殺されかけた時、私は確かに半透明の鎖で構成された人型のナニカを見た。

 アレが何なのか、恐らくは胸元の呪いの十字架が起因しているのか分からないがそれでも構わない。

 

 恐らく、私の理解が及ばない力が働いているのだろう。

 人間だった頃、吸血鬼を見た際に私はソレを『怪物』と呼んだ。 それは吸血鬼という存在を知らぬ無知からくる言葉だ。

 

 この不可思議な現象もいずれ理解できる時もくるかもしれないがそれを今、私は猛烈に欲している。

 

「説明がつかぬ未知なる力なら、奴等にも有効となりうる力になるかもしれない。 が、そう都合良く分かるはずもないか。 ただの私の気のせいという可能性もあることだし」

 

 思わず自嘲の笑みが零れ、私は近くの椅子へ腰掛けるとその鏡を見つめ続けた。

 本当にそう、ただの気のせいだという可能性も十分にあるというのにだ。

 

 私にはどうしても、その鏡が割れた鏡そのものであるようにしか思えなかった。

 

 







 月日が過ぎるのが早く感じる今日この頃。
 更新遅れて申し訳ない、今回は忙しかったとかではなく単純に飽きっぽい性格がモロに出て書いてなかっただけでして。。。

 前に小説書いてた時も

 最初:書きたくて書きたくてしょうがない!! どんどん書きたい!!(訳:めっさ書くの楽しい)

 後半:スムーズに書けると書きたくて(ry 状態になって楽しいのだけれども、詰まると急に作業感出て飽きがくる→ 気分転換に他のことやって熱中してそのまま余り手をつけない状態になるものでして。。。

 ……とりあえず、そう今だけだ。 今の状態を気合で乗り切れれば最初の状態に戻って楽しく書けるはず。

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