我が名はティア・ブランドー   作:腐った蜜柑

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 間違えた……最初にこの話を掲載したのが修正前の話の奴で、2月28日から少し手を加えた奴をそのままコピペしました。

 消えたらショックなので、2ページに分けて保存してたけれども同じ名前だから投稿の際にそのまま。。。

 具体的な前との変更箇所だけれど読みやすいように幾つかの文字の変更と呪いの十字架関連の話がすっぽり変な所で抜けてるのを修正しました。

 ……いや、読みやすい方のは自信が無いけれども。
 

 


エシディシ戦:選択の時

ジョセフに埋め込まれた毒の指輪が溶けるまで後7日。

 

 連日黙々と辛い修行を重ねるジョセフとシーザー達だが、日増しに刻限が近づいてくると焦りが見えてくる。 そして毒の指輪が作動する7日前になった今日言い渡されたのは波紋の師範代達との『最終試練』。

 

 内容は師範代を倒せば、柱の男を倒せるだけの力量を身に着けたと認められ合格を言い渡されるらしい。 波紋を身に着けていない私にとっては、この合格がどれ程の力量となるかは知る由もないが。

 

 一人では特に何もすることがないので月夜が浮かぶ中、散歩しているとふとこの後のことが思い浮かんだ。

 この試練とやらが終わった後はいよいよ柱の男と対峙することとなる。

 心に染み付いた恐怖は今だに取れず、それを拭うように最近は新しく取り寄せた鉄製のロングソードを手元に置いていた。

 武器だと一目で分かるものが傍にあると不思議と恐怖が和らぐ。 いや、私を守ってくれる存在だと感じるから安心するのだろう。

 

 遠目にはシーザーが塔と塔の間の空中に張られたロープの上で大柄の男と戦っている。 はて、最後の試験とは曲芸の試験だったのか。

 今にも互いに落ちそうになりながらも、上手くバランスを取って戦う様は見ていた退屈しない。

 

 それならばジョセフの試練とはどのようなものだろうか? ふとした好奇心から興味が沸いてきた。 

 確か離れ小島に呼び出されていると本人が言っていたが、ちょうどいい暇潰しになるかもしれない。

 

 暇を潰すために館がある島から小島へと続く橋を渡り、近づくにつれて悲鳴に似た妙な叫び声が聞こえる。 

 

 何事かと声がする小島へと急いで向かい、開けた平地のような場所の先にジョセフと距離を離した所で奇妙な格好をした大男が蹲り、何かを抱えている。

 

 

「あァァァァんまりだアァァァァァ! AHYYYYYY、WHOOOOOOOO!! おぉぉぉぉぉれェェェェェのォォォうでがァァァァァ!!」

 

 紛れもない『変態』がそこにいた。

 

 変な肩パッドに釘を刺し、胸にも妙なパッドをつけた半裸の変態が泣き喚いている。

 何故だろう、何も見なかったことにして逃げ出したい。 関わりたくもない状況だが泣き喚く人物の顔を見た時、そうもいかなくなった。

 

 

 見れば骨だけとなっているが腕のようなモノを抱え、子供のように泣きじゃくっている。 その左腕を失った半裸の変態はカーズと共にいた柱の男の一人……確かエシディシとかいう名だったはず。

 

 柱の男と認識した時、じわりと心の中に恐怖が染み出てくる。

 腕を落とされた痛みで泣き喚く軟弱者。 そう思いたいというのに、身に染みた恐怖はそうは感じさせてくれない。

 

 エシディシに注意がいって気がつかなかったが息を呑んでいる者は私以外にもう一人いた、離れて様子を伺うジョセフだ。

 

「ティ、ティアか? 訳が分からねぇ。 いきなり奴が現れたもんだからよ、腕を一本波紋で蒸発させてやったらあの様よ。 怒り狂うより余計に不気味だぜ」

 

「見なかったことにしたいけれど、あの変態が本当に動揺しているなら今がチャンスのはず。 後ろからそっと仕留めるべきよね」

 

 剣を持ってきていて正解だった。 心の中の恐怖を押し込み、泣き喚く柱の男エシディシに背後からトドメを刺そうとした時、泣き声が止んだ。

 

「ふーッ、スッとしたぜ。 俺はカーズやワムウと比べるとちと荒っぽい性格でな~。 激高してトチ狂いそうになると泣き喚いて頭を冷静にすることにしているのだ」

 

 先程まで惨めなほどに泣き喚いていた男の顔が振り向いた時、微笑む余裕すら見せ付ける態度へと変化していた。 こいつらは一見イカれた胸パッドやら腰にふんどしを巻いた変態的な格好や行動をするが、その知能と身体能力は非情に高い。

 

 現にこれは相手を動揺させる、あるいは油断させる策かもしれないと頭では理解できても奴等の恐ろしさに身体に表れる動揺を抑えることが出来ない。

 

「JOJO、俺の腕を落とすまでに成長した『波紋』の力、素直に賛美しよう! この失った左腕の代償はそうだな、お前の腕を貰うぞ? クックック……ん?」

 

 私のことに今気が付いたとばかりに柱の男が瞬きを繰り返し、ジロジロと興味深そうに視線を向けてくる。

 まるで炉端の石のように、今まで注意を向ける価値もない存在だとでも言いたいのか。

 

「ふむ、金の髪を持つ女吸血鬼。 そうか、お前カーズに一杯食わせた奴だな? なかなか楽しめそうな奴だがちょうどいい、傷を癒す餌はお前で十分だな」

 

 男の好奇の目から獰猛な獣が獲物を仕留んとする瞳のそれへと変わった瞬間、私の体は後ろへと下がろうとしていた。

 

(ここで退けば私はもはや、柱の男達に立ち向かう気概が失われる。 昔のように己の欲望の為に力を振るうのではない、私だって大切な人を守れる良き力を持てるはずなのだ)

 

 ここで逃走し、万が一ジョジョ達が敗れればエリナを守るのは私しかいなくなる。

 そうなれば我が友人を守れる確立はほぼ0に近くなる。 その前に私が真に良き友人であることを証明するため、汚れたままの人物ではないことを証明するためにも今ここで! 自身の恐怖に打ち勝つのだ!

 

「ジョジョ、良い? ちゃんと()を使って戦いなさいよ。 数の利を活かせば必ず勝機はあるわ」

 

「へっ、むしろそっちがビビッてへましないか心配だぜ。 ……やばくなったらちゃんと逃げろよな。 よーし、かましてやろうぜ!!」

 

 『頭』という言葉を強調し、鏡合わせのようにその場から互いに別れ、エシディシを挟み込むようにして互いに正面に立つ。

 一箇所に固まっていては、まとめて薙ぎ払われるのが目に見えているからだ。 とはいえ、数の有利もあり挟み撃ちという一見不利な状況であるにも関わらず、エシディシはにやにやと不気味な笑みを浮かべて静観し続けている。

 

「波紋使いと吸血鬼。 相手をしたことはあるが同時には無かったな……少しばかり興味が沸いてきたぞ。 ほれ、攻撃してこないのか?」

 

「貴方、吸血鬼は自分に対して何もできない……そう思っていないかしら? ならば良く見ておくがいい!」

 

 余裕の態度を崩さず、挑発するエシディシの視線や意識はジョセフに比重が傾いている。

 この場において危険なのは波紋使いであり、吸血鬼など取るに足らぬ存在だとでも認識しているのだろう。 だからこそ私は声を張り上げ、無理やり意識を向けさせる。

 

 右目に力を込め、私の瞳が盛り上がっていくのを感じる最中、破裂するかのように瞳から体液が飛び出した。

 弾丸のように高速で飛びだす体液は岩盤をも貫く威力! 避けるまでもないと考えているのか、吸い込まれるようにエシディシの左肩を貫いた。

 

「ほほぅ! 体液をまるで水圧カッターのように飛ばすか。 面白い技だがこんな風穴を空けた程度で―――」

 

 会話の途中、胸に空けられたコイン程の大きさの穴を興味深そうに観察していたエシディシの額に更に穴が空いた。

 

 私が射出した体液が鏡のように反射し、戻ってきたのだ。 しかも、今度の攻撃はオマケ付きでだ。

 

「ぬ、ぬぅぅ。 この焼けるような痛み、波紋!? 馬鹿な。 なぜ、反射するばかりか波紋まで纏っている?」

 

 頭部にポッカリと空いた風穴から煙が噴き出ている。 紛れもなく内部を波紋で焼かれた証であり、これにはさすがの柱の男といえども片膝を突き苦悶の表情を浮かべている。

 

「へっ、2千年もの間眠りすぎて頭がボケちまったんじゃねえのか? あの技はてめえを狙ったんじゃねえ、俺が持つ波紋グラスを狙ってたのよ! 俺とティアが協力して与えたダメージ1って所か」

 

 私が狙った的はエシディシではなく、背後にいるジョセフを狙ったのだ。 そう、頭部に波紋を纏ったグラスを掲げているジョセフの元へと。

 この技はかつてストレイツォが空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)などと長ったらしい技名をつけていたが、ものの見事に同じ手である波紋グラスによって破られた。

 

 それを今回は事前に打ち合わせをし、練習を重ねた結果波紋グラスに触れた体液そのものに波紋を纏わせ、攻撃力を増すことに成功した。

 

 事前に頭付近を狙うと言葉で暗に伝えたが、高速で飛来するレーザーをよくぞ小さなグラスで受け止め、奴の頭に命中させたものだ。 これはひとえにジョセフ自身の器用さと才能によるものだろう。

 

(ここまで頼もしく感じる相手なんて、私の弟以来だわ。 それに頭部を貫かれ片膝をついた……つまり、我々と同じく体の構造は似ているということか?)

 

 よろけながらも苦しげに立ち上がる様子から頭部へのダメージはかなり有効なようだ。 奴等が人体に近い体の造りをしているならば有効な攻撃も分かる。 今、この好機を逃す訳にはいかない!

 

「あらあら、苦しそうね。 物凄く痛そうだもの……もう一撃くれてやる、ありがたく受け取れ!」

 

 今度は左目に力を入れ、瞳に含まれる体液を向かい側のジョセフのグラス目掛けて放つ。 

 このまま遠距離からじわじわと嬲り殺したい所だが、この技には致命的な弱点がある。

 

 威力と引き換えにか連射がきかないことだ。 瞳の体液が再び補充されるまでのタイムラグ、それがこの技の弱点。

 

 だからこそ戦いが長引けばこちらの攻撃手段が限られ、不利になる。

 故に早々に決着をつけるべく、奴がグラスの向きを確認するために振り向いた時に私は駆け出していた。

 

 反射された波紋レーザーを奴が身を捩り、回避した時には既に私の間合いだ。

 こちらに気がついた時にはすでに遅い、私の剣は奴の首元に突き刺さっている。

 

 奴等の体に触れた肉体が一体化するように抉られる正体。

 以前、別の柱の男と戦ったジョセフから聞き出したため内容は知っている。 奴等の細胞の一つ一つが強力な消化液を出し、触れた相手の細胞自体を喰らうために一体化するように抉られるのだ。

 

「貴様が触れた生物を消化するのは知っている。 だが、鉄の剣は喰えまい! 肉体を砕かれても尚、平気な顔をしていられるか見物だわ。 『気化冷凍法』!!」

 

 直接触れるのではなく剣という武器を介し、奴等を細胞ごと凍らせ砕いてやれば柱の男といえども手痛い傷を負うだろう。

 しかも、私が突き刺したのは首の付け根。 

 人体の構造と類似していると仮定するならば、この一箇所だけ凍らせれば奴の体はもはや脳からの指令を受け付けず、動かすこともままならない。

 

 勝利を確信し、後は時間の問題だと顔を上げた時、不敵な笑みを浮かべた男の体から大量の白い蒸気が噴き出てきた。

 

「んん~? 少しヒヤッとしたぞ。 吸血鬼にしては面白い技を使う。 そういえばお前、最初に見た時から恐怖の色が出ていたな? 心の動揺でアセリができ、安易な方法で攻撃をしてくるとはマヌケな奴よ」

 

「熱っ!? ば、馬鹿な。 なぜ凍らない? それになぜ、私の『手』が溶けている!?」

 

 白い蒸気が辺りに満ち、同時に強烈な熱気が男から発せられる。

 その温度は凍らせるはずだった氷を溶かし、そればかりか剣と触れている手の皮膚をドロドロに溶かされる程の温度だ。

 この湯気を、この熱気を私は知っている。 まさか、こいつも――。

 

「動物は! 運動や病気でエネルギーを使うと体温が上がる。 俺はそれらを更に上回り、500度まで熱を上げることが出来る! そんな空気をも燃やす高温の俺に熱が伝わり易い鉄製の武器を使ったのだ、当然の結果よ」

 

 500度。 似たような技を私も持っているがせいぜい100度近くまで体温を上げるのが限界だ。 故に力の差を知らせるその言葉は十分すぎるほどに響いた。

 

 武器を失い、頼みの切り札を失い、心の拠り所を失った今、恐怖が再び目を覚ます。

 

「やべぇ、何ボサっとしてんだティア! さっさと離れろ!」

 

「あ、あぁ。 に、逃げないと。 あぐっ、ギ、ギィヤァァァァァ!」

 

 恥も外聞もなく、無我夢中で後ろへと逃げようとした時、強烈な痛みが左足に走った。

 その苦痛たるや斬られるといった単純な痛みではなく、体中に毒針を何本も入れられ、じわじわと長く激しく続く激痛はもはや殺してくれと嘆願するほどの地獄だ。

 

 今まで自分自身でも聞いたことのないような叫び声をあげ、視界すらも激しく手振れを起こした写真のようにぼやけて状況が把握できない。

 

 だが、そのぼやけた視界の中に左足が映し出された。

 地面から伸びる赤い触手が足に何本も突き刺さり、何かを送りだすポンプのように動いている。 

 私の足はまるで風船のように醜く膨れ上がり、焼け爛れていた。

 

「絶望のォ~~~~、ひきつりにごった叫び声が心地よいわ!!  クックック、俺が何の手を打たないとでも思ったか? すでに俺の足から伸びる血管針を地面に潜ませ、今貴様に突き刺し俺の熱血を送っている、策にハマったは貴様の方よ!」

 

「待ちやがれエシディシ! てめえの相手はこの俺だ! こっち向きやがれ!」

 

 痛みの余り、体中が痙攣を起こし上手く動かすことが出来ない。 いつのまか倒れ伏していた私は遠目に駆け寄ろうとするジョセフと……間近で立つ恐怖を見つめることしかできなかった。

 

「このまま俺の『怪焔王(かいえんのう)』の流法(モード)でじわじわ嬲りたい所だが、あの小僧にも借りを返さねばならん。 所詮、餌である吸血鬼如きが俺に勝とうなど無理な話よ! 体に取り込み、喰らってくれるわ!」

 

 勢い良く、私を喰らおうと覆いかぶさる形で死が降ってくる。

 

(……どこで、どこで間違えたの? 私は、ただ幸福を守りたかっただけなのに)

 

 不思議と周りの動きがゆっくりと見える。 これが死の間際の光景だとでもいうのか。

 

(逃れる術が思いつかない。 ジョセフ、そうだジョセフは……遠すぎる。 どうして、誰も私を助けてくれない?)

 

 ジョセフとの間は案外近い距離だ、だというのにそれが遠く見えるということは間に合わないということ。

 ここから単独で逃れる術もなく、後は死を迎えるのみ。

 

 心に強く浮かぶのはもはや恐怖ではない、悲しみでもない、恨みだ。

 

 どうして、私はこんなにもエリナの為にと戦ったというのに気が狂うほどの痛みを与えられるのか。

 どうして、あの目の前の男が生き延び私が死なねばならないのか。 

 どうして、誰も私を助けようとしてくれないのか。

 

 どれだけ恨みを零しても、目の前の現実を逃れられないと知っても尚、私は現実を受け入れることができなかった。

 

 醜い逆恨み。 そうだと理解していても尚、私は死にたくなかった。

 

「誰か、誰か私を助けろォォォォォォォォ!!」

 

 無駄だと分かっていても叫ばずにはいられなかった。

 息が吹きかかる間近まで迫り、体に触れようとした所で目の前のエシディシの動きが突然止まった(・・・・)

 

 いや、固まったと表現するのが適切だろう。 なぜなら奴の体は倒れる体勢のまま固まっているのだから。

 

『キリ……キィ、ギリ』

 

(この、音は何だ? キリキリと……金属音が擦れるような音。 私の、胸元?)

 

 目の前の光景が理解できない。 誰もが驚きの余り絶句し、動きを止めているためか良く聞こえる。

 私の胸元に輝く『十字架』から聞こえるはずのない、奇妙な金属音が響き渡っているのだ。 今までも訳の分からぬ現象を起こしてきたが、こんなのは初めての事。

 

 思わず、音の出所である十字架を握り締めた時、目の前の光景が変わった。

 

 十字架を首に巻くための鎖とは違い、半透明(・・・)の鎖がエシディシと私の間に大量に現れたのだ。

 その鎖は蛇のようにウネりながら束になって人の上半身を模り、目の前の男の両肩を両腕で押さえ込んでいる。

 

 上半身のみだが模られた体には髪がついていた。

 その茶髪のおさげ、細身の体躯からして女性だろう。 だが、そんなことは今どうでもいい。

 私はこの人物に心当たりがあるがそんなはずはない。 顔は分からずとも髪以上に、体格以上にこいつには決定的な特徴がある故にそう思わざるを得ない。

 

 髪の間から見える両耳の内、『左耳』だけ無いのだから。

 

 

 

 この目の前の異形の人物が分かりかけてきた時、一瞬で目の前にあった半透明の鎖が消え、再び正常な光景へと戻った。

 

 そしてゆっくりと。 まるで押し戻されるかのようにエシディシの体が起き上がっていく。 その光景にジョセフの足が止まり、起き上がっているエシディシの顔も困惑している。

 

「な、何だ? まるで透明な壁に押し返されるような『感覚』! だが、押されている『感触』を全く感じないのはどういう訳だ? ……お前、何をした?」

 

 得体の知れないものを見るような視線を向け、その場に留まるエシディシに尋ねられたとて私に分かるはずがない。

 

 いや、違う。 今の言葉から察するに周りの者には見えなかった。 ……と、なれば私の幻覚と考えるのが妥当だろう。 死の恐怖を前にして、とうとう気でも狂ったか。

 

 絶望的な状況が変わらないことを知り、私が再び思考を放棄した時、私の体を引っ張りあげる手があった。

 

 力強く引っ張り、胸元に私を抱えたのは体格の良い男だ。

 

「一旦逃げるぞ! てめぇ、エシディシ! 後で相手してやるからそこで待ってやがれ」

 

「ふざけたことを抜かす奴だ。 ここから逃がすとでも……む? 何だ、体の動きが鈍いな。 い、いや動けん! まるで何かに縛られたかのように体が動かん!」

 

 背後から聞こえる声を背に、私は乱暴に揺らす運び手を見つめていた。

 

(死にたく、ない。 足が痛い。 血、血が必要だ。 傷を癒す、他人の血が!)

 

 なまじ思考が戻ったせいか気が狂いそうになるほどの激痛を再び左足から感じる。

 痛みを抑えたい本能的な欲求か、私の体は目の前の首筋へと噛み付こうと体を動かしていた。

 

「うおっ!? っと、悪い。 放り投げちまった……って何噛み付こうとして」

 

「い、痛い。 死にたく、ない。 い、いやだ。 血だ、お前の血をよこせ!!」

 

 男が慌てて身を捩ると一瞬の浮遊感と共に地面へと体を投げ出される。 

 

 それでも尚諦めずに飛びかかろうとした時、私の体は動かなくなった。 

 

 何かに縛られたように動けない我が身を捩り、必死に目の前の血を求めてもがいているとようやく私を哀れむような視線を向ける者が何者か知ることが出来た。

 

「落ち着けって! ほら、足を治す程度なら分けてやるから暴れんなっつーの」

 

「……ジョセフ? そんな私、私は。 や、止めろ、そんな哀れむような目で私を見るな」

 

 刺激しないように注意を払っているのだろう。 ゆっくりと笑いかけながら近づくジョセフの態度は尚、私を傷つける。

 

「いや誰も哀れんじゃいねーって! 今はえーと、錯乱状態ってやつ? それだろうから落ち着けって!」

 

 なけなしのプライドがズタボロに切り裂かれていく。 そして、そんな時に限って私の呪いの十字架による拘束が解け、自由に動けるようになった。

 

(助けを求める余り、幻覚を見てたの。 ……えぇ、私に『味方』してくれる人物なんてこの世にエリナただ一人、でも結局は私を助けてくれない)

 

 どれだけ惨めな奴だろうか。 私を、ティア・ブランドーという人物を形成する心が壊れていく。 

 今まで恐怖に耐え続ける拠り所であった、友人のためという理由も結局は死の間際には助けてくれない裏切りものと心で罵る最低な女だ。

 

 そうして心の芯を失った時、私の中に残るのは底無しの絶望と恐怖のみ。

 

 もう、耐えることができない。 私が、私でいることに。 ここまで苦しい思いをしたのに、何も得ることができなかった。

 

「最後、そう最後に今の『私』である内に伝えたいことがある。 エリナに、申し訳ないと。 ジョセフ、貴方には……そうね。 私も、貴方のように胸を張れる強さが欲しかった」

 

「は? 何訳の分からないことを―――」

 

 俯かせていた顔を上げた時、ジョセフの作り笑いが消えた。

 

 今の私はどんな表情をしているのだろう。 泣き顔でもない、怒っている訳でもない。

 

 私自身が良く分かる。 頬が緩み、笑っているのだ。

 

 一つ、いま分かったことがある。 人は何もかも失った時、泣くことを止めるということを。

 

 どんな表情なのだろうか、全てを『諦めた』者の笑みというのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 焼け爛れた片足を引き摺り、逃げるように館のある島へと到着した私は自室を目指していた。

 

(鏡、鏡、鏡! 鏡さえあれば、この気が狂うような恐怖から解放される)

 

 そうして到着した部屋の中、大きな姿見の鏡の前に縋りつくように立つと鏡の中に映し出されるのは泥に塗れ、ただ泣き喚くだけの惨めな女ではない。

 

 いかなる時も強く、気高い『ティア・ブランドー』が鏡の中に存在する。

 

 彼女と入れ替われば私は恐怖に怯えることはない、克服することが出来る。 そうだ、何も心配はない。

 

(ふ、ふふ。 何も『心配』は無い。 そう、私だけが……ごめんさいエリナ、私は貴方の友人でいられるほど強くはなかった)

 

 この胸を締め付けられるような痛みは懺悔の念から来るものだろうか。 もはや名を呼ぶことすら戸惑われる。 戸惑うならば、止めればいいというのに私には止める力すらない。

 

 鏡の中のティア・ブランドーが私に気がつき、私に近づいてくる。

 深紅の瞳が紅く輝き、他者に暗示をかける力が私の内部を侵食する。

 そうしてゆっくりと口が開き、呪いの言葉を吐いた。

 

「あの小賢しく、強かなティア・ブランドーはどこへ行った? いついかなる時も不敵に、自己愛の極みにいる下種なティアはどこにいる? お前だ、お前はいついかなる時もそうでいろ」

 

 かつて我が弟にかけられた暗示を自分で使う日が来るとは思わなかった。

 

 不気味に輝く瞳を見続けている内に鏡の中のティア・ブランドーが伸ばした手が……私を掴み鏡の中へと引き摺り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何度か瞬きをし、室内の鏡に映る私を見て溜息が漏れる。 こんな汚れたままの姿など我慢できないからだ。

 左足から激痛を感じるが、そんなことは気にもせずにクローゼットの中から適当に動きやすい服を選び、汚れた服と取り替える。

 

 次いで体の具合を確かめるため、ゆっくりと指先から足のつま先まで入念にチェックする。

 

「時に、そうだな。 人の上に立つ者の素質の話しでもしようか。 人であれ道具であれただ『使われるモノ』は三流であり、『使う』側に立って初めて二流になれる」

 

 自分の思い通りに動く体に満足し、鏡を見れば頭を抱えて怯えるだけの女がそこにはいた。

 

「そして真の支配者はそれらに加え自分をも『扱う』人物でなくてはならない。 他者に自分を預けるなど愚かにも程がある……そうは思わないか? ティア・ブランドー」

 

 鏡の中の惨めな女が顔を上げ、何かを懇願するように見つめてくる。

 誰かに弱みを見せ、あまつさえ他人に我が身を委ねるなど余りにも精神が貧弱すぎる。 こんなものが『私』だったと思えばゾッとする話だ。

 

 そして、私だからこそ訴える内容は分かる。 私の脳裏に浮かぶのは、年を経て尚も私に干渉する者だ。

 

「ふふふ、安心してくれて構わないわ。 エリナは私がしっかりと面倒を見る。 アレはそう、良い香りを放つ花のようにそこにあれば私を楽しませてくれる道具のようなものなのだから」

 

 語り終えた私は鏡を叩き割り、情けない女を粉々に打ち砕いた。

 これで良い、これで永遠にこの体は私のものだ。

 

 己の所有物が増えたことに愉悦を覚える中、ふと手に痛みを感じる。

 見れば私の美しい手に傷がつき、一筋の血が流れているではないか。 舐め取るように舌を這わせ、自身の血の味を堪能するともっと欲しくなる。

 

(む? ガラスで手でも切ったか。 ……フフフ、この血の味。 久しく口にしていなかったが何と甘美なことだろう)

  

 奴は一つ大きな勘違いと過ちを犯した。

 他者の善性に憧れ、憧れていたが為に自身の行動を制限して危機に陥るなど滑稽としか言いようがない。

 私は知っている。 正しい善とは己が成すこと全てであり、悪とはその己を邪魔するモノ全てだということを。




『ほほぅ、100度? クックック、その程度の血の温度で調子に乗るなど実に滑稽だな。 俺の熱血――』

 的なお題『血の温度』の話したかったけど、100度程度なら軽い火傷ぐらいにしか柱の男達に通じないから使う価値がないのがまた。。。



 細胞から滲み出る消化液で触れた肉体が消化されるなら、細胞と消化液ごと凍らせれば問題ない! ……多分。
 但し、熱血男のエシディシには効果無し。  相手の血液ごと気化させればいけるかもしれないけど、自分のではなく相手の血液を気化させる方法が思いつかないので没(ディオは普通にしてたけれども)。

 結局、最後は善と悪の狭間に揺れながら恐怖に呑まれる自分に耐え切れず、暗示をかけてまで内面を作り変える結果となったけど、ここから柱の男に対して勝てば良かろうなのだぁーッ! 状態になるから楽に書ける!

 ……何やら今まで無駄に長かった葛藤的なシーンが無意味になった気がしないでもないけど。

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