我が名はティア・ブランドー   作:腐った蜜柑

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恨みを抱く者

柱の男達との遭遇より数日が経つ頃、ローマから逃げるように私達は汽車に乗り込み、水に浮かぶ都市『ヴェネチア』を訪れていた。

 街の大半が水の中へ沈み、水面に月明かりが反射する光景はどこか神秘性すら感じさせる。

 しかし、この美しい風景を醸し出す街へは何も観光に来た訳ではない。

 

「ぬあんだァ~? このヴェネチアって所は観光都市じゃねえのか?」

 

「騒ぐな、このいなかもんが。 俺達は強くなる為にここへ来たんだ、黙ってついてこい」

 

 ジョセフとシーザー、2人の平時と変わらぬ態度を私は少し離れた位置から愕然と見つめていた。

 

(どうして、どうして奴等はアレを目の当たりにして平然としていられる? 特にジョセフの状況を考えれば笑っていられる余裕などないというのに)

 

 今でもローマの地下で出会った柱の男達の恐怖が私の体に染み付いており、思い出すだけで体が震える。

 生き延びられただけでも奇跡といえるのかもしれない。

 

 そう、目の前の者達も生き延びたからには強い『運』を持っていたのだろう。 だが、その運は代償を支払うものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ローマの地下世界での遭遇直後、ジョセフ達はすぐにSPW財団の助力の元に病院へ運ばれた。 私はというと傷自体は浅い為、吸血鬼の治癒力を持ってすぐさま完治し、休息をとることとなった。

 

 それは良い、その時には恐慌状態に陥っていた私も平静を取り戻し、病院へ運ばれた2人も傷自体は浅かったのか間を置かずに私がいる部屋を訪れた―――医者を連れた状態で。

 

「このレントゲンを見てください。 信じられん、指輪が喉と心臓の血管に絡み付いている。 こんなことがあり得るのか!」

 

「オーノーッ! あの野郎、毒の指輪なんてもんマジで埋め込みやがったのかよ!」

 

 喉と心臓の位置に絡みつく指輪が鮮明に映し出されたレントゲンの写真を前に説明する医者、それを受けて叫び声をあげるジョセフ。

 事態を呑み込めない私が首を傾げていると隣にいたSPWが事の顛末を話し始めた。

 

 

 柱の男の一人ワムウ。 あの巨大な柱を不可思議な暴風で削り取り、ジョセフもろとも私を吹き飛ばした化物。

 それから逃れる為にジョセフは得意のハッタリをかまし、見逃してもらう代わりに33日後に溶ける毒の指輪を埋め込まれたのだという。

 

 わざわざ2つも毒の指輪を埋め込むとは念入りな奴だと口にすると、もう一つはエシディシと名乗る柱の男に埋め込まれたと聞き、私は初めてジョセフに対して同情の念を抱いた。

 

 その毒の指輪の解除方はただ一つ、奴等が身に着ける解毒剤を手に入れなければ外れない代物とのこと。 そして体内にある指輪は2個、それも個別にということは最低限2人の柱の男達と対峙せねばならぬのだ。

 哀れみを覚えるなという方が無理なものだろう、これが私なら恐怖の余り心臓が止まるかもしれない。

 

「ジョジョッ! やはりお前に残された道は1つしかない。 今より波紋の修行で強くなり、奴等を倒して解毒剤を手に入れるしかッ!」

 

「げっ、その修行ってもしかしてめちゃんこハードな奴? オーノーッ! 俺は『努力』ってのが一番嫌いなんだぜ」

 

「てめーの命だろうがこの野郎! もうちょっとマジメに出来ないのか貴様はッ」

 

 普段と変わらぬふざけた性格のジョセフ。 見慣れた光景だというのに私は疎外感を感じていた。

 いや、違和感と言った方がいいのだろう。 私の中で急速に黒いもやが膨れ上がり、心を蝕んでいく。

 

「貴方は……怖くないの?」

 

 ポツリと思わず漏れた言葉に場が静まりかえる。 私の弱気とも取れる言葉に思わず口元を押さえ、誤魔化すように顔を背けた。

 

「そりゃ怖いって感情はあるけどよぉ、このまま何もしないで死ぬよりはマシだからな。 それよりも、その発言からしてあいつらにビビッてるとか? 仕方ねぇなぁー、代わりに俺がキチッとやっつけてやるよ、ウケケッ」

 

「……そう。 強がりを言うなら、その冷や汗を拭ってから言いなさい」

 

 普段と変わらぬ軽薄な態度。 それだけを見れば事態を把握できぬ馬鹿か私の理解を超えた図太い神経を持った人間とでも映っていただろう。

 しかし、私の目はジョセフの首筋を流れる冷や汗を見逃さなかった。

 

(怯えながらも気丈に振舞うのは……そうか、かつてのジョナサンが持つ強さのように他の誰か(・・)の為か)

 

 仮にここで死の恐怖あるいは柱の男達に怯えている様を見せ付ければ他の者の心にも怯えが伝染する。 そこまで考えていてのことかどうかは分からぬが、自身の恐怖をも上回る強い意志が目に宿り、その身を動かし続けているのだろう。

 

 そう、自身の為ではなく他者の為に。

 

 自分を犠牲にしてまで他者を助ける行為を人は賞賛するだろう。 それはなぜか? 簡単な答えだ、普通は出来ないからだ。

 死の恐怖を克服する勇気、利害を無視して他者の為に行動する崇高な精神を持たねば出来ないことだ。

 

 しかし、当の本人は気づいているのだろうか。 本人にとっては当たり前に行うことだとしても、それが出来ぬ弱い者の目には異端のように映ることを――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ァ、ティア、何ボーッと突っ立ってんだ? そんな調子であいつらと本当に戦えるのか? 別に無理に付き合わなくてもいいんだぜ?」

 

「……? え、えぇそうね。 大丈夫よ、それよりも自分の事を心配した方が良いんじゃないかしら」

 

 数日前の記憶を思い出している最中、不意に意識が目の前に広がる夜のヴェネチアへと戻った瞬間目の前に現れたジョセフの顔に思わず仰け反ってしまう。

 深く考え込んでいた為だが、周りが見えなくなる程考え込むなど私らしくもない。 そう思っているのはジョセフもなのか、怪訝そうに私を見て眉を顰めている。

 

 何とか体裁を取り繕い、優雅な私を演じようにもどこか空しさを心の中で感じる。

 誤魔化すように視線を傍に流れる川へと移し、シーザーの案内の元に後ろをついていくと開けた船着場へと出た。

 

「そこの君、ゴンドラを頼む。 エア・サプレイーナ島までいきたい」

 

 ゴンドラ――確かこの辺りの地域一帯で運用されている横幅が狭いのが特徴の小船だったはず。

 どうやらこの船を使って島まで行こうとしているようだが、肝心の船に乗る船頭はシーザーの言葉を無視し、背を向けたまま横たわっている。

 それを不満に思ったのか、シーザーが声を掛けながら船頭へ詰め寄ろうとした瞬間、背を向けていた人物が勢い良く振り返った。

 

「そこの左側のでかい男、そして後ろにいる気取った女! 貴様らの顔が気にくわん、痛めつけてやる!」

 

「それ、俺のことか? なんだテメー、変な仮面着けていきなり変なこと言いやがって! 頭パープリンじゃねえのか?」

 

(……ジョセフの顔が気に食わないのは分かるけど、どうして私が? 敵?)

 

 振り向いた人物、船頭の顔にはまるで舞踏会にでも出るような仮面と紅いマフラーが身に着けられており、人相までは伺えない。

 こんなおかしな奴が敵というのも考えにくいが、私に対して射抜くような敵意を感じる。

 何をするかと様子を見ていると船の近くに浮かんであったオールの上へと飛び移り、両足を器用に使いまるでしなるムチのようにオールを振り回し、ジョセフの顔へと叩きつけた。

 

「ウゲーッ!? なんだぁー? オールなんて変なもん使いやがって!」

 

(いや、それよりも水上に浮かんでいたオールに沈まず(・・・)に飛び移っていることに気がつくべ――ハッ!?)

 

 水上に浮くという得体のしれぬ術の正体が分かりかけてきた時、仮面の人物の足元からまるで矢のように飛んできたオールを咄嗟に身を捩って回避する。

 ジョセフはまともの喰らったようだが、この私の運動能力を持ってすればこの程度避けるのは造作もないこと! そうほくそ笑んでいると、目の前の仮面の人物から溜息が漏れ出した。

 

「ふーっ、男の方は波紋で水をはじき、水面に立つことで波紋の才能を持っていることが分かった。 対して女の方は自身の力を過信する余り周りを見ていない愚か者か」

 

 少し甲高い声からして恐らく成人した女。 女の言葉通り、川の方へと吹き飛ばされたジョセフが足元に波紋を練り、水面へ浮いているのは見て取れるが私が愚か者とはどういうことか。

 

 言葉の真意を探ろうとした瞬間、視界が暗闇に染まり次いで頭から足のつま先まで広がる冷たい感覚が私を襲った。

 

 

 ……ゆっくりと、そうゆっくりと頭に被ったバケツを取り、次いでバケツに入っていた水のお陰でビショビショになった服を確認し、後ろを振り返った。

 先程放り投げたオールが壁に突き刺さり、壁一面に亀裂が走っている。 その衝撃が壁を伝わり頭上にある民家のバルコニーに置いてあった水入りバケツを落としたのだろう。

 そう、私の頭上へと。

 

「ふ、ふふふ。 なかなか味な真似をするわね。 えぇ、見世物には見物料を払いましょうか……貴様の体でな!」

 

「よーし、そのスカした野郎をぶちのめしちまえティア! 半殺し程度なら俺も許すぜ」

 

 水面に浮く、壁に衝撃を伝わらせるなど奇妙な現象からして仮面の女の正体は十中八九波紋使いだろう。

 何の目的で私達の前に現れたのかは問題ではない、重要なのはこの私をコケにしたことのみ。

 

 その代償を償わせるべく、水面に浮かぶ仮面を着けた人物に対して飛びかかろうとした時、目の前の人物の手が仮面に伸びた。

 何を考えているのか理解できぬが問題ではない。 既に私の攻撃可能な距離であり、横振りに振るわれる拳がこいつの体を砕く―――そう確信する私を前にして、何気なく仮面を取り外す人物の瞳が私を射抜いた。

 

 長く伸びるブラウンの髪、端正に整った美しい顔と透き通るようなブルーの瞳。 だが、私を見つめる若い女の瞳は汚物を見るかのように侮蔑が篭った視線だ。

 

 その人物の顔を確認した私は咄嗟に振るいそうになった拳を止め、そのまますれ違うように浮いていた船へと着地する。

 

「あ……貴方はリサリサ先生! ジョジョ、この人が俺達の波紋を強くする先生だ」

 

「こいつが俺達の先生だぁ~? 女じゃねえか! ……いや、それよりも何であの高慢ちきのティアが怯えてんだ? そっちの方が信じられねえ!」

 

(ば、馬鹿なっ!? どうしてこいつが今ここで出てくる? ど、どう対処すれば――)

 

 ダラダラと体中から汗が一気に噴き出てくる。 最近の私はどうにも『運』が向いていない気がする。 柱の男達という存在もそうだが、よりにもよってなぜこの女がここにいるのだ。

 後ろを振り返ればまるで幽鬼のように女が佇み、凍えるような瞳が私を映し出す。 その容赦のない視線に私の体は微かに震え、目線を逸らさせた。

 

 落ち着け、落ち着くのだ私よ。 ここはどうにかして話題を逸らすのだ、もう昔のことなのだ。 少しはそう、相手も落ち着いているはずなのだ。

 

「ひ、久しぶりね。 エリザ―――っ!?」

 

「そうね。 顔も見たくない相手に対して会いたい(・・・・)と思う時、その人物はなぜ会いたいと思うのかしら? ……リサリサ、今の私はそう名乗っているわ」

 

 私が名を呼び、視線を戻した瞬間には女の顔が息が吹きかかる距離まで近づいていた。 間近で見る表情や態度、言葉ですら私に対する敵意が痛い程に感じる。

 

 問題は時が解消してくれる。 そう少しでも考えていた私が愚かだった、むしろ煮詰まり余計に事態が悪化しているではないか。

 その気迫に圧倒されてか言葉に詰まる私を無視し、女は後ろで様子を見ている二人へと振り返っていた。

 

「シーザー、それにジョセフ。 ようこそヴェネチアへ。 貴方たちの波紋の強化については船の中で話しましょう。 船頭はそこの吸血鬼がやってくれるそうだわ」

 

 目の前の3人の視線が私に一斉に向けられる。

 辺りを見渡せば、ここは人通りが少ないのか他に船頭らしき人物も見えない。

 とはいえ、なぜ私が船頭などと面倒なことをしなければならないのか。 文句の一つでも言おうとした瞬間、目の前の女、リサリサの首に巻いていたマフラーが私の口を物理的に封じていた。

 

「このマフラーは特別製なの。 波紋を100%伝えることが可能な物質。 やってくれるわよね?」

 

「いや、ちょっと待てよ。 あんたリサリサだっけ? ティアと知り合いっぽいけど、ちと扱い雑じゃねえの? 憎たらしい奴なのは否定しないけどよー」

 

 私は無言で何度も首を縦に振った。

 彼女の口元が弧を描き、こう語りかけてくるのだ。

 

『断れ、そうすれば私はお前を始末することができる。 それはとても嬉しいことだ』 と。

 

 取るに足らぬ些細な理由でも私を消そうとする執念にも似た殺意を浴びせられ、弱りきった私は従順になるしかなかった。

 放り投げられたオールを手に取り、静かに指示される方角へと向かおうとした時、手に持ったオールを乱暴に奪い取る2つの手があった。

 

「文句の一つも言わねえなんて疲れてんのか? ……仕方ねぇなぁ~、ここは一つ借り作っておくのも良いかもな! シーザー、お前も一応女である奴に漕がせっぱなしって訳?」

 

「はんっ、確かに性別上は女性であるのは間違いない。 俺のポリシーに反するもの確かだ。 だが断っておくがお前とそこの女の為じゃないぞ、あくまで俺の為だからな」

 

 憎たらしい笑みと心底面倒そうな男達の手によって船は進み出す。 唖然と空になった手を見つめ固まる私と背後から強烈な敵意を浴びせてくる女と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 船を漕ぐこと数十分、遠く水平線にある島へと到着するとその全貌が明らかとなった。

 小島と呼べる部類の小さな島だが、驚くべきなのは島全体に聳え立つ広大な館の姿だ。 時を隔ててもなお人を惹きつけて止まぬ名城のように随所に趣向を凝らせた館は見事としか言いようがない。

 

「素晴らしい。 恐らくかなり年代が経っているように見えるけれど、その優雅さは損なわれる所か増しているわね」

 

「……物を見る目は確かのようね。 さて、これで貴方とはここで2人っきり、これはどうしたものかしら」

 

 船から降りた後に逃げるように館の外壁へと近寄り、観察している私の背後から不意に声が掛けられた。

 その聞き覚えのある声に心臓が高鳴り、辺りを慌てて見渡すと館の入り口らしき所へ大柄な2人の男に案内されるシーザーとジョセフの姿が目に入る。 居て欲しくない時にはいるくせに、どうして肝心な時にはいないのか。

 

 ゆっくりと声がした方へ振り返るとタバコを手に持ち、口元から煙を吐き出しながら冷たい視線を向ける女……リサリサだ。

 

「最初に言っておく、私は貴方の事を許す気は毛頭ない。 しかし、今はケジメ(・・・)をつけるべき時ではない。 柱の男達を倒すのが先決。 貴方に戦う意思はあるか、答えを聞きましょうか」

 

「も、勿論戦う意思があるからこそ私はここにいるのよ。 それよりも、その、私も『あの事』については悪いとは思ってい――」

 

 言葉を述べるよりも先に目の前の女の手元から鋭利に尖ったナイフが放たれる。

 突然の攻撃を咄嗟に体を屈ませ避け、顔を上げる頃には女の瞳は先程の冷たい印象から一変し、燃えるような憎しみに満ちた気迫を纏っていた。

 

「『悪いと思う?』 ……よくもヌケヌケと私の前で言えたわね。 貴方はジョージ・ジョースターが死んだ時、こう思ったでしょう? エリナさんに責められる原因をよくも作ったなと心の中で蔑んだ」

 

 目の前のリサリサ……いや、エリザベス・ジョースター(・・・・・・)の言葉に声が詰まる。 声が詰まるのは思い当たる節があるからだ。

 

「そうして私がエリナさんの元を去ることになると知った時、貴方はこう思った。 これでエリナさんの『関心』は全て自分に向けられると心の中でほくそ笑んだ」

 

 心臓を掴まれたかのような圧迫感を感じる。 息も少し荒くなり、冷や汗が滝のように流れ始める。 どうして、この女は私の思考が読めるのか。

 

「人間は他者と分かち合うことに喜びを見出すもの。 誰しも他者無くして生きられない。 それを忘れ、己のみを優先する輩程醜いものはない。 そうは思わないかしら? ティア・ブランドー」

 

「わ、私は……その時はそう思っていたかもしれない。 けれど私だって」

 

「部屋は用意する。 貴方が戦おうとする理由も分かる、己を脅かす強者の存在が許せないから。 ……貴方が追い詰められ、本性を曝け出す日が楽しみだわ。 その時、私がお前を殺す時よ」

 

 弁明する私の言葉など歯牙にも掛けず、女はマフラーを靡かせながら早々に立ち去っていく。

 遠のく女の後ろ姿に『以前の私とは違う』 と、ただその一言だけを発しようと口を動かすも最後まで言い出せない。

 

 急速に膨れ上がる内なる不安と疑惑が私をも飲み込む程に大きく育っているのを実感できるからだ。

 

 今の私は本当の()なのか、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間を置き、館の方角からやってきたメイドの案内により用意された部屋のベッドへと腰掛ける。

 てっきり物置にでも案内されるのかと思ったが、どうにもちゃんとした客室らしく特に不満はない。

 

 不満があるとすればリサリサ、いやエリザベスがいることぐらいだろう。

 アレが私を恨む理由も分かる。 直接的ではないとはいえ、彼女の夫を失う原因を作ったのが他でもないこの私だからだ。

 

 彼女の性格からして、下手にこの件に触れれば本当に激昂して殺されかねない。 冷静そうに見える彼女だが直情的な性格だと知っている私はひとまずこの問題を後回しにし、部屋をくまなく確認して罠などがないか確認する。

 

 そうして監視や罠などが部屋にないことを確認すると、ゆっくりと懐から取り出した物を机の上に置く。

 

 ごとりと音を立てて転がるのは額に窪みがある『石仮面』。

 

 柱の男達と遭遇した地下遺跡から拝借し、今まで懐で温めていたこの石仮面。 吸血鬼を作る以外に何の意味をも持たない道具。 本来ならば、すぐに壊すべき代物なのは嫌でも分かる。

 

「これさえあれば、私は『幸福』を永遠に維持できる。 ……だけど、同時に今の私はそれが間違った望みだとも感じる」

 

 50年も昔の私なら迷うことなく使ったことだろう。 迷うということは変われたのだ、それは良いことのはずだというのに。

 

『貴様は何を言っている? お前は変われたのではなく弱くなったのだ。 他者への感傷は人を容易く脆弱にする、そんなことも忘れたのか? ティア・ブランドー』

 

 ふと目に入った大型の姿見に映る紅い目をした女性が語りかけてくる。 それは心の弱さから生み出された幻だと理解しても、すんなりと心地よく内に響く言葉だ。

 

『この()を使えばお前は強い私になれると分かっているのだろう? いかなる恐怖にも屈しない強さが手に入るのだ。 何も迷うことはない、何も怯えることはない。 さぁ、手を伸ばしてくれないか』

 

 鏡の中の彼女は心に秘める邪悪な感情を覆い隠すように微笑み、手を差し出してきた。

 己が行うこと全てに間違いなどない。 そう傲慢とすら感じる程に彼女の全身から自信が漲ったその姿に私は深く揺さぶられる。

 

 ゆっくりと花の香りに誘われる蝶のように彼女へと手を伸ばし、その紅い瞳が一際輝いた瞬間、私の耳はこの部屋へと近づいてくる足音を聞き逃さなかった。

 

 鏡の中の彼女の顔が歪み、煙のように掻き消えると同時に私は急いで服の中へと石仮面を隠すと何食わぬ顔で扉へと体を向ける。

 

 程なくして乱暴に開けられた扉から現れたのは妙な鉄製のマスクを着けたジョセフ・ジョースターだ。

 

「お、いたいた。 ちっとばかし相談があって来たんだけどよぉ~、アイツ等の対策のことね」

 

 アイツ等……恐らくは柱の男達のことだろう。

 少し血の気が引いた感触はあるが、よりにもよってなぜ私に相談などするのだろうか?

 とてもではないが助言をしてやれそうな余裕など私にはない、自分一人を守るのに精一杯だというのに。

 

「そう不自然がるなって。 狡い性格のティアなら無策で奴等に挑まないだろ? だから、それ俺に教えてくれないかな~なんて」

 

 そんなことか。 確かに奴等に対する対抗手段があるにはあるが人間には使えぬ手だ。

 そう、カーズに実行方法を簡単に見破られたチンケな手段が……それを暗に伝えると落胆を隠しもせず、目の前の男は頭を抱えていた。

 

 私だって、他に有効な方法が思いつけばそれを使いたい。 そんな憂鬱な、負け犬ムードが辺りに漂う中、唐突にジョセフが顔を上げた。

 

「お、そうだ! 俺も1つや2つは対抗手段を考えてあるんだけどよ、ここは一つ互いに協力して戦おうぜ、な!」

 

 いきなり何を言い出すのか、波紋使いと吸血鬼で何が出来るのやら。

 

 そう口に出そうとした時、私の中で殻が破れるような音が響いた。

 

(……協力。 そうか、別に私一人で戦わなくても良い。 複数ならば相手の意識を分散するだけでもかなり効果があるはず)

 

 他者と協力して戦う。 敵に対して至極単純な方法だが思いつきもしなかった。 

 

 私にとって他者とは共に戦うのではなく、利用し、捨て駒に使うだけの存在だったからだ。

 それに、よくよく考えれば吸血鬼と波紋使いは相性は悪いが共闘できないこともない。 ……いや、ジョセフの器用さならば物に出来るかもしれない。

 

「えぇ、そうね。 正直、貴方のその申し出に対して光明を得た気分よ。 感謝するわ」

 

「うぉ、気持ち悪いなッ!? あ、まさか囮に使うつもりじゃねぇだろうな? いざとなったら俺は逃げるからな」

 

 身を引いて引き攣った顔を見せる目の前のジョセフを見て、私の心はすぐさま切り替えを行うことができた。

 

 思わず本音を出したのは失態だった、エリナの孫ということもあり躊躇していたが望み通り利用してやろう。

 

 いつしか、私は目の前の現実に立ち向かいつつあると気づけたのはいつからだろう。 そのことに僅かな感謝を、そして不安に苛まれながらも、終わらぬ恐怖を断ち切る為に私達は昼夜を通して対策を練り続けた。

 

 






 久々の投稿だというのに見せ場無し! 繋ぎの話だからグダグダ感が……。

 とりあえず、活動報告にも書いた通りに隣の大統領無しの話が一通り出来たので短い期間で出すことが出来ると思います。

 面白いだろうなーと、軽い気持ちで入れたのがまずかった……出す予定のキャラをいざ出さないとなると非常に悩むから今度から気をつけよう。。。

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