我が名はティア・ブランドー   作:腐った蜜柑

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契約とイタリアの青年

 元の平穏な日々に戻った私達は隠れ家であるマンションから本来の自宅へと戻り過ごしてしていた。

 やはり、この広々としたこの自宅は良い。 それに邪魔者であるジョセフが今は居ない。 それが快適の一番の理由だ。

 

『俺はストレイツォが言っていた『柱の男』が妙に気になるし、スピードワゴンの遺体もちゃんと葬りたいからよ。 少しばかりメキシコへ行ってくるぜ』

 

 エリナとしてもスピードワゴンのことを引き合いに出されれば無理には止められず、ジョセフはメキシコへと旅立っていった。 ほんの一月前の出来事だ、そこから何の音沙汰もなく時折エリナが不安そうな顔をするのが気がかりだが私としてはそのまま野垂れ死んでくれれば何も言うことはない。

 

「んー、エリナー。 もう少し寝ていましょうよ」

 

「はいはい、家事をしなくちゃならないの。 後で頭を撫でてあげるから纏わりつかないで頂戴」

 

 朝日が昇り、人間達が活動を開始する時間帯にもなれば当然の如く私と一緒に寝ていたエリナも動き出す。 あの小僧が居たせいで、エリナと一緒のベッドで寝れなかったのは不満だが今は違う。 とはいえ、私の活動時間は夜である為、朝日が昇る時が眠る時だ。

 

 ベッドから抜け出そうとするエリナの腰へ手を回し、ガッチリと掴んでいると溜息と共に後で頭を撫でる提案をされ、渋々それを承諾して離した。

 余りやりすぎると怒られるからだ。 だが、それでも離れるのは少し寂しいため、エリナの残り香があるシーツに包まるように体を丸めて眠気に抗う。

 

「はぁ、幾つになっても甘え癖は治らないものね。 50年も昔ならあまりに纏わりついてくるものだからつい頬を叩いてしまった時もあったけれど、それでも喜んでいたのには正直ゾッとしたものだわ。 それなら今の方がマシかしら」

 

 えぇ、私は眠っている。 今の言葉は夢よ夢、私がそんなことするはずがない。 私がそんな、エリナに嫌われることなどしていない、はずだ。

 

 

 コロコロとベッドの中で転がりながら、エリナが家事を終えてベッドへ戻ってくるのを待っていると傍にある電話機が鳴り始める。

 

 私とエリナの至福の時を邪魔するのは誰かと眉を顰めながらも、他に出る者がいないために渋々受話器を取り耳に当てる。

 

『ノックしてもしもぉ~し。 お、その憎たらしい声はティアちゃん? ちょーど話がしたかった所なのよ!』

 

「……貴方から話? 嫌だわ、何だか鳥肌が立ってきた」

 

『そこまで嫌うか普通!? けっ、俺もてめえが……あ、いやいやティアちゃんって吸血鬼だから凄いのよねー? 人間よりも優れた存在だと俺が小さい頃から良く言ってたよなぁー』

 

 電話の相手は1ヶ月前に旅立ったジョセフだ。 そのままスピードワゴンと共に消息不明になれば良かったというのに。

 

 それは今は良いだろう、それよりも言葉に何か違和感がある。 私に話があるという点からもそうだが、なぜ吸血鬼の話を今更出すのか。 答えても問題ない部類だが、少し警戒しておくべきか? いや、小僧相手に警戒などする必要もない。 何を企んでいようとも、小童の浅知恵に私がひっかかるはずもないからだ。

 

「あら、良く分かっているじゃないの。 家畜は草を喰らい、人は家畜を喰らい、吸血鬼は人を喰らう。 食物連鎖の頂点に君臨する吸血鬼こそ至高にして究極の存在なのよ」

 

『そーだよなー、俺もそー思ってた。 いや、ホントそう思いたかったんだけどなぁー! ……お、無言ってことは聞きたい? 何の話か聞いちゃう?』

 

 腹の立つ口調だ。 その口振りから何か乗せられたような気がするが一体何だろうか?

 

 何が目的かと私が様子を伺い、受話器から聞こえるジョセフの声に耳を傾けていると語られたのは『柱の男達』についてだった。

 

 出向いたメキシコにて目覚めた柱の男と対峙したジョセフは奴等が石仮面を作り、石仮面を被った吸血鬼をよりにもよって『食料』にするのだという。

 そこから読み取れるのは、柱の男にとって石仮面とは餌の製造機。 家畜に餌を与えて肥らせるように、人間を吸血鬼に変え良質な餌として喰らうということ。

 

 吸血鬼として生物界の頂点に君臨し、あらゆる生物を超越した存在と自負していた私にとって、その報告は大きくプライドを傷つけるものだった。

 

 無意識の内に受話器を持つ手に力が入り、ピシリと音を立ててヒビが入る。

 

『ショックだなー、俺も吸血鬼はすごーい奴だと思ってたんだけどなぁー。 あーあ、でも『餌』になるんなら仕方ないよなぁー。 残りの奴もいるそうだしー? 俺がキチッとやっつけてこないとなぁー』

 

「や、安い挑発ね。 この私が餌と呼ばれる程度で、そんな見え見えの魂胆に乗るはずがないわ。 けれど、そうね。 機会があればその『柱の男達』とやらを仕留めるのも悪くないわね」

 

『あ、そう? 無理しなくて良いんだぜ? ほら、何ていうか、ティアもけっこうな『お年』だからさぁ。 体にガタが来てるっていう――』

 

「この私が! 奴等をブチ殺すと言っているのだ!! 戯言を言わずに場所を言え、戯け!!!」

 

 ついでに年齢のことを持ち出した貴様も殺してやる!! と、喉元まで上がってきた言葉は呑み込む。

 ここで感情的になるなど、子供と同じではないか。 電話の向こうでジョセフがほくそ笑みながら、得意気に柱の男達の情報を話す様が容易く想像できる。

 

 ふん、上手く私を挑発して戦力に加えようとでも考えているのだろうが甘いな。 せいぜい行くとだけ伝え、すっぽかしてやる。 永遠にそこで待ちぼうけているがいい。

 

(物凄く幼稚でちんけな仕返しに感じるのだけれど……。 私はエリナの元にいることのほうが安らぐわ)

 

 『柱の男達』。 ただ少しばかり強力な生命体ならば捨て置いたが吸血鬼を量産する石仮面を持つとなれば話は別だ。

 下手をすれば世界中がゾンビや吸血鬼だらけになるのだ。 エリナと共に平穏に過ごすことを望む私にとってそんな世界は望むはずもない。

 1体はジョセフがメキシコにて倒したが、残り数体の『柱の男』がローマにて存在するとのことだ。 他も現存の生物には見られない異質な能力、その他もろもろ電話先の相手が知りうる限りの情報を引き出す。

 

 あらかた聞き終え、頭の中で情報を纏め終える頃には私は考えに迷いが出てきた。

 

 考えていたよりも深刻な事態を招く『可能性』が高いからだ。 後は全てジョセフに任せ、私はのんびりエリナと共に過ごそうかと考えていたが、本当に他人任せにして大丈夫なのかという話だ。

 気がついた時には1人ではどうすることもできない手遅れの状態ならば笑い話にもなりはしない。

 

 どうするべきかと悩んでいると電話越しからジョセフとは違う、聞き慣れた張りのない老人の声が聞こえる。

 

「エリナさんは息災かね? もっとも、お前にとっては私が生きていることは余り喜ばしくないことだろうが」

 

「……その声はスピードワゴン? あら、生きてたのね。 それで? 貴方が電話に出たということは私に何か話があるということかしら?」

 

 受話器から聞こえる皺がれた声に聞き覚えがあり、誰かと考えているとふと思い浮かんだ人物。 死んだと思われていたスピードワゴンの声だと気づいたが、日頃余り親しい間柄ではない私に電話をするということは別の目的があるのだろうと少しばかり探りを入れる。

 

「聞いたとおり『柱の男達』の危険性については察しがついているだろう。 お前にとって天敵とも呼べる存在だがこちらとしても少しでも戦力が欲しいのだ。 ……が、お前は動かないと決めたら梃子でも動かないだろう。 だから、取引をしようじゃないか」

 

 取引――。

 

 その言葉に自然と口角が吊りあがるのを感じる。 余り友好的とはいえぬ腐れ縁とも呼べる間柄だが長年接してきた為に互いの趣向や思考はある程度予想できる。

 故に私が望むものを提示してくれると期待し、電話越しの言葉に耳を傾けていると私の心を躍らせるにふさわしい内容だった。

 

「つまり復活した柱の男を一人殺す度に私の願いを出来る範囲で叶える……と? それは個人ではなく、勿論財団の方からよね?」

 

「お前の願いを叶える為に財団を利用するのは癪だが、致し方あるまい。 長年の付き合いだ、財団全ての金を渡せなどと無茶な事を言うんじゃぁないぞ。 金銭が欲しいならその一部……ま、それでも大金だろう。 納得できたならエリナさんに代わって貰っていいかね? 場所等の指定等は後で伝える」

 

 受話器を耳から離し、辺りを見渡すと隣の部屋から受話器の音に反応したのかエリナが怪訝そうにこちらを伺っていた。

 私が誰かと話し込むなど珍しいとでも思っているのだろうか。 小さく手招きし、電話越しの相手の名前を伝えると花が咲くように満面の笑顔で電話を受け取った。

 

 時折見える彼女の暗い表情が気になっていたが、これからは明るい表情が絶えないだろう。 我が友人が幸福ならば、それを分け与えられるかのように私も満たされた気分になる。

 あの心地よい感覚から少しばかり離れるのは辛いが仕方あるまい、一時の我慢だ。

 

 こんな事を考えるなど50年も前の私ならば考えすらしないことだ、誰かのことを考えるなどあっただろうか。

 かつてのジョナサンのように見知らぬ誰かを身を挺して助けようなどとは考えないが、想いいれのある人物を手助けるのは吝かでもない。

 

 しかし、変わらぬものもある。 人の本性というものはそう変わらない。

 

(願いを叶える取引……ふふふ、財団の力ならば大抵は叶えられるはず。 えぇ? やる気がムンムン沸く話じゃぁないか)

 

 天秤に吊るされた私の感情が欲望の方へと傾くのを感じる。

 凄まじい熱を持った泥が胸中に渦巻くようなこの感覚を久しく味わいつつ、私は欲望を実現できるその時を心待ちにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イタリア、ローマに来られたし―――

 

 SPW財団の使いの者からそう伝えられ、移動方法がまさか話に聞いていた飛行機に乗るものだとは思わなかった。

 平静を装いつつも乗り込みイタリアの首都ローマへ到着する頃には既に日が落ち、目的地まで車で送るとのことだが私は御者に目的地まで己で行くと伝え、荷物のみ預けると徒歩を選択した。 それには当然訳がある。

 

(落ち着け、落ち着くのだティアよ。 何度も飛行機の中で考えていたではないか『逆に考えるんだ、堕ちちゃっても私は平気だと』 だから怯えることなどないのだ)

 

 正直、鉄の塊が空を飛ぶ飛行機などという発明が世に広まったなどと聞いてはいたが、何の冗談だと一笑に付していた記憶がある。

 今だにあの飛行機とやらがなぜ飛ぶのか理解できない。 そんな理解できぬ得体の知れぬものに乗ったのだ、私の足が震えているのは仕方のないことのはず。

 何かに言い訳をしながらも、あのまま車が到着する頃まで体が震えたままでは大恥をかく。 故に私は時間をかけて徒歩を選択したのだが、これが功を奏した

 

 

 古代より受け継がれた由緒ある土地柄。

 時代から取り残されたのではないかと思える程に、ローマの風情ある町並みは私にそんな印象を与えてくれる。

 余り芸術だとかそういった類のものに興味が無い私だが、どこかホッとさせる居心地の良い街だ。

 

(ふむ、我が英国ロンドンの街に劣らぬ優雅さを秘めている。 他国に旅行だなんて余り考えもしなかったことだけれど、案外良いものね)

 

 近くの店にあったガイドブックを手に取り、西暦が出来る前から存在するローマの歴史に私は深く感銘を受けていた。

 いつしか辺りを観光するのに夢中になる余り、本来の目的である場所へと向かうのを思い出すまでに数時間は経っていた。

 

 夜も大分更け、私のように深夜まで徘徊する者は少なく人が疎らだ。

 先程までは私の麗しい魅力の虜となった下賎な男共が訳の分からぬイタリア語で言い寄ってきたものの、その度に無言で睨みつけて追い返していたが今更ながら道を聞けば良かったか。

 

 不慣れな土地、暗くなった事も相まって今進んでいる道が目的地へ続くのかも分からないまま進んでいると。

 

「ママミーヤ、これは驚いた。 深夜に散歩というのもいいものだな。 君のような美しい女性に会えたのだからね、その様子だと道に迷っているのかい? 良かったら案内するよ」

 

 横から急に英語で話しかけられ、またどこぞの誘いかとも感じたが今はちょうどいい。

 男の方へ視線を向けると、カラフルなバンダナを頭に巻いた洒落た感じの服を纏った男だ。

 

 見るからに軽薄そうな姿に少しばかり嫌悪感を覚えるが、ガイドブック片手にさまよっている私を見て案内役を買ってでたのだろう。

 殊勝な心がけではないか、そこだけは評価して案内役を任せてもいい。

 

「えぇ、トリトーネの泉という場所の近くなの。 案内役をお任せしてもよろしいかしら?」

 

「おや、その流暢な英語からして英国人の方かな? いや、君から溢れる気品がそうじゃないかと思ってね。 それに偶然僕もその泉の近くにホテルを取っているんだ、よろこんで案内を務めさせて頂くよ。 シニョリーナ」

 

 妙に歯の浮くような台詞を並べ、大袈裟に身振り手振りで感情を表現する男だがまぁ良いだろう。

 私の溢れ出す気品に気づいた聡明な男に気を良くし、案内だけさせるつもりが道中他愛無い会話が続き、私自身会話を楽しんでいるといつのまにか目的地である泉の前へ到着していた。

 

「もう着いてしまったようだね。 もっと話をしたかったのだが、人と待ち合わせをしていてね。 せめて君の名前を聞かせて貰えないかい? 僕の名前はシーザー・ツェペリ。 生粋のイタリア人さ」

 

 大袈裟に背中を曲げ礼をする男、シーザーに道中会話で楽しませて貰ったこともあり、つい私自身の名を明かしてしまった。

 

「ふふっ、そうね楽しませて貰った礼という訳でもないけれど、私の名はティア・ブランドー。 それじゃあ――」

 

「ティア……ブランドー(・・・・・)? 失礼、変なことを言うかもしれない。 詮索するのも無礼と思い指摘しなかったがその紅い目、『吸血鬼』じゃぁないのかい?」

 

 私の名を聞いた瞬間、男の透き通るようなグリーンの瞳が鋭くなり、先程までの軽薄な態度が鳴りを潜めると値踏みするかのように私の答えを待っている。

 私はというと、なぜこの男が吸血鬼という単語を知っているのかと疑問を抱いていた。 SPW財団の者でも限られた者しか少なく、なおかつ知っている者でも面と向かって敵意を持つ者はまずいないだろう。

 

 ならば答えは一つ、東洋人ばかりだと思っていたがこのイタリア人は波紋使いの可能性大ッ!

 

「身構えたということは本物か。 お前に問おう、50年前にお前達に殺された俺の祖父、ウィル・A・ツェペリを覚えているか?」

 

「どこかで聞いた覚えがあるような無いような……。 貴方が何者か知らないけれど、50年も昔の事を持ち出されても余り覚えてないわよ」

 

 いちいち自分が殺した者の名前を覚えている方がよほど可笑しい気もするのだが、私の答えが気に入らないのか怒気を強める男、シーザーの姿に溜息すら漏れ出る。

 

 別に私は戦闘狂という訳でもない。 疲れるだけの戦いなどできればしたくない、故に襲ってくるのならば手早く仕留めてホテルへ向かおうとしたその時、間に割って入る影が両者の動きを止めた。

 

「ストォォ―――ップ! タイム、タイムよシーザーちゃん! 嫌な予感がしたと思ったら、何でこう広いローマでお前等ばったり会うんだよ!? ひとまず落ち着いて話し合うのが建設的ってもんじゃない?」

 

 影の正体、それは見慣れた顔でありながらいつ見ても不快に感じる顔の持ち主ジョセフ・ジョースターだ。

 ジョセフが走ってきたのだろうか、息を荒げながらも怒気を撒き散らす目の前のシーザーをなだめている。 そこまで怒るようなことを50年前したのだろうか? 心当たりがありすぎて困るというものだ。

 

 どうしたものかと考えていると、遠目にまたも見慣れた不快な顔の持ち主であるスピードワゴンの姿が目に入り、これでこの状況を説明して貰えるだろうと背後で喚く2人を他所にそちらへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウィル・A・ツェペリ

 

 50年前ジョナサン・ジョースターに波紋を教えた人物であり、ディオが蘇らせた騎士ゾンビであるタルカスによって無残な死を遂げた男。

 どこかで聞いた名前だと思えば昔、スピードワゴンの話に出てきた人物だということを思い出した。

 その孫であるシーザー・ツェペリが今、この私の前に居るということか。

 

「俺達イタリア人は一族を思う気持ちがどの民族よりも強い! それを誇りにしているから受け継ぐのだ! だからこそ、50年前に祖父に起こった悲劇を俺は晴らさねばならない!」

 

「ま、待ちなさいシーザー。 君の気持ちは良く分かる、だが今は当面の危機を乗り越え」

 

「ふぅ、何を言うかと思えば恨みを晴らしたいのならば晴らせば良いじゃないの。 私は全く悪くないことだし」

 

 場をホテルの中へと移し、話を聞いた限りでの私の答えを口に出すと止めに入っていたスピードワゴンを含めた3人が呆気に取られた様子で私を見つめている。

 

 逆に私が怪訝な表情を出したいぐらいだ、どう考えても私は悪くないだろうに。

 

「タルカスを蘇らせたのも指示を出したのもそれってディオの方よ。 恨むならそっちを恨めばいいじゃないの。 私は関係ないわ」

 

「言うに事欠いて自分達に非が無いとでも言うつもりか! 俺は貴様らの罪を許すつもりはない!」

 

 相手の地雷でも踏んだのだろうか? 激情に駆られるシーザーを見て、妙に高揚した気分になる。

 よく見れば男にしてはなかなか良い顔立ちではないか、怒りに染まる顔も少しばかりそそられる。

 

 どれ、少し遊んでみようか。

 

「人が罪を犯さずに生きる事は可能だろうか? いいや、それは不可能だ。 人間は生きている限り何かしら大小の罪を犯す。 それを悪と断じ、裁く権利があるとすれば穢れを知らぬ聖人か神ぐらいなものだろう。 望むならば懺悔をしても良いわよ? 吸血鬼の祈りを受ける神がいればの話だけれど、フハハハ!」

 

 まずいな、案外私は堪え性がないのかもしれない。 真剣を装うとしているのに最後の最後で笑うとなれば逆効果ではないか。

 顕著にその効果は現れ、羽交い絞めにしていたジョセフが吹き飛ばされかねない程にシーザーが私の元へ向かおうとしている。

 少しばかり煽りすぎたかもしれない。 だが、人の無様な姿というのはどうしてこう……楽しく感じるのだろうか。

 

「ジョセフ、離して良いわよ。 貴方、さっき言ってたわね。 貴様()の罪を許すつもりはないと。 家族が犯した罪とはいえ、罪は個人で償うべきもの。 それでも尚、ただ姉であるというだけで私を裁くのが正しいというのであれば好きにすればいい。 無抵抗の女性を嬲る貴様をきっと周りは正しい事だと褒め称えることでしょうよ」

 

「ッ! 俺は、無抵抗の女性を悪戯に傷つけることが最も嫌いなことだ。 だが! 同様に貴様の下衆な本性が知れた今、俺は絶対に貴様を許せないことが分かった!」

 

 勢いよくこちらへ向かってくるシーザーは私の目の前で立ち止まり、拳を振り上げるでもなくただ怒りの形相を浮かべるだけ。

 私が最初から最後まで余裕の態度だったのは、相手に殺意がないからだ。

 ただ怒りの感情のみで動いている、そこに明確な相手への殺意がなく脅威が全く感じられない。

 故に早々に煩いだけの男に見切りをつけ、今後の予定についてスピードワゴンとの話し合いに取り組んでいた。

 

「お前はどうしてそう敵ばかり作るんだ。 昔から変わらぬ性格の悪さに安心するべきか、嫌悪すべきかもはや分からんよ」

 

「? 敵? 私は余り敵なんて作らないわよ。 敵とは己を害する者、貴方は耳元で煩わしい羽音を立てるだけの虫を敵と思うかしら? ふっふっふがっ!?」

 

「俺もよぉー、人を小馬鹿にすることはあるが限度ってものがあるだろうが! エリナばあちゃんからティアが馬鹿なことやってたら頭叩けって言われたからお仕置きだ!」

 

 気分良く笑っている最中、いきなり私の後頭部に鋭い衝撃が加わり舌を思いっきり噛んでしまった。

 声の主から犯人は私の頭を殴ったのだろう。 そう、この私をまるで子供に叱りつけるように叩いたのだ。 この、ティア・ブランドーを。

 当然、百倍にして返しても足りぬ程に私の中で憤怒の感情が沸き起こり、即座に後ろにいる不届き者を捕まえんと振り返った。

 

「ひ、ひたが……ジョセフ・ジョースター。 えぇ? 今、この私に何をッ!?」

 

 舌を噛んだためか痺れと鉄の味が口内に広がる。

 室内の扉から逃げ出そうとするジョセフの姿に勢いよく一歩、そう一歩前へと踏み込んだ時に視界は天井を映していた。

 次の瞬間、背中に衝撃を受けて転んでいることに気がつき床に手を置いて立とうにも妙にツルツルと床が滑り上手く立てない。

 

「おや? こんな所に不思議だな。 まるでシャボン玉を作るための液体が床に塗られている。 ……ふん、こんな子供染みた悪戯に引っかかる奴はよほどのマヌケだぜ。 おい、いなかもん! この借りはすぐ返す、覚えておけ!」

 

「――るせー、てめえも気取ってないでさっさと逃げねぇとそろそろティアが切れるぞ」

 

 颯爽と開いた扉から聞こえるジョセフの声と共にシーザが室内から姿を消し、後にはベタベタする液体に塗れた私と溜息を吐くスピードワゴンだけが残された。

 

 時に、人がどう思おうが勝手だが私は最近では寛容な方だと思う。

 かなり怒った際にもちょっとしたお仕置き程度で済ますのだ、何も体をバラバラにしたり殺めたりする訳ではない。

 今なら分かる。 きっと簡単に沸き起こる怒りというのは真の怒りではないのだろう。

 

 

 話は変わるが滑りがある液体に塗れたこの服、これは実はエリナが私にくれた物だ。

 上等な生地を使い、装飾もかなり凝った品の良い服だ。 余り外出しない私だが、外に出る時もあるだろうとエリナが選んで買ってきれくれた――――。

 

 そこまで考え、私は床に拳を打ち込んでいた。 何度も、何度も粉微塵になるまで。

 

「WRYAAAAAAAAAAAAA!! よくも、よくも私の大切な服を! 骨の一片まで残さずバラバラにしても飽き足らない!!」

 

「……ああ、もしもし。 私だが、エリナさんに是非伝えたいことがあってね」

 

 波風立たぬ水面に突如、高波が発生するように私の感情が一気に沸点まで高まった。

 思考する間もなく体が勝手に動き出し、閉まりかかった扉を体でぶち破り、そのまま目の前の壁を殴りつけて穴を開けると外へと飛び出る。

 

 その目的は無論、羽虫にも劣る存在2匹を八つ裂きにする為に私は夜のローマを駆けずり回る。

 

 

 

 後に夜を徹して探せど土地勘があるせいなのか2人の影すら掴めず、日の出間近になる頃には少しばかり冷静になり荒れたホテルへ戻った私は死刑執行を言い渡される罪人のように、スピードワゴンから一連の出来事を全てエリナに話したという言葉に青ざめることとなった。




 妙に小説書くのが億劫になり、PCから離れていたら3ヶ月も過ぎるとは……申し訳ない。
 せめて2部だけでも終わらせねば。
 砂漠の話も一緒に書いてたけど、今回みたいに妙に長くなるから省略しつつ読みやすいように書きたい所。

 貧民街時代の冷酷シーザーならティアを容赦なく始末するイメージだけれど、普段のシーザーなら女性に手出さないイメージ?
 どの道、先で容赦ない恨み持ってる人がいるから過去の遺恨系は後でいいかな。

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