我が名はティア・ブランドー   作:腐った蜜柑

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ジョースター家

 ロンドンの貧民街にある薄汚れた自宅の前へ停められた豪華な馬車。

 その迎えの馬車に乗り込むとゆっくりとした速度で出発し、道中において快適な移動となった。

 密かに貯め込んでおいた資金を着ている礼服と礼儀作法へと費やし、この日の為だけに念入りに準備してきたのだ。

 

「……分かっていると思うが、俺達は養われる為に向かうんじゃない。 乗っ取る為に」

 

「ほら見て! あそこに野兎がいるわよ! ……ね?」

 

 そっとディオの鼻の傍へと人差し指を立てて言葉を遮る。

 造りも凝っている為に聞こえないとは思うが、御者に万が一にも不穏な会話を聞かれた際には後の行動に支障が出る。

 片目を閉じて、全て分かっているという仕草をすると満足そうに目を閉じて休息をとるディオ。

 私も座席に深く腰を降ろし、楽な姿勢をとるとゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 御者からまもなく到着するとの知らせと共に馬車が停止した。

 どうやら到着したらしく、ディオが勢いよく荷物を外へ放り投げると自身も妙な姿勢で飛びだした。

 全く、遠出する子供のような行動じゃないか、そこか可愛らしいといえば可愛らしいとは思うのだが。

 私がゆっくりと馬車から降りるている最中にふと視線を感じてそちらへ目を向けると質の良さそうな服とそれを纏う苦労を全く知らなさそうなマヌケ面の男性がいた。

 事前に聞いていたが、当主であるジョージ・ジョースター卿の息子、ジョナサン・ジョースターその人であろう。

 

「君達はティア・ブランドー、ディオ・ブランドーだね?」

 

「そういう君はジョナサン・ジョースター」

 

「あら、話には聞いていましたけれど、実物はもっと凛々しい男性なのね。 初めまして、ジョナサン・ジョースター」

 

「そ、そうかな? 照れるなぁ、みんなからはジョジョって呼んでるよ……これからよろしく」

 

 心にもない軽い世辞だというのにジョナサンが頬を赤らめて照れる様が見ていて不快に感じる。

 だが私のような美女に言われるのなら当然の態度! と、自画自賛しつつもジョナサンの言葉を遮って騒がしい犬の鳴き声が辺りに響く。

 この家で飼われている犬だろうか、『ダニー』と呼ばれる猟犬らしいが私は猫派の為に犬は嫌いだ。

 ジョナサンが犬の説明をしているのを聞き流していると突然、ディオが近寄ってきた犬を蹴り飛ばした。

 

「なっ! なにをするだァ―――ッ! ゆるさんッ!」

 

「ふんっ!」

 

 激昂するジョナサンに対して、短く鼻で笑いながら拳を構えるディオ。

 私の弟も犬が嫌いと知ってはいるが、ここまで蹴る程に嫌いだったのか。 私も周りで誰も見ていないなら石でも投げている所だが。

 とはいえ、ディオも無策で暴行を働いた訳でもないであろうが一応ここはフォローしておくべきだろう。

 

「ご、ごめんなさい。 私もディオも犬が苦手なの。 昔、怖い目にあって……」

 

「ぅ、そ、そうなのかい? ビックリさせたのならその、仕方がないのかもしれないけど」

 

 両手で顔を覆い隠し、脅えたフリをすると段々と怒りを沈めていくジョナサン。

 やはり見た目通りのお坊ちゃん、これならこの家を私のモノとするのはそう遠くないのかもしれない。

 

 

 

 

「疲れたろう、二人とも! ロンドンからは遠いからね、君達は今からわたしたちの家族だ」

 

 屋敷の中へと召し使いに案内されて入ると温和な顔立ちだが目に自信を漲らせた壮年の男性、ジョースター卿が私達を出迎えてくれた。

 彼は私達を家族と同じ待遇で迎えるとの言葉だが、嘘偽りはなさそうだと貧民街での経験から感じ取れた。

 ディオと共に丁寧に一礼をすると早速、部屋の案内をしてくれるとのことだ。

 荷物を召し使い達に頼もうとした所、ふとディオの荷物を持とうとしたジョナサンが手首をディオに捻られている光景が見えた。

 

「何してんだ? 気やすくぼくのカバンに触るんじゃあないぜ!」

 

「うあぁ! う、うっ!」

 

 これはさすがにフォローしづらい状況だ。

 次期当主であろうジョナサンを今から心身共に痛めつけて、ふぬけにする作戦なのだろうか?

 余り私のやり方とは違うが、ここはディオの好きにさせておくべきだろう。

 

「ごめんなさい、荷物を運ぶのを手伝ってくれないかしら?」

 

 召し使い達の注意をこちらへ向け、ボディーブローをジョナサンに当てているディオから静かに離れる。

 私の立ち位置はディオが成功しようとも、失敗してジョナサンが当主になろうとも私が好ましい状況になるように動きたいからだ。

 

 

 

 

 

 広々とした快適な一人部屋を与えられ、ふかふかのベッドから目覚めた翌朝、身支度を整えて自室を出るとちょうど起きた所なのだろうか、眠たそうに目を擦るだらしない服装のジョナサンと出くわした。

 

「おはようティア。 家の中なのに、そんなきっちりとした服装だと窮屈じゃない?」

 

「あら、ジョジョはラフな格好の女の子が好みなのかしら?」

 

「そ、そういう意味じゃないんだけれど……それにしても、最初に会った時にも思ったけど君達って凄く似ているんだね」

 

 私の今の服装は外行きのように清らかさを感じさせる趣きの白いドレスを身に纏っていた。 余り着慣れていないので慣れる為と外見を良くする意味でも身に着けていたのだが、貴様のように半袖半ズボンの田舎者のような格好をしろとでもいうのか。

 と、そんなことは表情におくびにも出さずに笑顔で応対する。

 私達姉弟の容姿が似ているというのも当然の話だ。 私が少しばかり早く生まれた双子なのだから。

 端正な顔立ちだが目つきの悪い金の瞳と荒々しく髪を逆立てているディオとは対照的に、私の髪は短く切り揃えた金髪を降ろし、その見目麗しい顔立ちと共に白ドレスと相まって深窓の令嬢に見えることだろう。 ……目つきだけは弟に似ているのだけが不本意だが。

 

 ジョジョ……親しくなったから呼ぶのではなく、短く呼びやすいのでそう呼んでいるだけだがジョジョとの会話は非常に不愉快だ。 別に話題という訳でもなく男と話していること自体が煩わしく感じる。

 だが、私の立ち位置を確定するまでは今は笑顔で談笑……している風に見せることが大事だろう。

 

 

 

 

 早々に会話を打ち切り、自室へと戻りくつろいでいると勉学の時間だと召し使い達に誘導されて向かった。

 それはいい、事前に渡された教本はすでに一通り目を通して十分理解できるものだとは分かっている。 あの負けず嫌いのディオも問題ないだろう、問題があるとすれば――。

 

「また間違えたぞジョジョ! 同じ基本的な間違いを6回もしたのだぞ、ティアとディオを見ろッ! 20問中20問正解だッ!」

 

 ジョースター卿が手に持つ棒で手痛く仕置きをされるジョジョ。

 苦悶の表情を浮かべているが、そんな様子などどこ吹く風とばかりに私とディオはすでに教本の先のページを予習している。

 

(ふん、教育を受けるのが当たり前……そう感じているから身が入らないのよ。 知識は己を磨き、助ける為にあるというのに)

 

 内心で侮蔑の念をジョジョへ向けつつも、黙々と勉学に励む。

 知識はいくらあっても足りない、あればあるほど目的を達成する為の手段が増えるからだ。

 

 が、この後に出された問題にて1問差でディオに敗北を喫した私が悔しさに身を震わせていると、それを感じ取った弟から見下すような優越感に浸った視線を向けられた。

 弟のそんな態度に私は怒りの余り表情を消し、憤怒の感情を込めて睨んでいると私の雰囲気が変わった事を敏感に感じ取ったのか弟が慌てて視線を逸らした。

 

『あ と で は な し が あ る』

 

 口を動かし、そうメッセージだけを弟に伝えるとしまったとばかりに顔を青ざめさせ項垂れる。

 しっかりと後で姉の偉大さと敬い方を教えなければいけない。 これもディオの為、決して非常に腹が立ったなどという直情的な理由ではないのだ。

 

 

 

 その後の食事のマナーでもジョジョは失態を繰り返し、食事抜きの罰を受けることとなった。

 なぜ教えられた通りに出来ないのだろう? 実に不思議に感じるものだが凡人ならば難しく感じるものなのだろうか?

 食事を終えるとディオを連れて自室へと入る、心なしか冷や汗を掻いている弟の姿に何を脅えているのだろうかと首を傾げる。

 

「何をそんなに脅えているのかしら? ……それで、これからの方針だけれど個別で行動するのか共に行動するのかどちらにしましょうか?」

 

「あ、あぁその話か。 姉さんは姉さんで行動してくれて構わないがジョジョには関わるな。 あいつから何もかも僕が奪い取り、孤独に追い詰めてふぬけにしてやるさ」

 

 どこか安堵の表情を浮かべている弟がいつもの傲慢な態度を見せる。

 ジョジョとはつかず離れずの関係を築こうとも思ったが、ディオが行動を起こすというのであればしばらく様子見に徹しよう。

 さてと……。

 

「そう、それだけ聞きたかったの。 ……それじゃあ、これからしっかりと姉としての務めを果たさないと、ね?」

 

「……やはり、忘れてくれないのか。 ね、姉さん、僕はつい日頃から姉さんのことはとても温和で気高く、慈悲に満ちていると」

 

 その後は声が枯れるまで私への賛辞を言わせ続けた。

 これでいい、これで姉としての尊厳は保たれるであろう。 一度、本気で喧嘩をした際につい乱暴な言葉と乱暴な事をしたのがトラウマになったのか、私を本気で怒らせることを極端に避けるようになったのだ。

 

「うんうん、ディオが私に対する愛情が伝わってくるわ。 ほら、髪を整えてあげるから来なさい」

 

「ゲホッ、いつまでも子供扱いするな。 少しばかり先に生まれただけだろう」

 

「だがそれでも世は私を姉、貴方を弟と決めたのよ。 ……嫌なら変えれるぐらいに強くなりなさい」

 

「ふん、世の理を変える程の強さを持て、か。 いずれは成るつもりだ、言われるまでもない」

 

 姉として弟への褒美として椅子へと座らせると、女性のように柔らかでサラサラと流れる金の髪を櫛で整える。

 口では文句を言っているが、私がするといえば必ず素直に従うのだから可愛いものだ。

 今はただ、愛情を注ごう。 これは紛れもなく純粋なる愛情。 何の雑念すらない相手をただ愛する行為。

 だが、私は自分が幸福になるためならば例え家族といえど……そう暗い感情を覗かせるも目の前の弟もいざとなれば私を容易く切り捨てるだろう。

 そう考えると思わず苦笑を洩らしてしまう。

 

 

 本当に、私達は奇妙な家族関係だなと。


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