我が名はティア・ブランドー   作:腐った蜜柑

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敵襲

 凶報から半月程が経った頃、私とエリナは眠れない夜が続いた。

 私はストレイツォの襲撃に備えて秘密裏に別のマンションの一室を購入し、そこへ移住すると共に寝ずの番を続けていた。 吸血鬼である私にとって睡眠など余り必要ではないが、人間であるエリナにとっては問題だ。

 

 不安で眠れないのだろう、日が経つにつれてやつれていくエリナにとうとう無理やりにでも寝かせる為に吸血鬼の目を使い暗示をかけて眠らせる日々が続く。

 友人に暗示をかけるなど、不本意極まりないがこれも彼女の健康のためだ。 そう言い聞かせ、私は静かに寝息をたてるエリナの傍に佇み、今夜も剣を携え寝ずの番を続けるつもりだった。

 

 そんな時、ベッドの傍に置いてある電話機から室内に受信音が響き渡る。

 

 科学の発展とは素晴らしいものである。 この時代遠くの人物とも会話が出来る電話機と呼ばれる機械が広まりつつある時代であり、この部屋にも備え付けてあった。

 エリナも音に気がついたのか体を起こし、私が辺りを警戒しながらも受話器を取ると焦った男の声が聞こえてきた。

 

『出ました! 今、ジョセフ様が襲われています。 至急、この場所にある酒場の前へ―――』

 

 電話越しの相手は信頼のおけるSPW財団の人間。 外で生活をしているジョセフを見張らせる為に向かわせた男からの報告だった。

 

 ジョセフとの話し合いの結果、外での生活において昼間の行動が大幅に制限される私よりも、ジョセフが適していると本人から言われ、外で注目を集める役をジョセフ、家で密かにエリナを守る役を私と決めた。

 正直、ジョセフが私にエリナを守る役目を押し付けるとは思ってもいなく、不思議に思っていると一瞬見せた表情が悟らせた。

 

 あのいつも軽薄そうな表情を浮かべるジョセフが、スピードワゴンの名前を出すと一瞬だけ怒りとも悲しみともつかぬ複雑な表情を見せたのだ。

 本人はストレイツォが現れたら逃げ出すと言っていたが、はたして本当かどうか怪しいものだと私はその時に感じていた。

 

 だからこそ、ジョセフにも内緒でSPW財団の人間に見張りを頼んだのだ。 戦い始めた際に即座に居場所が分かるようにと。

 

 

 場所の報告を聞いた私は短く、事の顛末をエリナに伝えると眠たげにしていた瞼が大きく開かれた。

 驚いている所、申し訳ないとは思うが背中と両足に手を廻して所詮お姫様抱っこの形で玄関を出ると、そのまま廊下を走り対面の部屋へと駆けこむ。

 

「ここなら、万が一ストレイツォが私を誘いだす誤報だとしても大丈夫。 エリナ、私かジョセフが来るまでここにいて」

 

「……分かり、ました。 私は見守ることしかできない。 けれど、必ずあの子も貴方も無事に帰ってくるように祈りましょう」

 

 今、何が起こっているのか、ジョセフはどこにいるのかと聞きたい事は山ほどあるのだろう。 だが、彼女はそれを堪え、不安に苛まれながらも私を送り出すことを優先した。

 彼女の聡明さに感謝しながら、私は弾丸のように窓から外へと飛び出す。 一刻も早くこの茶番劇を終わらせる為に。

 

 

 

 

 

 

 路上へ飛びだし、建物の壁を伝って屋上へと登るとそこからは屋根から屋根へ、吸血鬼の脚力を持って飛び移り、目的地に近づくと酒場から煙が噴き出しているのが見える。

 既に騒ぎが起こった後なのか、野次馬達が大勢集まっているが私は構わず煙をあげる店の前へと着地した。

 

「お、女だ! 爆弾魔の次は剣を持った女が降ってきたぞぉ――――ッ!」

 

 いきなり空から降ってきた私に驚いたのか後ろの大衆が騒いでいるのは無視し、硝煙と血の臭いが漂う爆発でも起こったかのような荒れた店内へと踏み込む。

 辺りを見渡すもジョセフがいない。 恐らくは人が大勢集まったが為に場所を移したのかあるいは――――。

 

 ふと私が入ってきた割れた窓ガラスの方面から金属音が鳴り響く。 床に散らばったガラス片を誰かが踏んだのだろう、手に持つ剣を油断なく構えながら視線を向けると熟練の戦士のような雰囲気を纏った眼光鋭い老人がローブを纏いながら現れた。

 

「……ふん、相変わらず憎たらしい面だ。 ストレイツォの蛮行を聞き、駆けつけたが一足遅かったようだな」

 

「えーと、誰かしら? あ、思い出しそう。 そう、ダ、ダ、ダルマーだったかしら?」

 

「ダイアーだ! 愚かにも吸血鬼となり同門を殺めた友に引導を渡してやろうと思ったが、貴様が先になりたいようだな」

 

 どこかで見たような気もしないが、私の記憶にないためにどうでも良い人物なのだろう。 そう私が内心で再評価し、同時に男の言葉の節々から波紋使いの者であろうことが窺えた。

 年寄りにしては妙に逞しい肉体や鋭い眼光から歴戦の戦士を連想させるが、なぜだか頼りなさそうな男だと感じる。

 

「遊んで欲しいなら今度にして頂戴。 ……ん、この血痕の不自然な飛び散り方、ここを跳んで上へと登った?」

 

「良かろう、確かに今は遊んでいる訳にもいくまい。 探すのならば上から探した方が早かろう。 このダイアーも連れていくがよい」

 

 思わず、後ろを振り返って呆気に取られてしまった。

 訂正しよう、この痴呆にかかった老人は頼る以前の問題かもしれない。 もしくはとてつもないお調子者のどちらかだ。

 

 床の血溜まりから一歩だけ踏みだされた血の足跡。 くっきりと残されたその足跡の先は綺麗な床、そして近くの壁に飛び散った血痕の跡からしてここで跳んだのだろう。 爆発の衝撃で上の階まで突き抜けるように空いた天井の穴へと。

 

 現場の状況から相手の行動を判断し、追跡を行う為にも上へ跳ぼうとした時、しばし迷ったがこのダイアーとかいう男も連れていくとしよう。

 最低でも囮ぐらいにはなってくれるだろう。 そんな打算も含めてだが、連れていく際に波紋をいきなり流されでもしたらたまったものではない。 故に相手の首根っこと背中を掴むと頭上へ掲げるようにして運ぶ、これなら流されても腕を凍らせれば問題はない。

 

「お、おのれ。 このダイアーに対して辱めを受けさせるか! えぇい、しっかりと持たぬかぁ!」

 

 頭上でバタバタと暴れているようだが、私と男では腕力の差が大人と赤子程に差がある。 故にビクともせず、私は暴れる男を無視して屋上へと上がると予想通り、屋根から屋根へと続いている血痕に導かれるように追跡を行う。

 

 血の量からしてかなり重傷のはず、加えて姿を現した今が最大のチャンスなのだ。 これを見逃す手はない、必ず始末せねばならない。

 

 私が『幸福』である為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時に数メートルの高さまで飛びあがり、時に豹と同等の速さまで加速して私は血痕を辿っていた。

 ジョセフのことも心残りだ。 正直、奴のことは死のうが生きていようがどうでもいい。 気がかりなのは死んでいた場合エリナが悲しむからだ。

 

 彼女にはいかなる時も笑顔でいて欲しい、彼女の笑顔こそが今現在の私にとって最大の安らぎであり喜びなのだ。

 

 そう考え、ますます追跡の速度を早めていると巨大な鉄橋が見えてくる。 その鉄橋の支柱部分、暗闇の中で対峙する者達がいる。 暗闇を見通す私の目はその人影が誰か、よく見える。

 

 ジョセフとストレイツォだ。

 

「貴様は所詮前座よ、くらえっ! 空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)

 

 正面から向き合う形で対峙する2人の内の1人。

 50年経ったというのに20代の頃まで若返り吸血鬼と化したストレイツォの赤い瞳が盛り上がる。

 

(やはり、吸血鬼と化していたか。 それにスペ……え、スペ? とにかくあの技はまずい!)

 

 目に圧力をかけ、水圧カッターのように体液を発射するあの技は非常に殺傷能力が高い。 スペ何とかと名を付けているようだが、正直どうでもいいことだ。

 ジョセフに前もって話してはいるが、2人が立っている支柱は左右への道幅が狭く動けるのは前後のみとなっている。 あれでは横へ避けようにも避けられない。

 

 私が持っていた荷物を乱暴に捨て、全速力で駆けつけようとするも時すでに遅く、あらゆる物を貫く光線が発射された。

 

「この状況、その技なら避けられないって思ってるんだろ? 避ける必要は無いね! 破る策は既に思いついているッ!」

 

 致命傷、即死を狙ってか頭部に向かう光線が不敵に笑うジョセフの前へ迫り、すでに構えていたガラスのグラスによって滑るように跳ね返った。

 跳ね返った先は当然の如く、ストレイツォの方へと迫り、まるで鏡写しのように光線が頭部を貫き脳髄を撒き散らす。

 

「『そんなバカな』……と、お前は言う! 自信満々に放った技が破られるのはどんな気分だ、えぇ? 頭か心臓、致命傷を狙ってくるのは読めたからな、波紋グラスでうけるのは簡単だぜ!」

 

「そ、そんなバカな! NUGAAAAAABAAAAAA!!」

 

 ただの小僧だと侮っていたが、ジョナサンとは別の強かさを持つと認めざるをえまい。

 そう感じていたのはストレイツォも同じか、技を破られた怒りからかジョセフを引き裂かんと雄叫びをあげながら突進を始めた。

 

 完全に頭に血が上っている。 あの状態ならばカウンターも容易いだろう、対して冷静な今のジョセフならば確実に勝てる!

 

「地獄でわびろ! スピードワゴンの爺さんに――――ッ!」

 

 腕に波紋を纏わせ、迎撃の構えをとるジョセフが最後のトドメを刺そうとした時、2人の間に割って入る影が乱入した。

 

「待てい、ジョナサンの孫ジョセフ! 貴様の恨みも分からんでもないが、恨みを晴らすというのであれば50年来の付き合いであるこのダイアーが先よ!」

 

「な、なんだぁこいつは~? 何いきなり横からしゃしゃり出てきてんだ、このタコ! 頭から血流して倒れそうじゃねえか!」

 

「馬鹿か貴様はッ! 今、ジョセフが仕留めようとしている所だというのに邪魔をするマヌケがあるか!」

 

 ジョセフが優勢なのを見て場を荒らさないように静観しようとしていた私とは違い、先程放り投げた『荷物』が邪魔するなど誰が予想できただろうか。

 私も存在自体忘れていたが、乱暴に捨てたためか頭から血を流して既にダメージを受けているマヌケ。 ダイアーの存在に私も我を忘れて怒鳴ってしまう。

 

「む、そうであったか? 若いジョセフ相手では危険と判断して割って入ったのだが……まぁいい、ストレイツォ! このダイアーが貴様を地獄の淵に」

 

「ほぅ、そこにいたかティア・ブランドー。 待っておれい、こいつらを始末した暁には貴様を惨殺処刑してくれる。 このストレイツオ、容赦せん!」

 

 味方であるはずの者からは罵られ、敵からすらも相手にされないほどに滑稽なカスを視界から外し、私はジョセフを抱えて広い足場の鉄橋へと降り立った。

 

「よっと、サンキュー。 ってか、あの空気の読めないノータリンは誰だぁ~? お前が連れてきた奴だろ、頭に血が上ったアホレイツォを仕留めるチャンスがふいになっちまったじゃねーか!」

 

「えぇ、それは素直に謝罪するわ。 私も今、いえ50年前に戻ってでもあのマヌケを殺したい気分よ」

 

 額に青筋が走り、思わず怒気を撒き散らす私の姿にこれ以上言うのは危険と判断したのか、支柱の方へと視線を向けて2人の様子を伺うジョセフに習い、私も気分を晴らすために様子を伺う。

 せいぜい無残に死んで欲しいものだ、それでやっと私の今の気分も晴れることだろう。

 

「ストレイツォよ。 何故だ、なぜ貴様は吸血鬼などになった。 50年も前だがお前も俺と同じく師を殺めた吸血鬼を憎んでいたではないか」

 

「老いたなダイアー。 老いは人を肉体的にも精神的にも弱くする。 老練で強かな師を私は尊敬していた、だが結果は吸血鬼に敗れる始末! 私は密かに感じていたのよ、尊敬する師を圧倒する力! 永遠に若さと強さを維持できる吸血鬼の肉体! ダイアー、貴様も吸血鬼にならないか? 私と共にこの喜びを甘受しようではないか」

 

 吸血鬼となり、若返ったストレイツォが陶酔したように張りのある筋肉を震わせる。 対して鍛え続けたであろうが皺により皮膚が弛み、筋力も落ちたダイアーでは勝ち目があるはずもない。

 

 だが、これで理由がハッキリした。 師の仇討ちという線は消え、欲望に堕ちたことが今回の蛮行の理由か。

 案外、ストレイツォという男も『こちら側』の人物だったということか。 しかし、今は理由よりも目の前の状況だろう、少し面白くなってきた。

 

(目の前の友人と呼ぶ人物からの誘い。 さて、どう答えるか見世物として多少興味が惹かれるわね)

 

 人の本性が垣間見える舞台、なかなか良い趣向ではないか。

 

「……哀れよな。 友としてのせめてもの情け、己を強者と勘違いしている愚者にこのダイアーが地獄の淵へ送ってくれるわ! 行くぞ!」

 

「この魅力が分からんとは愚かなのは貴様だ。 昔から考えを一切改めぬ頑固さは変わらぬか。 長年の付き合いとはいえこのストレイツォ、容赦せん!」

 

 少しは葛藤するものかと思っていたが、既に決心していたのか相手を哀れむ余裕すら見せるダイアー。 その余裕ぶりがもうすぐ砕け散る様を想像し、思わずこみ上げてくる笑いを堪えるのが大変だ。

 

 長年の修行の成果か、体の輪郭がぶれるようにダイアーが揺れ動いたかと思えば、蝶が舞うかのように緩やかな飛び蹴りを繰り出した。 あれでは防御するのも回避するのも容易いではないか。

 案の定、両足を挟みこむかのように余裕の微笑を浮かべるストレイツォが受け止めた。 すると次の瞬間、挟まれた両足を広げて防御を無理やりこじ開け、上半身を起こすとそのまま両手を組んで攻撃に移ろうとしている。

 

「50年前から変わらぬ、馬鹿の一つ覚えの技よ! 攻守に優れた技だが、ブーツ越しに全身を凍らせれば問題無し! 喰らえ、師を破った技『気化冷凍法』をッ!」

 

 よりにもよって相手が知っている技を繰り出したのかと、ついに私が堪えきれずに笑い声を響かせている最中、ストレイツォの腕が凍りつき瞬く間にダイアーの体が凍……らなかった。

 

 思わず何事かとダイアーを凝視し、戸惑っているのはストレイツォもなのか体が強張り動きを止めた。 その間にも上半身を起こし終えたダイアーが両手を胸の前へ交差させる。

 

「かかったなアホが! ブーツの革と革の間に『不凍液』を仕込んでいるのよ! 技に溺れたのは貴様のほうだったなストレイツォ! 喰らえぃ稲妻十字空烈刃(サンダー クロス スプリットアタック)!」

 

「ば、馬鹿な!? こんな事が……MMMMMMOOOOOOOOHHHHHH!!」

 

 ストレイツォに残された手段はもはや抗うことのみ。

 体を仰け反らせながら目から高圧の液体を発射するもダイアーの両肩を貫くのみで、その勢いを止めることはできない。 どこまでも迫りくる必殺技の前にとうとう体に追いつき、その身を十字に焼かれた。

 

 技を受けた衝撃で体が吹き飛び、橋の下へ落ちようかという所でストレイツォの腕を掴む者がいた。

 

「……なぜ、私を助ける。 胸の波紋の傷は致命傷だ。 じきに頭まで達して私は死ぬ」

 

 その言葉通り、ストレイツォの胸からは大量の波紋の傷による煙が噴き出ており、肉体を溶かし始めていた。

 だが、腕を掴む者は無言で引き上げ、抱き寄せると貫かれた両肩から溢れ出す血液を傷口へと流し込む。 何をしているのかと止めに入ろうとするも同じように私の腕を引き寄せる者、ジョセフが神妙な顔つきで私を引きとめた。

 

 顎でしゃくるように2人の方へ向けとジョセフが示し、怪訝に思いながらも注意深く観察するとダイアーから流れる赤い血に混じって透明の液体がポタポタと流れ落ちている。

 背中越し故に表情は見えぬがなるほど、そういうことか。

 

「……馬鹿者が、貴様は吸血鬼を倒したのだ。 誇ることはあれど悔やむな戯けめ」

 

「愚か者に馬鹿者と言われるとはな、確かにその通りよ。 俺は、俺は長年の友と思っていた者の悩みすらも察することができぬ大馬鹿者よ。 なぜなのだストレイツォ、どうして同門の者達を、人間であるスピードワゴンを手にかけたのだ」

 

 震える背中が妙に痛ましく見えるが、私の心中としては微妙なものだった。 あのダイアーとかいう奴が倒れるのが見たかったのが本音だが、邪魔なストレイツォが死ぬことだし良いだろう。

 後は2人に任せてさっさとエリナの元へ帰るべきか、それとも話を少し聞いていくべきか悩む所だ。

 

「ふん、吸血鬼に靡く軟弱者共とそれに与する者に天誅を行ったまでよ。 ……が、それは良い。 波紋の痛みが貴様の血で和らいだ礼だ、心して聞け。 そしてジョセフとティアよ、貴様らは恐怖して聞くがよい。 『柱の男』のことを!」

 

 『柱の男』、聞きなれぬ単語に思わず帰ろうとした足を止め、声がする方へと振り向く。 語られるはストレイツォが目の当たりにしたモノのことだった。

 

 

 『柱の男』

 ストレイツォの蛮行が発覚する原因となったスピードワゴンの死体を河へ流したことだ。

 そもそも死体を河へ流さなければ、行方不明として処理されここまで入念に警戒されることもなかっただろう。

 それをした……いや、せざるを得なかった理由。 スピードワゴンが波紋使い達を招かるざるを得なかった原因! それが柱の男とのことだ。

 

 出生も不明、生物としての詳細も不明。 ただ、4000年も前から存在するとされる文献が存在すること。 そして死体の血を植物が養分を吸収するかのように吸い始めたのが原因で、ストレイツォは死体を河へ捨てざるを得なかった。  その柱の男が『目覚める』ようで恐ろしいと感じたからだという。

 

「どんな能力なのか? 生命体なのか非常に興味深いが見れないのは残念だがな。 ……コォォォォォォ」

 

(ん、呼吸音? ……まさか、いや用心しすぎたとしても損はあるまい)

 

 知らず知らずの内に、話の内容に引き込まれるように私はダイアーに抱えられる話し手に近づいていた。 今思えば、話している最中に段々と声が小さくなっていったような気がする。

 

 そう、近づかなければ聞こえない程の声量で。

 

 そして、それこそ波紋の呼吸法が聞こえるまでの距離まで私は近づいていた。

 

「私は後悔はしていない。 この若さ、力強さを体感できたのは至福の時よ。 だが、貴様だけが最後の心残りよ!!」

 

 雄叫びと共に、唐突に支柱へと登っていた私がいる場所へストレイツォが跳びこんでくる。 その踏み込みの衝撃の余り胸を大きく焼いていた波紋の傷口が裂け、下半身と分離して上半身のみで波紋の呼吸を纏いながら飛来してくるのだ。

 

 咄嗟のことならば、避ける間もなかったかもしれないが所詮、鼬の最後っ屁よ。 悲しいかな、私は既に飛び上がっている。 勢いの余り地面へ激突する様は、まさしく無様と言う他ない。

 

「おおっと! 危ない危ない、死ぬのなら一人で死になさい。 足掻かなければ楽に死ねたものを、まさしく愚か者としか言いようがないわね。 あはははは!」

 

「せ、いぜい、笑って、いるがいい。 貴様が、地獄へくるのを心待ちにしておくぞ。 ダイアー、我等が師に、一足早く詫びを入れ、て……」

 

 自分自身で波紋の呼吸を行ったストレイツォの体が瞬く間に溶け、消え去るのは一瞬のことであった。

 これで良い、これで私の『幸福』は守られた! 多少、不穏な話もあったが私には関係のないことだ。 柱の男などどうでもいい。

 

 橋へと降り立ち、早速エリナの元へと帰ろうとした時、背後からピリピリとした気配を感じて足を止める。

 懐かしいものだ。 久しく味わっていなかった『殺気』だ。 しかし、誰が私に向けているのかと振り向くと両肩から血を流すダイアーが怒りの表情を浮かべ、私の元へ歩み寄ってくる。

 

「50年前に定められた老師達の意向に従って貴様の罪を許した訳ではない、あくまで今日まで見逃していただけのこと! 我が友を侮辱したその罪、死でもって償えぃ!」

 

「いやいやいや、ちょっと待ってくれよダイアーさんだっけ? こいつこー見えて調子に乗ることがあって、普段は傲慢に振舞う臆病者ってエリナ婆ちゃんがよく言うのよ。 ほら、お前も言い過ぎたんだから謝れって! あの手の頑固者は融通が利かねぇぞ」

 

「はぁ? 道連れにされそうになったというのに下手に出ろと? そんな馬鹿なことが出来るものですか! この私を殺せるなどと寝言を抜かすのは100年は早いわね!」

 

「こっちも頑固者かよ! だぁー! もういい、マジでやばいことなっても知らねえからな!」

 

 思わず止めに入ったであろうジョセフが匙を投げたことで、互いに緊迫した空気が走る。 なぜ、こちらが下手に出なければならないのだ。 元々、問題を持ってきたのは向こうの方だろう。 たかだか50年前のことを今更持ち出すなど、未練がましいにも程がある。

 

 と、本音を曝け出した所で思惑としては別にある。 ジョセフの機転の利いた対策、慢心による致命傷、ストレイツォは良い例となってくれたものだ。

 50年の平和な時は私の戦闘の勘を鈍らせたのかもしれない。 だからこそ、ここで50年前の私を取り戻すのには絶好の機会だろう。

 

 目の前のダイアーが先程ストレイツォを仕留めた時のように、蝶のように緩やかな飛び蹴りを放つ。 楽に勝てる相手に見えるが、それこそが慢心であり油断だ。

 2度も同じ技を使うのであれば、他に何か策がある!

 

 そう判断した私が受けることを拒否し、剣を構えながらも後方へ跳んで下がる。

 

「「……」」

 

 互いに無言の緊張感が……いや、何か様子が変だ。 どこか、相手が焦っているかのような気がする。

 私が油断なく身構えていると、再び蝶のように緩やかな飛び蹴……。

 

 ふざけてるのこいつは! これが作戦なら大したものだ、この私に迎撃を選択させるのだからな。

 

 何度も同じ技を使う相手に、思わず激昂して仕留めにかかりそうになるが、それをグッと堪えて向かってくるダイアーに向けて剣を突き出し、様子を伺う。

 すると、焦ったように慌てて上半身を起こすと器用に空中で一回転し、白刃取りのように剣先を掴むと串刺しを免れた。

 

「むおっ!? 剣が、くぅぅ!  ふん、だが掴んだぞ。 金属を伝わる『銀色の波紋疾(メタルシルバーオーバードラ)』」

 

「気化冷凍法ー」

 

 私が使用する柄まで鉄で出来ているロングソード。 鉄は熱伝導率が良く、熱は冷たい方へ流れる性質を持つため私が腕を凍らせれば、触れたもの何でも凍らせる剣と化すのだ。

 

 50年前、トンペティを仕留めた技の組み合わせだというのにこいつは学習という言葉がないのか。 思わずやる気のない間延びした声で技を使ってしまったではないか。

 

「む、むおお!? う、腕が、貴様何をするか!」

 

「おいティア! 間違っても人殺しはするなよ。 もししたら、エリナ婆ちゃんに言いつけるからな!」

 

 海老反りの姿勢のまま剣に触れている腕を通じて肩まで一瞬で凍り、身動きが取れなくなったマヌケを見て私は思う。

 

(こんな奴に私は本気で相手をしようとしていたのか? ストレイツォ、少しだけ貴方が不憫に思えてきたわ)

 

 途端に何もかも空しくなってきた私は横で喚く小僧を無視し、端まで歩くと無造作に剣ごと橋の下へ放り投げる。

 

「オーノーッ! てめぇ、していいことと悪いことぐらい分かる年だろうが!!」

 

「あらごめんなさい。 確かにゴミを川に捨てるのは悪いことだわね。 素直に謝罪するわ、それじゃあ私帰るから」

 

 慌てて橋の下を流れる川へ飛び込むジョセフを尻目に、私は愛しのエリナの元へ帰るというのに妙にけだるい気分を感じる。

 

 いつもなら主人の元へ駆け寄る犬のように嬉しい気分になるというのに……ダイアー、ある意味で恐ろしい相手なのかもしれない。 この私に二度と対峙したくないと思わせる相手なのだから。








 長くなったけども、結局スト様は『若さ+吸血鬼の強さの憧れメイン』にしました。

 尊敬する相手を倒す→むしろ倒した相手が素晴らしいではないか! と、考える! ……かもしれないと思ったものでして。

 ぬうう、師の仇討ち的な話が書きたかったけれども、上手い話の流れが思いつかなかった。。。




 ダイアーさんの渋いシーンが書きたかったというのに、なぜかギャグ調に……(そんな姿が浮かんだというのもあるけど)

 もうあれかな、かかったなアホが! を言えただけ良しとしよう。

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