我が名はティア・ブランドー   作:腐った蜜柑

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 うーん、勢いで書けたけどまた更に長くなったから分割して出します。


男と私の石油採掘:中

 港から更に2週間ほどかけて、テキサス砂漠に隣接する町へと到着した。

 砂漠の夜は寒いと聞いたことがあるが、確かに少し肌寒く感じる。 とはいえ、この身は吸血鬼。 多少の寒さなどものともしない。

 問題は乾燥した気候だ。 これでは肌が荒れるではないか。

 町へと入った際にカスも用事があるのか途中で別れ、乾燥した気候から逃れるように辺りを物色しながらも一足先に宿へ向かった。

 

 宿の者に部屋を取らせると私は真っ先に部屋へと入る。

 ついで背負っていた棺を置き、それに腰掛けると思わず溜息が洩れでてしまう。

 

(男はまるで原始人のような風貌。 女も田舎臭い服装をした者ばかり。 ここは私が住める環境じゃないわね)

 

 棺を軽々と持ち上げて運ぶ私に対して町の者達から好奇の視線で見られるのも腹が立つ。

 私の服装も少しばかり上質な生地を使った服なのだが、目立たないように地味な色合いのものを選んだというのにこれでは意味がないではないか。

 

 ふてくされながらも暇つぶしがてら棺に不具合がないか確認する。

 昼間、私を守る大事な道具だ。 カスが不穏な考えを持ったとしても、並大抵のことではこの重厚な棺は壊せまい。

 一通りの確認を終え、異常がないことを確かめ終えるとちょうどカスが私の部屋へ押し入るように入ってきた。

 

「てめぇ! 何で宿代が俺のツケになってんだ! 自分で払いやがれ、こっちはこっちで切り詰めてるってのによぉ」

 

「貴方、何を言っているの? 私をこんな辺鄙な田舎に連れてきたというのに、当然の償いでしょう? それとも、私が自由に行動してもいいと?」

 

「こ、この下衆野郎! チッ、貸しにしておくからな!」

 

 入ってきた時と同様に乱暴に出ていく野蛮人には呆れ果てたものだ。

 しかし、あのまま駄々をこねれば私が自由に行動できる言い訳が立つというのに残念だ。 それを察して『貸し』などと言ったのだろうが、誰が返すものか。 そもそも下僕が主人に奉仕するのは当然のことではないか。

 

 鼻を小さく鳴らし、このまま無意味に起きていても暇な為、私は眠ることによって時間を潰すことにした。

 この先、どう動くかを静かに考えながら。

 

 

 

 

 翌日、昼間の間は少し蒸し暑くなってきた棺の中を体を凍らせることで冷やし、快適に過ごしていると誰かが棺を叩く音が聞こえる。

 吸血鬼の目は暗闇の中といえど昼間のように明るく見ることが出来る為、手探りで懐中時計を手に取り、今は太陽が沈んだ直後であろう時間を示していることを確認した。

 

 ならば問題はあるまいと棺を開けると、あのカスが渋い表情で佇んでいた。

 

「今から砂漠へ石油を掘りにいく、てめぇもついてきな。 目を離したら碌なことにならねえからな」

 

「あら、そうなの? それならもう準備ができておりますわ。 さ、参りましょう」

 

「みょ、妙に聞き分けが良いじゃねぇか。 だが、それが逆に俺の疑心を駆り立てるッ! てめえ、何考えてやがる!?」

 

 このカスはなぜ自分の心境を解説しているのだろうか? 黙っていればいいだろうに。

 砂漠など行きたくもないが、万が一石油が見つかった際には独り占めしよう。 ……ま、石油など早々に見つかるまい、私の目的はこのカスを砂漠で始末……いや、不幸な事故が起きるのを見る為についていくのだ。

 

「エリナから一緒にいるようにとの約束もあることですし、私も世話になってばかりでは申し訳ないと……貴様、なぜ武器を構える」

 

 カスが手に持つ大型のシャベルを構え、異常なまでに冷や汗を流しながら後ずさっている。

 老若男女問わず魅了する私の微笑みを受けているというのに、怯えるとはどういう了見だ。

 

 私が置いていくのか、ついてこさせるのかと問うと先に行けと命じてくる。 この私に命令するとは良い度胸だと、その顎を砕いてやりたい衝動に駆られるがここは我慢して先に行こう。

 

 棺を担ぎ、外へと出ると荷物を乗せた馬2頭が待っていた。 それ以外は人影すら見えない、まさか2人で採掘などと戯けたことを――。

 

「それじゃあ向かうぜ。 採掘の権利書に有り金をほとんどつぎ込んだからな、最低限の荷物と馬しか乗せてねえぞ」

 

 この男には計画という言葉が無いのだろうか。 

 馬鹿な子ほど可愛い。 誰が言った言葉だったか、本当に可愛がりたいものだ。

 それはもう四肢をもぎ取り、耳と鼻を削ぎ落し、目をくり抜いて磔にした後にミイラにしてやりたい程にだ。

 

 一見して荷物を乗せている馬は貧弱そうに見える。 これでは棺を乗せる以前に引き摺ることもできまい。

 棺を置いていけば私一人なら乗れそうだが、遮蔽物が少ない砂漠では太陽が照りつける昼間の間、命取りになる。

 仕方なしに棺を背負い、歩きだした馬とカスの後を追う。

 棺の安全性は証明されているが万が一、破壊されるなどして使えなくなった時には土の中に逃れればいい。 ……荷物の中に爆薬らしきものは見当たらない為、まず不可能だろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 蒸し暑い昼間は私が動けないこともあって休み、夜間に移動を繰り返していた。

 途中にある水場で水を補給すると共に簡易テントを張って太陽の日差しを遮り、小さな集落に立ち寄っては食糧等の荷物を補給した……とのことだ。 私はというと棺の中で暑い昼間は体を凍らせて快適に睡眠をとり、同時に食事や水を摂取しなくとも吸血鬼の体ならば平気であるため移動以外は棺の中で横になり続けていた。

 

 そうして5日程かけ、原住民達の案内の元に目的地である双子山がある場所へ到着した。 すぐさま作業にかかるのかと思えば馬から荷物を降ろし、案内役の者に馬を預ける。 馬は最後に寄った町で世話を頼むために預けるのだという。

 

 砂漠と聞いて、私はあのサラサラの砂ばかりが広がる場所だと思っていたが疎らながら植物が生え、乾燥している為に地面がひび割れている所もあるが土と呼べる大地が広がっていた。

 

「ここか……さてと、覚悟決めて気合い入れて掘らねえとな。 おい、てめえも手伝え」

 

「あら、女性に力仕事を任せるだなんて酷い方だわ。 言っておくけど、手伝う気なんてサラサラ無いから」

 

 そう言い残し、棺の横に寝そべると手元にある本を読む。

 横でカスが喚いているが、しばらく無視を続けると諦めたのか地面を掘りだした。

 

 そもそもこんな砂漠のど真ん中で、一人で石油を掘ろうなどと馬鹿げている。 愚かな行為と分かっていて行う賢者はいまい、そう私は隣で穴を掘り続ける愚者を嘲笑いながら読書を続ける。

 今は素直に掘らせてやろう、明日から始めよう。 ―――嫌がらせを。

 

 

 

 

 翌日の夜、懐中時計で時間を確認した私が棺を開けると意外と深くまで掘り進めたカスの姿が見える。

 私の姿に気がついたカスが何か言いかけているが、どうでもいい。 穴の隣にある荷物を開け、何本か水を入れた瓶を取り出して全て蓋を開ける。

 

「水ッ! 飲まずにはいられないッ!」

 

「あぁ? て、てめぇッ! 貴重な水を何をそんなに一気飲みしてやがる!」

 

「きゃー、危ないわ―。 突然飛び出してくるものだからー、偶然蓋が空いていた瓶が倒れて水が流れていくー」

 

 両手に持つ瓶の水を浴びるように飲んでいると、慌てて飛び出してきたカスに私が驚き、逃げるように移動すると『偶然』瓶を何本も倒してしまう。

 干からびた大地に瞬く間に吸収されていく水を止める為、必死に再び瓶を立たせているカスを尻目に両手に持つ瓶の中身を飲み干す。

 全く、生温い水だ。 もう少し冷やせないのかこれは。

 

「す、数日分を一気に……覚悟は出来ているんだろうな。 うおっ!?」

 

 何か喚いているカスが煩わしいので、黙らせる意味でも頭目掛けて瓶を投げつけると間一髪の所で避けられた。

 惜しい、全力で投げたのに外れるとは。 当たり所が悪ければ、楽に死ねたものを。

 

 まだ中身が残っているもう1本の瓶を手に、私は棺の中へと入り蓋を閉め、鍵をかける。

 外からカスの喚き声と棺を壊そうと叩いているのだろうか、少々揺れているが気にせず暗闇の中、読書を続ける。

 退屈な砂漠旅行になるかと思えば、案外楽しいではないか。 とはいえ、その楽しいという感情も『不純』と判断されたのか、瞬く間に抑えられていく。 忌々しい十字架だ、そう舌打ちをしながらも私は次に何をしようかと考えながら読書を続けた。

 

 

 

 

 

 再び翌日の夜、棺を開けて辺りの様子を窺うとカスの体が少し見えなくなる程にまで掘り進めていた。

 無駄な努力を積み重ねるものだ。 私の姿に気がついたカスが慌ててよじ登ろうとしているが気にせず目当ての物を探し始める。

 辺りを見渡しても荷物が見当たらないが甘すぎる。 吸血鬼の嗅覚を持ってすれば、岩影に隠した食糧の位置などすぐ分かるのだ。

 

 カスが穴から這い出る頃には荷物の中身、堅パンと干し肉を奪い取って即座に離れる。

 

「ンンー、この干し肉は余り美味しくないわね。 それに堅パンも良い小麦を使ってないわね」

 

「文句言いながら喰ってんじゃねぇ! 邪魔するのも大概にしやがれ!」

 

 カスの方へ体を向けながら食糧を口に入れ、後ろ走りを行って挑発しながら逃げることなどこの私にとっては……と、思った所で余りに行儀が悪いと感じ、静かに近くにあった平たい岩に腰掛けて食事を続ける。

 

 カスが目前まで迫った時、そのシャベルを私に振り降ろしてくるが鈍すぎる。 軽く叩くように右手でシャベルの柄に触れると見事にへし折れ、宙を舞う。

 

「全く、食事中に襲ってくるなど不作法ね。 私は何も貴方に危害を加えるつもりはないわ、ただ食事が摂りたいと思っただけよ……プククッ」

 

「俺の予備のシャベルが……。 てめえのその笑いで確信したぜ、明らかに悪意を持って俺の邪魔ばかりしてるだろうが! ふざけた事を抜かすんじゃねえ!」

 

 9割方嘘だが、1割は真実だ。

 多少、腹は減っていたし喉も渇いていた。 何より直接的に危害を加えていないではないか。 何が不満、いや理解していないのだろう。 仕方がない、暇つぶしに遊ぶか。

 

「善悪の基準とは人の『価値観』によって決まる。 大抵は大多数の者達が有する価値観が『常識』となって広く浸透するだろう。 だが、そもそも最初に価値観を決め、広めるのは誰か? それは権力、財力、名声、知力、一昔前なら単純な暴力といった力を持つ者が決めるのだ。 その者が人を殺すのを善と言えば周りもそう認める、認めざるを得ない。 えぇ? そうは思わないか……えーと、名前は何だったかな。 カス?」

 

「スピードワゴンだ! つまり、てめえに従えと? 死んでも御免だねッ! てめえの分は別で用意する、それで満足できねぇなら自分で集落にでも行って買え!」

 

 捨て台詞を吐き、大股に穴へと戻っていくカス。

 ふむ、反抗する意思はあるが状況を理解できないほど馬鹿ではないか。

 あのまま攻撃してくれれば正当防衛として処理できたというのに、残念でならない。

 

 まぁいい、じっくりと無駄な努力というものを拝見させて貰おう。 もちろん、しっかりと邪魔……いや、偶然の事故が起きるのもな。

 

 

 

 

 

 

 

 ある日の砂漠の夜にて。

 

「突然ですが、地面を思いっきり殴りたくなりましたわ! てい♪」

 

「ウオオオオッ!? 地滑りが……って、またてめえか! 今のは間違いなく殺す気でやっただろ!」

 

 かなり深くまで掘った所を見計らい、ついつい穴の傍の地面を思いっきり殴りたい衝動に駆られただけだというのに何を怒っているのか。

 結果として地面が罅割れ、穴の方へ流れるように土が崩れたのは仕方がないことだろうに。

 

 

 

 

 

 またある日の砂漠にて。

 

 私が妙に重く感じる棺を開けると、大量の砂が流れ込んできた。

 どうやら昼間の間に土の中に埋められたらしい。 これは礼をしっかり返さねばと地表へ出ると真っ先にカスの首根っこを掴み、私が埋められた穴へと放り込んだ。

 

 暴れるカスが煩わしいので、頭だけ出させて首から下は全て地面に埋める。

 後は慈悲の心で干からびないように頭から水をかけてやる。 決して、長く苦しめという思いが込められている訳ではない。

 

「だから貴重な水を無駄に使うなって言ってるだろうが! おい、出せ! 無視してんじゃねぇ!」

 

 このまま灼熱の太陽が照りつける昼間の間、ずっと穴の中に埋まっていることを期待して私は棺の中へ戻った。

 

 

 

 

 

 

 町を出発してから半月程が経った。

 今だに干物になったカスを見れないのは残念だが、夜通し掘り続けるカスを見続けるのも妨害するもの飽きた私は何をするでもなく、棺の中で横たわっていた。

 

 そういえば昼間の内に荷物を補充したのか水や食料が増えてはいるものの、昼間も活動している為かカスの顔色が大分酷いものになっている。

 このままいけば倒れるのも時間の問題だろう。 思わず笑みが零れるが、疑問も残る。

 どうして、あそこまで必死に掘り続けるのだろうか。 一人で石油を採掘するなど不可能、資金と人手が必要だと馬鹿でも分かるだろう。

 底無しのマヌケ……と、いう訳でもあるまい。 いや、カスの思考を理解するなど賢人の私には到底不可能なことなのだろう。

 

 視界に映る、夜空に輝く美しい星々を何気なく見つめる。

 夜空は暗闇のキャンパスに光輝く宝石を散りばめた芸術作品だ。 と、誰かが評していたなと思い出しつつ、静かに目を閉じた。

 

 退屈とは人生においては敵以外の何物でもない。 持ってきた書物も読み終えた為、明日から暇つぶしになりそうなものを探しに集落にでも出向くとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 何時間眠っていたのだろう、不意に私は誰かに起こされたかのように目が覚めた。

 棺の中、私以外誰もいないはずだというのにそんな感覚を覚えたのだ。

 妙な胸騒ぎもするため、時間を確認すると昼間を少し過ぎた辺り。 まだ太陽は真上で照りつけているだろう。

 

 されど再び眠るというのも違和感の正体が気になって余り寝付けない。

 そこで手を動かし、棺の側面部分にある小さなネジのようなものを回していく。 昼間の間、外の様子を音だけでも知る為に備え付けたものだが今になって使うことになるとは。

 

 あまり効果は期待できないが、日光が差し込むのを恐れて極端に小さな穴だが問題はない。 この身は吸血鬼、人の物差しで測れる存在ではないのだ。

 耳を澄ませると、カスが誰かと話している声が聞こえる。 こんな砂漠のど真ん中で、どんな物好きがここへ来たのか。 いや、もしかたら盗賊かもしれない。 それなら好都合だ、ついでにカスの命まで奪ってしまえ。

 

「あんたらの気持ちも分かるが、こっちも事情があるんだ。 手は出さないでくれ」

 

「スピードワゴンさん、これは一族が決めた決定事項。 部外者の貴方は引っ込んでいてください、貴方も吸血鬼を良くは思っていないでしょうに」

 

 ……。

 

 私の頭の中で最悪の事態を想像してしまった。

 吸血鬼、一族といった単語から波紋使いの連中の可能性が非常に高い。

 夜ならば敵ではないが、今は昼間だ。 分が悪いというレベルではない、外へ出れば問答無用で死ぬのだから。

 とはいえ、私の内心は少し焦る程度でそこまで重大じゃない。

 この棺を壊すのは至難の技であろうし、棺の中まで波紋を伝わらせても体を凍らせれば問題はない。

 万が一、壊された場合だがその時は急いで土の中へ潜り、逃げ込めば傷は負うが死にはしないだろう。

 棺の中でバランスを取り、背中の一部分だけを支えにして後は全て宙に浮かせる。 波紋が伝わる面積を最小限に抑え、これで連続して凍らせても余分な体力を使わなくて済む。

 

「ああ、憎いと表現していいほどに忌々しい奴さ。 だがな、俺はエリナさんと約束したんだ。 ここで見て見ぬフリをして始末したら俺はエリナさんにも、あの人にも顔向けできねぇ! もしも手を出すってんならこのスピードワゴンが相手になるぜッ!」

 

「仕方がありませんな。 所詮、貴方は一般人。 我々のように修行を積み重ねた者ウプッ。  す、砂をッ!?」

 

「俺だって勇敢な波紋の戦士達に同行したんだ、あんたらのやり口は分かってらぁ! 卑怯かもしれねぇが、呼吸と目を砂で潰させてもらうぜ、ウリャァ!」

 

 外から喧騒と派手に誰かが争う音が聞こえる。

 まさか、あのカスが私に手助けをするなど誰が想像できようか。 何の役にも立たないカスと思っていたが、案外役立つではないか。

 

 私の為ではないのが多大な評価に繋がらないが、約束をそこまで守る義理堅い人物ということで少しは評価を改めてやろう。

 正直、私はいざとなれば約束などというくだらない取り決めなどすぐにでも破棄するつもりであった。 私と同じ部類の人間に見えたが、見込み違いというやつか。

 

 私は空けた穴を塞ぎ、懐中時計を確認しながら夜になるのを待った。

 あのカスの本心を暴き、どのような人物か見定めねばなるまい。

 

 

 もしかしたら……それはないと思うが、ジョジョやエリナのように私の理解が及ばない人物という可能性も浮かんだものの、首を振って否定する。 彼らと比べること自体がおこがましいという奴だからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が訪れた時間なのを確認し、蓋を開けてもはや大穴と化した場所へと近づく。

 底の方を覗くとカスが醜く腫れた顔で一心不乱に掘り続けていた。 まだ掘るのか、こいつは。

 

「あらあら、元の醜い顔が更に醜くなってるわ。 盗賊にでも襲われたのかしら?」

 

「……邪魔すんな、てめぇとは話したくもねぇ」

 

 こちらを睨みつけて再び掘りだすカスの姿に気分が萎える。 少しは褒めてやろうと思ったが止めておこう。 

 恩を着せる意味でも私に話しておくのが得だということが分からんのか。 と、蔑んだ視線を向けているというのに反応もせず、木箱に掘った土を詰め込むとロープを伝って地表へ登り、更にロープで結んだ木箱を引き上げる。

 

 掘りだした土を直接地表へ出せないために行う方法なのは分かるが、もはや一人で行う作業ではないだろう。

 この作業1回でもかなりの体力を消耗するのは目に見えている。 だが、この男は昼間も延々とやっていたのだろうか、顔色がもはや土気色になりつつある。

 

 一体何がこの男をここまで駆り立てるのかと、私の好奇心が疼きだす。

 

「そこまで必死になるのは大金を得る為? それともジョジョに義理立てする為にしているのかしら? ……あ、それかエリナ自身が目的でなくて? 未亡人の今が狙い目と……ククッ」

 

「……ぁ?」

 

 私の言葉を次々と無視し、淡々と採掘作業をこなすカスに苛立ち、怒らせる目的も含めて最後の質問を投げかけると小さく声を洩らし、振り返った。

 余りにも冷たい瞳が私を捉える。 纏う雰囲気が敵意一色に染まっているというのに、表情は怒りに染まらず目に籠り続けている。 

 異様な雰囲気に思わず私が後退りしそうになるのを堪え、優雅に微笑を浮かべながら視線を交わす。 こんなみっともない姿のカスに私が臆するものかと。

 

「……俺の生まれはロンドンの貧民街の中でも最悪の所でよ。 悪事を行わなきゃ生き残ることすらできない場所だ、俺はそれを仕方がないことだと受け入れたんだ」

 

 私から視線を外したかと思えば大穴へ木箱をゆっくりと降ろし、作業を続けながら淡々とした口調で何かを語り始めた。

 

「余所の町への移住も考えたが、何もしていないガキの俺でもそこの出身だと分かると掌返しが凄まじいの何の。 誰もが棒とか持って袋叩きにして追い返してよ。 人間のクズだの、カスだの、生まれついての悪だと言われたもんさ。 ガキ一人を傷めつけといて何言ってやがるんだか」

 

 

 傍にあった石へ座り込み、耳を傾ける。 その言葉の重みは体験した本人でしか出せないものだろう。 真偽の判断はそれで十分だ、ならば少しは聞く態度というものを見せるべきだろう。

 

「気がつけば、俺は悪人共の親玉さ。 周りも異常な悪人ばかりで、化物の親玉とも呼ばれたことがあったが俺自身もそう思ったよ。 あの人と会うまではな」

 

 私が耳を傾けていることに気がついたのか、鋭い視線のままだが作業を止め、こちらへと向き直る。 その手が震えているのは怒りからか、それとも別の感情か。

 

「ジョナサン・ジョースター。 あの人は、俺を初めて『真っ当な一人の人間』として見てくれたんだ。 そりゃ嬉しいもんだぜ、今まで人間扱いされたことがなかったからな。 対等な、一人の人間として扱ってくれるのがここまで心を充実させる、実感できる喜びってやつを教えてくれた」

 

 子供のように無邪気な、屈託のない笑顔を浮かべる男がまるで友人と話すかのように私に物語を聞かせる。

 ジョジョと出会い、後を追えばジョジョとディオの決闘に出くわし、エリナの病院での献身的な介護を目撃し、吸血鬼になったディオが生きているという話を聞けば凄まじい修行にすら堪えるジョジョに更に感銘を受け、どこまでもついていこうと決めたという。

 

 話は続き、ツェペリという男の生き様、そしてその最後の時まで他者を想って託した最後の姿、ゾンビと化しても人の心を捨てずに立ち塞がるメアリー、そして屋敷内での決着を経て人間の素晴らしさ、誇りを学ばせて貰ったと言う。

 

 ここまで話せば、最後を知っている私には男の次の対応は見なくても想像がつく。

 事実、先程まで楽しく話していた男の顔が段々と暗く、怒りに染まっていく。

 

「あんな素晴らしい人を、身を挺してまで人の為に尽くし、勇気を奮い立たせたツェペリさんを! 苦難を乗り越え、やっとの思いで幸福になる権利を得たジョースターさん達が死んで、なんでてめぇが生きてるんだッ!!」

 

 黙れ、その喧しい口を閉じろ。

 

 そう言葉を発しようと、口を開こうにも男の顔を見て言葉は失われた。

 感極まったとでも言うのだろうか、大粒の涙を止め処なく流す無様な男を見るに堪えず、視線を逸らす。

 余りにもみっともない。 見ることすら不快に感じる。

 

 視界には男の手が映っている。 その拳は爪が喰い込む程に強く握られ、血が滴り落ちていた。

 

「だが、俺にはもっと許せねえことがある! ……ただの俺の醜い嫉妬かもしれねぇ。 俺はジョースタさんを信用しているし、信用されていると実感できた。 俺はその信用に救われたさ。 だがな、この世には『救われてはならない悪』があると俺は考えるぜ。 どうして、どうしてジョースターさんはお前なんかを『信用』したんだ? 嘘だと思いてぇ、嘘ならどんだけ楽かッ! てめぇのどこに信用できる所があるってんだッ! 言ってみやがれ、ティア・ブランド――――ッ!」

 

 知ったことか、私が聞きたいぐらいだ。

 

 再び言葉を発しようにも、口が動かない。 言葉が出ない。

 私が視線を逸らしていると、男が大きな咳をし、咽び泣きながら蹲った。

 余りにみっともない姿だ、見るに値しない。 

 

 視界の端で震える無様な男。 ……いや、余りに長く震え続けている。 不思議に思い、視線を戻すと異常な程に震え、いやこれは痙攣を起こしている。

 気づけば体が自然に動き、男の首元へと手を当てていた。

 体が火のように熱い、間違いなくこれは熱中症。 それも重度の熱痙攣を起こしている。

 大学で医学を専攻していた私が知識から当て嵌め、細かに診断していると男が私の手を振り払った。

 

「は、離せ、クソ野郎が。 ほ、掘らねえと」

 

「……は? 馬鹿か貴様は。 明らかに重度の熱中症。 安静にしていても下手をすれば死ぬレベルだぞ、それでも掘るなどと」

 

「うる、せぇッ! 後悔、したくねぇんだ。 邪魔、すんじゃねぇ!」

 

 言葉が途切れ途切れになるほど、意識が朦朧としているのだろう。 無理に立ちあがろうとして、よろけているのが何よりの証拠だ。

 何をそんなに死に急いでいるのかは知らんが、死にたいのなら勝手に死ねばいい。 見れば身体中が泥塗れ、手はロープを引っ張る際の擦り傷や強くシャベルなどをもったせいかタコまで出来ている。

 ここまでみっともない奴など、もはや相手すらしていられない。

 よろよろとロープを伝って穴へと潜っていく男の姿を最後に、私は棺の中へ潜り込む。

 

 

 

 

 

 何と情けなく、みっともない姿であろうか。 本当に見ていられない。

 

 今思えば、そいつは『真の幸福を知る事』すら逃げていたのではないだろうか。

 ジョースター卿もそうだ、燃え盛る屋敷でのディオもそうだ、屋敷で身を挺したメアリーを、船でのジョジョを……私には『助けられる力』があったのではないか? だというのに、助けられなかったのは自分の非ではなく、他人の非にする奴だ。

 

 もしそうであれば何と滑稽で、みっともない奴なのだろうか。

 幸福を目の前にすれば逃げ、幸福が出向いてくるのを待つだけの受身の対応者だ。

 自身で動かずして、どうして幸福が得られるのだろうか。

 

 その者が求める答えは、間近にあるのかもしれない。 違うという可能性も高いだろう。 だが、確かめることすらせずに拒否するとは何と軟弱で、卑怯者で、愚かなのだろう。

 

 

 私はそのみっともない奴に問おう。  今回も見逃すのかと。

 

 

 




 ……あんまり地中深くまで掘ると側面の壁が崩れて落盤とか起こりそうとかリアルに考えてたけど、更に長くなりそうだから省いていいかな。

 予定してた話の流れが変になってきたかも、妙に長くなってるし終わり方も変更になりそうだしで。。。

 あ、それと1~2部の間の話は石油関連の話だけにすることに決めました。
 他にも書けそうな話はあるものの、時間が空いた時にでも書いて間に挟めば良いやーとも思いましたので。

 いや、決してその、2部の話は書いたら楽しそうだなーという誘惑に駆られたとか、いっそのこと石油の話を削除して先の話を書こうとか思ったりは……。

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