我が名はティア・ブランドー   作:腐った蜜柑

15 / 30
カスと私の石油採掘:前

 1889年3月7日、ジョジョが船の爆発と共に死んでから1ヵ月、私が十字架の異変に気がついてから半月程が経った。

 

 波紋使いの襲撃を受けたことにより、続々と私を狙う愚か者共が押し寄せてくるのは目に見えていた為、対策を講じねばならなくなった。

 私としては別に襲いかかってきたとしても、全て返り討ちにするつもりだったのだが十字架の力……ここは呪いと呼ぼう。 メアリーが遺した十字架の呪いによって私の行動はかなり制限されている。

 

 まず、無暗に生あるものを殺傷できなくなったことだ。 これは最初に警告の意味合いなのか感情を抑え、それでも構わず殺害しようとすると動きを止められる。

 例外として私に危害を加えようとする者に対しては、何ら制限されることなく行動できることは検証した結果分かったことだ。

 

 他には悪意を持って人を誑かす、心を傷つける行為を行おうとしても感情を抑制される。 これに対しては行動を制限されることはないが、それでも厄介なことには変わりはない。

 

 一体、何が原因でこんな事が起こるのかは不明だが、この十字架の秘密は今のところ私だけが知っている。

 カスが波紋使い達に連絡を取っているらしいが、もはや私は危険分子と判断されたのか本格的な討伐を始めたらしい。

 

 目障りな蠅を一掃できるチャンスではないか……と、エリナとカスの2人の前では気丈に振る舞っていたものの、内心穏やかではなかった。

 どうこの場を乗り切るか、と思い悩んでいた時にカスから思いも寄らぬ提案を受け、しばし悩んだがその案に乗ることにした。

 エリナと離れるのは少し寂し……もとい怖い……いや、私はこの訳が分からない十字架に怯え続ける訳にはいかないのだ。

 

 

 そして現在、私達はある国の港へと船で乗り込んだ。

 カスが提案したことは国外逃亡だった。 元よりカスもこの国に用があったらしく、私の棺を重そうに背負いながらも港へと運び込み、夜が訪れたのを見計らって外へと出た。

 

「はぁ、私がこんな歴史の浅い国に来ることになるなんて。 英国人としては屈辱だわ」

 

「ケッ! もう『人』じゃねえだろうが。 てめえなんざ放っておいて波紋使いの連中に始末させてやりたいが、エリナさんとの約束だ。 大人しくしてるなら多少は手助けしてやるよ、腹が立つ事だがな」

 

 チラリと横目で私が寝ていた棺を見ると、金と宝石で彩られた装飾は全て剥ぎ取られ、無骨な棺がそこにはあった。

 それもこれも全てカスが原因だ。 そもそも波紋使いが私の事を知ったのもカスのせいだ。 このまま八つ裂きにして海へ放り込み、魚の餌にしてやろうか。

 

「何だぁ? まだ未練がましく棺の事を気にしてるのかよ。 あんな派手な棺じゃ目立ち過ぎて、追い剥ぎの良い的だぜ。 おら、さっさと行くぞ」

 

(こ、このカスが! エリナとの約束が無ければすぐにでも殺してやるものを!)

 

 まるで下僕を扱うかのように、私のことを一瞥するとさっさと自分の荷物を持って移動を始めている。

 これにはこめかみがピクピクと痙攣し始めたがこの国の情勢には疎く、ここで始末するのは早計だろうと思いとどまった。

 棺を軽々と持ち上げ、用が済んだ暁にはこのカスをどう料理してやろうかと考えつつも後を追う。

 

 

 西部開拓時代。 その一つの時代の終焉の兆しが見え隠れしつつも、今だに一攫千金を夢見る移民達が持つ特有の熱気で溢れる国。

 英国からの支配に反旗を翻して独立した結果、自由の国と呼ばれるようになったアメリカへ私達は足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、この国では我が英国と同じレベルとはいかないものの、鉄道が通っているらしい……が、私達は港から鉄道は使わず、まるで農村の作物を輸送する為の汚らしい馬車の荷車に乗って移動していた。

 

 私の主観だが、のほほんとしたカスの顔が気に食わず、思わず首元の襟を絞めながら空高く掲げる。

 

「説明しなさい? この私をこんな汚い馬車に乗せて、挙句の果てに何をしにいくと? えぇ!?」

 

「は、離しやがれ! さっき言っただろうが! 俺がこの国に来た目的はテキサス砂漠の石油で大金を狙うってなぁ!」

 

 耳を疑うことだが、この馬鹿はよりにもよってアメリカへ来た目的が石油を掘りだし、一攫千金を狙うなどと戯けたことを抜かすのだ。

 少しは頭が回ると思っていたが、余りにも愚かすぎる。 金を稼ぐならもっと効率の良いものがあるだろう。

 

 私の視線から色が消える。

 無価値で愚かな人間程、興味が沸かないものはない。 もはやかける言葉すら無く、エリナとの約束で手は出さないと約束していたが、守る意味も込めて殺さない程度に痛めつけて後は自由に行動しよう。

 

 そう腕に力を込めるも、私の動きは不自然に制止する。

 力を更に込めようにも込められない、この不可思議な事態にはうんざりする。 何度も体験した為に少しは理解した事だが、呪いがこのカスにも適用されるというのも含めて納得できない事態だ。

 忌々しく手首に着けられた恐らく元凶であろう十字架のブレスレットを睨みながらも、カスを突き飛ばすように離した。

 たたらを踏みながらも、気丈に睨み返すカスの態度に非常に腹が立つ。 

 

「へっ! どうせ強盗なり悪事に手を染めれば金なんて簡単に手に入ると思ってんだろ。 それじゃあ意味がねぇんだよ。 真っ当な金で、俺みたいな人間が大金を得るには確率が低くても一攫千金狙うしかねえだろ」

 

 一瞬、私の理解が遅れ、珍獣を見るような眼差しでカスを見つめてしまった。

 正当な金であろうが不当な金であろうが、金は金だろうと。

 それすらも理解できない人間にはもはや憐れみすら感じる。 私は小さく鼻で笑うと、手首にある十字架を暇つぶしに弄っていた。

 

 ふとした拍子に外れないものだろうか……この十字架。

 

「そういえばてめえ、血相変えて帰ってきた日からエリナさんの寝室に入り浸っていたが、余計な事はしてねぇだろうな。 ……ん? そういや、ネックレスじゃなかったか? その十字架」

 

「ブ、ブレスレットよ。 最初からこれはブレスレットよ! あぁ、エリナ。 何で私はこんなムサイ男と来たのかしら」

 

 呼応するかのように、腕に巻いた十字架のブレスレットから金属音が鳴り響き、思わず心臓が飛び出るのではないかと思える程に高鳴った。

 

 もう一刻も早く帰りたい。 エリナが傍にいてくれた時は少しは和らいだというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 半月程前、私が十字架の異変に気がつき、ある方法で対処をした後に私は屋敷へ逃げ帰っていた。

 深夜なのは分かっているが、それでも乱暴に玄関を開け放つと真っ先にエリナの寝室へと向かう。

 

 寝室前まで来ると何度か深呼吸をし、震える体を抑えつつ、ゆっくりと寝室へと侵入する。 すると、玄関の音を聞いたのか、それとも不穏な気配を察したのかエリナがベッドから体を起こし、私を訝しげに見つめていた。

 

「ふふふ、今夜は私と一緒に寝ましょう? 寝かせないわよ」

 

「それ以上近づけば、私は舌を噛んで死にます。 貴方の性癖は聞き及んでおりますので」

 

 私が女性を好んでいるのをどこからか聞いたのだろうか。 揺らぐことのない真摯な瞳は、その言葉が嘘でないことの何よりの証明となった。

 ジョジョに対して操を立てているつもりか。 と、普段の私ならば相手の弱みでも晒し、脅して辱めるのだが今の私は非常に追い詰められていた。

 

「お、お願い。 な、何もしないから、隣で寝かせて欲しいの」

 

「……? 貴方、震えているの? 顔が真っ青よ。 まるで子供が幽霊にでも出くわしたかの――」

 

「黙れ! ゆ、幽霊なんているはずがないわ! こ、この世は目に見えるもので全て証明できるのよ! 良いから寝かせなさい!」

 

 普段の傲慢な私からは想像もつかない程に弱った声が漏れ出る。

 エリナから何気なく飛び出した、聞きたくもない不吉な言葉に強引にベッドの中へ頭ごと潜り込む。

 止めようにも止め切れぬ体の震えからか、ベッドが小刻みに揺れているが気にしている余裕などあるものか。

 

 人は『未知』のものに対して、底知れぬ恐怖を抱く。 私はそれを身を持って実感していた。

 知らぬからこそ対処が分からない、自身に及ぼす害も想像がつかない。 想像がつかないからこそ、言い知れぬ不安と恐怖が止め処なく溢れだしてくる。 それこそ、際限なくだ。

 

 気が狂いそうな程に私が不安に苛まれていると、体を覆っていた毛布をエリナが退かし、目が合った。

 

「何をそんなに……っ。 あ、貴方、その首はどうしたの?」

 

「ふ、ふふ。 首を落としたのよ。 これで私は今夜、グッスリと熟睡できるわ。 そ、それでも一人で寝るのは少し怖くて」

 

 エリナから息を呑む音が聞こえる。 私の首筋を見たのだろう、綺麗に首周りに赤い亀裂が走っている傷跡を。

 『未知』に対する恐怖は底知れない。 そして恐怖は時に人を蛮行に追いやることもある。 そう、十字架を外す為に私の首を切り落とす決断をする程に。

 

 凄まじい激痛を感じたものだが、その甲斐あってか大量の血液と共に十字架が首元から外れ、急いで血管を伸ばして元の体と結合すると、しばしの時間が経った後に自由に体を動かせるまでに回復した。

 後は十字架に見向きもせずに全力で逃げ出し、今この寝室へと逃げ込んできたのだ。

 

 エリナから見れば何をそんなに脅え、首を落としてまで必死に逃げてきたのだろうと感じるだろう。

 困惑した表情を浮かべているが、次いで寝室の扉が勢いよく開かれる音が室内に響き、何事かと私は顔を覗かせた。

 

「エリナさん! あの野郎が勢いよく駆けてるのを見かけて、無礼を承知で入らせて貰うぜ。 てめえ、ティア! 何してやがる」

 

「スピードワゴンさん、良いのです。 今はそっとしておいて貰えませんか?」

 

 音に驚いて身を縮こまらせていたが、すぐに布団を頭から被るとエリナの傍へと近寄る。

 こんな無様な姿をカスになど見せられるか。 私は今やっと恐怖から解放され、安眠という名の快楽を貪るためにここにいるのだ。

 

 2人が会話を交わし、時が経つとカスの気配がいつのまにか部屋から消えていた。

 すると、間もなく私の手を優しく包み込む温かな手が握られた。 誰かと顔を上げるとエリナが私を静かに見つめ、微笑みながら手を繋いでいた。

 

「不埒なことをすれば、即座に出ていって貰いますよ? ですが、一人が怖いというのは人であれば何ら恥じることではありません、傍にいますから安心なさってください」

 

 赤ん坊に向けていた、慈愛の微笑みが私の不安を払拭してくれる。

 母に抱かれた子供のように、エリナから温かな愛情と庇護を感じる。

 私は無意識に、内に残った最後の不安まで払拭するかのように体ごとエリナへすり寄っていた。

 私のような人物が近づいてくるのだ、普通は警戒するか嫌悪するだろう。 だが、エリナは優しくほほ笑むことを止めず、むしろ受け止めるかのように私の体を抱き寄せてくれた。

 

 

 人肌というのは心を安らかにさせる。

 そう誰かから聞いたことがあるが、あれは本当だろう。

 体全体で確かに感じるエリナの心地良い温もりが私に安心感を与え、安眠へと誘う。

 

 ここまで警戒心を解き、無防備な姿を晒すなど何時以来のことだろうか。 ディオと共にいた時でさえ、誰かの襲撃を想定して絶えず緊張の糸だけは僅かに残していたというのに。

 

 

 私は小さく身動ぎをして、考えるのを止めた。 今はただ、この心地良さに身を任せたい。

 先程までの心境など忘れ、すぐさま静かな暗闇が私の思考を覆い、眠りに落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 窓の外から小鳥の鳴き声が聞こえ、カーテンの隙間から僅かに朝日が差し込む早朝。

 薄らと目を開けると目の前に小さく寝息を立てる、エリナの姿が目に入った。

 

(……はぁ、お人好しって遺伝するものなのかしら? 手を最後まで繋いでくれたのね)

 

 片時も傍を離れなかったのか、手は握られたままだ。

 この温かさと安心感はそう、あのジョースター卿からも感じたものだった。

 あの時は振り解いたが、今回はそう、誰も見ていないことだし繋げたままでいいだろう。 ……離すのが惜しい、という気持ちも否定はしないがもっと別の感情が理由だ。

 

 愛おしい。

 そう感じるが為に離したくなかったのだ。

 微かに香る、エリナの香りも愛おしい、その美しい容姿も、聖母のような慈愛も、エリナという存在が全てだ。

 

 そして、私は強く執着するものは必ず手に入れたい性分だ。

 手段はいつも、支配か屈服させて手に入れていた。 私はそれでしか安心感と共に手に入れたという実感が得られなかったのだ。

 

(でも、そんなことをすればエリナの行為を裏切ることにならないかしら……。 うぅん、このままだと何時か私から離れそうでもあるし)

 

 途端に昨夜とは別の不安が私を苛む。

 このままでは突発的な行動をするかもしれない。 念の為に手を離すとベッドから立ち上がり、腕を組んで室内をウロウロと忙しなく歩きまわった。

 強引に手に入れたとしても、エリナの価値が損なわれるのではないか。 いや、そもそもそんな行動を起こすこと自体がエリナを裏切ることに……でも、やっぱり欲しい、手元に置きたい是が非でも。

 

 私が唸りながら考え込んでいると、ベッドから身動ぎする微かな音が聞こえ、起きたのかと視線を向ける。

 どうやら、ただ寝相を変えただけらしく、仰向けになって今だに眠り続けていた。

 

 その無防備な姿に情欲が込み上げてくるが、ここは我慢して見るだけに留めよう。 そう考え、寄りそうように近づいて観察を続けた。

 

 小さく整った容姿が愛らしく、何より夢を見ているのか、それとも目覚める前兆なのかまつ毛が小さく揺れ動き、まるで蝶が羽ばたいているかのように可愛らしい。

 大きすぎず、小さすぎず膨らんだ胸元が軽く上下し、そっと手を置くと柔らかな感触と共に心臓が力強く鼓動を続けている。

 

(そうよ、何も襲うことはない。 ただ愛し合えばいいのよ、ジョジョを失って未亡人……あら、何だかそそる響きね)

 

 結局、私は欲の塊のような人物だということか。

 あっさり情欲に負け、それを知っていながらも言い訳をするかのように立ち上がり、準備をする為に衣服へと手を掛けた。

 

 

 

 

 チャリン。

 

 

 

 どこかで聞きなれた金属音が響き、手首に冷たい感触が走る。

 電流のような戦慄が全身を巡り、視界がそこへ向くのを拒む。

 

 そんなはずはない、私は起きた後に体に異常がないか点検し、先程まで腕を組んでまでいたのだ。

 何か身に着けていたのなら、その時に気がつくはずだ。 そんなはずがない。

 

 

 錆びたネジを回すように、私がゆっくりと、そう、ゆっくりと顔を向けるとあった。

 

 鈍く銀色に光る十字架が。

 手首に巻くブレスレットとなって、私の不純な行いを諌めるかのように巻かれていたのだ。

 

「■■■■■■■■―――――ッ!!!」

 

 女性以前に人としてどうなのかというレベルの叫び声をあげ、私は奇声を発しながら部屋を飛び出していた。







 普通に2部へ行けば良かったと後悔中。
 必要かなーと書いてたものの、別に無くても問題なかったかもしれない。

 妙に書くのがしんどく感じると思えば、趣味じゃなくて作業だと感じていたからだと気がついた。
 ついでに言えば、書きたい話がだいぶ先にあるという……。 あ、でも2部最初の話は是非に書きたい奴があって、それを考えるとやる気が出てきたかな!

 あぁ、でも残り1話を石油で〆ないといけないか。 うーむ、もうノリと勢いで何とか書いて、書きたい話を書こうかな。

 ついでに好きなジョジョ小説が更新されてると、やる気が非常に出ますね!  長く続けられる人はモチベの維持が上手い人なのかな? 不思議だ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。