我が名はティア・ブランドー   作:腐った蜜柑

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後日談

 漂流を続けて2日後、カナリア諸島沖にて通りがかった漁船に衰弱している赤ん坊とエリナ達は無事に救助された。

 私はというと、昼間ということもあり棺の底で息を潜めていたのだがエリナは何も言わなかった。

 ここまでは私の予想通りだが、更に数日かけて棺ごとロンドンにあるエリナ達の新居へと運ばれたのは予想外だ。

 

 屋敷に運ばれ、しばらく大人しくしていると2重底になっている部分を取り除いたエリナが私と目を合わせた。

 

「……お腹減ったわ。 何か食べさせてくれないかしら? 血でも構わないわよ」

 

「そこに用意してあるわ。 勝手に食べなさい」

 

 窓から見える外は暗く、エリナが指差す先を見ればテーブルの上に野菜のスープや燻製肉を簡単に調理したもの、付け合わせのパンと一通りのものが揃っていた。

 用事は済ませたとばかりに冷たい態度で私と接するというのに、抱いている赤ん坊の世話は熱心に行っている。

 視線も幾許か鋭いが、まぁいいだろう。 私が食事を始めた際にどこからか私を監視するような視線を感じる。

 そこへ目を向けると、何て名だっただろうか。 そう、スピードワゴンとかいうカスが影に潜むように私を見ていた。

 

「エリナさん、俺はやっぱり反対だぜ! こんな悪を野放しにしちゃぁ危険すぎる!」

 

「カス……いえ、スピードワゴン! 私、心を入れ替えたの。 私はただ幸福になりたかっただけなのに、今までのやり方では私の幸福は得られないと分かったのよ」

 

 私が目尻に涙を浮かべ、懇願するようにカスへと訴える……食事を続けながら。

 

「てめえからは誠意が全く伝わらねぇ! 大体、ジョースターさんを殺した相手だ。 俺にとっては憎い仇だぜ!」

 

「スピードワゴンさん、貴方のお気持ちも良く分かります。 ですが、先日話した通り夫はこの者を信じると言ったのです。 ですから、私も信じざるを得ません、もしもその信頼を裏切ったその時は……」

 

 食事中だというのに騒がしい奴だ。 不作法にも程があるではないか。

 冷酷な瞳を向けてくるエリナの視線には妙にゾクゾクするが、それは良いとしてあのカスは今の状況が分かっているのだろうか? まさか、その手に持つ大金槌でこのティアを止められるとでも?

 

「そこのカス。 私がこの場で貴方達を始末しないのが何よりの証明でなくて? 次に減らず口を叩いたら煩い舌を引き抜くわ」

 

 そう言って、テーブルに備え付けられていたワインをグラスに注ぎ、香りを楽しむ。

 カスが怒りに身を震わせているのか、今にも飛びかかりそうな怒気を纏っているが、エリナを連れてどこかへ去っていく。

 良い判断だ、周りが見えぬ程の馬鹿ではないか。 この食事に毒が盛られている可能性もあるが、吸血鬼に毒など通じまい。

 私は暗く、蝋燭の僅かな明かりに照らされた室内で一人静かに食事を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 食事を済ませ、どう過ごそうかと考えていた時、再びあのカスが暗闇から沸いて出てきた。

 

「エリナさんには少し、外出してもらった。 てめえの目的を言いなッ! エリナさんに近づいて何を企んでやがる!」

 

「ふう、2度も言わないと分からない馬鹿は嫌いだわ。 私は幸福になりたいの、今までのやり方じゃ満足感は得られたけど、幸福は得られなかった。 だから教えて欲しいのよ」

 

「ジョースターさんを殺しておいて、幸福になりたいだぁ? 寝言は寝て言いな!」

 

 聞き分けの悪いカスだ。 とはいえ、当然といえば当然か。 脅したというのに私に向かってくる無謀に近い勇気だけは評価してやろう。 だが感情に流されるなど子供のすることだ、ここは大人の対応をせねば。

 

「落ち着きなさいカス。 殺したのはディオよ、私はジョジョに一切手を出してないわ。 信用できないならエリナに聞きなさい、私は食後の休憩に入るから私の部屋に案内して」

 

「てめえで寝床を探しな! 大体、俺の名前はスピード」

 

 元より案内など期待していない為、カスが何か言っているが無視して寝床である棺を持ち上げ、屋敷の中を探索する。

 どこかジョースター邸の造りに似ている。 いや、あえて似せているのだろう、懐かしく感じるのはそのためか。

 

 私は近くの適当な部屋へと入るとそこは客室用の寝室なのか誰かが使った形跡がなく、綺麗に整えられた部屋のため、ここを拠点にしてしばしの間過ごそうと決めた。

 胸元に大きな穴と血で汚れたドレスを脱ぎ捨て、次に何をしようかと考えたもののやることが思いつかない。

 久方ぶりの食事とあってか、程よい満腹感の心地良さに眠気がゆっくりと湧き出てくる。

 私はその欲求に素直に従い、床に置いた棺の蓋を開けて中へ潜り込むとゆっくりと目を瞑る。

 これから先、どう過ごしていくべきかと考えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、私がいないと屋敷内で騒ぎになったらしいがどうでもいい。

 早朝に突然寝室に押し入ってきたカスの襟を掴み、部屋の外へと文字通り投げ飛ばすと大金槌で襲いかかってきたが、その大金槌をまるで飴細工のように捻じ曲げると慌てて逃げ出した。

 

 男というものはなぜ、あのように野蛮で粗暴な奴ばかりなのだろうか。

 私が先程の不快な光景を忘れ、身支度を鏡で整えていると胸元に光る銀の十字架が目につく。

 この十字架、首の後ろにチェーンを回して留め金で身に着けるものだが、外れないのだ。

 寝る間際、何度も外そうと試みたのだが外れず、無理やり引き千切るのもメアリーに対して悪いと思い、着けたまま眠りに落ちた。

 首に巻いたままでは痕が残ったり、寝付けないのではと思えたが、心なしかピッタリと吸いつくように私に馴染み、不快な気分にはならずに気持ちの良い朝を迎えた。

 

 とは言っても昼間はやることが無いために全裸のまま屋敷内を徘徊し、一つの部屋からエリナの『香り』が濃く漂ってきたため、その部屋へと入り室内のクローゼットを漁る。

 

(ふむ、余り派手な色合いのドレスは無いのね。 エリナらしいといえば、そうかもしれない)

 

 シンプルながらも質素さは感じさせない白のドレスを選び、勝手に着心地を試していると妙にしっくりと来る。

 これは良いと、幾つかある室内着に着替え直すと纏めて衣類を拝借し、客室へと戻ると隠すようにクローゼットへ押し込み、カーテンで遮られた窓を見つめる。

 

(……昼間ってやることないのよね。 あのカスでも苛めて暇つぶしすれば良かったかしら)

 

 気晴らしに外へ出ようものなら塵となる我が身が恨めしい。

 仕方なしに屋敷内を探索しようと、窓から差し込む太陽の光を避けながら階段を下りる。

 すると、耳に小さな赤ん坊の泣き声が聞こえ、釣られるように声が聞こえる部屋へと入ると赤ん坊を抱いたエリナとカスが私の姿に気がついた。

 

「何か暇を潰せるものないかしら? 話相手になってくれるなら、それでも構わないわよ」

 

「ケッ! 外に散歩でも行きゃあいいだろうが、そこから一歩でも近づいたら叩きだすからな!」

 

「……それよりも、身に着けている服は私の? 話ならば私もしたいと思っておりました」

 

 カスの安い挑発など気にもかけず、私を船の時のように強い意思が籠った瞳を向けてくる。

 そんな目で見られると、妙に昂ぶるではないか。 エリナという人間は私を魅了する力でもあるというのか。

 

「スピードワゴンさんから貴方のことを全て聞きました。 ……罪悪感や後悔を感じたことはないのですか?」

 

「罪悪感? 後悔? 余り感じたことはないわね。 他者を利用するのは当然のこと、そう思っていたから。 今は私の幸福が『他人』によって生まれたかもしれないと悔いてはいるけど、それも自分のことだからそう感じるだけ」

 

 2人の視線が鋭くなるが、知ったことか。 私はシンプルに『私が幸福』であればいいのだ。 今回は他人が真に幸福を得られる手段かもしれないと思い、大人しくしているだけにすぎない。

 何か言うかと思えば、エリナは冷静に次々と質問を投げかけてくる。 まるで私という人物を見定めるかのように。

 手に抱く赤ん坊を可愛いと思うか、YES。 貴方は幸福を求めているようだが『幸福』を感じたことはあるのか、NO。 貴方の今までのやり方では幸福を得られないと思っているのか、半分YES。 といった具合に次々と私に問いを投げかける。

 

 一通り質問を終えたエリナが考え込むように視線を伏せ、意を決したように私の元へと近づいてくる。

 

「貴方はこの子を傷つけることなく、その手に抱くことはできますか?」

 

「出来るけど……余り、抱きたくはないわね。 万が一ということもあるじゃないの」

 

 別に人を殺すこと自体は何とも思わなくとも、楽しむ趣味もない。

 吸血鬼の力の制御は完璧に等しいと自負しているが、それでも万が一というものがある。

 私が腕を組んで、拒否の態度をとっているというのに構わず眠っている赤ん坊を差し出してくる。

 

「ちょ、ちょっと! 貴方、何を考えてるのよ。 はぁ、抱けばいいのでしょう抱けば。 ゆっくり乗せなさいよ」

 

「エリナさん! そいつはちょっと強引だぜ、そんな奴に預けるなんざ正気の沙汰じゃない!」

 

 訳が分からないが、仕方なしに赤ん坊の首の根元に手を回し、頭を支えながら片方の手で背中を抱えるように持ち上げる。

 まだ生後数ヵ月程しか経っていないのだろうか、余りにも儚く小さな命だ。 もしや、私を子供は殺せない奴だとでも思っているのだろうか? だとしたら、甘すぎる。

 

「子供を殺せないとでも思っているのかしら? 私の敵になるなら相手が老人であろうと子供であろうと容赦しないわ。 無防備に赤ん坊を預けるだなんて、考えが甘いんじゃなくて?」

 

「私は2度も3度も言うのは好きじゃありません。 ジョナサンが信じると言った貴方を信じると私は言ったのです。 これから少し用事があるので、その子の相手をお願いします。 居候なのですから、引き受けてくれますね?」

 

 有無を言わさず、私の手元へと赤ん坊を預けるとさっさと部屋の外へと退出していくエリナ。

 全く訳が分からない。 もしかしたら単純に子供の世話をさせるために預けたのだろうか。

 呆気に取られているのは私だけではなく、同じように呆けていたカスが我に返ったのか険しい顔で近づいてくる。

 

「エリナさんは預けると言ったが、俺でも良いはずだ。 赤ん坊を渡しなッ!」

 

「煩いわね、起きるわよ。 ほら、さっさと受け取りなさい」

 

 好き好んで誰が赤ん坊の世話などするものか。

 私が赤ん坊を差し出すと、まるでひったくるように赤ん坊を奪い取る。

 馬鹿かこいつは。 もう少し優しく受け取れ、それと持ち方が間違っている。

 

「う、うぇぇぇ……」

 

「ウッ! や、やばい泣きそうだ。 泣かないでくれよ頼むから」

 

「貴方、体を両手で持ってるけどそれじゃあ頭が下がって首に負荷がかかるでしょう。 そんなことも知らないの?」

 

 私の指摘に慌てて持ち方を変えるも、急いでやった為に不快に感じたのか赤ん坊が本格的に泣きだした。

 部屋中に響き渡る騒音に何を思ったのか、カスがその醜い顔を歪めて赤ん坊に近付けている。

 

「ほ、ほーら。 俺は顔は怖いが悪い奴じゃねえぞー、頼むから泣かないでくれ!」

 

「ウェェェン!」

 

「……顔が怖いという時点で怯えるのが分かるでしょうに、馬鹿なのね。 余りに騒がしいと貴方ごと始末しそうだから、貸しなさい」

 

 おもむろにカスへと近づき、腹部を軽く叩く。 吸血鬼の力で軽く叩いたのだ、常人が全力でボディーブローを当てたのに近い威力だろう。 思わず前屈みになったカスから赤ん坊を颯爽と奪い取り、手頃な椅子へと座り込む。

 泣き喚く赤ん坊へ作り笑いながらも穏やかに微笑み、親指をゆっくりと赤ん坊の口元へ持っていくと小さく咥えこむ。 すると嘘のようにピタリと鳴き声が止み、落ち着いたのか口元を窄めて私の指を舐めている。

 

「う、うぐぐ……て、めぇ。 何、しやがる。」

 

「貴方が余りに無様だからじゃないの。 はぁ、どうしてこの私が子供の世話などしないといけないのかしら」

 

 そう言いつつも私の内心では懐かしい、心地良い感情で満ちていた。

 赤ん坊のあやし方は母から教えて貰ったものだ、私が小さい頃はこうして指を口に含ませて泣き止ませていたと聞かされたことがある。

 

 とても小さく、弱く、儚い命。

 それ故に無垢で、汚れを知らず、純粋そのものな存在。

 私もこんな頃があったのだろう。 母もそう思っていただろうが、今や稀代の悪人だ。

 

(全く、人生というもの分からないものね。 貴族になれるチャンスを得ようとすれば、全てを失って吸血鬼になるなんて)

 

 今の私を母が見れば何を思うだろうか。

 私の願望かもしれないが、きっと厳しく叱るだろうが最後には許してくれる。 都合の良いことに思えるが、なぜかそう確信できる。

 しかし、その許しが何よりも私を苛ませるだろうということも予感できる。 もし、それを予測して行うならば余程の策士だろう。

 

 ……そんな人間ならばどれだけ気が楽だったか。 私が母を敬愛した理由はその溢れる慈愛と人としての素晴らしい生き方に共感したからだ。

 あんなに素晴らしい人はいないだろう。 憧れもした時期もあった。 だというのに、どこで狂ったのか。 恐らくはダリオの殺害を決意した辺りだろうか。

 

 ふと、目の前の赤ん坊が私を見て泣きだしそうになっている。

 険しい顔をしていたのだろうか、表情を変えて微笑むと安心したのかまた一心不乱に私の指を舐めている。

 私はゆっくりと両膝に赤ん坊を乗せ、片方は首を支えている為に離せないがもう片方の手で頭をゆっくりと撫でる。

 

 良いだろう、今だけだ。

 憧れていた母の真似事を少しだけ、そうほんの少しだけ真似てこの子に愛情を注ごう。

 私の満足感を満たす為に……だというのに、妙に穏やかで心地良い感触が私の心を満たす。

 

 いつしか気づいた時には作り笑いではなく、自然と微笑んでいることに気がついた。

 素の自分を曝け出すなど、いつ以来のことだろうか。 この赤ん坊になら見せてもいいだろう。 

 

 

 

 

 

 

 ……が、私はすっかり忘れていたらしい。

 部屋に私と赤ん坊、そしてカスがいたことを。

 得体の知れない不気味なものを見るかのように、私のことを引き攣った表情で遠目に見つめるカス。

 

 私は表情を消すとゆっくりと立ち上がり、傍にあるベッドへと赤ん坊を優しく寝かせると振り返った。

 直後に不穏な空気を察したのか、カスが既に扉を開けて逃げ出している。

 

(私の醜態を知る者は! 誰であろうと生かして帰さんッ!)

 

 背後で寝ている赤ん坊がいなければ、言葉に出してたであろうことを心の中で思い、私は床が砕けんばかりの脚力を持ってカスを追いかけた。

 

 

 結果として間一髪の所でカスが窓から太陽が照らす真昼の外へと逃げ出すことに成功し、安心したのかどこか勝ち誇った顔を向けてきた。

 余りに腹が立っていた為か、勢いの余り目に圧力を込めながら体液を光線のように弾き飛ばし、カスの頭にある帽子を貫いて叩き落とした。

 惜しい、頭を狙ったというのに外したようだ。 だが、慌てて落ちた帽子を拾い上げて逃げ出す無様な姿に少しスッとしたので良しとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから乳母とカスを連れて帰ってきたエリナにこっぴどく叱られたものだ。

 別に聞き流していたので気にしていないが、顔を赤くして怒る美女というのもなかなかそそるものがある。

 その際に幾つか約束事をさせられたが、別に構わないだろう。 私としても幾つか条件を提示し、承諾させたのだから文句などない。

 

 屋敷内での生活から1週間が過ぎる頃、私は昼間に睡眠を摂り、夜にロンドンの街を散策するのが日課となっていた。

 真冬の時期は過ぎたものの、少し冷たく静寂なロンドンの街が私は好きだ。

 こんな時は考えを纏めるのにちょうどいい状況だ、静かに頭の中に浮かぶのは我が弟の姿。

 

(最後に目撃したエリナに聞いた話だと、ジョジョが力を振り絞って破片を拾い上げ、ディオに突き刺す姿を見たというのだけれど)

 

 嘘を言っているようには見えないが、それが本当であるならば体を奪うことに失敗したのだろうか。

 失敗したのであれば船の爆発に巻き込まれ、死亡したのだろう。 あのディオが。

 

(……これで私は一人ぼっち。 いえ、元より頼るものなど自分しかいないわ。 そう、自分だけ)

 

 心に過った不安を払拭するかのように首を振る。 まだ1週間だ、決めつけるのは早いだろう。

 

 しばらくは大人しく様子見に徹したい所だが、周りがそうもいかないらしい。

 2日前にも同じように夜の街を散策した時から、似たような気配が昨日に続き私を監視しているからだ。

 私が裏通りの細道へと入り、誘い出すかのように腕を組んでいると2人のアジア人らしき男達が暗闇から現れた。

 その姿にほくそ笑む、あのカスに手出しするなと約束させられたがこれで口実が出来る。

 

「あら、こんな夜更けに屈強な男性が現れるなんて怖いわぁ。 スピードワゴンの手先かしら?」

 

「……我々のことは既に知っていたのか吸血鬼め。 スピードワゴンさんにはお前のことを知らされてはいるが、手を出すなと伝えられている」

 

 あのカスの手先かと思えば、違うのだろうか。

 吸血鬼のことを知っているとなると十中八九波紋使いの連中だろう。

 手を出すなと言われている割には殺気に満ち、目が怒りに染まっている男達を怪訝に思い、思わず首を傾げてしまう。

 

「手を出すな、とは伝えられているが貴様を始末する。 我らが師、トンペティに対する数々の無礼な仕打ち……その仇を取らせて貰うぞ!」

 

 一瞬、誰のことかと思ったが屋敷内にて始末した爺のことか。

 そう合点がいった私の目の前に、2人が奇妙な呼吸音と共に波紋が迸る拳を繰り出してくる。

 

 余りに鈍く、余りに貧弱、余りに迂闊すぎる行動に憐れみさえ覚えてしまう。

 両手でそっと包み込むように、二人の拳を受け止めると腕の水分を気化させ相手の腕ごと凍らせる。

 

「ディオが名前をつけた『気化冷凍法』……貴方達、聞いていないのかしら? 私に波紋は通じないわ」

 

「う、腕が凍っていくッ!?」

 

 この者達は末端か、イギリスに残ったまま私達の捜索に乗り出していた波紋使い達なのだろうか。

 驚いた様子から私達の能力のことは聞いていないようだ、それならば好都合だと死なない程度に1人の喉を潰し、もう1人は胸を叩いて肺を潰す。

 血反吐を吐き、苦悶の声を上げながら悶え苦しむ2人を私はゆっくりと観察する。

 

「トンペティ……ああ、ゾンビにしたあの爺のことね。 死に様は知らないでしょう? 教えてあげるわ、心臓を剣で貫かれたあの表情、とても滑稽だったわ。 あははは!」

 

 私の高笑いを受け、呼吸もままならない苦しい状況だというのに2人が何とか立ちあがろうとするも崩れ落ちるように再び地面へとひれ伏す。

 私がそっと、その者達に手を触れていると叩き落とそうと手を振り降ろしてくる。 構わず触れさせるも何ともない、手が少し揺れる程度だ。

 

「波紋が流れない、ということはやはり波紋の秘密は呼吸法にあるのね。 ありがたいわ、貴方達の迂闊な行動で弱点が喉と肺にあると分かったのだから……せめて、楽に死なせてあげる」

 

 喉と肺が潰された影響からか、口元から血を流しながら私を射殺さんとばかりに睨みつける。

 その目からは無力さ故か、はたまた波紋使いの弱点を知られた悔しさからか涙を流していた。

 だが、彼らに出来ることはそれだけだ。 ただ悔しさに咽び泣き、ただ睨むのみ。

 他者を屈服させ、蹂躙する力。 そこからくる征服感と優越感に私は浸っていた。

 

 やはり心地良い、『幸福』は感じないが『満足感』は得られる。

 私が最後の仕上げとばかりに手を振り上げた時、それは起こった。

 

(……あら? なぜかしら、なんというか、もの凄くつまらないわ)

 

 今まで感じていた愉悦が嘘のように消えたのだ。

 代わりに脱力感と空しさが全身に広がり、私は腕を自然に下げていた。

 

 可笑しい、そう感じるのは当然のことだった。 

 殺意すらも消え、殺すのはひどくつまらないという感情が私の中で広がる。

 それはありえない、ここでこいつらを見逃す理由もなく、価値もない。 幾らなんでも可笑しすぎる。

 

 ジョジョやエリナに感化されたか? いや、それは可笑しい。 そんな簡単に私が変わるはずがない。 ならば他に何が変わったというのか、ディオが居ないからそう思うのだろうか? もしや食事に神経毒の一種が入っていたとでも……。

 

 

 余りに不自然、余りに可笑しい私の内部で起こる異常にふと、なぜそう思ったのかは分からないが胸元で光る十字架が気になった。

 

 彼女から貰ったものだ、私が船で身に着けた後に『外れない』可笑しな十字架だった。

 まさかと思い、後で修理に出せばよいと力を込めて首から外しにかかる。

 

(ば、馬鹿なッ! ただの鉄の鎖を私が外せない? そんなはずがあるか!)

 

 チェーンの部分を引き千切らんと力を込めるもビクともしない。

 人間の小娘なら分かる、だが私は人間を超えた『吸血鬼の力』を持つ私が外せないのは可笑しすぎる。

 

 慌てふためいている私を余所に、波紋使いの連中が段々と回復してきたのか立ちあがろうとする。

 もはや、今は感情だとか十字架はどうでもいい。 こいつらを先に始末してから調べるべきだ。

 

 そう私が判断し、脱力感を感じさせる体を奮い立たせて拳を振り降ろした。

 

 全力でだ。 人をミンチにするには十分すぎる程の力を込めたというのに、拳は不自然に相手の手前で止まった。

 止めたのではない、止められたのだ。

 

(か、体が動かない? ど、どうなっている、何が起こっているというの!?)

 

 幾ら力を込めようとも、男を殺そうとする拳は近づかない。

 まるで見えない鎖に縛られてるかのように、不自然な体勢でいる私を男達が何事かと見ている。

 

 このままでは非常にまずい。 そう判断した私が逆に身を引くと普通に動けたのだ。

 

 どうやら、この者達を殺そうとすると私の動きが止められるようだ。 理解不能、余りに荒唐無稽な状況に頭が混乱するが私の行動は素早く、この場を立ち去る為に足を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロンドンに建つ家屋の屋根を次々と飛び移り、私は以前に潜伏していた隠れ家を目指していた。

 先程から凍らせ、沸騰血で熱を持たせて力を込めて引き千切ろうと試してもビクともしない。

 

 説明がつかないこの状況に私の混乱はほぼピークに達していた。

 唯一、導き出した答えが十字架と共にあった手紙と封筒に何か秘密があるのではないかと取りに向うことだった。

 

(ふざけるな、あの女! 私に何を身に着けさせた! 何をした!!)

 

 隠れ家の扉を開け、急いで以前に自室だった部屋へと向かう。

 本当は答えなどないと分かっていた。 なぜなら、私が何度も手紙を読む度に封筒と手紙を調べていたからだ。

 

 何かに縋りたいと思う気持ちもあったのだろう。 自室への扉を開け、机に置いていた封筒の中身を引っ張りだす。

 封筒と手紙を念入りに調べるも全て普通のものだ。

 ここでようやく私は冷静になり、溜息をついた。

 

(ふぅ、何を焦っているのかしら。 不可解な事は多いけれど、まだ致命的ではないわ。 落ちつけ、落ち着くのよティア)

 

 備え付けのベッドへと腰掛け、何度も読んだメアリーの手紙を開く。

 彼女が書いた文章は全て覚えており、ここに十字架の材料、秘密といった類のことは書かれていないことは承知の上だった。

 

 そう、文字通り『全て覚えている』。

 

 彼女の筆跡も見慣れたものであり、彼女以外が書いたものでは筆跡から判断できるだろう。

 

 手紙の内容は同じ内容だ。 

 但し、最後に空いた空白に、『彼女の筆跡』で一文が書かれていた。

 

 それは可笑しい、彼女はもう既に亡くなっているのだから。

 それならば、なぜこんなことが書かれている。 思わず手が震え、手紙を床へ落としてしまう。

 

 

『我が忠誠は永遠に、貴方と共に―――』

 

 

 私は叫び、再び力を込めて十字架を外しにかかった。 そうでもしないと、気が狂いそうになるからだ。 







 後は1→2部へ移行する為の繋ぎの話を1~2話出して、2部開始かなー。

 





 うーむ、まずい。 何というかマンネリ感が漂ってきたような。。。
 前までは勢いで書くのが楽しい! 状態だったのだけれど、飽きっぽい性格が災いしてか他のことが楽しく感じてくるようになるというパターンが……。

 次の投稿は少し遅れるかもしれません。(調子が良ければすぐ出せるかもしれませんが)
 しばしの間、今後の展開とか考えておきますー。


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