我が名はティア・ブランドー   作:腐った蜜柑

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END:最後の手紙

 屋敷での決着から半月が経った。

 あの町の襲撃、ウインドナイツ・ロットでの戦いは一夜にして73名の人間が消えた事で一時期話題となった。

 真相は解明されなかったが私、いや私達は知っている。

 戦いから生き延びた私達は追手を警戒しながら人口が少ない郊外を転々と渡り歩いていた。

 今は海沿いにある田舎町の空き家に潜伏し、人間の血を吸わずに普通に食事を摂って過ごしていた。 人が行方不明になれば、怪しんだジョジョ達が調査に乗り出す可能性があったからだ。

 人間の生き血より満足感やエネルギーの補給には向いていないが、それでも空腹を満たす程度には十分だ。

 私が畑から夜、盗んできた野菜と近くの山で狩ってきた兎を調理して食していると隣から睨みつける顔が気になる。

 

「はぁ、私がこんな盗人のような事をしなければならないなんてね。 ……食べたいの?」

 

「ふん、貰おう。 このディオに献上するがいい」

 

 首を瓶詰にし、中を血液で満たしたディオが硝子越しに私の食事を見ているのだ。

 そこまで言われては仕方がないと、焼き立ての兎肉を一つ摘まむと瓶の中へと放り込む。

 

「熱ッ! お、俺の食事を家畜に餌をやるように放り投げるな」

 

「うるさいわね。 だったら他の肉体にさっさと乗り移りなさいよ。 何で私が世話してるのよ」

 

「断る! 俺は俺を倒した尊敬すべき相手であり、ライバルであるジョジョの肉体以外は乗っ取る気はない」

 

 首だけになっても我が侭な弟に少し腹が立つ。 捕まえた昆虫を瓶に入れ、鑑賞しているように愉快な光景だが。

 あれからディオは事あるごとにジョジョの肉体を奪うようにと私に命令してくる。 吸血鬼という圧倒的能力を有したというのに『人間』であるジョジョに負けた。 それはディオのプライドを大きく傷つけるかと思えば、逆に尊敬の念を抱かせたのだ。

 故に己の力を上回ったジョジョの肉体を強烈に欲している……なのだが、わざわざ敵の前に姿を現すなら自分一人でやればいい、私は関係ない。

 

 手早く食事を済ませ、食器を片づけると自室へと戻る。

 途中、暇だから話相手になれと言うので適当に近くにあった本を目の前に放っておいた。

 

「……『正しい日光浴の本』。 嫌味か貴様ッ! おい、聞いているのか」

 

 別にただ目についた家の本を置いただけなのだが、まぁいいだろう。

 2階へ上がり、自室にしている扉を開けると部屋にある簡素なベッドへと腰掛けた。

 広々とした部屋、豪華なドレス、集めておいた金品や遺品は全て屋敷へ置いてきてしまった。

 今は田舎の娘が着るような華々しさの欠片もない麻の服、少し埃が被った狭い部屋、一体どうしてこうなってしまったのか。

 

 ふと、ベッドの隣にある机の上の物が目に入った。

 細かな趣向が凝らされた銀の十字架のネックレスだ。 十字が重なる部分にダイヤモンドが埋め込まれてあり、私のお気に入りの品に入るに相応しい物だ。

 

 けれども、私はこれを一度も身に着けたことはなく手に持って眺めるだけに留めている。

 別に今の服装に似合わないということもあるが、私が身に着けないのは別の理由だ。

 

 机の引き出しを開け、茶色の封筒から手紙を取り出す。

 最後にメアリーが私に預けた手紙だ。 何気なく何度も読み返し、その度に胸がざわめく。 ……再び私は銀の十字架を手元に置き、手紙を開いた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

この手紙を読んでいるという事は、私はすでに亡くなっていることでしょう。

ハッキリ申し上げますと、私は貴方様を恨んでおります、えぇ恨んでおりますとも。

お世話になったとはいえ、体を求められるのは……少し、嬉しいものですが変態的な行為は別です。

挙句の果てにジョースター卿の殺害に関わったり、私の左耳を打ち抜き、化物にまでされたのですから当然です。

私は貴方様を許すつもりはありません……ですが、止め切れなかった私にも非があります。

 

故に、貴方様には2つの道を誠に勝手ながら最後の願いとして選んで頂きたいと存じます。

 

一つは悪の道。 誰しもが貴方を恐れ、忌み嫌い、吐き気を催す程の邪悪を欲望のままに体現してくださいませ。 さすれば、結果的に人々は悪を忌避することになることでしょう。

 

一つは人の道。 悪事を行わない人間などいませんが、貴方様は行き過ぎです。 少し、ほんの少しだけ人助けをしてください。 そして、少しだけ勇気を持って人を信じてください。 この道を選ぶのであれば、封筒に入れた十字架を身に着けてください。

 

この十字架は本来であるならば大学卒業のお祝いの為に私が細工を施し、製作したものです。 貴方様を匿った際には既に完成しており、外へ出た日の翌日には仕上げを任せた店が定休日だった為、つい出来心で受け取りに向かったのは私の不徳の致す所でございます。

 

貴方様からすれば、なぜ私がここまで尽くすのかと理解が及ばないと思われます。

確かに母の件もあります、ですが私個人が貴方様のお味方でありたい、その願いの為だけに行動しておりました。

 

切欠は、そう。 私がティア様と共にベッド内にて休んでいた際の『寝言』です。 これは墓場まで持っていきますので、教えません。

一つだけ言うことがあれば、人に聞かれればかなり恥ずかしい寝言です。 せいぜい何を言ったか想像して、羞恥心に悶え苦しんでくれれば胸がスッとします。

ですが私はその時、強く思えた貴方が本当は弱く、臆病な一人の人間だと感じました。

 

切欠はほんの些細なことです。 それでも私は貴方の力と成り、貴方の心の支えになれればと尽くしました。

結果は、見ての通りですが後悔はしておりません。

 

 

最後に、『正しい道にお導きする』という約束を守れず、申し訳ありません。

例え全ての者が敵に回ったとしても、私は最後まで貴方様の味方を貫きました。

 

願わくば少しだけ勇気を持ち、後者の道を選んでくださいませ。

 

多くの人を不幸にする才を持つということは、逆に言えば多くの人を幸福にすることも出来るはずです。

 

幸福とは私は分かち合うもの。 一人では得ることは出来ない、私はそう思っております。

 

自身が幸福になるよう、体調を崩されませんようご自愛くださいませ。

 

貴方を愛するメアリーより。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 何度も読み返した跡が残った、少し皺がある手紙をそっと閉じた。

 次いで手紙と十字架を机に置き、ベッドへと身を投げ出すとゆっくりと瞼を閉じる。 

 

『このティアに貴様如きが道を説くな、下郎めが。』

 

 以前、ジョースター邸にて私に手紙と同じように道を説いたティアの頬を叩いた時の言葉だ。

 全くその通りだ。 このティアが歩む道など自分が決める、他人に決められることなどあってはならない。

 

(どうして、あの娘は真実を語らなかったのかしら。 あぁ、そうか。 言っても無駄だと思ったのね)

 

 私が外出を禁じた際に、外へ出た理由が十字架を受け取る為だと手紙を読んで初めて知った。

 きっと生きている間に言ったとしても、私は嘘だと一笑に付すだろう。

 人を信じないからだ。 そう、私は他者を顧みず、他人を信じない。

 

 

 

 だというのに、あの時メアリーが外へ出たのが分かった時、心を占めた感情は憤怒だった。

 裏切られた。 その思いが心を満たし、感情を昂ぶらせたのだ。

 

 本当に勝手な女だ。 自分でも思う、自己愛の権化。 他者を己の欲望の為だけに利用し、捨てる。

 良いだろう、人に乗せられているようで気に喰わないが前者を選ぼう。

 

 私にはそれがお似合いだ。 今更、後者など選ぶ気にもなれない。

 私一人ならだ。 もしも隣に、誰かがいれば違ったのかもしれない。

 

「……最後まで味方と言うのであれば、隣にいなさいよ。」

 

 小さく呟き、頭から毛布を被って身を縮こまらせる。

 私は狭く感じていた部屋が妙に広く感じるという錯覚を覚えながら、誰もいない部屋の中で静かに眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひっそりと身を隠す生活を続けて1ヵ月半が経った頃、私は華やかなロンドンにて日々を過ごしていた。

 田舎生活に飽きた私の要望もあり、都会のロンドンへと1ヵ月前に引っ越してきたのだ。

 考えてみれば人を魅了し、洗脳する眼があるのだから人を殺してまで血を吸う必要はない。 手頃な娘達に暗示をかけ、毎晩隠れ家へ来させるとその血を差し出させた。

 

 好みに合う服も着れ、食事も不便なことはない。

 満足な生活に私がこのまま暮らし続けるのも悪くないかと思っていたのだが、ディオはそうではないらしい。

 昼間、太陽から身を守る為でもあるが自分用の重厚な棺を職人に暗示をかけて用意させたのだ。

 私もそれに便乗し、金と宝石で彩った豪華な棺を今は寝床にしている。 中には羽毛が敷き詰められており、寝心地が良いのだ。

 

 そんな折に『ロンドンプレス』という新聞紙を取り続け、暇な時間をそれで潰していたのだが非常に気になる記事がその日、載っていた。

 

『ジョースター家の継承者。 ジョナサン・ジョースター氏とペンドルトン家の一人娘、エリナ嬢結婚! 新婚旅行は翌2月3日アメリカへ!』

 

 ジョジョが結婚するのか。

 私の感想はその程度のものだった。 別に今の生活に満足しているのだ、下手にちょっかいをかけて手痛い反撃を受けるなどアホのすることだ。

 

「ほほぅ。 ジョジョが結婚するのか、相手はあのエリナ。 ……チャンスだな、奴は油断している」

 

 後ろからワンチェンに抱えられたアホがいたようだ。

 十中八九ディオは死んだと思われているだろうが、案外私は危険視されていないのだろうか?

 それとも海外へ逃げたと思い、結婚などと悠長なことをしているのだろうか。

 相手はエリナ、どこかで聞いた名前だが誰だろうか。 写真にはタキシード姿のジョジョの隣に、花嫁衣装を纏った美しい女性が微笑んでいる。

 

「ディオ。 貴方、何回ジョジョに負けたと思っているの? もう諦めたら良いじゃないの」

 

「フンッ、この俺に諦めるなどという辞書はない。 最後に勝てばそれで良かろうなのだッ!」

 

 ……首を瓶詰にされた状態で言われても説得力は皆無に等しい。

 無視して他の記事を読んでいると、後ろから手伝えだの、復活すれば世界の半分をやろうだの、頼むから付き合ってくださいだの煩い。

 私に何の益があるというのだ。 成功すれば確かに敵を排除できる安心感が得られ、自由に行動できる強みがあるが……。

 

「しかし、あのエリナがな。 美しく成長したものだ、初めてのキスを奪った時とは大違いだな」

 

 キスを奪った? 私が内心で首を傾げていると、ようやく思い出した。

 そうだ、あの時私の唇を噛んで口元を泥で洗った気丈な女だ。

 見れば確かに面影がある。 ふむ、非常に容姿が私の好みだ……それに人妻か。

 

 ムクムクと私の中で悪戯心と情欲が沸いてくる。

 仕方がない、弟の頼みだ。 ここは引き受けるのも寛容な姉としては吝かではない。

 

「仕方がないわね。 ジョジョを排除しないと私も安心できないわ。 それで、明日だけど場所は分かるの?」

 

「これを見ろ。 ロンドンの港と書いてある。 今夜の内に港の者に暗示をかけ、ジョジョが乗り込む船を探して忍び込むのだ。 フハハハハ!」

 

 安易な方法に感じるが、乗り込んでしまえばどうとでもなるか。

 私はそう思いながらも、高笑いを続ける首を呆れながら見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が眠気を感じながらも目を開けると、少し薄暗い密閉された場所で目を覚ました。

 ゆらゆらと少し体が揺れている点から、無事に船に乗り込めたのだろう。

 そう、ジョジョが乗り込んだ船に。 

 

 前日、ワンチェンから船乗り達に対して私達の棺を荷物として運ばせたのだ。

 運ばせている間は暇な為、眠っていたのだがちょうど良い時間のようだ。

 内側から鍵を掛けられる仕掛けにしている為、とめ金を外して蓋を開ける。

 

 私の他に大量の荷物が置かれた薄暗い部屋。 どうやら船底にある船倉のようだ。

 隣にある私が寝ている棺桶と同じ、重厚な棺桶の蓋が開かれると中からワンチェンと瓶詰のディオが現れた。

 

「おい、ワンチェン。 一人をゾンビにした後はジョジョをここにおびき寄せてこい。 ティアは」

 

「あ、私。 少しパーティーを楽しんでくるわね。 それと、エリナ嬢に手を出したら……頭、潰すわね」

 

 指示を出そうとしたディオの言葉を遮り、私は上へと向かう階段へ既に足をかけていた。

 後ろから舌打ちと共に見送る所を見ると、ある程度は私の行動を予測していたのだろう。

 パーティーに出るなど久しぶりだ。 少しの間になるだろうが、しばらく楽しもう。

 

 

 

 

 私が近くにいた船員に案内させ、会場への扉を開くと華やかな光景が広がっていた。

 服装は白のドレスの為、さほど怪しまれずに場に紛れ、ボーイが運んできたワイングラスを片手に雰囲気を楽しんでいた。

 

「おや、これは美しいお嬢さんだ。 どうかな、僕と」

 

「私、他に先約がございますの。 またの機会にお願いしますわ」

 

 容姿が整っているが、男なのでアウトだ。

 誘ってくる男を適当にあしらい、壁に寄り掛かると遠目に見える席についた男女を見据える。

 

 ジョジョとエリナだ。

 とても幸せそうに食事を共にし、これからこの幸せがずっと続くと思っているのだろう……が、その幸福の時間は唐突に終わりを告げる。

 なぜならジョジョが広間の奥から現れたワンチェンの姿に動揺し、ワイングラスを落としたからだ。

 

「ま、まさかティアが。 エリナ! 船室へ戻っているんだ、ドアに鍵をかけるのを忘れないで」

 

「ジョナサン?」

 

 私が来たとでも思ったのか、血相を変えて逃げ出したワンチェンを追いかけていくジョジョ。

 レディーを放って置いていくなんて躾けのなってないことだ。

 私は右手にワイングラスを持ちながら、唖然としているエリナの対面へと座った。

 

「あら、食事もまだなのに席を立つなんて不作法ね。 美しくなったわね、エリナ」

 

「貴方は? ……あ、貴方はティア! あの時の」

 

 急に現れた私に怪訝な表情を浮かべていたエリナが思い出したのか、顔を青ざめさせていく。

 不安な表情もなかなかそそるではないか。 もっと不安にさせてやろう。

 

「ジョナサン・ジョースター。 彼、死ぬわね」

 

「! そ、それはどういうことですか?」

 

 面白いほど食い付くエリナに思わず口元から笑いが込み出る。

 その反応から私達のことを聞いていないのだろう。 ならば、親切な私は教えてあげなければなるまい。

 吸血鬼のこと、ジョジョとの因縁、この船に乗り込んだ目的。 全てを話し終えた私は手に持ったワインを一息に飲み、その味と共にエリナの反応を楽しんだ。

 

 信じられないといった顔をしている。 それはそうだろう、誰だって信じられないものだ。 現実を見るまでは、ね。

 

 突如、会場の扉が乱暴に開けられると中から複数のゾンビが現れ、近くにいた客を襲い、瞬く間に阿鼻叫喚の地獄絵図と化していく。

 

「あらあら。 ほら、言った通りでしょう? 私に忠誠を誓い、仕えるのならば助けてあげるわよ?」

 

「こ……こんなことが。 起きるだなんて」

 

 もはや血の気が引きすぎて、倒れるのではないかといった様子だ。

 だが次の瞬間には、ジョジョが通っていった通路へ走り抜けようとした為、私が肩を掴むとテーブルに押し倒した。

 

「逃げようとしても無駄よ? 既にジョジョは死んでいるでしょうし、貴方も生きたいでしょう? ほら、私に忠誠を誓いなさい」

 

 怯えた瞳が私を映す。 その事に相手を屈服させている征服欲と共に愉悦が沸き上がってくる。

 しかし、エリナは折れなかった。 幼い頃、暴力に屈しなかったあの時のように瞳に強い意思が宿っている。

 

「わたくしにはどんな事態が起こっているのか見当もつきません。 ……ですが、もしジョナサンがこの船で死ぬのであれば、私は運命を伴にします。 貴方のモノにはなりません」

 

 昔の私ならば怒りを覚えただろうが、今の私はむしろ喜びを覚えていた。

 エリナの瞳に宿る強い意思、それは私にとって待ち望んでいたのものだ。

 

「あっそ。 本当に貴方は強い人ね。 予想はしてたわ、貴方は真に気高く、素晴らしい『人間』だわ。 だからこそ、私のケジメに相応しい」

 

 認めよう。

 エリナという人間が自身の身を挺してでも相手を信頼し、決して折れぬ繋がりをジョジョと持つ人間だということを。

 正直、私は屈服してくれる方を期待していた。

 そして同時に、私は否定してくれる事を心から望んでいた。

 メアリーのように、エリナのように、強く崇高な人間が現れるのを待っていた。

 

 今こそ約束を果たし、私はこれから悪の道を選ぼう。 私のような『化物』は後者を選べないからだ。

 見下ろすエリナの体にポタポタと水滴が流れ落ちる。 これは私の最後の人間性だ。 これを全て流し切ると共に、私は手を振り降ろして彼女の頭を潰そう。

 

 私が、化物であるために。

 

 

 

 私が拳を振り降ろそうと掲げた瞬間、足元で何かが音を立てて落ちた。

 目を向けると、胸に収めておいたはずの銀の十字架が落ちている。

 まるで私を止めるかのように、彼女が私を見捨てなかったかのように。

 

(吸血鬼に十字架を贈るなんて、滑稽も良いところだわ。 ……様子を見ろという事かしら、メアリー)

 

 良いだろう、ならば結果がどうなるのか見届けよう。 人間というものがどんなものなのかを。

 彼女を押さえつけていた手を離し、十字架を隠すように胸元へ収めると船倉に向かって歩き出す。

 

「……興が削がれたわ。 ジョジョの最後が見たいのであれば、ついてきなさい」

 

 私の言葉に戸惑うエリナが不安そうに視線を向けるも、覚悟を決めたのか後を静かについてくる。

 それでいい。 人は死の間際には本性を表すというが、最後まで私を失望させない欲しい。

 

 

 

 

 途中、ゾンビ共がエリナを狙って襲いかかってきたが私が八つ裂きにすると、恐怖したのか遠回りに見つめるだけとなった。

 何をしているのかと自分でも思うが、彼女を船倉へと連れていくとその扉を開ける。

 

 最初に目に入ったのは、首に大きく2つの穴を開けたジョジョが倒れ伏している姿だ。

 エリナが名を呼び、慌てて駆け寄るもあの傷では致命傷だ。 もはや助かる余地はない。

 

「こ、こんなこと! まさか……なぜ?」

 

「に、逃げるんだエリナ。 この船を、爆破……させる。 すまない、こんなことに、巻きこんでしまって」

 

 狼狽するエリナを宥めるように頬を撫で、息も絶え絶えに必死に語りかけるジョジョ。

 その時、私は爆破という言葉に反応した。 先程から聞こえる小さく亀裂が入る耳触りな音の元を探し、見つけた。

 

 船のシャフトだ。 構造は詳しくないが、誰かの死体が船の部品にしがみつき動きを止めているために暴走しかかっているのだ。

 慌てて死体を外しに向かおうとした時、シャフトから炎が噴き上がった。

 猛烈な炎に思わず後ろへ飛びのき、安全な位置へと離れる。

 

 私がこの場を離れなければと判断する程に火の勢いが強く、逃げようとしているというのに2つの人影は微動だにしない。

 

「想像をこえていて、泣けばいいのか、気を失えばいいのか分かりません。 でもいえることはたたひとつ、エリナ・ジョースターは貴方と伴に死にます」

 

「エリナ……」

 

 間近に迫る死の恐怖をも超越した光景がそこにはあった。

 静かに涙を流し、倒れ伏すジョジョに口づけを交わす様子はとても眩しく、美しい光景だ。

 身体は恐怖で震えているというのに、それを克服する『勇気』が彼女には備わっているのだろう。

 

(本当、綺麗ね。 私も、少しだけ生き方を変えていれば―――)

 

「オギャァ! オギャァ!」

 

 何の泣き声かと思えば、階段から落下した母親の死体の腕に守られるかのように赤ん坊が抱かれていた。

 それに気がついたのはジョジョ達もらしく、ジョジョが優しげに微笑み、赤ん坊を指差した。

 

 あの子供を連れて、逃げてくれとエリナに伝える為に。

 そしてエリナもその意思を感じ、悲痛な表情で赤ん坊を抱き上げた。 表情が切に、相手から離れたくないと言っているというのに。

 

 

 どうして、この者達は他者のために自分を犠牲にできるのだ。

 自分がしたいこと、欲望のままに生きればいいではないか。

 

 羨ましい。

 

 私が持っていないモノを彼らは持っている。 狂おしい程に奪ってやりたいが、行動に移したとしても無駄だろう。 強引に奪ったモノに価値などないのだから。

 

「ぐっ……ふ、船ごと爆破させようと思いつきは見事だ。 だが、おれは生きる! なにがなんでも生きてみせるッ!」

 

 雑に積まれた荷物の山から髪の毛を動かし、ディオの頭が這い出てきた。

 姿が見えないと思えば、荷物の中に埋もれていたのか。

 なかなかしぶとい弟だと褒めてやりたいが、この場では妙に醜く感じる。

 

「ティア、そこのワンチェンの死体をすぐに退けろ! そうすれば爆発は起きない」

 

 私の姿に気がついたディオが機械の連結部分に掴まっている死体に目を向ける。

 あれはワンチェンの死体だったのか、既に手遅れだと思ったが火の勢いが強い。

 逃げるべきか、止めに行くべきか。 私が一瞬迷った時、シャフトの外壁が一際大きく膨らんだ。

 

 爆発が起きる。

 

 そう確信した私が後ろへ飛びのこうとした時、視界に赤ん坊を抱いたエリナの姿が映った。

 何かを考えた訳でもない。 彼らに感化された訳でもないだろう。 なぜか、そう。 この行動が私の中で正しいと思えるからこそ、エリナの前へ私は飛びこんでいた。

 

「WRRRRRRRYYYYYYYYYAAAAAA!」

 

 轟音と共にシャフトが砕け散り、破片が私の元へ向かってくる。

 吸血鬼の動体視力を持ってすれば、大抵の破片は叩き落とせる。

 致命傷の部分だけは避け、体に幾つか突き刺さるも刹那の間に無数の破片を叩き落とした所で、私の目の前にパイプが迫るように飛んでくるのが見えた。

 

 咄嗟に、飛んで避けることもできた。

 だが、背に感じる気配が私を逃がさないとばかりに張り付いている。 何とかして掴もう、そんな無茶な選択肢を私に選ばせ、結果ゆっくりと私の胸にパイプが突き刺さった。

 

 激痛と衝撃が私を襲い、たまらず体が宙に投げ出され、壁にぶつかる際にはパイプが私をまるで串刺しのように貫いた。

 

(こ、こんな。 私は、何をしているのかしら。 ぬ、抜かなくては)

 

 全身が冷たく感じる。

 力を入れようにも思ったように力が込められず、突き刺さったパイプを揺らす程度に留められている。

 原因は分かった。 見事にパイプが私の胸、心臓を貫き破壊したのだ。

 

 全身に血液が回らない、冷たい感覚が私を襲うがこの程度ならば時間をかければ引き抜けるまでには力を取り戻せるだろう。

 あるいは、少し離れた位置にいて驚いた風に私を見つめる2人の血を吸うかだ。

 これは血管を伸ばせば可能だろう、本格的な爆発まで時間が無い。 辺りもすでに火の海と化している。

 

 手段は選んでいられない。 私が指先から血管を伸ばそうとした時、パイプが突き刺さった根元に何か光るモノが見えた。

 

(本当に、貴方は最後まで邪魔するのね。 ……身を挺して誰かを守る、か。 少し理解出来たわ)

 

 突き刺さった胸元から僅かに見える、血に塗れた十字架。

 彼女の事が最後まで理解できなかった、だからこそ私をこんな行動に駆り立てたのかもしれない。

 この疑問は永遠に解けないだろう。 私がそうだろうと、他人がこうであろうともっともらしい理由を述べても、彼女の口から聞かない限りは私自身が信じないからだ。

 

 それでも、少しだけ何かを守るという感覚が少しだけ分かった。

 そう考えると、私の心の中が妙に穏やかな気分になる。 今も胸から激しい痛みを感じているというのに。

 

 今の私ならば、ほんの少しの時間だけならば、身に着ける資格があるだろう。

 そっと、血に塗れて汚れた十字架を首に着けると不思議と誰かに見守られているような、安心感が私を包み込む。

 

(さて、と。 吸血はしないとして、どうしましょうか。 ディオが首だけでも動き、生きている点を考えねば)

 

 生きる意思を諦めた訳ではない。

 この程度、私にかかれば幾らでも脱出する手段はあるはずだ。

 頭に血が流れなくなっているのか、若干思考が鈍ってきているがそれは血液が巡っていないからだと分かると私は筋肉をまるでポンプのように動かして全身に血液を巡らせる。

 

 見る見る内に体中に力が漲ってくる。 これで良い、少し待てばパイプを抜く程度の力などすぐ戻る。

 

 

 

 だが、私の目の前にゆらりと立ちあがる人影がそれを阻むかのように現れた。

 ジョジョだ。 エリナを離れさせ、私の元へ瀕死の状態ながら幽鬼のように近寄ってくる。

 

(クソ! この状況、波紋を流されるのは非常にまずいッ! 貴様がその気ならば、血管針をブチ込んでくれるわッ!)

 

 間近にジョジョが迫ると指先の血管を切り、先端を針のように尖らせて伸ばし、ジョジョの体へと幾つも突き刺した。

 このまま吸血鬼の血を流しこみ、ゾンビにしてやろうとした時、異変に気がついた。

 ジョジョの瞳が、とても優しげに私を見つめているのだ。 敵に対して向ける目ではない。

 

 余りに場違いな光景に、私が動揺して血液を送るのを躊躇している間にジョジョがパイプを掴んだ。

 いざとなれば、血液を送り込んで即自身の首をディオのように切り落とさねばと身構えているのを余所に胸に激痛が走る。

 

 波紋かと思えば、焼けるようなあの痛みとは違う。

 見れば、パイプがほんの僅かだが私の胸から引き抜かれる。 目の前のジョジョが引っ張っているからだ。

 

「……何を、しているのかしら。 どうして、私を助けるの?」

 

 余りに力を込めているせいか、喉の大穴から更に大量の出血が流れ出ている。

 訳が分からない。 命を削ってまで私を助ける意味も、エリナの元に留まらずに私の方へ来た意味も、どうして私に穏やかな視線を向けるのかも。

 

 しかし、手伝うならば好都合だ。 私も血管針を引っ込め、心臓に突き刺さったパイプを両手で掴むと力を込める。

 私の口元から血液の塊が吐き出されると同時に、ゴボリと不快な音と共にパイプが引き抜かれた。

 吸血鬼といえども、心臓を潰されては辛いのか思わず床へ倒れ伏してしまう。 まだ体に完全に力が戻っていないというものあるのだろう。

 それはジョジョも同じことなのか、崩れ落ちるように壁に背を預けて座り込んだ。

 

 余りに不可解な行動の数々に、ただで死ぬのは許さないと私が睨みつけていると、ジョジョは穏やかに微笑み、掠れる声が辺りに響いた。

 

「メアリー、と僕との最後の約束。 もしも、十字架を着けたのなら、彼女を信じて一度だけ『味方』をして、欲しい、と」

 

 途切れ途切れだが言葉の意味が分かり、愕然とした気持ちが私の心に広がっていく。

 次いで、血に塗れた十字架を見つめ、強く握りしめた。

 

 

 

 彼女は、一体私に何を求め、何をさせたいのだろうか。

 私の心が壊れていく。 人の心と化物の心は相反するもの、故に互いに反発し合い、引き裂かれていく。

 

 そして、残ったのは『ティア・ブランドー』を形成する本質のみだ。

 震える足で立ち上がると、私は即座に倒れ伏すジョジョを見捨て、棺桶へと向かっていく。

 

「私は誰よりも幸福に、誰よりも安全な場所で過ごすのよ。 貴方は甘いわね、ジョジョ。 私が変わるとでも思って?」

 

 私の本質は『臆病者』だ。 裏切られるのが怖いから人を信じず、弱いから力を求める。 本当に求めるモノは手に入らないと悲観し、誤魔化すように代わりの物を求める。 余りにも滑稽で脆弱な人物、それが私だ。

 

 裏切られたと感じても可笑しくないというのに、ジョジョは満足気に微笑むだけだ。

 私は知っている、この男の偉大な父と同じように、眩いばかりの『黄金の精神』が眠っていることを。 己のしたことに対して一切の後悔を持たず、あらゆる結末を受け入れる覚悟を持っている。

 

 本当に、眩いばかりだ。

 その精神に感化された訳ではないが、私が私自身である為にも行動を起こそう。

 

「ジョジョ。 貴方に借りを作るなんて、真っ平だわ。 最後にエリナだけは逃がしてあげる。 ……本人にその意思があればだけど、ね」

 

「ありがとう、ティア。 ……メアリーが信じた君を、信じて良かった」

 

 後ろから投げかけられる言葉など、耳に入らないとばかりに私は強引に赤ん坊を抱いて座り込んでいたエリナを立たせる。

 次いで、燃え盛る船を見渡し、出口である船倉の扉付近は既に猛火に包まれている為に脱出不可能だと判断した私は侵入した際に使った棺桶の中身を取り出した。

 

 この棺桶、重厚な造りは伊達ではなく、爆薬数10樽の衝撃にも耐えうる設計にしてある。 同時に、昼間における外敵から身を守る為にも鍵と同時にシェルターのように2重底の構造になっているのだ。

 私は上の部分を取り外すと中へと入り、体勢を整えていると、ジョジョの姿を目に焼きつけようと見つめるエリナに声を掛けた。

 

「ジョジョと死ぬのなら勝手にしなさい。 もしも、生き延びる覚悟があるのなら棺の中に隠れ、蓋を閉めなさい」

 

 私が棺の底の部分に寝そべりながら上の部分で塞ごとした間際、ディオがジョジョへ襲いかかっていく光景が見えた。

 

「ジョジョのやつが波紋を出せない今ッ! 俺は安心して乗っ取れるのだ、いくぞジョジョ! そしてようこそ、我が永遠の肉体よ!」

 

 爆発音と共にどこから沸いて出たのか、機を窺っていたディオが現れたのだ。

 今の私は決着などどうでもいい。 高確率でディオが体を乗っ取り、私のように棺へ逃れるだろう。

 上の部分で蓋をし、私が静かに横たわっていると誰かが棺に入り、蓋を閉めたような音が聞こえる。

 

 幾許かの時が経つと、強い衝撃と爆発の轟音と共に一瞬の浮遊感を覚え、棺ごと海へ投げ出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海上を漂う感覚を棺の中で味わい、数時間経ったのだろうか。

 この棺、あらゆる事態を想定して海上にも浮かぶように設計していたのだが、その甲斐があったというものだ。

 今はエリナが棺の蓋を開け、辺りに船などが通っていないか見渡している。

 夫殺しの共犯がいるというのに、彼女からは何も語りかけてこない。 私も合わせるかのように無言を貫いていた。

 別に話すことなどないが一つだけ、私は心の中の疑問を彼女に尋ねた。

 

「……何も言わないのね。 貴方、私を恨んでいないの?」

 

「恨まない訳がありません。 ですが、ジョナサンが信じると言った人物です。 私が信じぬ訳にもいきません」

 

 本当に、この者達は私の理解が及ばない。

 恨みを持つ相手が近くにいるのだ、報復するのは当然の権利というものだろう。

 

 

 いや、これは私の考えだ。 先程も思った通り、この者達は私の理解が及ばない崇高な人間だ。

 それを証明する手もあるだろう、もうすぐ夜明けだ。 その際にほんの少し、二重底になっている部分を取り除けば太陽の光が差し込み、私は塵となって死ぬ。

 

(私も何を考えているのかしら。 本当にそう思っているなら、今すぐ飛び出してエリナを始末するというのに)

 

 確信にも似た何かがこの者達が嘘を吐かない、結果的に私を助けるであろうと感じる。

 甘い連中だ。 余りに甘すぎる。

 

 その甘さに助けられた私が言えることではないことも承知している。

 同時に私はその甘さを利用する悪だということも理解している。

 

 人の本性は変えられない。

 他者を利用し、自身の欲望を満たす行為には何ら罪悪感も感じないし当然だと思っていた。

 

 だが、『幸福』を実感したことは一度もなかった。

 欲望を満たすだけでは得られなかったのだ。 私が知らない所に『幸福』があるのだろう。 恐らく、この者達はそれを知っている。

 

 是非にも教えて欲しいものだ、『幸福』というものを。

 きっと、貴様のような邪悪が何を言うものかと言われるだろう。 当然だ、私は誰よりも私自身を愛しており、大事にするのだから。

 それでも、思う所がある。 メアリーが亡くなった時には動揺し、狼狽した。 彼女が私の為に最後まで尽くしてくれるのを目の当たりにしたからだ。

 当然のように隣に立っていた者がいない。 初めて母を亡くした時と同じように、初めて他人に対して寂しいという感情を覚えた。

 

 本当に我が侭な女だ。

 胸元にある銀の十字架を握りしめ、静かに目を閉じる。

 メアリーの手紙には幸福とは分かち合うものだと書かれていた。

 

 分かち合うとは、どう分かち合うのだろうか? 私は自分が賢く、知らぬことはほとんどないと自負していたというのに分からないことばかりだ。

 

 自分と他人とでは全くの別物だ。 血を別けた姉弟といえども『自分』と『他人』で分けられる。

 私にとって自分とは完全に理解でき、思考や行動を決められる私の味方だ。

 私にとって他人とは、思考や行動がある程度は予測できるかもしれないが確実ではない為に理解不能、故に未知の生物に等しい。

 他人を完全に理解できないからこそ私は疑問を覚え、疑惑に変わり、不信と成る。

 全ては『臆病者のティア・ブランドー』から来るものだ。 他者を理解できない恐怖から、更に理解しようとしないで遠ざけ、自分が他人を支配、利用している時だけ安心感を得られた。

 

 それでも、本当に幸福というものが他人と分かち合うものであるならば――――。    

 

 私は幸福になりたい。













 予定していたENDとはかなり違うものになりましたが、これはこれで合っているので満足? しています。
 後は後日談を書いて、展開考えて一休みよ。

 矛盾点というか後日談に書くと思いますが【首だけになって生きているディオ・綺麗すぎるティア・血族途絶えました】の部分が引っ掛かりまして、出来るだけ違和感ないように変更と……。

 上二つは良いとして、血族の部分はもう2人の誰かが子供を儲けてブランドー一家ENDにしようかと思ったけども、訳が分からなくなりそうなので没。(終わり方としては面白いかもしれないけど)

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