我が名はティア・ブランドー   作:腐った蜜柑

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屋敷内での決戦

「地獄から戻って来たぞ、ディオ!」

 

 大広間に侵入して来たジョジョが開口一番に勇ましい台詞を吐いた。

 後ろからゾロゾロと湧き出てくる者など取るに足らぬ者達であろう。

 そう判断したのはディオも同じか、視線はジョジョにしか向いていない。

 

「ジョジョ……正直いうと、だ。 俺はお前を手にかけたくなかったのだ」

 

 全身から殺気を漲らせるディオの言葉には全く説得力がない。

 だが、聞いているのも面白い。 故に放置しよう。

 

「幼馴染で共に同じ家で育ったのだ。 だから、あの2騎士に処刑を任せてしまった。 だがな、それこそが俺の精神的弱さ、詰めの甘さだと悟ったよ。 故に、今! ためらいなく貴様を惨殺処刑してくれよう!」

 

「同じこと! おまえを葬るのに罪悪感なし!」

 

 互いに視線を交わし、火花を飛び散らせる。

 ディオとジョジョは互いに戦い合うことがお望みか。 ならば、私は楽な方を担当させてもらおう。

 私が右手にぶら下げ、揺らしていた剣を堅く握ろうとした時、ジョジョの視線が私に向けられた。

 

「ティア、君に伝えたいことがある。 メアリーは最後まで君のことを想い、波紋に身を焼かれながらも闘い続けた。 決して、君の方へ行かせまいと立ち塞がっていた。 ……何か、思うことはないのか?」

 

 メアリー、あの娘の最後を見届けたのだろう。

 ジョジョの瞳に悲しみが宿り、私に切実にその最後を語っている。

 

 ……何か思うことがある、か。 一体、何を思えばいいのだろうか?

 

「ジョジョ、穴が空いた靴や刃が折れたハサミといった『使えない道具』に対してどう思えと? 何も思わないわよね、だってそんなものはゴミ(・・)でしかないのだから。 ただ捨てるだけ、そこに愛情や愛着といった感情はない」

 

 何を言うかと思えば、とてもくだらないことだ。

 私の役に立つ道具であるならば愛着も沸こうが役に立たないのであれば興味はない。

 当たり前のことだというのに、目の前のジョジョは拳を震える程に握り絞め、厳しい視線を私達に向けてくる。

 

「そう、か。 これで僕の気持ちは固まったよ。 ティア、ディオ! 僕は紳士として恥ずべきことだが今、ここに恨みを晴らすため、貴様らを殺しに来た!」

 

 大股にこちらへ向かってくるジョジョに私は掌を向け、制止を促すと何事かと立ち止まった。

 余りの愚直さに思わず笑いが込み上げつつ、それを我慢しながらも一つ聞きたいことを尋ねた。

 

「うふふ、そういえば町を襲いに行ったゾンビ達はどうしたのかしら? まさか、住人を見捨てたの?」

 

「ふん、それならば心配はない。 我が波紋の一族の者達が喰い止めておる。 後は我々手練の者達が貴様らを即座に滅ぼし、残りのゾンビ共も倒してくれる」

 

 ジョジョに尋ねたのだが、隣の甲冑を着込んだ男が前へ進み出ながら間に割って入ってきた。

 何者かとは思えたが、そんなことはどうでもいい。 余りにも迂闊すぎる男にとうとう堪え切れず、口から笑い声が漏れ出る。

 

「ジョジョ! お前は下がっていろ! 恨みを晴らすのであればこのダイアーが先」

 

「あはははッ! つまり貴方達以外は脆弱な波紋使いということね……ならば私は町へ向かうわ!」

 

 男が何か喋っているがどうでもいい。

 町の住人全てを下僕に変え、物量差で押し潰せばよいことだ。

 即座にジョジョ達が入ってきた扉とは別に、裏口へ通じる扉へと駆け抜ける。

 

「ま、まずいッ! 誰かティアを止めないと危険だ! アイツは下手をすればディオよりも狡猾な奴だぜ」

 

 後ろで慌てた声が聞こえるが構わずに扉を開け放ち、そのまま廊下を曲がり走り抜ける。

 ここでしばしの間、足を止めた後に私が通ってきた扉が開く音が聞こえたと同時に一つの部屋へと入る。

 私は屋敷の内部を大体把握している為、ここが他の部屋より一際狭い部屋だと知っていた。 故にここへ飛びこんだのだ。

 

 部屋の奥まで走り抜け、小さな窓際まで来るとようやく足を止め、剣を持ったまま壁に腕を組んで寄りかかる。

 相手が罠にかかるも良し、かからずとも言葉通りに私は町へ向かおう。 どちらに転んでも私にとっては有利だ。

 

 そして、選ばれたのは前者だ。 愚か者が扉を開け放ち、部屋の中へと入ってきた。

 

「あら、追いかけてきたのね。 えーと、ストレイツォだったかしら? 綺麗な顔をしているのに残念だわ、私に今から殺されるんだから」

 

「……誘い込まれたという訳か。 いや、追いかけなければ町へ向かっていたな」

 

 瞬時に場の状況を冷静に判断し、相手の行動を予測する観察力は称賛に値しよう。

 目の前の美丈夫と表現するに立派な体躯と中性的な美しい容姿、そして冷たさすら感じる鋭い目つきは私の好みだ。

 

 だからこそ、壊したくなる。 苛めたくなる。 顔が歪むのを見てみたい。

 私の口元に歪んだ笑みが浮かんだのを皮切りに、ストレイツォが構えた。

 

「貴様の下衆な本性は知っている。 故に女といえど、このストレイツォ! 容赦せん!」

 

「下衆呼ばわりだなんて心外だわ。 でも、お望みならえげつない事をしてあげるッ!」

 

 私が身体を大きく震わせると部屋の温度が上がっていく。 彼も室内の異常に気がついたようだがどうすることもできまい。

 身体の具合を確かめつつ、私は手首と首の頸動脈を切ると血管が蔓のように伸び、流れ出す血液から大量の湯気が出てくる。

 

「生物は動けば体温が上がり熱を持つ! 私は全身の筋肉を細かく動かすことによって出る『振動熱』によって100度まで血液の温度を上げることが出来るのよ!」

 

 グツグツに沸騰した血液が流れ、それをストレイツォの方にも撒き散らしながら私は剣を構える。

 温度ばかりに目がいっていいのだろうか? 私は部屋中に白い湯気が満ちた頃を見計らい、吸血鬼の脚力を持って切りかかる。

 

「グッ! こ、これは湯気によって周りが見えん!?」

 

 相手からすれば、湯気に紛れて人影しか映らない相手が一瞬の内に目の前へ来たように感じただろう。

 間一髪、肩から一刀両断にせんと降り降ろした剣をストレイツォは身を捩ることによって浅く済ませた。

 

「さて、こうなれば貴方はもう詰みの状態よ? 今、貴方が考えていることは『一時退却し、体勢を整えば!』よ」

 

 私の読み通り、彼は扉へと逃げようとした所を天井を蹴って先回りし、斬りかかると慌てて転がるように回避した。

 

「無様ね……これで終わりよ! 死になさいッ!」

 

 部屋中に垂れ流している沸騰血の湯気のせいで私も相手の姿がよく見えないが問題ない。 斬りつけた傷から流れ出る血の臭いが居場所を明確に知らせてくれる。

 私が再び天井を蹴って急降下すると、寸分通り人影が見え、その場所へ斬り降ろす。

 間違いなく回避不可能ッ! 私が勝利を確信すると唐突に男のマントが脱げ、不可解な体勢で私より上に飛び上がった。

 

蛇首立帯(スネックマフラー)! 奥の手というのは最後まで取っておくもの……覚えておくがいい!」

 

 人影から棒のようなものが急に立ちあがり、次いでその棒がヒラヒラと薄っぺらい布に変化すると私の右腕へと巻きついてくる。

 

(な、何かマズイッ! 凍らせねばッ!)

 

「喰らうがいい、マフラーを伝わる波紋疾走(オーバードライブ)! 次いで仙道波蹴(ウェーブキック)!」

 

 私が即座に右腕を布ごと凍らせるとバチバチと火花が飛び散り、波紋が伝わってくる。

 防御できたのも束の間、上空に滞空している人影が揺らめくと私の顔目掛けて膝が飛んできた。 余りにも苛烈な連打に左腕で顔を覆い、凍らせながら防御しようにも構わず膝蹴りが私の左手ごと顔面を蹴り飛ばした。

 

「ウゲァァァァ―――ッ!!」

 

「今のでも仕留めきれんとは……しぶとい奴! それに、防御した手で膝までも凍らせるとはッ!」

 

 余りの衝撃に私の体は滑空するかのように、飛び上がり壁に激突した。

 幸い、波紋は体に流れなかったが、口内を切ったのか痛みと共に口元から血が流れる。

 

 私の心中はこの時、穏やかではなかった。  凍った血液が一気に沸騰し、大量の湯気を出している点からも私の内で激しく沸き上がる憤怒の炎がよく表れていることだろう。

 

「き、貴様。 よくも、よくもこのティアの顔に傷をッ! その綺麗な顔に沸騰血を注ぎ込み、二目と見れぬ程に焼け爛れさせてくれるわ! このクソカスがァ――――ッ!」

 

「……貴様を女だとは思わんと言ったはずだ。 このストレイツォ、容赦せん!」

 

 気丈に言い返すカスに対して、私は千切れた血管の先を針のように尖らせ、膝が凍りついて動けないであろう男の元へ伸ばす。

 

 刹那、誰かが扉を開け放ち、湯気が一気に開かれた扉へと流れ出ていくのを感じる。

 誰が邪魔をしようが関係ないとばかりに血管針を伸ばし続けると、扉から勢いよく入ってきた人影が血管を掴んだ。

 私は舌打ちをし、急いで血管を根本から千切ると瞬く間に千切ったばかりの血管に波紋が流れ、蒸発するかのように消え去った。

 

 湯気があらかた取り除かれ、人影が姿を現した。

 誰かと思えば老い先短そうな爺ではないか。 いや、関係ない。 私の邪魔をする者は誰であろうと始末するのみ。

 

「わが師、トンペティ! ……ご助力、感謝します」

 

「暑いのぉー、まるでサウナじゃ。 君がティアか、よろし―――く……すぐ別れることになりそうじゃがのぅ」

 

「爺……えぇ、そうね。 すぐに別れることになりそうだわ、貴様があの世へ逝ってなぁッ!」

 

 湯気の大半が逃げたことにより、かなりエネルギーを消費する沸騰血などもはや必要ない。

 壁を蹴り、爺がストレイツォの前にいるこの好機を逃す手はないと私は剣を横薙ぎに全力で振るった。

 だが、老人とは思えぬ軽やかな身のこなしで私の剣を打ち上げるように掌で押しだし、軌道を変えると眠たそうにしていた眼が開かれた。

 

「お主とは戦いの年季が違うのぉー、終わりじゃ。 金属を伝わる銀色の波紋疾走(メタルシルバーオーバードライブ)!」

 

 バチバチと波紋が音を立てて、鉄のロングソードを伝わって私の方へ向かってくる。

 この時、私の内心は喜悦と愉悦と歓喜に満ち溢れていた。

 終わり? そうだ、終わりだ。 この剣に触れた時点でなぁ!

 

「む? ぬっ、こ、これは腕がッ!」

 

 波紋が伝わるよりも先に剣を持つ私の両腕を凍らせた……すると、剣に触れたトンペティの手が凍り、腕まで一瞬で凍りついた。

 

「私が柄まで鉄の剣を選んだ理由。 それは『熱伝導』が良いからよ! 熱伝導が良い物質により熱は冷たい方へ流れる性質を持つ、故に私が腕を凍らせれば触れた者の温度を一気に奪い取るッ!」

 

 凍らせた爺の腕を砕き、胸元へと狙いを定めると背後にいるストレイツォ諸共突き刺さんと後ろを蹴り、剣を突き出す。

 咄嗟のことに回避するのは不可能と判断したのだろう、空いた腕で後ろにいる男を突き放し、自身は心臓を剣で貫かれた。

 

「ぬ……ぐ。 不覚、年を取りすぎた、かのぅ」

 

「トンペティ――――ッ! 貴様、よくもこのようなことを!」

 

「戦いの年季ぃ? たかが人間が数十年経験を積もうとも、この吸血鬼であるティアにはものの数分で容易く乗り越えるわ!」

 

 剣を引き抜き、鮮血を撒き散らしながら無様に倒れた爺を見下ろす。

 少し胸がスッとしたことにより、私が冷静になり場を見渡すと千切れたマフラーを身に纏うストレイツォが身構えていた。

 何かに巻きつかれていた右腕を見ると、腕ごと凍らせた為に千切れたであろうマフラーが巻きついている。

 なるほど、恐らくは波紋を通す物質で出来ているか、元々物質に対して波紋とやらを伝えることが出来るのだろう。

 

「正直、剣に波紋が伝わるのは予想外だったわ。 でも、このティアの力の前には無力。 人間とは存外、呆気なく散るものねぇ」

 

「知った風な口を聞く吸血鬼だ。 無駄口を叩く前にかかってくればよかろう」

 

 先程の感情的な態度が嘘のように消え、静かに相手の出方を待つ強かさ。

 やはりこの男の相手は少々面倒そうだ。 面倒ならば、楽な方法をとればいい……例えば、そうこんな風に。

 

 私は再び身震いし、体から血管針を伸ばすと沸騰血を撒き散らす。

 

「貴様のそのスカした面が気にくわんッ! ブチ撒けてくれるわ!」

 

 扉が開け放たれ、効果が薄いだろうが激昂して周りが見えていないように映るだろう。

 次々と部屋中に沸騰血を撒き散らし、湯気が辺りを包んだ頃に私は壁を蹴ってストレイツオを飛び越える。

 着地した先は開け放たれた扉のすぐ前、湯気が瞬く間に晴れていく中、ようやく私の意図を察したのか待ち構えていたストレイツォが体勢を変えた。

 

「貴方の相手は飽きたわ。 だから相応しい相手を用意してあげる。 ……気づかないのかしら? 吸血鬼の血が持つ力を、そしてなぜばら撒いたのか」

 

「ハッ! ま、まさかそんな」

 

「URRY……」

 

 湯気に紛れて逃げると思ったのだろうか、半分正解だ。

 もう一つはそう、この男の顔が歪むのを見たいという意味もあるが手駒を増やす為に死んだ爺に血液をかけたのだ。

 当然ストレイツォの背後にてゾンビとして蘇り、爺も目の前の獲物を認識して今にも襲いかかりそうだ。

 親しい者が異形の化物と化した、その事実は男の顔が悲哀と怒りに歪むのには十分だった。 私はその様子を満足気に見つめ、扉を潜り抜けて閉め始める。

 

「それでは、ごきげんよう。 会話から察するに貴方達は師弟の間柄かしら? せいぜい稽古をつけてもらいなさい、アハハハ!」

 

「……貴様だけは、必ず殺す」

 

 私よりも爺の相手をするのが先決と判断したのか、背を向けたまま妙に物騒なことを言うものだ。

 もっと謙虚に礼儀正しく行動すれば、このようなことにはならなかったものを。 そう心にもないことを思いながら、天井へ向けて飛び上がると拳を振るった。

 

「WRYYYYYYAAAAAAA!」

 

 およそ淑女が出して良い声ではないが、気分が良いので目を瞑ろう。

 私が拳を連続で繰り出し、天井を壊すと瓦礫が扉の前に積り、通路と共に塞いだ。

 これで窓から周り道をしなければ大広間へは来れないだろう。

 後は私がディオの加勢にいけばそれで詰みだ、2人でジョジョを嬲り殺し、この世の快楽を全て享受するのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 私が大広間へと到着すると、すでに決着はついていた。

 ディオが、私の可愛いディオが、ジョジョの燃える両手に胸を貫かれている光景だ。

 

「そ、そんなバカな! 俺の体が、俺の体が溶けていくゥ! GUAHHHH」

 

「散滅すべし! ディオッ!」

 

 ディオの貫かれた胸の一部が粒となり、消えていく。

 胸の部分からも煙が噴き出ており、火傷のような痕からどんどん傷口が広がっていく。

 あれはそう、確実に波紋が入っている証だ。 私がその事実を知った後も信じられず、ただ唖然と見ているだけしかできなかった。

 

「何世紀も未来へ! 永遠へ生きるはずのこのディオがッ! このディオがァァァ!」

 

 断末魔をあげながら、ディオの目が盛り上がる。

 次の瞬間には目から体液が勢いよく飛び出ると、まるで光線のようにジョジョの手と背後にある石柱を切断していく。

 もう少し、横にずれていれば頭を破壊できただろう。 憎しみが籠った瞳を相手に向けながら、ディオはバルコニーから崖下へと転落した。

 

「うう! 目から自分の体液をもの凄い圧力で光線のように!」

 

「あ……あぶねえ! 断末魔! この世にしがみつく悪鬼の最後のあがきよ!」

 

 転落したバルコニーの手摺へと駆け寄り、崖下を覗き込むジョジョの姿にようやく私は体を動かした。

 認めたくはなかった。 あの傲慢で、強かで、強欲な弟が死ぬなどと。

 私は今、純粋に怒りだけを感じていた。 ここまで静かに、強く滾る怒りは初めての経験だ。

 

「……ん? ま、まさか、そんなッ! あいつはティア・ブランドー! あの2人が倒しに行ったはずだというのに」

 

 横でスピードワゴンという名のカスが騒がしい、だが奴にはどうすることもできまい。

 問題はゾンビを相手にしている波紋使いだが、それも無視していいだろう。 こちらへは来れそうにもない。

 私は地を蹴り、間合いを詰めると血が滴る剣をジョジョへと降り降ろした。

 

「……ディオ!」

 

「っ!?」

 

 騒ぎに気づかぬ程に愚鈍という訳でもないはずだ。

 ジョジョは私が降り降ろそうとした剣など、私の姿などには目もくれずにただ……崖下を覗きながら泣いていた。

 その涙にはどこか悲痛な思いが感じられ、それが私の弟に対して向けられるものだと分かると私は剣を止めていた。

 

 そして、次の瞬間にはジョジョは静かに目を瞑り、精魂尽き果てたかのように倒れ伏した。

 

「……どうして、泣いているのかしら。 自分が殺しておいて、私の可愛いディオを」

 

「けっ! あんた、近くにいてそんなことも分からないのかい? 彼の青春はディオとの青春でもあったからさ! だがな、てめぇは近寄るんじゃねぇ!」

 

 カスが大振りのハンマーを振り降ろすのを悠々と回避し、私は静かに目を瞑るジョジョを見つめ続けた。

 なぜだろう、あれほど静かに怒りを感じていたというのに消え去っている。 いやむしろ、どこか羨ましく感じつつ感謝の念さえ抱いていた、ディオをそこまで想ってくれる人物に。

 

 私を睨みつけながらカスがジョジョを引き摺って下がっていく。

 興が冷めた。 もはや、こんな場所に用などない。

 私がそう判断した時、ゾンビをあらかた片づけた男が私の前に立ち塞がった。

 

「その血に塗れた剣、2人を倒したとでもいうのか……ならば、我が名はダイアー、貴様を地獄の淵に」

 

「かませ犬なんぞに構うほど、暇じゃないわ。 良いわ、今回だけ、今回だけ見逃してあげる。 ジョジョが起きたら伝えなさい、次に会った時は必ず殺す……とね」

 

 私が伝えるだけ伝えると、バルコニーから身を投げ出した。

 崖から落下する程度、吸血鬼ならば悠々と耐えられる。 そんなことよりも私は今、妙な感覚を味わっていた。

 なぜ瀕死の敵を見逃したのだろう、なぜ私は妙な安らぎと喜びを感じているのだろう、なぜそれは私ではなく他人……ディオに向けられていたと感じているのに喜んでいるのだろうと。

 

 

 

 

 少し、疲れているのかもしれない。

 私は目を瞑って心を入れ替えると落下中に崖に腕を減り込ませ、落下速度を落とすと地面へと着地する。

 本当にディオは死んだのだろうか? 今だに信じられない気持ちだからこその感覚なのか。

 私が辺りを見渡すと、波紋により蒸発していくディオの体、次いでディオの頭部を風呂敷に包もうとしているワンチェンを見つけた。

 

「あ、あら。 もしかして、ディオは生きているの? その、頭だけで?」

 

「ティア様! ディオ様は生きていらっしゃいます、別の肉体さえあればすぐにでも復活なされましょう」

 

 恐らくは波紋が頭に伝わる前に首を切断したのだろう、ディオにとっても過酷な決断であったのだろうか体力が尽き、瞳を閉じて気絶している。

 私は風呂敷を広げられ、コロンと転がるディオの頭を前に抑えきれない感情が爆発した。

 

「ア、アハハハハハ! ウフ、ウフハフハハハア! く、首! ディオが首だけになるなんて!」

 

「……ヌ、ヌゥ。 騒がしいぞ、誰かと思えばティアではないか」

 

 笑い声に反応したのか、ディオが薄らと目を開け、腹を抱える私の姿を見て状況を把握したらしく目を伏せた。

 呼吸困難になる程に私が笑い終える頃には恥辱に震えるディオが私を睨みつけている。 ……頭だけで。

 その姿に再び笑い始め、散々笑い続けた後にようやく私の衝動は治まった。

 

「……ふぅ、さすがねディオ。 生きててくれて、姉として嬉しいわ」

 

「どの口が言うかッ! いいからさっさとこのディオを遠方へ運べ!」

 

「仕方がないわね。 確か石炭を掘る為に作った鉄道があるわ、そこを通って逃げましょう」

 

 この町の山からは石炭が産出される為、囚人達を使って無数に掘った鉄道が至るところにある。

 来たばかりのジョジョ達ならば、土地勘が全くない為に私達の姿を高確率で見失うだろう。 ふと夜空にある月を眺め、位置からして夜明けが近いことを悟ると急いで行動する。

 

 首だけになった弟と共に。 そう考えると私は再び妙な安心感と共に笑いが込み上げ、声を響かせながら闇夜に姿を眩ました。

 


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