事務的連絡です。これからの投稿は3日に1度では無く、木曜日と日曜日に更新しようと思います。
それではどうぞ
「……だらー…」
「……見事にダラけてるね……ブランさん」
「……ここにコタツとミカンが置いてあるのが悪いのよ。用意したフィナンシェに文句を言いなさい」
「いや、別に文句がある訳じゃないけど…」
ある日のルウィー教会のある一室。そこではコタツに入り、皮が剥かれたミカンを頬張りながら本を読むブランと、せっせとミカンの皮を剥くイツキがいた。
今日はブランの仕事は書類の確認だったため、イツキも手伝った結果思いの外早く終わり、今は特にすることもないため趣味に時間を費やしているようだ。
「……あ、ミカン無くなった。イツキ、ミカン剥いて」
「……さっきから僕ミカン食べれてないんだけど……」
コタツの中に足を入れ、寝っ転がっているブランに対して、イツキはコタツの手前で正座し黙々とミカンの皮を剥く作業に徹していた。
時間が掛かっているのは、ブランはミカンの白いスジのところは取る派らしい。必然的にイツキの作業スピードは落ちるのであった。
「仕方ないじゃない。あなたのミカン剥く速度が遅いせいよ」
「……多分記憶を失う前はそんなに柑橘類を食べなかったんだと思う」
皮を剥くのにはコツを掴めればすぐに慣れたイツキだったが、白いスジを取るのがどうも上手くいっていなかった。
「……あ、また潰しちゃった……」
通算17回目の失敗である。イツキの口にはいるのはこの失敗したミカンなのだ。美味しいのだが、食感が無く味気ない。
「……もういいわ。自分でやるから」
呆れた様子でカゴの中のミカンを手に取り、手慣れた様子で皮を剥くブラン。
「う……ごめんなさい…」
「別に、謝ることではないわよ」
そうは言っても力になれていないと(たかがミカンの皮剥きのことだが)気を落としてしまうイツキ。変なところで繊細であった。
「はい」
「え?」
意気消沈しているイツキの前に表れたのは、剥かれたミカンを1つ摘まんでいるブランの手だった。
「……口開けなさいよ」
いわゆるこれは『アーン』といつやつなのでは無いのだろうか?
という最早多くの恋愛小説で使われているニュアンスの文と全く同じ疑問を思ったイツキ。
「ほら、早くアーンってしなさいよ。男の人ってこう言うのに憧れるんでしょ?」
「……あ、アーン…」
ブランの行動を無下には出来ず、口を開けるイツキ
その大きく空いた口にミカンを持っていくブラン
そしてブランはミカンをイツキの口の中に放り投げた。
「……」
一応喉に詰まるということは無かったため、イツキはそのまま咀嚼をする。
噛んだ瞬間にミカンの果汁が弾け、甘酸っぱい味が口の中を満たす。が、今はそんなことはどうでもいい。
「……何?その『こんなのはアーンじゃない』みたいな顔は」
「…ブランさんってエスパーなの?」
「妙に改行しているんだから誰だって感づくわよ」
「うわぁ……」メタァ
「そんなことより、今の何がいけなかったの?」
「いや、アーンってのはもっとこう……口に食べ物を添えてあげる感じのものだと思うよ……それを放り投げるって……小鳥の餌やりじゃないんだし、ロマンチックのカケラもない…」
想像してもらいたい。生まれたての雛が親鳥の咥えている餌を欲しがり、ピーチクパーチク鳴いて口を大きく開ける光景を
その光景と今のアーンは完全に一致していた。
念のために書いておくが
親鳥→ブラン
雛→イツキ
である。
「……貴方、変なところで面倒ね」
「えー……これは割と正当な要求かと思うんだけど…」
多くは無かったとはいえ、仕事の手伝いをしたのだからある程度のご褒美は欲しいものだ。
「そんなにちゃんとやって欲しければ、自然とやってもらえるように男磨きでもしたら?」
「いや、それブーメラン。ブランさん人のこと言えない」
「……そんな事ないわ。私は女神らし…………くは無いと思うけど、女らしく……」
何やらウンウン唸り出すブラン。今彼女の中では女らしい趣味が見当たらないと思う自分と、それを否定する自分とで葛藤が渦巻いていた。
散々考えて、そしてハッとし答えるブラン
「そ、そうよ。読書!趣味は読書な文学少女よ」
「……読んでいる本がラノベで無ければね…」
「うっ……」
あっさりイツキの冷静な指摘に声が詰まるブラン
「……アァァァァァ!そうだよ!私は女神らしくも無ければ、女らしい趣味もねぇよ!悪かったな!」
急に怒り出すブラン。そして読んでいた本を乱暴に投げ、部屋を出て行ってしまった。
「あ、ブランさん!待ってよ!」
怒り出したブランを追いかけるためにイツキも、ブランが開け放った扉をくぐった。
◇
「ブランさんごめんなさい……」
「……」
怒り出したブランさんを追いつき、必死に謝るがブランさんは口を聞いてはくれなかった。
ブランさんはそのまま僕のことを無視し続けて、ドンドン先に向かってしまう。
気にしていることだったのだろうか。話を始めたのはブランさんだけど、やっぱり僕もあんな応答をせずに、キチンとした対応をすべきだったのだろうか?
このまま放置するのは教会に帰った時に、こんな険悪な雰囲気でいられるのは辛いし、謝り続けるしかないだろう。
「あ、ブラン様だー!!」
と、考え事をしていた時、聞いただけで子供たちだと分かる声が聞こえた。
「みんなー!ブラン様来たよー!」
「あー!ホントだ!」
「ブラン様遊んで!」
と、さらに多くの子供たちがブランの周りに集まって来た。
「…あ、そっか……今日はあなたたちと遊ぶ約束をしてたわね…」
そう言えば、フィナンシェさんの話では、ブランさんは街の子供たちと遊んだりしてあげているようだ。子供たちがこんなに懐いているのも頷ける。
「ブラン様!雪合戦しようよ!」
「違う!ブラン様雪だるま作りするの!」
いつの間にかブランさんの周りには何人もの子供たちが集まり、我先にとブランさんと遊ぼうとしていた。
「皆待ちなさい。私1人じゃ、皆と遊びきれないから…」
と、そこで言葉を区切って僕の方を指差しながら言った。
…若干にやけているし、嫌な予感というより、お約束通りなら…
「あのおじさんも遊んでくれるって」
「「「ホント!?」」」
「やっぱり!!やっぱりそう来るの!?しかも、まだおじさんって年齢じゃないよ!」
ブランさんの発言を皮切りに、子供たちが僕の周りに集まって来た。
「おじさん鬼ごっこしよーよ!」
「雪合戦がいい!」
「ちょ、待ってよ、順番順番!」
……まあ、子供は嫌いじゃないし、遊ぶことに抵抗は無いので、子供たちに付き合うことにした。
◇
「はい。そんじゃあそろそろ別の遊びでもしようか」
「えー……雪合戦もう終わり?」
「……これは雪合戦じゃない…ただの的当てだよ…」
てっきりチームに別れて雪合戦するのかと思ったら、僕が一方的に雪玉をぶつけられる遊びだった。(提案者 ブラン)
最初の方こそ避けられてはいたが、数では向こうの方が多い上、何故かブランさんは向こう側のチームにいるしで酷い目にあった。子供たちは大量の雪玉で攻めてくるし、ブランさんはやたらデカイ雪玉投げてくるし。
しかもブランさん「弾幕はパワーだぜ!」とかって
「……あれ?」
何と無く周りを見回して気付いたが、少し離れた位置に1人でやたら手を動かしている男の子がいた。
「ねぇ、あの子何をしているの?」
子供たちに聞いてみたのたが、どうもいつも1人でいてよくわからないらしい。
気になったので、彼に話しかけることにした。
「ねぇ?」
「え?」
「何やってるの?」
「……これ」
おずおずとその子が差し出す手には、毛糸を少し細くしたような糸で作り上げられた形があった。
どうも彼はあやとりをしていたようだ。
「……変?」
「え?何でそう思うの?」
「……他の子たちには、変って言われるから……」
……まあ、確かに男の子がする遊びでは無いって思われるだろうな。
「……あやとり好きなの?」
その子はこの質問に、無言でコクンと答えた。
「じゃあさ、僕にも教えてよ」
「……え?」
「僕、こう言う器用な遊び出来ないからさ、あやとりって興味あったし教えて欲しいな」
「……で、でも…」
……急に馴れ馴れしくしすぎたかな?と心配になるが、ここで思わぬ助け舟が入ってきた。
「私にも、教えてくれないかしら?」
ブランさんだった。よく見ると、さっきまで遊んでいた子供たちもいる。
「俺も教えて!面白そう!」
「私も私もー!!」
気付いけばさっきまで遊んでいた子供たちが全員あやとりの男の子の所に集まっていた。
「え?え?」
戸惑い気味なあやとりの男の子。急な状況にあたふたしていた。
「……わかった。じゃあ、皆に僕の糸貸してあげるから、順番に並んで」
そしてやはり、我先にとあやとりの男の子に群がる子供たち。宥めるのには苦労した。
◇
「ブラン様バイバーイ!また遊んでね!」
「おじさんもまたね!」
日が沈み始めたころ、子供たちはあんなに遊んだにも関わらず、元気に家に帰って行った。
「……あなた、本当に不器用なのね…」
「う、うるさいな。それに、一応出来た技もあったよ」
「出来たの[ものさし]だけじゃない……私は[
あのあやとりの男の子にあやとりを教えられて、時間も時間になり今日はお開きとなったのだが、結局僕はあまり技を取得出来なかった。やっぱり根本的に不器用なのだろうか?
「……あの」
と、話しかけてきたのはさっきまであやとりを教えてくれていた、あの男の子だった。
「ん?どうしたの?」
「……ありがとう」
「お礼は要らないよ。お家の人心配するし、早く帰った方がいいよ」
「……うん」
その男の子は帰途についた。その途中何度も何度も振り返り、控えめに手を振りながら
その男の子が見えなくなるまで、僕とブランさんはその場に居た。
◇
「ねぇ」
帰り道の途中、ブランはイツキに唐突に話しかけた。
「ん?何?」
「どうしてあなた、あの子にあやとりを教えてほしいなんて言ったの?」
「……んー僕不器用だし、あやとりを教えてもらいたかったから」
「……本当かしら?」
ブランは疑うが、イツキは本当にあやとりを教えて欲しかったから、ああ言ったのだ。それがまさかその場にいる子供たちに教える状況になるとは考えていなかった。
「まあ、それはいいにしても、あやとりってどう考えても女の子のする遊びかと思うんだけど。変に思わなかったの?」
ブランはまるで確かめるかのような調子で聞いてきた。それはまだ女らしさとかの
「……まあ、男らしくは無いね。彼の友達にはあまり理解されていなかったようだし」
イツキのその答えに顔を少し顰めるブラン。
(やっぱり、イツキも気にするのかしらね…そう言うの)
と思ったブランの心の内はすぐに一蹴された。
「でも、別に男の子が女の子が好むような遊びをしてはいけないなんて決まりは無いと思う。その逆も然り。女らしいとか、男らしくとか、そんなのより僕は
「……自分、らしく?」
「うん。男らしくとか女らしくとか、別にそれらそのものを否定する訳じゃないけど、それは押し付けられる物ではあってはいけない。世間の認める『らしさ』より、自分でありたい『らしさ』の方が大事だと思う」
「……私の自分らしさって……何かしら?」
「うーん……自分らしさって、他人に教えてもらうんじゃなくて、自分で作ったり知ったりするものだから、自分らしさなんだと思う」
ブランは立ち止まり、目を閉じて胸に手を当てていた。
イツキの言葉は彼女の中で電流のように流れ、脳に、いや、身体中に染み渡らせていた。
「自分らしく……私らしく、か……」
その表情はどこか穏やかで、イツキの言葉を反芻し、心に刻み込んでいるようだった。
やがてブランは目を開けると
「……よし!イツキ!私をおんぶしろ!」
「ええ!?今のどこに、よしに繋がることあったの!?」
「細かいこと気にすんな!今私は最高に気分が良いからおんぶさせてやるぜ!」
「いや、意味わかんないから!ええぃ!こうなったら逃げる!!」
「あ、待ちやがれイツキ!」
教会にの方向に駆け出すイツキ、それを楽しそうに追いかけるブラン。
そのブランの表情はまるで、取り憑いていた何かを捨てされたような、純粋な笑顔だった。
『絶えずあなたを何者かに変えようとする世界の中で、自分らしくあり続けること。それがもっとも素晴らしい偉業である』
ラルフ・ワルド・エマーソン(Wikipediaより抜粋)