超次元ゲイムネプテューヌ 雪の大地の大罪人   作:アルテマ

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第57話 イストワール

「ハア!!」

 

ベールの持つ緑の装飾が施され、生命芽吹く新緑を思わせるような槍の切っ先がマジェコンヌへと突き出される。 マジェコンヌはそれを後ろに下がりつつ、横にステップして躱す。 ベールは空を切った槍をすぐに引き戻してマジェコンヌへと突き刺す。 マジェコンヌはそれをまた同じように躱した。 一際大きな突き出しに対してマジェコンヌはバックステップをし、距離を取る。

 

「……まさか、これ程の力を残していたとはな」

 

「月並みな言葉ですが、らんらんのおかげですわ」

 

マジェコンヌにしては素直な感嘆に対し、ベールは背後でアイエフに応急処置を施されているらんらんに1度視線を移して答えた。 らんらんはマジェコンヌと相対していた時から怯えていたことを、ベールは知っている。 らんらんがマジェコンヌへと立ち向かった時、本当は怖かった筈だ。 だが、らんらんは勇気を振り絞りその恐怖に立ち向かった。 ならば、自分もその思いに応えなければならない。

 

ベールは再び自分の思いを引き締め、マジェコンヌへと槍を突き出した。

 

槍と鎌と言う、立場は逆だが先ほどのマジェコンヌが作り出していた1つの状況と同じ状況が作り出された。 ベールの持つ槍の射程範囲(レンジ)とマジェコンヌの持つ大鎌の射程範囲(レンジ)は比べる以前に、種類が違う。 近接武器の中で、槍は長距離に優れた点の攻撃。 方や大鎌は広範囲に優れた面の攻撃だ。 大鎌の射程範囲(レンジ)に入る前に、槍の射程範囲(レンジ)が敵を捉える事が出来る。 真正面から戦えば槍が圧倒的に有利なのだ。

 

だが、それは先ほどまで槍を扱っていたマジェコンヌは重々理解している。 そして、槍の弱点も理解しているのだ。

 

「フフフフ……どうした? さっきからどこを狙っているのだ?」

 

マジェコンヌは余裕の態度でベールを煽る。 ベールが振るう槍を淡々と躱しながら。

 

そう。 槍の弱点とはその射程範囲(レンジ)を伸ばすために犠牲にした、攻撃範囲だ。 槍の攻撃方法は幾つかあるが、主な攻撃は『突き』である。 突きとは目標を定めてその一点だけを狙い打つ攻撃。 正に点の攻撃なのだ。 そのため、対峙した敵にとっては避けやすいのだ。

 

「……!」

 

そのことを指摘されたベールは絶え間無く連撃を放っていた槍を止め、一際強く槍を引き戻し、上体を傾けて足を地面へと踏み込んだ。 それを見たマジェコンヌは心の中でしてやったりといった顔で笑った。

 

(馬鹿が! 簡単に挑発に乗りやがって! この攻撃をいなして、ガラ空きの背中に一撃を入れてくれるわ!)

 

ベールの次の攻撃は踏み込みから体ごと槍で突進をする物と予測し、そのすれ違いざまに鎌の刃をお見舞いしようと画策した。 マジェコンヌは鎌を持つ手を握りしめ、ベールの持つ槍の軌道を視界に捉え、タイミングを図る。 ベールの槍を持つ手が、引き戻すのを終えて前へと放たれた。 それと同時にマジェコンヌは横にステップし、鎌を横に振りかぶった。

 

「もらった!」

 

鎌をベールに放ち、それがベールの背中に突き刺さるのを確信したマジェコンヌ。 しかしベールはそれに対して不敵な笑みを浮かべた。

 

「ハァッ!」

 

それと同時にベールは突き出した槍をすぐに引き戻し、後ろ飛びをしてマジェコンヌから距離を離した。

 

「何!?」

 

そのベールの予想外の行動にマジェコンヌは驚愕した。 しかしマジェコンヌは動き出した鎌を止めることは出来ず、鎌は円を描き振るわれる。 当然虚空を切るだけで終わってしまった。 攻撃を外したマジェコンヌに対し、ベールは静かに言う。

 

「わたくしにばかり気を取られてはいけませんわよ。 ここにいるのは、わたくしだけではないのですから」

 

ベールのその言葉と同時に、マジェコンヌの後ろから、空中で陽を遮る影が現れる。 空中で回転しながら降下していたその丸い影は、マジェコンヌの頭上に到達すると丸から形を崩し、広がると人の影の形となった。

 

「兜割り!!」

 

マジェコンヌの頭上に現れたイツキは右足を振り上げ、かかと落としを繰り出した。 狙うはマジェコンヌの頭頂部。

 

「ハッ! 甘いわぁ!」

 

しかし鎌を振り抜き身動きの取れないと思われたマジェコンヌは振り抜いた鎌を勢いを殺さず頭上に構える事で、イツキのかかと落としを、寸でのところで防いだ。

 

(なるほど。 奴の槍の前振りは、こいつに一撃をいれてもらうためのフェイクだったか……だが)

 

マジェコンヌは笑みを浮かべる。 ベールの思惑は外れ、イツキの攻撃を防ぐ事が出来たことに、ベールの思惑を挫く事が出来たと考えたのだ。 だが、空中では身動きが取れない筈のイツキはマジェコンヌの予想外の行動に出る。

 

「まだまだぁ!!」

 

そう言ってイツキはマジェコンヌに右足を止められたまま両手を地面へと着き、下げていた左足を鎌の柄に当てた後、マジェコンヌに止められたかかと落としをした右足と連携して両足を開いてマジェコンヌの拘束から逃れると、両手を軸にして回転し、マジェコンヌの横側に右足の膝蹴りを繰り出した。

 

「!チイッ!」

 

イツキのアクロバットな動きに驚く暇も無いその攻撃にマジェコンヌは今日で何度目になるか分からない舌打ちをし、左手は鎌を持ったままにして視線を少し下げ、右手で左手を固定するようにして即席の盾を作り、イツキの膝蹴りを防いだ。

 

イツキは膝蹴りを振り抜く事が出来なかった事を視覚で察知するよりも先に感覚で感知し、膝蹴りを繰り出した右足に力を入れ、反動をつけてマジェコンヌから離し、地面につけていた片手をバネの要領で勢いをつけて飛び上がり、連続後ろ飛びで距離を取った。

 

(あら、中々良い動きをしますわね)

 

そのイツキの一連の動きを見ていたベールは、イツキの運動性能に感心していた。 空中からの奇襲に失敗しても、その運動性能を活かして次の攻撃に繋げるのは、意外にも難しい物だ。 まだまだベールからすれば形に粗が残るが、実戦で使えるのなら十分であろう。

 

イツキはスプリットステップするようにその場で軽くジャンプをしながら、最近調子の良い右足を一目見た。

 

(……これも、ノワールさんのおかげかな。 ありがとうノワールさん)

 

今度お礼と謝罪の意味も込めて、何か奢ろうなんて考えつつ、イツキはマジェコンヌを見やる。

 

「……フン」

 

マジェコンヌはつまらなそうに鼻を鳴らした。 マジェコンヌ自身、イツキとこうして相対することにより、初めて戦った時より、力も運動能力も上がっていることを実感し、それをつまらないと感じたのだ。

 

「ハアアァッ!!」

 

マジェコンヌは鎌を持ち、今度は自分から攻めに行った。 素手と武器ありとでは武器がある方が有利と言うのもあるが、マジェコンヌには気になる事があった。

 

「フンッ!」

 

横に振るわれる鎌をイツキは腕を硬化して防ぐ。 そしてイツキは鎌に加えられた力をこちらから押し返して殺すのでは無く、その勢いを利用してマジェコンヌの鎌を打ち上げた。 マジェコンヌは体勢を少し崩しつつ一回転し、イツキから3歩程離れた。 その瞬間を狙いイツキは飛び出す。

 

「タアッ!!」

 

イツキの右の拳が正拳突きでマジェコンヌの顔に放たれる。 何の躊躇いもない勢いで放たれたその拳をマジェコンヌは両手で持った鎌の柄の部分で打ち上げた。

 

「甘いわぁ!!」

 

「グッ!!」

 

ガラ空きのイツキの腹部に鎌の柄の端の部分を突きこまれ、イツキは噎せてしまう。 体勢の崩れたイツキをマジェコンヌは鎌を一回転させ両断しようとしたが、鎌の刃が届く前にイツキはマジェコンヌの肩を掴み、掴んだまま地面を蹴り上げてマジェコンヌの後ろへと飛び越えた。 マジェコンヌはイツキが飛び越えたのを見ると、鎌を止めること無く体ごと一回転して、再びイツキに刃を向けた。

 

だがイツキはその刃が届く前に姿勢を低くし、横に振るわれた鎌を避けた。 鎌が頭上で過ぎ去るのを待ち、通り過ぎた瞬間を狙ってイツキは両手を顔のあたりにまで上げて後ろへと倒れこみ、ネックスプリングの要領で地面についた両手を勢い良く突き上げ、両足を揃えて飛び上がった。 狙う場所は、マジェコンヌの顎。

 

「フンッ」

 

しかしその攻撃は見切られてしまったようで、マジェコンヌはそれを半歩下がって避けた。 それだけでなく、イツキの蹴り上げの足を掴み取り、適当な方向へと投げ飛ばした。

 

「!? うわっ!」

 

高く投げ飛ばされたイツキはマジェコンヌの反撃に驚いたが、地面へと落ちる際に硬化をして落下ダメージを防いだ。 だが受け身をとっていないため、マジェコンヌはイツキは暫く身動き出来ないと判断し、視線をイツキから外した。

 

「ハアァ!!」

 

マジェコンヌがイツキから視線を外したその瞬間、ネプテューヌの紫の機械剣が袈裟斬りで放たれた。 紫色の装飾を施された機械剣は、紫の軌跡を描きながら放たれた。 その標的であるマジェコンヌはその軌道を見切り、横にステップして躱し、ネプテューヌの背中を狙って鎌を横薙ぎに振るう。

 

だが

 

「っ!!」

 

マジェコンヌは鎌に伝わった予想外の衝撃に驚き、そのまま鎌を手放してしまった。 鎌は空中にアーチを描きながら地面に突き刺さった。 その鎌の行方を追っていたマジェコンヌは、衝撃が伝わってきた方向を見やった。 遠方にベールが槍をを構えながら不敵な笑みを浮かべていた。

 

「ちっ」

 

あからさまに舌打ちするマジェコンヌ。 だが、マジェコンヌの目の前にはネプテューヌがいるため、ベールばかりに気を取られてはいけない。 マジェコンヌが視線をネプテューヌへと戻すと、案の定ネプテューヌは既に振り返り剣を振りかぶっていた。

 

マジェコンヌは横に振るわれた剣を仰け反る事で躱すと、その勢いのまま後ろにバックステップして距離を取った。

 

「ハァアアア!!!」

 

「!?」

 

その瞬間を待っていたかのようにマジェコンヌの背後から叫び声が上がる。 マジェコンヌは驚き振り返ると、右腕を振りかぶっているイツキが空中から迫っていた。 迫るイツキの右の拳をマジェコンヌは左手で掴み取り防いだ。 攻撃を受け止められたイツキは掴まれたと同時に左腕を動かし、追撃を加えようとするが、それもマジェコンヌの右手に防がれてしまった。

 

「……フフッ」

 

「!?」

 

両手を掴み合う彼らは一方は不敵に笑い、もう一方は驚愕を顔に表す。 だが、笑ったのは攻撃を防いだマジェコンヌでは無く、驚愕したのはイツキでは無い。 攻撃を防がれたイツキが笑い、攻撃を防いだマジェコンヌがそのイツキの笑みに驚愕したのだ。 イツキは大きく仰け反ると同時に、頭を硬化した。

 

「ウォォォオオオオオオ!!!」

 

咆哮を上げ、渾身の頭突きをマジェコンヌにへと叩き込んだ。 寺の鐘の響くような音が、マジェコンヌとイツキの頭の中で響いた。

 

「グォアアア!!?!」

 

たまらずマジェコンヌはイツキから手を離し、後方へとふらふらとよろめく。ハンマーでも振り下ろされたかのような衝撃が伝わり、今も頭の中がぐわんぐわんと揺れている。 マジェコンヌは打ち付けられた場所を手で抑えていたが、手で抑えきれなかった血が溢れ出し、マジェコンヌの視界を赤く染める。

 

「ヘヘッ……名付けて『兜打ち』ってね……おっとと」

 

イツキはしてやったりと言いたげな笑顔で言いつつ、マジェコンヌ程では無いにしろ、ガンガンと響く頭を押さえ、ふらふらとした足取りで何とかその場に立っていた。 硬化はしたのだが、どうやら完全に硬化する事が出来なかったようであり、頭突きをした自分自身もダメージを受けていた。

 

「っとと……あらっ?」

 

ここでイツキはバランスを崩しそうになった足を戻そうとしたが、どうも上手くいかずに足がもつれてしまい、後方へと倒れこんでいってしまう。

 

まあ、尻餅を突くくらいならいいか何て考えながらイツキは地面に衝突した際の衝撃に備えて力んだのだが、体が少し傾いた辺りで倒れる動作の過程は中断された。 イツキはそのことと腰に回された両手を見て、誰かが倒れこむのを止めてくれたと言うことを理解し、後ろを振り返る。

 

「何が兜打ちよ……ただの頭突きじゃない」

 

呆れたように言い、顔を上げたのはブランだった。 ブランの所々にはコンパが施したであろう包帯やガーゼが見受けられ、ブランの傷の酷さを物語っていた。

 

「……ありがとう、ブランさん」

 

イツキはブランによりかかるようにしていた上体を上げ、支えてくれたことに感謝し、もう大丈夫であると伝えると、ブランはイツキの腰に回していた手を離した。 その離す際の挙動は、少し放してしまうのを惜しむようなものに見えた。

 

イツキはそんなブランを見て、この場に来ることが遅れてしまったことを謝罪しそうになるが、今はその言葉を飲み込むことにした。 迷惑をかけた事も含めると、敵が目の前にいるのに長くなってしまいそうだったからだ。

 

ブランに視線を向けていたイツキだったが、ブランの後方、今のイツキの視点から前方から声が聞こえたために、そちらに視線を向けた。

 

「ブランさん、イツキさん。 あんまり無茶はしてはいけないです。 お2人とも怪我人であり、病み上がりなんですから」

 

「ええ、コンパの言う通りね。……それにしても頭突きなんて破れかぶれに近い技を実戦でする人は初めて見たわね」

 

ブランとイツキの心配して声を掛けるのはコンパ。 そのコンパの声に同意しつつも、ネプテューヌはイツキが繰り出した頭突きの方が気になっているようだった。

 

そのネプテューヌたちの後ろにはアイエフとベールも己の武器を構え、マジェコンヌへと向けていた。

 

マジェコンヌは何度か目をこすって視界を埋める赤を弾き、出血する頭を抑えながらイツキたちを睨んでいた。

 

「マジェコンヌ。 あなたはわたくしたちに、詰めが甘いと仰りましたね?」

 

唐突にベールはそんなマジェコンヌへと言葉を口にし始めた。 マジェコンヌはベールの言葉を聞き、苛立たしげに目を細めた。 だが、構わずベールは続ける。

 

「ですが、貴方が画策したイツキさんの抹殺は失敗に終わり、今もこうしてイツキさんの乱入により、貴方は今窮地に立たされている。 これはつまり、本当に詰めが甘いのは貴方なのではなくて?」

 

ベールの意趣返しとも言えるこの発言に、マジェコンヌは特に何か反論する訳でも無く、ただ一つ舌打ちしただけだった。

 

否、反論はあった。 あったがそれはマジェコンヌでは無くイツキから発せられた物だった。

 

「ベール様。 僕は大したことはしていません。 ここにいる皆は勿論、らんらんさんも含めて出来た事です」

 

謙遜するように言うイツキだが、本心の言葉だった。 その反論に便乗するようにネプテューヌやコンパな言葉にする。

 

「そうよベール。 あなたの言い方だと、お兄ちゃんばかりが贔屓されてるみたいだわ」

 

「ベールさん酷いですぅ……」

 

口々に言うネプテューヌとコンパにベールは困ったような顔をする。

 

「え、あ、いや、これはその……別に貴方たちやらんらんの頑張りを無下にしている訳では……」

 

少し焦って答えているようなベールに、今の大人な雰囲気に似合わない反応に、ネプテューヌは心中で楽しみつつ答える。

 

「冗談よ。 無事に力が戻ってよかったわね」

 

「えぇ。 改めてお礼を申し上げますわ」

 

ベールはその場で一つ礼をすると、再びマジェコンヌへと厳しい目つきの視線を向ける。

 

「マジェコンヌ。 あなたをこれより拘束し、わたくしの力を奪った理由やあなたの目的その他諸々について、尋問させていただきますわ」

 

ベールの言葉を皮切りに、イツキたちは自分の武器を構え直す。 先ほどよりも数が増え、マジェコンヌの不利は最早語る必要も無いだろう。 たが、この状況であってもマジェコンヌは全く動じない。

 

「ふっ、やはり貴様らは生温いな」

 

「……この後に及んで、まだ強がりを?」

 

余裕な態度を崩さないマジェコンヌに対し、諦めが悪いとベールは感じつつも警戒をする。 先ほど諦めが悪いと思った結果痛い目に合ったのだ。 警戒をするのは当然だった。

 

「いや、この状況では貴様らの相手は流石に厳しい。 悔しいがここは退かせてもらう。 だが……」

 

マジェコンヌは言葉を区切り、視線をイツキへと向けると余裕そうであった態度を崩し、指差して叫んだ。

 

「イツキ! 貴様だけは私のプライドにかけて絶対に許さん! この貸しは高くつくぞ、よく覚えておけ!!」

 

叫んだと同時、マジェコンヌから強い光が発した。 突然の光にイツキたちは反射的に目を閉じて強い発光から目を守った。 光が弱まる頃には、既にマジェコンヌのいた場所には誰もいなかった。

 

「……悪役のお決まりな言葉を言うだけ言って逃げたね……」

 

イツキは逃げ去ったマジェコンヌの去り際の言葉に返事をしながらそう呟いた。

 

「追い詰めたと思いましたのに……逃げ足だけは早いですわね。 今度会ったら、必ず捕らえてみせますわ」

 

「そうね。 ……けど、今は力を取り戻せたことを喜びましょう。 わたしもだけど、みんなボロボロだわ」

 

「そうですわね。 らんらんの治療もありますし、帰りましょうか」

 

ネプテューヌの言葉にベールは賛成し、一旦ベールの部屋へと戻ると言う方向になったのだが、コンパは何かに気づいたかのように声を上げた。

 

「あ! ねぷねぷ、ちょっと待つです!」

 

コンパはその場を後にしようとしていたネプテューヌたちを呼び止め、先ほどまでマジェコンヌがいた場所へと駆け寄り、その場でしゃがむ。

 

「どうしたの、こんぱ? 何かあいつの手がかりでもあったの?」

 

「違うです。 違うですけど、これを見るです」

 

こんぱはしゃがんだ場所から何かを拾い、ネプテューヌたちの元へと駆け寄りながら、手のひらにある拾ったものをネプテューヌたちに見せた。

 

それを見たブランとベールは怪訝な顔をする。 何せコンパが手のひらに乗せて見せているのは、どう形容すれば良いか分からない歪な形をしており、辛うじて元々は何かの形を成していたであろう欠片としか分からなかったからだ。

 

しかしネプテューヌとアイエフ、それとイツキは似た形の物を見たことがあり、それの名前を知っているために驚愕した。

 

「!? これは、鍵の欠片!? どうしてここに!?」

 

鍵の欠片の存在を知る者たちの思った言葉を代弁したネプテューヌ。 鍵の欠片はネプテューヌたちがイストワールを助けるために集めている物。 イツキもラステイションで実物を見せてもらい、その存在を知っていた。

 

『───それは、私が説明しましょう』

 

突如として、ネプテューヌたちの頭上から声が聞こえ、その場にいる全員が上を見上げた。 しかし、見上げた先にあるのは青い空と白い雲。 人影は愚か鳥の一匹もいなかった。 しかし、ネプテューヌはその天(から)の声に聞き覚えがあった。

 

「その声は、いーすん!?」

 

「ひさしぶりですね、みなさん。 ベールさんとブランさん、それとイツキさんははじめましてですね」

 

ネプテューヌが言ういーすんと言う名詞が指すのは、封印されている筈のイストワールの事だ。 つまり、今ネプテューヌたちにどこかから話しかけているのはそのイストワールと言う事なのだ。

 

「……いーすん?」

 

「ネプテューヌたちが探している、イストワールの事よ。 今イストワールは封印されていて、その封印を解くために、鍵の欠片というものを探しているのよ。…私としては、こうしてイストワールの声を聞くのは初めてだけどもね」

 

ネプテューヌの言ういーすんと言う言葉に首を傾げたベールに、ブランは説明を入れた。 イツキの報告と事前にネプテューヌに、鍵の欠片の実物を見せてもらっていたのだが、実際にその封印されているイストワールの声を聞いたのは初めてであり、その自分の心情も含めてブランはベールに対してこの説明をしたのだが、ネプテューヌはブランの言葉にハッとして質問する。

 

「そうよ。 どうしていーすんの声が? 封印されているんじゃなかったの?」

 

ネプテューヌの質問はここにいる全員が思った事のようであり、誰かいるわけでは無いが全員が顔を上げてイストワールの次の言葉を待った。

 

『ネプテューヌさんたちが鍵の欠片を手に入れてくれたことで、欠片同士の共鳴からなるエネルギーを利用して話しかけているのです。 ただし、一時的なものですが……』

 

イストワールの言葉を聞いたネプテューヌは、どこからか所持していた鍵の欠片を取り出した。 見ればその鍵の欠片と、コンパの持つ鍵の欠片が仄かに光を放っていた。 イストワールの言う通り、欠片同士が共鳴しているのだろう。

 

「なんとなくわかったわ。 それで、どうしてここに鍵の欠片があったの?」

 

ネプテューヌは最初の疑問をイストワールに持ちかけると、すぐに答えは帰って来た。

 

『それは、マジェコンヌが落としたものです。 ネプテューヌさんたちに鍵の欠片を奪われることを危惧した彼女が回収にして持ち帰る途中だったのでしょう』

 

「それなら、ここにある理由に納得がいくわね」

 

アイエフはイストワールの答えに納得したが、ブランはアイエフの言葉に間を開けて言う。

 

「……ここにある理由には納得いっても、ワザワザ私たちの前で落としてしまった事には納得いかないけどね」

 

「ブランさん、それは言うだけ野暮ってやつだよ」

 

呆れるように言うブランにイツキは爽やかな笑顔で言った。 世の中には深く考えてはいけない物事もあるのだ。

 

そんなブランとイツキの事は放っておき、イストワールは言葉を続ける。

 

『それと、みなさんに警告しなければなりません。 マジェコンヌの力の根本にあるのはコピーであり、他者の力を奪う事ではありません』

 

「それって、どういうことなの?」

 

イストワールの警告に、今度はネプテューヌが首を傾げた。 イストワールの指す言葉の意味を理解していないネプテューヌに、今回マジェコンヌに力を奪われたベールが説明した。

 

「つまり、わたくしの力は無事に取り戻すことは出来ましたが、その力をコピーされている可能性があるのですわ」

 

『いずれマジェコンヌはコピーしたベールさんの力を自分用に最適化し、完全に自分の物とするでしょう』

 

「……あの時、ネプ子の力まで奪われていたらと思うとぞっとするわね」

 

ベールとイストワールの言葉を聞き、アイエフはそう呟いた。 それを聞いたイツキとブランは少し複雑そうな表情をした。

 

『そして……イツキさん』

 

だからイツキは唐突に自分の名前を呼ばれた事に驚いた。 イストワールは言葉を続ける。

 

『失礼ながら、あなたの事はずっと見てきました。 ……ルウィーでマジェコンヌと戦った時の事は勿論、あなたがこの地に降りたったその時から……』

 

ネプテューヌたちはイストワールが何のことを話しているか分からなかった。 辛うじてイツキに関する事だとは分かった。 一方で当の本人であるイツキは開いた口が塞がらなかった。 事情を知るブランもイストワールの言葉に反応していた。

 

『……あなたがあの日目覚めた力……あの力が私の予想した力なのなら、あなたは恐らく───』

 

そこから先は、語られる事は無かった。 突如としてイストワールの声は聞こえなくなり、幾らネプテューヌたちが呼びかけても返答は無かった。

 

「……声、聞こえなくなっちゃったですね」

 

ネプテューヌとコンパは自身の手のひらにある鍵の欠片に視線を向けた。 どちらの鍵の欠片も、放っていた光は消えてしまっていた。

 

「……いーすんは、お兄ちゃんに何を言いたかったのかしら? ねぇ、お兄ちゃん?」

 

「……」

 

ネプテューヌは前で立っているイツキに話しかけたが、返答は無かった。

 

「……イツキ?」

 

不思議に思ったブランはイツキに話しかけたが、瞬間イツキはブランの小さな体によりかかるように足を崩して後ろに倒れ込んだ。

 

「イツキ!?」

 

突然倒れたイツキにブランは驚いた。 ネプテューヌたちもまた驚いて、心配するように声をかける。

 

「……ごめんブランさん……ちょっと、疲れちゃった……」

 

その言葉を最後に、イツキは意識を手放した。 暗転する意識の中で、小さくブランの顔が瞳に映っていた。


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