「とりあえず、彼はベットに寝かせましたけど……まさか、わたくしの知らないところでそんなことになっていたなんて……」
テーブルを囲う一同から少し離れた位置にある、薄いレースの張られたベッドで眠る青年は、先ほどよりは良い寝床にいるおかげか、少しは楽になった様子だったが、根本的な問題は解決しておらず、苦悶の声をあげ続けている。
ネプテューヌ達を牢屋から助けたその女性が招いたのは、このリーンボックス教会の自室であった。 所々に壁紙やらゲームソフトのパッケージやら、この部屋の主の趣味を覗けるような部屋であった。 中には男同士でなにやらいかがわしげな事をしているようなポスターを張っているにも関わらず、焦って片付けもせずに人を招き入れる辺り、部屋の主は割とオープンな性格をしているのだろう。 勿論良い意味で捉えればの話だ。
閑話休題。 招かれたネプテューヌ達はイツキに1度心配するように見つめた。 それから気を取り直すようにネプテューヌがアイエフに、この部屋に招いた女性を指して問いた。
「あいちゃん、もしかしてこの人がリーンボックスの女神なの?」
「えぇ、そうよ」
「あいちゃん、すごいです! 本当に女神様と知り合いだったんですね!」
アイエフの簡潔な答えに驚き、凄いと褒めるコンパに対して、アイエフは苦笑いを浮かべるしか無い。 知り合いとは言っても今日出会ったばかりであるし、何よりもアイエフにはまだ、目の前のグリーンハートの信者としての心持ちが抜け切れておらず、やや遠慮がちであるからだ。
アイエフはこの話をそらすと同時に気になっていることを聞くことにした。
「けど、どうして私たちが捕まっているってわかったんですか?」
「女神ですもの。 パーティーの参加者くらい、ちょっと調べればわかりますわ」
納得できる。 と言うより、これは当たり前のことだ。 女神とはその国の政治の最高決定権限を持っていると言っても過言では無い位置にいる。 それ程の人物ならば、その手の政治人物とのパーティーをするのは当たり前だろう。
と考えて納得(一部例外あり)していたアイエフ達だったが、アイエフにベール様と呼ばれている女性の次の言葉に部屋は凍りつく。
「本当はあんな退屈なパーティーはいつものように欠席して、先週買った積みゲーを崩す予定だったのですが、あいちゃんがゲストで参加するとわかれば話は別ですわ。 それで、会いに行こうと思って会場に向かった矢先に、あの騒ぎでしたの」
言葉を聞き終える前から既にネプテューヌ達の顔になんと言えば良いか分からない感情が現れていた。 少しの間の後苦笑いしながらアイエフはこのリーンボックスに来た目的の答えを知るのも纏めて聞いてみた。
「……あ、あの。 最近ベール様が引き籠ってなかなか姿を見せないって聞いたんですけど、その理由って……」
「積みゲーを崩すのと、ネトゲが忙しかったからですわ。 社交辞令だらけの退屈なパーティーよりも、ゲームをしたりチャットを楽しんだほうが有意義ですもの」
アイエフなりに気を遣い、ほぼ確定であったゲーマー説の確認ではなく、敢えて疑問という形にしたのだが、間髪入れずに帰ってきたのは、どストレートな解答であった。 某匿名掲示板の用語を知っている人がいるなら、ワロタとつぶやくしかないだろう。
「……あいちゃん、リーンボックスの女神様って、やっぱり……」
「……えぇ。 ガチのゲーマーよ」
コンパは自分の心中では既に答えは出ていたのだが、もしかしたら自分の勘違いかもしれないと期待してアイエフに問いたのだが、アイエフの返答を聞いて、さっきから苦笑いを浮かべっぱなしであった。
「と、言うことは、賭けはわたしの勝ちだね。 やった! あいちゃん約束忘れてないよねー?」
「……はぁ、分かってるわよ。 負けたのは私だし、約束は守るわよ」
方やネプテューヌは、こんな時でも賭けの事は忘れないようだった。 負けず嫌いと言うのもあるだろうが、大きいのは賭けられている品がプリンだからであろう。
「……あんまり雑談に興じている時間は無いんじゃないわ」
すっかり雰囲気が雑談に流されてしまっている中で、不機嫌そうにブランは呟く。 その言葉の中には、焦りや焦燥のような感情が含まれているような感じがしたことを見逃さなかったベールは、柔和な笑みを浮かべて
「まあまあ、そう目くじらをたてずに。 ……えーと……」
何を言いたいか、何となくブラン自身には分かる。 ブランは何時も着ている服とは違う服を着ている。 服の印象とは中々強いもので、服が違うだけで目の前にいる人物が知り合いだと分からないことは多い。
つまり、今ベールには目の前にいる、メガネをかけ、流星の髪留めをつけた巫女服の少女が、これまで
しかしこのままブランは自分の名前を伏せる、ということはせず
「……ブランよ」
名前を名乗ったのには理由、と言うよりここで名乗ろうが名乗らなかろうが、結局名前はすぐにばれてしまうと分かっていたからだ。
名乗らない選択肢を取り、アイエフ達に口止めをしたとしても、理由が無ければ納得はしないし、仮に名前を隠してくれたとしても、ネプテューヌがポロっと喋ってしまうだろうと踏んでいた。
「……ブラン?」
当然ベールはその名前に反応し、聞き返した後にブランに近づき、顔をじっと見つめた。
「……」
「な、何よ。 いきなりじっと見つめてきて」
予想していた反応ではあるが、いざ近距離でじろじろ見られると落ち着かないのだ。 ブランは少しどもってしまったが、いきなり近づいてきたことに対する驚きと取ることだろう。
「……いえ、何でもありませんわ。 ただ、知り合いと似ておりましたので、もしかしたらと思ったのですが、人違いだったようです。 申し訳ありませんわ」
「……そう。 ならいいの」
人違いであったと謝罪するベールに、ブランは口振りは普段通りだが内心ホッとしていた。 ここで自分が女神だとバレれば、ネプテューヌ達がまた大騒ぎして、話がこじれてしまう。 最も、ベールに正体を明かしたくないと言うのもあるが
「そ、そう言えば、紹介がまだでした。 私の友達のコンパとネプ子です」
少し雰囲気が冷たくなった中、焦ったようにアイエフはベールに、ネプテューヌとコンパを手で示して紹介した。 紹介されたコンパは既に目の前の女神の残念さを見たためか、いつも通りのふわふわした言葉で自己紹介をする。
「コンパです。 グリーンハート様、よろしくお願いしますです」
「コンパさん、ですね? そんなにかしこまらないでよろしいですわよ。 わたくしには、ベールという名前がありますから」
「はいです。 じゃあ、ベールさん。 よろしくです」
無難に終えたコンパの自己紹介の後、ベールはネプテューヌへと視線を向ける。 その視線に気づいたネプテューヌもいつも通りの態度で
「わたしはネプテューヌだよ。 んー、こう言う時って、久しぶりー。 って言うべきなのかな? でも、わたし何も覚えていないしなー」
と、見事に爆弾を投下してくれた。 この発言にアイエフは勿論、ブランもコンパも度肝を抜かれる。
「ちょ、ちょっとネプ子!?」
一番初めに驚愕の声をあげたのはアイエフだった。 すぐにネプテューヌを問いただそうとしたのだが
「あいちゃん。 大丈夫ですわよ。 ネプテューヌが女神であることは知っていますから」
「え、あの、それっていつから……?」
「あの牢屋で一目見た時からですわ。 確信に至ったのは名前を聞いた今ですが」
「……」
「……」
「……」
部屋に気まずい雰囲気が満ちる。
「なになに、このちょっと気まずい空気? ……あ、分かった!
しかしネプテューヌのKY力の前ではそれらの雰囲気すら意味は無く、この身も蓋もない発言に一同は呆れてしまう。
「あんたねぇ……少しは空気読もうとしないわけ?」
「ほら、わたしって性格上どうしてもシリアスが似合わないからさー。 希望するなら前みたいに変身するよ。 そっちならシリアスにも耐えられると思うし」
にへへー。 と笑いながら答えるネプテューヌ。 まあ、ネプテューヌらしいと言えばネプテューヌらしいなと思えば、皆納得できたのだった。
一方、ベールと言えばそんな様子を楽しそうに眺めていた。
「ふふっ。 噂には聞いていましたが、わたくしが思っていた以上に面白いのですね。 ご心配はいりませんわ。 元より、わたくしは
「……そうなんですか?」
ベールの答えにコンパは意外そうに聞き返した。 これはラステイションでの例があったからだ。 今でこそラステイションの女神、ブラックハートであるノワールとは仲が良いが、初対面の際は向こうから襲いかかってきたのだ。
最初こそ襲ってきた理由は分からなかったが、ネプテューヌが女神だと知り、その襲ってきた理由も
だからこそ、ベールの
聞き返されたベールは変わらぬ笑顔で答える。
「えぇ。 敵対しているのであれば、いくらあいちゃんのお友達とはいえ、助けたりはしませんわ」
「けど、女神なのにどうして興味がないんですか? この世界の神様を決める戦いなんですよね?」
アイエフもコンパと同じ疑問を感じていたようであり、ベールへと疑問を口にする。
ちなみに、アイエフは『世界の神様を決める戦い』とは言っているが、
「……たしかに、わたくしたちはあの方の言葉にしたがって、長い間戦ってきましたわ」
ベールは昔を思い返すように目を閉じて言葉を口にする。 とは言っても、懐かしいものを思い出すと言うよりは、本当に昔過ぎて忘れかけていたものを思い出しているように思えた。
「あの方って、誰です?」
「わたくしたち女神を生み出した先代の女神ですわ。 とは言っても、かなり昔に数回しかお会いしたことがないのですが」
「女神さんたちのお母さんですね」
コンパの喩えにベールは少し唸り、首を捻って少し否定気味であった。 そして何の前触れも無くネプテューヌに負けず劣らない程の雰囲気変換力を発動し、爆弾を投下してくれた。
「あの方が母親といった実感はあまりないのですが……まあ、そんな感じの人ですわね。 けれど、わたくしには女神としての力と、ゲームさえあれば世界の神になんて興味はありせんわ」
にこやかに言うベールに対し、部屋の雰囲気はまたもやなんと言えば良いか分からないような物になる。 具体的に言うとベールとブラン以外皆苦笑いを浮かべているのだ。 ブランに関しては、ベールの私生活については知らなかったが、自分自身が女神であるためか女神に対して夢を見てはいけないことをよく知っているからだ。
「……言い切っちゃったです」
「ある意味、わたしが思っていた以上に凄い人かも……もちろん残念な意味で」
コンパは勿論、信者のアイエフでさえ苦笑いしている。 ベールと知り合い、段々とベールのことを知り始めてから何となくベールと言う人の(女神だけど)成りを予想していたのだ。 もちろん残念な意味で
「その点、ネプテューヌはどう考えているの? やはり、わたくしや他の女神たちを倒して、この世界の覇権を握ろうと考えていますの?」
雰囲気が変わったことに気づきはしたが、気にしないことにしてネプテューヌに対して
案の定ネプテューヌは困ったように手を頭に回して
「んー……、実はその辺よくわかんないんだよね。 わたし、記憶喪失だしさ」
「……それは、本当ですの?」
「はいです。 名前以外ぜーんぶ分からなかったんです。 それはわたしとあいちゃんが証明するです」
「女神だってことも、ノワールから教えてもらってわかったんだ」
聞き返すベールにコンパは自信有り気に言い、自分が女神であることは、他の女神から教えてもらったことを伝えた。
ベールはその、ネプテューヌが女神であることを教えた女神に反応する。
「ノワール……。 あぁ、ラステイションの。 ということは、既にノワールとは……」
「はい。 最初はねぷねぷを嫌っていたみたいですが、今ではすっかり仲良しさんです」
それを聞き、ベールは驚いたようにネプテューヌを見る。 ベールはノワールが、悪い意味で捉えてしまえば考え方がかなり堅い女神であることを知っている。 だから、そんなネプテューヌがノワールと和解したことが意外だと思っているのだ。
「あなた、よくあの堅物のノワールと……」
「ふっふーん。 あんなツンデレ女神はこのわたしの前ではチョロインですよ! どやぁー」
素直に感嘆するベールにワザワザ擬音をつけてドヤ顔をするネプテューヌ。 完全に天狗である。
「……さて、自己紹介と身の上話はこの辺にしましょうか。 今すべきなのは彼……そう言えば、彼の名前は何と言うのですか?」
話を切り上げ、今すべきことの確認をするために、今現在助けなければならない人の名前を問う。 その問いに素早く答えたのは、ここまで殆ど無言であったブランだった。
「イツキ、よ」
短い一言。 ただ名前を言っただけ。 だが、その一言にブランの込めた何かがあるような、そんな気がした。
「イツキさん、ですか。 良い名前ですわね。 ……っと、話が逸れましたわ。 今すべきことは、イツキさんの解毒をすることですわ」
話題を出されたイツキに対し、コンパは立ち上がってもう一度イツキの顔を見る。 先ほどよりも青くなっている唇、洗い呼吸、大量の汗。 見ただけでどんどん毒が進行していることが分かった。
「イツキさん、さっきより顔色が悪くなっているですぅ……」
コンパはそれだけネプテューヌ達に伝えた。 それを聞いて一同は時間が少ないことを再認識する。
ベールは懐から瓶を取り出す。 この部屋にくる道中アイエフから貸してもらった、あの毒瓶だ。
「あいちゃんがイヴォワールから渡された、この毒なのですが……かなり古い時代の物のようですわ」
「ベールさんは博識なんですね。 見ただけで何の毒かわかるなんてすごいです」
やはり廃人でも女神であり、広い知識を持っているのだなと思い褒めたのだが、それに対するベールの返しは以下の通り
「いえ、わたくしには毒物に関する知識はありませんわよ?」
「え、じゃあどうしてわかったんですか?」
「話を聞きながら、ネットで調べましたの」
本日3回目の、もはや説明する必要あるのか分からないあの雰囲気が再発した。
「やはり、ネットは偉大ですわね。 匿名掲示板にこの毒の写真を貼って質問してみたのですが、ちょうど専門家の方がいて、すぐにわかりましたわ」
「……」
「……あら? どうしたんですの。 そんなドン引きするような目でわたくしを見て」
流石にこの空気を変に思い、コンパたちに心の中で距離を離された気がする理由を聞いた。 分からない時点でもうダメなのだが
「……思っていたより、何だかすごい人です」
やや棒読みのコンパであった。
「き、気のせいかしら。 今コンパさんだけでなく、あいちゃんとの距離もグッと開いたような気がしますわ」
「き、気のせいですよ!」
焦るベールにアイエフは気のせいだと、必死に弁解する。 もうアイエフの中に想像していた、『理想のグリーンハート様』は影も形も無かった。
一方で、ネプテューヌと言えば
「大丈夫だよ。 例えベールが匿名掲示板の
と、実際に匿名掲示板にドップリ浸からなければ分からないような用語を笑いながら言っていた。 と言うか、本当に分かる人いるのだろうか?
「こ、言葉の意味が分かってしまう自分が今ばかりは恨めしいですわ」
「にっぷ? あんか?」
その手の言葉を知らないコンパは疑問符を浮かべる。 寧ろ知っていたらこの場の人間はショックを受けることであろう。
「あー、こんぱは知らなくて当然か。 あのね、とりあえずさっきの言葉の通りにすると」
「はーい! この話はお終い! それよりもベール様、他に解毒剤の情報は無かったんですか?」
ベールは無理矢理話を終わらせるために毒の情報を求めたアイエフに、少し語頭を噛みながらも了解の返事を返し、ノートパソコンを部屋の机から持ち出し、ネプテューヌたちの囲うテーブルに置くと、素早くマウスとキーボードを操作し、匿名掲示板サイトの書き込みを流れるようにスクロールをしながら読み取っていく。
間も無くベールの操作するマウスのスクロールがピタリと止まった。
「……ありましたわ。……けど、それを作るにはリーンボックスのある秘境に棲むモンスターの素材が必要みたいなんですの」
「その秘境はどこにあるの?」
ベールのその言葉に初めに食いついたのは、ここでもブランであった。 大きな変化は無いが、ブランの言葉には焦燥のようなものがあった。 それを感じ取ったベールは
「そんなに焦らなくても、わたくしがちゃんと案内しますから、心配いりませんわ」
「あ、焦ってなんかいないわ」
そう焦って反論するブランに、説得力は無かった。 そしてベールの言葉に反応するアイエフ。
「……というか、ベール様も一緒に来るのですか?」
「がーん! ひ、酷いですわ、あいちゃん。 わたくしと一緒にいるのが嫌なんですの……?」
ややオーバー気味に言い、少し涙目のベールにアイエフはあたふたとする。
「そ、そういう意味じゃありませんって。 え、えー……っと、こういう時は何て言えばいいのかしら……」
言葉に詰まるアイエフにベールはケロッとした顔で
「冗談ですわよ。 焦ったあいちゃんもかわいいですね」
「きゃ、きゃわいい!?」
顔を真っ赤にして、しかも噛んでいた。
そんなアイエフを見て、コンパとネプテューヌはヒソヒソと2人で話す。
(本当に可愛いですね、ねぷねぷ)
(普段のポジションがツッコミなのに、あんなに振り回されるあいちゃんは滅多に見ないからね〜)
普段見てきたアイエフは基本クール&ツッコミであったので、完全にベールの波に呑まれていた。
アイエフの反応を楽しんだベールは自分が着いて行く理由をもうひとつ説明する。
「パーティのバランスは1人が欠けてしまっただけでも簡単に崩れてしまいますわ。 けど、わたくしがパーティに入ったからには安心してくださいな。 しっかりと、プロの仕事をお見せしますわ」
と、言ったがこの説明と最後のプロと言うのに思うところがあったのか、ネプテューヌが質問する。
「参考までに聞くけど、プロって言うのは?」
「もちろん、ゲーマーとしてですわ」
4回目。 説明は割愛。
「けど、ベールさんまで解毒剤の素材を探しにいくとなると、イツキさんが1人になってしまうです」
既にベールの人の成りを知ったコンパは、この雰囲気にも慣れたようであり、ここに誰もいなくなってしまうことを指摘する。
「それなら心配はありませんわ」
そう言ってベールは2回ほど手を叩いた。 程なくしてそれが人を呼び出すものだと知る。
「(´・ω・`)らんらん♪」
「わっ、何か出てきたです!?」
どこからともなく現れたのは、何やら不思議な挨拶をしてきた豚の仮面を被った人であった。 驚くコンパにその豚の仮面は自己紹介をする。
「(´・ω・`)らんらんはらんらんだよー」
「ベール様、この人はいったい……」
アイエフは今の言葉を理解出来ず、ベールにこの豚の仮面について聞いてみることにした。
「らんらんを知らないのですか?」
「は、はい……」
「らんらんはゲイムギョウ界におけるスタンド・アローン・コンプレックス現象そのものと言われているんですの」
「すたんど……なんです?」
「簡単に説明すると、悪政とかで自分の国を捨て、豚のペルソナを纏い、その悪政を糾弾する流浪の民の総称よ」
長い固有名詞を聞き取れなかったコンパが説明を求め、それに答えたのはブランだった。 つまりらんらんとは会社などの従業員で言う、ストライキを実行したような人間の成れの果てなのだ。 ブランが詳しいのは、ルウィーにも他国から流れてきたらん豚がいるためだ。
ブランの説明にベールは肯定する。
「ええ、それで合っていますわ。 この子は少し前にリーンボックスに流れ着いたのをわたくしが拾い、個人的に飼っているんですわ」
「飼っているって……」
確かに豚の仮面をつけてはいるが……動物扱いで良いのだろうかと思ってのアイエフの言葉であったが、目の前で飼っていると言われても、らんらんは気にしていないようだったので、自分も気にしないことにしたようだ。
「例えではなく、そんじょそこらの猟犬よりも優秀なんですのよ」
「(´・ω・`)おほーっ!」
猟犬よりは格上扱いだが、完全に動物扱いされているらんらん。 しかし本人は気にするどころか、何か喜んでいるようだった。
「教会内の政治に左右されることはありませんので、安心してくださいな」
「(´・ω・`)それでそれでベール様。 らんらんに何か用?」
「これこれこういう理由でわたくしの部屋にいるイツキさんの看病をお願いしたいんですの」
「(´・ω・`)らじゃーなの」
余談だが、ベールは今詳しい理由は説明していない。 らんらんに対して長々と説明しても、帰ってくるのは
『(´・ω・`)らんらん豚だからよくわかんない』
なので、らんらんに頼み事する際は、短く伝えなければならないのだ。
閑話休題。 これでこの部屋から誰もいなくなってしまうことはなくなった。
「さて、これで安心ですわね」
「それじゃ、早速行こうよ。 その秘境に!」
「えぇ。 そうね」
「それでは着いてきてください。 教会の裏口からなら、人目はありませんわ」
ネプテューヌの言葉に賛同し、ベールは裏口へと案内するために立ち上がり、部屋の外へ出た。 そのあとに、ネプテューヌとアイエフ、コンパが続く。
「……」
その中でブランは立ち上がり、イツキの元へと歩き出す。
苦しそうにうめき声を上げるイツキに、ブランは声をかける。
「……待っててね」
そう言い、イツキの髪を軽く撫でてから、部屋の外へと出たのだった。