超次元ゲイムネプテューヌ 雪の大地の大罪人   作:アルテマ

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第45話 それは簡単な答え

飽きた。

 

もう一度言おう。 飽きた。

 

こんなに殴られるのも、あんなに罵倒されるのも、馬鹿みたいに耐えることにも。

 

嫌なんじゃない。 飽きたんだ。

 

痛みを受けることが、快感であるのは今でもそう。 気づいたらそうなっていた。

 

しかし、こうもいつまでも受け身であるとどうもマンネリしてしまう。

 

……あ、いいこと思いついた。

 

自分がいつもとは違う痛みを感じることができ、この鬱陶(うっとう)しい奴らを黙らせる、合理的な方法が。

 

「……アハッ……アハハハハ……」

 

気づけば口元が緩み笑っていた。

 

「……アッッッハアアアアアアアア!!!!!!」

 

ギョッとして馬鹿面しているリーダー格のやつの顔を殴り、掴んで手近にあったトイレの便器に叩きつけてやった。

 

「う、うわぁ!!?」

 

悲鳴を上げる取り巻きの奴ら。 そんなのは眼中に無い。

 

やつの顔面を殴った右手が、ビリビリと打ち震えている。

 

殴ったそいつは足元で後頭部を抑え悶えていた。

 

この先、もっともっとこいつを殴れば、こいつはどんな顔をするのか、考えただけでゾクゾクする。

 

興奮が、止まらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな訳でパーティー会場にやって来ましたの巻ー!」

 

「美味しそうなお料理がいっぱいです」

 

「……」

 

結局、僕たちは誘われるがまま、パーティー会場へと来てしまった。

 

勿論、ホテルでネプテューヌとコンパさんブランさん、途中から帰ってきたアイエフさんを交えてこのパーティーには出ない方がいいと提案した。

 

曰く、都合良くパーティーが開かれている訳が無いことと、今回報告したモンスターディスクに対するイヴォワールの対応のことを説明した。

 

だが、幾ら説明してもネプテューヌは行きたいの1点張りだし、コンパさんもどうもパーティーが楽しみな様子であった。

 

途中から帰ってきたアイエフさんも、どこかうわの空のようであり

 

『え? ……あ、あーそれ? べ、別にわたしは問題無いと思うけど』

 

等と、いつものアイエフさんらしくなく、要領の得ない返答ばかりしていた。 何かあったのか聞いても、その返答も要領を得ないものだった。

 

説得は全く効果をなさず、かと言ってパーティー会場に行こうとするネプテューヌたちを放っておくことも出来ず、結局全員来てしまったのだ。

 

(……大丈夫よイツキ)

 

パーティー会場に来てしまった顛末を思い浮かべているとき、ふと僕にコソッと話しかける人がいた。 ブランさんだ。

 

(わたしたちが怪しい素振りをするような奴がいない見張っていればいいのよ。 いざとなれば、女神化してでも切り抜けましょう)

 

ブランさんはこの中で唯一僕の意見に賛成してくれた人だ。 きっとブランさんも先ほどのイヴォワールの態度に疑問を感じていたのだろう。

 

(……うん。 そうだね)

 

僕もブランさんに小さな声で返事をする。

 

僕とブランさんで3人に何かしようとする人間がいたならば、こちらで何か対策をとろう。 何もなければそれでいいのだが、用心するに越したことはない。

 

少し周りを見渡したが、いるのは僕たちの他のパーティーの参加者らしき人が数人と、警備兵が何人かいるだけだ。 特に怪しい点は見当たらない。

 

「おやおやみなさん、楽しんでいますかな?」

 

(……イヴォワールさん……)

 

僕たちがキョロキョロとパーティー会場を見回している中、イヴォワールさんが先ほどと同じように、僕らから意図的に距離を離しているような雰囲気を纏って現れた。

 

このパーティーへの招待者であるイヴォワールさんは、最も警戒しなくてはならない対象だ。かと言って注意深くし過ぎてもそれで怪しまれては仕方が無い。 僕とブランさんはそれとなく警戒をした。

 

「おお、イボっち。 ちょうどこれから楽しむところだよ」

 

「イボっち!?……ま、まあ良い。 今宵は存分に楽しんでくだされ」

 

(……?)

 

ネプテューヌのノリに少し流されそうになっていたが、イヴォワールさんはそう言った後、スタスタと去っていた。

 

「あ、オススメの料理聞くの忘れてた……うぅ、まよっちゃうなぁ〜」

 

「ねぷねぷ。 このオリーブオイルのかかったお料理、凄く美味しそうですよ」

 

「おぉ! じゃあ早速それもらっちゃお! いっただっきまーす!」

 

ネプテューヌとコンパさんは気にしない様子で料理に手をつけていた。 あまりに無警戒なので少し心配になるが、他の参加者が普通に手をつけているところから、料理に毒を盛られているようなことは無さそうだ。

 

(……とりあえず、僕たちも食べようか。 何も食べないで疑われるのはまずいし)

 

(そうね。 一応、誰かが手をつけた物を食べるようにしましょ)

 

もう一度僕とブランさんはそう耳打ちし合うと、皿に盛られた料理を自分の皿によそい、少しづつ食べて毒味するようにした。

 

 

 

 

 

 

僕たちがパーティー会場に着いてから、それなりに時間がたったが、特に怪しい素振りをする人や、そもそも近づいてくる人はおらず、料理にも毒が盛ってあるわけでも無かった。 それでも気を抜くわけにもいかず、依然ブランさんと僕は警戒していたのだが

 

「ねぇ、お兄ちゃん、ブラン。 何でさっきからそんな難しい顔をしているの?」

 

唐突にネプテューヌに話しかけられ、少し驚くがすぐに持ち直してネプテューヌの方へと向き直る。

 

「あ、あぁネプテューヌか。 あれ? アイエフさんとコンパさんは?」

 

「あいちゃんとこんぱなら、向こうにいるよ」

 

ネプテューヌの指差した方向を見ると、そこには楽しそうに話しながら料理を皿に盛っているアイエフさんとコンパさんの姿があった。

 

「そんなことよりさー、質問に答えてよ。 何でそんな2人とも張り詰めているのさ? せっかくのパーティーなんだから、楽しまないと損だよ」

 

ネプテューヌは本当に不思議そうに聞いてきた。 多分ネプテューヌは本当にこのパーティーに裏があると思ってもいない。 その上でこんな質問をしたのだろう。

 

「……うん、そうだね。 とりあえず、あまり身構えないようには心がけるよ」

 

とりあえず、ネプテューヌには当たり障りのない返答をしておいた。 ここでネプテューヌが変に口を出して怪しまれたら元も子もない。

 

しかし、ここまで向こうが何もしてこないとなると、少し自分の感じた違和感だとかそう言うのは全て勘違いだったのかという思いがよぎる。

 

(……やっぱり考え過ぎだったのかな?)

 

そう思った。 そう思った矢先であった。

 

まず初めに聞こえてきたのはガラスの割れる音。 次いで聞こえてきたのは叫び声。

 

少し注意を怠った瞬間に聞こえた音に僕は驚き、その音が聞こえた方へと視線を向ける。

 

「ちょ、ちょっと!? 何するのよ! 放してよ!」

 

「き、急に何ですか!? 痛いです! 放してください!」

 

「ええい! 抵抗するんじゃない!」

 

そこで目にしたのは、さっきまで楽しそうに談笑していたアイエフさんとコンパさんが、辺りにいた教会の警備兵に押さえつけられていた。

 

「あいちゃん!こんぱ!」

 

突然のことにさしものネプテューヌも驚きを隠せず、アイエフさんとコンパさんの元へと駆けつけようとしたが

 

「動くな!」

 

いつの間に現れた、他の教会の兵士が槍を構え、こちらに切っ先を向けて僕とブランさんとネプテューヌを囲んでいた。

 

幾ら一瞬気を緩めていたとは言え、こんなにあっさりと動きを止められてしまったことに僕は驚きを隠せなかった。

 

そして直後に嫌な予感が当たってしまったという事も理解し、背中に冷や汗が流れ始めるのを感じた。

 

「イヴォワール様。 対象の捕縛が完了しました」

 

「うむ。 ご苦労」

 

1人の兵士が敬礼をし、報告をした途端にパーティー会場の奥からイヴォワールさんが現れた。

 

その瞳は僕たちを共通の目で一瞥する。 それは、敵視の瞳。

 

全員を一瞥した後、イヴォワールさんは視線をとある方向へと向ける。 それは今、教会の兵士に押さえつけられているアイエフさんだった。

 

「それにしても、失望しましたよアイエフ殿……まさか、せっかくのチャンスを無下にするとは……」

 

「っ……イヴォワール、アンタねぇ!」

 

イヴォワールさんがアイエフさんにそう言葉を発した後、アイエフさんは何か歯噛みするようにイヴォワールさんを睨んでいた。

 

口ぶりからして、イヴォワールさんはアイエフさんに何らかの取り引きを持ちかけていたのだろう。 だがイヴォワールさんがアイエフさんに対して、何のチャンスを与えて、何に対して失望していたかまでは分らなかった。

 

「おいイヴォワール! これは一体どういうことだ!」

 

既に怒りモードに突入しているブランさんは、兵に囲まれていることも厭わずに大声を上げてイヴォワールさんに問い詰める。

 

「どういうことも何も、お前たちを国賊として捕縛しただけじゃが?」

 

だけど、怒っているブランさんのことなど気にも留めず、次いでしれっと言った言葉に僕は驚愕を隠せず、イヴォワールさんに大声で問い詰めていた。

 

「国賊!? 僕たちを国賊扱いとはどういうことですか!」

 

ここに呼ばれる時点で、何か裏があるような予感はしていた。 だが、裏があると思えるようなパーティーに呼ぶ理由が、何回考えても分らなかった。 しかし、僕たちをパーティーへと誘い、こうして動きを押さえた理由が国賊だからと言うのには、納得がいかない。 僕たちを国賊として扱う理由がわからないのだ。

 

その僕の言葉にイヴォワールさんは一度僕らから視線を外し、瞼を閉じて間を開けてから口を開いた。

 

「……そうじゃのう。 厳密には、国賊と扱えるのは1名のみ。 他の者はその邪なる者に操られた、罪無き子供……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうであろう? イツキ殿」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

きっと今の僕を鏡で見たら、かなり間の抜けた顔をしていたぢろう。 最初、何を言っているのか理解が追いつかない、いや、出来る筈が無かった。 僕が国賊であり、ブランさんやネプテューヌ、アイエフさんにコンパさんを操っているだって? あまりにも突飛な内容に、僕は間の抜けた声を抑えられなかった。

 

そんな僕の間の抜けた声を、どう捉えたのかイヴォワールは見下すように鼻を1つ鳴らすと、懐から何かを探るような動作をしながら僕たちを国賊として扱う理由を語り始めた。

 

「とぼけても無駄じゃ。 お主が魔王ユニミテスの布教者であり、罪なき少女たちをその異教へと誘い洗脳し、各国でモンスターを……お主らで言うモンスターディスクをばら撒いていると言う報告があった。 無論、お主らとは違い、証拠付きでな」

 

「! それは!」

 

イヴォワールさんが証拠として懐から取り出したそれは写真であり、僕はその写真そのものに見覚えはなかったが、それがいつ撮られた物であるかすぐに分かった。

 

何故ならその写真に写し出されていたのは、モンスターディスクを手に取り、 そのディスクからモンスターが飛び出いる瞬間のものであったからだ。

 

(クソ! あの男の狙いはコレだったのか!)

 

てっきり、あのユニミテスの使いを名乗る男の目的は、モンスターで僕らを何らかの理由で襲撃していたと考えていたが、そうではない。

 

僕らに……いや、()()()に『モンスターディスクを使い、モンスターを各国にばら撒いていた』という濡れ衣を着せるために、あの袋と一緒にディスクを渡したんだ……

 

僕の驚きの声を聞いたイヴォワールさんが、また僕の考えていたこととは違う受け取り方をしたようであった。

 

「ふむ、見覚えがあるのも当たり前か。 これはお主らが今日いたダンジョンで撮ったものであるらしいからな」

 

「違う! そのディスクはあのダンジョンで、変な男に渡されたんです!」

 

僕は興奮おさまらぬままイヴォワールさんに叫ぶが、イヴォワールさんは間髪入れずにこう聞いてきた。

 

「そうか。 して、その証拠はどこにある?」

 

「……くっ!」

 

答えられる筈が無い。 僕やネプテューヌたちこそ真実は知っているが、何も知らない第三者からすればこの写真は僕自身がモンスターをディスクから呼び出しているものにしか見えない。

 

歯噛みする僕に追い打ちをかけるようにイヴォワールさんは写真を仕舞って語る。

 

「この証拠が提出される前には、こんな証拠も渡された。 聞くが良い」

 

イヴォワールさんが取り出したのは、小型の録音機。 僕らがそれに注目すると、再生ボタンが押された。

 

『……わ、私は見たのです……』

 

録音機特有の騒音混じりの音と共に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

『あのイツキという青年が不思議なディスクからモンスターを呼び出し、街が壊されて様子を笑って見ていた姿を……。 あの礼儀正しい好姿勢は仮面であり、本性は何と恐ろしい人間であろうか……、あぁ、今でも怖気が走る……』

 

それから先は全てザーッと言う機械音だけであり、録音は終わっていた。 録音されていた声は大して長いものでもなかったが、その声が誰であるのか心当たりはあった。

 

「これはラステイションのアヴニールに勤務している者の証言じゃ。 アヴニールと言えばラステイションの大企業。 その者の証言ともなれば、嘘をつくような経歴とは思えん」

 

このイヴォワールさんの言葉で、僕の心当たりにあった人物であることを確信した。 ラステイション、アヴニールと言う言葉から最も強く連想される人物は、たった1人しかいない。

 

「ガナッシュ……!」

 

ラステイションで、ネプテューヌたちを罠にかけ、一般人であるシアンさんや、下町の人々にさえ報復として、兵器をばら撒いた、アヴニールの外回り。 僕らからすればガナッシュは悪人と言える存在だ。

 

だが、ここはリーンボックス。 アヴニールが大企業であることからイヴォワールさんは名前くらいは知っていたのだろうが、他国であるラステイションにあるアヴニールがどんな悪政を敷いているかまでは把握していなかったようだ。 だからこそイヴォワールさんはアヴニールという大企業に勤めているのなら、信用できると踏んだのだろう。

 

(……これは、完全に嵌められた……!)

 

内心、かなり僕は焦っていた。 向こうの言い分にはでっち上げとは言え、事情を全く知らない第三者の視点から見れば納得されてしまう証拠が上がっているが、それに対してこっちには証拠が皆無と言っていい。 向こうの言い分に論破でもすれば何とかなるかもしれないが、その証拠が無ければ何の意味もない。

 

だが、たった1つ。 僕たちを嵌めた犯人を知ることが出来た。

 

その人物は魔王ユニミテスの使いに指示を出せる立場にあること。

 

そして、アヴニールと繋がりを持っている人物。

 

今にして、ラステイションでガナッシュが兵器を呼び出したディスクを取り出した時のやりとりを思い出した。

 

 

『……それも、アヴニールの発明品?』

 

『いえ、これはとあるお得意様に頂いた品ですよ。我が社の兵器でさえ収納しておくことが出来る。中々便利ですよ』

 

 

今思えば、あの時ガナッシュが兵器を呼び出したディスクと、ネプテューヌたちがモンスターディスクと呼称するディスクは、全く同一のものだった。その時は気にも留めなかった、ガナッシュの言うお得意様なる人物であり、魔王ユニミテスの布教者を僕は知っていた。

 

(コンベルサシオン……いや、マジェコンヌ!)

 

今回の罠を張った人物に思い至り、心の中でその名をつぶやく。

 

だが、今更首謀者が分かったところで完全に後の祭りだ。 こうして罠に嵌められた以上どうにか目の前の現状を打破しなければならないが、全く突破口は見つからず、心の中では焦燥感が増すばかりだった。

 

「ちょっとー! なんか完全にわたし蚊帳の外なんだけど!」

 

そんな僕の心境と周りの空気を打ち壊す声が会場に響いた。 その罠に嵌められた側であるにも関わらず、緊張感の欠片もない声の正体は、僕の隣にいるネプテューヌだった。

 

「それにさっきから黙って聞いていれば、お兄ちゃんを悪者扱いしてさ! わたしたちは別に洗脳なんてされてないんだけど!」

 

ネプテューヌは武器を向けられていることなんて御構い無しに声を張り上げ、先ほどから証拠の提示をしていたイヴォワールさんに叫んでいた。

 

そんなネプテューヌの様子を見て、イヴォワールさんは哀れむような目でネプテューヌを見ていた。

 

「おお……嘆かわしい。 か弱き少女たちにこれ程まで深く洗脳を施すとは……」

 

ネプテューヌの言い分そのものに興味なんて無さそうに、イヴォワールさんは僕を庇ったということだけにしか気にしていないような言い方をした。

 

「人の話を聞いてんのかテメェは! その耳は飾りか? そんな一方的にイツキを責め立てられているのを見て、私らが納得するとでも思ってんのかよ!」

 

ブランさんはそれに怒りを感じたようだ。 イヴォワールさんを罵倒し、言い分を主張していた。

 

ブランさんの主張は、僕があのダンジョンでモンスターを呼び出していた訳ではないと知っているからこそ言える主張だった。 僕を庇ってくれていることは嬉しい。 だが、イヴォワールさんの言い分や証拠に対しては苦しい……

 

だが、ブランさんの主張に対するイヴォワールさんの対応は僕の予想とは違うものだった。

 

「……ふむ、そうか。 そこまで言うのであれば、儂にも考えがある」

 

イヴォワールは近くにいた兵士に、アレを、と指示を出した。 すると間も無いうちに兵士がイヴォワールに、何かが入っている瓶を渡し、一礼して下がった。

 

「この瓶に入っている液体は、善なる者が飲めば無害な水であるが、邪なる者が飲めばその体を蝕む猛毒となると言われる聖水じゃ。 そなたたちが、この者をそこまで擁護するのであれば、これを使って確かめようではないか」

 

イヴォワールは僕たちのいるテーブルの向かい側から、手に持つ瓶を僕の目の前に置いた。

 

目の前に置かれた瓶の中にある液体は、毒々しい紫で染まっており、善人が飲めば無害な水となる聖水とは到底思えないものであり、どこからどう見ても毒そのものであった。

 

心臓が、1つ飛び跳ねたような気がした。

 

「……これを、どうしろと?」

 

何となく、分かっていた。 目の前に置かれた、瓶の中の怪しげな液体をどうすれば良いのか。 だからこそ、心拍数が上がったのだ。

 

分かっていた。 分かっていたが、聞かずにはいられなかったのだ。

 

だがイヴォワールさんはまた1つ鼻を鳴らすと、挑発するように言った。

 

「フン、分かり切っていることであろう?」

 

 

 

「その瓶の中の聖水を、貴様が飲めばよいのじゃよ」

 

 

 

 

さっきより、心拍数が上がり、心臓と言うより、体そのものが跳ね上がった気がした。

 

「な、なぁ!?」

 

驚愕の声をあげたのは僕自身じゃない。 隣にいるブランさんだった。

 

「ふざけるな! そんなどこからどう見ても毒としか思えないそれを飲めなんて要求が、受け入れられる訳ないだろ!」

 

「では、そなたにはこの者が邪なる者ではないと、他の方法で証明することが出来ますかな? それが無ければこの要求を呑んでもらうしかあるまい」

 

激昂するブランさんにも飄々とした態度を崩さず、全く動じないイヴォワールさん。 その対応にブランさんは悔しそうに歯噛みするしかなかった。 そんなブランさんを見てイヴォワールさんは追い打ちをかける。

 

「そもそも、何がそんなに気に入らないのか理解が出来ませんな。 この者が聖水を飲み、何もなければそなたらは解放され、毒であってもこの者が死に、そなたらの洗脳は解けるではないか。……あぁ、洗脳されている身では栓無き問いであったか。 これは失礼」

 

「ッテメェ!」

 

挑発するイヴォワールさんに詰め寄ろうとするブランさん。 僕はその肩をすぐに摑んでブランさんを止めた。

 

「! 何で止めるんだよイツキ! こいつはお前をーー」

 

「ブランさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!? ガッ……!?」

 

僕の謝罪に対して驚愕していたブランさんのお腹を、思いっきり殴った。 なにせ、相手は変身前と言えど女神だ。 不意打ちでもそれくらいはしなければ気絶してくれないだろう。無理矢理息を吐かされたブランさんは目を見開き、僕の方へと倒れた。 それを優しく受け止めると、僕は傷つけないようにゆっくりと床に横たわせる。

 

「お、おにいちゃん!?」

 

隣でネプテューヌが、突然のことに驚いていた。 ……いや、ネプテューヌなら僕がこうした理由は分かるかもしれない。 多分、ネプテューヌの性格なら、同じような状況になっても、僕と同じ結論を出すだろう。

 

「……ネプテューヌ。 今はアイエフさんとコンパさんが人質に取られている。 下手な動きは出来ない」

 

今更思い出したことなのだが、昔リーンボックスで大規模な異教者狩りが行われ、その対象には『グリーンハート様を信仰しているが、リーンボックス出身の人間で無い者』も含まれていたと言う話を、フィナンシェさんから聞いた覚えがあった。

 

グリーンハート様を信仰しているのにも関わらず、他国の人間というだけで異教者として扱う神官がいるのだ。 下手に動いたら、アイエフさんとコンパさんの命は保証できない。

 

「で、でも……! こうなったら、わたしがーー」

 

その先のネプテューヌの言葉は続かなかった。 続けさせるわけにはいかないネプテューヌのお腹を、僕の右腕が捉えていたから。

 

「……ごめんネプテューヌ。 君を変身させて、話をこじらせるわけにもいかないんだ」

 

ネプテューヌの倒れ際に僕はそう言葉を残した。 ネプテューヌが地面に倒れるのを確認した後、僕はイヴォワールさんの方へと向き直る。

 

「……話は終わりましたかな?」

 

僕はイヴォワールさんのその問いには答えず、アイエフさんとコンパさんの方へと視線を向けた。

 

「……い、イツキ……」

 

「イツキさん……」

 

不安そうな視線を向ける2人に安心するように僕は微笑んで言った。

 

「大丈夫。 僕は、死なないから」

 

その言葉に最初に反応したのはイヴォワールさんだった。

 

「ほう、自分が善人であることに自信を持っているのですかな?」

 

僕は目の前の瓶を手に取り、そのイヴォワールさんの言葉に答える。

 

「例え毒だったとしても、僕は死ねない。 あの人とあの人の愛してる国を守るために、死ぬわけにはいかない」

 

そうだ。 僕は死ぬわけにはいかない。 あの人……ブランさんと、ルウィーを守るために生きなくちゃならない。

 

……僕とブランさんだけがこの場を切り抜けるのは簡単だ。 ネプテューヌも大丈夫だろう。 だが、アイエフさんとコンパさんはどうなるか分からない。

 

だからこそ、アイエフさんとコンパさんを見捨てるわけにはいかない。 誰かを犠牲にしてまで、何かを守り抜くなんて、僕には出来ない。

 

「……1つだけ約束して欲しい。 どんな結果になろうと、この子たちに危害を加えないと」

 

「無論、そのつもりじゃ」

 

唯一の不安要素であったアイエフさんやコンパさんたちの処分がどうなるか安心した僕は、手に持つ瓶の蓋を取り外した。

 

生存本能そのものを警鐘する不快な臭いが、鼻についた。 これを飲めば、ただではすまない……

 

「……」

 

僕は無言で後ろで倒れているブランさんを一目見て、一つ深呼吸した。

 

……覚悟を、決めろ!

 

(……死ぬわけにはいかない。 絶対に!)

 

意を決し、僕は瓶の中身を一気に煽った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




彼はこの行為が、『自己犠牲』であると知っている。

そして彼は、『自己犠牲』の意味を知っている。

その意味は、『自分が苦しめば、相手は助かる』




そして、これは言い換えれば『誰かが苦しむ姿を見て、自分が苦しみたく無い』と言う、自分の逃げ道に大義を掲げて逃げていることも……

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