「ここが、リーンボックス……」
「?ブランさんもリーンボックスに来るのは初めてなの?」
「私が行ったことのある国はプラネテューヌだけだから……」
「プラネテューヌには何で行ったの?」
「同人誌即売会がやってるのはプラネテューヌだけたから」
「あぁ、そう言えばプラネテューヌって娯楽とかの面では他の国を差し置いてかなり発達しているんだっけ?何だかネプテューヌの統治する国と言われればネプテューヌらしい国だね」
イツキとブランは初めて見るリーンボックスの街並みを見ながら談笑し、歩みを進めていた。
リーンボックスの渡航場所から約数十分歩き、イツキとブランはリーンボックスの街へと着いた。
と言ってもリーンボックスの教会のある街はこの街の隣町であり、その教会のある街がプラネテューヌとリーンボックスの接岸場に近いので、恐らくそこでアイエフ達は落ち合うつもりでいるのだろう。
リーンボックスに着くのは明日と言うメールをアイエフから受けたイツキはそれに了解の返事を送ると、ブランと共にリーンボックス教会のある隣町に向かおうと考え、隣町に行く公共手段である馬車を使おうとした。
しかし
「え?馬車はもう走っていないってどうしてですか?」
馬車を使おうと馬車の停留所に向かったのは良いが、利用しようとした際に馬車の業者から返された返事は既に馬車の走る時間は終わったと言うものだった。確かに日は低くなっているが、それでも空が茜色に染まるような時間ではない。それに疑問を思いイツキは何故馬車が走っていないのかを馬車業者であるその若者に聞いた。
「いや、俺らとしても馬車を走らせたいのは山々なんだがな?最近じゃこの付近でもモンスターが増えて物騒になっちまって、必然的に馬車が襲われる被害も増えちまったんだ。そんでしょうがなく馬車の便も朝早くから昼までの短い時間になっちまったんだ。俺らの給料まで減るし、全然いいことねえよ。お二人さんは観光か何かかい?」
「ええ。ルウィーから観光に来たんです」
「そうか……リーンボックスに来てもらって悪りいけど、隣町に行くには馬車以外だともうダンジョンを通って行くしかないぜ。隣町に行くことに急いでいて尚且つ腕に自信があるなら、隣町に行く時に通る必要のあるダンジョンの位置教えてやるけど、どうする?」
その気さくな若者の提案に、イツキはブランに答えを仰ぐためにブランの方へと振り返った。
「ねぇ、そのダンジョンを通って隣町に行くのにどれくらいかかる?」
イツキと視線を合わせた後ブランさんはその馬車業者にそう聞いた。馬車業者は少し考えるように唸った後
「……そうだな。距離的にはモンスターと遭遇しないと仮定して1時間程で着く距離だし、モンスターと遭遇することも考えると、最低でも2時間はかかるんじゃないか?」
「そう。なら、私たちはそのダンジョンを通って行くわ」
「……あんたら武器持っていなさそうだけど、そんな装備で大丈夫か?」
「大丈夫よ。問題ないわ」
死亡フラグを余裕で建てる辺りにその馬車業者は更に心配になるが、約束したのは馬車業者であったので、彼は馬車でそのダンジョンの入り口までイツキとブランを送った。イツキはその若者の馬車業者にお礼と多少の金銭を無理矢理渡すとブランと共にそのダンジョンへと進み始めた。
ダンジョンの入り口からイツキとブランが降りても、その馬車業者は何度か気をつけるように言い、姿が見えなくなっても心配そうにダンジョンの入り口を見つめていた。口こそぶっきらぼうなところもあるが、この若者はかなりのお人好しであり、もしもあの2人がモンスターの餌食になっていたら……と思うと気が気でなく、通常業務に戻った後でも2人のことを考えていた。
そんな赤の他人とも言える人から心配されているにも関わらず
「さっきの馬車の人、良い人だったね」
「そうね。まるでどこかの誰かのお人好しさんみたいね」
「……それ僕のこと?」
「さあ?どうかしらね?」
何て談笑しながらダンジョンを進んでいた。いや、ダンジョンをただ進んでいたなら別に気にすることも無い。しかし
「うーん……僕ってそんなお人好しかな……よっと!」
「ギャオオオオ!!ギッ!?ガガ!?」
「自覚が無いだけで、結構イツキはお人好しな人間よ……フン!」
「グゴギャ!!??」
この2人、モンスターとの戦いの片手間に……いや、最早談笑する片手間にモンスターを倒していた。
最初こそモンスターに警戒はしていたものの(勿論エンカウントした際には油断無いように常に身構える)、この辺に増え始めたモンスター達は大した強さを持っておらず、戦闘能力を持たない一般人からすれば脅威ではあるが、かたや弱い部類とは言え、危険種を単独で倒した実力を持つイツキと、シェアが弱まり他国の大陸であるとは言え、この世界で絶対的に近い力を持つ女神であるブラン。この2人に勝てる者は中々いない。そんな実力を持つ者が協力しながらなのだから、ダンジョンを談笑しながら進む余裕があると言う訳だ。
「……それにしても、手応えがなさすぎるわ」
「最近急激に増えたって話だし、他のダンジョンのモンスターとの縄張り争いに負けて、モンスターが大していなかったこの辺に集まったとか大方そんな感じじゃないのかな?」
これまでにモンスターに6回ほどモンスターとエンカウントしたが、2人のロードを止められるモンスターは未だに現れない。……そもそも、この2人の進撃を止めたければ、それこそ危険種を大量に連れて来なければならない。有象無象の雑魚モンスターを大量にぶつけ、体力の消耗を待つ何て作戦は広範囲殲滅の技を持つブランを前にしては意味が無いのだ。
「だとしても、今ここに来るまでに当たったモンスターに1匹も手応えを感じられないと言うのは少し拍子抜け過ぎるわ。久しぶりにモンスターと戦うから、多少はモンスターと戦って、勘を取り戻したいのに……」
イツキがラステイションに行っている間、ブランは外に出てギルドのクエストなどを受けることは出来ずにいた。自分たちは追われる身。あまり自分の正体と居場所を晒すようなことは出来なかった。そのため、ブランはここ数日間は戦闘どころか、外に出ることも出来なかったのだ。大陸を守護する女神として(今は覇権を奪われたが)それはマズイと本人も感じておるのだろう。
「とりあえず今は隣町に向かうことに集中しようよブランさん。荷物をおいてからこことは別のダンジョンに行く時間は、幸いとしてありそうだし」
「……まあ、確かに余計な物は置いておきたいわね」
イツキの意見に納得し、隣町へと歩む速度を少し上げたブラン。その後に続くようにイツキもブランの歩くスピードに合わせるように早足に切り替え、後に続こうとした時だった。
「!イツキ、また来たわよ」
ダンジョンの茂みが不自然に揺れたことにブランは気づき、再び戦闘態勢を取る。それに続くようにイツキも拳を構えた。
「……グォアア……」
茂みからのっそりと現れたのは普通の物と比べれば、遥かに巨大なカメ。甲羅の上にヤシの木を生やした
「ブランさん!そいつ危険種だ!固有名は『タートル』で、動きは鈍重だけどかなりタフらしい!」
既にハンマーを構えて戦闘態勢をとり、そのタートルと向かい合うブランにイツキは声を上げる。
「危険種……イツキ、ちょっと今回は私1人でやらせてくれないかしら?」
「え……でも、ブランさん大丈夫なの?」
しかし返って来たブランの返事にイツキは戸惑う。確かにイツキはブランが女神であり、危険種すら物ともしないことは知っているが、それはブランの統治する国家、ルウィーの民のシェアが万全な時の話だ。今のブランは国を奪われ、シェアも減少の一途を辿っている。シェアとは女神の力そのものであり、それが少ないと言うのは、女神自身の弱体化でもあるのだ。つまり今のブランにはイツキがかつて見たほどの実力は無いと言うことだ。そのことを知っているからこそ、イツキはブランのやろうとしていることが心配なのだ。
「大丈夫よイツキ。こいつの亜種とはルウィーで散々戦ってきたのよ。女神化しなくても、遅れはとらないわ」
「……分かった。でも、僕が危ないって感じたら助けにはいるからね」
自信ありげにそう言い放ち、ハンマーを構え直すブランを止めることは出来ず、イツキは危なくなったら勝手に助けることを伝える。
「ええ。その時はお願い……まあ、それは無いだろうけど」
最後の言葉はいつも通りのブランらしい返答と言えるが、最初に素直にイツキにもしもの時は助けるという言葉を了承すると言うのは、彼女をよく知る人物がいたら驚くことであろう。それほどブランはイツキに信頼を寄せているのだ。
「それじゃ、行くわよ!」
ブランさんはハンマーを構え、タートルに向かって駆け出す。タートルは振り上げられたハンマーを見ても、ゆっくりと顔を動かしハンマーの行方を目で追うだけで、動きもせず、反撃をしようとはしなかった。余程自分の防御力に自信でもあるのだろう。
「アインシュラーク!!」
動きが遅いのならと、先手必勝の大技であり、ブランの十八番の必殺技『アインシュラーク』が、自由落下の速度と相乗させるために高く飛び上がったブランと共に放たれる。
女神としての力が弱体化しても、一般人からすれば凄まじい力を孕んだハンマーが振り下ろされる。そのハンマーが振り下ろされる地点は、甲羅で覆い被さっていない無防備なタートルの頭。
ハンマーとタートルの頭が接した瞬間、鋼鉄同士をぶつけたような甲高い音が辺りに響いた。そして束の間の鍔迫り合いの後、ブランはハンマーを持ち上げ空中に飛び上がり、一回転してブランは地面へと着地した。対するタートルは今のブランの攻撃によって、多少は効果があったようには思えるが、目に見えてダメージを与えられているようには見えなかった。
「チッ……やっぱり駄目か……何時もならこれでかなりダメージを削れるってのに、情けない話だぜ」
己の弱体化について苛立ちを感じて自分自身に毒づくブラン。しかしだからと言って目の前で攻撃が大して効かなかったことで余裕そうな態度をとるタートルを、倒す手段が無いわけでは無い。
ブランはハンマーを今度は下段に構えた。それを見たタートルは山のようにどっしり構えていた身体を急に前後に揺らし始めた。その揺れは段々と大きく大胆な物になっていき、甲羅の上に生えているヤシの木も大きくしなった。
「グォアア!グラアア!!」
そして一際揺れが大きくなり、ヤシの木が大きくしなった瞬間、ヤシの木の頭頂部から何と雷が生み出され、ブランへと発射された。恐らくこれが初見のイツキなら、直撃は免れなかったであろう。
「フン!」
しかしブランは本人が言ったとおり、このタートルの亜種とブランは戦っているので、タートルの予備動作から雷が飛んでくると理解していたため、構えたハンマーを崩さないまま横に避けた。この雷はスピードは早いのだが、誘導性能はそれほど良くは無いのだ。
「たあぁぁあああ!!!」
ブランはその雷を避けた瞬間に駆け出し、雷は撃ち出したことにより揺れた身体を抑えるためにその場から動けずにいるタートルへと肉迫する。しかし動けずにいるタートルだが、それでも余裕の態度は崩さない。恐らく攻撃されても大したダメージは食らわないと考えているのだろう。そんな余裕のタートルにブランは目の前まで迫った瞬間に、薄く笑った。
「シュネーシュトゥルム!!」
下段持ちされたハンマーが土を抉るように振り上げられた瞬間、タートルの真下から極寒の竜巻が生み出される。
ブランの数多くある技の1つ、『シュネーシュトゥルム』その技は本来は竜巻を生み出すという特性故に、相手が複数の際に纏めて倒す技だが、それは通常の使い方であり、使い様は他にもある。
例えば、このタートルのような敵に扱えば
「グォアア!!?グオッ!グオッ!?」
タートルは竜巻に煽られたが、鈍重な為に吹き飛ばされはしなかった。しかしタートルは甲羅を背にひっくり返ってしまっていて、手足をジタバタ動かしていた。
幾ら弱体化しても女神であるブランの生み出した竜巻は、巻き込み吹き飛ばすまでにはいかないまでも、タートルをひっくり返すのには十分だったようだ。
そしてブランは動けないタートルに攻撃を加える為に、タートルの腹に乗り上げる。
「フライスィヒフォアスト!」
すかさずブランはタートルの真下の腹に連続攻撃を加える。連続パンチがタートルの腹を捉えた。
「グオアアアアア!!!??」
さっきまでとは違い、確かに手応えの感じられるダメージを与えられていた。実はタートルの腹は一応甲羅に覆われているが、普段は全く晒さない為に他の甲羅の部位に比べて遥かに柔らかいのだ。故にタートルの弱点はその腹の部分と言えよう。ブランはそのタートルの弱点を狙う為に竜巻を生み出したのだ。
「テンツェリントロンペ!」
ラッシュを止め、ハンマーを中段に構えたブランは回転し、タートルの腹へと的確にハンマーを当てる。苦悶の声を上げ、苦しむようにタートルは呻いた。
「トドメだ!!」
回転を緩め、高く振り上げられたハンマーが空中に奇跡を描き、度重なる攻撃によりひび割れた腹の甲羅へと凄まじい勢いで振り下ろされた。
「……オ、……オオ……」
もはやうめき声しかあげられないタートルはその渾身の一撃を受けたあと、すぐに粒子へと霧散した。
◇
ブランさんがタートルにトドメを刺し、タートルが霧散したのを見て、久しぶりに見たブランさんの力に感心していた。
確かに前よりもステータスは下がっているように見受けられるが、それでもブランさん自身の経験などを生かして、足りない火力を補っていた。てっきり戦闘面では力押しタイプかと思っていたが、キチンと敵の弱点や情報を理解しているようだった。
「フゥ……まあ、こんな所かしら。とりあえず自分の今ある大まかな力が分かって良かったわ」
ブランさんは危険種を倒した後でも、まだ体力が有り余っているようで、特に疲れているような様子を見えず、淀みない動作でハンマーの装備を解除していた。
……ああ、そういえば武器はこの世界では念じれば手元に自分が装備したものが現れ、仕舞うように念じれば粒子へと戻りいつでも呼び出せる。ちなみに僕は皮のグローブしかつけていないのでこの武器を呼びだすシステムは使っていない。
「お疲れ様。流石ブランさんだね!」
僕はブランさん労い、ブランさんの元へと駆け寄る。ブランさんも近づく僕を見て、小走りで近寄ってきた。
「そっか。イツキは私の戦闘を久しぶりに見わっ!?」
「ブランさん!?」
小走りで近寄って来たブランさんは急に何かに引っかかるように前に倒れるのをみて、僕はすぐにブランさんの所に駆け寄った。
「どうしたのブランさん?大丈夫?」
「いたた……だ、大丈夫よイツキ。怪我はしていないから……」
つまずいたブランさんに駆け寄り、しゃがんでブランさんに問いかけたが、本人曰く大丈夫らしいので、とりあえず手を差し伸べてブランさんを立ち上げる手助けをしようとしたのだが、ブランさんは不要と言いたげに自分自身の力だけで立ち上げろうとしたが
「……わっ!」
何故か右足がバランスを崩し、ブランさんはつんのめってしまった。ブランさんが地面に激突する前に僕はブランさんの肩を摑んで止めて、ブランさんの右足に注目した。
よく見るとブランさんがルウィーの、巫女服を買ったあの街で一緒に買った下駄の鼻緒が切れていた。ブランさん本人が服に会う靴を履きたいとのことで、ブランさん本人が買った下駄なのだが、どうにも下駄を履くのは初めてなようで、少し歩きづらそうにしていた。それでも普段通りに歩くことには支障は無かったのだろう。しかし、戦闘と言う激しい動きを問われる事をして、ここに来て下駄の鼻緒が切れてしまったのだろう。
「あー……ブランさん、これ鼻緒切れちゃってる。直せばまだ履けるだろうけど、ここでは直せないや……」
「そう……なら、仕方ないわね」
そう言ってブランさんは鼻緒の切れた下駄を脱ぐと、片足立ちで立った。……ただでさえ普段履き慣れていない下駄でバランスを崩しかけているのに、それで片足立ちになると言うのはさらに不安を掻き立てる。
「えと……ブランさん?片足立ちになってどうする気?」
「どうするも何も、片足で行くわよ」
するとあれですか?ケンケンでいくんですか?こんなダンジョンで?……無理でしょ。
「はぁ……ブランさん、ほら」
「……?どうして背を向けてしゃがんでいるのよ?」
「どうしてって、おんぶするため」
「……誰を?」
「ブランさんを」
「どうして?」
「ブランさんは歩けないから」
何故か一問一答を繰り返す僕たち。しかしあまりダンジョンの中でノンビリとしている暇は無いだろう。僕は早くブランさんにおんぶするように促す。
「ほら、早くブランさん。ここダンジョンだし早く行こうよ」
「別に、私は歩けるわよ。おんぶなんてされなくても大丈夫よ」
「でも下駄で片足立ちは危ないし、バランスも崩れやすいよ。それにここはダンジョンだし、片足立ちで進むわけにはいかないでしょ?」
「ここのダンジョンのモンスターは雑魚しかいないし大丈夫よ。イツキは心配症ね」
しかし何がなんでも譲らないブランさん。……あまり使いたく無いけど、強硬手段を使おう。
「……ブランさん、ごめん!」
「……え?何で謝ってうわっ!?コラ!何すんだイツキ!」
僕はブランさんを有無を言わさずに足を持ち、背中を支えて走り出す。今僕がブランさん抱えている持ち方は、所謂お姫様抱っこというやつだ。これはやる側は特に害は無いが、やられる側は相当恥ずかしい。かつてやられた身としては分かっているが、中々動き出さないブランさんにはこの強硬手段しか無いだろう。
「さーて!全速力でこのダンジョン突破するよブランさん!おりゃあああ!!!」
「ちょ!おいイツキ聞いてんのか!今すぐ私を降ろしやがれ!!自分で歩くっつったろ!」
「聞こえなーい聞こえなーーい!!」
ブランさんが何やら文句を言いまくっているが、全速力で走っているために、風切り音にブランさんの声は聞こえにくい。それにここまで来たら突っ走るのみだ。僕はブランさんの体をしっかり支え直すと、全速力を出し続け、出口を目指すのだった。