真上まで振り上げられた大槌は、直上で少し留まり、日光をその黒いフォルムが反射して一瞬鈍く光らせると、振り上げたキラーマシンは主に命じられた命令を遂行し、得物を振り下ろし、獲物は振り下ろした者の命により、目標を潰そうとする。
「…
動けない僕は迫り来る大槌を避けられない。咄嗟に、いや、生存本能で硬化をしていた。自分の体と直撃した大槌の間から爆破音とは違う鉄同士のけたたましい音が鳴り響く。
「ッ……!」
幾ら硬化しているとは言え、金属製の真上から振り下ろされた大槌をまともに受ければ、多少は痛覚に響く。ビリビリと痺れるような痛みを僕は歯を噛み締めて何とか押し殺す。
「まともに大槌を食らったのに、傷ひとつ無いなんて、あなたは本当に人間なんですか?」
僕が無傷であることにガナッシュは驚くと言うより、呆れているように感じているように見えた。その間にも大槌はまた振り上げられていた。
そしてまた身体中を貫く痺れ。鳴り響く轟音。右足も含めた痛みに耐えるが、その間にもキラーマシンは大槌を振り上げる。何度もそれを繰り返し繰り返し、その度に僕の残りの硬化するエネルギーはどんどん消えていく。
「……ここまでくると、最早あなたは人間とは呼べませんね。人間の皮を被った化物です」
キラーマシンに命令を下したガナッシュでさえ、何度も大槌を叩きつけると言う過剰な攻撃は、第三者から見ても直視は出来ない。そんな攻撃を耐え続けている僕を見て、更に不快そうな顔をする。
「化物は、しっかりと退治しなくてはなりませんねえ……キラーマシン、出力を限界まで上げるぞ」
ガナッシュは手に持っていたあのデバイスを操作する。その瞬間、キラーマシンは小刻みに、だが大きく痙攣するように震え始める。この現象は何度か見ているが、今起こっている現象はこれまでの比にはならないくらい大きく震えていた。
「ガ!、ガ、ガガ……ガガガガっ!!ガガ!!ビーー!!!」
アラート音はこれまででも最大級であり、無理矢理出力をあげたことは分かり、キラーマシンは悲鳴をあげているように見えた。ガナッシュはこれで終わらせるつもりなのだろう。キラーマシンは長くは持たないだろうが、残念ながら、僕には既に出力を限界まで上げきっているであろうキラーマシンに耐えるだけの力は、殆ど残っていない。硬化しても2、3回耐えるのが限度だろう。
(……僕は、ここまで、なのか……)
僕はまた、自分の実力不足を悔やんでいた。あの時も、自分には敵を睨む程度の力しか残っていなかった。それは、またなのだろうか……
「ここまでですね……キラーマシン!」
ガナッシュの命令により、キラーマシンの大槌を持つ手が震えながら、乱暴に振り上げられた。間も無くすれば、大槌はこれまでの比にならないスピードで振り下ろされるだろう。
それでも、僕には対抗出来ない。仮に残りの力を全て振り絞って対抗しても、何度攻撃しても立ち上がったキラーマシンを破壊することは難しい……やっぱり、僕には悲鳴のような駆動音を起こしながらも今にも大槌を振り下ろさんとすキラーマシンを睨むことしか出来ない。その巨大な大槌を振り下ろそうとしているキラーマシンを、僕は……
「……!」
僕はキラーマシンではなく、その背後のある一点を見た。それを見た瞬間僕の脳内は即座にそれが何を示しているのかを理解した。
(……あれだ!あそこを壊せば、まだ可能性はある!)
そして僕は脳をフル回転させ、その部分を破壊する順序を組み立てる。その組み立てた作戦は、今の状態の僕に出来るかどうかはわからない。だが、僅かな光でも、何も無い暗闇の中では大きく見える。
(……これは……賭けだ……)
成功すれば、キラーマシンを停止させることができる。だが失敗すれば、僕は死ぬ。
成功確率なんてそんなのは分からない。だけど、このまま何もしないでいても死ぬ。だったら、答えは1つだ。
(やってやる……いや、僕はこの賭けを、するしかない!)
そして僕は、ゆっくりと目を閉じた。
◇
「……?」
キラーマシンの出力を限界まで上げ、確実にイツキにトドメを刺そうとしたガナッシュだったが、キラーマシンの標的である人物が目を閉じていることに気づき、眉を顰めたが、すぐに鼻を鳴らす。
「今更、死ぬのが怖くなったのですか?……まあ、どうでもいいですが」
天高く振り上げられた大槌を持つそのキラーマシンと呼ばれる機械は大きく震え、所々中のギアの噛み合わせな合わずに無理にはめ合わせ、やかましい駆動音を発生させながらも、主の命に従い目標を破壊しようとする。
「トドメを刺せ!キラーマシン!」
主であるガナッシュの命令は下された。キラーマシンはそれまでの比にならない程のスピードで大槌を目標に振り下ろす。食らえば最後、人の身体ごと地面にクレーターを作り上げてしまう程の威力の一撃が、未だに静かに目をつぶるイツキへと落ちていく。
ガナッシュはキラーマシンを使役する。銃の引き金を引いた。
キラーマシンは主の命を受け、大槌を振り下ろす。引き金は連動し、銃弾を押し出す。
大槌はキラーマシンにより、得物を捉える。銃弾は打ち出される。
もう後は、大槌がその役割を果たしイツキを粉砕する。その段階にまで来た瞬間だった。
「……!うおおおおおお!!!!」
大槌の得物であるイツキは目を見開き咆哮を上げながら
左腕の拳を突き上げた。その拳の先にあるのは、巨大な大槌。迎え撃つには、あまりにも貧相すぎる。
そしてぶつかり合う拳と大槌。甲高い鋼鉄同士の音が辺りにこだました。
このイツキのあまりにも無謀と思えるこの迎撃には理由がある。イツキは振り下ろされた大槌を防ぐのではなく、軌道を逸らそうとしているのだ。大槌の軌道を逸らせば地面に突き刺さり、少しの間は動きが止まる筈と考えたのである。その間に勝機を見出した。
だが
「くっ……ぐぐ…!」
振り下ろされた大槌の威力はイツキの想像以上であり、軌道を逸らそうとしてもキラーマシンの力は強く、それをやすやすとさせてはくれずに、鍔迫り合いの状況に陥り、硬化した左腕でも押し切られそうであった。
(くそ……やっぱり……ダメなのか……)
容赦の無いキラーマシンは邪魔な拳を押し切らんと更に力を込め、イツキは更に後がなくなる。
段々と自分の拳が押されていくにつれて心の中で諦めのようなものがイツキの心を占めていく。その間にも、大槌はイツキの拳をドンドン押し込んで行き、ついにイツキの目前にまで迫っていた。
(……ごめん……ブランさん……僕は、ここまでみたいだ…)
イツキはこの時点で諦めてしまい、ゆっくりと目を閉じた。無駄な抵抗はやめ、拳も下げようとした。
『ふざけんじゃねえぞイツキ!!』
「!?」
突如聞こえた自分のよく知る声にイツキは閉じた目を開けた。勿論、周りにその声を発した人はいなかった。だがイツキにはその声を語りかける正体がすぐに分かった。
大槌を迎え撃っている左腕の手首に巻きついている、紅色と白色のバンドが、全身を発光させ、イツキに語りかけていた。イツキが旅立つ時にある人に渡された御守りだった。その御守りを渡した人と、イツキに語りかけてくる声は同一人物だった。
「……ブラン、さん……?」
イツキの問いかけにその御守りは答えない。だが、諦めかけているイツキを叱咤するように言う。
『何ちょっと図体がデカイだけの木偶の坊に押されたぐらいで弱音吐いてんだ!こんなところで諦めてんじゃねえよ!!』
「……だけど、……僕は……もうこいつには勝てない……」
だがブランが叱咤したところでイツキの精神は立ち直らない。ブランの声はイツキには届いていない。
『アァ?……勝てない?……テメェ今勝てないって言ったのか?』
「……だって、現に僕は押されて」
『まだ負けてねえ!まだ勝負はついちゃいねえだろ!押されている?それがどうした!まだ結果は出ていない!現にテメェはまだ
「……!」
『だったら足掻け!そして覆せ!どうしようもないなんて関係ねえ!諦めることは絶対に私は許さねえぞ!』
ブランの言葉が、体全体に伝わっていくような感覚を覚えるイツキ。同時にイツキに力が漲ってくる。
「……うん。そうだね……そうだよね、ブランさん……」
『……おう。そんじゃ、あの生意気でキーキーうるさい木偶の坊をスクラップにしてやれ……』
その言葉を最後に、ブランの声はイツキには響かなくなった。だが、イツキの左腕の御守りの光は失われてはいない。
「…う、ぉぉぉぉぉ……」
無言だったイツキは呻き声をあげ始めた。押されていた左腕はそれ以上の大槌の進行はピタリと止まった。
「うぉぉおおおおおお!!!!!!」
呻き声は咆哮へと変わり、左腕の御守りは更に輝きを増しイツキの左腕に力が湧き上がる。
これまで押されていたのが嘘のように、イツキの左腕は迫っていた大槌を、逸らすどころか真っ向から押し返し、そこから振り払うような動作で大槌を掴み地面へと落とした。
衝突音というより、爆破音と言った方が正しいような音が響く。だが、その音の発生源の1つである大槌は、イツキを捉えてはいない。
地面に深く突き刺さっている大槌。抜くのには手間取る筈だ。この隙をイツキは逃さない。賭けは既に終わった。ここからはイツキの残った体力と、意地による勝負だ。
「うおおおおおおお!!!!」
2度目の咆哮と共にイツキは右手でまだ突き刺さっている大槌の柄を掴むと、無事な左足をバネにし飛び上がる。右手に掴んでいる大槌を軸に空中に横回転でイツキは飛び上がった。大槌の柄を軸にしたことにより、空中でブーメランのように回転しながら、イツキは丁度キラーマシンの背後に四つん這いで着地した。
「っぐうぅ!!!」
着地したショックでイツキの右足に鋭い痛みが起こるが、イツキは歯を噛み締めてそれに耐え、自分の狙うべき目標を探す。
「!やっぱり!」
それは目の前にあった。イツキはさっきまで何度も背後からキラーマシンを攻撃していたが、その時にこんな物は無かった。
それはゴウゴウと音を鳴らし、中から熱気を押し出しているもの。
イツキが先ほどキラーマシンを見て気づいたのは、キラーマシンの背後に熱気が出ていることに気づいたのだ。
これはガナッシュがキラーマシンの出力を限界まで上げてしまったことにより、本来は使わない筈の
そして
イツキはキラーマシンに両足を固定すると、体を支えていた手を話し、両手を握り高く掲げた。そして確実にキラーマシンを壊すために、残った全ての力を振り絞り、両手の拳を硬化する。
それと共にイツキの左腕の御守りは眩い光を更に放ち始めた。それと共に、イツキは両手を誰かに握られているような感覚を覚え、振り返った。
「……ブランさん……!」
イツキの見たそれは、少し半透明の姿をしている変身した白の女神、ホワイトハートだった。ホワイトハートはイツキの問いかけには答えず、少しだけ口角を吊り上げ、ニッと笑うとイツキの体と重なり、自らも幻影の戦斧を呼び出し、握り手がイツキの両手と重なるように構えた。
(……ありがとう……ブランさん)
イツキは心の中で礼をいい、振り返るのをやめて標的に向き直り、両手に更に力を込めていく。
そこでガナッシュはイツキが何を狙っているのか気づき、露出した排熱口を塞ごうとしたが、もう遅い。
イツキの御守りの輝きが最高潮になった瞬間、
「『アイアンーーー
ーーーシュラーク!!!!!!!』」
放たれたイツキの拳と、重なり合うホワイトハートの戦斧は、御守りの光が流星のような軌跡を描きながら、その無防備なキラーマシンの
そしてそれがキラーマシンの動力炉を捉えた瞬間、動力炉は直撃していない周りの装甲すら余波で吹き飛ばした一撃に耐えられる筈もなく、呆気なく破壊された。
「ビーーーーー!!!!!!!ガ、ガガガガガガーーーー!!!!」
そしてキラーマシンが最大級のアラート音を鳴らし、回路がショートし、右腕、左腕、尻尾を爆発させていき、最後には体全体を爆発させた。
◇
「……」
イツキがキラーマシンに放った拳により、凄まじい爆発が起き、その爆発源であるキラーマシンの近くにいたガナッシュは、キラーマシンが破壊された瞬間その場を離れたが、爆風に巻き込まれ、地面を転がされた。彼の来ているスーツは既に泥だらけのボロボロであったが、外傷は殆ど無いことを考えると運が良かったと言えるだろう。
ガナッシュは立ち上がろうとして、顔を上げたが彼の視界はボヤけていた。どうやら爆風に巻き込まれ、地面を転がった際にメガネも吹き飛んだようだ。ガナッシュは手探りでメガネを探ろうとはせず、懐からメガネケースを取り出し、予備のメガネをかけ、周りを見回してから舌打ちした。予備であるために度が微妙に合わないようだ。
ガナッシュは立ち上がり、軽くスーツの土を払い落とすとキラーマシンの残骸が残る場所へと歩いた。
キラーマシンの回路やら、部品だったものが爆発によって形を変えて散らばっていた。ガナッシュはその中でも最も部品だったものが多い場所で足を止めた。
キラーマシンの残骸を布団に、キラーマシンを粉砕した張本人イツキは仰向けに静かに目を閉じていた。一応呼吸はしているようだ。
ガナッシュはイツキを蹴るが、反応は無い。完全に気絶していた。
「……フン」
それを確認したガナッシュは、スーツの懐から拳銃を取り出し、銃口をイツキの頭へと向けた。それは護身用の拳銃であり、フォルムが小さくおもちゃのようであり、弾丸もたったの2発しか入らない。当然ガナッシュは予備の弾倉などは持ち歩いてはいない。
だが幾らキラーマシンのような巨大な兵器を単独で破壊したものであっても、気絶した状態で脳や心臓を撃たれれば簡単に死ぬだろう、とガナッシュは思う。それで死ななければ本物の化物だ。
「……出力限界のキラーマシンを破壊されたのは想定外でしたが、結局無駄でしたね……イツキさん」
ガナッシュは引き金に指を掛ける。イツキが目を覚ますような様子は無い。
「では、さようなら」
ガナッシュは引き金に力を込めた。
パン!と言う乾いた銃声が鳴り響く。
「っが!!」
ガナッシュは突如拳銃を持っていた右腕に響いた電気を流されたような感覚に驚いた。既にその右手に拳銃は残っていない。
銃声はガナッシュの持っていた拳銃から響いた物では無かった。
ガナッシュは左手で右腕を抑えながら銃声の聞こえた方向へと振り向いた。見ればガナッシュが先ほど廃工場に閉じ込めた少女たちと、1人の女性がこちらに向かって駆けてきていた。その中のコートをきた少女が右腕のコートの袖を捲り上げ、ガナッシュのおもちゃのような護身用の拳銃では無く、黒い重厚感のあるフォルムのした拳銃が握られていた。その銃口から白煙が上っていた。ガナッシュの拳銃を狙撃したのはそれだった。ガナッシュはそれだけ見ると、飛んでいった自分の拳銃には目もくれず、懐からまたデバイスを取り出す。
(……ふむ。まあ、今回の目的は十全とは言えませんが、最低限度は遂行出来ましたし、ここらで退き下がっても責められはしないでしょう)
横目で目的の障害となったイツキを見るガナッシュ。これから先もイツキはガナッシュ達、アヴニールの障害となり得る可能性はある。
「……今回は退きましょう。ですが、次はありませんよ……」
そう言い残し、ガナッシュはデバイスを軽く顔の前で横に一振りすると、一瞬で姿を消した。