……でも、まだダラダラなんだよな……
「ふぅ……スッキリした」
「これでストレス発散できたわね」
アイエフとノワールは一仕事終わった後のように汗を拭い席についた。店の入り口には約1名理不尽な裁きを受けた1人の少女がうつぶせていた。
「ねぷねぷ……せめて安らかに眠ってくださいです……」
「いやあれ生きてるでしょ」
コンパのボケにツッコミを入れたイツキだが、被害者ネプテューヌ氏は呻き声(らしきもの)を上げてヨロヨロと右腕を真上に掲げた。
「……どうやら、俺はここまでのようだ……」
「ねぷねぷ!?まだ生きているですか!?」
弱々しい声を上げるネプテューヌに駆け寄り、そのてを握るコンパはネプテューヌに呼びかける。
「しっかりしてくださいねぷねぷ!!今ねぷねぷが死んじゃったら、ねぷねぷが死んじゃったら……だれがスイーツ食べ放題のツケを払うんですか!!」
イツキは突如始まったネプテューヌとコンパの茶番劇の内容にツッコミを入れたいところだが、どこからツッコメばいいのかわからないのでアイエフに質問をした。
「……ちなみに、それはいつの話?」
「私たちがラステイションに来る前だから、イツキとノワールは知らないわね」
((……女神がツケなんて……))
この心の声はノワールとイツキの呟きである。その間もネプテューヌとコンパの劇は続いていた。
「大丈夫……心配することはない、こんぱ……あの時借用書みたいなの書かされたが、名義はあいちゃんのにしておいた」
「ちょっとあの子にトドメさしてくるわ」
ネプテューヌの発言にいち早く発言し、いつの間に取り出したナスを携えてアイエフはネプテューヌの元へと歩いて行った。
「……止めないの?」
「別に放っておいて大丈夫よ」
「ノワールさん薄情」
またもやネプテューヌの絶叫が聞こえて来たが聞こえない振りをするイツキ。完全に幻聴として扱った。
「まあ、あっちは放っておきましょう」
「ごめん……ネプテューヌ……」
一応止めなかったことを反省し、イツキはネプテューヌに聞こえない声で謝るとノワールと向き直った。
「ネプテューヌがとんだ発言しちゃったし、ここまで来てしまったら正直に言うわ……私達……と言うより私は個人的に貴方を疑っているの」
真剣な眼差しでイツキと真っ向に向き合って話すノワール。その凛とした態度はさっきの焦りに焦って墓穴をほりまくった姿は全く垣間見えない。
「正直、ノワールさんの自滅発言もどうかと思ったけど……」
「わ、忘れなさいその事は!と言うか、話を逸らさないでよ!」
(……何か可愛い)
イツキの発言にまたも慌てふためくノワール。さっきの凛とした姿勢はどこへやら。イツキはこの慌てふためくノワールと通常時のノワールとの差に、所謂ギャップ萌えというのを感じた。
「コホン!それで話を戻すけど、単刀直入に言って貴方はアヴニールとどういう関係があるのかしら?」
わざとらしい咳き込みで話を戻し、またイツキを見つめるノワールのその姿に、またもギャップ萌えを感じるイツキだが必死に
「……どういう関係、とは?」
「そのままの意味よ。あなた、あのガナッシュってやつに何か気に入られている様子だったし、全くの無関係と言う訳では無い筈よね?」
(やっぱり、そこを突っ込んでくるか……)
気に入られている様子とは、やはりあのガナッシュのクエストの詳細を説明し終えた時のことだろう。イツキにとっては予想していることではあったが、いざそれのことを問い詰められるとどう答えるべきか考えあぐねてしまう。
(ここで本当のことを言ったところで信用されるわけがない。だけど、嘘をつけば後々心証が悪くなるしな……)
心証が悪くなれば、アヴニールとの関係を疑惑から確信へと誤解されかねない。やはりこの場では嘘をつくべきではないと判断したイツキは正直に答えることにした。
「昨日、ダンジョンに取り残されたアヴニールの社員を助けて欲しいって内容のクエストをギルドで受けたんだ。その時助けたのがガナッシュさんだった、それだけだよ。今回のクエストも、ガナッシュさんに頼まれたから受けたんだ」
「……本当でしょうね」
「嘘だと思うなら、本人に確認してみて欲しいな」
「そんなの、あなたがアヴニールの内部の人間なら口裏を合わせてもらうことだってできるじゃない」
イツキの回答に激しく食い下がるノワール。確かに、ノワールの言い分は理解できるものだ。イツキは真実を言ってはいるのだが、自分はアヴニールの内部の人間では無いという証拠は提示していないし、提示も出来ない。
(どうしてこんなことになったのやら……この場ではネプテューヌが原因だけど、根本的な原因はガナッシュさんなんだよな……)
あのガナッシュの発言は素なのか、それとも何か考えがあっての事なのかは分からないが、実に面倒なことをしてくれたものだとイツキは心の中でため息をついた。
「……」
ふと思考から現実に意識を戻したイツキはノワールがさらに疑惑を深めていることに気づいた。ガナッシュに関して考えていた間、無言だったために、だんまりをしているのだと勘違いされたのだ。
「今のあなたの証言だけじゃ、あなたがアヴニールの内部の人間では無いという証拠には弱すぎるわ。もっと、決定的な証拠とかは無いの?」
ノワールの証言とか証拠という単語から、警察の事情聴取のような雰囲気になって来たなと感じるイツキ。
(参ったな……決定的な証拠なんて、ある訳が)
少し諦めモードに入りかけたイツキだったが、ここで思わぬ援護があった。
「俺はそいつは、少なくともアヴニールの内部の人間じゃないと思うぜ」
イツキとノワールは声のした方へ振り向くと、出来上がったであろう料理を載せたお盆をもってこちらに歩み寄ってくるシアンがいた。
「シアン?」
「悪いな。途中から話が聞こえちまって、つい横槍入れちまった」
「それは構わないけど……イツキがアヴニールの内部の人間では無いってどう言うこと?」
「ああ、詳しく話すよ」
シアンはイツキたちの座っているテーブルにお盆ごと料理を置き、厨房は少し熱が籠っていたであることが伺える額の汗を拭い、椅子に座って氷で冷えて水を少し煽ると話を始めた。
「そうだな……お前らはアヴニールの代表のサンジュってやつ知ってるか?」
サンジュ。イツキとノワールはその名前は知っているどころか今日偶然というレベルで会うことが出来た。イツキからしてもあの人間観察の視線を寄越した印象は中々強烈だった。
「知ってるも何も、今日会ったわ」
「そうか、なら話は早い。サンジュと会った時、あいつお前らのことを変な視線で見ていなかったか?そうだな……具体的に言うと、全身を観察するような感じの」
「言われてみれば、確かにそんな視線を感じたわね……」
「僕はあからさまにやられましたよ、それ」
ノワールも少し思い当たる節があるようで、顎に手を当てて考えていた。イツキに関してはガナッシュの報告のこともあったのだろう。シアンは2人の答えに頷くと話を再開した。
「アヴニールは工場の製造過程の殆どを機械が担っているから、人員は本当に最低限なんだ。その分サンジュの思想が伝搬しやすいし……いや、あれは最早洗脳と言えるだろうな」
「……それとイツキのアヴニールとの関係に、どんな意味を成すのよ?」
話が長くなりそうに感じたノワールはシアンに簡潔に話すように求めた。シアンは1人回想に入りかけていた脳を引き戻すと
「簡単に言うとだな、アヴニールの殆どの社員たちは初対面の人間を値踏みするんだ。アヴニールでも、どうしても人間に仕事を頼まなくちゃいけない事態というのはあるけども、サンジュは完璧主義だから、ミスを絶対に許さない。値踏みするのは、そいつのミスをする確率を計算するようなものなんだ」
んで、と話を区切り、そしてシアンはイツキへと向き直る
「イツキと私は初対面だが、こいつは特にそんな素振りを見せなかった。アヴニールの人間とは顔を合わすことは割と多いから、その辺の判断は結構自信あるぜ」
まあ、向こうは下町の奴らには罵倒とか嫌味しか言わないけどなと付け加えたシアン。
「あの、そんなことで判断しちゃっていいんですか?」
フォローされたイツキはイツキで、そんな理由で自分の身の潔白を判断されて良いのだろうかとシアンに問うていた。
「何だよ。俺の長年培われた判断能力を疑うのか?」
「……シアンさんまだ長年って程生きていないでしょ」
「おっと、こいつは一本取られたな!」
大げさに手を額にあて悔しそうなリアクションをするシアンを見て、少し場の雰囲気が柔らかくなり、イツキも肩の力が少し抜けたような気がした。
「まあとにかくだ。俺の経験上、イツキはアヴニールの内部の人間とは思えないし、ここは矛を収めてくれよノワール。な?」
「う、うーん……確かに、シアンは下町の工場の人間だし、アヴニールの人間と会うことはあるのかもしれないけど……」
シアンのお願いに中々首を縦に振れずにいるノワール。シアンの説明は納得できる点もあるが、必ずしも理にかなっているとは言えない。シアン自身の判断能力を信用するかしないかの問題であるからノワールも渋っているのだろう。
「ほらね。やっぱりイツキはそう言うことをするやつじゃないのよ」
「私も、イツキさんはいい人だと思うです」
気づくとアイエフとコンパがいつの間にかテーブルに戻って来ていた。2人もイツキの擁護をしていた。
「あなたたちの場合は、勘とか経験とかそう言うのの判断じゃない」
「あら、シアンの経験上の判断とどう違うのかしら?シアンは下町の工場の人間だからこそ言える説明だけど、最終的な判断は個人の直感とも言えるわよ」
「うっ……」
「ノワールさん。何でそんなにイツキさんのことをいじめるですか?」
「いや、いじめているつもりはないんだけど……」
ノワールはアイエフとコンパから視線を外し、再びイツキの顔をじっと見つめる。だが、今度の視線は疑惑では無く、純粋に人を見極めるような視線であった。
「……まあ、確かにアヴニールみたいなのと関わりを持ちそうな人には思えないけど……そんな勘なんかで決めちゃっていいのかしら?」
ノワールはふっと視線を落として、その場のテーブルの人たちへと視線を上げる。どこか無理やり感があるが、納得したような顔つきのノワールに少し安心した一同。そしてノワールの質問にはアイエフが答えた。
「いいんじゃないかしら?それに見た目から悪いやつじゃないって判断されるって言うのは、ある種その人の才能とか人徳とも言えるんじゃない?」
「アイエフさん……」
アイエフの言葉に少し照れるイツキ。外見や雰囲気から自分を信用してくれるのは、悪い人に騙されないか心配になるが嬉しい。
しかしそんなイツキの喜びを一瞬で吹き飛ばす空気読めない人間が現れた。
「まあぶっちゃけお兄ちゃんヘタレっぽいし、悪いことしないと言うより出来なさそうなんだよね!」
「ゴフッ!」
ヘタレという言葉が何故だかよくわからないがイツキの心に傷を負わせ、呻き声をあげたイツキ。
「ネプテューヌ!?あなた、アイエフにトドメを刺されたんじゃ……?」
「ふふふふふ……私は死なんよ。何度でも蘇るさ!」
「ゴ○ブリ並みにしぶといわね」
「あんな黒光Gなんかと一緒にしないでよ!せめてそこは伝説のドラゴンの巣の中にあると言われてる城で喩えてよ!」
それはゲイムギョウ界の4つの大陸とはまた別の浮遊大陸と言いたいところだが、ツッコミポジションのアイエフはイツキがダメージを受けていることに気づいてネプテューヌへのツッコミを飲み込む
「と言うかネプ子!確かにイツキはヘタレっぽいけどそういうことは思っていても言葉にしてはいけないのよ!」
「ゴファッ!」2hit!
「そうよネプテューヌ!たとえ見た目頼りなさそうでも本当のことは言ってはダメなのよ!」
「ゴゴファッ!?」3hit!
「お、おいお前ら……」
イツキへの突然の酷評と、イツキの惨状を見かねたシアンは4人を止めようとするが時すでに遅し。
「そうですねぷねぷ!確かにイツキさんは頼りなさそうで、特に恋愛とかにはそのヘタレっぷりを発動しそうですが!思っていても口にするのは良くないのです!」
お前らわざとやってんのかよと言いたくなるほどのコンビネーションを発揮して、イツキにトドメを刺すコンパ。
「オガァアアッッ!!?」4hit!excellnt!!
言われのない、しかし気にしている外見のことを指摘され椅子から崩れ落ちるイツキ。
「おい大丈夫かイツキ!!しっかりしろ!」
「……へ、ヘタレ……」
崩れ落ち、床に倒れるイツキをシアンは立ち上がりイツキを揺らしながら声をかけたが、どうにも立ち直れるような様子ではなかった。
「うわ〜……ついネプ子に乗っちゃったけど、少しやりすぎたかしら?」
「……私も、ちょっとふざけすぎたわ……」
「あれ?イツキさんはどうして床と一体化してるですか?」
流石にやりすぎたと反省するのはアイエフとノワール。コンパに関しては素だったようだ。わざとではない分かなりタチが悪い。
「まあお兄ちゃん打たれ弱い分復活も早そうだし、放っておいていいんじゃないかな?」
ネプテューヌは特に気にもしないという感じでイツキを放置することにした。本当にそうだろうかとアイエフ達はもう一度イツキの倒れている方を確認した。
「……はぁ〜床冷てぇ……」
「……これ、悪化してるわよね」
聞いてもいない床の感触の感想を答えたイツキに一同は心配になるが、どのように接すればよいのかが分からないので対応に困っている。
「皆心配症だな〜。大丈夫だって!と言うかご飯はもう来ているんだし、私先に食べちゃうから!いただきまーす!」
「あ、おい!」
ネプテューヌは手を合わせるのももどかしく、言葉だけ食事の感謝をすると箸を持ち、シアンの持ってきたお盆の大皿に箸をつけて特に見もせずに口に放りこんだのを見て、シアンはネプテューヌを呼び止めよたが遅かった。
「ほへ?ないひはん〜?(ほへ?何シアン〜?)」
「いやお前の今食ったやつ、ナスの素揚げなんだが……」
「ブフォ!!!」
味に耐えかねたのとシアンの忠告を聞いたのが同時だったらしく、勢い良く噴き出した。幸いネプテューヌは噴き出す際に横を向いたために二次災害は無かった。が、ネプテューヌはその場で崩れ落ち、フラフラしながら最後はイツキの隣に倒れこんだ。
「……はぁ〜床冷たい……」
「ネプ子、あんたもか」
ネプテューヌが隣に倒れたのに気づいたのか、イツキは顔だけ横に向けるとネプテューヌに話しかけた。
「ネプテューヌ……君も来てくれたんだね…」
「ねぷぷ……」
「何か始まったわね」
アイエフのつぶやきは皆の声を代弁していたが、それでもネプテューヌとイツキの劇場は続く。
「ねぷ……ねぷ」
「ネプテューヌ……疲れたろう……。僕も疲れたんだ。何だかとても眠いんだ……」
「ねぷぅ……」
「……ネプ、…テューヌ……」
そして同時に床に頭を落とし、眠るように静かに瞼を閉じた。
「……終わったわね」
「ご飯食べれないし、早いとこ起こしましょう」
「お前ら結構黒いな……」
ご飯を食べれないという理由でネプテューヌとイツキの(名作)劇場が終わったところでさっさと起こそうと提案し、シアンはアイエフとノワールの黒さを知った気がした。
「ねぷねぷ、イツキさん、起きてくださいです。皆でご飯食べるです」
コンパはイツキとネプテューヌを揺さぶり起こした。2人はゆっくりと瞼を開け、虚ろな目でコンパを見ると
「ネプテューヌ……どうやらお迎えの天使が来たようだ……」
「そうだねお兄ちゃん……どうしてかこの天使、こんぱにそっくりだよ……」
「……そうだな……今なら僕も、どこかのネズミの気持ちがわかる気がするよ……」
「本当だねお兄ちゃん……」
「ねぷねぷ!?イツキさん!?しっかりしてくださいです!」
正気を戻さないイツキとネプテューヌにコンパはビンタをした。パンパーン!と小気味の良い音が響いた。
「ネプテューヌ……天国にいったらどうする?」
「とりあえず……巨大バケツプリンでも食べたいな……」
「はは、ネプテューヌ。あれは大きすぎるとプリンそのものの重さで崩れちゃうよ」
「あはは、そうなんだ。お兄ちゃんもの知り〜」
「「あはははは〜」」
「ね、ねぷねぷとイツキさんの意識が戻らないです!だ、誰か!この中にお医者様は!お医者様はいないですかー!!」
「いや、コンパあんたが医者ポジションよ」
「誰か医者を!お医者様をー!」
この後尚も混乱するコンパをどうにか宥め、イツキとネプテューヌに関しては荒治療だが、アイエフが頭から殴って正気に戻した。
(……私、このパーティでやっていけるのかしら?)
この場は何とかおさまったが、この先こんな騒がしいパーティとやっていけるのか心配になったノワールであった。
ぶっちゃけると未だ2章の書き溜めは終わってない